第6ターン 1945年11月〜46年2月 1945年冬ターン

第6ターンアクション 〆切10月28日(日) 公開予定11月25日(日)

1 口告の守護者
チャーチル
トロツキー
ヴァイアン
クズネツォフ
カニンガム

「トロツキーとその手下コミンテルンは我が外交団への危害を企て、デンマーク民衆の扇動を行った。 確かに我が国は最大限の外交努力を行い、デンマークが共に立つことを願った。 しかし、その自由は最大限尊重してきた。それを無残にも踏みにじって汚い工作を行なって デンマークを戦場としたのは、トロツキーである。
 私自身を含んだ外交団救出のためやむを得ず軍を出動することとなったが、これはデンマーク政府も承認したことである。 単なる安全確保の為であり、ソ連邦を攻撃する意図を持った行動ではないので国際法上なんらの問題は無い。 これに対して侵略をもって応じたソ連邦を断じて許してはならない。 ソ連邦の侵略をうけて、デンマーク政府は救援を求め、我々はそれに応じた。 この現実の前に、ソ連の言う<英国の侵略>がいかに欺瞞にまみれているかわかろうというものだろう。
 遺憾ながら我々の説得力不足により、デンマーク政府が事態を理解するのに時間がかかったため 全土保全は叶わなかったが、準備なしに突然のソ連の暴虐に立ち向かい、コペンハーゲンの保持を果たした連合軍将兵に 心からの感謝を申し上げる。なお――現在シェラン島で起きている物資不足解消のため、我々は万難を排して デンマークへの輸送船団を送り続ける覚悟である」


「威勢のいいことで」
 出港を待つ間に、チャーチルのラジオ演説を聞いていたヴァイアン大将は、いささかゲンナリして電源を落とした。 演説の間に蒸らした紅茶を淹れてミルクと砂糖をたっぷりと注ぐ。 インド総督マウントバッテンが戦勝祝いに送ってきた厳選された茶葉だけあって、豊かな風味が広がる。 口をつけると思ったよりも少し温い。チャーチルの演説が長かったせいだろうか。
「良いアッサム・ティーだ。英国文化の粋というより、こりゃ、祭りだ!」
 紅茶と英国は切り離せない仲である。紅茶へ入れる砂糖の栽培地を求めて大西洋を渡り、 かつて新大陸の住民と喧嘩別れした時に海に投げ込まれ、 茶を買う金の工面を抉らせて清とも争った。 そして阿片戦争で清と袂を分かったのと時を同じくして、 インドで自生していた茶種であるアッサムティーがロンドンへと運ばれるようになった。
 かつて英国は新大陸を失い、この度は極東植民地を失い、帝国航路<エンパイアルート>として知られた 地中海を横切ってインドへと至る航路の安全確保も大きく脅かされる結果となった。
 そんな中、アッサムティーを送ってきたマウントバッテンは、それでもなお、 海洋帝国であり続けた英国の矜持を後輩へと伝える意図があったのかもしれない。
「この味もいつかは失われるものかな、失わせたくないものだ」
 ヴァイアンはふとアメリカ艦隊との会合で出された塩入りのブラックコーヒーを思い出した。 全く理解に苦しむ味であった。これほどの違いがあるものと共闘していたという新鮮な驚きをうけ、 改めて両軍の通信や行動準拠の打ち合わせを進めるようになったものだ。
 しかし、あの味だけは統一するわけにはいかないなと脳裏に浮かんだ苦味を打ち消すように ティーカップを傾けて飲み干すと、底に残った砂糖を舌先で味わって、そっとカップを下ろした。
「さて、いくか」
 ソ連水上艦隊を撃滅しても、海軍の仕事が終わったわけではない。
デンマークへの補給を行う輸送船団の護衛任務がヴァイアンを待っている。


「チャーチルの自己弁護に満ちた演説に騙されてはいけない。 彼はなぜデンマークを恫喝していたのか、上陸準備、ありえないほどの海軍の投入、迅速な空軍の展開、 全てがチャーチルの異常な侵略欲によって企画されていた事は明白である。 本当にデンマークの住民を救おうと決心していたと言うならば、シェラン島はなぜ飢餓に襲われているのか、 なぜデンマーク軍を無力化したのか。
 輸送船団を送るというなら、英国はその船団でシェラン島から兵を引くべきである。 そうすれば、私も速やかにデンマークからわが赤軍を引き上げる。デンマークの保護のためというならば、 信頼できる中立第三国の援護があっても不服は言わない。 英国ならびにその同盟国に恥という概念が少しでもあるならば、この提案を飲むべきだ。 私は誠意の証として、まずシェラン島に展開するソ連軍を撤収させる予定である」


 チャーチルの国民向け演説に応じたトロツキーの声明を聞いたクズネツォフは叫んだ。
「デンマーク王室を保護しろだの、撤収しろだの、ここで戦えだの、いったい俺に何をさせたいんだ!」
 デンマークに進出した海軍歩兵司令部は政治局、外務省、スタフカ、海軍司令部、トロツキー、デンマークの共産組織がそれぞれの要望を並べ立てた状況で混乱している。 現地を仕切るクズネツォフもこれではマトモに指揮がとれない。
「確認しよう。デンマークに展開している部隊は我が海軍歩兵だけだ。追加投入の予定は聞いていない。 そして、デンマーク王家を救出することが任務として求められている。 一方で我が部隊はスタフカからドイツへの移動を命じられている。海軍司令部は撤退援護の部隊を寄越すつもりがない。 …こりゃヒドイ、キール運河を通って北海に出撃せよ?いつの命令だ、とっくにキール運河はぶっ壊されただろうが! ここで逃げたら、俺たちはデンマークを見捨てたと在地のレジスタンスには見放されるだろう。しかし、我らが指導者は兵を引くと言った…」
 全てが致命的に矛盾していた。彼らに出来るのは、全てを諦めて逃げるか、最後までここで戦うかの二択しかないのだ。
「…ここで死ぬ訳にはいかない」
 クズネツォフは逡巡した後に決心した。
「ソ連海軍はやはり俺が仕切らないとマトモな指揮ができんようだ。おちおち休んでばかりもいられない。援護抜きで守りを固めたデンマーク王を奪取できるとも思えない。 成功しても敵に誘拐犯と呼ばれるだけだろう。こんな指揮で将兵が殺されてはかなわん。俺はソ連へと帰る」


 輸送を成功させたヴァイアンからの追撃許可の問い合わせに対して、カニンガムは呵責無く答えた。
「トロツキーの言動への対処?構わん、我々のデンマークへの船団とて、現に機雷や航空爆撃を受けている。損害は耐えられるものではあるが、少ないものではない。 我々が敵の輸送を叩くことに何の躊躇がいるだろうか」
「構いませんか?」
「ヴァイアン提督、我々は戦争をしているんだよ」
 背を見せたソ連軍に対して、無事補給を受け取った英軍は陸海空からの徹底した追撃を行った。 デンマークを離れ、無事ドイツへと着岸に成功したのは、撤退開始時の半数に満たなかった。

 ソ連国内はこの行動に大いに怒った。
 国際社会は英国の所業に眉を潜めつつ、バルト海の制海権が誰のものになったのかを完全に認識し、ソ連の先行きに疑念を抱いた。
 これ以後、デンマークのシェラン島は連合国の勢力圏となり、海外のデンマーク領(グリーンランド、アイスランド、フェロー諸島)と合わせ 連合の管理下に置かれることとなった。


2 逝賭
ノイマイスター
フルシチョフ
トロツキー

「今日は代行殿は留守か」
 最近は本部のあるモスクワよりもベルリン詰めの日の方が多くなってきたソ連邦内務人民委員フルシチョフは、 ベルリンを預かる出先の長にドイツ大統領代行ノイマイスターの予定を尋ねた。
「はい、バイエルンの航空機産業の視察に向かわれるとか」
「ふむ、そういえば官僚機構で使えそうな人材の洗い出しは完了したか」
「おおよその者は思想、経歴の洗浄を確認しました。ただ少し気になる点があります」
 フルシチョフが先を促すと、言いにくそうに返答があった。
「いえ、代行閣下が組織した自警団、今は名前を激突隊と変えた連中ですが、どうにも保守的人士が多く見受けられます」
「あれは町内会に毛の生えたものだ。そういう人士の憂さ晴らしとしてはちょうどいい」
 クックッと喉でフルシチョフは笑っていると、ドアの外で忙しげな駆け足が近づいてきた。 駆け足はソ連邦において不吉な音だった。反乱か、前線で何かあったか、あるいは上からの拘禁命令ということもありうる。
 革命以来のソ連史を考えれば、内務人民委員として恐れられるフルシチョフであってもその不吉さの例外ではない。
「何事だ!」
 扉が開くのを待たず、フルシチョフは機先を制して大声で要件を問うた。
「た、逮捕です!」
 ノックもうたずに飛び込んできたケースオフィサーが息を切らせて言った。
「一体誰を捕まえたんだ?それとも俺を捕まえにでも来たのか?」
 タンと拳で机を小突いて見栄を切って、フルシチョフは重ねて問うた。
「いえ…バイエルンで…その、…ノイマイスター大統領代行が、武装した一部市民と共に密入国を企てたとして、バイエルン警察に逮捕されました」
 息継ぎをしたケースオフィサーは、名前を出すのを口ごもりながら、起きた事例の報告をした。
言い切った後に数瞬の沈黙が訪れる。
「はあぁぁ?何晒してるんだ。あの薄らバカは!」
 フルシチョフは怒りに任せて執務用の机を蹴りあげた。


