オープニング

百年の帝国

 帝国首都は祝祭の気配に満ちていた。建国百年祭が間近に迫っていたからだった。帝国公史において、帝国は帝祖がこの大陸に一艘の船でたどり着いた日に始まるとしている。

 ただ一つの土地も保持していなかった男の船が、辿り着いたその日に、こんにちの帝国の興隆を予測できたものなどいるはずもない。しかし、帝祖とその部下たちは、その日から猛然と、この大陸を侵略し、調略し、略奪し、設計し、建築した。

 かれらは、新たな作物を、病気を、法律を、精錬法を、度量衡を、建築を、兵器を、戦術を、持ち込み、大陸に覇権を打ち立て帝国を作った。かれらは自らを東の大陸から来たと述べたが、現在もなお、かれらの出自ははっきりしたものがわからない。

 忽然と大陸に来た船が帝国を築き上げて百年。帝国は盤石のものであるように見えた……しかし、帝国の栄華に影はしのびよりつつある。

 帝国の成長は頭打ちをみせていたし、中年を迎えた五代皇帝には子がおらず、皇帝血族たる御三公のうちから養子を貰うのではないかと見られているが、その調整は難航が予想されていた。

 更に、帝国の技術ギャップに迫りつつある辺境蛮族は、安定期に入った王たちが揃い、虎視眈々と帝国への逆襲を画策していた。帝国は頂きを過ぎてしまったのだろうか。はたして帝国は傾くのか、答えは繚乱の最中にある。さぁ、その瞬間を諳んじよう。


オープニングリアクション

 子のない皇帝、織田信威の前に、皇太子候補として御三公の推薦してきた若者が揃ったのは、建国百周年を間近に控えた時期である。寒さも温んで梅の花が宮殿の庭に彩りを添えている。この後に、桜、桃と花の季節が続く。建国祭は桜の季節に合わせて行われる予定であった。帝国貴族はことさらに桜の季節を好んでいる。

「北原家嫡男、神戸孝長にございます」
 武張った筋をピンと伸ばして、丁寧に最敬礼を行う。
「西山家次男、北畠頼雄、御前に」
 しなやかに、深々と腰を折る。
「南海公七男!津田清澄です!よろしくおねがいします!」
 幼さを残した元気な声でペコリとお辞儀をする。

 三者三様の様子を示す後継者候補に、皇帝は声をかけた。
「揃うのに随分と待たされたな。西山公はお元気かね?」
 最も到着の遅かった頼雄に、いささか棘のこもった問い。
「ええ、壮健です。お気遣いありがとうございます。なにぶん遠国にございますし、重大なことですので」
「そうか、もったいぶったから嫡男を送って来ると思ったのだがな」
「兄は今、領国を離れられる状態にありませんので」
「ほう?」
「西のサバルタめが、筆猿海に向かって運河を掘りつつあります。おそらく一年以内に完成するでしょう。ただいま、父と兄はこれの完成前にサバルタと開戦して工事を瓦解させるべく準備をしております」
「その話は聞いている。本領軍に援軍の依頼も来ている。さて、どうしたものか…」

「おそれながら」
 幼さの残る声で手を上げて清澄が言った。
「かまわんよ」
 皇帝はゆるやかに笑みを見せて、一番若い親族に声をかけた。
「運河は完成させてから攻め込んだほうが、物を運びやすいのではないですか?それならば、サバルタの背後に船を出して首都を狙うこともできましょう」
その言葉に孝長と、頼雄は息を呑んだ。彼等は帝国が成熟してからの生まれであり、その境を大きく変えるという発想がなかった。

「ほう…しかし、そうなれば大事業だな。どう思う、北原の公子」
「は…ちょっと、南のことは解りかねます」
 声をかけられた孝長の答えに皇帝は不満足だった。
「南のことはわからない、では皇帝は務まらぬぞ、では北に置き換えて考えろ。帝国が全軍を上げてリルカを攻め落として併合できるか?」
「やってできないことはないでしょう。しかし、利益がありません。彼等の面倒を見、税の取り立てを行うには、農業を教え、街を作り、物流を押さえねばなりませんが、それは一代では叶わぬことです」
「ほう、しかし我が帝国は二代で今の領域を支配したぞ?」
「恐れながら、時代が違います。当時の帝国には他を圧するだけの先進性がありましたが、今はそうではありません」
「自信がない、つまりそういうことだな」
「仰せのままに」
 申し訳なさそうに孝長が答えるのを皇帝、信威は聞いて、頷いた。
「わかった。まぁ、とりあえず。疲れたであろう。選帝については君たちに教師陣を与えて、皇帝に必要なものを教育し、その結果をみて2年以内に決めようと思う。励むがよい」

 三人の退出を見て、皇帝は奥に潜んでいた執政を呼んだ。
「…執政、どう思う」
「どれも一長一短でしょうな。善良だが覇気に欠ける北原、有能だが信用のおけぬ西山、聡明だが危うい南海、ですかな」
「で、あるか。どれが本命だろうな」
「さて、若者は化けますからな」
「選帝にあたっては、文武の気鋭をあつめて共に学ばせよう。帝国はしばらくの間にずいぶんとバラバラになりつつある。若い者たちが同じ場で学ぶことで再び絆を取り戻すのだ」
「承知しました。帝国全土から多様な才能をあつめましょう」
「彼らは未来の皇帝の側近となる者たちだ。どのような者が出てくるか、楽しみだな」
 皇帝はニヤリと笑った。皇太子がいないゆえの、優雅な遊びであった。

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