第2ターン 1944年12月〜45年2月 1944年冬ターン

 リアクション確定2012年6月10日(日)

1 アプローチ・フロム・エア

「なびかねば、沈めてしまえ」
 思わず後ろに「不如帰」と思わずつけてしまいたくなる命令を、チャーチル首相から受けた英空軍のダウディングは、 種々の検討を加えた上で、当初の予定であった重爆撃隊によるキール空爆を実施すると決めた。
 使用される機体は四発爆撃機ランカスターと木造の双発多目的機モスキート。 高価な重爆撃機は英空軍の虎の子として温存されていたが、この投入に異論を唱えるものは居なかった。 英国にとっての根幹、海上交通線を脅かす恐れがあるドイツ艦隊は、あらゆる犠牲を払ってでも撃破すべきと皆が考えていた。

12月7日
 夕暮れを背に英本土から出撃した爆撃隊は、順調にドイツを横切っていった。ソ連は秋の手痛い損害によって防空網の構築に勤しんでいたが、 肝心の夜間戦闘に適したレーダーや航法士を載せられるような戦闘機は少なく、護衛のモスキート群によって追い散らされた。 また、この頃ソ連軍機は、占領地住民のいたずらの「偽の敵機発見」報に基づいた出撃などによって、疲弊を余儀なくされていた。

キールは赤く燃えていた。閃光弾替わりに先導したモスキートが街にナパーム弾をばら撒いたのだ。 更に、危険を冒して光を漏らして誘導する内通者もいる。
「予定通り、だな」
 爆撃隊長はその眺めに口笛を吹いた。湾内にはドイツ艦船がひしめいている。反乱によって船を動かすには根本的に人員が不足しているため、 ドイツ艦隊は十分に機能しておらず、十分な回避も反撃も出来ない。バラバラと水平爆撃の爆弾が湾を埋めていく、 その中でひときわ甲高い音を立てて今回の目玉中の目玉の秘密兵器、大型爆弾「トールボーイ」が港内のドイツ艦隊でも目立って大きい船へと突き立てられる。
「隊長、今トールボーイが当たったのはビスマルク級のようです!」
 閃光を覗いてしまった銃手が伝えてくる。
「ドイツの船はみんな似ているからな、閃光ばっかり見ていないで、空を警戒しろ!戦果はドイツの協力者が教えてくれるさ」
 その警告は正しかった。キールはソ連にとっても重点防空地域だったのだ。そして今はレーダーなどなくても、今なら地上と海上の炎光が、爆撃隊の姿をさらけ出してくれる。 警戒機から伝えられた敵編隊接近の警報が、帰路の厳しさを予告した。

 帰路に海越えを行うことは危険と判断していたダウディングは、あらかじめ帰還基地に西ドイツの基地を指定していた。
 ダウディング自らドイツに前進して、傷ついた爆撃隊を見舞いながら、爆撃隊の目視、諜報員の通報をまとめて戦果の確定を行なっていく。 航空隊は2割程度を損失したが、ドイツ艦隊の半数程度に何らかの損害を与えた模様である。
 「切り札は十分な戦果を上げた」ダウディングはそう結論づけた。

「『これは演習にあらず』だと、おい、この通信士はふざけていたのか。俺はちゃんと警報を海軍に出していたぞ」
 空襲を許したマカロフは、戦況分析の為に海軍から取り寄せた戦闘詳報を見て呆れた。とても戦時の爆弾が降った船が出すものではない
 ドイツ語の詳報を訳して持ってきた海軍士官がバツが悪そうに言った。
「ドイツ艦隊は<急な環境の変化>に人が対応しきれておらず、ことに海軍士官の技量・人員数の圧倒的な不足はいかんともしがたいそうです」
「祖国の危機に寝ていられた奴らの言いそうなことだ」
 マカロフは傲然と言った。ドイツ人を侮ることについて彼は人後におちない自信があった。
「ドイツ海軍では生き残った船に人員を集中することで、当座の対処を成すということです」
「なんだ、図らずも、乗員不足が解決したというわけか」
「しかし、引き上げや修理をした後の船については今のところ目処がたたないとか」
「接収して、ソ連海軍の士官を載せればよいではないか」
「うちの海軍に水兵や士官が余っておれば苦労はないでしょうが、そうもいきますまい」
「それはクズネツォフの仕事だな。まぁいい。奴が仕事をしないなら、俺が倍働くまでだ。今回の被害は?」
「戦艦<ビスマルク>が損傷、<シャルンホルスト>が大破着底、その他は装甲艦、軽巡が各2隻損傷、重巡1と駆逐艦5が損傷となっています」
「12隻か、覚えておこう。俺がその倍の船を沈めるまではな」


2 予兆

 イギリス大陸派遣軍司令官、モントゴメリーは敵の攻勢軸を探ることに躍起になっていた。
ライン川から北の軍を預かる事になった身として、ヴェーザー川を挟んで対峙するジューコフの動向は最大の関心事だった。
「レジスタンスからもたらされる情報の多くは、ソ連軍の多くがハノーファー方面へと終結しつつあると示しています」
 撤退に示した不屈の指揮を評価され、今やドイツ陸軍総司令官となったローマイアーが言った。
 ラインの北においては、ドイツ軍が数的に主力であり、明確な指揮系図があるわけではないが、 ローマイアーは事実上モントゴメリーの指揮下にあり、ローマイアーもその点を自覚した振る舞いを見せている。 目標を明快にする能力に加え、この点の円満な性格も、彼のドイツ軍内での地位を押し上げた所だろう。 他の誇り高きドイツ軍人の典型のような人物では、これから先の連合作戦の指揮にいらぬ軋轢を招きかねない。
「空軍の偵察でもほぼ、同じ結論だ」
 キール爆撃の指揮の為に前線に出てきたダウディングも同意した。
「確かに、普通に考えて、前に失敗した海岸線の侵攻は行わないだろう。では、どうするか。彼らは恐らく3つの腕を持っている」
「3つ?」ローマイアーは尋ねた。
「本国の情報部に拠れば、ソ連の国力から考えるに、新たに5個師団程度の戦車ないし自動車化部隊が編成されたと考えて良いそうだ。 彼らがまだ攻撃を行わないのは、再配置もあるが、この新鋭部隊の到着を待っているのだろう」
「と、なると…2点を防ぎきった後にこちらに予備兵力が残っていなければ、3つ目の腕が胴に入ることになりますな」
 ローマイアーが同意した。
「こちらもイギリス本国から8個師団の増援が送られるのだろう?遅れはとるまい」
ダウディングのいささか気楽な言葉がモントゴメリーの顔を渋面に変える。
「だといいのですが、楽観は全く出来ません。攻撃側は自由にその方向を選べますが、 防御側はただ受けに回っているだけでは押し切られます。有機的な防御戦ができなければなりません」
「空軍としても、その有機的戦術に努めよう。前線の空に張り付いて陸軍援護をするための部隊とその支援部隊を設置した」
「よろしくお願いします。英仏独の三カ国に陸海空の三軍、我々は東洋に言う九尾の狐です。 せいぜい妖怪変化の術を持って相手を惑わせましょう」
 モントゴメリーはそう言うと、敵の動きに合わせた部隊の再配置について、切り出すのだった。


3 私は帰りきたる Ich werde zuruckkommen

 ドイツの新首相に就任したワレンシュタインは新内閣を作るにあたって、極左、極右の活動歴があるものを排除した。 それでも十分な支持確保が可能であるし、いささか以上に厳しく、 ファシストとコミュニストを排除したのは、大統領アデナウアーの指示にもかなっていた。
 組閣作業を終えるとワレンシュタインは、郊外のケルン・ボン飛行場へと向かった。 ケルン・ボン空港はライン側の東にあり、現在は、臨時首都ケルンの防空最前線基地となっている。
ワレンシュタインの車が橋を渡る時に運転手が言った。「お帰りの際、この橋が残っていればいいのですが」
橋は警備の兵が配置され、イザという時のために爆破する準備までもが完了していた。もうソ連軍は指呼の位置となっている。
「そうなったときは、上空からパラシュートで帰ってくるさ。君こそ、この車は大事にしておけよ、首相公用車がフランスやイギリス製では格好がつかんからな」

