第7ターン 1946年3月〜5月 1946年春ターン

第7ターンアクション 公開2013年1月6日(日)

1 反転攻勢

「この作戦、いささか遠大に過ぎるのではありませんか」
 分厚い反攻作戦の書面を前に、持って回った言い回しで、カニンガムは苦い顔を示した。
「では君は、この間の海軍作戦について何か定見でもあるというのか、我々が優先すべきであるのは、陸軍作戦とその輸送だ。敵主力艦隊を無力化したいま、むざむざ海軍を遊兵とすることはあるまい」
 米英の合同会議に参加したキングは、つまらなそうにカニンガムの反論を退けた。
「しかし、この作戦では補給線の問題が生じる懸念がある。また、敵の反撃に耐え切れる根拠がない」
「計算上の所要輸送力は完全に満たしている。陸の上のことは陸軍の仕事だ。貴官が心配する筋合いの問題ではない」
 モントゴメリーがむっとした様子ではねのける。
「本反攻作戦は敵領土深くへの行動となるが、代わりに利点もある」
 三本の指を突き出して、英国首相チャーチルは軍人たちの議論をうちきった。
「第一に、敵前線に集中配備されている新鋭機の航続距離を外れ制空権の確保が可能であること。第二に、湾港が破壊され、敵陸上部隊の集中的配備が行われているドイツ北西部と比較しても、補給の難易度は変わらないこと、第三に、作戦実行時にソ連体制への動揺を誘引可能であることだ」
 指を折りながら、言い聞かせるようにチャーチルは言い、拳になった手で机を叩いた。
「我々は本作戦の成果を持って、今戦争を優勢の元で決着させることを目標とする」
 机を叩く音に重なってノックの音が響く。
「自由ポーランド政府代表が参られました」
 首相秘書官が、要件をつげる。
「よろしい、すまないが、私はこれで失礼する。作戦実施にあたる詳細については、君たちで詰めておいてくれたまえ」
 軍人たちが敬礼でチャーチルを送る。その表情は困惑、不満、信頼と様々なものであった。それだけ、彼が主導して企画した反抗作戦には複雑な思いが去就するものであった。
 

2 蒼天の剣

「書類では理解したつもりだが、実際に目にすると凄まじい数だな」
 デンマークに進出した部隊を前にアーノルドが、ダウディングに言った。
「連合国空軍の総力を投入した決戦体制だ。これでもまだまだ足りないくらいだ」
「しかしこれだけの数を外地展開できる能力、アメリカは流石だな」
 ダウディングの褒め言葉にアーノルドも英国の努力に感謝を返す。
「イギリスとの機体共用化が進んだおかげで整備もだいぶ楽になった。そういえば、イギリスは突貫でP51の大量生産に入ったそうだな、連合国の機体共用化が進めば、補給も生産も大幅に楽になる」
  「ああ、しかし、しくじったな。ソ連の機体開発の情熱があれほどまでとは、正直P51では苦しい」
 両者の顔が苦く歪む。冬の「ミグ・ショック」は彼らをして深いトラウマを刻み込んでいた。
「ブースト加速用のロケットをつけて一時しのぎなどは試みてはみたがな。だが、ジェットにはまだ弱点が残っている。 プロペラ機ほどフレキシブルではなく、滞空時間も短い。一撃離脱には強くとも、中高度の大兵力同士の消耗戦に持ち込んでしまえば、 個々の性能優位を過剰に恐れる必要はない。慌てて新機種を持ち込んで失敗するくらいならば、愚直に原則に立ち戻ることが最善だ」
「米英合同の反攻作戦<ホワイト・デーモン>においては、敵航空戦力をこちらで拘束する必要があるからな。そのための犠牲は覚悟しなくてならない。デンバークに展開する米空軍にはつらい戦いとなるだろう。矢面に立たせて申し訳ない」
「覚悟?それだけでは足りない。必要なのは、このあとの補充だよ。それこそが我々が今考えることだ。戦場は前線だけで成り立っているのではない。我々は一度、技術開発でソ連に敗れたのだ。この経験を生かさなければ、我々には生きている価値がない」
「違いない」
 ダウディングは、アーノルドの言葉に強く同意した。

「シェラン島はまだ無力化できないか」
 冷静を持ってなるマカロフの言葉尻にも苛立ちが現れ始めていた。
「敵の抵抗が頑強です。空港近辺にはロケット砲座を含めた猛烈な対空砲火陣がしかれて対地攻撃も難しく、爆撃からの回復も早いです。敵の輸送量から考えても2000機近くの機材がこの方面に投入されているようです」
「空戦そのものは優位に展開しているのだな?いずれ敵は補充が効かなくなるであろう。問題はそれを早く成し遂げることだ。連中にソ連邦本土が脅かされる事態は避けなければならぬ。徹底的にやれ」
 マカロフはそう言って目を閉じて考えはじめていた。
「この方面にそれだけの力を投入するというのを、どうとらえるべきか、他の地域へ戦力を投入するための陽動か、あるいはバルト海への再突入を考えているのか…」


3 装甲せる聖者

「情報から言って敵が上陸することは、ほぼ間違いない。問題はどこに来るかだ」
 これまでになく会議は停滞していた。
「最も警戒すべきは、北極海からの上陸を経てレニングラードに至るラインでしょう。フィンランドがこれに連動して動けば、ソ連邦本土は重度の危険に晒されることになるでしょう」
 昇進して、北部方面軍司令官に就任し、バルト海から北海沿岸に至るまでの迎撃を担当することになったジューコフは、敵の攻撃手段について8つの場合に分けて対応策を立案していた。
 1、北海側の北西ドイツ。2、バルト海側北東ドイツ。3、ユトランド半島。4、バルト海沿岸。5、ムルマンスク。6、アルハンゲリスク。7、フランスへの追加増援。 8、黒海へと入り、中央アジア・コーサカスへの突破。このうち重点的に部隊を配置したのは、北極海方面への対応であった。 他の地域への上陸浸透は西進しつつある装甲部隊と連携して対処できるが、北からの一撃はソ連領内に有力に有力な部隊を置いていなければ、対処が難しいためだ。
 ウボレヴィッチがそれぞれの対応策について説明するジューコフに対して焦れるように言った。
「北部方面軍は突進側面さえしっかり守ってくれればいい。パリを落としてしまえば、この戦争は終わる」
 その言葉にジューコフが困り顔で応じた。
「敵の主戦力は今やイギリスに貯めこまれた米英軍だ。海軍が壊滅した今、これを撃滅しない限りソ連邦の防御はままならない。むしろ全力を注いで、敵上陸軍の殲滅を行うことこそが決定的な勝利となるだろう」
 ウボレヴィッチの反論も辛辣だった。
「それをいつまで待つというのか、それでは戦争の主導権を相手に明け渡すことになる。相手に戦場を選ばせているようでは、敵の撃滅などできない」
「私としては、この時期に装甲部隊の過半をベルギー戦線に投入するというのは賛成しかねるのだがね。機動反撃の戦力が不足しては、水際撃滅が不十分に終わる可能性が高い」
「君は我が国の長大な海岸線全てに戦車部隊を切り刻んで並べるつもりかね?突進による主導権の奪取こそが戦車の命だ」
 頑なに攻勢持続を主張するウボレヴィッチの相手をやめ、ジューコフはトハチェフスキーに問うた。
「閣下はいかがお考えですか」
 トハチェフスキーは直接の回答を避けた。
「そういえば、空軍のデンマーク制空権制圧は捗々しくないらしい」
 ジューコフが相槌をうつ。
「それだけ、敵空軍が戦力を集中しているという点に判断を迷いますな」
「陽動作戦とすれば、ここと違った点に来るとかんがえられるが、単にバルト海突入を図っているという考え方もできる」
「つまりは、まだ閣下にも上陸地点は分からないということですかな」
「そういうことだ。ジューコフ、君の機動防御で見せた手並みに期待させてもらう」
「アルハンゲリスクからヴィルヘルムスハーフェンに至るまでの、超長大な防御線を守る身にもなってください。そして与えられる機動部隊が第8軍集団のみでは…」
「そう、この問題の本質はそれだ。海洋を利用できる敵に対して、あまりに広大な地域を守らなければならないのでは、どうしようもない。これだけソ連邦の版図が広がった以上、戦後は海軍の再建を図らなければならないだろうな」
 トハチェフスキーの戦後の話にジューコフは懸念を覚えた。この人は先のことに目を向けて、目の前の戦況から逃げているのではないか。
「敵は冬季装備を買い込んでいるのですか?」
「それなりの量は調達しているようだ。なにしろアメリカの補給量はそれだけで尋常ではないため、機材はふんだんに用意されている」
「それなりの量、ですか。やはり北から来るか」
「現時点では、とにかく万全に固めて、適切な機動をすることだ」
「それが出来れば簡単なのですがね」
 ジューコフはトハチェフスキーに嫌味を言った。連合国の上陸がいまだ特定しきれない状況に誰もが苛立ちを覚えていた。
「それで、こちらの行動も決済をいただけませんかね」
 ウボレヴィッチがベルギーへの攻勢案を示す。トハチェフスキーは二人の提出した書類をかわるがわる目を通し、サインをした。
「ベルギー攻勢と着上陸対応、両作戦を統合する呼称を<装甲せる聖者>とする」
「なんとなれば聖人の奇跡だのみとは、変わらないものですな人というものは」
 呆れるように言ったジューコフをウボレヴィッチがたしなめて、知識を披露した。
「いや、確か甲冑着の修道士といえば、30年戦争ごろのバイエルン公の元帥にそういったあだ名の者がいましたな」
「ああ、彼は足並みの揃わないプロテスタント諸侯を各個撃破することに度々成功し、戦いの中で生涯を終えた。我々もかくありたいものだな」

