第5ターン 1945年9月〜11月 1945年秋ターン

第5ターンアクション 〆切9月16日(日) 公開予定10月14日(日)

1 星を狩るもの

ドゥパイユ
アデナウアー
マカロフ

「ヨシッ!いっちょ赤い星を落としに行こうじゃあねェか」
 キレのいい指示が基地に響き渡る。出撃するパイロットの肩をバンバンと叩いて送り出す自由ドイツ空軍司令官の姿を ドゥパイユは羨ましそうに見ていた。
「いいな、ああいう統帥は見ていて気持ちがいい」
 同行していた戦闘機大隊長がドゥパイユに耳打ちした。
「やらないで下さい。貴方がいきなりやると部下が気持ち悪がります」
 ドゥパイユは薄く笑って、砕けたふうに言った。 「全く、違ェねェや」
 大隊長がブルリと肩をすぼめたのを見て、ドゥパイユはやはり真似をするのはやめておこうと決意した。

「そいじゃ、旦那、ちょっと行ってくるぜ」
 その言葉にドゥパイユは、ハッと我に返る。真逆、空軍総司令官が前線指揮を取る気か。
「莫迦な!」
「莫迦じゃなけちゃ、こんな空は飛べねぇよ。何、新型機のテストみたいなもんだ」
 そう言うと、Me262の操縦席に跨った彼は離陸体制に入っていった。

「敵の戦闘機中隊とみられる一団は後退する爆撃機を追撃しつつあり、高度7000…」
「これが空中管制って奴か、便利だな。今後はこっちで飛ぶのもアリだろうな」
 キルシュガイストは管制に従い、合流点を目指す。

「爆撃機で釣って、戦闘機で狩るという戦法と言ったが…相手にもレーダーがあるんだからな。イロイロ手は打ってくるよな」
 後退する爆撃隊に纏わりついた点のようなものを見てとると困難を把握した。
敵だって莫迦じゃない、直接護衛の戦闘機には旧式機体をぶつけて爆撃隊に追撃を送る程度の知恵はあるだろう。
「敵はジェット、繰り返す、敵はジェット」
 爆撃隊からの報告に眉をひそめた。咄嗟に見破れなかった視力に衰えを感じざるを得ない。
「いよいよ引退かねェ…それが最初のジェット同士の戦いだっていうんなら本懐だ、やってやろうじゃねェか」

 ヒラリヒラリと軽快なレシプロ機同士の戦いを剣舞とするなら、ジェット機の戦いは居合である。 速度があり、エンジンも機体も無理が効かないジェット機は必然、速度を生かして相手とすれ違いざまに射抜くように戦う。
 相手の速度を見越して予測位置にトリガーを引くと、ドンドンドンドンと突き上げるような4丁の30ミリ機関砲の野太い振動が走る。
「ヒューッ!」
 相手機が火を吹いたのを視界の端で確認してキルシュガイストは歓声を上げた。
「あれがYak15か、出来損ないだな。火力も速力もこちらが上だ」
 自らの機体の優位を確信できた事に、キルシュガイストは大いに満足したのだ。

 ドイツが初のソ連ジェット機を撃墜した事は大きな反響を呼んだ。
アデナウアーは大いに喜び、新たな勲章を作って称揚するほどであった。
だが、それを称揚しなければならないほどに、自由ドイツが、連合国が苦戦を強いられていることの証明でもあった。


「バカの一つ覚えのような出撃だな」
 マカロフは目下の展開を優位に進めていたが、実に不満気であった。進めてきた防空システムと戦力整備の結果である。
「実に結構なことではないですか」
 不思議そうに参謀が尋ねると、マカロフは断じた。
「連中はバカではない。故に、この消耗戦は必ず意味を持っている」


2 Aから始めよう

セー
ベルティノー
トハチェフスキー
ウボレヴィッチ
ジューコフ

「派手にやって下さい」
 連合国軍のトップたる統幕議長セーは実戦部隊を預かるベルティノーに今次攻勢の要望を伝えた。
「どこまで行っていいんですか」
「まずは、ライン川西岸の奪還、その先の橋頭堡としてフランクフルトへ」
「各国軍の利用については、私の一存でかまいませんか」
「任せる。但し、先陣は自由ドイツ軍…まぁ見せ札だ。補充がきかんからあまり血は流さんでくれ」
「フランス人の血もタダじゃあないんですがねぇ。この充足率では攻勢は一撃限りで動けなくなりますよ」
「…追加の大規模動員を行うべきかもしれないな」
「是非ともご検討下さい。私もしばらく派手に暴れたいですからな。それでこの作戦の名前はなんです?」
「一応、A(アンジュ)としている。何か希望はあるか」
「いえ、是非ともZまで勤めあげたいですな」

 ベルティノーは主攻勢軸をロレーヌ地域からザールブリュッケンへの北上に取り、
ライン側西岸を舐めるように右翼に機動部隊を走らせることによって、敵北ライン方面軍の包囲形成を図る事とした。


「歩兵部隊の損害軽減と回復を重点に」
 共産軍のトップたるトハチェフスキー参謀総長は、ジューコフとウボレヴィッチに今次撤退戦の要望を伝えた。
「どこまで退いていいんですか」
 ウボレヴィッチが問う。
「ライン東岸だ」
「ケルンは放棄しても構わないのですか」
「あの街は政治的に重要だが、戦理に代えられるものではない」
「では、せいぜい利用させて貰うとしましょう。彼等はケルンに来ます」
「私も同意見です。敵の主攻正面はザール地方だと考えます。アルザスは地形的に攻勢軸に向かない」
「では、同志、君の所の機動戦力を譲ってくれたまえ」
 ウボレヴィッチがジューコフに言う。
「まだアルザスに来ないと決まったわけではありません。攻勢正面を見極めてからでも遅くはないでしょう」
 お互い、戦力に余裕が有るわけでは決して無い。場が緊迫したのをトハチェフスキーが宥めに入る。
「私がジューコフに第10軍集団を預けたのだ。君たちであれば必ず適切に運用してくれるものと信じている」
 比類することなき英雄による叱責に近い声色にウボレヴィッチも諦めをつけた。
「分かりました。足りない時は遠慮なく増援を申し込みます」
「必ずや適切に機動してご覧に入れます」
 トハチェフスキーはその様子にニコりと笑う
「よろしい、くれぐれも、温存重点だ」

 一方、敵軍にそれなりの時間と出血を強いねば、追撃は必至であった。
ジューコフとウボレヴィッチはライン西岸に築いた島型橋頭堡を用いての進路妨害を試みる事とした。
それは連合軍機動部隊の進撃路に当たっていた。

 連合国機動部隊の先遣を担っていたのは、新編された仏第1戦車軍である。
戦車師団5個に自動車化歩兵師団3個を連ね、目下、連合の最優秀戦車たる<ペタン>の独立重戦車大隊を付属している。
 第一の陣地はヴェルト・アム・ライン。守るはソ連第20軍、第27軍。 第27軍はフィンランド国境警備から転用されており、意気、装備ともに軒昂だった。
 橋を落として包囲できる可能性があり、迂回するには地形が込んでいる以上、攻撃をしないわけにはいかなかった。

 4日の陣地戦の後、フランス軍はソ連軍の退却につけ入りって橋を確保した。
ここでジューコフはザール地方が敵主攻撃方面と推定し、予備戦力たる第10軍集団(第3親衛戦車軍、第4、5機械化狙撃軍)の投入を決心。
 ソ連のトハチェフスキー3型重戦車とT34-85の新型戦車は存分に力を発揮した。
 元よりライン西岸突破を主目的としていたフランス軍は早々に撤退をしたが、 ソ連の新型戦車の前にほとんど打撃を与えられなかった事に、連合軍幹部は大いに焦りを感じざるを得なかった。 新型重戦車の配備、大威力歩兵携行火器の開発をいっそう進めていく予定ではあったが、短期にソ連に追いつくかどうかは予断を許さない。

