第3ターン 1945年3月〜45年5月 1945年 春ターン

リアクション確定 2012年7月22日

1 美酒したたかに

「我々はドイツ人民の革命を求める主体的要求に答えるために兵を挙げたのであり、この戦いが全欧州、全世界に拡大することを欲さない。 そして、ドイツ人民の命運は彼ら自身が決するべきであり、それは平和的手段によってなされるべきである。 この平和への希求に対し、米国は責任ある大国として、戦争に加担せず、平和のための仲介者となるべきである」
 米英の接近について、ソ連を代表し、トロツキーは談話を発表した。ソ連のスポークスマンたる外相リトヴィノフも怪我から政務に復帰、 メディアへ繰り返し「戦火不拡大」「平和希求」を訴えた。同時に空前の工作資金を投入して、 アメリカ世論の参戦回避喚起、参戦へ突き進む強硬路線をとるトルーマン政権のスキャンダル暴露工作を開始した。
 しかし、この言葉が価値を持つ時期は過ぎていた、彼らは勝ちすぎていたのだ。
 勝利の美酒は全てを盛り上げ、弛緩させていく。

 ソ連軍は前線を三個方面軍へと改変し、再度の攻勢発揮を企図していた。 ウボレヴィッチ元帥が率いる主攻である北ライン軍、ジューコフ上級大将率いる助攻の南ライン方面軍、遊撃を担当する、 パウルス大将率いるドイツ方面軍である。彼らの再編成は多くの事務処理を伴う。 フランクフルトのホテルでウボレヴィッチは新編された幕僚(殆どは旧第二ポーランド軍司令部からの横滑りだが)の作業をねぎらう為のパーティを開いた。 その席で参謀副長が強かに酔いつぶれて書類を紛失する騒ぎを起こす。 幸いにも書類は発見されたが、書類を発見したホテルマンはその中身を記憶し、ドイツ人としての義務を果たした。 レジスタンス組織にソ連軍の主攻撃目標はケルンとそこに籠る西ドイツ政府の壊滅であると、伝えたのだった。
 
 勝利に盛り上がったのは、ソ連の支配下にある共産主義者のみではなかった。 軍が動いて後方が手薄になったスペインやアジア・アフリカにおける共産主義者たちの活動も活発化していた。 秘密のヴェールに覆われたソ連の外側では、これらの動きを後ろから支援する動きが有るように見え、共産主義への恐怖を却って増幅させていくのだった。


2 走狗

 闇夜に紛れて、陣から逃れる影がある。オスカー・ルーデンドルフはイタリア戦役の情勢悪化から、 自分の首が取引に使われる可能性があると察知して、逃亡を開始した。 敢えて子飼いの部隊に追撃を加えさせて、偽装の死体を捕ませて東ドイツへ亡命、東独政権のツテを用いて第三国へと更に逃亡。 そこで真のドイツ人の橋頭堡を築くつもりだった。スイス以来、あらゆる人脈の連絡は維持されている。
「そこまでだ」
 声は年来の部下のものだった。予定通りだ。 予め隠してあった死体の近くへと誘導して、ちょっとした銃撃戦をやらかしてみせて、予定通り逃げおおせる。 そう思った時、強烈な光芒がルーデンドルフを照らし上げた。
「少し派手すぎる」
「いえね、こういうことでして」
 部下は共に真新しい制服を纏った男たちを連れていた。
「我々は憲法擁護庁特別行動隊だ。ここにいる部下のお陰で、お前の企ては全て把握した。 これより国家反逆罪並びに敵前逃亡の罪で貴方の逮捕を行う」
「フ、アデナウアーの新しい狗か、あの陰険だけが取り柄のジジイがいい気なものだ。 誰のお陰でドイツ人の頂点ヅラしていられると思っているんだ。 俺が、ベルリンで議員を選別し、殺してきたからだ、 軍にたかが市長が偉そうに指図できたのは誰のおかげだ、俺の入れ知恵のおかげだ。わかっているだろう」
「隊長、そいつは国家機密漏洩罪ですぜ」
タン、とかつての部下の構えていた小銃が銃声を上げて膝を撃ちぬいた。心底蔑んだ目で膝を抱えて崩れ落ちたルーデンドルフを見下げた。
「俺ァね、隊長。あンたが命じるなら、どれほどでも外道になれたんだ。 ただね、あンた、俺達を見捨てて逃げちゃあいけねェよ。 俺は、あンたの代わりに殺されるなんてのは御免でね。ルーデンドルフ傭兵団は預からしてもらうぜ」
 憲法擁護庁特別行動隊の男たちは渋い顔をした。司法取引で彼らから情報を提供されたとはいえ、 彼らの行いによって祖国が受けた(と彼らが考える)損害は彼らに悪感情を抱かせるに十分だった。
「お別れの言葉はそれまでにしてもらおうか」
手振りに合わせて、ルーデンドルフへ油断なく銃口が向けられる。
「警官上がりだな、銃の持ち手が硬い。そんなことではいい狗には――」
 ルーデンドルフが嘲笑いの言葉を言い終わらないうちに、特別行動隊は動いた
「捕縛しろ!」

「そうか」
 ルーデンドルフの捕縛の報告を聞いたアデナウアーは一言だけで言葉を受けた。
 かれを重用した責任を感じているのか、あるいは暴走を止められなかった事を悔いているのか、 それとも、これまでの後ろ暗い所を知っている男が死んでくれ、新しい諜報部隊が手に入ったことを喜んでいるのかは本人のみぞ知る。


3 粛清

「この度の不幸な紛争は共産主義者の卑劣な策謀によって引き起こされたものであった」
 フランス外相ジョルジュ・ビドーは沈痛な面持ちで声明を述べ始めた。のっぺりとしていた顔つきは、 開戦以来の苦労で目元に深い落ち窪みを形作るようになっている。
「東ドイツの共産主義者に資金を提供された工作員が、ドイツの資産を不当に私用し、 スイスの国境を犯し、ムッソリーニ頭領を暗殺した事は事実であり、真に遺憾であった。 彼の身はイタリアに引き渡され、しかるべき処罰をうけることとなるだろう。 本件に共産主義者の暗躍、資金情報の提供があったことは、スイス、ドイツの協力によって既に明白な証拠が確定している。 共産主義者が口先に言う平和、不介入宣言とは、文字通り真っ赤な嘘である。彼らは隙あれば内通者を送り込み、社会を破壊させる侵略の輩である」
 ソ連の暴虐を訴え、一拍を入れて、ビドーは続ける。
「この結果、誤解の輻輳が置き、枢軸諸国、イタリア、スペイン、オーストリア、日本ならびにバイエルンとの交戦状態に陥った事は真に残念であり、 その戦禍にあわれた人々には誠心誠意フランス政府としてお詫びを申し上げる次第です。 本紛争を一刻も早く終了するために、フランス、イギリス、並びにドイツは紛争の調停をアメリカに依頼、 そこで枢軸側の提示する調停条件を受け入れることに同意した。条件はバイエルン、満州国の承認…」