4 ラストゲート・トゥ・コア

「敵空母艦隊は北へと向かう!」
 北海側に残されていた数少ないソ連潜水艦が発した電信によって一挙に情勢は緊迫したものとなった。以後の通信は観測されておらず。そのまま撃沈されたらしい。
 この報を受けて、マカロフは即座に敵艦隊攻撃に待機させていた爆撃隊に長距離攻撃を決行させた。敵が北極海に向かうのであれば、攻撃を行うラストチャンスになるかもしれない。バルト海への突入を目指しているのであっても貴重な攻撃回数を減らすことはありえない。
 マカロフが繰り出した攻撃隊第一波、Tu-2双発爆撃機70機、Mig15ジェット戦闘機40機、La-9戦闘機30機。合計140機。

「よし、食いついたか」
 想定通りと言わんばかりにヴァイアンは笑みを浮かべた。先陣を務めるのはマルタ、イラストリアス、タイコンデロガ、エセックスの4空母。それに高速戦艦部隊としてニュージャージー コンカラー、キングジョージ5世、フリードリヒ・デア・グロッセが脇を固める。
「敵にジェットはいない模様!」
「Migは帰ったか、さんざんピケットに欺瞞を張らせた甲斐があったな。この勝負、勝ったぞ!」
 戦況板には、艦隊外周で爆撃隊へと群がる戦闘機群が表示されていた。敵編隊へ向けて戦艦主砲が指向される。
「空間制圧射撃開始!」
 戦艦主砲が一斉射撃を開始する。突貫の後追いで開発したVT信管が可能にした戦艦主砲による対空射撃が、対戦闘機向けに密集陣形をとっていた爆撃機隊に襲いかかる。
「凄いな、半減くらいしたのではないか!」
 ヴァイアンは目を細めて敵機体を眺めて歓声を上げた。
「この砲弾、チャフを仕込んでいるせいで、敵機のレーダー観測ができなくなるのが難点ですね」
 戦況板を動かしていた参謀が苦い顔をする
「こちらが使えないということは向こうも使えなくなるということだ。連中のミサイルを無効化できれば、もうなにも怖いものなどない」
 陣形が乱れた爆撃隊へ雲霞の如く戦闘機が襲いかかっていく。
「第一段はクリアしたな、問題はここからだ」
 その状況を見てもヴァイアンは気を緩めない。作戦成功のためには、まだまだクリアしなければならない障害はたくさんあるのだった。

 爆撃隊第一波の惨憺たる状況を聞いたマカロフは、即座に海軍航空隊へ魚雷への換装を命令し、翌朝の攻撃部隊をミサイルによる一斉攻撃から、波状爆撃へと切り替えるように命じた。 空母は離発着と回避を並行して行うことができない。陸上基地と摩耗を繰り返し続ければ、先に息が切れるのは敵艦隊のほうだ。艦隊の航路は東へと向かっていた。彼らはスカゲラック海峡を越え、ソ連の内懐に手をいれる心算なのだ。

「連中にふたたび、バルト海に入ることを許すな。明朝の作戦に全力を尽くせ」
 マカロフは翌朝を期して第1前線航空軍の総力を投入しての艦隊撃滅戦を発令した。

「さすがにここからでは間に合わんな。勝負は次の夜だ」
 敵艦隊との攻防を受けて残存全艦隊を出撃させたクズネツォフは、艦隊に給油を命じた。
「閣下であれば、必ずや戦果を上げることがかなうと信じています」
 開戦いらいめまぐるしく変わった参謀長の名前を、クズネツォフは思い返していた。最早人材も払拭したのか、こんどの参謀長はパイロット上がりの女性であった。彼女を引き上げたのは先に戦死したリュドミラ・ザハロフと聞く。
「やれやれ。この旅はいったい何の為の旅だったのかね」
 艦橋からタラップを降りながらクズネツォフは呟いた。
「以前俺が艦を降りた時には、赤衛艦隊は世界でも最も優秀で、最も恐れられた艦隊だった。今やだが、いまや俺達が操るのは、せいぜい水雷戦隊だぜ」
 上をむいて頷く参謀長の頭を確認した。その目が雫に濡れているのを見たクズネツォフは言った。
「そうだ、リョドミラに敬意を表して言っておくとしよう。俺がもし生きて帰ったら、海軍女性士官の制服はミニスカートにしようと思う」
 軍靴がクズネツォフの頭にたたきつけられて、震え声で参謀長が返事をした。
「それは資本主義的です!でも!政治委員には言わないでおきましょう!どうせ私が着ることもなさそうですし!」
「よし、それでこそ赤衛海軍軍人だ。いっしょに最後に世界を恐怖の海へと沈めてやろうじゃないか」

「前衛の展開は済んだか」
 陸上から海峡部を抜けていく艦艇を眺めながらキングは確認した。本来合衆国で総指揮をとるべき立場である彼が、デンマークで前線指揮を取って本作戦の要と言える海峡突破の調整に当たっていた。
「はい、空母艦載機の予備飛行場と整備要員の確保も済んでいます」
「そんなことは当たり前だ。言われたことが万全にできてようやく二流だ」
「はっ、心します」

修理待ちの各国艦艇から対空装備をもぎ取って大小形成された海峡防空網と、突入前衛に位置する戦艦群によって形成された多層防空網とその外側を固めるP51に支えられて、3部隊に分けられた機動艦隊と輸送船団が大ベルト海峡を超えていく。
 スウェーデンからは「デンマークと陸続きになったかと思うほどの」船団が一路バルト海へと進んでいく光景が一望できたという。 ただ、それを眺めていられるような神経の太い者は多くなかっただろう。上空に乱舞する航空機の墜落、誤爆、不発対空砲の落下などの被害が相次いで発生したからである。

「敵戦艦1、空母2撃破、船団撃破率2割強か…ま、こちらには攻撃さえしてこなかったとは舐め切られてるな。後悔させてやる」
 昼間の航空攻撃の報告を受け取ったクズネツォフは、つとめて明るく言った。
「赤衛バルト艦隊、全艦全速突入せよ」
 嚮導駆逐艦「十月革命」に付き従うは駆逐艦14隻、巡洋艦3隻、空母<グラーフ・ツェッペリン>。それが栄光あるバルト艦隊水上部隊の全てであった。

 会敵はクズネツォフの予想よりも早く、よりソ連の奥深くに入っていた。敵レーダー波を探知したのは、ゴッドランド島南西であった。
「おいおい、まだダンツィヒにもついてないぞ。奴らは一体どこまで入ってくるつもりなんだ?」
 クズネツォフも呆れるほどに敵は大胆だった。
「全艦、噴進砲戦用意!噴進砲を使い切ったら砲弾で、砲弾が切れたら体当たりで敵艦に斬り込め!俺が、俺たちが十月革命だ!」
 クズネツォフ艦隊を待ち受けていたのは、戦艦<コンカラー><ニュージャージー><フリードリヒ・デア・グロッセ>、巡洋艦4、駆逐艦16隻からなる前衛艦隊であった。 中小艦を全面に押し立てて戦艦が支援する形で対抗した連合国海軍は、駆逐艦隊目指して惜しみなく放たれたソ連艦隊の対艦ミサイルを味わうことになった。 魚雷戦をはじめる前に、陣形がかき乱された連合国海軍は個艦戦闘を余儀なくされ、旗艦十月革命号はニュージャージの水平射撃によって、爆沈するまで突進を続けた。
 本海戦では、連合軍は優勢にも関わらず、中小艦の過半を失った。そしてソ連邦は英雄を一人失った。
 海空の脅威を払いのけ、犠牲を払いつつ、連合軍艦隊は最後の門をくぐり抜けた。