 飛行場ではキルシュガイスト空軍総司令官が到着を待ち構えていた。
「新内閣発足、おめでとうございます」
「ああ、戦況はどうなっておるか」
「厳しくあります」
キルシュガイストは短く答えた。
「この度のミュンヘン行きは」ワレンシュタインはゆっくりと躊躇いがちに切り出した「随分と陸軍には反対された、どうせ守りきれるものでもなし、と」
 世間では勇敢と評されるこの人でも、不安や戸惑いというものはあるのだな、そうキルシュガイストは理解した。
「首相閣下、我々は多くのものを見殺しにしてこの場に立っています。しかし、ひとつ誇って良いことが有るとするならば、助けようとする意思を捨てた事は一度たりともないことです。私はそういうガッツのある首相を持てた事を一ドイツ人として嬉しく思います」
「そうか、ありがとう」
「なぁに、バイエルンでは我が航空隊と降下猟兵が背中を守ります。私の指揮です。安心して行ってきて下さい」
機上の人となったワレンシュタインは、ケルンから一度ぐるりと南へと入り、まだソ連の手が伸びていないライン東の街、カールスルーエを経由して、ミュンヘンへと入る。キルシュガイストは100機以上の部隊を護衛に付け、ソ連の出方を封じこめ空路を確保した。


4 暗躍

「もって一週間、かな」
 ワレンシュタインのミュンヘン入りの報告を受けたドイツ大統領、コンラート・アデナウアーは薄く笑った。 この時間がワレンシュタインがバイエルン州政府の長であれる最後の時間となるだろう。 それ以上は彼の退路を維持できる見込みが立たない。あるいは、彼はそこで永遠のバイエルン州政府首相となるのかもしれないが。
 アデナウアーは直轄の「共和国憲法擁護庁」を設立し、統治領域における左右過激分子の徹底的な弾圧を開始した。 当然にそれに反発した左右の過激分子は、政府の手が届かないバイエルンへと逃れはじめ、 憤慨した両翼の活動家たちは、それぞれ後援者であるイタリアとソ連にバイエルンの解放と自らの地位保全を求めた。
「私は、ドイツ共和国首相として、またバイエルン州の長として、 ドイツ共和国政府がミュンヘン一帯のオーバーバイエルン地方を決して見捨てない事を固くお約束します。 そのお約束を身を以てお示しする為に私はここに帰って参りました。 どうか中央政府を御支持下さい」
ミュンヘンで演説に立つ、ワレンシュタインの願いとは裏腹に、バイエルンはますます火種と化し、 ドイツにとっての劇場としての演出を振り分けられつつあった。

「ドイツ人民同志諸君!ケルンの僭称者アデナウアーがこの度ひとつ素晴らしい事をしたそうよ。 なんでも、人民を弾圧する弾圧機関に「共和国憲法擁護庁」という名前をつけたんだって」
 ベルリン・キティ直々のプロパガンダ放送がラジオから流れる。
「ヴァイマール憲法を無視して、人民の信任も得ずに大統領になった男が、なんと共和国憲法を擁護するなんて! 今世紀最大のギャグを提供してくれたお礼に、アデナウアー君にはクリスマスには銃弾をプレゼントしてあげよう!それではここで一曲…」
 空軍を率いるノイマイスターはそれを聞きながら、ミュンヘン政府樹立の際に、政府内へ潜り込ませる工作員の選定を行なっていた。
「イタリアかぁ…先に撃っちゃあいけないよな、先に撃っちゃあ」

 ミーアシャイト東独首班は盛り上がるバイエルンでの情勢を睨み、イタリアとの秘密折衝の打診をしていた。 ミュンヘン周辺を事実上のイタリア勢力圏をいうことを承知する代わりに、 以後の枢軸陣営との協調路線を歩めるようにするというのが、主眼におかれている。
 ミーアシャイトは<ドイツの正統政府>として、日独伊西蘇による同盟関係の樹立を画策し始めていた。 ソ連とドイツだけの二国的関係ではいつまでも彼のドイツは下位政府のままだ。 マルチな国際関係を描く事で、ソ連と同格のドイツを復活させたいという野心が透けて見えた。
この動きにソ連が慌てて追従して東ドイツを牽制する動きを見せたところで、ミーアシャイトは電話を取った。
「もしもし、キティちゃん?今度行ってほしい所があるんだけどね?」


5 マールス!

12月16日
「うん、アレ<南>もなんとかなりそうだ。それでは始めてくれたまえ、マールスッ!」
 破滅の呪文でも唱えるように生き生きと作戦名を唱えるトロツキーの電話を受けて、トハチェフスキーは作戦発動を全軍に伝達する。 作戦が企図通り成功すれば、この攻勢はトハチェフスキーの名を戦史に高らかに刻むことになろう。

双牙
「おのれ、モントゴメリー!今度こそ目にもの見せてくれるわ!ここまでくれば戦艦の主砲は届くまい。正々堂々野戦で粉砕してくれる」
 参謀団を前に攻勢準備の確認をしたジューコフは恨念を込めて叫んだ。 ドイツ侵攻を概ね成功させたとはいえ、秋の攻勢が不完全に終わった責任を負わされたジューコフの立場は良いものではない。 この戦争で元帥杖は確実と噂されていた赤軍のエースであったが、前回の失敗でウボレヴィッチ元帥と比較され、 上層部にはその指揮能力に疑問符を投げかけられている。 その証拠に今回は督戦の為の政治将校が張り付いており、彼らは頻繁に内務人民委員フルシチョフと連絡をとっている。 これはジューコフにとって将来を非常に憂慮すべき状況であるように感じられた。 なんとしても、ジューコフはこの一戦に勝たなければならない。

 ジューコフの決心の下に第一ポーランド軍は攻勢を開始した。 本作戦では赤軍最精鋭の第一、第二親衛戦車軍をハノーファー北西ニーンベルク・ヴェザーから、 第五戦車軍、第一、二、五機械化狙撃軍を南西方面から進撃させ、対岸を守る西ドイツ第五軍、第六軍をぐるりと回りこむような形で後方へ突破、 同時にハノーファー正面から押し出した歩兵部隊で西ドイツ第五・六軍の間隙を突破、開いた戦線へ第一ポーランド軍を総出で流し込み、 ミュンスター・ドルトムントを旋回点に北上し、エムデン・ヴィルヘルムスハーフェンへと進み、ライン以北の軍を北海へと叩き落とすのだ。 戦線は第二線を担当するプロイセン方面軍が押し上げる予定となっている。

 渡河を巡って、激しい砲戦・航空戦が繰り広げられた。マカロフ率いるソ連空軍はかつてほど一方的に英空軍にひけをとるということはなかった。 新鋭機のLa-7やYak-9Uといった高性能機の投入により、機体性能差が埋まり、首都防空部隊まで繰り出しての一大航空消耗戦を演じた。 個別の戦闘を見れば連合国部隊が多くの戦果を上げていたが、総体として、空に張り付いていたのはソ連空軍だった。 迎撃は相手より多くの機体を優位な位置でぶつける事が要点となるが、常に上空へ貼り付き続けるのでは、その効果は不十分に終わる。
「空の戦いは、最後に空に浮き続けていられた者が勝つ」
 マカロフの作戦は、犠牲も多く出したが、両陣営の航空戦力の補充力を考えれば、十分許容可能であると空軍首脳に判断されていた。

 ソ連軍の機甲突破は、正面の戦線に釘付けとなっている西独第五軍の両翼をすり抜けることに成功した。 ジューコフは戦車部隊に敵予備軍を撃破して更なる進軍を命じた。 恐らく、ドイツの戦車師団が穴を埋めにかかってくる。 問題はそれがどの程度の部隊で、二つの牙のどちらに襲いかかるかだ。 半端なモノが邪魔をすれば、そのまま噛み砕いて目的を達してくれるだろう。

 第一、第二親衛戦車軍を中心とする「北の牙」に襲いかかったのは、 ドイツ第1装甲軍主力と英国大陸派遣軍の自動車化師団2個と戦車師団を基幹とする快速部隊だった。 メレ前面でほぼ同数の部隊による大戦車戦が展開された。勝負の帰趨は戦車の性能と積み上げられた戦歴によって決した。 イギリスとドイツの戦車性能の差に着目したソ連側指揮官は、その分断を行い、 基礎性能に勝るT34の性能を生かしてドイツ装甲師団を破砕、しかるのちに重戦車を押し立てて、歩機連携の下でイギリス戦車の重装甲を始末していった。 共産圏最精鋭部隊の何恥じぬ勝利を得た「北の牙」先鋒はオスナブリュックへと深く差し込まれて行った。

 一方、「南の牙」に立ちはだかったのは、イギリスから送られたばかりの英国二個戦車師団と分派された独軍二個装甲師団だった。 こちらはソ連側は戦車数で劣ったため、ソ連軍はその穴埋めを機動歩兵による肉弾で埋める事となった。 対戦車ライフル、火炎瓶、吸着爆弾、収束手榴弾といった兵器が、後方からの弾幕支援を受けながら叩きつけられた。 数に勝るソ連軍の激しい攻撃による損害に耐えかねた連合国部隊は三日間の抗戦を行った後に撤退を選択した。
 この時、あと数個の歩兵部隊が援護に出られていれば、 たとえば、ドイツ東部方面軍の残存をかきあつめたケルン擲弾兵団が投入されていれば、 会戦の結果はどちらに転んでいたかはわからなかった。しかし、連合にはその余裕は無かったのだ。