 第二の陣地はヴェルト・アム・ラインの北、ランダウに構築されていた。 ソ連側守備兵力は第28軍。チェコ・バイエルン警戒に当たっており、この軍もマジノを巡る消耗を回避している。 仏軍は先の戦訓から無理押しを避けた。 仏第2戦車軍はランダウを西回りに迂回して北を目指し、ランダウ包囲は後続の英第1遠征軍に引き継ぐ。
 その先、ロレーヌの出口にあたる狭隘部、ノイシュタット・アンデア・ヴァインシュトラーセには、 ソ連邦最強の戦車軍、第1親衛戦車軍が陣に入って防御線を展開していた。
 中核に座るは、先行試験で配備されたドイツの技術を組み込みソ連が生み出した最凶の鉄塊。 前傾した車体に長大な52口径130ミリカノン砲を備えた円盤状の砲塔を乗せたその戦車を、生みの親ポルシェは皮肉を込めて鼠<ムィシ>と呼んでいる。

「畜生!悪魔か何かか?」
 ロレーヌの突破を果たすべく、ソ連第1親衛戦車軍に攻めかかった仏第2戦車軍は恐慌状態に陥った。 あらゆる攻撃を弾き返し、自軍最強の重戦車が3000メートルで安々と正面装甲を貫かれては、攻勢どころではなかった。
 <ロレーヌの悪魔>を先頭とした第1親衛戦車軍の北からの逆襲に連合軍が対処をする間に、 ソ連第28軍は東へと自力解囲し、第二次陣地であるシュパイツァー橋頭堡にたどり着いた。  ジューコフの巧みな遅滞防御に翻弄されライン左岸を下っての包囲という連合の目論見は外れつつあった。


3 Belgium's rush
 
ドゴール
セー
ウボレヴィッチ

「ソ連邦の暴虐を防ぐための戦争に、我々は参加する」
 ベルギーの参戦報道をラジオで聞いて、ドゴールは大いに満足を覚えた。 右翼からの包囲形成には失敗しつつあったが、中央の進撃は順調にザールブリュッケンを陥落させ、更なる進撃を続けようとしていた。 これでさらに左翼からの圧迫がかけられる。これでライン側西岸の奪回は時間の問題となるだろう。

 ドゴールにとって、更に良いニュースは、スペインがフランスとの防共協定に参加すると表明したことである。
 ヘルギーに新たに設置する欧州復興銀行を経由した融資による国土開発を約束されたフランコは、 これと引換えにフランスへの更なる接近を決めた。
 しかし、これは同時にドゴールに苦悩を与える種ともなった。ジョルジュ・ビドー外相が公然とスペインとの和解に反対を示した。
 根本から植民地主義者であり、反ファシズム主義者でもあるビドーにとっては、これ以上の対枢軸迎合は耐えかねるとばかりに
「ドイツ人のためにこれ以上流す血は無い。ソ連の脅威を跳ね返した今こそドイツの中立化を条件に講和を求め、植民地奪回を目指すべきだ」
 そう閣議で吐き捨てるように言った。
「仲介相手としてムッソリーニは信用できない。フランコは言うまでもない。 私は新たな停戦交渉ルートを開くために、中立国イランを経由してソ連に接触してきます。 いいですか、私はこれ以上の対ソ戦争の継続と拡大、それにフランス文明圏の解体に反対しましたからな。その事は文章に残しておいて下さい」
 そう言ってビドーは、苛立たしげに机を人差し指でトントンと突くと、目を閉じた。
その態度は言葉以上に、これ以上あなたの戦争に付き合う気はないと表明しているようだった。

「我々は、勝たなければならない」
 苦い回想をふりはらうようにドゴールは口にした。開戦以来の苦労を共にしてきた盟友との決別を前にしてなお、ドゴールの決意は揺るがない。 その意思の力こそが、今日までフランスを作り、再生させてきたのだという確信があった。

「ベルギーとルクセンブルクが参戦したか、全く浅ましい連中だ」
 開戦の報告を受けても同方面の防御を担当するウボレヴィッチは平静を保っていた。
「オランダはどうしている」
「フランスは、このままでは戦後の発言権を失うぞと、強硬に参戦を要請したようですが、これに反発して拒否を明言しております」
 政治委員が応える。最初は喧しい存在であってもひとたび馴染んでしまえば、連絡や面倒事を押し付けるだけの役割として有益なものとなる。
「ふうん、奴らはどうするつもりかね」
「日本・イタリアとの接近が噂されております」
「イギリスとフランスはアジア植民地を取られたからな、極東で日本と揉めたら、オランダなどひとたまりもあるまい。 オランダはそれを恐れる限り、日本が加わっている陣営とは融和を取らざるをえない」
「ええ、植民地を搾取する汚らわしい王侯どもの考えそうなことです」
「ならば、少なくとも敵ではない。今のところはな」
 ウボレヴィッチはそう言って顎にてを当てて奥歯あたりを揉んだ。疲れに腫れた歯茎の痛みが頭を覚醒させる。
「ジューコフが戦っている間に、主力は退却に成功している。後は少しベルギー軍の気力を削いでおくとするか」

 ベルギー軍は国運を賭けた攻勢に国内20個師団の総力を動員。先頭を駆ったのは、ベルギーの誇る戦車師団。 装備車輌はイギリスの巡航戦車クルセイダー、フランスのルノーR35、オチキスH35、アメリカのM3グラントなど 各国の型落ち車輌の見本市さながらの様相であった。
 この進撃に対して、ウボレヴィッチは第4親衛戦車軍と第6機械化狙撃軍からなる8個師団の攻撃を叩きつけた。 「ベルギーよ、これが戦車だ」と言わんばかりの圧倒的攻撃を受け、交戦2日目にしてベルギー機動予備軍と戦線中央のベルギー第2軍が潰走。
 状況に慌てたベルギー軍が悲鳴のような救援要請をするのを無視できず、ベルティノーは主力軍から手持ちの機動戦力を割かざるを得なくなった。
 手持ちの最有力の機動戦力は自由ドイツ軍「グロース・ドイッチュラント」であった。

「ケルン奪還一番乗りは俺たちの手で達成しなければならない!」
 国土奪還の悲願に燃える自由ドイツ軍は行動の自由を得ると、遮二無二北へと機動を開始した。 途中ノフェルデンに陣するソ連第5親衛戦車軍を退けると無人の野を駆ける如くケルンへと迫る。 ベルギー軍の救援という意味では正しかったが、右翼の進撃が遅れている中でのそうした進撃は、 側面の防御をがら空きにして戦線が無軌道に拡大していくということでもあった。

 この状況を本営で確認したセーは、このタイミングでソ連の予備戦力が側面攻撃をかけていれば、 戦線の全面的な崩壊を覚悟せざるを得なかったと後に語っている。だが、そうはならなかったのだ。


4 Cの訪問

チャーチル
トロツキー
ヴァイアン

 時は数日ほど遡る。英国首相チャーチルは危険を犯して空路デンマークを訪れた。 莫大な経済投資と引換にデンマークに連合国の航空基地の設営許可を求めるためだ。
 デンマーク政府は「中立違反の為」を理由にこの申請を拒否すると、なおもチャーチルは 「デンマークも共に対ソ連戦に参加すべきである。シェラン島を防衛する戦力は提供する」と詰め寄った。

 この動きはイギリスの態度を不満に思っていたデンマーク中立維持派、左派を通じてソ連側にもリークされていた。
38センチ砲の輸送、受領で拗れていたデンマーク、フィンランドに対して、
「連合国による中立侵犯の試みの犠牲者となってはならない。ソ連はドイツにおける紛争問題についてあらゆる国の中立を引き続き尊重する」と声明を出した。
 このトロツキーの声明に大いにデンマークの国民は揺り動かされ、一部市民が英国大使館を囲む状況に至った。 要求を突きつけ、帰路を急ごうとしたチャーチルであったが、 空港を監理するデンマーク軍の兵士がチャーチルの帰国便の時間をソ連に漏らしていると発覚する事件があっては、帰国も思うに任せない情勢になってしまった。
 チャーチルはこれを奇貨として、デンマークの中立違反を責め立て、コペンハーゲンへの英国艦隊入港を強行に求めた。
 落ち度を認めたデンマークは渋々とこれを受諾したが、この政策は特に陸路ソ連の脅威に晒されるユトランド半島の住民を中心に、大規模な反発を招いた。
 内外からの圧迫にデンマーク政府は事態収拾の能力を急速に失い、米英を中心とする連合軍艦隊は、計画を前倒してデンマークへの「進駐」を強行することになった。