5 ワルシャワ・イン・フレイムス

「バルト艦隊全滅しました。クズネツォフ提督は戦死の模様」
「敵艦隊は?」
 明け方に入ってきた戦況報告に動じることなく、トハチェフスキーは尋ねた。
「通信の移動から見て、敵戦闘艦隊は再編の為後退した模様です」
「彼らは何をしたかったのか、露払いか、それとも…」
 トハチェフスキーがひとり言を言いながら考えこんでいると、急報が入る。
「大変です!ポーランドの航空基地に敵輸送機多数!薄暮空挺攻撃です!」
「空軍は何をしているんだ!」
「ドイツ方面に少数爆撃機の襲撃があり、迎撃に追われている模様です」
 ポーランドの戦備は薄い。バルト海に展開した敵空母からの護衛があれば、航空作戦を行うことは難しくない。
「敵戦闘艦隊が下がったのは、空母の護衛のためか…」
 トハチェフスキーはここで敵の上陸地点に確信を抱いた。敵の前衛艦隊はこちらの水上部隊破砕のために派遣したものであり、本命は空母艦隊の直下に来る、すなわち
「ジューコフに伝達!敵上陸地点はポーランドだ!沿岸の兵を残さず叩き起こせ!」

 続けて入ってくる報は、トハチェフスキーの確信を更に深めさせた。
「ワルシャワ各地で爆発が発生!ポーランド独立派による同時テロです」
「徒歩移送中のベルギー捕虜が脱走を始めました!」
「これは部隊移動を妨げる敵の作戦だ。ポーランドの治安維持にスタフカ総予備であるチェコ軍と海軍歩兵を投入する。不穏分子を許すな。一刻も早く刈り取れ」
 この時、トハチェフスキーに、上陸戦についてアドバイスをできる立場のものが居れば、彼は違った結論を出していたかもしれない。 しかし、再精鋭の人材を相次ぐ海戦で失っては、海軍作戦について適切なアドバイスを行えるものはここにはいなかった。彼らは陸の常識にしたがって、前衛後衛の位置関係を把握しようとしたのだ。

 ポーランド領内は大混乱に陥っていた。米空挺部隊、ポーランド独立派、ベルギー脱走兵がそれぞれお互いの把握さえしないままに 「とにかく暴れてここでソ連を食い止める」とだけ目標を共にして行動し、そこに内務部隊と連携をとっていないチェコ軍が「敵」に対する態度で対応することになっては、市民の犠牲を避け得るはずはない。
 ワルシャワの混乱は、赤軍の輸送計画を大幅に阻害し、ポーランドの飛行施設破壊工作は、一時的な制空権を連合国に与えつつあった。しかし、混乱を尻目に海岸を睨みつけていたソ連防衛部隊の前に敵陸軍が上陸することはなかった。

「予想以上に大きなことになっているようですな」
 マッカーサー国務長官からの電話を受けたチャーチルは、嬉しそうに答えた。
「いやはや、大変なことだ」
「何を呑気な、放火魔が消防士を演じるようなものだ。けしかけたのはあなたでしょう」
「はて、なんのことやら。私はポーランドに欧州反抗についてお知らせをしただけだよ。予想を超えた反乱になったのは…ソ連の圧政のせいだろう。」
「ベルギー軍については」
「いや、まさか捕虜を徒歩でポーランドまで移動させるとは、ソ連は非人道的な国家だ。私の予想の範疇を超えた出来事だった。全く想定外だ」
「つまり、あなたは、ポーランドで起きている出来事について何かしらのアクションをとるつもりはないと?」
「まさかまさか、彼らの自発的行動についてまで、私が抱え込めるほど腕は長くないよ」
 マッカーサーのため息が聞こえる。
「我が国はソ連が、今後の捕虜をどう扱うか深刻な懸念を抱いている。今回投入された空挺部隊の多くが無事収容所に送られるかどうか」
「貴国の将兵の安全については最大限努力を試みよう」
 チャーチルは即座に返答を行った。いささかのわざとらしさが篭る。
「あ、それと、ついでだけど、明日のルートは例の所通るから。そちらにもうるさいのいると思うけど、よろしく」
「…ポーランドの空中での犠牲は次の作戦で看過できるものではないだろうな。なにソ連も先に手を出しているところだ。なんの問題もない」
 マッカーサーは苦々しげに同調した。大英帝国の悪辣さは潔癖主義の彼にとっては忍耐を要求する。
「では、大統領にもよろしく。英国は常に貴国とともにあらんとすると」


6 ランデッド・ダン

 夜闇を縫って、スウェーデン上空を大規模な輸送機団が通過していく。
 中立国への公然たる領空侵犯に対してスウェーデン政府は昼を過ぎて抗議声明を発表したが、「デンマーク航空戦においてもソ連は公然とスウェーデン領空を利用しており、一方的抗議はうけつけない」と木で鼻をくくった回答で撥ね付けた。 行程で迎撃を食らわないように、意図的にスウェーデン領空を利用した行動については誰もが眉を潜めたが、スウェーデン自身もそれを深く追求するつもりはなかった。 戦争は新たな段階に突入し、自らの裏庭から塀の外に移ってくれたことを内心では安堵していたからであった。

 連合国の上陸作戦「スターライト・ブレイカー」の目標は、かつてバルト三国と呼ばれた地域の開放を作戦目標とするものであった。 第一陣スターライトは、米海兵第1師団を先頭に、英国4個歩兵師団が続き、エストニア共和国タリンへと上陸戦を展開。 フランスからポーランドに再売却された米戦艦<タデウシュ・コシチュシュコ>戦艦<ヤン・ヘンリク・ドンブロフスキ>と巡洋艦の直接支援の元で激戦の末 同地の守備についていたソ連第2軍を撃退し橋頭堡を構築することに成功した。

 そして、第二陣ブレイカーは、スウェーデンを侵犯してリガに降下した米第82空挺師団が要地を確保、ソ連の港湾施設の破壊を免れたところで湾港に 米海兵第2師団と英国歩兵4個師団が流し込まれた。同地を守るソ連第20軍は、 戦艦<デュークオブヨーク><テネシー><アイダホ>の艦砲射撃によって大損害を受けて潰走に入った。
 上陸軍を指揮するモントゴメリーは、直ちに両橋頭堡を連結し、作戦第二段階を発動した。

「来たか、モントゴメリー!フランスなんか捨ててこんなところにかかってきやがった!」
 ジューコフは仇敵の上陸に奮い立った。ただちに作戦案に立案してあったバルト方面への上陸に対する対処、 北ドイツ方面と北極海方面に配置した部隊を結集させての挟撃実施を発令しようとしたが、トハチェフスキーがジューコフの行動を制止した。
「既にベルギー方面への攻勢が開始されている。仮にこれが揺動であり、第二陣が北西ドイツに上がってきた場合、我軍は側面をやられてて壊滅しかねない」
「沿岸防衛の部隊は私の指揮下にあずかっているはず。閣下とはいえ、容喙される筋合いの問題ではないと思いますが?」
「…君は第8軍集団機動部隊と北東ドイツに配置した部隊、北部方面の部隊によって敵を封じ込めよ、軍命である」
「ご再考を、敵の主攻正面は明らかにバルト方面です。既にお分かりのはずです」
「…どのみち、沿岸貼り付けの部隊が、機動戦闘などできないほどに衰弱しているのは君も知っていることだろう」
 トハチェフスキーの説得に対して、ジューコフは呆れた様子でボソリとつぶやいた。
「閣下は敵を見誤った事で臆病になられました」
 ジューコフの言葉に、トハチェフスキーは怒りを爆発させた。ポーランド方面への上陸という予想を外したことで恐ろしくなっている。
これまで常勝と言われた彼が、相手に出しぬかれたことを認めるというのは、確かににわかに受け入れがたいものだった。
「では、どうせよというのだ!そもそも沿岸防衛について考えるべきは君で、総戦力の配分を考えるのが私のはずだ。違うか?」
「では任務の配分が間違っていたのでしょう。軍権を返せというのならいつでもお返しします。今は機動反撃のことのみを考えるべきです。 我々が何に勝たなければならないかをお示しください。私は与えられた任務の最善を尽くします」
「上がってきた敵は10個師団と空挺2個師団だ。君に与えた兵力で十分な対処が可能である。敵上陸軍の阻止に全力を尽くせ」
「わかりました。阻止でよろしいのですね」
「ああ、これは当初の君の作戦案でもあっただろう」
「ええ、ですがなるべく早急に、敵戦力を撃滅するだけの余剰兵力を提供していただけることを切望いたします」
 不満気にジューコフが退出していくのを、トハチェフスキーは黙って見送るよりできなかった。

