第8ターン 1946年6月〜? 1946年夏ターン

第8ターンアクション 〆切2013年1月20日(日) 公開予定2月17日(日)


1 終劇の始まり

 厚木海軍飛行場にC-54を改装した米政府専用機が降り立つ。 かつて下肢不自由なルーズベルトのために作られたリフトを見よがしに使って、中から外交団が現れる。
一座の中にあっても、長身のマッカーサー国務長官は、レノバンのサングラスにコーンパイプを咥えて出迎えに鷹揚に応じた。 軍服を着ていれば、さぞや威厳に満ちていたであろう体躯を小さな日本の乗用車に折りたたむ。 些かの不愉快を感じても顔には出さない。今の彼は占領者ではなく、交渉者なのだ。

「本戦争の仲裁に入るというのは、貴国にとっても悪くない話だと思うが、如何か、芦田外相」
「確かに、平和は尊いものです。しかし、我が国にそのような大任がつとまるでしょうか、マッカーサー長官」
 来日したマッカーサーと会談したのは、芦田外相だった。動揺したバルト諸国情勢を梃子にして 欧州の戦争を連合国有利に仲裁を行うというマッカーサーの依頼に対して、芦田はのらりくらりとかわしていた。

「イタリアは信用がならない。ならば、他にどの国がこの世界に平和をもたらしうるというのか。 もしも、フランスが倒れた場合、ソ連が次に狙うのは陸続きの満州になるだろう」
「仮にそうなった場合、アメリカは我が国に対して支援の手をのばしてくれましょうか、 その隙を見て植民地を取り替えさんとする英仏を止めることができましょうか。この度ドイツを加えたソ連邦は、 人口だけでも我が国の二倍を優に超える大国です。国力の差は更に激しい。 仲裁に失敗して、ソ連からも英仏からも睨まれるようなことがあれば、私は陛下への面目がたちませぬ」

「大臣、先程からあなたは無理だ、出来ないというばかりであるが、日本はこの度の戦争で再びの好景気に湧いているそうだが、 我々の血で、貴国の懐ばかりが暖かくするつもりか、第一次世界大戦の後、 いかに英国が冷ややかに貴国を見ていたか少しは思い出すべきだ。今回は直接植民地を強奪したのだ。 さぞや、言いたいことが溜まっているだろう。
 マッカーサーはそこで声をいっそう低くして強く訴えた。
「これは合衆国市民も同じだ。民主国家たる我が国では、政策も民主的でなければならない。 移民の門戸開放や市場開放について、見なおさなければならないかもしれないな」
「成る程、それでは前向きに検討をすることと致しましょう」
 なおものらりくらりとかわそうとした芦田に、マッカーサーはイライラした様子で手刀を切りながら強く迫った。
「いや、私は返事が欲しい。あなたにその権限がないというのであれば、ヤマモト首相と直接話をさせて欲しい」
「いえ、同盟国との調整も必要となりますから」
「イタリアと組んで再び連合国と戦う選択肢をとった場合、速やかに日本は破滅の道を歩むだろう」
「まさか、そのようなことはありませんよ、大変すいませんが、このあとスペイン大使との会談がありまして、続きは明日にでも」
 場に漂った険悪な雰囲気は頂点に達しつつ会談が持ち越されそうになった。
「そうですか、では暇潰しに少し観光でもさせてもらいたい。日本は新婚旅行でも来たことがある」
「恥ずかしながら国情が不安定で危険が伴います。李鴻章の先例もあります」
「心配ない。私は軍人だ。仮に暴漢が襲ってきても返り撃ちにしてみせよう」
「もう領事館に裁判権はありませんから、それでは長官を殺人罪で起訴しなければならなくなります。こちらから護衛をつけましょう」

芦田はことさらにこやかにそう言って事務官に合図をした。
「申し訳ありませんが、時間が押しているのでこれで失礼します」
 芦田がそう言って辞去すると、入れ替わりに入ってきたのは、初老の海軍礼服を着た小男だった。

「どうやら、あなたはサプライズ・アタックがお好きなようだ。アドミラル・ヤマモト」
 マッカーサーが渋笑いを浮かべる。
「ようこそ日本へ、ジェネラル・マッカーサー、では、これからの世界の話をはじめよう」


2 平和艦隊

「太平洋艦隊?アメリカのか」
 太平洋艦隊がインド洋を西進すると知らせを聞いた時、トロツキーはアメリカの太平洋艦隊と誤解をした。
「いえ、日本海軍です。彼らは再び戦艦大和を欧州に派遣するようです」
「明目は?」
「イタリアへの親善友好の確認の為と公表しています」
 スタッフは淀みなくトロツキーの問いに答える。
「日本外務省の動きは?」
「マッカーサーとの会談のあと、しきりに欧州戦争の仲裁を申し出てきております」
 トロツキーはしばし考えて告げた。
「イタリアの真意を確認する必要がある。イタリアがおかしな動きをしないよう、 リトヴィノフ君を派遣して至急バルボ頭領との会談を設定するように」
 トロツキーの命に速やかにスタッフは動き始める。

「遠方よりご苦労」
 バルボは丁寧に、航空便で忙しくローマを訪問したリトヴィノフを迎えた。
「ソ連邦として、最近の枢軸の動きについてご相談いたしたくて参りました。ドーゾ、よろしくお願いします」
 リトヴィノフも丁寧にアイサツをかわした。
「フランスの一部部隊がイタリア国境に移動してる。また、スペインからの情報によると 空母<シャルロット・コルデー>以下の仏海軍ならびにドイツ亡命艦隊が地中海に入ったそうだ。 つまり、我が国は貴国の友好国として陽動の義理は果たしていると言える」
 バルボは悪びれることもなくリトヴィノフに反仏的行動を説明した。
「貴国はフランスとの共同防共協定を締結していたと把握しているが」
「我が国民はフランスを許したわけではない。また、戦後復旧にソ連が与えてくれた慈恵を忘れていない」
「あなたは、フランスとの再戦をお望みですか、ドーチェ」
「機会があれば、いつでも」
 バルボはこともなげに言った。人を喰った対応はかつてのムッソリーニを彷彿とさせた。 この難しい国を指導する人物には、機会主義者の笑みがよく似合う。 バイエルンにワレンシュタインを敢えて擁立して、旧バイエルン州全土の返還を要求する手際は、まさにイタリア的であった。
 リトヴィノフは対面する頭領にイタリア的宿業を感じながら問うた。
「日本は平和を望んでいるのでしょう。必要とあれば、英仏軍の一員として海軍を提供してでも貴国を止めるでしょうに」
「まさに平和の海より来る艦隊か。我が国としては、彼らと同じ立場で平和を確定する仕事をしたいものだ」
「しかし、あなたは軍を動員している」
「奇襲をやられた経験があるからね、それに国民はフランスへの復讐を望んでいる」
「それを我が国が望まずとも?」
 その前に確認したいことがある、とバルボは質問を返した。
「貴国はフランス全土の征服をお望みか」
 問われたリトヴィノフは、ここぞとばかりに芝居がかったかぶりをふって答えた。
「否々(ニェット、ニェット)、同志トロツキーはフランスは自らの統治を行うべきと考えている。フランスはドイツとは違う。ただし」
 バルボがそこで言葉を遮って続けた。
「ド・ゴールでないフランスを」  リトヴィノフとバルボは共に破顔した。ここにソ連とイタリアの意見は一致を見たのだ。
「もしもそれをソ連が単独で実現できるというのであれば、 我々はそれを拝見させて頂いた後で、その勝利を確定づける役割を喜んで担おう。 何、枢軸だ第三極だといっても、所詮は環地中海共栄圏と東方共栄圏の維持ができれば、他のことに興味はないんだ」
「そうですか、では、フランスの平原を走り抜ける赤軍の躍動をご覧ください」
「日本より来る平和の艦隊と共に、枢軸は平和を構築することとしよう。それがどのような平和になるのかはソ連次第さ」