爪薙ぎ
 ウボレヴィッチは苛立っていた。モスクワから輸送された新着の部隊は、戦場では珍しく予定通り順調に来していたのに 側面にイタリアという不安要因があるために、攻勢発動の時期がずれ込んでいたのだ。
「モスクワから許可が降りました。攻勢を始めて下さい」
 政治将校が待ちに待った令を伝える、その表情には隠し切れない緊張がある。 戦場に慣れていないせいだろうか。自信が持てないのか本国とも頻繁に連絡を取り合っていたようだ。 お陰で作業にもいちいちと手間がかかる。
「そうか、ジューコフに号砲をとられたようだが、始めよう。奴が深々と突き刺す牙ならば、我々は全てをなぎ払う爪となろうではないか」
 政治将校は無感動に頷いた。此処一戦という事で派遣され、中央との調整にあたっている事は解るが、 どうにも気味が悪い。何か、自分には知らされてない重大な事がどこかで起きているかもしれないというのは、 作戦中の司令官にとってこれほど重くのしかかるものだとは、長く戦場にあったウボレヴィッチにとっても意外な感覚だった。
 ウボレヴィッチの感覚は確かに正しいものであった。しかしそれとは無関係に、作戦は順調に発動された。 フランクフルトから出発して、ラインの防衛線を舐めるように横切りながら部隊を開進、 その内側、かつてヒトラーが作り上げた高速道をつたってドルトムントへ戦車を中心とする機甲部隊を突進させ、 仏第3軍を撃破し、仏第4軍をジューコフの部隊と共同して包囲下に起き、更にオランダ国境ぎわを通ってエムデンを目指す。 達成されたならば、ラインの北側から敵軍は消滅するであろう。

「このままライン川防衛に軍が張り付いたままでは、遊兵化してしまうではないか!」
 ジーゲンに陣を張ったフランス第3軍陣地が激しく責め立てられ、崩壊寸前に陥っている状況を見て、フランス軍東部総軍司令官ベルティノーは呻いた。 ここで動かないならば、我が軍はマジノ・メンタリティーから全く成長していない。
 今、必要なのは解囲であり、反撃である。包囲下に陥りつつあるフランス第4軍の北側には深々とジューコフの二つの牙が刺さっている。 これを突破して北へと逃れることは難しいだろう。南側からはウボレヴィッチが迫りつつある。 言うまでもなく東は敵国領内である。この出口は西以外になかった。
「予備配置のケルン擲弾兵団、仏第2戦車軍によって逆襲を命じろ、ライン川防御線を形成している部隊は対岸への火砲牽制を徹底的にやれ。 第1、第3戦車軍を出して敵側面を叩く。その間にフランス第4軍、独第5軍をケルン方面へと後退させる。尚、戦車軍は私が指揮する」


6 サドンデス・オブ・ザ・ディクタトール

12月17日
「リトヴィノフです」
 イタリアの頭領ムッソリーニの予定では、クリスマス前週の日曜日をミラノ郊外のホテルで休暇中とされている。そこをソ連外相リトヴィノフはお忍びで訪問した。 周辺外交筋に知られないように、供は最低限に絞られていた。 通訳と護衛を兼ねたソ連の外交官が一人、会合の予備交渉にあたった東独の特使とその護衛兼運転手の女性の合計4人である。 なお、イタリア側も交渉の秘密を守るため、周辺に展開する護衛は最小限としている。
「ムッソリーニや、こっちの姉ちゃんも通訳かいな?」
 リトヴィノフの後ろにいた東独特使にムッソリーニは尋ねた。視線は彼女の大きな胸へと無遠慮に向けられている。
「いえ、彼女は私の護衛でして」
「ほうか、敢えて嬉しいで、キティちゃん」
 共産側の一行から形ばかりの笑みがさっと消える。 ムッソリーニはドヤァといわんばかりの笑みを浮かべて正体を見破ったベルリン・キティに握手の手を出す。
「ほな、よろしく頼みますわ」
 しかたなく握り返すキティの手を政治家らしく両手で握り返し、会談の先制はムッソリーニが握る事に成功したようだった。

「我々はドイツ人民の革命を求める主体的要求に答えるために兵を挙げたのであり、 この戦いが全欧州、全世界に拡大することを欲さない。そして、ドイツ人民の命運は彼ら自身が決するべきであり、 それは平和的手段によってなされるべきであると考えております」
「実に素晴らしいことやな!それで、リトヴィノフはんのここで言う「ドイツ」には ミュンヘンは含まれておるのかがワシが知りたいところや、そこんところどないや」
「ソ連邦としてはバイエルンの行く末に関与する気はありません」
リトヴィノフの答えに間髪入れず、東独特使にムッソリーニが聞く「君は?」
「ドイツ政府としては、バイエルンに対して、イタリアが安全保障上の特殊な権益を有している事と バイエルン住民の高度な自治を尊重することを容認する立場をとります」
 東独特使の言葉にリトヴィノフがかすかに目を細める。共産圏から独自の立場を取る国家が誕生する事への警戒の色があった。 その微妙な空気の違いを感じ取った所で満足気にムッソリーニは書類を取り出す。
「要するにバイエルンは好きにしてええんやな?じゃ、お近づきの印として、この相互不可侵の盟約に一筆願えますかな?ご両名」
 ムッソリーニのサインが入った文章を確認するとリトヴィノフは東独特使と目配せして、頷くとペンを取り出した。 リトヴィノフが署名をする時、廊下から複数の駆け足の音が聞こえた。
「ここを知っている者は、ほとんどおらんはずやがなぁ」
 ムッソリーニが急報でも何かあったのかと立ち上がりドアへと近づく。
「危ない!」
 ベルリン・キティが叫んだ時には、ドア越しに軽機関銃の自動射撃の銃声が鳴り響いていた。
 銃弾の一発はドーチェの眉間を貫き、残りは部屋の中を跳弾となって暴れまわり、その部屋のメンバーへと襲いかかる。 手持ちの弾丸を叩きつける一斉射を叩きつけた後、賊は部屋の中へ入っての追撃を行わず駆け去って行った。
 腰に銃弾を受けたリトヴィノフが、苦悶に歪んだ鬼の形相でキティに憎悪をぶつけていた 「貴様、知っていたな」銃声より早く動けていたのはキティだけだ。東独特使を盾にしたおかげで彼女だけは無傷でこの襲撃をやり過ごした。
「守るつもりだったのだけど」
「それがドイツの答えか、覚えておこう」
 リトヴィノフはそう言うと、手元の書類のサインを確認して書類を仕舞い込み、膝に弾を受けて苦しんでいるソ連外交官に渡した。
「そのぐらいの傷で死ぬか、馬鹿者。止血して耐えろ。これはお前が管理して絶対にソ連大使館に持ち帰れ、これで我々は勝てる」
 書類の保全をして、高ぶりの収まったリトヴィノフにキティはこう申し出た。
「リトヴィノフ外務人民委員、止血をします。私、これでも看護婦の免許を持っているもので」


7 余は帰りきたり Ich bin zuruckgekommen

 イタリアらしいゆったりとした救助と救援の間に暗殺犯の多くは逃げおおせる事に成功した。 残された潜入用のグライダーや脱出用に来たものの、着陸に失敗して残された小型機はドイツのものであり、 レーダーの記録はスイス方面への遁走を示していた。
 リトヴィノフ外務人民委員は地元病院で弾丸摘出の手術を受けた後、 ソ連大使館が手配した航空機で一行ともどもソ連本国へと帰った。 密談の手筈と整えていた事から、真っ先に事情を把握したイタリア外務省とチアーノ外相は、 ムッソリーニ急病ということで時間を稼ぎ、下手人のめどをつける時間を稼ごうとした。 誰が殺したかもわからないまま、頭領が暗殺されたとあっては、国家の方針も定かならない。