 つらつらと講和条件を述べ立てるビドー外相の声明を聞きながら、ポンピドゥーはその内心を想像し、しばし感慨にふけった。 根っからの植民地主義者であるビドーにとって、フランス植民地の多くを失わしめる今回の決定は身を切られるような痛みを伴った決定であろう。 そして、彼自身が悲しむように、少なからぬフランス国民が悲しむであろう。 その悲しみにつけこんだ共産主義者の浸透を抑えこまねばならない。それが彼の使命であるとポンピドゥーは自覚をしていた。

 このビドーの声明で明らかになったルーデンドルフと東ドイツ政府首班、ヤコビー・ミーアの関係は諸国に驚きを持って迎えられた。 そして、自国政府の幹部に共産主義のスパイが紛れ込んでいるのではないか、というパラノイアじみた不安をかきたてる事になった。 折悪く、ソ連は膨大な資金を投入してのアメリカの厭戦世論形成を行なっている最中であり、 議会はソ連から金を貰った官僚、議員、文化人を告発する罵倒大会と化した。 そうした中にあっては当初ソ連が目論んでいた大統領のスキャンダル暴露など陰影に隠れ、 アメリカの世論は、政府により一層の対ソ強行路線をとるように鼓吹し続けるのだった。

「外相、我々はどうするべきかな?」トロツキーはリトヴィノフ外相に尋ねた。
「彼らの提出した証拠は全て真正のものです。否認し続けることは可能ですが、恐らくそれは、東欧における我々の信頼感を致命的に傷つけることになります」
「フルシチョフ、ミーアシャイトの様子はどうか」
「内政、外交の代表権がソ連にあることを通知しましたが、またぞろ無断で日本領事館と謀議して策動しているようです、今頃は満州へ向かう列車の中かと」
 トロツキーは目を瞑って後頭部を掻いた。
「フルシチョフ、ピッケルを使え」
「コリマの坑道あたりに埋めますか」
「…いや、今はまだ早い、しばらく病気ということで黒海あたりの保養地で<療養>に励んでもらおう。始末は世間が忘れた頃でよい」
「あちらの保養地で隠遁とは、私の憧れとする生活ですな」
「心にもないことを」トロツキーが茶化す。
「本件は『ごく一部の英雄主義者の妄動であり、関係者を処分し再発防止に務める』という事でよろしいですかな」
 リトヴィノフの確認にトロツキーは頷いてフルシチョフに言った。
「ドイツ政府への統制を強化しなければならない。軍の指揮権を完全にソ連に移管させ、政府、党組織要職もソ連人を入れて指導体制を形成するのだ」
「後継体制はいかがなさいますか、使えそうな人材があらかたベルリン郊外の虐殺にあっており、人材に不足があります」
「パウルス君とノイマイスター君にソ連邦英雄の称号を与え、パウルスに軍を、ノイマイスターに政府を仕切らせる。 役職は自治共和国総司令官、と自治共和国大統領代行という方向でいい。 党の方はこちらからイデオロギー指導者を送って、共産党以外の党を発展的解消に向かわせよう。」
「その施策は先の平和宣言と矛盾しますが」
 リトヴィノフがやや恨めしげに指摘した。
「アメリカが我々を敵とする以上、その前提は崩壊した。連中がこうする前に西ドイツを地上から消し去るべきだったな。 最早激突は避けがたい。ならば他の条件をなるべく改善する方向に動くべきだ、東欧の取り込みと日本の中立化に尽力せねばなるまい」
 トロツキーはこれまでのアメリカ工作が事実上失敗に終った事を認めざるを得なかった。 先にプロパガンダを実施し、反共的大統領を擁した上で、執拗に共産主義への悪印象の刷り込みを行った敵が一枚上だった。
「元より、軍はパリまでは行くつもりであると聞きます」
「出来ればドイツでカタをつけたかったが、こうなっては軍の計画通り、敵の策源たるパリを開放し、 ヨーロッパ全域を防壁として米英に優位に対峙するのが合理的ではないか」
「わかりました、今後についてはまた持ち帰って検討してみましょう」

「話が違うでしょ!どうして!ミーアの旦那に会わせてよ!」
「まぁまぁ。落ち着きなさい」
 ベルリン・キティの追及に答えているのは、ポルシェ博士だった。 彼は、既存戦車の改良計画やドイツ国内のインフラ再構築(鉄道軌道のロシア式への変更)といった忙しい最中に、 ドイツ国内のパルチザン活動への兵器支援の配分をするはずだったが、 ミーアシャイトの失脚により、側近たる彼女の存在は大いに危険視されるようになっていた。
 そしてポルシェに、面倒な彼女への指導役を押し付けられる羽目になった。 ことに軍から問題視されたのは、彼女がルーデンドルフの脱出計画に関わっていた事だった。 国際社会に問題視されていたこの関係が表立ってしまえば、彼女にとっては非常に厳しいことになる。 更にソ連軍の占領行政的にも、彼女の徒党の規則への反抗的態度は問題視されるようになりつつあった。
 勝者の鷹揚さは支配者の重苦しさへとシフトしつつある。
「今は時期が悪い。貴方は表立って動くべき時ではない。敵に対してドイツからの声が届けば、 いずれふただび活躍の時は来るでしょう。今は自重なさい」
「もうたくさん、ソ連は一体、私に何を望んでいるというのよ?」
「素直でかわいいドイツを、そのシンボルとしての貴女を」
「この私に、可愛さ!とんだ冗談だよ。そういうのは他を当たってほしいもんさ」
「しかし、君はヒトラーの支配する世界も統治力のない世界も御免だろう? どちらでもない世界を作るためにしばし休み給え。強さを望むならば、生き方も変わってこよう」
「…強くなってやる。いつか必ずドイツを―」
「それ以上は言わないことだ。君は若い。いくらでも挑む権利がある。このような所で命を粗末にしてはならない。 …それにうちの孫は君のファンでな、何かあったら一生恨まれる」
「そう、なら暇なうちにファンへのサインでも書かせてもらおうか」


4 終戦

チャーチルは、アメリカの仲裁による枢軸陣営との講和成立の報を聞いて安堵の吐息を漏らした。
講和の条件は以下の通りである。ルーデンドルフはイタリア、ドイツの同意の下、国際軍事裁判がイタリアで開催され、銃殺と決定された。