3 そして伝説へ

「これが作戦と言えるのですか」
 憤然と参謀長は司令官に訴えた。極海艦隊の会議の場、命令に記された艦隊の到達目標はアイスランド。
 上陸船団を伴って優勢な敵海軍から逃れつつ進撃するのはあまりにも無謀といえる距離だった。
「こんな無謀な行動をするために、我々は遙々極東から回航されてきたんですかね」
 旧太平洋艦隊にあった巡洋艦の艦長が食ってかかる。

 彼らの言葉に動ぜず、提督は告げる。
「これはクズネツォフ提督の遺命である。君たちが海の男であらんと欲するならば、応えよ」
 不満を漏らしていた者たちが、背筋をただす。
 圧倒的劣勢にありながら連合国海軍を引きずりまわしたクズネツォフの勇名は、 死してさらに赤衛艦隊の中で神格化が始まっていた。
 提督がクズネツォフの作戦意図を読み上げる。
クズネツォフの残した指令書は、港で圧倒的な敵を待ち受けて朽ちるより、生き残るために前へ出よと告げていた。

「我々は、クズネツォフへと続く!」
 威勢良く、駆逐艦の艦長が謳いあげるように宣言した。
「我々が、クズネツォフを語り継ぐ!」
 参謀が重ねる。その文言はクズネツォフの葬儀で現わされた誓いの言葉であった。
「我々は、クズネツォフの名を汚しはしない!」
 提督が誓いの言葉を告げ、全員が最後の一句を唱和した。
「我々が、我々こそが、クズネツォフなり!」
 死して尚、クズネツォフはソ連邦海軍の指揮官であり、竜骨であった。

 夜闇と天候に紛れて、ノルウェー沖を突破しアイスランドへ至る航路を目指すソ連邦極海艦隊に対し、 英国は巡洋戦艦レパルス以下、重巡2隻、軽巡3隻、駆逐艦5隻のN艦隊を哨戒、警戒任務に割いていた。
 開戦劈頭にソヴィエツカヤ・ベラルシアによって北海を撹乱された苦い思いを英国海軍は忘れてはいなかった。 長距離哨戒機と中小艦による濃密な電波哨戒網は、ソ連艦隊の動きをとらえることに成功した。

「敵ミサイルは全て本艦で受け止めるつもりで突貫せよ」
 ソ連艦隊のミサイルによって駆逐艦以下に大きな損害を被った教訓から、 ソ連艦隊を捕捉したN艦隊司令長官は、レパルスを盾としてのソ連艦隊の撃滅を指示した。
 ソ連艦隊は上陸船団を伴っている。上位の脅威に対面したとしても、ただ逃げることは許されなかった。
 必然、最大の脅威である敵戦艦を最優先で無力化し、更に、敵巡洋艦を砲戦で退けなければならない。 そのように判断したソ連艦隊は、レパルスへと全力でのミサイル投射を実行した。 巡洋艦3隻、駆逐艦8隻からなるソ連北極海艦隊から放たれたミサイルは、50本以上に及び、命中したのは18発であった。
 弾芯はレパルスの装甲を穿ち、ミサイルに残っていた燃料に残った火が艦上を隈なく焙っていく。 レパルス自慢の主砲は、効力射に至る前に無力化され、不本意な最後を迎えようとしつつあった。

「敵の切り札はもう無いぞ!突っ込め!」
 レパルスの惨劇に後ろ髪を引かれつつも、英国の艦長たちは敵撃滅を優先した。 海面を覆うように、扇状に魚雷が投射されていく。 それら一発一発が巡洋艦以下なら致命傷となるであろう、必殺の音響誘導式魚雷である。
 ソ連艦隊は船団を解体してちりじりに遁走を開始していたが、その乱れた状況で 英国精鋭の巡洋艦隊を迎え撃つことなどできようはずもなかった。
 ソ連邦は北極海に残されていた船団、艦隊のほとんどを沈没、拿捕で失うこととなった。
 クズネツォフとともにデンマークへと侵攻し、損耗のたびに立ち上がってきた栄光の海軍歩兵(ソ連第25軍)も遂に還らず海へと消えた。

 海戦の結果を知ったカニンガムはレパルス喪失の知らせに寂しそうであったという。
ただの巡洋艦によって戦艦が沈められたことは、戦艦が早晩その合理性を疑われることは明らかであった。 尤も、その悩みは長く続きはしなかった。


4 サン=カンタンの会戦

「敵部隊はリールに結集しつつある」
 セーは赤青鉛筆で作戦図を忙しなくつついた。
「我々はパリ前面に死守線を引き、これを遅滞する。敵が片翼に戦力を集中するということは、 両翼包囲を行うだけの戦力が敵にはないという証拠である。フランス軍はマジノ防衛を英軍に預け、総力を投入して決戦を行う」
「議長、よろしいか」
 西部戦線の野戦軍総司令官となったベルティノーは挙手して言った。
「せっかくここまで敵情が明らかになっているのです。自分はもう少し能動的な防御戦したいと考えている」
「具体的には?」
「アミアンの部隊をパリ方面へと収容しつつ後退、伸びきった敵の側面を機動戦力で痛撃します」
「敵の航空攻撃によって機動が阻害される恐れはないか」
 セーの懸念に対して、空軍のドゥパイユが答えた。 「現在、仏空軍が保持する戦闘機は750機あまり、独空軍90機、仏内に展開する英空軍710機、合計制空戦力は1550機強です」
「それで、君は敵の跳梁は防げると考えているのか」
「敵の投入戦力次第ですが、難しいと言わざるを得ません」
「戦力の機動には夜間行軍と欺瞞を徹底させる」
 ベルティノーが渋い顔で言った。
「要所には新開発の対空ミサイル陣地を形成して防空を行う。苦しいかもしれないが、連中の好き放題にはさせないつもりだ」
 ドゥパイユの答えにベルティノーはなおも渋い顔を解かない。
「あの電信柱みたいなのは役に立つのかね」
「確かに戦闘機を迎え撃つには頼りないかもしれないが、大型の爆撃機ならそこそこ当たる。 当たらなくても陣形を崩せれば、少しは楽に戦うことが出来る」
「…分かった、空軍の新兵器には頼らせてもらう。どうせそれしか出来ないんだ」

 ウボレヴィッチは指揮下のライン方面軍を4つの軍集団へと再編を行なっていた。
 第1軍集団は第1から4の4つの親衛戦車軍13個戦車師団に、第4、5機械化狙撃軍5個師団を集めた世界最大級の機動戦力。
 第2軍集団は第6機械化狙撃軍4個師団、第18、34軍の歩兵6個師団、第2山岳狙撃軍の山岳3個師団からなる13個師団。
 作戦構想では、この第1、2軍集団が突破戦力となり、戦線北翼のアミアンへ陣取る仏第1軍を撃破したのち第2軍集団はルーアンへ、 第1軍集団はパリと前線の間隙を縫うようにランス、トロワへと進撃し、敵主力軍を包囲殲滅する予定であった。
 第3軍集団は第9.10.11.12.13.26.29の7個軍、歩兵21個師団であり、ヴェルダンに陣取る仏空挺師団を撃破し、回転の軸を築き、
第4軍集団は第3.5.21.27、およびチェコ<春>軍団からなる歩兵15個師団でルクセンブルクからスイス国境に至るマジノ線への陽動を担当する。

 セーの推測通り、ソ連がこれまで得意としてきた両翼包囲を用いず、片翼包囲を目指したのは余力の不足であった。
ウボレヴィッチは第6親衛戦車軍と独重戦車師団、チェコ快速師団<チェチェク>の合計5個師団をバルト戦線へと抽出させられていた。 しかし、冬以来の戦闘で連合国の予備戦力が枯渇している以上は、片翼からの突破で十分にこれを撃破し、敵主力軍を包囲しうるであろうと判断された。