「オイィ?これはどういうことだ!空母<ニュージーランド>に艦載機が乗って無いまま出港だと?お前は今すぐ鮫の餌になりたいのか」
 連合国海軍の統合司令長官に就任したヴァイアン大将(一階級臨時昇格)がティータイムを中断して叫ぶ。
「は、なにぶん急ぎの事でしたので、予備航空隊との連絡の不行き届きが…」
「新鋭空母一隻分の戦力低下、これは祟るぞ」
「実は、回航された空母の艦載機の入れ替えもまだでして、…まだフルマーとソードフィッシュが載っています」
「馬鹿野郎!」
 ヴァイアンはティーカップを床に叩きつけた。その剣幕に報告に来た航空参謀は雷に撃たれたかのようにビクリと跳ねる。
「それじゃあ実質的な戦力は<マルタ>と<イラストリアス>だけになるじゃないか」
「しかし…作戦の遅延は許される状況にありません。首相の身の安全もあります。英国大使館を抗議の市民が取り囲んでいる状況で」
 ヴァイアンは苛立たしげに決断を示した。
「<ニュージーランド>は艦載機の搭載を待って後続させろ。他の空母は…まぁソードフィッシュでも対潜作戦の役には立つだろう」
「わかりました。では、そのように」
「全く、バルト海侵攻作戦に複葉機を載せていくとは、第一次大戦か…」
 床で粉々になったカップを足でザリザリとすり潰しながら、つぶやくように言った。
「お茶の時間というものは、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで」


5 Danmark!

トハチェフスキー
パウルス
マカロフ
クズネツォフ

 突貫で連合国の上陸戦準備が整えられる中、ソ連も対策を急務で迫られた。
「情勢急迫につき、私が機動打撃軍団の指揮を代行する」
 海空を巻き込む戦闘の指揮を任せるには(ドイツ人である)外様のパウルスには荷が重いと判断した トハチェフスキーは開戦以来初めて前線の直接指揮を行うことを決断した。
「はっ、指揮をおあずけいたします」
 パウルスがピンと隙のない敬礼を返す。
「ここが正念場だ、デンマークに敵前進拠点を絶対に築かせてはならない」
 トハチェフスキーは集まった指揮官たちに告げる。欧州方面航空軍司令マカロフとソ連河川艦隊司令官クズネツォフの面持ちにも緊張が走る。
「ライン方面の敵攻勢はウボレヴィッチとジューコフで対処してもらう。ライン援護に向かうはずの河川艦はバルト海に隠匿しておけ」
「こちらも上陸戦になりますか」
「恐らくはな、君には第25軍を海軍指揮下におさめてコペンハーゲンへと上がってもらうことになる」
「制海権は期待できませんが」
 淡々と述べるクズネツォフにトハチェフスキーは一瞬、何かを言おうとして息を呑む。
「…それは貴官の仕事ではない。後任のザハロフ同志は革命以来の歴戦の勇士だ」
「ええ、彼女が勇敢であることを否定するものはおりませんが、制海権はそういった問題ではありません。 失礼ですが、戦艦を砲兵陣地か何かと勘違いしているのでは到底…」
 トハチェフスキーが苛立たしげに詰め寄った。
「デンマークへの上陸戦を、君はやるのか?やらないのか!」
「やれと言われるならば、ソ連人民の先駆けとしての海軍歩兵をご覧に入れて見せますよ」

 剣呑な空気の中にあってマカロフは淡々と述べた。
「空軍としては、最終的勝利のための海上作戦をとります。その為に第一航空軍と戦略航空軍、海軍航空隊は統一して行動します」
「よろしい、機動打撃軍は開戦後速やかにユトランド半島を打通し、陸路から敵の遮断を行う。その支援も宜しく頼む」
「あれもこれもとお願いを全て守ることは出来かねます」
 クズネツォフとは違った冷たさがそこにはあった。労苦が重なればお互いに余裕も失われ、自分のセクションを優先したくもなる。
「了解した。その範囲内で全力を尽くしてくれ」


6 Falling
マカロフ
ダウディング

 ポルシェ博士が尽力して構築したレーダー群は、夜明け前、過去最大級の爆撃群の襲来を探知した。 天を覆わんが如く集まった機体は、護衛機を含めて450機を超える。進路は北海を抜け、ドイツ領土の深くへと向かっていた。 その先にはかつて英空軍に奇襲を許したドイツ最大の軍港キールがある。
「同じ手は食わん」
 明け方にもかかわらず、司令部にはキビキビとした空気が漂っている。何よりマカロフが陣取る席は緊張感そのものと言って良い。
マカロフにはレーダー防空網以外にも秘策があった。
 まだ暗がりの飛行場から、轟音をあげて高度を稼ぐ双発ジェットの姿。 西側からはその姿を「シュワルベスキー」と揶揄されることになるジェット夜間戦闘機Su9が迎撃に上がっていった。その総数は50は下らない。
 機の先端にはレーダーを装備したために、空力的に不利を抱えつつも最高速850キロを超え、 大威力の37ミリ1門と23ミリ2門を備えた重爆殺しの名に相応しい重武装。 それは、来るべきアメリカの重爆撃機の脅威に対してソ連邦がYak15の影に隠して作り上げた答えであった。

 B17改造の空中レーダー機で敵迎撃機の襲来を察知した英仏合同爆撃部隊は、 P47サンダボルトを迎撃に差し向けたが、その目論見は脆くも外れることになる。
 サンダボルトを振り切ったSu9は爆撃隊の上から襲いかかり、その巨銃の餌食としていった。 その先に待ち受けるは、更に多数のYak15、そして追撃を担うTa152、地上からの濃密な防空砲火。 史上最大の爆撃隊は史上最大の犠牲を払いながら、キールへと向かっていく。

 キールにはソ連艦隊の姿はない。当然デンマークが戦場になろうかという時期にあって、そこは既に最前線である。 だが、史上最大の爆撃隊の目標はもとより船などではなかった。
 仏第2爆撃隊所属のB17が舐めるように飛行場へと落としていく、そして英国ランカスター爆撃機はキールの運河設備破壊を目指す。 ソ連海軍をバルト海に封じ込めてしまえば、誰にも邪魔されること無く北海を利用できる。 散々赤色海軍に悩まされた英国としては、戦力の揃った今、その元を絶ちに来たのだ。
 それを察知した防空部隊は優先して、迎撃に回るように指示を飛ばし、地上からもあらゆる銃砲の火が伸びる。 投弾体制に入ったランカスターが動揺しなかったわけはない。 わずかに狙いを逸れた大型反跳爆弾<ダムバスター>が虚しく地上に叩きつけられて爆発する。

 ソ連はキールの運河閘門を守りぬいた。 ドイツ北部、デンマーク近郊の飛行施設に無視できない損害を被ったが、敵は往路の半数ほどにも数を減らしたと見られている。 ソ連空軍は迎撃に出た航空隊を燃料の切れる前にどこに着陸させるかの算段と飛行場補修の手配に大わらわとなった。確かに負けなかったという勝利の余韻の最中に、悲報は舞い込んだ。
「ブルンスビュッテルより連絡、北海より敵新手の爆撃隊、その数100を超える!」
 マカロフの眉がピクリと不愉快げに動いた。時間差で混乱をついてきたこの攻撃は恐らく防げない。連合国は一体どれほどの航空戦力を持っているのだ。