1戦争の原因となったムッソリーニ暗殺犯の適正な処罰
2英領ジブラルタルのスペインへの割譲
3英領マルタのイタリアへの割譲
4仏領ジブチのイタリアへの割譲
5仏領チュニジアのイタリアへの割譲
6香港租借権の日本への譲渡
7仏領インドシナ、英領マレーシアの独立政府の樹立
8スエズ運河の枢軸三カ国の自由通行
9バイエルン国・満洲国の承認

 講和をした枢軸国は、得た利益の確定を喜ぶと共に、連合との関係改善を熱心に模索するようになった。 日本は中国戦線、イタリアは荒廃した国土、スペインは再発しつつある国内の共産勢力という脅威を抱えている以上、 いつまでも連合と対立して国力の浪費をするほどの余裕はないのだ。

 マウントバッテンは東京を訪れ、アジア植民地の処理について日本と折衝にあたることとなった。 御前にて講和慶賀の表敬と説明を行った後、海軍大臣山本五十六に会食を申し込まれた。
「この度は誠にお手を煩わせてしまいましたな」
「いえいえ、仕掛けた張本人にそう言われてしまっては返す言葉もない」
「お互い決着が早くついた事が何よりでしたな」
「あなたがそう思うのならば、もう少し続ければ良かった」
「ご冗談を、半年もあのまま輸送ルートを締めあげられたら貴国とてただでは済まないでしょう」
「貴国とて、中国との戦線を両立させながら南アジアに手を出し続けられましたかな?アメリカの不快感はかなりものだった」
「その時はソ連から石油を買ってハワイへ殴りこんだでしょうな」
「暴れられるのは一年かそこらでしょう」
 山本はニカと笑った。
「良いではありませんか、お互い弱みを抱える日本とイギリスはこれで、諸島アジアの資源を共有する仲となったのです。 おそらく戦わずにイギリスとこの関係を築く事はできなかったでしょう」
「上手い条件だった。もしもこれらの地域を日本が独占的に利用可能になるのであれば、我が国は今後の資源見通しに大いに不安を抱いただろう」
「問題は統治ですな、ここらの地域の民族主義者に、共産主義からの接触があったそうです」
「所詮、便宜上のものでしょう。自由と目標を与えれば良い。そのための指導をする要員が現地に必要になるが」
「本邦としましては、その点について、宜しくご指導ご鞭撻をいただければ幸いですな」
「南方資源地帯の独立が共産主義者の手への移譲にならぬよう、手を取り合って参りたい」
 そこには最早敵として向きあったものではなく、今後の関係を考える上での連帯が形作られつつあった。


5 発戦

 最終の打ち合わせの為にモスクワのトハチェフスキー総司令部に主だった将官が集められた。 北ライン方面軍ウボレヴィッチ元帥、南ライン方面軍ジューコフ上級大将、欧州方面航空軍司令マカロフ上級大将(昇進)、 海軍総司令官クズネツォフ元帥。欧州にその名を轟かせた将星らの顔は積み上げた自信に満ちていた。
「忙しい所にわざわざすまない」
「全くです。モスクワは前線から遠すぎる。ベルリンあたりに司令部を前進させませんか」
 ウボレヴィッチが軽口を叩く。
「我が国は広く、全般に目を行き届かせる都合がある。そう簡単にはモスクワを離れるわけにはいかぬのだ。 それに、君たちもやかましい総司令部は遠いほうがよかろう」
「そういえば、日本から極東情勢について相談があったとか」
 クズネツォフが探りを入れる。
「うむ、中国戦線の収拾に協力できないか、それがなった場合に極東の駐屯兵力を削減しないかとかいう非公式の打診があった」
「日本はかなり押し迫った情勢にあるようですな」
「彼らの産業および農業はかなり疲弊しつつある。大陸での戦争が一年も続けば、 先の内戦介入時(シベリア出兵)同様に国内からの自壊が始まることもありうるだろう」
トハチェフスキーが古い話を持ちだす。その頃を指導者として過ごしたものは今の軍事司令部には少ない。 赤軍の司令部は若い。この席で50歳を超えているのは彼だけである。
「戦争から降りて、早い所動員を解除したいというところですか、彼らはイギリス相手の戦争からは降りられそうですが」
ジューコフの相槌に、マカロフが重ねて自信を示す。
「一年も連合が日本に関ずりあっていれば、我々がロンドンまで行けるからな」
「今の我が海軍にはそんな準備まではないぞ」
クズネツォフが苦笑いをする。
「夏のうちに太平洋から北極海に艦隊と船団を動かせれば、もう少し余裕は出るだろうが…」
現在のソ連の海上輸送力は2個師団/月程度(2個軍/1T)、太平洋から回航したとして、3個師団/月(3個軍/1T)と見積もられている。
「イギリス上陸戦は主力軍を大陸で撃滅しておかないとなかなか難しいな」
 ジューコフが生真面目に言う。
「それは後日の試みとしておいておこう、まずはパリだ。これを陥落させしめれば、陸軍からもソ連邦英雄が生まれることになろう」
 先にソ連邦英雄称をとったマカロフ、クズネツォフを見やって、トハチェフスキーが作戦書を配布する。
「パリ、ですか。ケルンではなく」
マカロフが驚きの声で問う。空軍の彼は噂通り片翼からのケルン包囲と思っていたが、 記されていたのは、フランス領内に踏み込んでの両翼包囲による敵野戦軍の包囲殲滅だった。
「あれは欺瞞だ。パリは初夏が最高と聞く、一度訪れてみたかったのだ」
 偽情報の出所たるウボレヴィッチがニヤリと笑う。
「それでは、夏にはパリでオハヨウボンジュールと挨拶するとしましょう」
 ジューコフがそう言うと、クズネツォフがツッコミを入れた。
「オハヨウは日本語だ」


6 決戦!マジノ要塞

 3月28日、ウボレヴィッチ北ライン方面軍司令官は第一陣にラインの渡河を司令した。 既に固めてあるケルン北部のノイス橋頭堡ではなく、ケルンと南東のマインツの中間点を成すコブレンツからの渡河である。 第一陣は第3戦車軍、第4戦車軍、第3機械化狙撃軍、第4機械化狙撃軍の4軍13個の快速師団からなる。 渡河先のコブレンツは先にフランス軍の撤退終結点となっており、頑強な抵抗が予想されるが、敢えてここを正面突破し、 ルクセンブルクとの国境まで突進し、ケルンとフランス本土の連絡線を遮断。 その後は、ケルンを歩兵中心の第三陣、歩兵18個師団にまかせ、独仏国境目指して南下、フランス北東の主要都市メスを目指す。 直協として上空を固めるのは、ソ連第1前線航空軍と初の前線投入となる東ドイツ防空軍、合計2100機強。
「仏軍め、思ったよりも早いな」
 想定以上に簡単に渡河を成し遂げたウボレヴィッチは残念そうに呻く。元より、マジノ線への撤退はありうると考え、 追い打ちしてのフランス討ち入りを想定してはいたが、ウボレヴィッチの想定以上に思い切りと準備良くフランス軍は鉄路を利用して後退しているようだ。 先鋒からは散発的な抵抗と機動後退を繰り返す敵自動車部隊の存在が報告されている。 そして敵の迎撃点に取り付く度に、ドイツ機が直協として犠牲覚悟で繰り出されてくる。 無論、ソ連側も航空攻撃を繰り出して敵に出血を強いているが、今まで以上の手際と連携の良さに、今後の苦戦を想起せざるを得ないのだった。