「アミアンの第1軍が崩れたか」
 これまでどおりソ連軍の攻勢正面は猛烈であった。北端を守る第1軍の後退を報をベルティノーはうけとった。
「メスから移動した第5軍はヴェルダンで敵攻勢に拘束されている…」
 ぽっかりとランス前面だけが、ソ連の攻勢の空白になっている。そこには英仏の戦車軍と仏第3軍が集結している。
「第1軍にはパリ北西部の第二線陣地になるべく収容しろと伝えろ」
 ベルティノーはこの時、敵軍がランスを無視して、パリへと入城を狙っているものと判断した。
「虎の子の仏戦車軍をコンピエーニュに、仏第3軍をサン・カンタンへ、仏第3軍の右翼を英戦車軍に守らせながら前進し、 パリ最終防衛線を形成し、仏第7軍がパリへと入り次第、コンピエーニュの防御を引き継ぎアミアンからパリへと向かう敵の側面を叩く」
 ベルティノーは過去の反省から、防衛線でも柔軟な機動を行わなければならないことを痛感していた。
 反射神経の良い戦車指揮官ならではの素早さで作戦方針を定めると、ベルティノーはパリ防衛の要となる仏戦車軍の直接指揮へと向かった。 この時、ベルティノーはソ連の企図を読み誤っていた。ソ連の企図は野戦軍の撃破であり、 ソ連軍はパリ攻略ではなくランスへの側面攻撃を狙っていたのだった。

 ベルティノーがこの過ちに気がついたのは、サン・カンタンに陣取った第3軍に敵先遣部隊が過剰なまでの攻撃を加えてきた深夜のことだった。 ソ連軍第1軍集団主力は、予想以上の抵抗をうけてサン・カンタンの障害排除に向けての集結を意図した。
 誤りに気がついたベルティノーは即座に、サン・カンタンに集結中の敵に対して、第3軍、英戦車軍、仏戦車軍の3軍による黎明包囲攻撃を命じた。 遠距離で組み合ってもソ連の戦車は撃破できず、また航空攻撃も怖い状況であった。ベルティノーは夜に紛れて乱戦へと持ち込むことに勝機を見出したのだった。

 正面の仏第3軍への攻勢発動直前に、両側面からの近接襲撃を受けたソ連第1軍集団は想像を超えた混乱に陥った。
 フランスの90ミリ砲を搭載した新型重戦車はT-54にこそ見劣りはするものの、徹甲弾芯を用いた砲力では劣ってはおらず、 車体同士が物理的に衝突するような度を外れた乱戦にあって、無理を重ねた低車体で操作性に難を残したままのT-54に存分にその威力を発揮した。
 サン=カンタンにてはじめて、ソ連の主力戦車軍は「敗走」を経験することとなった。
 ソ連第1軍集団はアラスまで後退して、攻勢再開のための再編に入った。一方ソ連第1軍集団の右翼を進んだソ連第2軍集団は予定どおり、ルーアンを確保。
 ライン方面軍司令官ウボレヴィッチは、大きく前進した右翼を元として、再度の突破を企図して、事態の収集をはかるだろう


5 ポーランド沖航空海戦

「敵艦隊撃滅を最優先とする」
 ソ連邦空軍元帥マカロフは中途半端に終わった敵艦隊攻撃の失敗から、敵輸送船団の破砕殲滅に最優先の努力を充てることとした。
そのための翼も手に入れた。イリューシン28双発ジェット爆撃機700機。
 巡航速度が時速700キロを超え、敵戦闘機を振り切れるだけのスピートを与えられた本機体は、「全包囲攻撃」の能力をソ連空軍に与えた。 そして自律誘導型の新型ミサイル。長距離射程を得るために大型化され、敵高射砲射程外から打ちっぱなしにできるミサイルは戦闘に伴う損害を低減させるだろう。
 これらは切り札であると同時に、数多くある手の一つに過ぎない。これまでの戦訓は、空戦は局面の戦力の集中こそがすべてと教えていた。 マカロフの元には、海軍航空隊も統合運用する権限が与えられ、第1統合航空集団2000機あまりをバルト海に突入してくるであろう敵海軍への対処に専念をさせた。 バルト方面に与えられた機体が1000機弱、フランス侵攻の支援が約1500機であることを考えれば、いかに敵海軍撃滅に執念を入れているかわかろうものである。

英本土を出港し、デンマークで増援部隊を載せた敵船団の移動をマカロフは慎重に見守った。 観測のためにいくらかの潜水艦と電探機が失われたが、必要な犠牲と割り切った。 デンマークから挑まれる航空撃滅戦に対して、堅く守って消耗を避けた。
 連合国艦隊がポーランド沖に差し掛かった時、マカロフは仕掛けた。
敵地上航空隊の支援が届きにくく、船団が折り返すには既に内側へ入りすぎる瞬間。無論、連合国はそのポイントを通るときに夜間を選んだ。
 しかし、敵戦闘機の薄くなる夜こそがマカロフの狙いであった。北極海で英国海軍がソ連艦隊を補足したように、電波の前に夜闇はすでに暗幕の降下を大きく失っていたのだ。  ソ連の航空隊の大規模な集結は、無論連合国艦隊もレーダーによって察知していたが、直掩が乱舞でできる対処法は昼に比べ限られてしまう。 それでも艦隊所属の夜間航空隊が外周を固め、母艦によって昼間機も迎撃に向け誘導をはじめる。

「フェーヤー? フェーヤー……チョッ!」
 敵機を探し求めていたレーダー手が悲鳴を上げる。あまりにも速い敵機に迎撃に上がった戦闘機が振り切られる。
 
 艦隊を全包囲するがごとく、中隊単位に分かれてイリューシン28が展開していく。
「シイゼエヤンキイ・エンドゼエライミイ」
 攻撃の成功を確信して、攻撃隊長はアジア訛りの英語をつぶやいた。
「ジャイロまわせ、スピンスピンスピン!」
 自動航行を可能とした技術をたたえる声高らかに、ミサイル発射の号令を発した。電波が支配する闇の中に光を放ちながら、新開発の対艦ミサイルが放たれる。

 第一陣攻撃部隊は機械の故障や発射点までに墜落したものを考えても、少なくとも300発を超える対艦ミサイルを連合国艦隊へ放り込んだ。
艦隊はあらゆる欺瞞を試みたものの、力及ばず、特に囮として大出力のレーダー波を出していた戦艦群へと着弾が殺到した。  ことに現場応急で隔壁に材木を入れて浮力を稼いでいた戦艦群は、ミサイルに残っていた燃料が引火したこともあって激しく炎上した。
 用事を済ませたとばかりに帰路につく第一波に続いて第二波のIl28が襲いかかる。高空からの水平爆撃で投下されたのは、 フリードリッヒ・デア・グロッセ級で用いられるはずであった42p砲弾を改造してつくられた 熱源感知式滑空爆弾。燃え盛る戦艦群の熱源は誘導の格好の目標となった。
 連合国が戦艦を盾とすることを見越して、徹底的打撃を与えることを意図した マカロフの執念は、見事にバルト海へと投入された連合国艦隊に壊滅的打撃を与えた。
 マカロフは執念深い男であった。陽光が指すと共に現れたのはTu2、Il4からなる雷撃機隊90機と ロケット装備したプロペラの単発機80機、上空にはMig15が100機ばかりががっちりと警護を固めている。
 生き残った空母群が慌ててカタパルトを使って直援戦闘機をあげる。ヨタヨタと上昇してくる直掩をMig15が容赦なく海へと叩き落とす中、 増強された防空網を身軽な戦闘機がロケットで潰して回り、雷撃隊が誘導魚雷を放つ。
 そして、満身創痍の艦隊に第4波のシュトルモビク200機が襲来し、装甲の弱い輸送船を一つ一つ海へと送り、生き残った船員を機銃掃射して回る。 喪失艦、戦艦6、巡洋艦6、駆逐艦7、船団(英デンマーク方面軍4個師団、米海兵2個師団乗船)損耗率6割。
 形容しがたい損耗をたれ流しながら、連合国艦隊はリガへと逃げるように入港した。