「二の矢は成功したか」
 ダウディングは茶を飲み干したような表情で勝報を受け取った。報告を待つ間に淹れ過ぎた紅茶は苦かった。
 キールに差し向けた爆撃隊の損害は凄まじく、英国の反抗の一の矢は完全にへし折られた。 しかし、二次攻撃隊はキール運河北海側の出口にあたるブルンスビュッテルの閘門施設の破壊に成功した。 ソ連海軍がバルト海から北海へと出る道を塞いだのだ。
 北海へのもう一つの出口であるスカゲラック海峡、そこには連合国海軍の総力を上げた攻撃が迫りつつある。 これが成功すれば、英国は再び敵国艦船に悩まされない日を迎えられることだろう。
「後は頼むぞ、海軍」
 ダウディングはミルクを追加して、カップの紅茶を飲み干した。


7 Extermination
リュドミラ・ザハロフ
ヴァイアン

 キール近郊の航空戦力の麻痺を突いて、米英合同艦隊はカデカット海峡へと突入した。 予め潜水艦によって機雷源のマッピングをした上で、最低限の掃海を展開した後は空の汽船を被害担当艦としての強行突破であった。
 少なくない犠牲を先鋒に出しつつ、デンマークへの進駐が開始された。上陸目標は首都コペンハーゲンがあるシェラン島。 海峡に突入しただけでも戦艦11隻、空母8隻を数える圧倒的戦力を前に最早デンマークに回答の自由などはなかった。 早々に連合国の武装解除を受け入れ、それに肯んじえなかった者は左翼勢力の手引きに従って、反政府ゲリラになるよりなかった。

 受け入れを表明したデンマーク政府に対して、ソ連邦は連合のデンマーク侵略を批判、デンマークの中立を回復すると表明し、 シュレスヴィッヒに待機していた機動打撃軍団はユトラント半島の北上を開始した。

「徹底的にやれ」「フィンランド湾突入以外あらゆる手を使って良い」と カニンガムとキングと指示を受けたヴァイアンに対して、コペンハーゲンで待ち受けたチャーチルは更に強硬な命令をヴァイアンに下した。
「半分沈んでも構わん。連中にボート一隻残すな」
 元より最大限の自由と戦力を与えられたヴァイアンも容赦などする気はなかった。


「デンマークに敵が拠点を構築する前に、海空一体の猛攻撃をかけ、敵を撃退する!」
 つり上がった眼に、ゴツゴツとした肉付きの良い身体から伸びた力強い拳を振り回してリュドミラ・ザハロフ新海軍司令官は宣言した。
 革命以来、女だてらに水兵たちと行動を共にして転戦を続けてきた事を買われ、海軍副人民委員に任命されていた。 クズネツォフが辞任し、圧倒的劣勢下この場面において士気を維持できる人材として、ソ連海軍総司令官に抜擢された。 歴戦の革命戦争を闘いぬいた彼女は勇猛であり、トロツキーの命令を忠実に遂行することを疑うものはない。
 彼女の激に地鳴りのようなウラーの唱和で水兵たちは応える。
「おい、そこの水兵、今どさくさに紛れて『いいぞババァ!』と言ったな?」
 指をさされた水兵が固まった。
「いい根性をしている、生きて帰ったらウチに来て私をファックしていいぞ」
「遠慮します。押忍!」
「ようし、死ぬなよ。死んだら地獄でファックしてやるからな」
「了解しました。押忍!」
「赤衛艦隊!全艦出撃せよ!」
 リガ湾を発った赤衛艦隊、勝算少なくも意気軒昂。その姿を素人の海軍と冷笑するか、なおも統制を崩壊させなかった事を賞賛するか。 ともあれソ連はその時に最も必要な人材を登用したということは、衆目一致するところであった。

 リガ湾を赤衛艦隊が出た事は、すぐに濃密な潜水艦と航空機探索を行なっていた連合国海軍の知る所となった。 デンマークのシェラン島にはまだ英国第1軍の5個師団が展開を完全には終えておらず。これを艦隊は断固守護しなければならなかった。 ヴァイアン提督はソ連赤衛艦隊を潜水艦の断続的な襲撃で足止めし、空母艦載機を用いて敵空襲を排除した後に艦隊決戦を行いこれを撃破、 爆撃隊と水雷艦隊による徹底した追撃によって殲滅すると決心し、艦隊をベルト海峡を越えてバルト海へと乗り入れることとした。

 連合国艦隊の上空を固め、潜水艦を退ける空母艦載機は合計600機強、 これに緊急増援としてコペンハーゲンの空港を押さえて着陸したベアルン戦闘機隊40機、 それにイギリス本国から長距離護衛を行うP51D型ムスタングを頼りに、 英国のシステム防空を応用した艦隊防空戦に徹すれば、十分に凌ぎきれるとヴァイアンは判断したのだった。

 大ベルト海峡を突破しようとする英国艦隊に、フェーマルン島の固定砲台が立ち塞がった。そこには海峡護衛として ドイツのフリードリッヒ・デア・グロッセに搭載する予定だった42センチ砲が4門、海岸砲として設置されてあった。
 由来をとってフリードッヒ要塞陣地と呼ばれたその砲台と周囲に築かれた陣地に英国戦艦群 <テメレーア><コンカラー><サンダラー><ネルソン><キング・ジョージ5世><アンソン><デューク・オブ・ヨーク>の7隻は 猛然と砲撃を行って無力化するも、<ネルソン>に直撃弾が発生、また<サンダラー>が機雷に被雷して損傷を出した。

 東進するアメリカ空母艦隊には、一晩内に予備飛行場、内陸の飛行場で体制を立て直したソ連空軍が襲撃をかけた。 アメリカ第31.1任務部隊に攻撃をかけたのはLa-9、50機に護衛されたIl-4雷撃機80機、雷撃機は音響誘導魚雷を備えていた。
 迎撃したのは空母<エンタープライズ><ホーネット>戦艦<ノースカロライナ><ワシントン>を中心とした部隊である。 La-9と米艦戦F4Uは互角と言って良い戦いぶりを示し、音響誘導魚雷に対しては護衛群が空母を守るために身をもって堰き止めることに成功した。

 複数回の攻撃をうけたアメリカ32.2任務部隊は、それとは様相を別とした。空母<ヨークタウン>大型空母<タイコンデロガ>、戦艦<サウスダコタ><インディアナ> を主とするこの艦隊には、第一波として、護衛La-9、80機、Il-4雷撃機90機。 第二派としてソ連戦略航空軍の大型爆撃機Pe8、110機、長距離護衛機Mig5、170が襲撃をかけた。
 第一波で減勢を強いられた艦隊にレーザー誘導ロケットを用いるPe8の爆撃を防ぐ余力は無かった。 <タイコンデロガ>損傷、<ヨークタウン>沈没、<インディアナ>損傷他、重巡<ミネアポリス>沈没、軽巡2沈没、駆逐艦6沈没と壊滅的損害を受けた。

 一方この頃、西進するソ連艦隊は進撃も思うに任せないほどの潜水艦の群狼攻撃を受けていた。 この時、バルト海に潜入した連合国潜水艦は30隻を超える。 損傷していた巡洋艦<マクシム・ゴーリキー>の喪失をはじめ、戦艦<ソヴィエッツカヤ・ロシア><ビスマルク>の損傷、駆逐艦3の沈没をうけた。 多大な犠牲を払いつつもなお、両海軍はお互いの撃滅をあきらめなかった。ソ連赤衛海軍にここを置いて死場はなく、連合国海軍もここを最後の決戦場と定めていたからである。 暮れなずむ夕日に照らされつつ、お互いの前衛を成す赤衛バルト艦隊と米海軍戦艦部隊はお互いの姿を視界内に捉えた。