「攻勢準備砲撃開始」
 ジューコフの率いる南ライン方面軍はウボレヴィッチの攻勢に遅れて、 日没を待って戦線南端での攻勢を開始した。ジューコフも指揮下の部隊を大きく3つに分けて運用している。 戦線右翼に第1、2,3、4軍の歩兵12個師団。スイスとの国境を掠める戦線左翼に、第20、21、24軍と第1山岳狙撃軍の12個師団。 そして要塞地帯打通後の突破戦力として第1、第2の親衛戦車軍、第1、2機械化狙撃軍の12個師団。 これをスイス国境からコルマールの約60qの戦線へと投入した。
 第一梯団だけでも1個師団当たりの戦線は2.5qと非常に狭い。 キロ当たり200門を超える砲火が、舐めるように対岸の守備に当たっているフランス第7軍と陣地線を痛めつけていく。 3倍以上になる夜通しの火力支援を受けて防戦一方となる中、砲声に紛れ上空に展開した空挺第1師団が、 夜明けと共にグライダー降下でヌフ・ブリザック要塞へ突入、防空火気や迎撃で降下までに3割の損害を受けつつも要塞撃破に成功した。 その日の午後には橋頭堡を確保したジューコフは戦車部隊の投入を決意した。 2,200機の第2前線航空軍がこれを支援して仏軍要塞拠点を一つづつ大型爆弾の爆撃で潰していく。 戦車部隊はミュールーズ後方の街ベルフォールを経由して、ウズーを旋回点に北上、ナンシー、メスへと進み南からの包囲線を形成する予定である。

マジノ要塞の第一線が一夜昼の攻撃で破られた事に、フランス首脳は戦慄が走った。しかし、統合幕僚長たるセー大将は泰然とこの状況を受け止めた。
「火力を集中すれば、要塞線は落ちるものだ。第7軍はヴォージュの山脈陣地への後退に成功している。 第7軍に更なる遅滞を命じ、ストラスブール防衛を第5軍に肩代わりさせ、第6軍によってコルマールへの側面攻撃を実施しろ。 山脈南端に予備を派遣して穴を塞ぐ、ソ連の南部への補給線は長い。徹底して補給の切断に努めて攻勢衝撃力を削いだ後で反撃を行う」
 ヴォージュ山脈南西の平原に集められた戦力は、仏軍の戦車総力15個師団と南部より引きぬかれた自動車化歩兵2個師団、 山岳歩兵3個師団、フランス空軍2100機強がこの支援にあたる。セーは努めて平静に努めていたが、ここを突破されてはフランスに後はない。
 ヴォージュ南の街リュールを中心として、双方合わせて5000輌にのぼる戦車が投入される大戦車戦が勃発することとなった。

「空戦の戦況はどうなっている?」
 英国からほぼ全ての戦力を抽出したダウディングは、フランスの航空司令部に着くなりドィパイユに尋ねた。
「仏軍、独軍ともに極めて危険な情勢だ。ソ連機には新型が増えてきた、 このままでは質量ともに圧殺され制空権を完全に喪失する。決戦域の増援が速やかに必要だ」
 ダウディングは口元に手を当てて、しばし考えた。英本土の防衛戦力、地上攻撃の必要性、そして、今後の可能性についてを考慮した上で決断した。
「地上攻撃、爆撃については好きなだけ着き次第使ってくれて構わない。ただし、スピッティの新型だけは北部の迎撃に充てる」
「今は出し惜しむ時ではないだろう!」
 流石にドゥパイユの語気も荒くなる。
「彼らは全ての空挺部隊を使い切ったわけではない。北からの突破もある、必ず来るだろう、彼等ならば」
 ダウディングは頑としてドゥパイユを睨み返す。
「…分かった。貴官の判断を尊重しよう」
ドゥパイユが折れて、最新鋭のスピットファイア260機が北部での迎撃に専念することとなった。

「しまった…」
 敵精鋭多数の迎撃を聞いた時、マカロフは自らの失敗を悟った。ライン西岸を席巻し、 独仏国境のザールブリュッケン方面からマジノ線突破を測っている北ライン軍を支援すべく空挺部隊を放ったが、 敵にはまだ十分な迎撃戦力が生き残っていたのだ。北はドイツ空軍をほぼ殲滅するほどの戦果を上げていたための隙があった。
「追加で出せる戦力はあるか?」
「迎撃予備で東ドイツ防空軍が待機中」
「…出せ、奴らでも弾除けくらいには役に立つだろう」
 マカロフはドイツ人を侮っており、前線に出す事もあまり好意的ではなかったが、 この場は彼等にせめてもの望みを託するよりなかった。…敵精鋭の前に、彼等の装備する機体が本当に単なる弾除けにしかならぬとわかっていても。

 防空指揮所に詰めて空戦を見守っているベルティノーは、戦況をすこぶる心地よく見ることが出来た。 敵空挺の降下は完全に編隊を乱されバラバラに落ちている。空を飛んでいるものは輸送機だろうが、戦闘機だろうが、 パラシュートだろうがお構いなしに地上からの対空砲火が容赦なく襲い、その姿を散らしていく。 これで要塞を直接打撃できる戦力はソ連から失われたと言ってよいだろう。
「穴倉暮らしは嫌いだが、このマジノ要塞はフランス人が血税注ぎ込んで作り、 セー大将が死角を徹底的に洗い出して改築した世界最強の防衛線だ。 この言い方は嫌いだが、難攻不落とは、ここのためにあるようなものだ。せいぜい活用させてもらうとしようじゃないか」

