オープニング 1944年8月

オープニングリアクション 2012年3月10日公開

●夜が開けて
■ベルリン・キティ
▲ベルリン

ベルリンにおいて、若き女活動家としてその仮名を知られるベルリン・キティは重たい息を吐いた。アジトとしているビルには昔束ねていた少年少女が集っている。
現在の混沌とした状況の発端は、政治刷新を求めるデモだった。安定的で公正な政府なしに、彼女のようなマイノリティ――ユダヤ人の安全は十全に守られるわけではない。彼女はそれを幼くして、ナチス政権下でよく知悉させられたものだ。

政治の安定を求めておこしたアクションが、プロイセン州政府の行動に正当性を与えた。そして、その州政府は「赤いベルリン」と呼ばれるほどに共産主義者が力を持っていた。後は坂を転げ落ちるように、ドイツから安定は失われていった。介入の名目上の体裁を得た赤軍が国境を超え、ベルリンは州警察、軍隊、活動家、私兵、各種の武装組織が暗闘を繰り広げ、混沌とした市街戦の状況になり始めている。こんな事は全く彼女の望む所では無かった。ソ連の手は彼女の想定を超えて長かったのだ。

「姐御ォ!国会議事堂に赤旗と俺達の団旗を立てちまいましょうぜ!そしたら、新ドイツの大臣にだってなれやすぜ」
 彼女を慕ってその下に集っている不良少年の一人がはやし立てた。
「馬鹿!」ペシリと頬を張る。
「今、やらなきゃいけないのは、この戦争で生まれる可哀想な子供を一人でも少なくすることだろうが!」
「す、すいません!姐御の言うとおりでやす!」

謝る少年に不敵にキティは笑って言った。
「ま、その為の邪魔は全て排除するけどな」
統率力に優れた彼女の行動は、既存の(赤色でない)統治勢力からは脅威であった。どのみち、彼女が生きのびるためには、ベルリンが新しい統治者を迎えるよりないのだ。


●ドイツ赤色帝国の宮殿にて
■ミーアシャイト、パウルス、ノイマイスター
▲ケーネヒスベルク

 ドイツ自治共和国、ソ連内に設けられたドイツ人の半国家。ドイツ風の名を残すことを許されたこの土地でドイツの首脳部が善後策について討議を始めていた。
「この機会にドイツを征服できれば、ソ連邦に対して我々は一定の発言力をえられましょう」

空軍総司令のノイマイスターが追従気味にミーアシャイトに阿る。
「しかし、ソ連の直接統治に入ってしまっては意味がない。なるべく早急に我々の統治下に組み込めるように尽力せねばなりますまい。ソ連による統治よりは、我々の方がうまくやれる」
やや気難しげに、陸軍総司令のパウルスがかぶりをふる。

「うむ、我々はあの国を飲み込み、新たな時代を築かねばならぬ」
ミーアシャイトは然りとばかりに言った。3人は彼らを軽んじた祖国を恨むというという点において完全に意見の一致を見ていた。
「ところで、閣下におきましては近頃、我々に対しても独自の力をお持ちになられるようで、困りますな。陸軍は閣下の忠実な僕であります」
 <トロツキーの将軍>パウルスの言葉に<空白の宰相>ミーアシャイトは鼻白んだ。
「おいおい、党組織と施設の警備員にまで陸軍は口を挟むのかね?」
「いえいえ、赤軍の活動に影響がなければよいのですが」
 パウルスは言外にソ連の邪魔をすることへの警告をほのめかした。

「そういえば、警備といえば、これからは占領する飛行場の警備の要員が必要となりましょう。また、工場の接収において空軍の専門的な知見と人手が必要となって参ります。無論のこと陸軍は協力していただけますな?」
<赤いゲーリング>ノイマイスターが口を挟む。無論のこと、彼には野心がある。
「検討させておきましょう」とパウルスは答え、ノイマイスターはニコッと笑んだ。
手始めは小さくとも、ゆくゆくは自前の部隊へと拡張させていけばよい。彼らの国はこれから大きく育つのであるから。その点においても彼らの期待は一致を見ていた。