「居心地はいかがかね?ヘル・ノイマイスター」
「いやはや、なんとも良い所です。ここでなら私にもベストセラーが書けるかもしれない。シュタットカンツラー・アドルフ」
 逮捕されたノイマイスターは、バイエルン王国西国境にほど近いランズベルク刑務所へと放り込まれた。かつてヒトラーもミュンヘン一揆で投獄された場である。
 ノイマイスターの周辺はバイエルン王国乗っ取り計画をアッサリと自白したため、すでに容疑は密入国から内乱へと切り替えられている。
「一体全体、君は何がしたかったのかね、棍棒をもった自警団で本当にこの国を乗っ取れるとでも?私と同じ主張をして、私に匹敵できるとでも思ったのか?」
「20年前のあなたはどうだったのですか?この街で一揆を起こした青年活動家だったあなたは、ドイツをどうしたかったというのですか、こんな国境の東端から西端まで車で半日の、なんとも小さい国家でソ連やフランスに怯えながら生きたかったのですか」
 挑発気味にノイマイスターが問うた。
「君は私にはなれない。戦功も、信念も、仲間も、軍隊も持たぬ君が唯一持ち得た力は誰が与えたのかね?君はソ連なしには生きられない虚弱な花にすぎなかった。前任者のミーアシャイトほどの伝説も名声もない。私は違う、この国は誰かに与えられた国ではない。 この身ひとつで、私が、作ったのだ」
 抑揚をつけた語りから次第に身振りと発声が大きくなる。往年の演説を思いださせるようなヒトラーの声色に、ノイマイスターは懐かしさを覚えた。 ドイツ自治共和国などというソ連の衛星国が無かった頃、ドイツがまだ一つだった頃。ヒトラーはその唯一の指導者であった。 全ての国民が、唯一つの指導者を信じさえすれば救われたように成れた、戦後ドイツにとっては例外的な幸福の季節。アドルフはそんな時期のドイツの指導者だった。
「ええ、あなたは偉大な総統だった。だからこそ、みなはラインラントでのあなたの失敗を恨んだ。皆があなたの代役たらんとし、そして皆が失敗した。あなたの亡霊を、いつもどこかで追い求めていたのだ。私もその一人だ」
「そうか、ではこの言葉を君に贈ろう。Ein Volk Ein Reich Ein Fuhrer」
 かつてのナチ党のスローガンをヒトラーは口にした。
「ドイツに指導者は二人も要らない。君の名は、ドイツを再び一つにするための使者としてドイツ史に刻まれるだろう。赤の狗め」

 国事犯ノイマイスターの処刑は即日執行された。バイエルン政府はソ連の「侵略」を許容することはできないとして、宣戦布告を行った。戦争を恐れていたミュンヘン市民も、かかる侮辱と侵略に黙っては居られなかった。
宣戦文に付記された言葉、「ドイツ人によるドイツを作るため、我々はいかなる愛も受け止める。心あるものはバイエルンに集うべし」は、ノイマイスターが発するはずであった声明文からとられたものであった。


 バイエルンの突如として行われた参戦に最も早く反応したのは対象となったソ連邦でも枢軸同盟でもなく、バイエルンと国境を接したチェコスロバキアだった。
 もとより、国境監視としてソ連義勇軍に派遣していた、<春>軍団を、即座にバイエルン国境で戦闘参加させた。 想定外の部隊の抵抗にバイエルンの進撃は開始すぐに頓挫した。 ミーアシャイトの協力をうけて、東ドイツにドイツ系住民の「追放」を行ったチェコスロバキアにとって、主体的意思をもった統一された強いドイツが生まれた場合、報復をうけること必至であり、間近に迫る悪夢である。
 そこで、停滞した戦線を動かすべく、ヒトラーはオーストリアにドイツ統一のための共通行動に出るように水面下で要求を始めた。一方、チェコスロバキアとの協調を訴えるべく、トロツキーはプラハを緊急訪問した。
「ようこそプラハへ。あいにくと総動員と灯火管制で華やいだ姿は見せられませんが、心より歓迎いたします」
 チェコスロバキア大統領エドヴァルド・ベネシュがにこやかにトロツキーを迎える。かつてソ連軍の領内移動に抵抗した姿は注意深く隠している。 ドイツ戦争が始まって以来、ソ連の安全な後方地域として戦争特需を享受し、ソ連と長大な国境を接するようになった以上、ソ連との融和を推し進めるよりほかに、チェコスロバキアの生存はありえない。今となってはベネシュもそれを了解せざるをえない。
「義勇軍の迅速な展開に感謝します。それで、ベネシュ大統領、こと事態がここに至っては、チェコスロバキアの衰勢はソ連のそれと一衣帯水の関係となったと思います。 我々は、今こそ真の意味での盟友関係を構築すべき時ではないか、と考えますが、チェコスロバキアは如何なご存念でありましょうか」
「是非もないことです。最早我々は、強く自主的なドイツの存在を許容できませんし、英仏に今更下げる頭もありません」
「それでは今日より、我々は同盟国だ」
 ベネシュには、トロツキーがその一言からそれまでの丁寧な口調からやや砕けた言葉へと移ったのは、親しみを込めたのか、優位を確信した上での軽視かの判別はつきかねた。
「ええ、我が国はまずオーストリアを牽制しつつ、バイエルンの解体を目指しますが、よろしいですかな?」
「よろしくお願いする。ただ、オーストリアをこちらから刺激するのは手控えて欲しい」
「何か問題があるのでしょうか」
「バルボは現実的な男だ。イタリアが、ヒトラーのために再び大国と戦争が出来る状態にはないという事は承知しているはずだ。そこを背景とすればオーストリアに動かないように説得を依頼することも可能だろう。 枢軸同盟にとっても今は動く時ではないはずだ」
「それは委細、お任せいたします。しかし、こうなってしまっては、事前に請願された西部戦線でのご協力は最低限になるでしょうが、よろしいですかな」
「それは問題ない。チェコスロバキアが同じ戦線に連なってくれるだけでも、ソ連人民は無限の感謝と一層の奮励を行うだろう」


3 ファランクス・シフト
セー
ベルティノー
パットン
アデナウアー
ワレンシュタイン
バイエルライン

「先週くらいから赤軍の情報が極端に入りにくくなっている」
 統幕を訪問したパットンが憂いげにセー統幕議長に相談を持ちかけた。
「どうも、ノイマイスター派の粛清が始まっているらしい。それにともなうものだろう」
「これは個人的直感なのだが、こちらの上陸を警戒しているのか、敵前線の動きが鈍くなってきているように思う。 うちの前面で一度威力偵察をかけさせてもらえないだろうか」
 セーはしばし、頭に手を当てて考えた。
「よいでしょう。敵のライン東岸陣地が、ただ固められるばかりというのも困る。上手いこと掻き乱しておこう」

 パットンが立案した米軍及び英連邦軍を中心とした大規模威力偵察「ファランクスシフト」は、ライン東岸への橋頭堡確保に重点を置いていた。 マインツ、カールスルーエ、マンハイムからそれぞれが同期して東への打通を試み、開いた穴へとアメリカ第一機甲軍を差し込んで、弱体化している場合は敵南部ライン軍方面軍を突き崩す。威力偵察としては、かなり野心的なものであった。

 マインツからフランクフルトを目指したのは、新たに英国本土から投入された英第2軍所属第3軍団の3個歩兵師団。 充足率は十分とは言いがたいが、かつてモントゴメリー指揮下の大陸派遣軍第一軍として、北ドイツで戦い、昨冬にヴィルヘルムスハーフェンから撤退をした3個歩兵師団を中心に、元シンガポール守備隊を補充兵として加えた歴戦の兵たちだ。
 マインツとヴィースバーデンの間にある中洲に少数部隊が船艇機動して夜襲をかけ、敵前線観測を排除、しかるのちにヴィースバーデンへと浸透して敵前衛を撃破し、フランクフルトを目指すという企図を持って攻勢は開始された。 ヴィースバーデンを守護していたのは、ソ連第19軍であった。損耗の激しかった同軍はこの対処に後手を取り、河岸陣地への英軍の肉薄を許してしまう。 英国伝統の白兵の舞台となってしまっては、火線の綿密な連携によって築き上げた陣地もただの溝と化し、銃剣を振るう英兵とスコップを振り下ろすソ連兵の血で満たされていく。
 乱戦の影で橋頭堡陣地を形成しようとする英軍工兵に重砲が降り注ぐ。その砲火は白兵戦の真っ最中の陣地へも向けられていた。
「フランス軍の支援砲火か?一体どこを狙ってやがるんだ!」
「違う!あの音はソ連の重砲だ、奴ら自陣地ごと俺たちを吹き飛ばすつもりだ!」
「敵だ!敵の増援が来ている!T34だ!」
 この段階で、英軍司令官は攻撃続行を断念した。すでに偵察で許容できる損害を上回りつつあるし、敵はなんとしても河岸を譲り渡す気がないらしい。 英第3軍団対岸に陣取る仏軍砲兵の急射によって敵を牽制しつつ、速やかに撤収を開始しはじめた。

 カールスルーエへの攻撃を行ったのは、インドから派遣された英印軍歩兵3個師団。こちらは本国軍と異なり、架橋機材を用いての渡河実現を目指した。 ソ連はカールスルーエを交通の結節点として重視していたらしく、南ライン軍では最有力の歩兵戦力である第27軍が配置されていた。 かつてフィンランド国境に展開していたこの部隊は、1個師団を増設されており、4個の歩兵師団から成る。充足率も極めて良好な状態に保たれていた。架橋作業はソ連第27軍の猛射にさらされ、頓挫を余儀なくされた。

 マンハイムへ向けて行われた攻撃の主役は英連邦ANZAC軍3個師団だった。それぞれの師団が一気呵成に3点からの渡河を行ったANZAC軍の攻撃は、完全に成功した。 対岸に陣取っていたソ連第5軍は弱体化しており、ANZAC軍はそれぞれが国を代表するような精鋭であった、勢いが明らかに差があった。
 パットン将軍は即座にマンハイムへと予備であった米第1機甲軍を渡河させ追撃を開始する。しかし、パットンはその計画に反して、 その北方陣地のゲルンスハイムのソ連第7軍がおり、マンハイム南西ハイデルベルグにソ連空挺軍が展開して第二戦線を形成していることを確認すると慎重に追撃を撃ち切った。
 ソ連南ライン軍は、敵攻勢対処をしている部隊以外も対岸のフランス軍への猛射を始めていた。