「アゴーニ!」
 旗艦ソヴィエッツカヤ・ロシアでリュドミラが拳をつきだして吠える。 付き従うは潜水艦の襲撃を耐えぬいた 戦艦<ソビエツキー・ソユーズ><ソビエッツカヤ・ロシア><ビスマルク><テルピッツ>装甲艦<アドミラル・シェーア> その他、巡洋艦4隻、駆逐艦22隻。
 迎え撃つは米海軍32任務部隊から無傷の戦艦<サウスダコタ><ノースカロライナ><ワシントン>を中心に集成した 重巡4隻と軽巡10隻、駆逐艦27隻。
ソ連艦隊はお互いの縦列を正面に捉えた米海軍との交差戦を演じながら敵後方へすり抜ける戦術をとる。 主力艦が一隻でも敵上陸船団の背後に突入できれば、デンマーク戦役は大きく有利になるだろう。
ソヴィエツカヤ・ロシアは世界一の船だ。傷ついたりとはいえ、同数以下の敵に遅れは取らない。
 アメリカ艦隊が左舷180度順次回頭に移る。このまま前を抑えこんでの同航戦に持ち込むつもりと判断したリュドミラは叫んだ
「アメリカ人がトーゴーの真似事か。全艦敵先頭へ集中砲撃、回頭を許すな!我々が帝国主義の海軍と違うところを魅せつけてやれ!」

 砲火が米艦隊の先頭をきる<サウスダコタ>に集中するも、<サウスダコタ>は頑強に回頭の先陣を果たした。
損傷で速力の衰えているソ連艦隊の頭を押さえるべく更に転舵を行おうとした所で、サウスダコタは落伍するも、 その時には既に分離したアメリカ巡洋艦隊がソ連艦隊にまとわりつき始めていた。
 両艦隊はもつれ合うように同航しつつの乱戦へと陥りつつあった。

 前衛同士の海戦の状況が混沌とする中、更に東方でもう一つの砲戦が始まりつつあった。
「ファイエル!」
「シュート!」
一つは海峡突破を経てなお戦艦5隻を擁する英国戦艦部隊であり、 もう一つは戦艦<グナイゼナウ><シャルンホスルト>巡洋戦艦<クロンシュタット>を中心とした赤衛機動艦隊の砲艦部隊である。
退路を絶つべく突入した英国戦艦艦隊と主力への増援に入った赤衛機動艦隊砲艦部隊はお互いの姿を認めると、砲火を交える決心を固めた。
 この交戦開始の報を聞いたリュドミラは、なおも並走する米艦隊との交戦を優先した。恐らくは機動艦隊砲戦部隊は勝てない。だが、 ソユーズ級2隻は既に損傷激しく、目の前の米戦艦を屠らなければ戦場を離脱できないし、 英艦隊が交戦している間に本来の目標である海峡突入を試みるべきだと判断したのだ。

 <サウスダコタ>の姿は既に海上になく、残る<ノースカロライナ><ワシントン>も複数の命中弾を受けていた状況では無理もない判断だった。 だが、それはあまりにも勇敢な、そして楽観的な公算であった。
「ファイア」「フー」「フォイアー」「スチュラック」
輸送艦護衛に北海警戒から急遽最終防衛に投入された各国の戦艦が、思い思いの命令で戦闘開始を告げる。
 米戦艦<テネシー><カリフォルニア><ニューメキシコ><アイダホ> 仏戦艦<ペンシルバニア>波戦艦<タデウシュ・コシチュシュコ> そして、完成と同時にソユーズ級にかわり世界最大の戦艦を奪った独戦艦<フリードリヒ・デア・グロッセ>。
 寄せ集められた戦艦7隻の最終防衛線を前に、ついにソ連赤衛艦隊は力尽きた。
「我、力及ばず。後は頼む」
 世界にも希な女性の海軍指揮官、リョドミラはそう言い残して、旗艦<ソヴィエツカヤ・ロシア>と共に海へと沈んでいった。 <ソヴィエツカヤ・ロシア>の沈没を受けて、散り散りに逃げ散った赤衛艦隊に対して、翌朝から米英空母航空隊は追撃に出た。

「ソードフィッシュ最後の栄光、か」
 ボロボロになったビスマルクと見られる船への攻撃を成功させたと聞いたヴァイアンは喜色を満面に浮かべた。
「ほら、連れてきてしっかり役に立っただろう」
 その声を叱られた航空参謀は複雑な気分で聞くのだった。
「母艦航空隊の交代もデンマークにたどり着いたことだ。このまま、キール、ダンツィヒ、リガを叩き潰し、ソ連艦隊の息の根を止める!」
 ヴァイアンの号令は高らかに艦隊に勝利を実感させるものであった。


8 Gloggy with victory
モントゴメリー
クズネツォフ
トハチェフスキー

 連合国の追撃は執拗だった。キールを始め、リューベック、ロストックといったドイツ北西部の湾口への艦砲射撃、 ダンツィヒへの英空母、バルト海海戦を生き残った僅かなソ連艦隊に致命的な損害を与えた。リガへの空襲では、 空母<サハリン>やその護衛の駆逐艦3隻、修理中の潜水艦3隻などが沈没ないし、船台内で修復不可能なまでに破壊された。 バルト海海戦で全ての戦艦を喪失したソ連海軍バルト海艦隊に残された大型艦は レニングラードまで逃れることが出来た空母<グラーフ・ツェッペリン>と巡洋艦<チカロフ>のみであった。
 また、ポーランド海軍も参加してのバルト海深くへの追撃戦は、ソ連によるポーランド、バルト三国の支配を揺るがす結果を生んだ。

「ソ連赤衛はバルト艦隊、壊滅か。馬鹿野郎…いや馬鹿女郎か」
 次々と舞い込む悲報にクズネツォフはしばし感慨深げに目を瞑った。
「聞け、同志諸君。ソ連バルト艦隊は壊滅した。しかし、クズネツォフある限りソ連海軍は不滅である」
 周囲の幕僚に、ひいてはその先の兵たちに不安を与えてはならない。
「踏み込み過ぎは弱さの証。これは戦いが俺に教えてくれたことだ。まだデンマーク戦役は終わっていない」

 連合国の執拗な攻撃を持ってしてもチャーチルの「ボート一隻残さぬ」という目標は達成不可能であった。 デンマークの海峡部は大河に慣れたソ連にとって河川も同じ、ならば、いくらでも陸上から河川艦を運び込むことができるのだ。 クズネツォフは艦砲を逃れた船をかき集め、内陸から河川艦隊を運び込み即席の輸送船団を構築すると夜間鼠輸送で 散発的にシェラン島南部へと上陸に成功、直ちに現地の左派ゲリラとの連携を構築した。

「物資の消費量が想定を上回っている…だと?」
 デンマーク上陸軍司令官、モントゴメリーはその報告に、険しい顔をした。
「は、敵ゲリラは住民の物資を徴発しており住民への物資支援を行う量が増えております。 また、ゲリラ狩りや海峡超えの砲撃戦にも大量の弾薬が消費されております」
「我が軍への住民感情はどうか」
「生活状況の悪化に伴い、ひどく悪化しつつあります。ソ連軍が支配したユトランド半島は コペンハーゲンよりもよほど生活が楽だというプロパガンダが真実味を帯び始めています」
「…デンマークへの輸送は最優先とはいえ、このままだと不味いことになるな。輸送はちゃんとしているのか」
「は、空母<ニュージーランド>以下のN艦隊が護衛の元、こちらへ向かっております」
「この作戦、海軍が護衛戦での損害に耐えかねて立案したというが、少し無理をしすぎたかもしれんな」
「しかし、我々は勝っています。ポーランド、バルト諸国まで立ち上がれば、ソ連を壊滅に追い込むことも…」
「夢は大事だが、現実も大切だ。目の前の動きに惑わされず高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変に対処をしなければ」
 遠く、赤い光がきらめき、かなり遅れてドンという大きな音が響いた。
「港の方からだったな」
「味方の艦砲射撃か?」
 その答えは駆け込んできた海軍の連絡将校が答えてくれた。
「燃料タンク周辺にデンマーク人が手引きしたと思しきソ連兵が侵入しました!現在応戦中!」
 司令部は色めきだった。燃料庫の壊滅は海軍のバルト海での作戦行動に大きな制約となる。
「すまないが、君、カニンガム提督に貼り付けで艦隊補給に使えるタンカーと輸送護衛の増強を申請してくれ、嫌な予感がする」
 