6 バルト変転

「ジューコフ元帥、バルトで攻勢に転じるべきだ。ソ連に力が足りないというのであれば。ここは我々に武功を稼がせてもらえまいか」
 バルト戦線を預かっているジューコフの司令部を表敬訪問したヤン・スロヴィーは言った。 チェコ軍はこの戦争に2個軍と義勇1個軍団、合計21個歩兵師団、 そして、3個軍から戦車旅団を抽出して再編された2個戦車師団、先遣された1個戦車師団。合計25個師団。 国軍の8割近くを国外へと派遣している。
 その対価として、チェコ軍はソ連邦第一線部隊同様の兵器を供用されている。 戦後をソ連のジュニアパートナーとして歩むときめたチェコスロバキアにとって、 舐められないだけの武功をえておくことは、必須の処世であり、同時にヤン自身の威信にも関わる問題であった。

 当初、ジューコフはバルト戦線を敵主攻正面であると位置づけ、防御を重点に置いた体制をとっていた。 しかし、敵船団が大打撃を受け、敵軍が守勢を崩さない状況を見て、ジューコフ自身にも迷いが生じていた。
「敵軍は自分が予想しているよりも弱勢なのではないか?」
 しかし、ジューコフは攻勢を行うにも躊躇いがあった。自分の後方に部隊はない。 仮に、あの狡猾なモントゴメリーが自分を誘い込む罠を仕掛けているのであれば、 逆襲に出た米英軍がソ連国内を蹂躙することを許してしまう。
 そうした状況にあって、ジューコフはヤンの提案に喜んだ。最初から期待をしていないチェコ軍ならば、 敵情を探る強行偵察でいささかすり減っても自陣営に大きな隙は生まれないだろう。
 
「では、南面からの正面攻撃線を形成してもらえないだろうか、 海岸線からの進撃は赤軍でおこなう。敵の艦隊撃破の勢いを借りて一気にバルト戦線を押し返そうと思う」
 ジューコフは、最大限楽観的な予測をヤンに伝えた。
「わかりました。そうなりますと敵はリトアニアに展開する米軍となりますな」
「彼らは機動力に富んでいる。機動性を封じなければならない」
「全面打撃戦ののち、空いた間隙に機動部隊を2軸から流し込む」
 ほう、とジューコフは唸った。
「実にソ連的なやりかただな」
 まるで、序盤のドイツ領侵攻作戦を彷彿とさせるような策戦案にジューコフは満足の意をしめした。 「いえ、あなたがたのような戦争を、いつかやってみたいとおもっていたのですよ」
 ヤンは得意げに言った。

この時、リトアニア方面は米軍のうち最も健全な戦力を有する米第4軍の5個師団が守備に当たっていた。
 上陸戦に伴う攻防によって、磨り減った戦力では攻勢は難しいと判断した連合軍は、 内陸にあって守りにくいリトアニアは防御外郭として、海岸にあるエストニア・ラトビアの首都リガ、タリンを重点においた防衛陣地構築を主防御線として保つ構えをとっていた。
 彼らにとって、バルト戦線は攻勢起点ではなく、政治的に維持されなければならない地となっていたのだ。

 エストニアが生んだ政治家、コンスタンティン・パッツはバルトの政治的重要性を高めてるべく奔走していた。
 エストニア亡命政府を率い、バルト連合統一代表を務める彼にも、バルト地域を連合軍が継続的に「解放」する能力がないと分かっていた。 バルト諸国が取引に使われることを承知した上で、彼が尽力したのは、国民の「戦災から避難」と称した自国民の保護・亡命であった。
「しかしですな、避難と言っても現実的に船が足らんのです」
 パッツの訪問を受けたヴァイアンは困惑の顔を浮かべた。
ヴァイアンはバルト海のコントロールを司るために、船を降りて陸上に司令部を設けている。
「それは問題ない。ノルウェー・スウェーデンの民間船舶を借りている。 ヴァチカン経由で頼み込んでイタリア船籍のもある。ソ連とて容易に攻撃はできないはずだ。 むしろ軍艦の護衛がある方が狙われやすい」
 パッツの手並みにヴァイアンは舌を巻いた。
「では、我々に何をお求めですか」
「湾港の優先使用許可とソ連側への通知を徹底して欲しい。これは我々の国の存亡と連合国の名誉がかかったオペレーションだ」
 ヴァイアンはしばし考えた。中立国の船舶が頻繁に行き来していれば、ソ連邦とはいえ問答無用の襲撃行動はやりにくいだろう。それに紛れての輸送も可能となる。
「避難民の受け入れ先はひとまずはスウェーデン、しかるのちにノルウェー経由で英仏ということは、気をつけるべきはバルト海のみか」
「ええ、貴海軍に負担をかけることは少なかろうと思いますが?」
「わかった、その代わり輸送中の安全は保証しかねます。ささやかながら貴殿の航海の安全を祈ります」

 チェコ軍の2個軍18個師団に強襲を受けた米第4軍は早々にカウナスの放棄を決定した。 全自動車化された米軍の逃げ足は速い。しかし、追撃を行うチェコ軍戦車部隊も執拗であった。
「必要に応じて逃げることは恥ではない。しかし、追手の隙に噛みつけないようでは駄犬だ」
 パットンは各軍から抽出集成した戦車部隊をチェコ戦車部隊へと叩きつけて撤退を援護した。 パットンの試みは成功し、チェコ軍の追撃をふりきったが、 それはジューコフに「方面軍総予備を投入しなければ、チェコ軍も止められない」という認識を与えた。
 カウナスを奪還したジューコフは、バルト方面軍に全面的攻勢への移行を命じた。


7 最終予備軍

「米第6軍をどこに投入すべきか?」
 フランスへの攻勢を退けた連合国首脳の関心事は連合国が保有する最後の予備戦力の投入地に集中していた。 フランス代表は「是非ともパリ防衛線の強化へと使うべきである」と能弁に訴えた。 アメリカ代表は圧迫されつつあるバルト戦線への強化に使うべきであると力強く言い募った。
 両者の対立は根かった。また、バルト方面の対地支援で更に戦艦2隻を失った海軍関係者らは、これ以上のバルト海海域での輸送について、深い懸念を示した。
 皆が疲れきった頃、チャーチルが会議室を訪れた。バルト作戦を主導した彼に殺意に近い目線を向けるものさえある。

「仮に」
 殺伐とした空気に動ぜずにチャーチルは言った。
「バルト方面軍が降伏した場合、戦後、合衆国民はヨーロッパに関与する意志を持つことができるだろうか」
 疑問形で発された言葉はその場を静まり返らせた。ドイツが崩壊した現在、西欧社会を守りぬくためには、アメリカの支援は欠くべからざる前提条件だった。
 長い沈黙の後、チャーチルは宣言した。
「英国首相として第6軍のバルト戦線投入を依頼する。文明の存亡をかけて、バルト戦線は維持されなければならない」

 この時のチャーチルの決心について、自らの失敗を糊塗するための保身の所業と批判するものがある。 一方、これによって、ソ連邦は最後までバルトに注力し続けるという間違った方針を転換できなかったとして称賛したものがある。 どちらの評価が妥当であったにせよ、連合国がバルトへの増援完遂に向けて、可能な限りの努力を尽くした事を疑うものはなかった。