 ウボレヴィッチは予想外の損失に苛立ちを隠せないでいた。当初予定の迅速な突破は成らず、 トーチカや砲塁を、念入りに偵察し、十分な爆撃、執拗な砲撃を浴びせた上で、戦車を破城槌として使い倒して、 歩兵を流し込み白兵の血を流すことで、皮を一枚一枚剥ぐようにしてしか、マジノ線が突破できないと思い知らされたのだ。 せめてジューコフ旗下の親衛戦車軍のようにあらゆる砲撃を弾けるような重戦車が配備されていればまだ良かったが、彼にはそれもない。
 その上、戦力の少なからざる部分が、西ドイツ軍が城塞化して籠るケルンに吸引されてしまっている。 敵は完全にケルンを見捨てて、捨石にすると決めていたようだった。問題は現在展開中の要塞攻略、都市攻略、戦車戦といった種類の戦争が、 どれも莫大な火力の投入による補給を必要とするタイプの戦争であることだ。消費に対して物資の補給が追いつかなくなりつつある。 フランス軍の爆撃に加えて、ミーアシャイトの療養開始以来、ドイツ国内からの不満が大きくなりつつある。 列車運行の休止、車輌の徴用に対する不便が明確に主張されはじめている。 問題を複雑にしているのが、今回の最大の作戦目標である敵野戦軍の撃滅が、どうやって実現されるか不明瞭になっていることだ。 事実上、既に仏軍は巨大な城塞軍となっている。これに打撃を与える方法は最早、損害を覚悟しての消耗戦よりない、 そして作戦の変更がない以上それを続けるより他の選択肢がないのだ。
「パウルスに連絡しろ」
 ウボレヴィッチは南北ライン軍の結節を守り、追撃予備を担うはずであったパウルスのドイツ方面軍の活用を決心した。 彼の旗下にある東ドイツ戦車師団はこの度、重戦車の配備を受けた親衛部隊編成となっている。

「だいぶ、追い詰められたと見える」
 ソ連軍の攻撃部隊内に虎の子の重戦車が出てきたとの報告を聞いたモントゴメリーは、敵将の焦りを見たりと改心の笑みを浮かべた。
「迎撃に出ますか」
 参謀が尋ねる。
「冗談を言うな、この戦車では、奴らの重戦車には勝てんよ。同じく偉そうな名前を冠しているとはいえ、エライ違いだ」
「では」
「予定通り、対戦車陣地で半埋没して待ち構え、撃つ」
「戦車らしくありませんな」
「いいんだよ、戦車を私らしく使っているだけだ」


7 終の街

 デーニッツは、アメリカで行われている連合と枢軸間の講和会議に特使として参加していた。 既に母港と過半の艦船が失われている以上、彼の勇名は、艦隊指揮官としてではなく、ドイツの宣伝等として活用するべき、そう政府首脳は判断したのだ。
 デーニッツはその意思を達成すべく、アメリカでは講和そのものの交渉よりも、 ドイツの苦難と反共の覚悟を説いて回ることを中心に訴えた。その声は共産主義の恐怖に怯えるアメリカに強く印象づけられ、 絶死の戦いを繰り広げているケルンを自由の砦としてアラモになぞらえる言説が広まっていった。
「勇者の如く倒れるしかできない状況であっても、私はこの困難な状況に背を向ける気はない」
 デーニッツは不足する人員をアメリカ大陸からの義勇兵の参加によって補いをつける予定であり、  合衆国のみならず南米にまでそのロビー活動を拡大していった。

ケルンの決死守備に当たっているのは、ドイツ第1軍7個師団と英国の2個歩兵師団だ。 これにルーデンドルフ傭兵団残党、市民防衛部隊、憲法擁護庁特別行動隊などの雑多な部隊が補助する。 既に補給線は切断されたが、ベルギー上空を突破しての空輸作戦が継続されている。 ウボレヴィッチの分派した敵18個師団に包囲されてなお、意気は未だに軒昂だった。その中心には、不屈の守将ローマイアーがあった。 彼に課せられた使命は一日でも長く敵を拘束し、マジノ線に回る敵兵力を吸引することであった。
「酒に毒を仕込むなんて」とキルシュガイストを嘆かせたように、仕掛け爆弾罠、地雷といったブービートラップを多用した防御網に嫌気の指したソ連軍は、遠巻きに砲撃を続け、瓦礫化した箇所からスチームローラーで踏みつけるように、進撃してくる。 アメリカでの報道を知ったローマイアーは、アメリカの戦意維持のためにも、少なくともアメリカの参戦までケルンにドイツの旗を立て続ける事を願った。

「我が国は重大な危機に晒されていると言わざるをえない」
 ベルギー国王レオポルド3世は、訪問したビドー仏外相に深刻な顔で述べた。
「貴国が領空通過と事実上のドイツ軍の脱出を認めた事に感謝します」
「が、もう役には立たんな。ケルンは重包囲下だ。逃げる事も、あちらへ航空機を飛ばす事も困難を極める」
「参戦のご用意はおありですか」
「我が国は先の戦争より、常に備えを怠ってはこなかった。フランスとは違い、平和に溺れる余裕はなかったのでな。しかし、今は戦うべき時ではない。そうだろう?なにせ我が国が中立を保っていれば、貴国自慢の要塞線にあちらが突っ込んで来るのだからな」
「はい、マジノ線への攻撃部隊には壊滅的大損害を与えつつあります」
「今は兵を貼り付けて相手の脇腹を探って引きつけておくこととしよう。最早彼等とは国境を接している。これまでとは状況も違うし、東ドイツの一件で彼等の支配下に落ちた国がどのようになるかも解っている。必要とあれば、最善のタイミングで横腹へと殴りこむだろう」
「そのような日が来る事を心待ちにして、今の死力を尽くしましょう」

 ベルギーとフランスの会談は共産側にもリークされている。何よりも、実際にベルギー経由での補給や逃亡を現場で目にしていたソ連は明らかなベルギーに対する不信を抱かざるを得なかった。 結果、ソ連北ライン方面軍はケルン攻略、ベルギー警戒、マジノ線北部の突破という3つの作戦目標が同時存在する情勢となった。
東ドイツ戦車師団を投入して行われた突撃はフランス軍とイギリス戦車部隊による頑強な抵抗によって粉砕された。突破戦力が不十分なまま、状況は第一次大戦の塹壕戦を思わせる消耗戦へと移行していくこととなる。

 4月1日、アメリカは予定通り、ソ連への最後通牒を発した。ドイツ問題のみならず、ウクライナ、ポーランド、バルト三国の独立、つまりはソ連にブレストリトウスク条約締結時の領土への後退を要請する 「常識外」の要求にソ連邦国内は憤激し、外交関係断絶を宣言、7日をかけてアメリカ議会は議論を決し、4月8日、アメリカはソ連へと宣戦布告した。
 ローマイアーはアメリカの参戦を知らされて快哉を叫んだ。既に脱出路は十重二十重に塞がれており、ケルン大学の地下に急造した司令壕にも、砲撃着弾の地響きが伝わってくる。 驚異的な粘りをもってケルンは更に一週間の持久を行った。ローマイアーは15日早朝、ロンドンに亡命政権作りを行なっているアデナウアーに対して、決別電を送った。
「貴方より預かりしケルン市は、今や巨大な墓標となりつつあり、開戦以来、国民とその代表の信頼を裏切り続けてきた国防軍ではありましたが、ケルン市にあっては実に粘り強く戦い、ドイツ民族の敢闘精神を世界に知らしめるものとなりました。これが叶ったのは、一重にケルン市民の手厚い支援のお陰であり、この地を治めていた貴方の市長時代の徳を感じずにはおれません。友が銃弾に倒れようとも、戦い続けることを諦めない兵士たち、戦火に家を追われても献身でもって兵士を支える市民たち、彼らのような瑞々しい生気がある限り、必ずドイツは復活を遂げるでしょう。我々と共に戦う友邦諸国、孤立してなお英軍の意気は軒昂であり、励まされております。フランスの全面的な支援によって、今までこの地を支えて来ました。そして、新たな友邦アメリカによってなお戦い続ける勇気をもらいました。どうか、この素晴らしい友好国と共に、貴方が新しいドイツを作り上げる日が来る事を楽しみにしております。お元気で。」