「海軍歩兵はこういう風に戦うんだ。正義の味方、って奴だな」
 クズネツォフは燃え盛る炎を後景に笑んだ。 自らのしていることが、デンマーク人の生活基盤をも破壊していることは気にかけない。 恨むなら、ここを戦場にした資本主義者どもを恨むがよい。 闘争に身を焼き続けることは、革命と共に歩んだ彼にとって圧倒的な正義であり続けている。

「断続的対処をさせ続け、敵を疲弊させろ」
 マカロフは犠牲を覚悟で沿岸で活動する敵艦への襲撃をかける態度を崩さなかった。 敵に習い、爆撃機編隊を突っ込ませるように見せかけて退却させるなど損害を減らしつつも敵の燃料、弾薬を削りにかかっていった。 後ろ手では、少数機でスカゲラク海峡部への機雷投下を続けている。
「敵は必ず、増援を輸送する。それを総力で叩く。大物の戦闘艦を沈めなくても海を連中から奪うことは可能だ」
 トハチェフスキーが即興で組み上げた包囲網に連合国は囚われようとしていた。

「対空戦準備!」
 モントゴメリーの予想する通り、ソ連軍は総力をあげてコペンハーゲンへの輸送艦隊を叩き潰しに来た。 護衛も輸送量も当初から膨れ上がり、巡洋戦艦<レナウン>を旗艦とし、同<レパルス>空母<ニュージランド><ベアルン> 英仏あわせて巡洋艦12、駆逐艦30、フリゲート1、コルベット2に膨れ上がった護衛艦隊で50隻を数える大輸送船団を守ることとなった。
「空軍の連中め、どこが『ソ連空軍は壊滅した』だ!バンバン来やがるじゃねぇか!」
 この日に合わせ、マカロフは全軍から稼働する限りの双発爆撃機Pe2をかき集めていた。相次ぐ空戦で損耗したとは言え、その数は300機を下らない。 これに惜しげもなく新鋭に属するプロペラ戦闘機La-9、Ta152の残存機を護衛につける。 そして間断なく、旧式戦闘機に対地支援用のロケットを装備させて仕掛ける。 小型ロケットとは言え、大型戦闘艦ならともかく、輸送船、駆逐艦にとっては十分な脅威となる。 そして、後のない状態となったソ連潜水艦隊が決死の思いで敵の航空哨戒網を掻い潜って接近する。
 仏空母<ベアルン>からシーファングが、<ニュージーランド>からシーヒューリーが飛び立って直掩に立つ。 艦隊外周にはTBFアベンジャーが対潜爆弾を抱えて、哨戒線を形成する。
 英本土から空中管制を受けたP38、P51D、P47、モスキートといった長距離戦闘機が代わる代わる艦戦交代の穴を埋めていく。 超長距離の護衛には誘導用に改造されたB17が書かせぬ存在として役だった。 もしそれが無ければ、護衛の半分は無為に終わっただろうと、戦後の調査は示している。 これなくしては連合国が、侵攻作戦を立案することそのものが困難であった。

 マカロフは先の戦訓から十分な防空機を備えた艦隊に対して、 誘導マーカーを出し続けねばならない誘導ロケットは効果が薄い事を痛感していた。
 故に、損害を承知で徹底的な敵戦力の摩耗を行うことを決断していた。

「高高度より敵大型機接近中!」
 無論、連合軍にとっても、対艦誘導弾は迎撃の最優先目標であった。数の少なくなったフランスの翼、シーファングがわれ先にと迎撃へと駆け上がっていく。 2375馬力のグリフォンエンジンに二重反転プロペラを持つシーファングは連合国プロペラ機の中でも最高の速度を誇る。
 この対処に向けられたのは、ソ連戦略航空軍おなじみのMig5双発戦闘機ではなかった。マカロフはその護衛に夜戦ジェットSu-9を損耗覚悟で投入した。 ソ連の念の入った攻撃の前に空母<ニュージランド>が捕らえられた。 <マルタ>級空母は上部装甲を削って、対水雷防御に重点を置いた船であり、 いかに最新鋭の大型空母とはいえ、8発の大型誘導弾をその身受けては、ひとたまりもなかった。

<ニュージーランド>沈没によって空母が<ベアルン>一隻になった船団は防空力の半減と空からの対潜水艦索敵手段を失ってしまった。 ソ連に習い、足りなくなった航空戦力をベアルンを中継空母として用いることを発案。フランスからの空母予備航空隊まで繰り出しての援護を実施した。
 しかし、対潜水艦への圧力が大幅に下落したことは否めなかった。空襲に続き、執拗な襲撃を行うソ連潜水艦隊の前に船団は次々に数を減らして行った。
 輸送船団はデンマーク駐留艦隊に救援を求めたが、応じた艦隊は再建された機雷源の処理に手間取っていた。 空母<ベアルン>が潜水艦の魚雷によって傾斜したとの報告を見計らって、マカロフは最後の手を繰り出した。
 シュトルモビクによる輸送艦への近接襲撃であった。既にその過半を失っていた船団は壊滅的な損害を受けた。

「あの半島を越えて来れたのはこれだけか」
 ヴァイアンは沈痛な面持ちで船団を迎えた。コペンハーゲンまでたどり着けたのは全体の4割に満たない。
「こうなっては海軍が攻勢の姿勢を保ち続けるのは難しいでしょう」
 モントゴメリーの声も暗い。
「貴官の指摘する通りです。艦隊決戦と湾口襲撃で砲弾、航空機はかなり消耗しています。 これ以上の作戦遂行は一旦本国で補給を受けないと難しいでしょう」
 ヴァイアンに対して、モントゴメリーは覚悟を決めて言った。
「陸軍は一月、二月ならばこの島で暴れてご覧に入れよう。我々はここで敵予備戦力吸収という役割を果たす。 しかし、海軍には次の作戦がある。違いますかな?」
「しかし、それでは、万が一の場合は…」
「一度、ヴィルヘルムスハーフェンで拾われた命だ。覚悟は決まっている。 どのみち、ここに補給をつなぐには、ドイツ西部を打通するよりない」
「…海軍がこのままここに居ても、機雷で帰路を塞がれて立ち枯れてしまうでしょう。…必ず、救援に参ります。どうか御武運を」
「よろしく頼む。上陸戦はパットン君が仕切ることになると思うが、支えてやってくれ、気に入らないが無能な男ではない」
「はい。では、次はベルリンでお会いしましょう」
「そのベルリンが赤くないといいがね」
「私は捕虜になどなりませんよ」
「奇遇だね、私もそのつもりだ」


「一連の戦闘の結果、ソ連バルト海艦隊には現在、稼動する水上艦艇は10隻以下。 潜水艦は少なくとも20隻を撃沈破。敵稼動隻数は40隻以下まで落ち込んだものと見込まれます。 また、バルト海の拠点を破壊され、北海沿岸ないし、北極海の拠点を利用するため、以後の活動には制約が加わるものと予想されます」
 カニンガムの報告にチャーチルは不機嫌そうに問いかける。
「こちらの損害は?大型艦だけでかまわん」
「はい、主な損失艦は空母<ニュージーランド><ベアルン><エンタープライズ>、戦艦<サウスダコタ>です。損傷艦は多数になりますが」
「ふん、議会のバカどもは今回の作戦をガリポリの再来だの、チャーチル持病の誇大妄想だの言いたい放題に言っているが、 これだけの損失でソ連主力艦隊を撃滅したのだ。もっと賞賛されて良いと思わんかね?」
「帰路を含めて輸送船団の約8割が失われ、多くの艦船が損傷を負い、一個軍が敵中に孤立しております」
「次の作戦が発動すれば、状況は改善する」
「残念ながら、首相閣下、その次の作戦に輸送船団の壊滅は大きな枷となっております」
「どういう意味か」
「輸送船団の壊滅により、欧州への戦力投射能力が月当たり2個師団程度まで低下しました。 これに米国が英国〜欧州間の投射に専念しても上積みは6個師団程度でしょう。つまりは上陸作戦は月8個師団程度が投入できる限界となるでしょう」
「では作戦第一段階では、空挺降下を含めても、英国から作戦投入できる師団数は30個足らずとなるということか」
「はい、ソ連軍は9個師団を極東から引き抜いたとの情報も入っております。十数個は予備兵力を有していると想定したほうが良いでしょう」
「押し切れるかどうかに不安がある、と?」
「はい、作戦次第ではやれるでしょうが、負ける可能性もあります」
「しかし、やらなければ、デンマークの軍を見捨てることになる」
「参りました。我々はどうにもトロツキーだかトハチェフスキーだかにはめられているような気がしてきましたよ」
「我々は、やるしかない。しかし、その手に対して確証を得られない。実に厄介な問題だ」
 チャーチルはムスリとした表情のまま、葉巻を灰皿に強く押し当てた。