 パットンは偵察攻撃の結果を確かめて、その夜フランス東方総軍司令官ベルティノーに電話をかけた。
「ベルティノー将軍、私は直接参加していたわけではないが、今回のソ連軍の行動は、かつてジューコフがアルザスへの突破を図った時に似ているように思う」
「敵は現位置の確保に拘っている割には反応が遅い。そちらへは、敵戦車師団の姿は確認できなかったか」
「例のムィシもTH重戦車もまだ見たとは聞いていない。どうにもジューコフが指揮をとっているには、動きが鈍くちぐはぐだ。俺の直感だが、奴らはこちらへ部隊を引きつけたがっているように思う」
「私も同意見だ」
「これも直感だが、これはつまるところ――」
「「近いうちに、攻勢がある」」
 二人の声が重なった。
「騎兵の口が早いのは万国共通か」
 パットンはニヤリと喜色を浮かべて言った。
「うん?少し待ってくれ」
 ベルティノーはその軽口に応じなかった。少し遠くで早口のフランス語がやりとりされる。
「レマーゲン前面に敵の重戦車が「浮上」してきたそうだ。これが本命だろうな」
「ああ、きっとそれだろう。そういえば、赤軍の北ライン方面軍のウボレヴィッチも騎兵の出身だったな」
「すまないが、忙しくなるので切らせてもらう。そちらもなるべく早く片付けて手伝いに駆けつけてくれると嬉しい」
「了解、武運あれ」
 祈りの返事を待たず、パットンは電話を切った。
「敵情はハッキリした。ジューコフにも一撃をくれてやった。諸君、さぁ転進だ!」
 その発令を聞くや否や、一斉に撤退の手筈を整え始める参謀たちを見て、 半年前に比べればだいぶ仕上がって来たな、とパットンは深い満足を覚えた。

「参ったな、どうするのだ」
 ケルンで敵攻勢の可能性ありという連合軍統幕会議からの連絡を受け取った自由ドイツ政府は深夜にもかかわらず緊急会議を開いた。
冒頭、途方にくれた声でアデナウアー大統領は言った。
「攻勢の準備はしているが、防御の準備はしていないだろう」ワレンシュタインが続けた。
「ええ、それはそうですが、こちらが渡河しやすい場所はすでに調査済みです。これは敵にしても渡りやすい場所と言えましょう。 この点を重点的に防御すれば、いささかの時間は稼げるはずです」
 自由ドイツ軍陸軍総司令に就任したバイエルラインが答えた。開戦以来、装甲師団を率いてきた経歴を買われての抜擢であった。
「フランス第1軍はかなり苦戦していると聞くが、見込みはどうなのだ」
 アデナウアーは苦々しげに問うた。
「苦しいでしょう、早急に戦線を立て直す必要があるかもしれません。とはいえ、わが軍単独で連合軍左翼を受け持てる力はありません。 明日、ベルギー軍と作戦を協議する予定です」
「わかった、なんとしても奪取したケルンを再び捨てるわけにはいかない。しっかりと防備を固めてくれ」
「しかし、わが軍は左翼唯一の機動戦力です。場合によっては転戦を要求されるかもしれません」
「軍は私の命令が聞けないというのか!ただ動けばいいというものではない。 ケルン奪還に際しての突進について、フランスから苦情を貰ったことを忘れたのか」
「結果として、ケルン奪回という最良の成果を上げたのです。何を恥じることがありましょうか」
 バイエルラインの応えはにべもなかった。無理もない。かれは戦場は不確定であるがゆえに、 前線指揮官の独断専行の権限を認め、最適な対処を行う事を是とするドイツ式の統帥に育った将軍である。
「この街を、私は二度と見捨てない」
 苛立たしげなアデナウアーの強固な宣言に、バイエルラインは慇懃にただ敬礼を行った。
 大統領は、一度この街を見捨てたという罪悪感に苛まれ続けている。 アデナウアーらしからぬ感情的な態度を見たワレンシュタインは密かにそう思った。
故郷を失ったのはワレンシュタインとて同じであるが、戦火に包まれ、 瓦礫の山と化した故郷を見続ける日々を送るアデナウアーはまた格別の思い入れがあるだろう。 私もいつかミュンヘンに帰れる日が来たら、そのような思いに駆られ続けるのだろうか。


4 ザーリャ
ジューコフ
ウボレヴィッチ

「初めて戦ったときは、火力がでかいだけのただの素人だったのに、もう違うな。迷っていたら殺られる」
 米第1機甲軍の追撃が収まり、撤収に移ったという報告をうけたジューコフはホッとため息をついた。 すでに南ライン軍の予備兵力は尽きていた。全ての機甲戦力を北ライン軍に預けており、これで防ぎきれない場合は 総予備に指定されているデンマーク方面軍直轄予備戦力の投入を待つより立て直しの術がないまでに追い込まれていた。
 米英軍の連携機動、航空機との連携は予想以上に向上しており、入念に築いた陣地であっても 決して安心できるものではないと再確認を余儀なくされていた。
「しかし、曙光(ザーリャ)登りし今はこちらの番だ。ソ連邦が磨き上げた知恵と戦術、最後の切り札を受けてみるがいい」
 ソ連邦が欧州に保有する戦力6割近く、総計66個師団、うち戦車師団18個、機械化歩兵9個を集束した 北ライン軍による冬季攻勢が始まらんとしていた。


「第一梯団、橋頭堡確保しました」
 シュノーケル装備の重戦車ラインの潜水渡河によって、橋頭堡を確保したソ連軍は複数の渡河点を形成し、 ラインを再び西へと超え始めた。
「本作戦は、敵がデンマーク、ライン、上陸軍に分かれている事を利用した内線作戦にあたる」
 ウボレヴィッチは参謀たちに教範の説明でもするように言った。
 トハチェフスキーが雄弁に説明している場面を思い出す。
「第一梯団である打撃軍集団と、第10軍集団は敵陣を深く切り裂き、アーヘンをめざす。 第二梯団たる第4軍集団、第9軍集団は敵左翼に位置するベルギー軍を側面攻撃して押しこむ。 第5、第6軍集団はその両翼を支え、敵を拘束すべく圧迫する。この事によって敵左翼を分断し、包囲殲滅する」
 トハチェフスキーの自慢気な言葉は逐一覚えている。無理もない。 苦難をすべて跳ね返す雄大な攻勢、この作戦案を知らされた時の充足感を共有できるのは抑えがたい幸せであろう。
「惜しむらくは、もう少し天気が悪くなるのを待つつもりだったが、これ以上ジューコフも待てなかろうしな」
 ウボレヴィッチは冬特有の低く厚く空を覆う雲を敵近接航空機からの隠れ蓑にするつもりであったが、 空に対しては、実のところあまり心配はしていなかった。2つの盾が敵機から彼らを守ってくれるだろう。 邪魔さえ入らなければ、彼の麾下にある世界最強の大戦車軍団は存分に力を発揮するはずだ。
「さて、方面軍司令部も前進するぞ。なんといっても今回の戦争はドイツ流でいう電撃戦なのだからな」


 ソ連邦打撃軍集団は、第1、第2、第4の戦車軍に東独重戦車師団、チェコ義勇快速師団<チェチェク>を加えた 戦車師団のみの12個で攻勢された文字通りの切り札である。
 百輌を超えるムィシ、四百輌近いTH重戦車、約三千車輌のT34/85を備える圧倒的な戦力によって、 レマーゲンを守備していたフランス第1軍は文字通り蹂躙突破された。
 潰走すら儘ならぬほどに粉砕され、麻痺しきった敵を捨ておいて、ソ連第1梯団は更に深く深く突進を続けた。
 祖国との連絡線を切られそうになった装備劣悪なベルギー軍に勇戦など期待をするほうが無理であった。 側面攻撃を受け、ボンのベルギー第3軍は完全に崩壊、第2軍は無理な解囲を試みて、デューレンで ソ連軍の火線に捉えられ大損害を出した。作戦開始より3日、連合軍左翼は全面崩壊しつつあった。

「英第1軍はリエージュへ急げ!」
「第1軍の指揮は回復したのか?すぐに建てなおして第二戦線を形成しろと命じろ。あと一歩でも退却したら銃殺してやると伝えろ!」
「航路護衛?寝ぼけるな!使える機体は全部回せと言ってるんだ!」
 殺気立った統幕会議室にセーの怒号が響き渡る。能吏の決死の督戦によって、どうにか連合国は統制を回復しつつある。 予め手を打っておいた予備弾薬の貯蔵や指揮通信系統の複線化、装備向上をおこなっていなかったら、全面的な戦線崩壊に繋がっていただろう。
「ハロー」
 疲労を感じさせない陽気な声が電話口から聞こえてきた。
「ベルティノーか!反撃準備は整ったのか?」
「万全だ。それで解囲の方だが、ドイツ人らはちゃんと逃げてくるんだろうな。ちょっとこれでは敵を撃退というのはしんどい」
「バイエルラインは退却の準備はしていると伝えてきた…だが、全てを運び出すだけの余力はないと、 極力応援してくれたベルギーを優先するということだ」
「そうか、内側のドイツ、ベルギー軍とあわせれば、こちらもアメリカと合わせれば機動部隊だけで30個師団だ。 なに、相手が60個師団だろうとやってみせるさ」
「頼む。ここでうまく解囲できなければおそらくドイツ政府は終わりだろう。いかにドイツ人とはいえ、二度の国家崩壊には耐えられないだろう」
「そういえば、明日はクリスマスだったな。晴れるだろうか?」
「ああ、天気は回復に向かうそうだ。総力をあげた航空支援を約束しよう」
「それは最高のプレゼントだ!メリークリスマス。フランスに加護あらんことを!」