●地方の時代
■ワレンシュタイン、ルーデンドルフ
▲ケルン

「フランスに救援を求めるよりあるまい」
 ソ連の侵攻を受け、首都は混乱状態となり指示ひとつない状況に、ケルン市長アデナウアーは、盟友ワレンシュタインにベルリンが既にドイツ全土への指令を行い得ない状況にあると断じた。

「ならば…私も連名で要請に加わりましょう」
「それはありがたい」アデナウアーは大きな身振りで歓迎した。
「これで我々は、祖国を守るために外国軍を迎え入れた共犯者になりますな」
「全くもって罪深いことだな、政治家として今日の事態を防ぎ得なかったことが」アデナウアーは肩を落としてみせた。

 首長会談の傍らに控えていた無精髭の筋肉質な男が無骨なドイツ語で割って入った。
「それでは早速はじめさせていただきます」
彼をスーツを着込んだ護衛警察と思っていたワレンシュタインは訝しげな視線をむける。
「オスカー・ルーデンドルフ、傭兵。血筋はドイツで生まれはスイス、兵恩はバチカン。この度はわが傭兵団をご用命いただきありがとうございます。通訳、連絡、指揮、補給。なんでも請負わせていただいております」


●苦衷
■デーニッツ、キッシュガルスト
▲ヴィルヘルム・ハーフェン

「おお、こっちの海軍は少しはやる気が残っているか」
空軍総司令キッシュガルストは西部艦隊を率いるデーニッツ提督を見るなり、煽り気味に言った。
「こちらは幸い赤潮の汚染が少なかったし、蜂起の先手を打てた。キールとは違う」
 デーニッツが不甲斐なさそうに答えた。

「全く、海軍は高いオモチャだ。空軍は跳びまわって戦っているというのに。特にキールの連中、あれはなんだ?上から見てきたが、動きもせんではないか、海軍のセーラーどもはまたぞろ国を滅ぼすつもりか、俺の機体が爆弾を積んでおったらぶつけておったわ」
矢継ぎ早に繰り出されるキッシュガルストの罵倒をデーニッツは受け流した。
「最悪の場合、それをお願いすることになるだろう」
「阿呆か、ソ連軍と闘いながらそんな余裕があるか。海軍の不始末は海軍でつけるのが筋だろうが、お前はこの戦争で何をするのだ?」

 デーニッツはしばし考えた。英国と戦うために整備されつつあったZ計画艦隊は、その予定を大きく外れ、その装備は人の和を欠いて満足に動かない。しかし、それでもできることはあるはずだ。
「バルト海を、赤くしない事だ」
「そうだ、俺も赤が大嫌いだ。ひとつ、やっつけようじゃないか」
 ガハハハとキッシュガルストは豪放に笑った。


●開戦
■ドゴール、ビドー、ポンピドゥー、ベルティノー、セー、ドゥパイユ、ルイ・カーン
▲パリ

「明白な、ソ連によるドイツ侵略だ」
ドゴールは関係閣僚、軍首脳を集めた会議の冒頭でそう言った。
「既に西ドイツの自治体から保護の要請が出ている。我々はこれに応じて、ドイツ国内に軍を進め、ドイツを保護する」

「それは、ソ連との開戦を意味するものですか?」外相ジョルジュ・ビドーが尋ねた。
「当然だ」ドゴールは答えて続けた。「我々は、ポーランドを失った。東プロイセンを失った。バルト三国を失った。今日ドイツ全土を失えば、明日はフランスが失われるだろう。これはフランスの生存圏espace vitalを護持するための戦いである。これ以上、ソ連に奪わせて良い地など存在しない」

「単独でできる事には限界があります」大統領府官房長のジョルジュ・ポンピドゥーが指摘した。まだ30代も半ばを迎えていない若手だが、ドゴールに抜擢され、内政の要として官房長に抜擢された懐刀である。
「ポンピドゥー君、心配ない。既にチャーチルとは連絡をとってある。ロイヤルネイヴィー・イズ・オールウェイズ・オン・ザ・デッキと豪語しおった」
ビドー外相は同名のこの若手には抑えきれぬライバル心を持っている。
「ふむ、手際がいいな。チャーチルはいくら出せると言ってきた?」
「初動で6個師団、その後は一月あたりに3個師団は運べると」