12月19日
「貴様は誰の命令で、ムッソリーニを殺したというのだ!」
 ケルンの執務室、アデナウアーの額に血管が浮き上がり、怒声が響く。
「あなたです」ボソリと、ルーデンドルフは答える。
「そんなことを命じた覚えはない!」
「ソ連とイタリアの接近を防止するのはあなたの意図のはずだ。それに、皆があなたを犯人と思うでしょう。最早乗るしかないのですよ、この船に」
「だとしたら、貴様のやったことはまるきり的はずれだ! だいたい、なぜこの会合の事を先に報告しない!言え、誰からこの事を聞いた!お前の雇い人は誰だ!私なのか、それ以外の誰かなのか」
「イタリアは混乱しております。第二段階の作戦として、ローマへの空挺降下による、ファシズム党首脳部の斬首作戦の決行を提言します」
「そんな事は聞いちゃあいない!」
 なおも激怒するアデナウアー。怒声にかき消されまいと、ドアを激しく音がする。
「私は、誰も近づくなと言ったはずだな?」
「大統領!失礼ながら!オーストリアが我が国に宣戦してきました!既にミュンヘンへと進軍中!」
「ご決断を、大統領。イタリアを葬れるのは今を置いて他にありません」
「…ド・ゴールに連絡をとろう」

 ミュンヘンにオーストリア軍先鋒と共に無血入城を果たしたヒトラーは、演説を行った。
 演説はラジオに乗って世界中に衝撃を与えることになった。
「余を追い出し!ドイツの政治を恣にしてきた無能共!余は帰ってきたぞ!確かに余はかつて、ド・ゴールの前に失敗をしたかもしれぬ。 それは認めよう。しかし、私は君たちが持ち合わせていなかったものを二つ持っている。 一つは勇気である。臆病な連中は、ただ10年の長きにわたって、惰眠を貪って国家を衰えさせ、このような国家分裂を招いた。 もう一つ、私は恥というものを知っている。今、我が盟友ムッソリーニは病気で療養をしているとイタリア政府は言っている。 これは嘘である。ムッソリーニは殺されたのだ。西ドイツの卑怯な暗殺者の一撃によって!このような恥知らずが、 ドイツを統治し続ける事を私は断じて認めるわけにいかない!余はこのことをオーストリア政府に明かし、 大いに議論した結果、民族としてのドイツの恥を明かさなければならないという結論に一致した。 ミュンヘンよ、余は帰りきたり。諸君、今一度、誇り高きドイツの為に戦おう。 西の諸君、銃をケルンへ向けよ。東の諸君、銃をとって我が元へ馳せ参じよ。共に民族の恥を漱ごう。 余はドイツの統治に関していかなる野心もない。ただ、民族の誇りを取り戻したいだけである。ドイツ民族よ、壮健たれ!」
 久々にナチス風に伸ばされた手は、ブランクを感じさせない見事なものであった。


8 斬首作戦

「イタリアが総動員を発令する前に、その司令塔を切除する」
 ミュンヘンへの進軍とドイツからの報告を聞いたド・ゴールは戦争指導会議の場でそう言った。 事実が明らかになった以上、最早イタリアとの戦争は回避不可能であることは明白だった。
「…我が海軍の地中海の劣勢は明らかです」ルイ・カーンは顔を歪めて言った。
「イギリス海軍が哨戒に出ている。彼らに期待しよう」
「…正気ですか」
「正気だ。残念ながら」
「…動員前の一撃、先の大戦のドイツ人が如何に苦悩したかを思い知らされます」
 ルイ・カーンの愚痴にセーが続いた。
「三正面作戦…正気じゃない」
「空軍も一部をライン戦線から引きぬかねばなりませんな」
 空軍デュパイユも辛そうに言う。空挺降下部隊を援護するだけの部隊の確保は難題だ。 航続力や能力を考えれば、P47サンダーボルト部隊は全て引き抜かざるをえない
 連合国全軍の統合幕僚長に就任したセーはため息をついた。
「ロンバルディアを押しこんで、ローマを突いて、イタリアの戦意を喪失させ、 降伏に追い込む。然る後にスペインとの外交を取りまとめ、われわれはライン川を死守する」
 やるべき事を確認しただけで場の空気が暗色に包まれる。
「…違う、四正面だ。我々はアジアに植民地を有している」統合副幕僚長として列席した英国のカニンガム提督が指摘する。
「しかし、座して待つのは確実な死だ。やるしかない」
「日本と戦争になった場合…」外相ビドーが暗い顔で述べる。
「オランダは自国植民地の維持の為に中立を選択するでしょう」
「外相、スイスはどうか、元々この騒動はスイス人のせいではないか」
「…今回の作戦の起点がスイスにあることはルーデンドルフも明言しています、 イタリアの報復は恐ろしいでしょうな。ただ、そのために永世中立を放棄するかどうか」
「それをやらせるのが、貴様の仕事だろう」苛立たしく、セーが非難する。
「では、ルーデンドルフに犯行声明を出させるよりありませんな。 最早引く事の出来ない所に我々は立ってしまっている。ヒトラーの暴露によって、我々は崖っぷちに立たされている」
「スイスの総動員戦力は、一五個師団程度だったな」ド・ゴールが尋ねる。
「はい、ただし国土防衛に特化した部隊ですから、どこまでイタリア戦役に役立つか」
セーが答える。
「…自動車の提供などの努力はしよう。外務省はその旨を伝え、共同行動を訴えてくれ」
「わかりました」
「大統領、海洋戦力の配分はまずは地中海、然る後にイベリア、最後に極東。 海軍の重点戦略はこのとおりでよろしゅうございますね」カニンガムが言った。
「構わない、全てを守る事は出来ない事は解っている」

12月21日
 ヒトラーの演説を受けて、イタリアでは、ムッソリーニの生死をめぐって混乱し、 後継を巡って更に混乱し、スイスと西ドイツへの非難声明を出すまでに2日の時間を費やしていた。
 大騒ぎの二夜が開けた朝、届いたのは、連合によるミュンヘン進軍におけるイタリア=ソ連の密約の暴露と連合三国からの宣戦布告であった。 急遽ドイツから呼び戻されて投入されたフランス空挺師団によるローマ奇襲降下は、完全な形で成功した。
 イタリア国王、ヴィットリオ・エマヌエーレ三世は捕縛され、チアーノ外相をはじめとするローマ・ファシズム政権の指導者は開戦2日内に捕殺された。
 フランス海軍は戦艦<ストラスブール><ダンケルク>を繰り出してジェノヴァを夜襲砲撃し、街を火の海で包んだ。
フランス第1山岳軍と第8軍は勇進し、国境近くのイタリア軍三個師団相当を捕虜とした。

12月24日
 ポー川に抵抗線を張ったイタリア軍の士気をくじくべく、フランス空軍はB17重爆撃機をイタリア戦線に転用し、都市戦略爆撃を開始。 クリスマスの夜、イタリア第二の都市ミラノは廃墟と化し、最早イタリアの崩壊は目前となった。 戦果を聞いたデュパイユは「やはり重爆撃機とはこう使うものだったか」とコメントを残した。
 スペインは宣戦に二の足を踏んでピレネーを越えられていない。スイスはフランスに同調して軍の動員を開始しはじめた。 全ては予想以上に順調であり、眼前に迫ったソ連軍に対する苦闘を忘れ、フランスはイタリア戦役の勝利に酔った。

9 反撃の号砲

12月28日
「やるしかないな」
 ジブラルタル沖に展開した戦艦<大和>上で、大日本帝國海軍遣欧艦隊司令長官、伊藤中将はド・ゴールと同じ言葉を口にした。 眼前には無防備に曝された地中海への入り口、ジブラルタル要塞が広がっている。大英帝国といえど、ここに艦隊を展開する余裕は今はない。 開戦から一週間、スペインはまだ目立った動きをしていない。彼らの祖国、日本もまだ態度を決めかねている。 眼と鼻の先の事変を終える決心も付けられず、地球の裏側の事は複雑怪奇などと言っているような国だ。今更何を決められようか。
「本邦の伝統では、砲声は宣戦布告より前に轟くことになっています」
 ニヤリと参謀格に落ち着いた通訳使が言った。
「まぁ、武士道の為、電報の一つでも打っておけばよろしいでしょう」
「そうだな」
「『ローマの仇をジブラルタルで討たん、これより日本海軍は友邦支援の為、日伊西三国同盟に基づき、攻撃を開始する』いかがですか」
「よろしい、主砲斉射準備、目標シブラルタル!」

この砲声が敗勢濃厚だった全てを変えた。
 ジブラルタルの砲台が沈黙していくのを目の当たりにしたフランコは開戦を決心。ジブラルタル要塞へと兵をとりつかせた。
 イタリアではリビア総督にして、北アフリカ軍総司令官イタロ・バルボが全軍の総指揮権を継承すると発表した。 ファシズム四天王の筆頭格にして、いずれはムッソリーニの後継者とも目されていた、バルボの権威は大きく、 南イタリアに展開していた陸海空軍はその指揮に服し、組織的な抵抗を再開するに至った。
「お前たち、大将を殺され、ローマを焼かれ、フランス人にデカい顔をされるイタリアを望むか」
「否!」
「そうだ、このままローマは太古の昔から俺たちの首都だ。ガリアやゲルマンの蛮族どもの街じゃない」
「然り!」
「ならば闘争だ。男の見せ場は今を於いて他になし、進め、ローマへ!」
「グラン・ドゥーチェ!俺たちのバルボ!」