5 懲罰の矢
ダウディング
マカロフ
キルシュガイスト
アデナウアー
ワレンシュタイン
バイエルライン

「頼むぞ…」
指揮所の戦況板で、英本土を離れる爆撃隊を見送りながらダウディングは祈るように呟いた。
 視線はリエージュに置かれた独特の形の駒に注がれている。501統合戦闘航空団、英米仏独白の五カ国からエースオブエースを集めた ジェットのみの戦闘機部隊。これまで英本土で防空に当たっていたミーティアも全てそこに投入されている。
 100機を超えるジェット戦闘機を一手に集めた部隊を束ねるトップについたのは、自由ドイツのキルシュガイスト司令である。 華々しい戦果を上げることで連合の意気を上げることを期待された部隊だが、この局面では、 制空権の奪取の決戦兵力として過大なまでの期待をせざるをえない。

「敵戦闘機群と見られる機体群急速に接近中!速い!複数!」
「ありゃあ、ウチより速いな」
 電探機から空中指揮をとるキルシュガイストは苦い声で言った。
「ソ連は新型機を投入した模様!諸君、抜かるなよ」
 今はこれくらいしか言うことの出来ないのが悔しいところだ。

 角度のきつい後退翼をつけた、矢のような形をしたソ連ジェット機の投入は、連合国空軍の目算を完全に狂わせた。 最大速度1000キロを超える優速とジェット機としては抜群の軽妙な機動、37ミリ1門と23ミリ2門の重厚な武装。 これまでYak15改良型と呼ばれてソ連国内に向けてさえ秘匿されていた、新型機Mig15がこの日一斉に空へと放たれた。 戦場に投入されたMig15は1000機を超える。
 ジェット機を含むあらゆる連合国戦闘機は時代遅れとなり、 西側から、皮肉を込めて肉玉<ファゴット>と呼ばれることになるその機体は、文字通り、連合国の重爆撃隊を挽肉の塊へと変えていった。
 軽快さを生かして、低空侵入する軽爆撃機にも悲劇が待ち受けていた。 それまでとくらべものにならない精密な対空銃砲火が翼を絡めとっていった。 ソ連では電気信管と呼ばれる標的への近接性を自ら測って爆発する新型信管は、対空砲火の質を大幅に高めており、 レーダーと連動しての対空砲陣地による迎撃は、開戦以来洗練を増していた。
「鶏を散弾で打つようなものだった」
 ボロボロと落ちていく連合国爆撃隊を、あるソ連砲兵がそう評した。
十分な準備をしたソ連軍への地上攻撃は危険きわまりないものへと変わっていた。

「よし、よくやった」
 傲岸不遜をもってなるマカロフには珍しく、戦果に満身の賞賛を示した。 晴れ間の間に行われた航空戦はMigは事故を含めても50機程度、それに対してMigの戦果は500機を超える。 他の機体の撃墜や対空砲火の戦果を含めれば撃墜は1000機に近くなると算段されていた。
 同規模の出撃を繰り返せば、あと数回の大規模空戦で連合国は飛ばす機体がなくなるであろうほどの完勝である。 現実にはそのような行動は出来るわけがない。連合国は出撃を手控えざるをえない。
 敵戦力が回復するまで、少なくとも今後数週間は確実に制空権を掌握できたと考えて良い。
「連合国地上部隊への近接攻撃を徹底しろ。シュトルモビクや旧式機の損失を恐れるな、決戦はこの冬だ」

ケルンの解囲を巡って仏第1、2軍戦車軍がケルン南西方面から、南東から米第1機甲軍、仏第3戦車軍が進発した。
「力及ばずもうしわけございません。これが、脱出の最後の機会です」
 混乱とソ連軍の進撃速度は全ての防戦努力を無為にしてしまっていた。どうにかケルンへと集結した部隊は包囲は烏合の集であり 最早どう包囲から逃れるかが焦点となっていた。
 バイエルラインは首脳部に言った。
「退却はベルギー軍を優先しろ、我が軍は最後だ」
 アデナウアーはバイエルラインに命じた。普段と変わらぬ冷徹な声であった。
「ベルギー軍は機動力がありません、全員を逃がすことは難しいでしょう」
「だからこそだ、盟友を見捨ててドイツは生きることはできない」
「我々が殿をすれば、おそらくは何も残りません」
「戦争の勝ち負けは一時のものだが、不名誉は永遠だ。バイエルライン将軍、君はベルギー軍先鋒と共に脱出したまえ」
「私は軍の責任者です。軍が残るのであれば、私も残ります」
「だめだ。私は大統領であり、この街の市長だ。どちらが責任が重いかは言うまでもないな?」
「大統領閣下、私も残らせていただきたい」
 横で聞いていたワレンシュタイン首相が言った。
「ならぬ。ワレンシュタイン首相、苦労をかけるが今後のドイツを担うため、ここは引いてもらいたい」
「後継ならデーニッツがいます」
「ベルギーで指揮をとっているキルシュガイスト君が決死で脱出便を飛ばすそうだ。彼の思いをムダにしてはならない」
「その言葉をそのまま返したいと思います。閣下、あなたはここで死ぬべきではない」
「私は手を汚しすぎた。部下を見殺しにし、味方を見捨て、統率を維持するためには躊躇わずに引き金を引かせてきた。 このような男に、未来は担われるべきではないよ」
 言うことは以上だとばかりにアデナウアーは目を瞑った。一人一人が黙礼をして大統領府を後にしていく。
 滅びの時まで、ドイツはドイツらしくそこに在った。

「こんな状況で飛ぶのはミュンヘンへ向かった時以来かな」
 ワレンシュタインは脱出用に派遣されたJu87の後部座席で暗闇に沈むケルンを見つけつつ言った。 すでに旧式化も著しい機体ではあるが、短距離で着陸できる機体としては丈夫な脚をもったこの機体が選ばれた。 敵の制空権下をくぐり抜けるため夜間飛行でベルギーを目指すという。
 かつてミュンヘンを説得に行った時も、ケルンの命脈は風前の灯と言われていた。 今また状況はケルンは戦火に襲われようとしており、彼の故郷であるバイエルンもチェコ軍とバイエルン軍の硝煙がたなびいている。
「今度も無事届けて見せます」
「なに、ならば次もケルンに帰れる日を見せてやらねばな」
 だが、戦場の空はかつてとは違っていたのだ。夜間の低空飛行というだけでは、誤魔化し切れない電波が戦場を支配している。
 連合国が上空からの電波探知をしていることを察知したソ連軍もまた、4発爆撃機Pe8に大出力のレーダーと管制官を載せて戦場指揮をとるようになっていた。
 地上軍とも連動したその防空管制は、たちまちに機影を察知、新型信管を使った猛烈な対空砲火に晒される。
 ゴンゴンと爆風が機体を揺する。
「畜生!左翼をやられた!不時着します!」
 パイロットが悲鳴のような声をあげるそばから、風防に新たな断片が突き刺さる。機首を下げていく機体の命運は最早明らかだった。

6 アタック・チャンス
 トハチェフスキー
 パウルス
 
 シュトルモビクにまとわれつかれながらも、防空砲火に頼りながら、連合戦車軍は解囲のための突破を続けていた。

 ケルン南西の平原で仏第1、第2戦車軍を待ち受けたのは、攻撃第二梯団のソ連第9軍集団であった。
 ソ連第9軍集団はシベリアから抽出された第一陣の兵力にあたり、 戦車3個師団から成る第6戦車軍、山岳兵3個師団から成る第2山岳狙撃軍、 歩兵3個師団から成る第35軍の3軍9個師団を配下に持つ混成軍である。
 トハチェフスキーが総予備から今回の攻勢に抽出しただけあって装備も充実しており、 第6戦車軍は先月他の戦車師団同様に重戦車大隊を付与され、親衛戦車軍編成へと改変されていた。
 無論フランスも無策ではなかった。ペタン重戦車を始め、各種対戦車兵器の開発にも力を入れてきた。 それに、戦車軍には優先的に補充が回されていた。しかし、それでもなお、 2個軍16個師団を投入してソ連第9軍集団の包囲線を破ることはできなかった。
 航空劣勢に加え、度重なった損耗に補充が追いついていなかったことが主な要因であった。

一方、南東方面からの解囲に当たった米仏連合戦車軍は、ボン前面に展開するソ連第4軍集団の抵抗をこじ開けていた。 第6機械化狙撃軍4個師団、第18軍、第22軍の歩兵6個師団からなり、比較的疲弊も軽いソ連第4軍集団だったが、 現段階の連合国では最も充実している仏第3戦車軍とアメリカ第1機甲軍13個師団が攻め立て 背後のケルンからはベルギー軍、独軍の全力解囲があるとなれば、完全な阻止は不可能だった。
 米軍先頭部隊がベルギーに供与したM4シャーマンを見た時、誰もが奇跡の実現を信じた。 そうとも、これまでも、連合国は多くの解囲作戦に成功してきたではないか。

だが、ここで思い出されるべきは、唯一の失敗例であったのかもしれない。ドイツがその主力軍を失ったのは昨年の事だ。 その時も季節は冬であり、敵将はトハチェフスキーだった。

 トハチェフスキーはドイツの沿岸守備とデンマーク方面の警戒に当たっているデンマーク方面軍司令部を訪れた。
「敵はケルンを解囲しつつある。ここで敵軍を逃すわけにはいかない」
「追撃のために我が軍から兵力を抜くのですか」
「第5親衛戦車軍と第1機械化狙撃軍を引き抜く。敵側面を一撃する春までには返す」
「了解しました。例え何があったとしても、沿岸の遅滞防御と湾港施設で一週間は稼いでみせます。 願わくば、なるべく手早く片付けてください。彼らはわが方面軍の戦力の要です」
「まかせておきたまえ、冬はロシア人の季節だ」