 モントゴメリーは柄に似合わず焦りはじめていた。予定よりも戦線東方からの圧力が早く、分厚いことがわかったのだ。
 この時、北氷海警戒としてバルトより東に配備されていた部隊は第11軍集団指揮下のうち第31、32、33、34、35軍の合計歩兵15個師団。
およびフィンランド警戒にあたっていた第7軍集団の第15軍であった。先の30番代の軍はシベリアから増援として投入された軍で 充足率も消耗著しい他のヨーロッパ方面の部隊とは比較にならないほど充実していた。

モントゴメリーはこの脅威に対処するために、予定していた南進よりも、東方への防衛縦深確保を優先し、 リトアニア首都カウナスへ更に米第6空挺師団を降下させて側面を固めて東進し、敵集結前に各個撃破を企図した。
 ジューコフはこの機動をレニングラード攻略の機動と誤認し、急進して陣地形成を行おうとした結果、モントゴメリーの意図どおり先遣された部隊ごとに撃破されてしまう。
しかし、敵奥深くに陣取ったモントゴメリーにしても優勢な敵相手に消耗戦を強いられたことは、痛切な被害をもたらした。
ことに陸上支援を行なっていた戦艦戦艦<タデウシュ・コシチュシュコ>が触雷によって以後砲撃不能となった事は、以後の地上支援に大きな不安となった。 第二陣を運ばなければいかない関係上、地上支援に貼り付けていられる艦艇は限られている。消耗戦の結果、連合国にも最早余剰の艦艇は少なくなっているのだ。

 モントゴメリーがどうにか旧バルト三国の領域を確保した段階で、両陣営ともに増援投入を待つ情勢へと移り変わっていった。
 連合国は上陸第二陣である米自動車化歩兵師団を、ソ連軍はドイツから折り返した機械化歩兵師団を待って次の作戦行動を開始するであろう。


7 ソード・オン・ザ・ヘッド

「ガリゾーント(地平線)作戦を発動する」
 ウボレヴィッチはスタフカの喧騒を無視するかのように、平静に作戦の開始を宣言した。
 すっかり守りの薄くなったベルギーの国境要塞を迂回包囲し、ベルギーの平野で敵野戦軍の殲滅をはかる本作戦、かつてシュリーフェンが夢見たそれと非常によく似ていた。
投入される戦力は10個軍集団103個師団。作戦命令書には追撃、突破、攻撃の文字が並ぶ。
 この一戦でウボレヴィッチは敵戦車戦力の無力化を実現し、夏にパリへと入場する目算を立てていた。

「敵が攻勢機動を開始しました。戦車多数を伴う」
「なお、攻勢を求めるのか…どこへ来た?」
 仏東部方面総軍ベルティノーは消耗を隠しきれぬ顔で問うた。手塩にかけて育成してきた仏戦車部隊は、装備の更新はしているものの その編成は最早ネズミが(事実、ムィシ重戦車によるものだが)食い散らかしたチーズのようにぼろぼろだった。
「ベルギーです、ビュートケンバッハ」
 ベルティノーは地図を見る。大陸にある部隊では、最も有力といっていい米第2機甲軍が位置する場所だ。
リエージュ要塞の南東にあたり、ベルギーとフランスの連結線をなしている。
「これは敵の主攻勢正面だ。これを叩き潰さないと、リエージュ要塞は孤立する。直ちに機動戦力を全てかき集めろ、何が何でも反撃を加えなければならん」
 ベルティノーは苦い顔を浮かべながら言った。ベルギー軍はリエージュを捨てることなどないだろう。
 また、捨てられても、そのうしろに防衛線を引き直す余力などない。敵攻勢を打ち砕かねば、即座に全面的な戦線崩壊を招く可能性さえある。
 しかし彼の手元にあるのは充足率3割そこらの戦車軍であった。それでもなお、相手の設定した戦場で戦わねばならない。 敵戦車が無条件に浸透するようになっては、最早戦線の維持は不可能である。

 ウボレヴィッチが突破第一梯団として投入したのは、機動3個軍集団、29個師団。 第9軍集団(第3親衛戦車軍、第4機械化歩兵軍、第5機械化歩兵軍)、 打撃軍集団(第1親衛戦車軍、第4親衛戦車軍、東独重戦車師団、チェコ義勇快速師団チェチェク) 第10軍集団(第34軍、第2山岳狙撃軍、第6親衛戦車軍)。  敵が、突破に対して機動防御を行って来るところまで、完全にウボレヴィッチの想定どおりだった。
 ウボレヴィッチ真の狙いはここで敵機動予備戦力を拘束し、粉砕することであった。
米仏合同の戦車部隊、米第1機甲軍、仏第1、2、3の戦車軍を集成した29個師団。だが師団数は同じでも、その戦力差は明らかだった。
ソ連軍は補充の結果、少なくとも機動部隊の戦力は定数の8割を満たしていたのに対して、仏軍は4割を切っていることもザラだ。
 そして、戦力の中核となる中戦車も更に水を開けられていた。
  「畜生、あれが敵の新型戦車だって!冗談じゃねぇあんなのがウジャウジャいるなんてどうしろってんだ」
 低い車体に小さい半円球の砲塔、そこから長く伸びた100ミリ砲。ソ連に再び機甲優位を取り戻すべく与えられた 中戦車フェルディナントは、その猛威を振るった。
 リエージュ南方のマネへと突破したところで、機動防御に出た米仏の戦車部隊を迎え撃ったソ連第1梯団は、 森林地帯を生かして近距離戦闘に持ち込もうとした米仏の戦車部隊を打ちのめした。 ペタン戦車、M26中戦車を配備されていたとはいえ、ワンランク大きい主砲と重厚な防御を持つ戦車が倍以上いては相手にもならない。

 米仏戦車軍の襲来を確認したウボレヴィッチは、同時にライン戦線の押し上げを命じ、全ての戦線で、マジノ線に逃げ帰ると予想された仏軍の追撃を命じた。
 そして、連合国戦車軍の敗走とともに、ウボレヴィッチはベルギー侵攻を第2梯団の歩兵に委ね、赤軍戦車隊に敵戦車部隊の徹底的な掃滅を指示した。
 西部戦線は全面的崩壊の危機を迎えていた。


8 ラン・トゥ・ザ・ストマック

「待たせたな」
 リガに降り立ったパットンが出迎えたモントゴメリーに敬礼する。確執があった二人だが、現在は、個人的な好悪に拘れる状況ではない。
「輸送は無事に済んだのか」
「米歩兵師団10個、海上損耗1割ってところだ」
「む…なかなかの損害だな」
「敵空軍も必死だ。しかたがない」
「ふむ、さて我々のやるべきことだが」
「全面的な敵内地への侵攻を前倒しせざるをえまい。こちらの2軍でミンスクとフォルクスベルグを突く。東側面は英軍で守ってくれ」
「承知した。存分に暴れてくれ」
「まかせろ、そういうのは得意なんだ。敵の脇腹へ食らいついてやる」

「敵の主攻正面はやはりバルトだ。増援をくれ」
 ジューコフは最早不満を隠すことなくトハチェフスキーにぶつけるようになっていた。
「ドイツのバルト海側の部隊と海軍歩兵を渡す」
「おい、どういうことだ、早く俺の部隊を返せ。スタフカ予備をいつまでポーランドに置いておく気だ。敵は南進をはじめた。
ミンスクが落ちたら、補給は半減する。これはソ連全軍の危機なんだぞ」
「君はポーランドがどういう状況かわかっていないのか!ここに部隊を貼り付けておかないと本格的な独立運動がはじまりかねん」
「じゃあ、なんでチェコ人なんです」
「…君、チェコ人を戦場に投入して側面を任せるほど信頼出来るか?それにだ。鎮圧にソ連軍を使うより反発がそらせる」
「それは政治家の考えだ。軍人のやることじゃない」
「この点について、君と議論をするつもりはない。よって、君は今ポーランドで起きていることに何も責任を追う必要もない。私は総司令官で、君は方面軍司令だ」
「第1軍、第6軍、海軍歩兵、ドイツ第1軍をフォルクスベルクへ、第8軍集団主力をミンスクへ動かし、敵へと対応します」
「よろしい。軍人として全力を尽くし給え」