 年が明けから、日伊西三軍の欧州における反攻が開始された。ジブラルタルが陥落し、連合の海上交通線が遮断された。 ローマから空路で逃げ出すフランス空挺師団にはイタリア空軍の追撃が襲いかかり、イタリア北西では集結なった陸軍がフランス軍を押し返し始めた。
 ジェノヴァとローマからフランス軍を叩きだしたバルボは、タラントの海軍にマルタ島の攻略を命じた。 地中海での潜水艦拠点の失陥を恐れた英海軍はこの情報を掴むと、インド洋から進出していた艦隊と合流し、決戦を決意。 クレタ島から真西、イオニア海と地中海の狭間に当たる海域で艦隊決戦が発生した。
 英空母<カレイジャス><グロリアス>イタリア前線支援艦<アキラ(旧橿原丸)><ファルコ(旧出雲丸)>による航空攻撃に始まった本海戦は、 防御に徹したイタリア艦隊が英国機を殲滅するも、イタリア攻撃隊も数の少なさから英艦隊に致命傷を与えられず。 イタリア側は戦艦群を分離して英海軍に夜戦を挑んだ。
 双方旧式戦艦2隻を喪失し、無理のきかないイギリス側の撤退に終わった。 結果補給を失い、艦砲の乱打とイタリアの前線支援艦2隻による航空支援を受けながらの上陸に抗しきれず、2月を待たずマルタは陥落した。


10 脱出

 ワレンシュタインはヒトラーの侵攻の前に、結局、逃げるより以上の選択はなかった。 元より、飛行機で詰めるだけの人間しか連れて来なかったのだ。帰るのも手早いものだった。 しかし、安易な道ではなかった。カールスルーエ方面にはパウルス率いるドイツ方面軍の侵攻の手が伸びており、 それを支援するソ連機も活発化していたからだった。
 ワレンシュタインの退却はカールスルーエの放棄と同日に行われた。南部のライン以東の地は失われたのだ。 北部でも、ドイツからライン対岸は失われつつあった。そこではより多くの者たちが、決死の脱出を試みているのだった。

 仏軍大将、ベルティノーの反攻救出策には誤断があった。損耗した仏第2戦車軍と実勢3個自動車化師団のケルン擲弾兵団ではウボレヴィッチの反撃を止めるには非力過ぎたのだ。 ウボレヴィッチは仏軍部隊が西側から撤退を狙っていると読んだ上で、徹底した戦力の西進突破に総力を投入した。
 反面、ウボレヴィッチ元帥の判断にも誤りが含まれていた。仏軍2個戦車軍の突進から守るには、 ライン川沿いにフランクフルトからエッセンに至る側面に配置した3個軍9個歩兵師団では過少だった。

 あくまで西側のケルンへの脱出路を塞ぐことを重視して、エッセンへと我武者羅に突進したウボレヴィッチに対して、 ベルティノーは途中で西部への解囲退却を諦め、仏4軍を南から形成した回廊を通じて退却させることに方針を転換しせざるを得なかった。 そして縦に伸びたこの突進に対処するために、穴を埋める部隊をジューコフが提供せねばならなくなった。
 ベルティノーの反攻は一時的、部分的な解囲を成功するに留まった。ウボレヴィッチのラインラント突入によってヴェーザー防衛線は分断された。
 結果、ベルティノーとウボレヴィッチはそれぞれ望んだものをある程度まで手に入れることが出来た。ベルティノーは仏第4軍と独第5軍の撤退擁護を、ウボレヴィッチはドイツ第6軍の完全包囲とライン川に残された無傷の橋を。 デュッセルドルフで、退却の為に爆破を遅らされていた橋を急進撃で確保したウボレヴィッチは、直ちに一個軍を割いて対岸のノイスへと橋頭堡を形成させた。 ライン防衛線に綻びが生じ、ついにソ連軍は西の本拠ケルンの頭上にせまったのだ。


11 踏み込み過ぎは弱さの証 〜エルベ河口海戦

1月中旬
 ベルティノーがフランス軍を救出した後の戦線北部では、ローマイアーとモントゴメリーが、 西進を終えて北上してくるソ連軍相手に絶望的な抗戦を繰り広げていた。 ボロボロになったドイツ第5軍と港を守っていたドイツ第4軍、そして英国大陸派遣軍とドイツ装甲軍の残余で オルデンブルクとヴェーナーを結ぶ海岸際のラインで最後の防衛線を張っている。ラインから切り離された彼らの頼みは、 前例のごとく、全力の英艦隊の支援である。これを突き崩せるかどうかは、ソ連海空軍に委ねられていた。

「君たちの下らないロマンのために、わざわざ新戦艦の工期を遅らせることはできない」
 海軍からの提案を持ってきたポルシェ博士に、トロツキーはにべもなく言った。
フリードリヒ級の42センチ海軍砲の砲身を手に入れたために策定された、 ソユーズ級の再改造計画、一番砲に三連装、背負式の二番砲に連装、後部を向いた三番砲に三連装の42センチ砲を備えた改装案は却下された。 こんな案は運びこむ手間や新型砲塔を作る手間の方が大きくなる。
「こちらも、しばらくは必要ない」ポルシェ博士の持ち込んだ電動超重戦車にもトロツキーは難を示した。
「レーニンも言っていたではありませんか、電気とは文化であり、革命であると」
「私も戦争は革命であるとは認めるが、文化的営為とまで言い切る勇気は持っていないな」
 トロツキーは苦笑して言った。ポルシェの傷ついた顔に、トロツキーはフォローを入れた。
「いや、君の仕事には大変満足している。特にこのドイツの航空魚雷の解析やレーダー防空網の再整備計画の円滑な遂行は君の協力なしにはできないことだ。 …ああ、あと防御用の重戦車のプランニングもやるだけはやっておいてくれ、何時までも前進だけ考えていられるかはわからんからな。念の為」
 トロツキーの指摘によって、艦砲としての可能性を絶たれたフリードリヒの42センチ砲は沿岸砲として転用された。 「運ぶのが面倒だったから」という理由でハンブルクからほど近い枢要な土地、キール運河の北海側出口へと運ばれていった。

「これでは近づくことも難しい…か」航空偵察の結果、防備の硬いエルベ川河口への突入は難しいと判断したデーニッツは 予定していたキール運河閉塞作戦を諦め、エルベ河口でのパトロールで敵を待ち構える布陣を敷いた。
 乗艦はフランスより貸与された重巡洋艦<フォッシュ>改め<キール>、 指揮下には同じくフランスよりリースされた軽巡洋艦1、リースを含めて駆逐艦8を従えている。 上空はイギリスの戦闘機が陸上から直掩に駆けつける体制にある。 恐らく敵が突破を測るなら、前回同様に夜間になるか大規模な航空攻勢をかけてからのことになるだろう。
 果たして、クズネツォフは動いた。ドイツ艦隊によってキール運河の出口を塞がれる事は看過しがたい事態であり、 クズネツォフは前回同様に夜間の挺身を選択した。 前回キールを包囲していて無傷だった旧式戦艦<ガングート><ペトロバブロフスク><カール・マルクス><フリードリヒ・エンゲルス>を キール運河を超えて繰り出した。 またしても前衛を務めることになったドイツ艦隊は即座にイギリス艦隊に通報し、湾出口で交戦状態に入る。今度の連携は十分だ。 イギリスは沖合で支援砲火を担当していた<ウォースパイト><ライオン>を即座に差し向ける。 スカゲラク海峡よりもなお狭い戦場で苛烈な戦闘が始まる。
 とはいえ、前回に続き、ドイツ艦隊は苦戦を強いられた。慣れない船、商船からむりやりひっぱてきた水兵、連日の緊張と、事故に至る要因が重なっていた。 まっすぐに進撃してきたソ連艦隊に完全に腰が引けてしまったのだった。封鎖突破もできるかとクズネツォフは期待を抱いた。
「勇敢さの取り違え」クズネツォフは後にこの時の海戦についてこのように述懐している。 建艦から30年の技術格差はいかんともしようがなかった。 援軍に到着したイギリス最新鋭のライオン級の40センチ砲が、容赦なく、第一次大戦以前に作られた旧式戦艦に襲いかかった。
「岸に乗り上げろ!」
 正貫を出し、あっという間に屑鉄といって良い状態に変えられたガングートで誰がその命令を発したのかは定かではない。 艦長であったか、あるいは、艦隊参謀長であったか。 ともかくクズネツォフが艦の誰かが出した命令によって命を救われた事は確かであったが、彼らは生存する事は敵わなかった。 戦艦<ガングート>は着底してなお戦おうとし、弾薬庫の引火によって爆散した。 その爆発を逃れられた者は多くは無かった。ドイツ艦隊を河口から追い払った代償として旧式戦艦4隻はエルベ川の鉄屑となった。
 しかしクズネツォフは諦めなかった。司令部を陸に移した(司令部要員は派遣された陸軍の通信兵とクズネツォフ本人のみによって成る)クズネツォフは、 海軍航空を唱えた参謀長が残した海軍航空隊によって、イギリス艦隊の撃滅を指令した。
 仇討ちの機会を、海軍航空隊は逃さなかった。空軍のマカロフの全面的協力によって十分な護衛を与えられた航空隊は、 既に連日の航空戦で消耗しきっていたイギリス空軍の防空網を突破、 航空魚雷戦を展開して<ウォースパイト><ライオン>をヴィルヘルムス・ハーフェン北で撃沈した。