 ドゴールはしばし、目を浮かべて思案した。
「独仏国境の兵は確か32個師団に2個戦車軍だったな。独軍50個師団、英軍6個師団とあわせて100個師団になるか。まずは足止めだな。お願いできるかな?ベルティノー将軍」
「おまかせ下さい。<暴走ハイヤー>の名を全世界に轟かせてご覧に入れましょう」
 陸軍で機甲科の拡張を強硬に訴え続け、ドゴールの登場まで冷や飯を食わされ続けたベルティノーは、彼につけられたあだ名を皮肉げに口にした。
「ふぅむ、よろしく頼む。以後の動員はどのように進むことになっていたかな」

 ベルギー方面の国境を統轄するセー将軍がドゴールの発問に答えた。彼はベルティノーとは対照的に、砲兵出身の重厚で計数に強い性格で慕われている。
「私が計算するところによりますと、3ヶ月で北西部軍集団は動員を完了し、万全の状態で戦場に参加できるでしょう。それと先述した第二戦車軍につきましては万全を期するならば装備の充足が間に合います、留守を預かる南部軍集団は更に3ヶ月、来年春に充足が完了します。そこより先は国民生活を鑑みた政治的決心が必要となりましょうが、最大120個師団程度までは段階的な拡張が可能と見積もっております。それ以上をお望みとなれば、国民の精神力の問題となってくるでしょうな」

「ふむ、私はフランス国民の精神力には自信を持っている。相手は先の大戦で最も先に倒れたロシア人だ。ときに、他の軍はどうか」
「空軍は2000機を国外展開可能と見ております。ただし、進出拠点について保証が得られればですが。それと輸入機の補充が続かねば作戦機が不足する恐れがあります」
ドゥパイユ空軍総司令にドゴールは不機嫌そうに応じる。相槌の打ち方に彼の機嫌は表れる。
「ふむぅ、そのようなことは先に検討しておくべきことではないか。直ちに検討に入りたまえ。海軍はどうか」
「英国とイタリアの態度次第だけれども、できることは限られているでしょう。なにせ大統領の愛しの戦車に予算をとられたお陰をもちまして、我が海軍は単独でイタリア海軍を抑える事にも事欠く有様にて」
 大王のあだ名を持つ海軍総司令のラザール=ルイ・カーンは持ち前の高慢さで大統領に応じた。陸軍の近代化に予算を吸われてフランス海軍は海軍休日後の装備更新にも事欠く状況である事は事実であった。

「ふふぅむ、ソ連と戦うのに戦艦はいらないからな。必要ならイギリスから借りればいい。そういうことで、口を挟む気はないから、海の事はイギリスと相談しておいてくれ」
 プライドの高さであれば、ルイ・カーンに劣らないドゴールは、愉快気に海軍の作戦を委ねた。
「ふむ、こういうところかな、それでは諸君、祖国のために全力を尽くしてくれたまえ」


●海を越えて
■チャーチル、モントゴメリー、カニンガム、ダウディング
▲ロンドン

ブハーッという息と共に大英帝国宰相チャーチルの吸う葉巻の紫煙が会議室を染める。
「まずは、堅固な橋頭堡と補給線の確立の必要があります。そのためには安全な港に上陸することが必要だと思われます」
 モントゴメリーは何度も説明した事を繰り返した。

「わかった、実に君らしく面白みのない戦争だな、モントゴメリー将軍?」
「戦争は手品ではありません。バルト海で上陸作戦をとるわけには参りますまい。やってやれないことはないかもしれませんが」
 慎重を旨とするモントゴメリーにとって、「下腹部への一撃」を繰り返す上司、チャーチルは悩みの種であった。

「もうそれは十分にわかった。しかし、キールのドイツ海軍はどうするのだ。あれがソ連側にまわったり、接収されてしまっては北海の制海権も危うくなりかねんのだぞ」
「確かに現状のロイヤル・ネイヴィーにとっては重大な脅威となり得ます」
 海軍軍令部のカニンガム元帥がチャーチルの言葉を肯定する。

「だろう?いっそ艦隊だけでも分派して、キールを叩くべきではないかな」
「しかし、本国艦隊のみでは戦力が不足する可能性があります、地中海艦隊との合流を待ってからでも…」
「遅い。それではソ連艦隊が先にキール封鎖に入ってしまう。それではドイツ海軍の士気は持つまい。降伏されたらことだ」