 ケルン市街は残さず瓦礫化するほどの砲撃を受け、4月16日にはケルン大学の地下に設けられていた防衛司令部が陥落、包囲下にあって、脱出不可能に陥ったローマイアー将軍は書類を処分したのちに護衛小隊と司令部で抗戦し、戦死を遂げた。 4月17日に指揮権を継承した英軍司令官が投降を表明、翌18日にソ連軍司令部によって、ケルン攻防戦終結宣言が成された。この日、ドイツは全土をソ連に占領され、英国ロンドンにある亡命政権を残してその存在を失った。

「あの大馬鹿野郎!」
 ケルン陥落とローマイアーの戦死を知ったキルシュガイストは、机を叩いて涙を流した。
「陸軍の癖に格好つけやがって、逃げるんじゃなかったのか。俺が逃がすんじゃなかったのか、あんな平べったい土地に、着陸させる機体もなかったなんて」
 キルシュガイストは予めの予定通り、フランスに戦闘部隊を退避させ、ケルン方面の支援を行なっていたが、既に保有機の過半を失い、ケルンへの救援を行うどころではなくなっていた。
「お気持ちはお察しいたしますが、残された我々は我々の役割を果たすよりありません」
 参謀の諫言に、キルシュガイストは袖で涙を拭って言った。
「当然だ。我々は最後の1機に至るまでドイツ人として戦い抜く。必ず、あの馬鹿野郎が見れなかった未来を作りあげるのだ」
 キルシュガイストは、そう誓いの言葉を口にした。

8 メーデー総攻撃

 ソ連の攻勢は頓挫していた。北側ではマジノ線の突破ができず、南側ではマジノ線そのものは突破できたが、戦果拡張の為の戦車戦力が仏軍戦車部隊の逆襲にあって、相互に大損害を与えて、追撃が不可能となった。 加えて橋頭堡側面からの攻撃が圧迫しており、ドイツ最南端の地域に至る細い回廊は仏空軍によるひっきりなしの妨害に合って、十分な補給や増援を与えることができないでいる。
 トハチェフスキーにも事態打開の妙案は思いつかなかった。そこで敵圧力を減少させ、ジューコフへと増援を集中させての再度の突破を期することにした。そのためには回廊となっている南への道を拡張せねばならず、 そのためには、マジノ線を潰さなければならない。つまるところ、敵予備兵力が穴を埋め続ける限り、全戦線にわたってマジノ線の無力化を行わないといけないという原点に立ち戻らされたのだ。ソ連軍のマジノ線への総攻撃は5月1日に開始された。
 戦線中央を担当するパウルスは、非常に苦い思いを、心中に押し隠して攻撃を実施した。先の攻撃では東ドイツ最精鋭の戦車師団を引きぬかれて使い潰された。 空挺攻撃時の東独防空軍の投入といい、東独部隊が便利使いされて、使い潰されるのではないかという懸念が、抜きがたくこびりついてしまった。 彼自身が否定しようとも兵のウワサまでは止めることはできない。そこにこの総攻撃命令である。かれの軍の前面に展開するのは、疲弊していないフランス第5軍。 彼の指揮下には東独戦車師団、東独3個歩兵師団のほか、ソ連第5戦車軍、12個歩兵師団が与えられており、数の上では倍する兵力だが、要塞線に籠る敵にどこまで通用するかはいささか自信に欠ける兵力だった。
尾根に設けられている砲台をこちらの重砲が虱潰しに叩く、戦車を盾にトーチカへ歩兵が取り付いて一つづつ制圧していく。敵予備の接近を航空偵察で察知して、近接支援機で叩く。 機関銃避けの塹壕線を工兵が展開しながら少しずつ地歩を固めていく。個々の戦闘はめまぐるしく展開するが、戦争そのものは遅々として進まない第一次大戦のような戦闘が続く。 すなわち、そうした戦場で、十分に用意された敵に対して攻勢を続けることは大規模な流血をもたらすよりないのだった。

 5月いっぱいに渡って繰り広げられたソ連軍の攻勢に、マジノ線は耐え切る事に成功した。
「ソ連軍は少なくとも攻勢開始時の4割の戦力をマジノ線で失いました。事実上、攻勢能力を長期にわたって喪失させたものと判断できます。一方マジノ線の永久陣地にも多大なる損害を受けており、全体の7割近いトーチカ、砲台が破壊、もしくは自爆しました」
 セーの報告を、ドゴール大統領は複雑な面持ちで聞いている。かつて無用の長物と断じ、嘲りさえしたマジノ要塞線がその機能を万全に発揮したことはドゴールの心をざわつかせるに十分である。
「ふむ、我が軍の損害はどうか」
「総体としては、2割前後の損害を被っているようです」
「空軍の損害が、酷く悪い情勢となっています、今回の三カ国合同の損害は2000機近く、旧式機を除けば連合全体でも稼動機は3500機程度まで落ち込む見込みです」
 ドィパイユは深刻な顔つきで報告する。
「ふぅむ、ソ連側は」
「撃墜1500機弱、前線稼動機は4千数百機というくらいです」
「なんだ、足りないのは1000機程度か、それなら夏には揃う。」
 英語訛りのフランス語で会話に割って入ったのは、アメリカ遣欧軍総司令官、ジョージ・パットンだ。派遣第一陣である重編成戦車師団3個と(自動車化)歩兵2個師団を引き連れてブレストからパリ入りしたパットンは、 フランス語に堪能で、赤軍の戦術に精通し、機甲戦のエキスパートという意味で、正に今の欧州戦線に必要な才能をほとんど持ち合わせているとアメリカ首脳部に判断されていた。 多少性格に硬骨な点に不安視する向きがあったが、別に彼が欧州軍の総司令官ではないという点から、その点には目をつぶられた。
「既に展開する600機に加え、合衆国は夏に1000機を欧州に投入する予定だ。来年までに欧州に2000機を常時展開できるように尽力していく。秋には攻勢をやれる。クリスマスをベルリンで迎えて、来年の夏にはモスクワだ」
 明らかに大言壮語の交じるその言動に、周りは呆れ顔をうかべるが、ドゴールは面白げに頷いた。戦車屋同士馬が合うらしい。
「戦力の回復が成れば、十分に反撃は可能だ。将軍にはぜひとも先鋒をお任せしたい」
「おまかせあれ、アカを叩き潰すことは、わが人生の天命ですから」