 解囲側面を強撃する形になったトハチェフスキーの一撃は連合軍の側面警戒を破砕し、再び連絡線を遮断。
 併せてアーヘンまで打通したウボレヴィッチの第一梯団が、引き返して独仏国境を舐めるように 迂回機動し始めたのを見た連合軍は救出軍までもが二重包囲される危険を感じ出作戦断念を決定した。
 脱出できたのは戦車部隊を含むベルギー5個師団。その代価として連合軍の機動師団は戦闘継続が困難なほどの損害を受けて後退を余儀なくされた。
  ベルギー軍21個師団と独軍5個師団は切り離され、ケルン以北のライン西岸の狭い地域へと閉じ込められた。


7 落城
アデナウアー
トハチェフスキー
マカロフ

「オーストリアはなぜ動かない!」
 ヒトラーはイライラと報告に来た官僚をどなりつけた。
「閣下がオーストリアを離れて以来、オーストリアはイタリア派の影響が強くなっておりまして、行動に難色を示しておりまして…」
「バルボめ!わずかな復興資金を餌にトロツキーの靴を舐めたのか!どいつもこいつも、ドイツをバカにしおって! 私が総統をやっていたら、こんな国にはならなかった!ドイツ国民はどうして立ち上がらない!これほどまでに弱々しい民族だったのか!」

 誰もが当たり散らすヒトラーを止めかねていた時、よく通る声がヒトラーを制止した。
「自らの失政を八つ当たりで晴らすとはみっともないぞ」
 悠然とその場に現れたのは、バイエルン王ループレヒトだった。老人といって良い年齢に達していたが、 第一次大戦で若くしてドイツ第6軍を率いた威厳は歳月を経ても衰えていない。
「宰相、君は見誤ったのだ。バイエルンの民が望んだのは平穏な日々であり、オーストリアの願望はドイツの一員になることではなかった」
「しかし、陛下。それでは民族の誇りはどこへ行ったのですか、立たねばならない時が在ったのです」
「そうかもしれないな。だがそれは今では無かった。過去のどこかにあったのかもしれないし、未来のどこかにあるのかもしれない」
 ループレヒトは、わがままな子供に話しかけるようにゆっくりと説き伏せる。
「私が生まれた年、ドイツという国はまだ存在しなかった。ハプスブルクがあり、ホーエンツォレルンがあり、ヴィッテルスバッハがあった。 ドイツ民族の誇りなどというものは、私が生きている間に生まれ、私が生きている間に終わりを告げるものだよ。 現に治めかねたドイツは求心力を失い、それぞれ別の道を歩もうとしているのだ。強い一つのドイツなんて、もう誰も求めていないのだ」
「それを見過ごすのは統治者たるの資格がない!進むべき道を示してこその指導者だ」
「民の進む道を共に歩めないのは暴君だ。君は統治者として踏み外したのだ」
 ループレヒトはすぅと深呼吸をして言った。
「君の王国宰相としての任を解く。我が国はチェコスロバキアを受け入れ再生をはかることになるだろう」
「国を売るつもりか!売国王!ソ連が怖くてチェコごときに頭を下げるのか!」
「口を慎め!王の面前なるぞ!」
 肺に残してあった空気を全て吐き出すようにループレヒトは一喝した。
 ヒトラーは信じられぬものを見るように、ぽかんとしばらく王を見つめた後、懐に手を入れた。
懐中の拳銃を取り出す仕草に周囲の緊張が走るが、その銃口が懐から出ることは無かった。
「私は絶対に膝を屈しなどしない。我が生涯はドイツの為に!」
 銃弾はそのまま、ヒトラー自らの心臓を撃ちぬいた。
「ドイツ人たらんとし、ドイツを終わらせた男…か人生は皮肉に満ちているな」
 ループレヒトは重くため息をついた。
「チェコスロバキアに使者を出せ、我が国は帰軍の進駐を受け入れる用意がある。と」

「ヒトラーより長生きができたか」
 ミュンヘンにチェコスロバキアが進駐し、バイエルン首相ヒトラーが自死した報をアデナウアーは皮相な面持ちで受け取った。
「ワレンシュタイン首相の消息は未だ不明です」
 最後まで付き従うと覚悟を決めた側近が言った。
「まぁいい、もうデーニッツ提督に権限移譲の手続きは済んだ」
「必ずや、彼の手によってドイツは再興されるでしょう」
「ところで、ケルン市の様子はどうだろう」
「もう戦火はなれっこですよ。ただ、ベルギー軍はちらほらと独断で部隊単位での降伏を行なっているとか」
「それは絶対に許すな、臆病は伝染する。今ここで我々が崩れたらソ連は仏軍主力を追撃に出るだろう。 彼らを守るためにももう少しばかり悪戦する必要がある」

「まだケルンは落ちないのか」
 前線視察に来たトハチェフスキーが呆れ顔で言った。
 包囲下に落ちて一月近くを持ちこたえたケルンにいささかソ連も苛立ちを始めていた。 前回のケルン攻防での損害を考えれば無理押しもしたくはないが、かといって連合国の上陸という不安要素もある。 早急に予備戦力を確保できなければ、危機に陥るのはソ連のほうだ。
「アデナウアーの首を獲らねばなりますまい」
 応じたのはマカロフであった。
「ちょうど新型の対艦ミサイルの試験もしたい。めぼしい地下壕や建築物に打ち込んでアデナウアーを焼けば、所詮寄せ集め。 士気も落ちるでしょう」
「それでいくか。あの御仁もあきらめがつくかもしれん」
 トハチェフスキーも同意した。
 4発機に変わり新たに誘導弾の投射母体に選ばれたのはTu-2とIL-4だった。爆弾搭載量の余裕や海上での行動経験が評価された。 ことにTu-2は胴体横に主翼から吊り下げる形で2本の搭載が可能だった。
 数十発の徹甲型誘導弾が放り込まれ、ケルンに残った堅牢な施設はあらかた破壊された。
 そのうち、かつてローマイアー将軍が指揮をとった地下壕を狙ったものが、アデナウアーを捉えた。
英雄ローマイアーにあやかって、指揮所を置いていたまさにその部屋で、ドイツ大統領アデナウアーは死んだ。
 その死を確認した2時間後、ケルンは降伏を宣言した。


8 虜囚
ワレンシュタイン
トハチェフスキー

「調子はいかがか?」
 トハチェフスキーはドイツから接収したハムの陸軍病院の奥に位置する個室を訪れた。周囲は傷病兵ばかりとはいえ、 ソ連兵ばかりの中、部屋の前に東ドイツ軍服を着た衛兵が2人付きで立っている。無論、別室には彼らを監視するためのソ連兵がいるのだが。 急づくりの鉄格子を嵌めた部屋は高級な病室というよりは、どちらかと言うと貴人用の牢屋であった。
「最悪だ。祖国の危機に、敵の手に落ちて何も出来ない。かといって、ご覧の手足では死ぬこともままならないよ、トハチェフスキー元帥」
 ワレンシュタインは包帯で包まれた両腕を掲げる。手首は丸くなっていた。
「閣下にお顔を覚えられていたとは光栄の至り。ソ連邦にて軍権を預かっておりますトハチェフスキーです」
「ドイツ国首相ワレンシュタインだ。私を閉じ込めたのは、この有り様をソ連の拷問のせいだと言われるのが怖いからかな?」
「発見された時に、既に指の凍傷は重度に達していました。骨折していた左足は特にひどく、切断するのはやむを得なかった事と聞いています」
「ああ、ひとまず本院医師団の献身的な治療に感謝すると言っておきましょう」
 ワレンシュタインは無感動に言った。
「それで、元帥が見舞いに来るほど余裕が出来たということは、だいたい何が起きたか想像できるというものです」
「アデナウアーは戦死し、ドイツは降伏した」
 ワレンシュタインは怯まず、静かに反駁した。
「その言葉は間違いだ、元帥。一軍の投降はドイツの屈服を意味しない」
「…自由ドイツ政府を自称するものたちはデーニッツをその後継とし、抵抗を続けると声明を出した」
「どうせ、かつてのドイツも今の自由ドイツも君たちは国とはみなしていなかったではないか。今更<自称>などとは片腹痛い。 君たちのドイツの大統領はどこにいるのだ?」
「モスクワ政府は、ドイツの自治がソ連邦への加盟に十分な段階に達したと検討中だ」
「つまりは、評議会とか委員会とか名前をつけた奴を送りつけて、ソ連邦に組み込むんだろう。いつものソ連のやり口だ」
「完全に正当な手続きに則った行為だ。ただひとつ、その点で問題が残る場所がある」
「ほう?」
「現在チェコの進駐下にあるあなたの故郷、バイエルンは、かつて我が国も認めた独立国であるということだ」
「あなたが何を言っているのかわからない。あそこはドイツの不可分の領土だ」
「もしあなたが、ドイツ人としてではなく、バイエルン人としての人生を選ぶというのであれば、 同志トハチェフスキーにとりなして、貴君を統治者の一員として迎えても良いのではないかと考えている」
「要するに、チェコスロバキアでは治めかねているし、緩衝国を潰すとイタリアとの仲が悪くなるから、いうことを聞く奴におしつけようと言いたいのだな。他を当たるがよい」
「ドイツ人でありたいというのならば、ドイツの法に則り、貴君は内乱罪で処罰せねばならないだろう。 もし統治が上手く行かなければ、バイエルンの占領も長いものになるだろう。貴君はバイエルンの民からまた逃げるのか」
「ご覧の体だ。何も出来んよ」
「貴君は政治家であろう。首から上があれば死んだことにはならない。バイエルンからの撤退はその永世中立を条件とするつもりだ。 まぁ、書記局や実際の進駐に当たっているチェコスロバキアは何というかはわからんが」
「その構想は、かつてのバイエルン州の全域をその対象とするものであろうか」
「バイエルンの指導者がそれを望むのならば、考えないこともない」
「少し疲れましたな。少し考えをまとめる時間が欲しい」
「答えを待っている。望みは同志トロツキーにすぐ伝わるようにしておこう」