「しかし、やるとすれば、結構な賭けになりますな」
「どうせ、イタリアと日本の警戒もやらねばならぬ、そう安易に他の海域から海軍は引き抜けまい」
「なんとか両国との関係を改善する必要がありますな。日本の海軍は中国との戦争からの出口を模索しているとか。イタリアに売ったフネの護衛と称して、不必要な艦隊を地中海に入れているとの情報があります」


「仲裁をしてやれば、恩は売れるが、その時は中国に入れ込んでいるアメリカがなんというかな。それに余った力で連中が南に進まれてはかなわん。どうしたものかな。それに、わが海軍は今の造船計画が進めば一年後には見違えるほどに巨大になる。今大胆な手をうっておくべきか。」

「おまかせいただければ、うちの爆撃団で「処理」しても構いません」
空軍総司令官ダウディングがそう口にした。
チャーチルは思案げに再び葉巻を口に運ぶ。彼らが決心をするために残された時間はそう多くは無い。


●クレムリン
■トロツキー、ポルシェ、リトヴィノフ、トハチェフスキー、コーネフ
▲モスクワ

「首尾はどうかね?」ソヴィエト人民の偉大なる指導者トロツキーは、常勝の<赤いナポレオン>、ソ連軍参謀総長トハチェフスキーに問うた。
「英仏の介入がありましたが、軍は速やかにベルリンをお届けするでしょう」

「リトヴィノフ、英仏以外の国の反応はどうか」
「周辺国が国境の警戒を増やした事とアメリカから非難声明が届いたくらいですかな。アメリカはもうすぐ大統領選挙です。何らかの具体的な動きがあるのはそれからでしょう」
「選挙はアメリカの政策にどのような影響があるか」
「現職のウェンデル・ウィルキーは理想主義者ですが、その支持者には北米孤立主義者が多い。兵器売りは熱心になるでしょうが、当面の脅威にはならないでしょう。一方、対抗馬のトルーマンはわかりやすい男で、我々を軽んじています。より積極的な介入に打って出るかもしれません」

「けしからん奴だ。こういう都合の悪い奴にはピッケルで頭をガンと殴りつけたくなるな。では、西はしばらくいいとして、日本はどうか」
「今のところ国境に目立った異常はありません。一応は彼らもソ日中立条約を守っているつもりでしょう」

「極東正面には34個の師団が展開しております。日本が北上を企図したとしても、現状では防御においては支障を来さないでしょう。仮に中国との戦線を縮小、あるいは停止して部隊を転用したとしても半年から一年の時間がかかると思われますので中立条約の効力はアテにしても問題ないと判断できます。なお我が方ではこれに加えて、カフカスに8個師団、中央アジアに12個師団、ウラル以東の治安維持に6個師団を配置させておりますが、これらの欧州方面への投入は事実上不可能です」トハチェフスキーが補足する。

「いささか防御は心もとないな。もっと動員をかけてペルシアからインド、エルサレムを目指してもよかったか、干渉戦争の折には自分はこの倍の人数を動かしたのだ」トロツキーの誇大な空想力が言葉を紡ぐ。

「恐れながら、今回の戦争は侵攻戦となります。食料、弾薬は運び込まねばなりませんし、占領地の工場とて十分に使えるとは限りません。修理のための資材、要員、不正規兵からの警備、あらゆるものに負担がかかります。それに祖国を侵されたわけでもないのに大規模な動員をかけては、民心が離れてしまいます」

 自動車の卓越したエンジニアであり、「人民車」の開発者であるポルシェ博士が異を唱えた。ドイツ人でありながら、卓越した技能を持ってトロツキーによって招き入れられたこの技師は、通訳ごしにロシア語の会議を聞いてドイツ語でそのまま意見する。
 トロツキーはドイツ語を解する。ドイツ語が不自由な将校もいたが、ポルシェとトロツキーが知らぬ言語で会話をした後は、トロツキーの夢想的な案が現実的なものになる事が多かったので、皆がポルシェの諫言を有難がっていた。

「よくわからないが、貴方が言うのであればそうなのだろう。過度な動員や戦場の拡張は引かねねばならぬ」
「しかし、英仏の参戦があったことで、追加動員については考えなければなりません」
首都防衛を預かるコーネフが意見を述べた。
「わかった、それについては君たちが元帥とよく考えて案を持ってくるように」