9 選択の日ぞ近き
ピドー
ポンピドゥー
ソ連とのチャンネル作りの為にイランを訪問したピドーは、ソ連大使の慇懃な笑顔に迎えられた。
「ドイツの現状回復による講和、大変素晴らしいことかと存じます」
「違いますな原状です。ドイツ人のことはドイツ人にまかせていた戦前に戻すべきということです」
「ドイツ人は今の政体を選んだのです。跳ね返りの地方政治家が僭称する政府に何の価値がありましょうか」
「貴国が称していたドイツ自治政府もその代表もろとも無くなった今、何の権利が貴国にありましょうや」
 ソ連大使は応酬に対してため息を漏らした。
「私はそれを判断する立場にありませんな。それでその提案は連合国の総意とみてよいのですかな」
「正式なものではないが、対話への予備的な提案と考えていただきたい」
「失礼ですが、それはフランスの総意ですか?私にはどうもそうではないように思える」
「私はフランス外交の責任者として話しているのだが」
「つまりは私見ということですな。まぁ、貴方が仮にも一国の大臣である以上は本国にお伝えはしておきますよ」
「ソ連邦が平和への道筋を見つけられることを期待します」
 それはそれは、と大使は笑んだ。
「あなたのような見識ある方が、真の意味でフランスを代表する日が来ることを期待しております」

「Centre National d'Art et de Culture Quatrieme Republique」
 第四共和制国立美術文化センターと名づけられたその建物の完成をポンピドゥーは心から慶んだ。 ドゴールが再建したフランスを象徴する事を意図した施設の計画責任者として開館式典に参加したポンピドゥーは、 苦々しい現実を見せられることとなる。
まず、開場の列を作ったのは、学生や文化人たちではなく、慰問という名目でこの日にあわせ 無料招待をされたアメリカや、インド、ANZACといった海外の将兵たちだった。
 ドゴールの第四共和国に肯定的なフランス人は前線にあり、批判的なものは、敢えて来ることはなかった。 結果として、どこかに空々しさの残る開幕となってしまった。火種はポンピドゥー本人にもあった。 アルジェリア問題に対して、ポンピドゥーは共産側の浸透を防ぐべく国民的関心の発揚をはかった。 その対処そのものには問題はなかった。今でもアルジェリア問題が紛争化することは完全に防いでいる。
 しかし、彼が推し進めた「国民との対話」の中でアルジェリアの独立について 「国民投票を行って、フランスのアルジェリアかアルジェリアのアルジェリア」かを選択するという言葉が フランス社会が覆いをしていた巨大な裂け目を炙り出してしまった。
 イタリアへの譲歩による不満を抱え込んでいた右派にとって、 これ以上の植民地の喪失を招きかねない言動は「汚らわしい」とさえ批判され、 左派も共産主義との対峙よりも先に解決すべき内政問題があると声を高くするようになってきた。
 そして、国民投票という言葉は、憲法に定められた大統領の任期、7年を皆に思い出させた。 ドゴールが大統領に就任して既に6年が経過しているのだった。

10 侵略者の平和
マウントバッテン
リトヴィノフ
カーン

「ようやく動いたか」
 マウントバッテンは日中休戦の実現の報に接してそう洩らした。 強気の交渉に出ていた日本であったが、列強の中国支援が再開した動きをみて妥協へと舵を切った。
 満蒙を除く中国にたいする要求を諦め、南京政府は処罰なきことを約束した上で国民党政府へと再合流。 その代わり、海南島に50年の租借権を獲得し、香港とあわせ、南方航路の確保を行った。
「休戦をめぐる政争に勝ったのは日本海軍のようですな」
 補佐官が休戦後の日本の新内閣の名簿を差し出して述べる。 「東条が休戦成立をもって退任し、山本五十六首相、本間雅晴陸相、伊藤整一海相、山下奉文内相 ジブラルタル、インドシナ、マレーシア…『解放戦争』の功労者がずらりだな」
「外相は?」
「芦田均、外交官出身ですが議員ですな」
「前任者はアクが強かったからな、自前で動かし易い人物なのだろう」
「であれば、油断はできませんな」
「山本がフリーハンドで政策を実行できるとなれば、確かに手強い相手となろう。 トラックのロケット実験場建設の動きになにか仕掛けてくるかもしれん。気をつけておくべきだ」
 マウントバッテンの予想を越えて、日本の動きは激しかった。

「両国の友好が確認できたことは真によろこばしいことです」
 芦田外相をモスクワに迎えたリトヴィノフは満面の笑みを浮かべてロシア式の挨拶を交わした。
「いえいえ、わが国にとってはようやく得られた戦争の無い日々ですからな。これを大切にして行きたいと願っております」
 戦時にあるソ連への芦田の皮肉をリトヴィノフはすっとぼけて返事をした。
「わが国も、日本海が平和の海であり続けることを願ってやみません」
「出来うることならば、中国大陸もそうあってほしいものですが、我々が引いても何かと騒がしいようですな」
「ほう、貴国はまだ軍事顧問として、いくらかの将兵を中国に残しておられるようですから、大変な関心でしょうな」
「いやいや、今更、解放を鼓吹する騒がしいのが居なくなれば大変結構なのですが」
「いや全く、これほど我々がアジアの平和を願っているのに悲しいことですな」
 ハハッと二人は厭らしい笑いをこぼした。中国大陸からの日本の撤兵が進み、国民党政府、日本、ソ連の各勢力の 暗闘は却って深まっていくほどである。日本はそれを利用して、中国や新興国に軍事顧問として将校や武器を送り込んでいる。 戦争終結で軍ポストの削減がはじまる中で陸軍の不平を押さえ込むための絶好のエサであった。 また、浮いた軍事費を新興国市場進出を図る者への補助金に回し、国内の不満を可能な限り極小化しようとしている。
 それが上手く回るためには、ソ連との衝突は回避されるべきことであったし、アジア市場でソ連の影響力が大きくならないためには 今しばらくソ連が欧州にかかりきりになっていた方がありがたいというのが、新しい日本政府の判断だ。
「日ソ間の中立が保持されるとともに、極東地域における覇権主義国家を共同で排除する旨で新条約を締結したい」
「ソ連邦としても全然同意します」
 条約締結後、日本は千島列島以西の交戦国の軍艦の侵入について断固たる態度をとること、 連合国とソ連の間に交わされている戦争に不介入であることを声明した。 ソ連と融和する日本の態度を一国平和主義と批判する声が連合国から出たが、広がりを見なかった。 デンマークの一国平和を蹂躙した連合国の声の方が中立国には不遜に映っただろう。