9 West Side Story
ド・ゴール
セー
ルイ・カーン
ピドー
ポンピドゥー


「大統領、お覚悟を」
 統幕議長セーはド・ゴールに暗い顔で告げた。
「ふぅむ、それほどに、まずいか」
「再編後も我が軍主力は定数の3分の1程度にしかなりません」
「マジノ線まで引いて守れないものか」
「防御線の再整備が終わっておりませんし、突破された後の穴を埋める予備戦力も底をついております」
「ふむ、つまりもう我が国は戦えないということかね」
「徹底動員を行わずに、次のソ連の大攻勢を受けた場合、恐らく我らが大陸軍は消滅するでしょう」
「第一次大戦のような、国家としての大消耗を覚悟しての全力の根こそぎ動員が必要か」
「あとは英米軍が戦うというのであれば、このままで良いかもしれません。そうすれば、国家としてのフランスの命脈を縮めることもないでしょう。
ただし、その場合、パリ防衛の責任は大統領ご自身で負ってもらうことになるでしょうが」
「少し、考える必要がある。ポルトガルも連合よりの立場を明らかにした。これでスペインも動きづらくなる。 バイエルン問題でイタリアとソ連の間もこじれつつある。デンマーク世論もソ連の撤退と糧食の支援で大幅に傾いた。 ソ連包囲の輪は、あと少しで閉じる」
「お言葉ながら、ベルギーは主力軍の大半を捕虜にとられ、体制が大きく揺らいでいます。場合によっては王政廃止の動きに発展するかもしれません。 また、フィンランドは今回のソ連の勝利を経て姿勢を軟化させていますし、東欧圏へのソ連の影響力拡大が見られます。 戦場で勝たなければ、人々の心をつなぎとめる事は難しいのです」
「わかった。今後の事についてはよくよく考える必要がある。今は君は前線を支えることに集中してくれ」

「今後のことについて良く話し合っておこうと思いましてな」
「突然、今をときめく海軍総司令のお招きに預かったと思えば、不穏な話ですなぁ、しばらく見てないが、娘さんはお元気かな?」
 カーン宅に招かれた白髪の老人レオン・ブルムはニコニコとしながら世間話に話題を戻した。
「ええ、お陰様で。今度新設された女子パイロット育成課程に進むことになりまして。彼女が飛べるように成る頃には、 戦争は終わっておるとは思うのですが、親としては心配の尽きないことです」
「終わらせなければならぬね」
 ブルムはきっかりと言った。
「全く同感です。さて、男やもめの大したもてなしはできませんが」
 カーンは椅子を引いて勧める。
「全く、最近ではとんと足が弱ってきていてな」
 ブルムは苦笑交じりに言って腰掛けた。テーブルにはスープ鍋とプランスパン、赤ワインが既に用意されていた。
 カーンはワイングラスを用意すると手早くワインを注いで掲げた。
「祖国に」
「そういえば、日本から買った空母、<シャルロット・コルデー>という名前になったそうだな」
「ええ、まぁ、少しばかりは、こういう役得もあってよいでしょう」
「<シャルロッテ>の前途に」
 そう言ってブルムは仏海軍と娘シャルロッテの安寧を祈った。
「それで、この老人に何を願おうというのかね」
 カーンが豆とじゃが芋とチキンのトマトソース煮シチューを持っている間にブルムが切り出した。
「おや、このままかわされるかと思ったら、いきなりですな」
「食事を楽しみたいから、面倒は先に片付けたいのだよ」
「今は一致団結が必要な時ではあります」
「なるほど、私をして政府への口出しを抑えさせようということか」
「いえいえ、この戦争はおそらくは、国民の満足を得られない戦争として終わることでしょう。問題となるのは終わってからですよ」
 カーンは声を落として言った。
「我々は裁かれる用意があります。万一の場合には、責任は現首脳部に集め、国論が分裂させて国力の浪費をしないようにすべきです」
「エリゼ宮以後のフランスか。それとも単に、ドゴール以後のフランスか、どちらかは知らんがあまり遠くないだろうな」
 ブルムはフランスパンをシチューに浸して少しづつ口に運ぶ。
「最近は随分と歯も悪くなってきていてね、私が国家の為に働けるのもあと一年くらいかもしれない。何か仕事をたのみたいなら手早く頼みたいとこだ」
「尽力いたします」
 カーンはパンに兎肉のパテを山盛りにして齧った。塩辛さが舌に重くまとわりついた。

「ドイツ人のために血を流し、イギリス人の安全を守り、我が国の足場たる小協商は完全に崩壊、ソ連軍を前面に抱えながら、 弱り切った海軍で略奪者の枢軸どもと対峙しなければならぬ。これではあまりにも祖国は報われないではないか!」
 会合で公然と現政権の批判を口にする外相ピドーに周りの熱気が高まっていた。
「アルジェリアはフランスと不可分の存在である。ソ連対策は私にまかせてほしい。良い策がある。。 なにもドイツ人のために血を流し続ける必要はない。我々はバルト海を支配しているのだ。 クリミア戦争の時のように、ロシア中心部を直撃する構えを示してしまえばいいのだ。それでソ連は倒れるだろう」
(そうなった時は、ソ連の動員力に呑まれる可能性が高いが)と内心で思いつつピドーは言った。
 このまま米英の盾に終わるつもりは毛頭なかった。そのためには、来る選挙についても考えなければならない。 もしも、仏軍がソ連を押し返せなかったば、パリに押し寄せる赤軍によって、ドゴールの命脈は立たれるだろう。 しかし、もし押し返せたとしても、フランス市民はドゴールの対処には不満足を感じるだろう。 その時の選択肢を提供することは、決してフランスの国益に背くことではない。そうピドーは思うようになっていた。
 スウェーデン、フィンランドに話をつけて両国の間にあるオーランド島を連合国基地として確保し、 そこを拠点にバルト海沿岸部を艦砲、戦略爆撃で締めあげてしまえば、ソ連の統治は大きく揺らぐこととなるだろう。
 ブラフの外交カードとしては、いまさら弱体化したドイツの再興を試みるよりもよほど得になりえる。

 ポンピドゥーは、記事と各省から上がってくる統計を睨みながら苦い顔をしていた。
 市民への余暇の提供やアルジェリア独立派への取締強化などの対策はそれなりに功を奏しつつあるが、 前面に迫るソ連軍と、間近となったドゴールの任期は政権から日に日に求心力を奪っている。 前線軍が危機的になっていることは既にわかっている。しかし、これ以上の破滅的な根こそぎ動員を許すべきだろうか。
「ソ連邦は、無理に無理を重ねた動員を行なっている。連中の足元は思ったよりも脆いはずだ」
 仮に現状を維持できた場合、英米仏の連合3カ国でソ連に対抗可能な国力は温存されるだろう。
「こうなっては、米英の冒険的な上陸作戦など取りやめ、国境線を固めてドイツを諦め、 バルト海沿岸の工業地帯を海軍で叩きまくってソ連を交渉のテーブルに引きずり出すのが得策ではないか」
 なかなか大陸にコミットしようとしない英米への不満は、フランスに充満しつつあり、ポンピドゥーもその例外ではなかった。

10 Air Managemet
アーノルド
キルシュガイスト
ダウディング
ドゥパイユ

「手酷くやられたな」
 ヘンリー・アーノルドが唸る。パリでは、連合国の制空権の危機に臨んで 各国の空の責任者が緊急に集まって対策会議を開いた。
「ソ連空軍は一年前とは違う」
 疲れの溜まった声で、仏のドゥパイユが仏語の滑らかさを残す英語で応じた。
「被墜約2500、春に欧州に展開する航空戦力は空母機まで入れても、連合全体で4000機程度、 一方ソ連の保有機は5000機を超え、うち新型ジェットMig15は1500機を超える見込み…か」
 ダウディングが手元の書類を見てため息を履く。
「こちらの保有するジェット機は400機に満たない。しかもMig15に比べれば型落ちも良い所という奴だ」
「フランスは漸くMe262のライセンス生産の本格化と、P51Gの再改造型がラインに登場した矢先だ。  ここからの新型機開発、生産となると頑張って半年かかるだろう」
 英仏の代表二人が陰鬱な表情を隠さずに現状を説明する。

「俺は英語よく解んないんだがよぉ、こんな暗い顔で話し合ってたら勝てる戦も勝てなくなるぞ!」
 場を覆う暗いムードを一喝するように、キルシュガイストの野太いドイツ語が場に響く。
 苦笑をしながら、ドゥパイユが英語に通訳すると、アーノルドは肩をすくめ、ダウディングは軽く自らの頭をはたいた。
 嫌な空気をふりきるように、アーノルドが議論を要約する。
「つまりはあと一年は敵に劣るジェット機とプロペラ機で戦うよりないということだ。ならばやれることをやるしかないではないか」
「ジェットは速度が早いぶん燃料消費も激しい。設計で航続力を稼いだとしても滞空時間は限られてくる。 性能が少々劣っていたとしても、戦場に何機、どのくらいの時間飛んでいるかが勝負の要になるのは、緒戦でソ連空軍が我々に教えてくれた」
 ダウディングがすかさず対抗策を口に出す。
「その場合、地上支援は二の次になりますな」
 ドゥパイユの懸念をアーノルドが切り捨てた。
「しかたあるまい。我々は敵の爆弾を味方の上に落とさせない事を第一に行動すべきだ」
「しかし、その戦術をとるならば消耗も大きくなる」
 ドゥパイユが再び懸念を口にするが、アーノルドはそれも否定した。
「心配ない。機体は十分にアメリカが提供しよう」
「近接防空はロケット兵器に依存するというのはどうだろうか、開発は進んでいるのだろう?」
 ドゥパイユの提案にダウィングが快く応じた
「それもいい、推進しよう」
 片隅で聞いていたキルシュガイストがあくびを噛み殺しながら挙手する。
「あー、えーと、要するに今の調子で頑張れってことだな?すまんが、訓練が忙しいんで中座させてもらう」
 席をたつキルシュガイストは英語でこう言い残した。
「ハブ・ア・ナイス・ミーティング!」
 一介の超然とし過ぎた態度に、全員がどう反応したものかと戸惑っていると、
「あ、あとお前ら、ちゃんとドイツ製エンジンのライセンス料金は払えよ」
 振り返って、それぞれに指を指して言った言葉に皆が苦笑した。
 ムードメイカーの背を拍手を持って送ったあと、残された者たちはこれからの連合空軍の構想について熟議を重ねるのであった。