「昼間戦闘であれば、常時300機程度の直掩を送り込むことは可能だ」
 海空部局の連絡会議でダウディングは言った。ヒーウマー・サーレマーのエストニア沖合の島に大規模な飛行場を確保した連合国はP51だけで2000機を越え、 バルト戦線に投入された航空戦力は各種航空機を含んで2300機を超える大編成である。
「空母の予備航空隊は足りているのか」
 ダウディングの問いにはカニンガムが答えた。
「米英合計で450機、十分に先の航空戦で消耗した部隊を補充可能だ」
「空母に損害が出なかったのは幸いだった」
 遠路、会議に参加したキングが言った。
「戦艦など、これからの時代はせいぜいが盾にしかならん」
 大艦巨砲主義を既に捨て去っている彼にとって、前回の損害は不良在庫の処分程度の痛痒でしかない。
「艦船の不燃化、損傷箇所は鉄板を張って対空ミサイルの設置、対誘導欺瞞の強化、いっそうの敵の早期発見撃滅、基本通りにやればよい」
 キングは端的に対策を述べた。それは最早確実に大艦巨砲主義にかわって、これからの時代の海軍のあり方を規定していく方針であった。
「バルト方面への増援は、空からも送られる」
 同じくアメリカより参加したアーノルドが言った。
「第82空挺師団、英国空挺師団および各種補充物資をピストンで空輸する。万が一、仮に海路が遮断されたとしても、一個軍を養う程度の物資は夜間空輸で輸送できる見込みだ」
 アメリカの輸送力に英軍関係者は関心の声を上げた。
「しかし、バルト方面の制空権は確保できるのか?」
 アーノルドの豪語にカニンガムが問うた。
「リガ近郊に築かれた防空陣地と防空体制は、先の海峡防空網を磨きあげたものだ。 確かに対地支援に出た戦艦群への空襲は続いており、被害も出ているが敵にも相応の損害を与え続けている。確かに我々の戦いは苦しい戦いだが、全くの無力ではない」
「バルト海に展開する部隊は30万を超える。我々がバルトで負ける事は許されていない」
 ダウディングが場を閉める言葉を告げた。
 席を立つ時、誰かが「そして逃げ出す能力もない、やれやれ。これは地獄だ」と言った。
誰もそれに答えはしなかった。それは、皆が抱いていた思いに他ならなかったからだ。


8 タリン陥落

「博士、ミサイルの増産はまだ整わないのか」
 理性的なマカロフにしては珍しく苛立たしさを隠さずにポルシェに尋ねた。
「使い切るほどの消耗は想定を超えていた」
「しかたあるまい、敵も対空ミサイルを備えていては被害を少なくするためにはミサイルを多用せざるを得ない」
「自律型誘導装置は精密だから、今のところドイツの限られた工場でしか十分な性能を持ったものが作れない」
「博士、君はロシア人を馬鹿にしているのか」
 マカロフは真顔でポルシェにくってかかった。
「民族の問題ではない。工業製品に対する経験が違うのだ」
 ポルシェも不機嫌そうに目を細めた。
「そうか、経験ならばしかたないな」
 マカロフはそこで肩をすくめてみせた。どうやら、マカロフなりのジョークのつもりだったようだ。
「あまりそのような言い方は感心しない」
「申し訳ない。私も少し苛立っていたようだ。それで、敵艦隊を撃破しなければならないわけだが、なにか使えるものはないだろうか」
「こういうこともあろうかと、感応機雷についた予算で少し研究をしていてな…」
 ポルシェの説明を聞いたマカロフは普段の冷徹さをすっかり取り戻して言った。
「なるほど、多少犠牲は大きくなるだろうが、やる意味はある」

 連合国艦隊は前回とは逆にポーランド沖の昼間突破を狙った。上空にはダウディングが約束した通りに 常時数百機のP5と空母艦載機1が外周防御を固め、ピケット配置された潜水艦が欺瞞電波を放って艦隊位置の欺瞞を試みる。
 連合国が万全の防御体制で臨んだのに対して、ソ連邦の迎撃態勢は以前よりも状況は悪化していた。 自律誘導型対艦ミサイルは数が限られていたし、敵艦隊監視の重荷から解き放たれたN艦隊の制圧哨戒によって 潜水艦哨戒網はほつれが大きくなっていた。航空隊は2割弱の損害を出していたし、更にフリードリヒ主砲弾は既に使い尽くされていた。
 しかし、連合国が短期の終戦を見越してバルト維持を目論んだのと同じく、 マカロフもこの機会が最後の敵艦隊撃滅の機会であると決心していた。

索敵と戦闘準備で遅れ、前回よりもリガに近い海域で戦闘は開始された。
 戦闘の第一陣は前回同様に対艦ミサイルの斉射によって開始された。 今度はガッチリとMig15に護衛されたIl28が左右から同調して白煙をあげるミサイル発射する。
その数は200発を超える、しかし、その実、誘導装置を搭載しないままのダミーのロケットも半数ほど混じっている。
 連合国海軍はチャフ入りの対空主砲射撃と増設した対空ミサイルを惜しみなく使って応射する。 ことに対空ミサイルは撃ちのこしていると引火の原因になるため、初戦で全力投射するのが原則となっていた。
 被害担当艦を受け持った戦艦や運の悪い艦にパラパラと命中弾が出る。最大の脅威(と彼らが認識する)ミサイル飽和攻撃を乗り切った 連合国艦隊であったが、ミサイル弾着を前後して到来した第二陣の迎撃を余儀なくされる。
 続く第二陣は、前回と同じく高高度からの投下、しかしその母機はPe2であり、投下されたのは収束爆弾。 対空砲火の分散と制圧を狙ったこの攻撃は、さしたる戦果を上げずにおわる。
 間断なく続く敵襲の中でローテーションを繰り返す双方の航空隊。近接ロケット攻撃を終えたソ連機は すぐさま戦闘機に早変わりし燃料のある限り空戦に加わっていく。
 双方の航空隊が入り交じり、母艦が被弾して管制が切り替わり、乱舞した個々の機体がそれぞれの戦いを行う混戦へと落ち込んで行く中、 マカロフの切り札は戦場へと現れた。
 超低空を舐めるように高速で飛ぶIL28、魚雷投射のような体制で艦隊へと近づいていく。雷撃を警戒して残されている対空砲火が指向され、次々と火に包まれていく。 犠牲に構わずグイグイと近づき投射する。投射兵器はロケットでも魚雷でもない。ドイツ空軍が対艦兵器として研究していた魚雷型爆弾。 横からの物理エネルギーを元に水中へと潜って進むこの兵器は、魚雷の倍する速度で敵船底へと潜り込む。 そして、機雷の感応信管を利用して艦底を感知して起爆する。信管技術の向上とIL28の高速性と低空機動性によって どうにか実用レベルに持ち込んだこの兵器はその投入に大きな犠牲を伴うが、敵大型艦撃破の切り札となりうる存在であった。
 どれほど上部や側面に装甲を張った戦闘艦とはいえ、艦底の防備までは万全とは行きかねる。
そこに一気に水圧がかかれば、最早その船の命運は決まったようなものだ。運悪く竜骨が破壊されれば、重装甲の戦艦といえども一撃で死を迎えるよりない。  連合国は戦艦2隻、空母<タイコンデロガ><マルタ>を喪失し、船団は4割の損失を出した。 生存した船もその多くが傷つきながら、しかし連合国艦隊はリガを目指す航路を諦めなかった。

 戦闘結果を集計したヴァイアンは目をしぱしぱと瞬かせた。心が乾ききって何を考えていいのかわからない。 司令部スタッフはそんなヴァイアンを無言で見ている。重苦しい空気を割って、電話が受け渡された。
「ヴァイアン提督、米第6軍はどれだけ着いた?」
 エストニア防衛を行なっているモントゴメリーからであった。
「損耗4割で無事到着した。陸軍的な言い方だと、いわゆる全滅状態だな」
 ヴァイアンは言った。今時作戦の海軍艦艇の損耗は4割を超えている。
「そうか、すまないが、一刻も早くエストニア救援に回るように荷揚げを急いでくれ、それと海軍に余力があれば、こちらへの艦砲支援を頼む」
「君たちのせいで、英国ある我が大英帝国海軍は無傷の戦艦がただ一隻に落ち込んだ」
「じゃあ余裕があるんだな、早く頼む。このままではタリンで玉砕することになりかねん」
「そこまで状況は悪いのか」
「4割を超えるのは時間の問題だな」
「損耗率が?それは大変だ。いわゆる全滅ではないか」
 ヴァイアンは悪巫山戯を込めて言った。
「充足率が、だよ」
「海岸側の道路の啓開には、最大限の支援砲火を出す。直接支援にも最高の船を回す。なんとか生きてリガで会おう。 このバカな戦争、あなたのツラをぶん殴らないと気が晴れそうにない」
「ああ、そうだ、そのためにはそっちのパットンにもそれまでリガを確保し続けるように言っておいてくれ」
「伝えておこう」