12 天佑

遣欧艦隊<大和>の行動を、日本政府は追認するよりなかった。
尻込みする陸軍・東條内閣に対し、海軍大臣山本五十六は傲然と言い放った。
「あなた方がやってきた事をやったまでですよ、私は職を賭けて大和の行動を支持します」
この動きに、外相松岡が更に火を煽った。
「独立したてのフィリピンは、戦火への関与を嫌うでしょう。 オランダからは、通商関係の維持にあちらから頭を下げてきた。我々は恐れられております。 アメリカ世論もこれだけの非道をした英仏の植民地を守るための戦争には忌避感があるようです。 敵を英仏に絞り、アメリカの介入前に植民地を掻っ攫いましょう」
 陸軍は渋々ながら、本土から4個、満州から2個、中国大陸から2個の師団を抽出し、南方作戦に充てることを同意した。 日本は45年1月1日を期して、連合3国に対し宣戦布告。同時にオランダ・タイ・フィリピンら周辺諸国は中立不介入を宣言した。

 1月9日、2個師団の上陸にあって、香港陥落。
 1月14日、仏領インドシナに日本軍3個師団上陸
 1月28日、英領インドシナに日本軍3個師団上陸

 英印・仏印の守備兵(各1個師団程度)はサイゴン・シンガポールに篭城をするが、 連合国の海軍は、優勢な日本艦隊と戦うことを嫌いインド洋に撤収をしており、このまま援軍がなければ、その命脈は明らかであった。


13 栄光の終わり

1月28日
 内陸で包囲されていたドイツ第6軍が降伏した。
 先の二隻の沈没により、ソ連海軍航空戦力の展開と海上制空権の喪失が明らかとなり、 海からの支援継続の見込みが絶たれたこと、 ドイツ第6軍の降伏により、更なる北上圧力の増大が予想されたため、 最早、これ以上の戦線維持は困難であるとイギリスは判断した。
 ここに至って、バルト海警戒部隊にあたっている本国艦隊の戦艦<ロドネイ>空母<イラストリアス><ヴィクトリアス>と あらゆる輸送船を投入して、大陸派遣軍のドイツからの救出作戦を発動せざるを得なくなった。
救出艦隊の指揮官は、怪我を押して首相に「閣下、私は歩けます!」と直談判をしにいったフィリップ・ヴァイアン提督が任じられていた。
 しかし、劣勢となった航空戦を少しでも巻き返そうと投入された艦上機はソ連空軍に抗するにはあまりに非力に思われた。 もうすぐ実戦投入されるであろう新型機とマルタ級空母があれば…などという仮定は、無意味だった。 そんなものがあったとしても、眼前の陸軍が襲われている悲劇は止められなかったであろう。 結局は、不利な戦場へと駆り出されて磨耗する運命を変えることはできない。 陸兵支援の為に海岸で、港内で戦わなければならない海軍は大洋のような威力を発揮できるわけではないのだ。

 救出の順番は、イギリス軍、次にドイツの戦車兵、最後にドイツ第4軍。 エムデン方面を守るドイツ第5軍は時間稼ぎの為に死守持久をすることになった。
「私は残ります」ローマイアーはモントゴメリーにそう告げた。
「贅沢を言ってもらっては困る。今後のドイツ陸軍を支えるには将軍をもって他に人がいない」
「今後のドイツ、ですか」悪い冗談を聞いたような気になってローマイアーは笑った。
「まだまだ、緒戦ですよ。英国に攻め入るほどの気概はソ連にもありますまい」
「そうですか、考えておきましょう。私個人はせめてケルンを最後の戦場としたいですが」
「では、船団に」
「いや、私にも考えがある」ローマイアーは峻拒した。
「私はこちらで全力を尽くさせてもらいます」

 トロツキーは、この機会を大英帝国海軍殲滅の最大の好機と見た。 先の2戦艦の航空攻撃による撃沈が彼の高揚を後押しした。「ヴィルヘルムス・ハーフェンを大英帝国海軍のブラックホールとせよ」 この最優先命令の下、航空戦力は対海上攻撃を最優先に指定して、 陸軍の行動は、敵戦力の殲滅よりも、救出を長引かせることを主眼に置かれた。
 この時の行動についての後世の評価は別れる。当初の予定通りに敵陸軍の殲滅をすべきだったとの声は各国の陸軍軍人を中心に大きく存在する。 ただし、進撃を緩める要因は確かにあったと認める声も多い。 多くが定員半数を割るほどに疲弊した赤軍機甲部隊、これ以上戦力化の見込みもない西ドイツ軍や、 軍全体からみれば僅かなイギリス陸軍を殲滅するよりもイギリス海軍を殲滅した方が、 イギリス世論に与える影響が大きいという政治的な効力を主張する向きもある。
 一つ言えることには、トロツキーは望んだものは手に入れたということだ。 マカロフにとって、格好の復習の場と化したヴィルヘルムスハーフェンで 各種の爆撃機が思い思いにその爆弾を叩きつけた。
 戦艦<ロドネイ>は大破着底ののち砲弾を撃ち尽くして自爆。 空母<イラストリアス>魚雷命中による戦場離脱、空母<ヴィクトリアス>沈没。 巡洋艦6隻、沈没ないし着底、駆逐艦10隻程度の沈没、輸送船団の3割程度を撃沈。 その他損傷艦は数え切れないほど。 栄光の本国艦隊は、英国大陸派遣軍とドイツ軍主力の回収と引換に壊滅したと言って良い。

2月15日
 エムデン方面の守備を引き受けたローマイアーは磨り減った部隊を見回して言った。 既にイギリスの撤退作戦は終了し、エムデン市の防御によって果たすべき役割は終えた。
「諸君、決死の抗戦ご苦労だった。降伏を許可する。君たちはよく闘った。まだ戦い足りない者は私に続け」
「司令、玉砕する気ですか」
「まさか、逃げるんだよ」
 場の空気が凍りついた。あらゆる者から見捨てられた我々が、何処へ逃げようというのか。
「あそこだ」とローマイアーは海岸の対岸を指さした。
「将軍、あちらは中立国オランダです」
「だから行くんだよ。泳ぎに自信の無いやつには進めないがね」
「今何月だと思っているんですか!」

「2月だ。大丈夫だ、オランダ人は正月に寒中水泳をしているそうだ。オランダ人に出来てドイツ人に出来ないわけはない」  そう言うと、ローマイアーは軍服を脱ぎ、海へと飛び込んだ。 対岸へと真っ先にたどりついたローマイアーは海岸警備に出てきたオランダ人官憲に告げた
「ドイツからのただの密入国者エンゲルベルト・ローマイアーだ。本国への送還を希望する」


14 英米首脳会談

2月24日
「全てはご破算だ」
 新大統領トルーマンはひどく不機嫌にチャーチルを出迎えた。
就任直後に対ソ開戦を決め込むつもりだったが、英仏の始めた酷く評判の悪い戦争により、全てはふりだしに戻った。 アメリカは日本に対する警戒のために大西洋の戦力を引きぬかねばならなかったし、 おそらくソ連の支援を受けたと想われる、モンロー主義者や調停主義者らが、勢いを増していた。
 チャーチルは酷く疲れた様相で詫びるよりなかった。本来ならもう少し早く訪米を予定していたが、 悪化しかしない戦況を前に本国を離れることなどできようはずもなく、2月末までずれこんでしまったのだった。