夢で人を魅了し、実務は見出した優秀な人物にまかせていく。トロツキーが長くソ連の指導者でいられるのは、そうした均衡点を見つけたからに他ならない。


●チーム最前線
■ジューコフ、ウボレヴィッチ、ヴァトゥーチン、マカロフ
▲クラクフ

最上級位のウボレビィッチ元帥の元に前線司令部を動かしている面々が揃い、攻勢についての最終会議を行なっていた。第一ポーランド方面軍ジューコフ、空軍の俊英、第二前線航空軍司令マカロフ、そして戦時に予備軍のプールとなっているプロイセン方面軍を実質的に切り盛りしているヴァトゥーチンらである。

「我々が進むにあたって第一の地形障害はオーデル川、第二にベルリン市街そのもの、第三に後方に位置するエルベ川である」ウボレヴィッチが論点を設定する。
「川は押し渡るよりないとして、ベルリンをどうするかですな。立てこもられると厄介だ」ジューコフが答えた。

「しかし、現在ベルリンは騒乱状態に陥っていると聞きます。軍が安心して篭もれる状態とは言いがたいのではないですか」
ヴァトゥーチンが応じる。 「ベルリンが何も影響力を持たないのであれば、捨ておくのも手だな」ジューコフは迂回するルートを地図で幾筋かなぞった。

「兵力は彼に倍するだけある。たたきつぶしてしまえばよい」ウボレヴィッチが言った。
「それでは、ドイツの協力者までも犠牲にしてしまいます」東ドイツ駐留軍らしいヴァトゥーチンの意見にマカロフが冷たく言った。
「殺せ、ドイツ人だ。爆弾は主義を選ばない」

「せめて軍服は選んでほしいな」ジューコフは苦笑いを浮かべた。
「こちらとしても努力するので、そちらも砲弾は選んでほしいですな」手立てを高じても、誤爆の可能性はゼロではない。
それを確率の問題として受容してしまうところに赤軍の赤軍たる面があった。


●India;Gate
■マウントバッテン
▲デリー

「駆逐艦フブキ級8隻、商戦改造空母のようなもの2隻をイタリアに販売、なお戦艦ヤマトはしばらく地中海にありか」
本国からの外交情勢は欧州での戦争を伝えるものばかりであったが、マウントバッテンが注目したのはイタリア情勢について書かれたものだった。日本・イタリアがそれぞれ満州とエチオピアを戦有した件で連盟からの制裁を恐れて離脱し、両国(主にイタリアの)支援を受けて共産勢力を駆逐したフランコのスペインが加わった三国同盟が成立して既に5年近く立ったが、日本がここまで欧州に介入するのは始めてのことである。

欧州諸国ならびにアメリカはこの三国同盟には強い警戒感を持ち続けていた。三国の中に打ち込まれた楔がインドに他ならない。ただし、その手に与えられた武器は細る一方であった。日本と戦っている中国を支援するルートは年々、本国の増強優先ということで少なくなっていたし、戦争で消耗しつつあるとはいえ、日本海軍は増強される一方である。

頼みの綱は巨大な工業力を持つ米国であったが、日本への断固とした処置はこれまでの所とってはいない。
「日本人の考える事はわからんな。どうしたものやら」
 大英帝国のアジアへの扉を預かる者として、マウントバッテンの苦悩は当分続くだろう。


●海ゆかば
■ヴァイアン
▲ポーツマス
係留して、出港を待つ英国本国艦隊。そのなかの重巡洋艦コーンウォールに音外れの歌が響いていた。
「俺はヴァイア〜ン〜海〜大将? 天下無敵の水雷屋 カエル ジャガイモ目じゃないよ ジャップ ヤンキー どんとこい 砲撃もうまいぜ まかせとけ」

 英海軍本国艦隊第1巡洋艦戦隊司令官フィリップ・ヴァイアンは未だに作戦域を知らされていない。噂ではウィルヘルムスハーフェンへ陸軍を送り込むのを護衛するらしいが、今まで秘匿をされているという事は、極秘の任務があるのでは、そういう思いは捨てきれなかった。
かれが本当の脅威、ソ連とその潜水艦に歌で言及しなかったのはその為かもしれなかった。



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