 トハチェフスキーは退出するジューコフに目をくれず手元にある書類を見た。ポーランドでの友軍、市民、敵兵、ゲリラの死者を合わせた犠牲は6桁を超えていた。
「ここまで嫌われていたとはな」
「何、私が不幸にしたドイツ人の数に比べれば、微々たるものです」
「立ち聞きか、趣味が悪い」
 眼前にはドイツ戒厳司令官に就任したパウルスが立っていた。
「おや、ジューコフ元帥と入れ替わりに入ったのですがね」
「今のところ、ドイツで目立った動乱は起きていない。君はソ連のポーランドの統治についてどう思う」
「被征服民にとって、征服民とは恐怖であり、羨望でもあります。
憧れていた相手が、自分の予想と反していたとき、ひどく幻滅し、傷つけたいと思ったことはありませんか」
 トハチェフスキーは鼻息を一つ飛ばした。内戦で毒ガスをまいて白軍を殲滅した時、自分はどのような気持ちだっただろうか。
「君は祖国を捨て、東ドイツの仲間を見殺しにして、ソ連についた。求めたものはなんだっただろう」
「安定であり、繁栄であり、精強であることですよ」
「そうか」
 トハチェフスキーは静かに言った。
「それで君の用件は?」
「勝利の確定を、一刻も早く。先の勝利がドイツ人に与えた幻想は傷つきつつあります。ドイツ統治に致命的な影響を与える前に」
「被征服民というのは勝手なものだ。全部責任を俺に押し付ければ済むと思っている」
「責任を引き受けるからこそ、征服というのは成り立つものです」
 トハチェフスキーは立ち上がって言った。
「全く、ベルリンに移ったからと偉そうに執務室なんて持つから余計なことばかり考えてしまう。作戦室で善後策を考える。私の戦場はそこにあるのだ」

 米第2軍、第3軍は空挺師団が確保していたリトアニアを分進し、それぞれ、ポーランド、ベラルーシの境界線を超えて進撃をした。
全軍が自動車化されており、渡河装備を応用した泥濘対策用の装備を持ち込んだ米軍の進撃速度はソ連の予想をはるかに超えて早かった。
ことに、海軍の全面的支援が得られる海岸を進撃するフォルクスベルク攻略部隊の勢いは強く、前線警戒部隊を排除し、市街へと突入した。

「見よ、あれが祖国の地だ」
 自由ポーランド戦艦<ヤン・ヘンリク・ドンブロフスキ>の乗員は、何十年かぶりに祖国の港、ダンツィヒを見た。
かつてソ連ポーランド戦争の折り、ド・ゴールの機転によって、ダンチヒから多くのポーランド人が共産主義の手を逃れてフランスへと逃れることができた。
その港を再び見れたことに、感極まって涙するものも多かった。
 しかし、その地は未だ敵の手中にあるのだった。
「上空、敵機!シュトルモビク!」
 バルト橋頭堡への航空戦力の転換は、当初は空母艦載機を利用できた連合国が優位に立っていたが、
簡易飛行場でも運用のしやすい軽量機をやりくりして送りこんできたソ連が次第に圧力を強めている。
連合国は飛行場の整備はできたものの、航路の安全を確保するためにデンマークに航空機のほとんどを費やさざるをえず。有力な戦力を送り込むことが出来ずにいた。
「あれは旧型の方か、敵も苦労しているな」
 <ヤン・ヘンリク・ドンブロフスキ>艦長は双眼鏡で覗いて言った。
「対空砲火、回避運動用意」
 口では冷静さを保とうとしつつ、まずいことになったと思った。直接支援のためとはいえ、陸上に近づきすぎていた。回避運動が満足にとれない可能性がある。
せめて僚艦<タデウシュ・コシチュシュコ>が随伴していれば、主砲斉射による対空間制圧ができたものの、単艦では効果が薄い。
 なんとか無事に凌ぎたいものだと思っていたが、護衛の戦闘機群が沖合に回りこみ、ロケット弾を叩き込み、 そのすき間を縫うようにシュトルモビクが艦にまとわりつく。
 元々は米戦艦アリゾナであるだけあって、濃密に構築された対空砲火が迎え撃つ。
近くに着弾した爆弾が水柱をあげて艦を揺する。幾度かギリギリのところで交わした爆弾とは様相の異なる、足元から突き上げるような衝撃が走った。
「機雷触発!」
 上がってきた報告に艦長は呻いた。この湾内で致命的な損傷を受けたことは、座礁の危機を意味する。
「取舵いっぱい!全砲門をフォルクスベルクへ向けよ!たとえ座礁しようとも、あの忌々しいドイツ人の街を焼き払うのだ。
艦が動かなくなったら手元の武器をとってカッターに乗り込め!さぁ、祖国へ凱旋するぞ。諸君!」

 海上からの支援が続く中、米第2軍の攻撃を受け続けたフォルクスベルクは、かつて東ドイツ政府の首都として君臨した町並みを廃墟同然の姿に変え、陥落した。

苦戦の続く中、主導権奪還の緒をつかんだのは、やはりソ連が連綿と鍛えあげてきた戦車群であった。
ジューコフ直率の第8軍集団が、ミンスク北西ヴォロジンにて米第3軍を捕捉、機動戦に持込み撃退した。
内陸で体制を建てなおしたフォルクスベルク方面軍も、グダンスクに押さえの兵力を残し、リトアニア首都カウナスへと内陸路を用いての進撃をはじめた。
東からの圧力も側面を守る英国の防衛線を押し下げつつある。ジューコフはどうにかバルト橋頭堡の抑えこみに成功しつつあった。


9 リザレクション

「リエージュは完全に孤立しました。最早ブリュッセルを守るものはありません。陛下、どうかご決断を」
「バイエルライン将軍、ご提言はありがたいが、そう言って、アデナウアー大統領は聞いたかね?」
「…いえ、しかし一度は英国へと落ち延びてケルンを奪還したのです。どうか、一時の屈辱などお気にされずに」
「今、リエージュが降伏すれば、フランスは敵主力に側背を突かれて滅びよう。そうすればベルギーの復権もありえぬ」
「しかし、ロマノフ家がどうなったかをお考えください。ポーランドでベルギー捕虜に彼らが何をしているのかのかも」
 なおも説得を続けるバイエルラインに、ベルギー王レオポルド3世は言った。
「この戦争を始めたのは私だ。彼らの死は私に捧げられている。私は行かぬ。すまないが亡命させるならば、息子ボードゥアンを頼む」
「了解いたしました」
 ベルギー政府首脳と王子ボードゥアンは、その日のうちにブリュッセルを離れ、ベルギー領を縦断して、海路イギリスへと落ち延びていった。
 その頃、赤軍部隊はナミュールを抜け、ブリュッセル南方のシャルルロワへと進み、フランスとの連携線は絶たれようとしていた。