「とはいえ、欧州の赤化は食い止めなければならない」
 流石にトルーマンも少しトーンを変えた。ここでチャーチルに倒れられても困るのは新大統領も同じなのだ。
「そこで、まずは枢軸三国との戦争の調停を受けてほしい。これなくしては、我が国としても大西洋に兵力を十分に展開できない」
「条件はなんですか、枢軸ともう既に詰めているのでしょう」
「バレていたか、我が国は万事がオープンすぎるな」
 これにはトルーマンも思わず苦笑いしつつ、英国の諜報力が未だその能力を維持していることを思い知らされていた。

 日本・スペイン・イタリアが示した調停成立の要件は以下の通り。
1 本戦争の原因となったムッソリーニ暗殺犯の適正な処罰
2 英領ジブラルタルのスペインへの割譲
3 英領マルタのイタリアへの割譲
4 仏領ジブチのイタリアへの割譲
5 仏領チュニジアないし英領ソマリアのイタリアへの割譲
6 香港租借権の日本への譲渡
7 仏領インドシナ、英領マレーシアの独立政府の樹立
8 スエズ運河の枢軸三カ国の自由通行
9 バイエルン国・満洲国の承認

 条件を見せられたチャーチルは、呻いた。
「これは我々に死ねというのですか」
「死ねと言われるくらい、本当に殺されるのに比べればマシでしょう。持ち帰って、ド・ゴール氏と良くご相談ください」
「…アメリカは我々の命ばかりは助けてくれるつもりがあると保証してくれますかな」
「約束しましょう。既に最後通牒の文面と〆切はきめてあります。
バルト諸国、ポーランドの再独立、ドイツ自治政府の解体など、絶対にソ連が飲めない案となっています」 「ほぅ、それで〆切はいつですか」
「4月1日、イースターの日。<国際環境が整い次第>私はこの最後通牒をソ連大使館へと投げ込みます。どうか今年の復活祭を一緒に祝いたいですな」
「大統領のお覚悟、感服致しました。苦渋を飲んで、枢軸との調停成立に全力を尽くしましょう」


15 追求

「同志ミーアシャイト。君はあの傭兵隊長を使い、ベルリンの同志を戮殺し、東ドイツに独裁的政権を敷き、 専断的外交の邪魔となったリトヴィノフ外務人民委員の密談予定をリークし殺害を謀ったという疑いがかけられている」
「それで?私が関与したという証拠でもあるのですかね。 私はベルリンを解放し、東ドイツの行政機構を円滑に保ち、キールの艦隊を降伏させ、 今ファシスト共を味方に引き入れるという成果を上げているではありませんかね、 私ほどソ連の勝利に貢献した人物はおりませんよ、同志フルシチョフ」
「その結果、同志はドイツを何にしようとしているのかね。覚えておきたまえ、 私は重大な関心を持ってその行動を見守っているのだよ」
「ほほう?私を誰かにすげ替えようとでもお考えですかね?あの地味な男のパウルス君? それとも強欲なノイマイスター君?辞めておくがいい。それでドイツが輝くものかね」
「衛星は輝かない、陽光を反射しておればそれでいいのだ」
 そう言い残してフルシチョフはズカズカと靴音を立てて退出していった。
 ミーアシャイトは大きく息を吐くにとどめた。自分への監視の目は強くなるだろう。これからはうかつな独り言も言えない。


16 受容
「…辞めたい」
 アメリカの調停案を聞かされたド・ゴールは側近のポンピドゥーを前にそう漏らした。
 イタリア戦役、ヴェーザー川防衛線の崩壊。最早連合国の敗勢は明らかだった。
「もし、閣下が辞められたら、全欧州は赤旗の下に立つことになるでしょう。 それを皆よく理解しているからこそ、閣下への批判をみなおさえているのです」
「ふぅむ、しかし私にはもう目処が立たない」
「なに今回、犠牲になったのは、しょせんドイツ人とイギリス人ではないですか、仏軍主力とマジノ線は健在です。 あのような連中を頼りにしたことがそもそも間違いだったというだけのことでしょう。 ムッソリーニと違いバルボとフランコは常識人です。講和さえ成立すれば、地中海の海軍戦力のほとんどを北へ回せます。 やかましいだけのベトナムなど日本人に預けたと思えばよろしいのです」
「もし、仮に私が対枢軸戦において妥協を余儀なくされたとして、国民はどれほど理解をしてくれるだろうか」
「皆、植民地よりパリの方が大事に決まっています。拗ねるのは1割くらいでしょう」
「ふむ、そうか、まだやれることはある、か」
「国内の批判は私が食い止めてみせます。」
「救国内閣を成立させた君の手腕を頼りにしている」


「大英帝国の店仕舞い、か」
 インド三個師団の上陸戦準備と艦隊の出港準備を終えたところで、 アメリカの調停案を聞いたマウントバッテンは不吉な言葉をどこか安堵の声で出した。 参謀部が立てた、半年でエチオピア征服、一年でリビアを攻略してイタリアへとか、 マレーで一年持久といった作戦を見た時には、インドの参謀部にも大変なことになったという認識が出来たのだな、 という感想しか抱けなかった。マウントバッテンの見たところ成算は良くて半々以下というところの作戦である。
「この程度、ということだろうか」
 マウントバッテンは更に積み上がった資料の読み込みに入る。 仮に日本の脅威が完全に取り払われた場合に欧州への外征に抽出できる兵力の見込みが書かれてある。 インド5個師団、ANZAC5個師団、インド洋艦隊から、警備用の軽巡洋艦5、駆逐艦15、潜水艦を除いた全て。 対イタリア警戒が解けた場合、アフリカから更に5個師団。 フランスも植民地から3個師団程度は持ってこようと思えばこれる計算だ。 合計18個師団。…とはいえ、ソ連とて、日本との折り合いがつけばシベリアから18個師団程度を欧州に投入する余力が発生するらしい。 もし第二戦戦を形成するとしたら、これにどれだけ上積み出来るかが決定的な要因となってくるだろう。 落日明らかなりと云えども、大英帝国植民地のドンとして、マウントバッテンの苦労は続きそうだった。

 熱烈たる植民地主義者であるビドーもまた落胆を隠しきれずにいた。 戦況の変化を見て、スイスはフランスと距離を置いて、永世中立のローブで頬被りを決め込んだ。 日本の侵攻の前に、植民地喪失を恐れたオランダは恐怖して態度を一変して完全中立を宣言した。 効果を上げたのは、アメリカとの縁を使ってのベルギーへの戦闘機購入仲介くらいだが、 ベルギーも外交的同調と予備的な研究に参加はするが、当面この戦争に兵力を出すつもりはないらしい。 あとは、せいぜいバルト諸国の存在を思い出させて、アメリカに開戦の名目を教えてやったくらいだが、 アメリカの事だ、因縁の付け方くらい自分で考えもしただろう。
 モスクワの病室から、アメリカの世論へ働きかけ続けたリトヴィノフと較べられてしまっては、形無しだ。 「まずは、しっかりと枢軸との講和を成立させる必要がある。間違ってソ連との同盟に走られたら、全てが終わる」
 気鬱な作業だが、現状よりマシになる事を願って、作業に没頭するよりないのだ。


17 ドイツの空、技師たちの季節

「このままでは、あらゆる機体が飛べなくなります」
 参謀からの報告を聞いて、キルシュガイストは惨憺たる気持ちになった。 そりゃあ、ルール工業地帯のほとんどを失った時からわかってはいたが、ハッキリ言われるとつらい所だ。 機体やエンジンは消耗品であり、ドイツ製のそれの供給が滞ってしまえば、航空機はいずれ使えなくなっていく。 ライン川から向こうを全て失って退却を重ね、今や臨時首都ケルンも首の皮一枚となれば、 さすがの彼らもドイツを失った後の事を考えざるを得ないのだ。
「エンジンや機体を海外で作れないか、例えばフランスとか、俺たち、少なくともあいつらよりはいい機体使っていると思うぞ」
「フランスの航空産業は、前線まで引っ張って整備ばっかりやらされてますから、余力がないでしょうね」
 参謀が吐き捨てる。キルシュガイストと同じく彼もフランスは嫌いらしい。
「イギリスもダメだろうな、あいつら、ジェット以外は自前のエンジンによほど自信があるらしい」
「となると、アメリカですか」
「そういやぁ、ベルギーの新しい機体、ありゃあアメリカ製らしいな」
「ああ、フランスの金で買った機体ですか。確かにエンジンに馬力が足りない事を除けば、 なかなかいい機体に見えました。動きが軽快で、滞空時間が長い」
「詳しいな」
「哨戒飛行の時、件の機体に領空侵犯をずうっと見張られて気持ち悪かったので、調べたんですよ。 最近は、連中も戦線が国境に近づいて気が立ってますね。 それでその機体ですが、ベルギーの申し出に、最初はアメリカはP40を追加生産するつもりだったらしいんです。 しかし、アメリカも参戦を控えて忙しいですからね。ノースアメリカン社が割り込んで新型機をねじ込んだらしいです。 なんでも主任設計士は元ドイツ人だそうで」
 キルシュガイストが嬉しそうに言った。
「ほう、エンジンのイマイチなドイツ人の機体か…エンジンもドイツ製にしたら、なかなかのモノになると思わんか、なんという機体だ?」
「彼らはその機体をP51ムスタングと呼んでいるそうです」