9 友、海より来たる

 回航されてくる船の歓迎に仏海軍司令官ルイ・カーンはブレスト港を訪れていた。戦時になってから、なかなか家族サービスの機会のなかった口の悪い娘も連れている。
「どうだ、いい船だろう」
入港してくるアメリカ戦艦はずっしりとした船体に三脚マスト、三連装の35.6センチ砲を4基12門備える。予備艦扱いとなっていた<ペンシルベニア><アリゾナ>である。
「ええ、フランスのどの戦艦よりも大きくて強そう」
「大きさだけならリシュリューの方が大きいがね」
とはいえ、ずんぐりとした船体に備わる12門の大砲は優美さに慣れたルイ・カーンにとっても力強い印象を与えていた。
「アレをお下がりで貰うの?アメリカ人って気前がいいのね」
「ああ、一隻はポーランド人に更にお下がりにする」
「お父様、この前から船がない船がないって喚いていたのに?」
「ああ、いいものはみんなで分けないと嫌われてしまうからね」
戦艦<アリゾナ>は自由ポーランドに譲渡され、主にフランス陸軍のポーランド師団から選抜された兵によって、戦艦<タデウシュ・コシチュシュコ>として運用されることが決定されている。 フランスの大義が中小国の支援にあることを示すための措置であるが、彼らが戦艦を扱いきれるかどうかについては能力に疑問が残るところだ。
「それで、お前のアメリカ留学のことだが、考えてくれたかい」
「パリは落ちないわ。だからフランスから見ていようと思うの、それに高官の娘が先に逃げたらパパが笑われるわ」

「辿りつけたか!」
 巡洋艦3隻、駆逐艦6隻を中心とする太平洋艦隊が北極海を踏破してアルハンゲリスクへと到着したという報にクズネツォフは喜んだ。途中、アメリカの参戦や流氷に気をもみながらも成功したこの行動を手放しで賞賛した。
 赤色海軍は多大なる損害を受けて、全体としては再編の時期に入っている。ドイツ艦隊の修理に合わせてシャルンホルストの砲載せ替えをしたり、バルト海奥で合同訓練を行なってギリギリまで練度の向上をはかっている。足りない兵員は黒海艦隊から抜いて補充した。
「ま、いないよりマシ」
 ぶっきらぼうに新任の参謀長が言った。以前は黒海艦隊に勤務しており、タジキスタン出身で海見たさに海軍に入ったという変わり者だ。お陰で言葉に虚飾がない。
「ソレは言うな」」
 アメリカの参戦によって、ソ連海軍の全般情勢は大幅に悪化した。大西洋に常に一隻展開する敵空母は、潜水艦の跳梁を抑えこみ、主力艦はドンと増え、アジアに散っていた英仏の艦隊も本国へと帰参の途についている。 北海の制海権を争う前に、バルト海への突入の心配が必要になってくるほどだ。機雷や砲台の設置で固めたとは言え、万全とは言いかねる。
「デンマークを制圧して、堡塁を作れたら、だいぶ楽になるんだがな」
 そんな嘆きを、呟いたりしていた。

「これが、我がロイヤルネイヴィーの主力艦隊か」
 ドーヴァー海峡防衛体制視察に訪れたカニンガムは、沖に浮かぶ武装トロール船を見て嘆いた。大損害をうけた英海軍は輸送船団の一部を割いて、大砲を据え付けた武装商船を展開することで哨戒密度を上げている。
「捨てたものではありません。これでもソ連側の補給船を拿捕する程度なら十分に可能です。そして、今のソ連海軍にはそれで十分です」
 ドーヴァー海峡防衛司令官に任ぜられたヴァイアン提督が楽しげに言う。大艦隊の司令官をやった身からすれば、落ちぶれたものよと嘆きもあろうが、元が水雷屋のかれにとっては、船は小さいほど勇気が試されるようで心地よいのかもしれない。
「ソ連はアメリカの参戦とともに大西洋無制限潜水艦戦を宣言したが」
「北海を濃密に見張っていれば、潜水艦と云えどもそう簡単に跳梁はできません。それに大西洋航路は、アメリカの護衛艦隊がしっかりしておるでしょう」
「アメリカ大西洋艦隊の司令長官はニミッツという潜水艦畑の人間だ、相手の攻め手は心得ているだろうしな」
「問題は敵空軍ですよ」
「敵海軍ではなく?」
「ええ、航空支配下では最早マトモな海戦も船団護衛もできません」


10 新局面

「フランスの新型戦車は想定よりも硬い」
 鹵獲した戦車の研究報告を自ら司令部に持参したポルシェは、トハチェフスキーにそう知らせた。
「ジューコフから聞いた所ではT-34では対処が難しいようだ。それで、博士がこちらに来るという事は 既に対策がうたれているということだろうと思うのだが」
「うむ、T-34の主砲を85ミリに換装する。それと君の再設計だ。こちらは装甲を厚くする」
「面の皮が厚くなるな。自分の名前のついた戦車の話を聞くのは。今回の反省を機に全ての戦車師団に重戦車部隊が配備されるように手配した。 これまで以上に戦場で活躍してくれることを期待するとしよう」
「ときに元帥、これで目下の戦車の改良案は出尽くした感があるが、やはり陣地突破や拠点防衛にはより重厚な戦車の開発だとは思わないか」
トハチェフスキーはポルシェの持論である開発傾向を思い出し、少し返答を躊躇った。
「それは同意する。軍としてはT-34のように取り回しが効くものが便利と思うが」
「これからの戦場は、防衛戦と予め固められた陣地の突破戦が主となるだろう。違った発想も必要では?」
「いや、陣地に縛られずより能動的な防御戦も考えられる…とはいえ、赤軍がいかに守るか、その方法も答えを出さなければならない時が近いな」


