オープニング

大攻勢

「提出したものについてはしょうがなかろう」
 シトレの詰問をロボスはふてぶてしく返答する
「政府は本気にしているぞ。こんな攻勢が本当に成功するとでも思っているのか」
「こうでも言わんと政府は動かんだろう。なに、大兵力で敵を十分に叩けばそれでいい」
「この出兵は無益だ。イゼルローンを抑えた以上は守勢を維持して国力を回復すべきであろう」
「それは帝国に一撃を加えてからでも遅くあるまい。なにより、このままでは軍と国民の意識の乖離がある。この状態で軍縮となれば世論は軍に不信の念を抱くであろう」
「それを考えるのは政治家の仕事だ」
「然様、だから評議会が判断する問題だ。あなたがそれを握り潰すとなれば、政府の軍に対する信用は…どうなりますかな」
「それで脅すつもりかね」
「懸念を申し上げただけです、本部長閣下」
「同盟市民の代表が軽率でないことを祈るとしよう」

迎撃体制

「ただちににイゼルローンを奪還すべきであろう!叛徒どもを我が斧の錆にしてくれるわ」
 装甲擲弾兵総監のオフレッサーが吠える。
「しかし、現実問題としてそれだけの大兵力を辺境で運用するとなると出費がかかるが、その費用を誰が負担するのか?」
「叛徒どもがわが領土内に流入してくる恐れもある、それへの備えを優先すべきときだ、追加の負担は困る」
 口々に主戦論に難を唱えたのは、ブラウンシュバイクとリッテンハイム。皇帝の娘を妻とする帝国を代表する大貴族たちだ。
「お二方が、積極的に会議で発言されるのは珍しいですな」
 軍政を預かるエーレンベルクが皮肉を言った。
「卿らの保有する艦隊を動員すれば、戦力は十分に揃うのだがな。たまには旗下の部隊に名誉を稼がせてもよろしかろう」
 追従してシュタインホフが言った。軍に貴族が介入する事を嫌う点についてはエーレンベルクと共闘する関係だ。
 実戦部隊を率いる宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガーが苦い顔をする。実戦部隊に練度が未熟で指揮に従わない部隊が参加したときの苦労は身にしみて知っている。
 貴族の保有する艦隊について婉曲な断りのやりとりが重ねられ、誰もが議論に疲れ始めていた頃に黙っていた幕僚総監クラーゼンが言った。
「すまんが、私はあとの予定がある。ひとまず、結論は後日とせんかな」
 一同の肩から力が抜けた。今日も結論は出なかった。

 会議の末席に座していたラインハルト・ローエングラムは会議の顛末を侮蔑する心を押し殺していた。
(どうせこの無責任な連中には何も決められるまい。早く攻めてこい叛徒ども。これを迎撃できる人は私をおいて他におるまい ひとたび大軍を率いて、完全なる勝利と名声を得た暁には――この部屋にいる者は、皆殺しにしてくれる)

グリーン・ティー

「この度の話、どうなりますかね」
 トウドウ・マイコ准将の問いにチェン参謀長が答えた。
「ウランフ閣下は、渋い顔をしていたのだがな」
「どうかんがえても、今帝国に出て一戦なんてなんの利益もない。待ってりゃ、そのうちシビレを切らせて、向こうからトールハンマーの前に出てきてくれるに違いないのに」
 アッテンボロー准将が言った。
「いっそボイコットでもしますか」
「トウドウ准将は時々とんでもないことを言い出しますな、同盟軍でも稀有の女傑との噂は本当ですな」
「同格なのだから、マイコさんでいいわよ、ダスティ君」
「やめておきましょう、艦隊の風紀が乱れると参謀長閣下が冷たい目で訴えておられる」
 アッテンボローが肩をすくめて言った。
 チェンが苦笑いして蓄えた口ひげを撫でた。
「まぁ、総司令部に意見具申することを求められる機会があるならば、言いたいことはあるさ」
「その機会は逃さないことでしょうな。私などは気楽な身ですが、遠征ともなれば家庭人は大変ですからな…マイコ准将なども大変でしょう」
 少しどう呼ぶか迷って折衷の案をアッテンボローは選んだ。
「我が家は代々船乗りですから、ご心配なく。軍艦のように隊列を組むのはそう好みではないのだけれど」
「全くウチの艦隊は問題児が多いな」
 チェンが手元のカップを口に運ぶ。
「ウランフ閣下の薫陶の賜物ですよ」
 アッテンボローが答えた。
「…ところでマイコ准将、このお茶、グリーンティといったかな。これのお茶はどこに手に入るか教えてくれないか」
「これは地場のお土産で、結構高いのですよ」
「構わんさ、司令部の茶くらい経費につける権限はある」
「それではお言葉に甘えて、司令部経費で分艦隊にも配分してください」
 チェンが安易に肯首したことを後悔したのは、主計がパーティ向けの高級ワインを削らねばならぬと伝えてきたときだった。

ラベンダー・ティー

「お元気にしていた?赤毛ののっぽさん」
「ええ、おかげさまで」
「あなたがキルヒアイスばかり構うものだから、弟がスネているわ」
 アンネローゼがクスクスと笑いながら言った。
「私、初対面のときにチビと呼ばれたのを今でも覚えていましてよ」
「ああ、あのときは申し訳なかった。しかし―それほど背が低くては小さい娘さんと間違えてしまっても」
「まだ言いますか、私これでも閣下とは同い年でしてよ?」
「ラインハルト、こういうときに言い訳をすると傷を深めますよ」
 姉のやんわりとした叱責にラインハルトは苦い顔をして無理に話題を変えようと試みた。
「姉上は最近はいかがお過ごしなのですか」
「ええ、ウィルヘルミナが時々訪ねてくれるようになってから、だいぶ空気が明るくなったわ。いいお友達を持ちましたわ」
 かつてラインハルトが帰還した際に帝都で三人で行われていた茶会だが、最近は四人で行われることが多くなった。
 ウィルへルミナ・フォン・ミュンツァー。ミュンツァー家はかつてマクシミリアン・ヨーゼフ晴眼帝のもと司法尚書として辣腕を振るったミュンツァー上級大将の嫡流であり、彼女はその事実上の家長であった。 クロプシュトック侯爵がブラウンシュバイク公爵を暗殺しようと企てた爆発現場に居合わせたおかげで、ラインハルトとの知遇を得た彼女は、零落した家名再興の機会を彼らの未来に見出していた。目端が効き、家名の通る彼女の扱いを、ラインハルトは後宮にいる姉の話し相手に見出した。

「そういえば、庭に花を植えるようになったのですね、あれはラベンダーですか」
「ええ、ウィルヘルミナが詳しいのよ」
「ラベンダーはお茶にも使えますのでしてよ。ほら、今飲んでいるお茶がそれでしてよ」 「ラインハルト、ラベンダーティーは鎮静の効能があるそうよ、あなたは少し働き過ぎだから少し持っていって、体に気をつけなさい」
「閣下も大変ね、同盟の出征も近いのでしょう?」
「軍事機密なので答えられない」
「あら、もし帝国にことがあるならば、私に一個戦隊でいいから任せてくれれば、暴れてみせますのに」
「それは剣呑なことだ、フロイライン」


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