 この時、モントゴメリー指揮下でエストニア防衛に当たっていたのは英軍9個師団、米第2軍5個師団、米海兵隊2個師団であったが、 輸送途上に大損害を被ったデンマーク方面軍4個師団、米海兵隊2個師団はソ連の攻勢を前に早々に潰走した。
 エストニアとロシアの境界はベイプシ湖によって2つに区切られている。対峙するソ連第11軍集団は その保有する15個歩兵師団のうち12個師団をもって、海軍の砲火影響を無視できる南岸側防衛線を突破、 タルトゥを奪回し、更に西進してエストニア、ラトビア間の連系線を断つ構えを見せていた。
 孤立を避けるために戦線を下げる必要性があったが、それはかろうじて維持されているベイプシ湖北の短い戦線を放棄することと同義であり、 殿を務める彼らをどう収容するかが問題であった。
 
 問題解決のためにヴァイアンが送り込んだのは、かれの手元に3隻残った健全な戦艦のうち最大の戦闘力を持つ 自由ドイツ海軍戦艦<フリードリヒ・デア・グロッセ>であった。彼女はその期待に完全に答えた。
 沖合から支援砲火を提供し、防衛部隊を揚陸艇へと収容する間、敵の追撃を防ぎ、無事リガへと帰還を果たした。

 連合国海軍が死命を賭して運んだ米第6軍は、損耗に構わずタリン〜リガ間の街道を維持し、期待通りバルト戦線の危地を改善した。 ただし同時にそれは、バルトへ上陸した連合軍がリガ湾周辺の狭い橋頭堡へと押し返された事を意味していた。


9 パリ侵攻への夢

 パリはソ連軍撃退の報を受けて愛国ムードで湧いていた。ラ・マルセイエーズが至るところで鳴り響き、 市民はトリコロールを掲げ、陽気にパリ市の陣地構築に勤しんでいた。
そんな中、一人の閣僚が辞任会見を行なっていた。ジョルジュ・ジャン・レイモン・ポンピドゥー。彼の辞任理由など国土の一部が侵食され、 パリの危機が近い中ではほとんど深い印象を残さなかった。
ただ、彼が辞任会見で最後に言った言葉は強く人口に膾炙することになる「ド・ゴールなくしてフランスなし」と。  パリに赤軍が迫る中、それは市民みなが共有していた実感だった。
 政府高官の職を辞した以上、免除理由を失ったかれはフランス男子としての努めを果たさなければならなかった。 彼は歓びをもって前線へと赴いていった。ドゴールの未来を信じ、再び彼のために仕える日を夢みて。 初戦で大損害を受け、将校の不足している仏第1軍の大隊長として、ポンピドゥ大尉は任務に着いた。

 ウボレヴィッチ元帥は苛立っていた。増援をよこさないトハチェフスキーにも、リガを攻めあぐねているジューコフにも、 艦隊撃滅にかまけて十分な殲滅戦力をよこさないマカロフにも、勘のいい敵将ベルティノーにも、英本土からの散発的な空爆でこちらの動きを阻害する英空軍にも。
「パリさえ落とせば、この戦争は勝てる。こんな単純なことが分からないのか」
 本来フランス侵攻作戦「太陽」では、敵野戦軍の撃破が優先されていたが、今のかれは首都パリへの突入が第一となっていた。 スエズを通り地中海に入った日本国「平和艦隊」が各国代表を集めて調停の開始を主導し始めたからだ。
 このままフランスを攻め切れないとあれば、ソ連邦は十分その権益を守れないかもしれない。残された猶予は少なかった。
 カンブレーとアミアンを起点として第1軍集団を並進させてパリ北部を直撃、左翼は第3軍集団でランスをとり南下、右翼はルーアンからグルリと展開し、 パリ南西部から包囲を形成し、パリ南西部の包囲を形成、しかるのちに南東部の要地へと空挺降下を行い、パリと前線軍を切り離しパリ市街へとうちいる。
 手持ちの戦力から出来る可能な限りの雄渾な作戦をウボレヴィッチは遂行すると決めた。

 平たい車体に円盤状の砲塔を載せた車体が壕へと飛び込んでくる。兵たちが手持ちの対戦車火器を指向する。 戦車にしがみついていたソ連兵がウラーと雄叫びを上げて、バナナ状の弾倉をつけた短機関銃を向ける。 硝煙と血が空気を染め、甲高い戦車砲の音が皮膚を打つ。
 これまで地図の上で感じていた戦場はもどかしく、後退を続けている将軍たちを不甲斐なく思っていたが、 実際の戦場とはかくも恐ろしいものかとポンピドゥーは実感した。
 そして、かれら将軍が育てた軍隊の偉大さを知った。後退すべき予備陣地はしっかりと更新されるたびに将校に伝えられ、 陣地が孤立しても当面を支えるだけの弾薬、味方の指示を仰ぐことのできる無線、訓練の薄い兵でも扱えるように わかりやすく使い方と注意を書いた兵器のマニュアル。どれが欠けていても、今日までフランス軍は戦えなかっただろうし、 今や新兵と促成将校だらけのフランス軍はまともに動くことができなかっただろう。
 パリ北西部を守るかれの大隊にはひっきりなしに陣地への強襲が行われていたが、毎回多大な損害を出しつつも撃退することに成功していた。 ああ、それにしても、この陣地の後方といえばもうパリの外周が見えるところだ。パリも戦場になるのだろうか。 共和国文化センターも戦火に包まれるかもしれない、ああ、自分ならば無防備都市宣言を主張していただろうーそこまで考えて彼の思考は途切れた。
 空に浮いたように体が軽くなった、そう感じた刹那の後、ポンピドゥの身体は地面へと叩きつけられた。 上級司令部の報告書には、かれの司令部にはソ連機の爆撃の直撃があったと記されている。
 芸術を愛し、一介の将校として死んだ彼を悼み、第四共和制国立美術文化センターには、ポンピドゥー・センターという愛称が与えられた。

 ソ連軍の侵攻は思うに任せなかった。パリ前面に展開した仏第1軍、第3軍とそれを支援する英仏の戦車軍は頑強な抵抗を見せたし、 ランスに陣取った仏第7軍はソ連邦左翼の第3軍集団の足を完全に停めていた。 ウボレヴィッチの望みは唯一順調な進行を見せていた第2軍集団と空挺によるパリ包囲へと絞られていく。

 ソ連邦第2軍集団旋回の阻止の任務を担わされたのは、米第1.2機甲軍であった。パリ南西シャルトルで両軍は激突した。 この時のソ連第2軍集団先鋒は第6機械化狙撃軍であった。
 仮にもし、この時これが1個親衛戦車であったならば、あるいは1個師団の戦車師団があれば、 いや1個大隊のムィシ重戦車があればとソ連の将兵は悔やみ続けることとなる。 米機甲軍には、待望の新型120みり砲搭載の重戦車パットンが配備されていた。
 その場であった最強の重戦車は、その期待に違わずソ連邦第2軍集団の進軍を停滞させることに成功した。

 焦りが判断を狂わせた。フランスの頑強な抵抗を見たウボレヴィッチは、 停戦前の点数稼ぎとフランス心理への動揺を狙い、空挺作戦をマルセイユを空挺奇襲で占拠する計画へと切り替えた。
 本来であれば、それは仏軍主力を撃破してのちに行われるはずであった作戦であった。

 この時期、確かにマルセイユ市街に軍は展開していなかった。しかし、イタリア国境には対イタリア警戒のための兵力が慎重に容易されていた。 彼らを率いて、対イタリア戦略を立てていたのは、ドイツ陸軍の将バイエルラインであった。
 イタリア軍侵攻の噂を前にして彼は集められた部隊をこう言って励ましていた。 「アルプスを超えて戦争に勝った男は3人しかいない。ハンニバル、カエサル、そしてナポレオンだ。 諸君たちが散々蹴散らした、あの軟弱なイタリア軍がここを超えて勝てると思うかね?」
 座はどっと沸いて、たちこめていた不安は霧散したのだった。
 南仏の守りについていたのは、仏山岳軍と空挺師団、独降下猟兵連隊。  各部隊の損耗を考えれば実勢は二個師団を上回る程度の戦力でイタリア軍に向かい合っているのに士気が乱れなかったのは、バイエルラインの存在が大きかった