 統合幕僚議長セーの顔は青白く、頬はコケていた。仏軍のさらなる動員をあざ笑うように 摩耗していく兵力をどうにかして前線で使える形にしなければならない。
「なにか手伝うことはないですかね」
 あまりの焦燥ぶりに見かねたドゥパイユが、幕僚団を背後に声をかける。 「ああ、頼む。陸軍に新しい編成を作り、そこに既存の戦力をかき集めて枠をつくって補充兵を流し込む簡単な作業だ。
君のところで前線の報告で現有戦力のチェックをしてくれないか。というか、そちらは大丈夫なのか」
「いえ、ね、こちらは機体が落とされすぎて補充任務をやろうにも仕事がない有様ですよ」
「そうか、パイロットの補充は?」
「それはなんとかなります見込みがつきました。ほう、これは南部警備にあたっていた第8軍までこちらの型にいれて、新しく4個軍、1個戦車軍にするのですか」
「そう、紙の上の部隊を半減させ、代わりに人員を満たした部隊にする。充足率が2割を切ったような部隊に何ができる」
 セーとドゥパイユの会話に割って入ったのは、海軍のルイ・カーンだった。
「うちからも人員を出しましょう。なにせ補修中の船を全部売り払ったおかげで、人員はだぶついています。機関科なら整備兵を、大砲科なら砲兵につぶしが利く」
 カーンの申し出にセーは頭を下げて、ペンを走らせた。
「おいおい、こりゃ戦車軍でしょう、まさか船乗りを戦車兵にするつもりですか」
 ドゥパイユが苦笑いすると、セーは真顔でそれに答えた。
「なんだ、ライフル兵にした方がいいのか?今ならまだ民間供出の奴を与えてやれるぞ」
 全員が大きくため息を吐いた。眼前の男はこういうときに冗談を言う口ではない。つまりはそこまで状況が本格的にまずいということだ。
 手元の数字を見る、3個戦車軍を1つにまとめてようやく定数の4割しか満たしていない。
「人員はどれくらい出せそうなんだ?」
「修理待ちだった軽巡洋艦3隻、駆逐艦10隻、潜水艦2隻、 スペインに売却する戦艦<リシュリュー><ストラスブール>、重巡洋艦<デュプレクス>併せて9,000人くらいですかね」
「…海軍には済まないことをしたと思っている」
 セーが申し訳無さそうに詫びた。
「いえ、祖国維持に必要な措置だったのです。海軍内では殺されかねないほど恨まれましたが、あ、そうだ」
 気まずい空気を打ち払うように、ルイ・カーンがドゥパイユに言った。
「将軍の指揮下のP51Gを貸して欲しい。バルト橋頭堡航路護衛の空母機が足りなくなった、離発着できる機体は全て使いたい」
「いったい、バルト橋頭堡の拡充のためにどれほどの機体を犠牲にしているのか、最早フランスの空を守る機体さえ足りないというのに」
「最後の1機までだ。使える機体は全てバルト海連絡線の維持に投入してもいいとさえ思っている」
 呆れ顔のドゥパイユに対して、セーがルイ・カーンに同調する。
「同地の確保は、ソ連との交渉で材料にできる最後の駒だ。譲るわけにはいかん。英米との協調のためにもな。ここはひとつ折れてくれ」
「…はい」
 不承不承といった形でドゥパイユが折れた。
「空軍の継続的なインフラ爆撃とポーランド騒擾、バルト戦線への移動、維持で赤軍の手持ち弾薬も心もとなくなっているはずだ。 どうにかベルギーとの国境線で第二戦線を再建し、臨時動員した人員を流し込んで仏軍の復活をしなければならない。これがフランス最後の戦争努力だ。 辛い立場だろうが耐えて欲しい」
 誰よりも辛い立場にあるセーが頭を下げたことに、ドゥパイユとルイ・カーンは背筋を伸ばし敬意を示した。
 この日が、開戦より苦労を共にした三人が揃った最後の日となった。


10 パワー・ランチ

「オヤ、こんなところにソ連外務人民委員がいらっしゃるとは」
「いやいやいやいや、全く奇遇ですな、ルーマニアでフランス外務大臣に会えるとは、いかがですかな。ご一緒に食事でも」
ニコリとリトヴィノフが席を示す。外遊中の高官が会食もせずに食事などするわけはない。
お互いがバルカン訪問の日程を非公式に交換した結果である。この地方の切り取りはイタリア、ソ連、フランスの三国にとって重要な外交的課題となっている。
「喜んで」
 ビドーは満面に笑みかえして誘いを受け、向い合って奥のテーブルにつく。
 
「それにしてもお見事な手並みでしたな。ワレンシュタインを口説いてのバイエルンの再建とは」
「彼は民衆を裏切れない指導者だ。それに我が盟友バルボが後見を申し出たとあっては、これに力添えをしないわけにはいかないだろう」
「そうですか、ところでドゥーチェ・バルボは、ニュルンベルクについて何か言っていませんでしたかな? 例えば、そちらを割譲すれば地中海で暴れても良いとかなんとか」
「どこで伺ったのかは知りませんが、そのような話は聞いておりませんなぁ、大方被害妄想をこじらせた者あたりが言いそうなことですが」
「いやいや、失礼しました。ありうることはあると見るのが我々の生きる世界ですからな」
 バルボを後援者としたワレンシュタインは、トハチェフスキーの口約束を盾に北バイエルンの返還を強く求めていた。 バルボとしても、それを実現すればより積極的な行動を考えているとも伝えてきた。国境の仏軍が撤収したのを見て、 イタリアは演習と称して部隊を動員しつつある。何らかのアクションをとるのではないかという疑いは強くなっている。
「ははは、ところでこちらには何用ですかな?なにやらバルカンに反共の聖書を配り歩く宣教師がいると聞きましたが」
「いえいえ、私もルーマニアに凄腕のセールスマンがいると聞いたので、一つお目にかかれたらなと思っておりましたよ。 そうだ、最近人に是非読むように進めている本があるのですよ」
 ビドーはカバンから『バルカン諸国とバルカン戦争』と書かれた本を取り出す。
「私も記者をして書き物をしたが、これほどの名著には出会ったことがない。特に実に明け透けにバルカン諸国のエリート観について書いているところが素晴らしい」
 リトヴィノフが苦笑いを浮かべて受け取る。最近のバルカン諸国における反共ロビーの影には、フランスの影があった。
「ありがたく頂戴します。機を見て読んでおくことにしましょう」
 頼んだ食前酒がテーブルへと運ばれる。リトヴィノフはビールを、ビドーはデカンタからワインを注ぐ。
「バルカンの良き宣教師に」
「良きセールスマンに」
「バルカン諸国の紛争を一時的に思い出させ、お互いの疑心暗鬼を誘い、外の影響を排除しあうバルカン中立条約の締結を目指すか、良い手だった。 希望があれば人はいろいろなことを考えることができる。ブルガリアとルーマニアが同じ陣営に入らなくても良いというのは、両国にとって魅力的な案だった」
「いやはや、チェコスロバキアの備蓄外貨を利用してチェコ、ロシア、ルーマニアで武器と工業製品と農産物の三角貿易を試みるとはさすがですな」
「なに、結局は財布の問題だ。難しいイデオロギーよりも財布にフランが入っているか、ルーブルが入っているかがだよ」
「お忘れですか、金というものは信用の上に成り立つものです。強盗相手にものを売る商人はおりますまい」
「強盗かどうかは、相手が判断することで誰かが指定するものではないだろう」
「そのとおりですなぁ、さてこの戦争、どこで終わらせますかな。出るんでしょう、次期大統領選挙?」
「さあねぇ、なにぶん、わたしが決めることではないですからなぁ。フランス国民の声というものがありますし、そもそも開催できるかどうか」
「いやぁ、ソ連人民にも声がありますからなぁ、ここまで犠牲を払ってドイツを諦めろなどとは人民が認めることはありますまい。 別に交渉相手はあなたでも、ドゴールでも構わないが」
「まだもう一勝負されるつもりか、その余力がどこから出るのかわからんが」
「無論、人民の信頼からだよ」
「ああ、いい言葉を思い出しました。共産主義ではそれを搾取と呼んでいましたな」


11 醜の御楯

「第三次上陸部隊をどこに投入すべきか?」
 米英軍首脳が頭を悩ませていた。当初の予定であれば、更に米10個師団をバルト橋頭堡へと輸送し、 状況を見て虎の子である英戦車軍をバルトへと投入する予定であった。
しかし、二度のバルト輸送で開始時の輸送戦力が72%まで落ち込んでしまっては両方を運ぶことは無理であった。 被害は当初予測の範囲内に収まっているとはいえ、やはり、海上輸送力の問題はつきまとっていた。
「バルト向け戦力を転用せずとも、フランスは自力でなんとかするだろう。できないようならば、盟主と呼ぶに足らぬ」
「とはいえ、何らかのアクションを起こさなければ、フランス国民の士気が先にくじけてしまうでしょう」
「ドゴールと共同で総力戦体制についての演説をやろう。些かでも気合が入ればいい」
 チャーチルはそう言ったが、バルト上陸以降、フランスとの共同歩調に無理が生まれつつあるのもまた事実ではあった。