「このままでは、俺は何も出来ないではないか!」
 ドイツを解放しても、一向に新型機も割り当てられない空軍の現状にノイマイスターは焦れていた。 旧式戦闘機を割り当てられて首都に篭っているだけでは、空軍は役立たずと笑われても仕方がない。 持ち出されるのは技術ばかり、ドイツの工場がこのままソ連の直接指導下におかれてはノイマイスターがリベートを抜いて 私服を肥やす…いや、権力の基盤とすることもできない。パウルスやミーアシャイトが縦横に活躍する中で遅れをとってしまう。
「ドイツ空軍の再建が必要だ、主に俺のために」
 呆れた言辞に参謀長が嫌そうに紙の書類を積み上げる。
「なんだ、これは?」
「鹵獲した兵器と人員の一覧です。ご自分で偉大なドイツ空軍を再建してはいかがですか。主にあなたのために」
ノイマイスターは気だるく書類をめくる。書類を読むことで軍が強くなるなら苦労などしないと思いながら。
「や?」ノイマイスターはとあるページで手を止める。
「どうしました」
「今回の新たな捕虜パイロットのなかに航空技師、クルト・タンクというのが見える」
 その名前は、前回ベルリンでポルシェが探しまわっていた名前の一人だったので覚えていた。
「ああ、フォッケウルフ社の設計士ですな。Fw190の実験機でウィルヘルムス・ハーフェンから逃げようとしたところを落とされた為に、 パイロットということになったようで」
「ほう、Fw190の実験機か」
ノイマイスターは考えた。その機体がもし良い機体であれば、ドイツ国内での生産ばかりか、ソ連にライセンスを提供して、 ライセンス料をピンハネすることも不可能ではないのではないか。
「クルト・タンク氏に戦闘機開発の環境を与えてみろ、暫くソ連や陸軍には漏らすなよ。 もし、いい機体ができたら、自分の名前を出来た戦闘機に入れてやってもいいと伝えろ」


18 大祖国戦争

 「進めば進むほど、地獄が広がるな」
 ふいに執務の間に訪れた一人の時間にトロツキーは無感動に呟いた。 彼とて、いつもいつも周りに見せるための高いテンションを維持できるわけではない。
 確かに殲滅したはずの英海軍だったが、修理を終えた船と新造艦を合わせれば、まだ戦艦3隻、大型空母1隻が健在となる。
フランスと合わせればさらに空母1が追加される。ソ連側はドイツ艦隊を含めて健在なのは戦艦3、巡洋戦艦2、空母2である。 優位を確立したとはいえまい。日本やイタリアと連合の講和が成って戦力が展開されれば、戦力比は元の木阿弥だ。 リトヴィノフの外交努力にも関わらず、アメリカはますます連合にいれこみ始めている。 アメリカが参戦して大西洋艦隊を北海に展開すれば、制海権はこのままでは絶望的になる恐れがある。
 陸上では、ドイツ、イギリスを叩いたとは言え、精強なフランス陸軍がラインとマジノ線という頑強な陣地線を築いている。 フランス軍が7個軍56個師団と3個戦車軍15個戦車師団、これに英国派遣第二陣の精鋭8個師団、ドイツ軍12個師団程度が控える。 これに対して、赤軍の前線兵力は16個戦車師団、18個機械化狙撃兵師団、歩兵その他90個師団というところ。 補充再編の結果、ほとんどの部隊が7割以上の戦力を回復したものの、敵はまだ完全編成の部隊も多い。 参謀本部の見解では、敵前線は未だに赤軍のそれに対して7〜8割程度の戦力を保持していると見て良い。数的に防御には十分な比率だ。
 航空戦では敵に我に勝る損害を与え、保有機数で数百程度敵を上回ったと想定されているが、 自軍も保有機が6000機を割り込み、損耗が補充ペースを上回っている点が気になるところだ。 電波警戒網の整備は進んでいるものの、地上支援を優先していたため、キール空襲で明らかになったように夜間や高高度迎撃には不安が残る。
 第三国への働きかけは、まだはかばかしい効果を上げていない。バイエルンのヒトラーは何を考えるかわからない。 ドイツを併合するだけのつもりで始まってしまった「大祖国戦争」はまだその終わりの片鱗も見せてはいなかった。


19 統幕反省会

「ベルギーの軍備はドイツの全力攻撃を前提に策定されております」
 スタスタと歩く太っちょのベルギー軍の派遣参謀が堂に入ったフランス語で述べる。
 眼前に迫ったソ連軍によって自領が侵された場合の対処について、共同研究が必要な程度にはベルギーも危機感を覚えているのだ。
 かれの言葉にドイツ軍の参謀が苦い顔となった。第一次大戦でフランスへの侵攻経路として侵略した過去から仮想敵国とされるのはしかたないが、 「ドイツ軍の全力」は、今やもう存在しない。
「ドイツ方面からの40個師団程度の攻撃であれば、国境要塞線と予備兵力の展開で二・三ヶ月は持ちこたえることができましょう」
「オランダを回られたら?空挺攻撃への備えは?」
 ベルギーの参謀にセーは、ありえるソ連の動きへの対処を尋ねる。
「そこまで頼られても困りますな。オランダ向けに要塞線を作るほど余裕はありません。 オランダ軍が戦っている間になんとかしたいところですが、あちらの国境線は長いですからちょっと厳しくなりますな。 敵空挺にはこの度に譲っていただいた戦闘機と、地上からの対空機銃で対処しきれるかといったところです。 こちらの空軍はどれだけの備えをお持ちですかな?」
「今回の対インフラ攻撃は成功を収めなかった」
 空軍司令ドゥパイユはそう認めざるを得なかった。
「継続的な攻撃が行えなければ、交通網は修復してしまう。ドイツは代替の輸送路も多いし、 ドイツ国内で調達できるものも多い。民間用のトラックや鉄道を徴発しただけで穴が埋めができてしまう。 また、継続的攻撃を行えるほど圧倒的な制空権を確立できるほどではない」
「もっと率直に仰ってはいかがですかな、ソ連相手にはフランス空軍は力不足だと」
ベルギー参謀の言葉にドゥパイユは渋面した。その皺の深さに流石に言い過ぎたと派遣参謀は謝罪した。
「失礼、弱さを気安く認められるのも中小国の性分なもので」
「爆撃に伴い、レジスタンスの強化などの成果もある」
 ルイ・カーンはそういって空軍を擁護した。
「では、こちら側での赤色レジスタンスどうです?かれらはどれほどの力を?」
「完全に押さえ込んでいる」セーが答えた。
「敵はこちらへの浸透を測ってはいるが、広がりはない。心の戦争において、我々は優位にある」ドイツの参謀が付け加えて述べた。
「成る程、しかし、ソ連支配下で積極的に抵抗組織が立ち上がるほどの優位でもない?」
「今のところはね、しかし、相手が隙を見せれば、その可能性もあろう」
「そうですか」

 ベルギーの参謀との話が終わり、話題は英国と海軍に移る。
「この度はかなりの輸送船団に被害が出たと思うが、今後の派遣軍の輸送には差支えはないか」
 ルイ・カーンは英国の参謀に尋ねる。
「幸い、英仏の輸送にはそれほどの船舶力を必要としませんし、避難民輸送についていたドイツとフランス商船団の支援で穴は埋まると思われます。それに今は地中海への補給をしなくてよくなりましたから」
「しかし、逆に言えば、喜望峰周りでアジアまで補給をつないだら、今のままでは非常に苦しいことになろう。スペイン沿岸も迂回を強いられるし」
「そうですね、かなり逼迫した状況にあります」
 重苦しい空気をそこで振り払うように、ルイ・カーンは話をそこで変えた。
「そういえば、損失艦の補填だが、アメリカに派遣した使節団から話があった。空母の余裕はアメリカにもビタ一文ないが、 予備艦となっている旧式戦艦2隻を売却しても良いという話だ。 ただし、復旧やら教育に重巡1隻程度の予算を用だてて欲しいということだが…英国が要らないなら、 ウチでもらってもいいと考えるが、どうしようかね?」


第三国外交データ

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