 ソ連の空挺降下に対して、バイエルラインは素早く対応した。マルセイユ市街へと侵入を試みるソ連空挺軍の排除が難しいと判断すると、 市民に非難命令を下した上で沖合に浮かぶ海軍艦艇、重巡<アルジェリー>以下の仏地中海艦隊の火力支援を要請した。 事前にイタリア軍に備えて避難の手順を訓練していたのが幸いし市民の犠牲は最小限に抑えられた。
 お互いに軽歩兵戦のプロ同士が市街でぶつかり合う熾烈な戦場となったマルセイユ市街だったが、最後に決着をつけるのはやはり火力の有無であった。 自国の都市を撃つのをためらいがちであった仏海軍を横目に、指揮下に入っていたドイツ駆逐艦は容赦なく「敵陣地」を砲撃した。
 空挺軍がマルセイユ市街占拠に失敗し、作戦の失敗が明らかになった時、戦火は終わりを迎えようとしていた。
 
 自国近辺にまで戦火が近づいたイタリアは本戦争の調停の放棄をちらつかせて、強くソ連に交渉につくように迫った。 自ら、イタリアに調停を頼んだソ連は、短期のパリ攻略も、リガ橋頭堡の壊滅も行う見込みがつけられず、渋々といった体で交渉の場へと現れた。
 こうして、戦いの場は戦場から、テーブルへ、アドリア海に浮かぶ戦艦大和の会議室へと移ったのだった。


10 大和会議

「まず、ここにいる君と君と君と君と君は、なんの権限があってこの場にいるのか説明を求めたい」
 ドイツ、ベルギー、ルクセンブルク、デンマーク、バルト統一連合の代表団をリズミカルに指さしてリトヴィノフは言った。 呼びかけを受けた代表らが口々に自らが正当な交戦国であると主張する。
「ドイツの正統政府はソヴィエトへの参加を希望しており、我々とベルギー・ルクセンブルク間の交戦は既に終結済みである。 バルト統一連合なる自称国家には実態がまるでない始末だ。イギリスにより不当に中立を侵犯されたデンマークには 同情申し上げるが、我々は貴国の中立を尊重している。この場に関わる問題ではないだろう」
 ソ連代表は連合国が取り揃えた領地なき政府の排除を求めた。
「本会議はヨーロッパの平和の資するために開かれた会合である、ソ連邦の戦争に巻き込まれた彼らの意見を無視して交渉ができるわけはなかろう」  仏外相ビドーが彼らをかばう発言をすると、リトヴィノフが応酬する。
「ヨーロッパの平和、ハハッ、ではついでにバルカンの国の代表団も呼ぶべきだな、 何でもルーマニア・ブルガリア間での民族紛争が激化しつつあるそうだ。一体誰の差し金だろうかな?」
 能面でかわすビドー、場をとりもつはずのバルボ統領が素知らぬ顔で空を眺める。バルカンの騒擾は 連合、枢軸、共産の三陣営共通の利害が絡んで複雑化の様相を呈し始めていた。
 ゲフンともう一人の調停者、芦田外相が空咳をして空気を引き戻す。

「お互いの陣営の主張はよくわかりました。確かに人数が多すぎても、交渉は纏まらないでしょう。 ここはひとつ核心的利益を有するリトヴィノフ、ビドー両外相によって調停案の事前交渉を行なってはいかがでしょうか。 何、我々は全てこの大和の上に乗っているのです。この中の誰かに秘密で、不利を押し付けるような交渉を行うのは不可能でしょう」
「私からもそれを望みたい」
 バルボがすかさず同調する。かれの視野に入っているのはま環地中海の経済圏であり、ライバルの英国の影響力を少なく出来る利益を見出した。
「私は異存ありません」
 リトヴィノフが応諾する。残る視線がビドーへと集中する。
「了解した。ここは済まないが任せて欲しい」
 居並ぶ各国代表団を見回して、ビドーは言った。

  「で、どうする?」
 リトヴィノフがビドーに問うた。
「こちらはバルトから撤退する。そちらはフランスから撤退する。以上でどうだろう?」
「戦線の再定義については同意できる」
 リトヴィノフはそこでビドーを睨みながら言った。
「しかし、デンマークの連合国駐留は認めがたい」
「それは英国とデンマークという二国間の問題だ。デンマークの放棄は英国が承知しないであろう」
「で、あるならば、ベルギー、ルクセンブルクと我が国の問題には口を挟まないでいただきたい」
「…その点についてはイギリス・アメリカと相談させてもらおう」
「それと先ほどの有象無象の自称国家についてだが」
 リトヴィノフの言及に対して、決然とビドーが反論をした。 「我が国がいかなる存在を国家と認めるか、これには口を挟ませない。
 リトヴィノフはその口調を真似て返答した。
「貴国がいかなる存在を国家と認めようと、本戦争におけるソヴィエトの領土確定には口を挟ませない」
「…承知した、それでいこう」

 要約するとこうして数行におさまる合意に至るまでに、両外相は2週にわたって微に入り細に入った議論を重ね、 そこから生まれたメモランダムを元に、関係各国の同意を取り付けるまでに更に3週間の時間を必要とした。
ことにベルギーがソ連の手におちることは英米仏の本国で、 イギリスは海軍戦略の観点から、フランスは陸軍戦略の関係から猛烈な抵抗があった。
 しかし、当面の海軍脅威を完全除去していることやアメリカがバルト海での情報活動を望んだこと、 噂を聞きつけた北欧各国からのバルトでの活動要望を鑑みた結果、 連合国は「大敗をうけベルギー内政は不安定になっており、防御線の役にたたない」という結論を出した。

 1946年11月9日、米英仏とソ連・チェコの代表団は、戦艦大和船上でドイツの内乱に始まる戦争の講和条約に調印した。 同時にドイツ、エストリア、ラトビア、リトアニア、ベルギー、ルクセンブルクの各亡命政府 および日本、イタリア、スペイン、そしてバイエルンは本講和条約の成立を尊重する協定に署名した。
 それぞれアドリア海講和条約、ヤマト協定と呼ばれる約定を経て、戦争は終わりを迎えた。


11 アフター・ジャーマニー

 パリの凱旋門を誇らしく闊歩する各国の兵達をド・ゴールが出迎える。 ドイツを失ったが、強大な敵を跳ね除けてこの街を守りぬいたことを皆が喜んでいた。
 ドゴールは延期していた大統領選挙の実施を宣言した。パリを守りぬいたドゴールの勇名は強く、 圧倒的勝利を収める見込みが立っていた。
 今やフランスは最前線国家であった。カエサル以来、フランスという肥沃な土地は最前線であった。 フランス人は再び戦う大統領を求めた。

 ドゴールに比してチャーチルの戦後は不名誉であった。 終戦にともなって行われてた万歳選挙でバルト海で失った海軍の責任を追求され、政権を下野することとなった。 連座して、海軍首脳部も一新がはかられ、カニンガム軍令部長も引責辞任をした。
 本国艦隊司令長官に就任したヴァイアン大将は残された船の修繕予算の確保と 彼の信条である「身軽な海軍」への再建に尽力することとなる。

 戦時中の激務は連合軍統合幕僚議長セーの体を蝕んでいた。 講和成立を見届けると公務を離れ南仏で療養を続けたが、ほどなくして衰弱が進み、冬には眠るように亡くなった。 療養地で僅かな間にも仕事を続け、なくなる時には遺漏なく後任者ベルティノーへと引き継ぎが行われていた。

 マッカーサーはアドリア海条約調印後、米議会にて承認を求める演説を行った。
「ソヴィエトは、人間の革を被った悪魔だった。これに対するに我々はあまりに準備不足であった 議員諸君、今はこの不名誉に耐え、次こそは油断なく備え、彼らを退けよう。ノー・ソヴィエト!」
 この演説は万雷の拍手で迎えられた。マッカーサーは承認後、 戦争終了に伴う挙国一致の解消を理由に国務長官を辞任、次期大統領選挙への出馬の意志を表明した。