 エリゼ宮
「ポンピドゥー官房長、君の国民議会解散総選挙の進言は却下だ。国土存亡の危機に選挙の場合ではない」
「大統領選挙はどうします」
「フム、今、出るといっているのはピドー君だけだろう。彼が対抗馬としてまとめてギリギリまでひっぱって 出馬を断念させれば他の候補は出馬できまい。選挙は私の不戦勝となる。しかるべき時期に、私は一旦辞任して再度信を問う場面を作れば良い」
「しかし、それでは国民の不満がたまるでしょう」
「その役目は、君に負ってもらうことになる」
 ド・ゴールは黒やかな笑みを浮かべた。
「ルイ・カーンの交通事故の件、ずいぶんと厳しく調べたてたらしいな、結果ただの交通事故だとわかったらしいが」
「現役の海軍司令官が、戦時中に事故死すれば詳しく背後を洗うのは当然です」
「その結果、夫を戦争で失って、アルコール依存症になった女性タクシー運転手を自殺においこんだとしてもか、 微罪まで取締をして芽を詰むという姿勢がかかる事態を招いたのだ。反政府行動に厳重な捜査を示したのは君だな」
「…はい」
「君は戦時にモニュメント建造で資材を浪費したことも大いに不興を買っている。ビドー外相は君の罷免を求めている。この策には彼の協力が必要だ。わかるな?」
「つまり、それらの咎を着せて私を解任して人気を回復しようという事ですか」
「かつて君は、私の盾になると言ったな。今がその時だ。辞任の会見場は仕立ててやるから、石を投げられないように今から演説を練っておくことだ」


12 バルティック・フロント
「いかがですか、戦況は」
 かつてはトハチェフスキーが詰めていた作戦指揮所に詰めているトロツキーを訪れたポルシェは尋ねた。
「ミンスクに入ったジューコフが南から戦線を押し上げている」
 トロツキーは戦況地図を見る。
「できれば、リトアニアを奪還して、敵を海に追い落としたいものですな」
「難しいだろうな」
 トロツキーは言った。
「敵が第三次上陸船団が出港した。おそらくバルトへの増援部隊だ」
「ぬぅ…自律誘導対艦ミサイルが間に合わなかったのが、歯がゆいですな。あれがあれば死なずに済んだ者がたくさんおりました」
「それは仕方がないことだ。あれがあれば敵の防空陣の外側から痛打が可能だ。 欺瞞放火も全方位にできるわけではなかろうから、一斉攻撃を浴びせて、同時に通常の爆雷撃を食らわせれば、次は一網打尽にできるはずだ」
「抜かりなく準備を進めておきます」
「そういえば、戦車はどうだ、こんどこそ私の名前を冠する戦車を作ると息巻いているそうだが」
「いや、なかなかムィシを超えるものを作るのは難しいもので、結局ムィシやフェルディナンドの長砲身化と簡略化ばかりに力を取られてしまいました」
「この戦争を通して、我々は戦車戦でのアドバンテージを握り続けられた。博士のおかげだ」
「ソヴィエトの戦車は常に世界最強であらねばなりません」
「前線への補充は滞り無く進んでいるのか」
「ええ、これは開戦以来のことですが、全ての戦車師団が定数を満たせるとのことです」
「…だいぶん、無理がかかっているか」
「はい、人民は負担に見合った勝利を求めています。今のところは」
「君の率直さは得難い才能だ。勝たなければな、今のうちに」
 トロツキーの眼光はバルト海を東進する敵輸送船団のピンを睨んでいた。

「ええい、外周を狩りに来たか」
 米第4軍、第5軍を載せた輸送船団を護衛する連合軍艦隊を率いるヴァイアンは敵戦術の変化を感じた。
「第二次輸送船団に襲ってきた攻撃部隊は第一次の半分程度でした。敵は本隊への攻撃はできぬと諦めたのでしょう」
 楽観論を唱える参謀を、ヴァイアンが睨みつけて言う。
「おい、こちらの艦隊に参加できなくなった船の数も3割近いんだぞ。
そこで外周を狩りに来たってことはだ。まだまだこの戦争が続くと敵は見ているんだ。
油断していると、薄くなった守りをついて喉元に食いついてくるぞ」
「もしもこのペースで船が消耗していくとすれば、半年後には作戦可能な艦船はなくなりますね」
 悲観論を唱えた参謀をヴァイアンがたしなめる。
「それがどうした。やれと言われたら営々とやるのだ。そんなナイーブなことではこの先が持たん」
 最近の若いのはとにかく頼りないな。いや、俺が連合軍の総指揮を取るのも 随分頼りないことだがとヴァイアンが心中で思っていたところに電探室からの急報が入る。
「敵潜水艦!」
「音響デコイ投射ーッ」
 ヴァイアンはデコイは無駄になるかもしれないと思っていた。ここまで接近する勇気のある潜水艦乗りが、 不確定な要素の多い誘導魚雷を装填しているだろうか。
「<グロリアス>被雷!」
 上がった水柱は二本、艦尾と艦首。水圧の集中する艦首と舵が飛ばされた場合、艦の保全は困難だ。
「無理はするな、極力、船員の生存を優先しろと伝えろ」
 ヴァイアンは艦の保全よりも船員を優先するように命じた。奥深く侵入したとはいえ、バルト海は未だ敵のホームなのだ。
次の襲撃を待つ余裕はない。

「海軍もまた、だいぶ船数が心もとなくなってきたなぁ」
「陸軍も戦線が100キロぐらい下がってませんかね」
「いやいや、このほうが海軍も支援がしやすいと思ってね」
 三次にわたって陸兵を輸送し、対地支援を行うにあたって海軍が被った被害は、
沈没艦、戦艦<ヤン・ヘンリク・ドンブロフスキ>、空母<グロリアス>、防空巡洋艦<アトランタ>、軽巡2隻、駆逐艦9隻。
損傷艦、戦艦<タデウシュ・コンチュシュコ><キング・ジョージ5世><テネシー>、 空母<イラストリアス><エセックス>、重巡洋艦<タスカルーサ><ポートランド>、軽巡3隻、駆逐艦10隻。
それでも、健全な状態で残っているのが大型艦だけで戦艦5、空母7もある。
「あまり頼られても困りますよ」
「いやいや、輸送任務ご苦労だった。また頼む」
「もう運ぶ陸軍が無いようですが?」
「いやいや、アメリカの第6軍動かせるんだろう?それに出来れば戦車師団も」
「米陸軍の運用は私が決めることではありませんから」
 狼の話をすれば遠吠えがするとの故事のように、電話が鳴る。
「パットンだ。ヴァイアン提督に変わってくれ」
 むっとしながらモントゴメリーがヴァイアンに受話器を渡すと、聞こえよがしにパットンはヴァイアンを褒めちぎった。
「よくやってくれた!」
 受話器越しに聞こえる大声にモントゴメリーのみならずヴァイアンまでもが苦い顔を浮かべる。
「そこの暗いのがなんか言ってるかしらんが、君こそが真の勇者だ!英雄だ!」
「ありがとうございます、それでは」
 面倒くさいことに辟易したヴァイアンが早々に切り上げようとしたところをパットンが止める。
「あ、おいそこのモントゴメリーに伝えておいてくれ、一旦、フォルクスベルクを放棄して、 カウナス前で敵を食い止めるので、早い所そちらから一個軍でいいから回してくれと。 敵はジューコフだ。あんたと同じくらいしつこくて抜け目がない」
 そういうと、パットンは一方的に電話を切る。
「だ、そうだ」
 と伝えるヴァイアンにモントゴメリーは嫌そうな顔で頭を掻いて応じた。

 援軍を得た米英連合軍はジューコフの攻囲を止めるべく戦線を縮小し、内線の利を生かした防御戦を展開しはじめた。
機動力をもつ米軍が動きまわることで攻め手を書いたジューコフは敵が捨てたフォルクスベルクを抑えると戦線の整理を始めた。 敵と同程度の数で敷く包囲網には、不安がつきまとっていた。
 パットンは「ここに戦車部隊があれば、敵を突破して、モスクワまで行ける」と本気で信じていたし、 モントゴメリーもこの戦力であれば、局面打開を行う余力はあると見ていた。 この戦線を、取引材料として見るのか、あるいは主正面と見るか、そのビジョンは現場ではまだ明確ではなかったのだ。