11 カブトムシ
トロツキー
ポルシェ

 新型の中戦車の視察に訪れたトロツキーは上機嫌を隠さずに示していた。 ムィシに倣った半円球状の砲塔に、極限まで下げられた車高、長く突き出された53.5口径100ミリライフル砲。
「この砲塔のフォルムは実に美しい!伸びる砲身はジゥーク(カブトムシ)の角のように強そうだ!」
 開発を推進したポルシェ博士が視察に同行していた。
「この戦車は連合の重戦車にあたるペタン、パーシングを有効射程外から撃破可能です」
「敵もそうした戦車を中戦車に格下げして、装備の更新を進めていると聞くが、配備で遅れをとりはしないだろうか」
「現行の敵戦車であれば、T34−85でも十分に戦えるでしょう。そして、この戦車は我々に再び機甲戦の優位を与えてくれるものになるでしょう」
「そうか!素晴らしいな」
「ところで、もしよろしければ、ムィシを超える超超重戦車の開発を始めたく…」
「同志!君にはムィシやこの戦車をより完璧にする任務がある!ああ、この戦車が戦場に届く日が楽しみだ!」
「…では、この戦車に同志の名前を拝するのはどうでしょうか」
「いやいや、そのような国家技師の貢献を前にそんな僭越なことはできない!この戦車の名前は君の名前にしよう! 新戦車トロツキーなんて俗な名だ。新戦車ポルシェ…いや、フェルディナント。これがいいな、詩的だ。高原を吹き抜ける風のようだ!」
 熱っぽく語るトロツキーに異見を言う気はポルシェにはなかった。どうせ車の名前など、持ち主が好きに呼ぶに違いない。 エンジニアである彼は、他人が車に注ぐ熱愛に口を挟むほど狭量ではない。そんな暇があるなら、 更なる強力な戦車を生み出すことに熱中していたいのだ。

12 ソ連外相の忙しい冬
リトヴィノフ

 リトヴィノフは、チェコスロバキアの参戦をテコとして、精力的にソ連の足場を固めるための外交を行うために飛び回っていた。
 トロツキーの命令に従い、赤軍のデンマークからの「撤退」を確認した後、北欧における緊張緩和を開始した。 ソ連と国境を接するフィンランドはこの動きに乗った。他の大国の支援なしに、いつまでも隣国の超大国と対立をし続けるわけにはいかない。
「約束通り、フィンランドは38センチ砲の引渡しによって、ソ連邦の懸念を排除する」
「よろしい、引換えとして、ソ連=フィンランド相互不可侵条約を締結させていただく」
「両国の長き友好に」
 リトヴィノフとフィンランド代表はショットグラスのウォッカを呷る。
「ところで、砲身を渡していただいたのは確かに約束通りだが、弾が一つもないとはどういうことか」
「お恥ずかしながら、荷揚げの際に事故で水に使ってしましてね、とてもお渡し出来る状況にないのです」
「ほう…あの大砲は確か、海軍砲だったかと記憶しておりますが、そんなに水に弱いと大変でしょうな」
「いやはや、全くつまらないものを買って持て余していたのですよ」
「なに、弾薬があったとしても、いちいち君等に向けやせんよ」
 相手がしゃべる間にお互いに手酌でウォッカを注いでいる、ウォッカの酔いもあって口調も砕けてくる。
「それはそれは、まぁ大砲は引き渡すと言いましたが、弾まで渡すとは言っておりませんしな」
「海岸に並べておけば、敵海軍への偽装くらいにはなるかもしれないな」
 両者は冷たい目のまま笑った。フィンランドとしては、譲った大砲を自らに向けられるわけにはいかない。
「ところで、側聞したところ、貴国のオーランド島に関心を抱いている国があるとか」
「ああ、スウェーデンは常にあの島の帰属に関心があるでしょうな」
 リトヴィノフは目を細めて言った。
「我が国としては、バルト海の奥深くに敵対勢力の基地が出来るというような事態は許容しかねるのだが、 そのような場合になれば、自衛の為に攻撃をせざるをえないだろう」
「とはいえ、あの島は高度自治の対象ですからな、我々の命令一下なんとでもなるというような事ではないのです。 我が国としては、かの島に対して我が国の主権が及んでいるということを認めてもらえるならば、それを尊重するよりないのです」
「では、直裁的に言おうか、あそこに連合国基地を建設するつもりなら、貴国の安全には致命的な危機がもたらされるだろう」
「今の貴国に、海の向こうの敵になにができるとも、我が国の誇る防衛線が突破できるとも思えませんがね」
 痛いところをつかれたリトヴィノフは早口でまくしたてた。
「オーランド島を火の海に帰ることなど造作も無いことだ」
「それを覚悟で島民たちが、何かを受け入れるならばしかたないことですな。 重ねて言うが、我が国の主権を確認していただけるならば、そのような些細な事を申し上げる気はないのですよ」
 フィンランドとしては、バルト海深くに連合の基地ができる事は、戦略バランスの確保のためには諸手をあげて歓迎したいが、 そのために本土を犠牲にするつもりはないようだった。そのためならば、大砲と証文の取引は決して悪くない取引とみなしたのだ。 「貴国の主権を尊重するにやぶさかではないが、敵対国である連合国の基地の破壊についてはその限りではない」
「それはどうしようもありませんなぁ、いやぁ、イギリスがデンマークにしたような、妙な気さえ起こさなければよいのですが 彼らは何を考えているかわからないところがありますからなぁ」
「くれぐれも用心を怠らないようにしていただきたい」
「いや貴国の忠告、全くです」
 最後まで両者の目は冬の冷たさそのままだった。ウォッカの瓶は空になっていた。

「全く、あんな寒々としたところは真っ平だ。温かい所に行きたい」
 フィンランドとの不可侵条約をまとめたリトヴィノフは、モスクワに腰を落ち着ける間もなく南西方面へと足を伸ばした。
 ルーマニア、ブルガリアに打診していた相互経済援助協定交渉に赴く。
 T34、Ta152といったソ連では二線級になりつつある軍事技術の提供、 世界的海運の逼迫による不足物資の補填を武器に食料、石油といった戦略物資の供給を促すことを主眼とした交渉は両国に好意的に受け入れられた。 ケルンが再び陥落してドイツが事実上崩壊し、中欧におけるソ連の覇権が確立されたことは、同地域のソ連の発言力向上に大きく貢献した。 対抗軸として枢軸に縋ろうにも、イタリアは自前の環地中海勢力圏の護持以上の関心はないようであった。
 フランスが形成しつつある西欧経済共同体に対抗する、中東欧の経済共同体がリトヴィノフの手で徐々に形作られつつあった。


13 ベルリンからの景色
フルシチョフ
トハチェフスキー
マカロフ
クズネツォフ
パウルス

 在ドイツの高官が集まり、ノイマイスター以後のドイツ統治について検討を行なっていた。
「この度はドイツ統治の不手際で迷惑をかけた」
 フルシチョフがトハチェフスキーに頭を下げた。
「むしろ手早い対処に感謝をしなければならない。この冬を置いて攻勢成功の目はなかったのだ」
「奴は自分の手下であるドイツ防空軍の掌握も出来ていなかったからな。せっせと自前の戦力を増やすような奴であればもうすこし大事だった」
 ドイツ人を揶揄する機会を逃さないマカロフが口を挟む。
「なぁ、パウルス将軍、私は常々思っているのだが、ドイツ人には統治の才能が民族的に不足しているのではないだろうか」
 水を向けられたパウルスは流石に不機嫌そうに応じた。
「そのような国だったからこそ、我々がこの場にいられるということだろう。それで、今後はどうするつもりか?」
「まずは、バイエルンの処理からだな。イタリアの態度を考えると、手放さなければ、彼らが連合につく可能性について考えなければならない」
 トハチェフスキーが場の議論をまとめる。
「フランスと同盟を組む?まさか」
 マカロフが驚きの声を上げるが、トハチェフスキーは一言で切り捨てる。
「戦場ではなにが起こるかわからない。君もよく知っているはずだ」
「しかし、流石に自由ドイツの首班をスカウトするのはいかがなものか」
 フルシチョフが苦言を呈する。
「彼がただのバイエルン宰相に収まるということであれば、それは自由ドイツ政府の正統性に大きな損害になるだろう。 しかも、イタリアにとって自由ドイツは確かに仇敵であるが、それを事実上影響下に置けるということはかの国の国民感情を満足させるだろう」
「もしもその構想が実現するとして、どのような国体にするおつもりか」
 パウルスが問う。
「軍用航空機開発の禁止と、自衛力を超える戦力を有さない国とするべきだろう。そうすることで、 航空産業はチェコスロバキアならびにドイツ本土に移設し、中長期的に逆らえないようにする。 なんなら当面は治安維持のためにイタリア軍の進駐を認めても良いかもしれない」
 トハチェフスキーの提案にフルシチョフが乗る。
「なんなら、ドイツ国内の独立分子を全部そちらに押しこむという手もある。そうすれば大幅にドイツ統治の困難は少なくなる。 そうなれば人民評議会を招集して、国家ドイツを正式にソ連邦加盟にすることも可能だろう」
「もし、ワレンシュタインがこの提案に乗らない場合は?」
「誰か他のものを立てて、ワレンシュタインはドイツ国内法で処刑すればよいだろう。 たかが自治体の長に選ばれたにすぎない者が国軍に司令を出すなど、叛乱以外のなんだというのか。まぁ開放してもいいかもしらんが」
「しかし、イタリアを喜ばせるためだけにそこまでする必要があるだろうか、いっそドイツ全土をソ連に組み入れた方が効率が良いのでは?」
「これ以上、面倒を増やさんでくれ!」
 フルシチョフが声を上げる。
 「ドイツの兵器で今の戦線が支えられているのはわかる。だがしかし、ドイツ統治の費用もなかなかバカにならん額になっている。 中長期的に見れば、敵の工作員を排除し続け、敵陸軍に対処するための軍備をドイツに貯めこんでいくのはソ連にとって重い負担となるだろう。 戦線の拡大は、ソ連経済にとって不利になる。私は反対する」
「まぁ、どのような路線をとるかは究極的には同志トロツキーの決めることだ。我々にできるのは精々が検討することくらいだからな」