 係争地となっていた北部バイエルンの返還を再三要求し続けたヴァレンシュタインの望みは終戦より1年のちにかなえられた。 北部バイエルンの帰結をめぐる国民投票が実施され、圧倒的大差でバイエルンへの帰還を住民が望んだのであった。
 この結果にはからくりがあった。住民投票の告知と同時に、ソ連統治下のドイツ内で住所移転が相次いだのだった。 自由主義者や資本家は自由を求めて同じソ連支配下のニュルンベルクへ移り住み、そこでバイエルン人たることを選択した。
 こうしてドイツ国内から「邪魔者」が排除されたのを確認して、ドイツ統治を担っていたパウルスはドイツのソヴィエト加盟を正式なものとした。 主権国家としてのドイツはこうして消滅し、ソ連領ドイツとバイエルンが残された。 相前後して、ベルギー、ルクセンブルクも同じ道をだどり、ソ連の国境は英仏海峡の手前に到達した。

 旧バイエルン州の回復を待って、ヴァレンシュタインは職を辞した。 イタリアにとって彼の存在は北部バイエルンを要求するための大義名分にすぎず、以後の支援は期待が持てないことがその大きな理由であった。 そして、残った人生はバイエルンという国家ではなく、ドイツという民族精神復興に捧げようという決意であった。

 フランスに脱出したもの、及びバイエルン経由で自由の身となったドイツ人の多くはヨーロッパに留まらなかった。 自由ドイツ政府は積極的に南米、特にアルゼンチンへの移民を推奨していた。
 ヨーロッパにいる限り赤化の不安からは逃れられないという恐怖経験を持った亡命ドイツ人たちはその流れに乗った。
 自由ドイツ首相に就任したゲーレンは世界各地へと散っていったドイツ人のネットワークを、諜報に利用した。 更に自由ドイツ軍の名で組織された部隊は、あらゆる紛争に支援金次第で出て行き、徹底した先制攻撃を行なって紛争を処理する 世界の傭兵として次第にその名を知られていくことになる。戦争の向こう側にあるものは、終わりなき戦争であった。  騎士団領から始まったドイツの気質を、最も受け継いだのは彼らだったということもできよう。
 
 自由ドイツ大統領デーニッツは戦艦<フリードリヒ・デア・グロッセ>の改装後進水式に立ち会った。 英国の造船技師たちが、この船を世界最強のフネとすべく予算の範囲内で趣向を凝らした結果であった。 バルト海の輸送作戦で大幅に海軍戦力が低下しているという現実がそれを後押しした結果、 主砲はライオン級に用いられていた3連装砲塔を再設計して載せ替えられ、12門の40センチ砲が天を睨む。
 バルト海で数々の作戦に参加して無傷の幸運艦は、この後デンマークのフレゼリクスハウンに母港を借りる予定となっている。 長くバルト海最強の戦闘艦として鎮座するこの船を、人は北海の門番と呼ぶようになっていった。

「5,4,3,2,1、発射!」
 もうもうと噴煙を上げてロケットが噴煙を上げて上昇していく。力強く軌道を描いていく白煙、発射体の無事の分離に関係者は手応えを感じていた。
 ロケット開発を後援し続けたマウントバッテンも発射に駆けつけて感慨深くそれを見守っていた。 数時間のち、電波が発せられ、トラック島から発射されたロケットが衛星軌道上へと人工物を打ち上げることに成功したことを示した。  開発主任者としてドイツ人、フォン・ブラウンの名が記された事に、 かつてドイツ人であった者、ドイツ人であり続けている者の差なく快哉を叫んだ。


12 未来は我らに
「久方ぶりだな」
 モスクワから南東に625キロほど離れた街、ペンザ、トハチェフスキーが育った街に背高の男が尋ねた。
「おや、相変わらずだ。フランス前大統領殿をお迎えするにはみすぼらしい荒屋ですまない」
 客間へと案内しながらトハチェフスキーは言った。

 トハチェフスキーは戦後の処理執務をとったあと、退役し、育った街へと隠遁して回想録を書き、書を読む生活をしている。
「フン、我々が出会ったところに比べれば、大抵のところは天国だ」
「それで、このソ連邦奥地に何のようで?まさかわざわざ捕虜時代の旧交を温めにきたというわけでもなかろう」
「いやいや、全く残念ながらそのわざわざなんだ。仕事を辞めてヒマになったからな」
 手土産だ、とフランスワインを渡す。
「これはボルドーだな、味が悪くなる前の」
 コルクを開けて、ワイングラスを棚から取り出す。
「フフン、誰かのおかげで工業地帯をルールから南仏に移したから、多少なりとも味が変わるのはしかたがない」
「ありがたく頂こう、で、今頃になって負けた私を笑いにでも来たのか」
 赤ワインを注いだグラスを掲げ、一息で飲んでトハチェフスキーはドゴールに問うた。
「滅相もない、君は勝ったではないか、君は独軍を撃滅し、わが仏軍を半減させるまで追い詰めた そしてドイツを併合した。あの戦争は君の勝ちだ。疑いようがない」
 ドゴールは本心からの言葉を告げた。
「君は2期14年、大統領をつとめあげ、今やフランスは各国の精鋭が守りを固め、 いつでもモスクワを直撃できる弾道弾を配備している。そしてソ連は内紛と強大な軍事負担を抱え込み、人民の生活は楽にならざりだ」
「それに付き合わされて重い兵役を化しているのはこちらとて同じことだ」
「いや、勝ちきれなかった。あの時パリを落としていれば、君を断頭台に送り、陸軍を半分に減らし、私も第二代人民最高指導者くらいにはなれただろうに」
「なんだ、そういうものになりたかったのか、今からでもクーデターを起こせばいくらでもなれるだろう」
「私には君と違って政治の才能はない」
 トハチェフスキーは自嘲した。本来であれば武功高らかな自分が、トロツキーの後釜に座るのは自然なことでさえあった。 しかし、長い軍功に比して貯められた怨念の深さも大きなものであった。 ポーランドで、内戦で、そしてドイツで勝った恨み、同僚を押しのけて赤軍に君臨し続けた妬みは重くトハチェフスキーにのしかかっていた。
 そろそろ若手に席を譲るべきではないか、彼は民族融和に相応しくない。そう言った声が彼を上へと押し上げる力を奪っていった。
 トロツキーが戦後ドイツ統治に意を配り革命の拡大を控えたことも、トハチェフスキーの存在価値を薄めていた。
 ソ連邦はトロツキー亡き後、ドイツのソ連化に功績をあげたパウルスが表向きの政府を、 フルシチョフが党と内務を、ウボレヴィッチが軍を分有する集団指導体制へと移行することになった。 ドイツ出身者が名目上のナンバー1になったことをソ連邦は民族融和の証拠と誇った。

「政治の才能といえば、マッカーサーが二期目を迎えるそうだ。全く元気な老人だ」
「君もあと10年くらいフランス大統領を続けられそうだが」
「もう沢山だ。他のものにまかせて引退するに限る」
「勝負は勝ち逃げか」
「フン、君は勝ち負けにこだわるなぁ、やはり戦争が好きなのだな」
「私は勝つ戦争が好きなのだ」
 ははっと声を揃えて二人は笑った。
「フフン、さっき引退すると言ったがな、君が現役に戻るというならば話は別だが」
「言ったろう、私は勝つ戦争が好きなのだ。次の戦争は例の爆弾の打ち合いだ。絶対に勝てない仕掛けになっている」
「そうかな?いや、君の予言は当たるからな?」
「何のことだろう」
「かつてドイツ人に閉じ込められた時、ずっと言っていたではないか、未来は我らのものだと」
「確かにドイツはなくなったな」
 トハチェフスキーの自嘲めいた答えに、ドゴールは人差し指を振って言った。
「我々がおこなった人類に許された最後の大戦争。あの戦争こそが我々の時代だったのだ」
 やはり君には勝てなかったな、そうトハチェフスキーは言って、ワインの瓶から最後の一杯を注いだ。瓶のラベルには1944と記されていた。



終戦時戦力表


第三国外交データ

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