13 センター・ヨーロッパ

「ソ連は我が国の将兵を憲兵か何かだと思っているのだろうか?」
 腹立たしげに、ヤン・スィロヴィー、チェコスロバキア国防相はフルシチョフに尋ねた。
「ポーランドでの仕事は申し訳ありませんでした。他にやれるものがいなかったのです」
「他にやれるものが居ない、か便利な言葉だ」
 ヤンは少し間をおいて言った。
「結局バイエルンの首相もそのクチだったのかな」
「さて、どうでしょう。案外我々が苦しむ様が近くで見たかっただけかもしれません」
 フルシチョフが意地悪げに言った。
「それで、ポーランドの混乱は収まりそうなのか」
「ええ、アメリカは今回の任務で再精鋭の空挺師団を失いましたし、逃げたベルギー人はほとんど死にました。 ポーランド国内の反乱分子のあぶりだしも終わっています。ちょっとしたイレギュラーでしかありません」
「その割にはソ連国内の動揺は大きいようだが」
「ちょっと、バルトに上がってきた見世物が珍しがっているだけです。あれを海に叩き落せばすぐにおさまりますよ」
「それで、それを叩き落とす戦力を保有しているかな、ソ連は」
「またまた、お判りでしょう」
 フルシチョフは愉快でたまらないというように言った。
「チェコスロバキア2個軍18個師団を持ってすれば造作も無いでしょう。閣下」
「確かに、枢軸との懸案であったバイエルン問題も一応の決着はついた、既に出している軍にあわせてもう一つ軍を出すくらいは可能だが…」
「では、」
「チェコスロバキアにしかやれないことをやるだろう。しかし、ソ連もソ連にしかできないことをやってもらいたい」
「具体的には?」
「兵器の技術供与だ。T54とMig15が望ましいが、T34とYak15でも構わない」
 露骨な要求にフルシチョフは笑った。
「閣下のように話が早い人は好きです。最大限協力させていただきますよ」


 まさかこんな形で帰ってくることになろうとはな。
 久方ぶりの州政府首相執務室、いや、いまではバイエルン王国の首相執務室になった部屋の椅子に深く腰掛けて、ワレンシュタインは感慨にふけっていた。
 ソ連は彼の治療について最良を尽くしたし、イタリアの要求もあり、バイエルンに対しては最大限の譲歩を行った。
 チェコスロバキア軍を撤収させ、本戦争の間中立を貫くこと、 イタリアの政治顧問団を受け入れることを約してバイエルンは再び平穏の日をとりもどした。
バイエルン王国政府には多様な人材がいる。かつて、ワレンシュタインの部下であったものたち、ヒトラーを慕って集まったナチ残党、 ノイマイスターによって送り込まれていた赤色スパイ、あるいはドイツの戦乱に厭気がさして逃げ延びてきた連邦職員。
「あるいは、フォルクスベルクにできた東ドイツという存在もこういうものだったのかもしれないな」
 そういってワレンシュタインは深呼吸をすると先のことについて考え始めた。新たな予算の執行、治安体制の再整備など考えるべきことは山ほどある。
 何より、ソ連に対する北バイエルン地方返還の要求である。これをイタリアが支援してくれるのはありがたいが、 イタリアがその見返りに何を行うのかを考え始めると気分が暗いものになる。連合国には志を同じくしたものがたくさんいるのだ。
 どうにかして、この戦乱を一刻も早く終え、全ドイツ人のための再建を考えられるようにしたいものだ。
 戦乱の中の静かな一角となったバイエルンで、ワレンシュタインはそう願わずにはおれなかった。


「皆さん、これが世界最大の戦艦、フリードリッヒ・デア・グロッセです」
 記者を連れて寄港したフリードリッヒ・デア・グロッセを紹介して回るのは自由独逸政府臨時大統領に就任したデーニッツだ。 海軍あがりだけあって、船の案内は細部に至るまでテキパキとこなしている。
 厳しい顔にどうにか作り笑いを貼り付けて、自由ドイツ海軍の活躍について語る新しいドイツの顔は、連合国にとって好意的に受け取られていた。
 ドイツの置かれている状況が苦しい中、デーニッツは軍略よりも、難民化したドイツ人の保護をより精力的にとりくむようになっている。
「あちらはかつてドイツ海軍の船であった艦船群です。少々傷ついておりますが、まだまだ修理すれば使えます。 どうですか、あなたの国も一隻。ああ、あちらの巡洋艦はもうダメです、アルゼンチンに販売が決まっておりまして」
 自らが営々と再建を担ってきた海軍を切り売りしてでも、ドイツ人の未来を買わなければならない姿にも、不思議と物悲しさは感じられなかった。
 ドイツを築き、滅ぼし、繋ぎ止めていた軍隊というものを失った先にも、ドイツ人は生き続けていくのだという力強ささえ感じさせた。

 案外と地球の裏側というのはいい所だ。
アルゼンチンへの軍艦売却交渉をまとめたドイツ憲法擁護庁長官、ラインハルト・ゲーレンはコーヒーショップで休憩をとりつつ思っていた。
なにせ自由ドイツ政府は人不足なのだ。一人であらゆることをこなさなければならない。
「ここに、ドイツ人の新天地を作る…か」
 ドイツ難民もいつまでもフランスくんだりに置いて軋轢を引き起こしている場合ではない。 むしろ、フランスともどもその崩壊に巻き込まれるかもしれない。
 そういえば、あの傭兵も、フォルクスベルクの首班もそんなことを企てていたようだったことを思い出した。
「人の考えることはその程度、ということか」
「ジャーマニー?」筆ヒゲのコーヒー店の店主が聞いてくる?
「ああ」
「そうか、ゆっくりしていってくれ、ここはグーテだろう、なんといってもノー・ソヴィエトだ」
「全くだ」
 そういってゲーレンはコーヒーのお替りを要求した。


14 パシフィック

 インド総督マウントバッテンはアジアとの交流を図るという明目で、シンガポールにアジア太平洋諸国会議の開催を各国に提案した。
アジア諸国も独立一年を迎え、ここらで外交的な威信を示したいという欲求も手伝って、開催は順調に話が進んだ。
 目玉であり、形式的でもあった首脳会議で、統治の安定について話し合ったのち、マウントバッテンは日本の山本五十六首相との会談に臨んだ。
「やぁやぁ、お久しぶりです、サー・マウントバッテン」
「東京でお会いして以来ですな、山本首相」
「いやいや、大変な中でこうした会議を主催できるということ、英国外交の真髄を見せていただきました」
「大変な時だからこそ、です」
 ははっ、と笑んで本題に入る。
「それでいかがですか、欧州戦線は」
「ベルギーがリエージュ要塞で時間を稼いでくれたおかげで、どうにか仏軍の再編が間に合いましたな。 軍の単位は半分に減ったが、定数をほぼ満たして、まずまずの仕上がりにまでなったようだ」
「ベルギーとルクセンブルクの降伏で、フランスはマジノ線に依存できなくなりましたが」
「こればかりは、我が国の問題ではないからな。ただ、いい勝負にはなる程度の目算はたちつつある」
「バルト海は動くのですか」
「それは英国の最高秘密です。ただ、このままむざむざと封じ込められはしないだろうが」
 そこまで言ってマウントバッテンは声を潜めた。
「それで地中海だが、イタリアはどこまで本気なのかね」
「我が国に共同行動を求めてくる程度に本気のようです」
「バカな…、フランスによるとスペインにまで同じ事を言っていたそうだ」
「つまりは相手側に伝わるように行われているブラフとも読めますし、本気で気が狂ったのかもしれません」
「首相はギャンブルに強いと聞くが、こういう時はどっちだと思いますか」
「私なら全力で仕掛けます。が、普通はブラフでしょう。イタリア国民はバルカンにフランスが手を突っ込んだことに腹を立てている。 ただでさえフランスへの復讐心は強い。舐められたままでは引き下がれないから嫌がらせをしているものでしょう」
「ふうん、ところで貴国はこの機会になにもしないのですかな」
「我が国にも、身の丈というものがあります。それを見誤って危うく国を傾けるところでしたよ。 イタリアにもそれを分からせれば、愚かなマネには出ないでしょう」
「傾注に値する話ですな」
「ところで、ソ連の戦闘機は強いらしいですな、今度の春で3000ばかりも撃墜されたとか」
「何、その間に3500機生産すれば問題にはなりません。それに今度は1800機は落としました。敵の生産機数は1500機ばかりとのことだから、これを繰り返せばそのうち勝てるでしょう」
「今度は是非ともロケット技術のみならず、ジェット技術についても交換を」
「いやいや、まずは戦争よりも宇宙に行く事ですよ。太平洋はその名の通りの役割を果たさないと」
そう言って、山本の要求をマウントバッテンはかわすのだった。

第三国外交データ

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