「実際のところ、アメリカを含めた連合国との国力差はどうなのだろうか」
 マカロフがフルシチョフに尋ねる。
「現時点で戦争経済という意味ではかなり拮抗しているのではないかと私は判断している。民需については…あまり考えたくもない」
「やはり、完全に勝利するためにはパリまで突破するよりないのではないのではないか、 敵対勢力を完全に欧州大陸から一層すれば楽ができるのではないか」
 トハチェフスキーは更なる攻勢について提案する。
「その場合、海軍にはたっぷり予算と人員をいただきますよ?」
 クズネツォフが茶々を入れる。すっかり、海軍総司令官の頃に戻ったようだった。
  「それでも陸軍に大量の人員を動員し続けるよりはマシだろう、実際の所、敵の上陸をどれくらい防げるかが今後の進展の鍵だが…」
「Mig15登場いらい、空戦は1:3のキレルシオを記録している。戦場投入された1300機のうち落ちたのは230機程度。 少なくともこの春の上陸であれば、制空権は固いだろう。問題は海上でどれだけ敵を撃破できるかだ。 こればかりは敵の海軍戦力に依るので確たることは言えない」
「海軍では現在、駆逐艦に誘導弾の搭載を進めている、敵艦隊の姿が見えるところまで近づければ何らかの損害は与えられるかもしれない」
「誘導波を海軍艦艇から出せば、空軍の対空砲火による損害は減る可能性がある」
「そのことなんだが、今度の電波信管ってのは、自前で敵との距離が測れるんだよな?そして誘導のノウハウを既に蓄積されているんだから 自立誘導型のロケットって作れないものか、そうすれば敵の有効射程外から撃ちこんでそのまま逃げれば良い」
「可能性はあるな、技術部に検討するように共同で提案をしておこうではないか、次の戦場では間に合わないだろうが、次の次には間に合うかもしれない」
「何事も敵の一撃を防いでから、だな。問題はどこに敵が上がってくるかが読めないことだ」
トハチェフスキーの言葉に全員が暗黙の同意をした。この春を乗り切れば、ソ連邦はパリまでその腕を延ばすことも可能となるだろう。 問題は春を乗り切る見込みがまだ立っていないことだった。


14 旌旗は倒れず
デーニッツ
バイエルライン

「臨時大統領就任おめでとうございます」
 バイエルラインの祝辞にデーニッツは苦笑いで応じた。
「私は前任者ほどうまくはやれないだろうがね」
 陰謀と演説の名手であったアデナウアーや不屈のワレンシュタインに比して地味とされてきた デーニッツ国防相の自由ドイツ臨時大統領職就任を祝ったのはアデナウアーのそれよりも少なかった。
 それはそうだろう、アデナウアーが大統領になった時、彼の元にはまだ4個軍があった。イギリスに逃れた時でさえ、1個軍を有していた。 今バイエルラインの指揮下の陸軍には臨時編成の大隊がひとつきりである。仏軍建制内に名目上は3個師団を保有する自由ポーランド以下である。
「ところで、大統領閣下、ひとつ相談があるのですが、閣下の潜水艦隊から陸戦隊を編成していただけませんか? 海軍資材は枯渇しつつあるようですし、空軍の降下猟兵連隊と合わせれば、今ある兵力と併せて1個旅団程度の戦力にはなろうかと思うのですが」
「せめて、海軍兵には専門の海で戦わせたいものだがね…考えておこう」
「それと、修理待ちの艦船、どうせフリードリヒ・デア・グロッセに乗員をとられてまともに動かせないでしょう。 船員補充の目処もたたないでしょうから、あれもスクラップとして売り払って国庫の補充に当ててはいかがでしょう」
「我々もポーランド人の如く、何十年かを国外で耐え抜かねばならないかもしれないな…併せて検討しよう」
「ええ、我々には覚悟が必要でしょう」
「そうだな…、ところで君はベルギー人を逃したことで、それなりにベルギーで評価されていると聞く」
「ほとんど、逃げられませんでしたが」
「そこで、君を見込んで幕僚会議から指名があった、リエージュに籠るベルギー軍残余5個師団の軍監を務めてくれとのことだ」
「そんなものが必要になるほどに頼りないのですか、今のベルギー軍は」
「そりゃ、国外に出した兵がほとんど帰ってこれないのだ、動揺も大きかろう。  ソ連が捕虜返還と引換に領内の通過を要求したら折れる可能性さえある」
「ベルギーおよびルクセンブルクの戦線脱落はなんとしても食い止める必要がありますな。全面的な崩壊を招きます」
「ということだ、君の役割は重く、与えられる兵は僅かでしかないが、これを頼める人物は他にいない。 ここを押し返せなければ、ドイツのみならず、連合国としてもこの戦争は敗北する」
「小官の一命をかけて任務に当たらせて頂きます」
 バイエルラインは新たなる戦いに身を引き締めた。



15 オフショア・バランシング
チャーチル
カニンガム
マウントバッテン
キング
マッカーサー

「ヘルゴラント島への夜間上陸は無事成功しました」
 カニンガムの報告にチャーチルはホッと息を吐く。
「制空権が覚束ない中でよく敵を出し抜けたな」
「部隊が小規模で済みました敵も守備兵力をおいておりませんでした、しかし、機雷による損害が出ております」
「やはり、北海沿岸は相当に固いか」
「ええ、ブレーマーハーフェン、エムデン、ヴィルヘルムスハーフェンといった湾港機能は完全に破壊されている模様です。 北海沿岸での上陸戦には相応の困難がつきまとうでしょう」
「デンマーク半島や、キールといったバルト海側の港はどうか」
「こちらの破壊以来、敵は湾港機能の復旧をしていないようです。こちらがバルト海に入れば、動揺の破壊措置をとる可能性が高いでしょう。 一方でデンマーク領内のインフラに対して破壊の跡は少ないです」
「フランスの要請通り、ベルギーに兵を上げてパリを守るか、あるいは、デンマークから回り道、危険を冒してドイツ本土… いや、いっそポーランドやバルトを擾乱することも考えに入れて良いかもしれない。 ソ連沿岸諸島部に戦略ロケット基地を設けてソ連内部を叩く手もある。マウントバッテン卿の開発報告はどうなっている」
「…順調との報告が上がっています。それと上陸用に機雷/地雷の突破兵器開発の提案が上がっています」
 ペラペラと書類を捲り、該当のページを提示する。
「ほう、これは車輪をふたつつけてロケットで前進するのか…面白いアイデアだ。よく検討をしておくように」
 戦車という兵器をもたらしたチャーチルの天啓が、この兵器は必ず将来の戦場に立ち現れると予感していた。
 
「それで船舶は確保できたのか」
 マッカーサーが苛立たしく、キングに尋ねる。船舶不足がアメリカ軍の欧州展開を妨げている間に、 ヨーロッパの選挙区は大きく共産陣営に有利に傾いてしまった。
「まかせてくれ、アメリカの大陸間輸送能力は月5個師団まで増強された。太平洋、インド航路を日本に肩代わりさせ、 中南米の船まで次期戦時量産艦と引換えにしてかき集めた結果だ。英国も欧州中から船をかき集めてきた。 恐らくこの支払いは今港で腐りつつある英国艦艇を売り払うことで、支払わなければならないだろうな」
「大統領は第6軍の欧州転用を認めた。これで投入戦力は更に5個師団増える。本土防衛はなんとわずか3個師団だ。 今ならメキシコ軍が侵略してきても対抗できないだろう」
「私も太平洋から、戦艦と引換に空母1隻の転用を認めさせた。文字通り、今の段階でアメリカが出せるギリギリの数だな」
「イギリスに展開中の部隊が第2軍から5軍の(自動車化)歩兵20個師団、プラス海兵2個師団で22個師団 これに英国第4軍団の4個師団、第3軍10個師団、第1戦車軍7個師団、で英軍合計21個師団か、春にこれを全て運べるのか」
「海峡渡航に専念したとしすればウチが月10個師団、英仏白で月5個師団というところだから3ヶ月で45個師団を運べることになる」
「素晴らしい、完璧な仕事ぶりだ。アーネスト」
「尤も、これは沈められなければ、という条件が付く、第一陣で損害を受ければそれだけ運べる量は少なくなる」
「その時こそ英国海軍の損傷艦を使えばいい。あれなら頑丈だし、最悪、片道覚悟で自沈して防波堤にでもすればいい」
「さすがにそれは向こうも渋い顔になるだろうな」
「なに、その補填はこちらの造船業者がやればいい。大統領も支持基盤が潤って喜ぶだろうさ」
「なるほど、そういえば、イギリス人が苦しむ事は大歓迎だ」
 欧州嫌いのキングが冗談にならぬ冗談を述べた。
 英国にとっては、ソ連艦隊の脅威を取り除くことがこの戦争の主眼であったし、アメリカにとっては、欧州が騒がしくならなければよいのだ。 海洋国家である両国にとっては、あるいは戦争は既に終わったものだったのかもしれない。

第三国外交データ

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