11 幽閉/遊兵

「御覧ください、これがドイツの新しい翼、Ta152です」
 大統領代行に就任したノイマイスターが、各地から集った有力者にドイツが開発した新型機を公開した。 ソ連から与えられたFw190の艦載改造の予算を流用して、迎撃に適した戦闘機の先行量産を行った。 招待された、欧州方面航空軍司令マカロフ上級大将はその光景を顰め面で見ていた。
「この私、ノイマイスターが大統領代行となったからには、ドイツの防空はお任せ下さい」
 マカロフは列席者の追従の拍手に嫌そうにペチペチと手を叩いた。普段なら、腕でも組んで鼻でも鳴らしただろうが、 一応はその防空軍を前線へ駆り立てて半壊させてしまった負い目もある。 実際に配られたスペックデータによると、最高速度は750キロ/時を超え、高高度防空に優れた性能を期待できる頑丈な機体のようだ。 これだけの機体を困難の中作り上げた技術者とそれを可能としたノイマイスターについては、マカロフは一定の評価をするようになっていた。
「許しがたいのは、西側に逃れた亡命政権を自称する傀儡どもでありますが、また同様にドイツの技術を横流しして、私益を貪っている輩であります」
 ノイマイスターが続けた言葉には、流石にどの口が言うかとマカロフは今度こそ鼻を鳴らした。 視線を向けて来た者は、マカロフの突き刺すような眼光に慌てて見なかった振りをした。 今のドイツにおいて、ソ連人に睨まれることはひどくバツが悪い上に、その相手の目が冷徹さで人を殺せるのではないかと思わせるものであったならば、 なおさらのこと危険性を肌で感じるだろう。
「私の調べによると、ヒトラーはバイエルンの航空産業の技術をイタリア、スペインに売り払い、 また、機体を各国に売却することで外貨を稼いでいる。この支援で西側が機体を補充する恐れがあるにも関わらずだ。 このような背信者を残さず打ち払い、真にドイツの空が一つになる日を目指して政府ならびに防空軍は尽力しております」
 ノイマイスターの言葉にバイエルン批判が交じるのを聞き取ったマカロフは、少し考えなければならないと感じた。
確かに、枢軸同盟は対連合戦争での勝利でそれぞれの利害は異なり始めている。 イタリアには、ヒトラーによって戦争に踏み込まされて家を焼かれた民も多い。間隙を付けば、バイエルンだけ回収する可能性もあるかもしれない。 メッサーシュミットを生み出した、バイエルンの航空機産業を抑えることはソ連にとっても大きなメリットをもたらすだろうし、 ドイツの再統一の完遂を持って共産主義の勝利を印象づけることもできる。
状況によってはバイエルンへの攻撃を実行に移す場合があるかもしれない。なんとなくそういう考えをマカロフは弄んでいた。

「あの野郎が代行ね…」
 ミーアシャイトは満州へ向かう列車の途中で、なぜか黒海沿岸へと行き先がねじ曲げられ、保養地の山荘に幽閉されていた。
頼む限りの情報は提供されているが、外に出る時には護衛が必要とされている。 外部に手紙を出すことも出来るが、相手に届いているかどうかは定かではない。 届けられた新聞は大統領代行職をつとめるノイマイスターの動向、対イタリア秘密工作を行ったとされるミーアシャイト派人材の左遷が報じられている。 ソ連首脳に復帰の要請を書くか、あるいは、ドイツ国内に助けを求めるか、それとも脱出他の集団を取るか、 ここに留まって真の祖国開放の時期まで雌伏の時を待つか。ミーアシャイトは厳しい選択を迫られている。


12 折衷

「ご苦労でした」
 キルシュガイストの敬礼にドゥパイユが返礼する。
 ついにドイツ国内での活動拠点を喪失したドイツ空軍はフランス軍の基地に総司令部ごと間借りをする形となった。 これ以後、マジノ線への撤退での遅滞、ケルン攻防で大きな損害を出したドイツ空軍は事実上、仏軍の一ユニットとして扱われる。
「アメリカの新鋭機、あんたらが口出ししなかったら、もうちょっといい機体になったと思うんだがな」
 開口一番、キルシュガイストは苦言をした。P51Gは様々な妥協の産物として生まれた。 ドイツがライセンス料金の支払いを受けて軍運営の足しにする事、仏海軍が求めた艦載能力、各国陸軍が求めた地上支援能力、 ソ連機の主戦場となる低高度での戦闘力、これらの量産効果とアメリカ航空隊の部品の共用を満たすという要望が盛り込まれた結果、 軽快を目指していた機体は重く「シュトルモビクを撃ち落とすには頼りない武装」「敵新鋭機に劣る速度」「戦略爆撃機護衛には物足りない航続力」 「地上攻撃には脆弱な機体」「艦上運用は困難がつきまとう」と部隊からは苦しい評価が聞こえていた。
「中高度以下で大半のソ連機に負けない性能はある。少々気に入らないところがあっても、我々が今、いちから設計する機体よりは良いだろう。 何より、補給の手間が大幅に節約できるのが大きい」
「ま、俺達は連合国だ仕方ないってことか」
「こういう時ばかりは独裁国家や余裕のある国が羨ましいな。純粋に軍が欲しい機体を開発できる」
 ドゥパイユにとって、整然と地上支援に特化したソ連空軍や、趣味そのままで作られたTa152の経緯は羨ましいものだった。
「向こうもいろいろあるみたいだがね。ま、しばらくよろしく間借りするがよろしく頼みます、大家さん。 ところでここいらへんで上手い酒屋はありますかね」
「ブルゴーニュ産の赤を用意している。好みに合えば飲んでみてくれ」


13 流浪

「今回はドーバーを封鎖し、輸送用の商船まで哨戒体制に動員した結果、潜水艦の跳梁は最低限に抑えこむことが出来ました」
「輸送を控えた結果、本土に戦力が滞留しております。また、特に英国に撤退したドイツ軍は武装も訓練も手配できず士気が低下しつつあります」
「本国が落ちて自分たちに役割が何も出来なかったら腐るのもしかたあるまい」
 陸軍参謀の報告にチャーチルが慰めを述べる。
「誠にご迷惑をおかけしております」
参謀本部にオブザーバー参加したワレンシュタイン<自由ドイツ>首相が謝罪した。
「何でも、逃亡しようとした兵を憲法擁護庁の部隊が射殺する事件まで起きたとか。探偵が必要ならばお貸ししましょうか」
 皮肉げに英国参謀があげつらう。チャーチルが流石に不愉快そうにジロリと睨みつけて黙らせる。
「いえ、必要なのは、武器と戦場ですな。残念ながら今のドイツにはそれを準備する能力が欠けている。どうにか手配をしていただきたい」
 チャーチルは新しい葉巻に火をつけて、紫煙を地図に這わせながら反撃点についてプランを上げた。
「まずは独仏国境での逆襲、あるいはベルギーの参戦を待ってその側面、それともドイツ西岸に上陸、 海上輸送路を啓開してフィンランドの参戦を促して北から、この4通りの組み合わせのバリエーション。 まぁ、ざっと考えられる反撃手段はこのくらいですな。どれも今すぐの実施は困難です」
「その折にお役に立てるように、戦力培養に努めて参る所存です。何卒お力をお貸しください」

第三国外交データ

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