「失敗した、失敗した、失敗した、失敗した…」
 ルイ・カーンは嘆いた。仏海軍はベアルンの喪失によって、開戦時に保有していた主力艦が全て戦闘不能となった。 積極的に推進に動いたデンマーク侵入作戦は形式こそ進駐の形をとったものの、事実上の侵略となってしまった。 修理も陸軍に予算を取られたために遅々として進んでいない。仏海軍に残された大型艦は アメリカから買ったペンシルバニア一隻である。
「軍艦がないなら、買ってくればいいじゃない」
 司令部に詰めきりの父に着替えを持ってきた娘はこともなげにそう言った。
「お前をそんなオーストリア生まれの王妃みたいに育てた覚えは無い!」
「今フネが余ってそうなのは日本海軍ね。ほら、古い空母を一隻廃艦にしようかっていう話が上がっているみたい」
 机に軍業界紙を広げてエヘンという顔をした娘に
「わかった、掛け合ってみよう。…これが私の最後の仕事になるかもしれんしな、たまには娘の進言に従うのもよい」
「あら、この戦争が終わるまで職務から逃げようなんて許されませんわ、お父様」
 カーンの予想以上に、予備空母<加賀>の購入話はトントン拍子で進んだ。休戦をしたとはいえ、 日本の財政力は脆弱なことに変わりがなかったため、新興国への投資資金を得るためには渡りに船の申し込みだった。 仏軍2隻目の空母となる<加賀>は、突貫で進めれば、翌年春にはどうにか運用可能となる見込みだ。 あまりに好都合に進む話に、カーンはその空母に娘の名前をつけるのはどうだろうか、などと脳裏で考えていた。

11 ニセドイツ
トロツキー
ポルシェ
フルシチョフ
ノイマイスター
アデナウアー
ワレンシュタイン

「連合国のデンマーク侵略によって、外交状況は大幅に改善した」
 トロツキーは自慢げにベルリンに集まったドイツの幹部たちを前に宣言した。 とはいえ、言葉とは裏腹にこれまでモスクワで指揮をとってきたトロツキーが、 前線に出なくてはならなくなったこと自体が情勢の緊迫を伝えている。
「フィンランドは自前では扱いかねるイギリスの海軍砲をこちらに引き渡してもよいと伝えてきた。 チェコスロバキアはこちらの要請にしたがって義勇戦力を供出してくれた。東欧諸国はわがドイツ製の戦闘機の購入を申し出た これらの自体は全て共産主義の指導が世界に行き渡りつつあることを示している!我々はドイツの統一と赤化を完遂可能である!」
「超重戦車ムィシの生産は順調です、今月中には全ての戦車師団に配備できるでしょう。 連合の物量に対抗するもの、それは即ちいかなる物量をも弾き返す重戦車にほかなりません!わが総統!」
 ポルシェがビシィと踵を揃えて報告する。その姿にフルシチョフまでが苦笑いする。
「博士、しばらくのベルリン詰めで、だいぶ昔に戻ったようだ。そんな反動的役職についた覚えはないからな」
 クックッとトロツキーが喉で笑った。それまで場を支配していた緊張と陰鬱さが吹き飛ぶ。

「そういえば、バイエルンの総統閣下はどうしておられるかな?これは、同志ノイマイスターが詳しいかな?」
「在住ドイツ系住民を追放した事に対して、チェコスロバキアへの非難を強めています。 率直に言って、スタッフもおらず、バイエルンの航空機販売もわが国に凌駕されて思うに任せない今、 あの男は、緊張を煽る他に生きる術を持ち得ておりません」
「イタリアと折り合いがつけば、より扱い易い人物に換えて事実上の支配下に置くことが可能かもしれない。 その点については、交渉を続けよう」
「よろしくお願いします」
 恭しくノイマイスターは頭を下げた。

「ポーランドやバルト諸共和国内にはいささかの動揺がみられますが、ドイツ国内への浸透は防いでいます」
 フルシチョフが重ねて報告を上げる。
「これは同志ノイマイスターが結成した市民防衛団による自警が大きく貢献しております。 レジスタンスの連中は完全に素人ですな。市民を巻き込むゴロツキとかわらぬ活動をすれば恨まれる。 我々はその復讐心を煽って潰し合わせればいいだけです」
「ほう!それは素晴らしい!是非ともそういった自主的な動きを全土で推進すべきだ」
「締め付けが効くのは程度問題です。根本的には生活状況が改善しなければ次第に本土でも情勢が悪化するでしょう」
 フルシチョフの言葉に顰め面を浮かべてトロツキーは言った。
「そのためには、勝たねばならない。少なくともニセドイツ政府の存在を許さない程度には。 そうしなければ、ソ連は内側から崩壊するかもしれん」
「可能ですかね」
 ノイマイスターが差し挟んだ疑問をトロツキーは嗜めた。
「出来る出来ないではない。やるしかないのだ」

「ケルンよ!私は帰ってきた!」
 ベルギー軍と自由ドイツ軍によって解放されたケルン市に入ったアデナウアーはケルン大学跡で声を上げた。 二度の市街戦を経たケルン市は既に都市としての形跡を粗方失った状況であった。 それでもなお、アデナウアーの根拠地であり、重要な政治的意味を持つ土地である。
 連合国は局地的に損害を出しつつも、ソ連軍の遅滞を押しのけてライン川西岸を回復した。 市民の士気を高めるためにも、アデナウアーは最前線となった街へと帰還することを決定した。
「愛するケルン市民、次は我々の首相、ワレンシュタイン君の地を取り戻そう!その為に今しばらく私に力を貸して欲しい。 ドイツは一つだ。ドイツの名を僭称するニセドイツを滅ぼそうではないか」

「ドイツの復興は急務です。もしも我々が解放した地域が復興できないとするならば、連合国への支持は直ぐに失せてしまうでしょう そうなれば、もうドイツで作戦行動はとれないものとお考えください」
 ワレンシュタインは各国の政財界と会合を重ね、ドイツ復興計画の基礎となる資源の確保に走っていた。 そうした、忙しい合間に自由ドイツ放送の宣伝番組に出演して戦意を高揚するための演説を重ねていた。 「自由ドイツ軍はその全員が祖国を赤軍の魔の手から解放する闘志に燃えています。 仏英米友邦の支援を得て、このたびケルン奪還の先鋒をつとめてソ連軍を撃退することに成功しました。 自由ドイツ軍は既にドイツ全土から赤軍を叩き出す準備を終えております。 国民諸君、赤軍を信用するな、常に心にゲルマン魂を!解放の日は近い!」
 特に彼を選んでいたバイエルンの市民は、馴染みあるその声に少なからず動揺を引き起こしていた。

12 海を越えて
パットン
キング
アーノルド
マッカーサー
デーニッツ
カニンガム

「ソ連海軍の殲滅、ソ連陸空軍の消耗という意味では、今回の作戦は最大限の成功を収めた」
 マッカーサーは合同作戦会議に苦い顔をそろえた海軍関係者、キング、カニンガム、デーニッツを前に 嬉しげに今回の作戦について総括した。
「ソ連の歩兵はその戦力を回復しておらず、今回撃墜した機は2500機を越える。赤色海軍は壊滅した。 来るべき大反抗の上陸戦の下準備を完全に果たした。あとはこちらのパットン君が押しわたるだけだ」
「しかし、既に航空戦力はこちらも3000機近く失いました。 欧州に展開する航空戦力は約5500機、敵の残存機は3500強に補充が1000機程度とみられますが、情報が入りにくくなっております」
 アーノルドの批判に対してなおマッカーサーは楽観論を唱えた。
「少なくとも遅れをとるものではなかろう」
「輸送力の増強が思うに任せていない。第一波で上がれる師団数は10を越えないだろう」
 キングが苦い顔で言った。
「予備の航空機も既に利用不能がほとんどだった。このままでは思ったよりも欧州への展開兵力が伸びない」
「欧州から帰ってみれば、この三ヶ月、動員したのが2個大隊というのはどういうことだ?事務屋のサボタージュでもおきているのか」
 口々にアメリカ本国の動員状況の問題点が上げられる。
「国民の戦意は徐々にあがりつつある。問題は予算にも人員にも限界があることだ」
 マッカーサーも流石に苦い顔をした。
「全てを満たすのは難しい。大統領には、国民の不興を買ってでも、思い切った動員状況の改善を訴える必要があるかもしれない」
「議会での報告の反応を見るに、徐々に民意は上がりつつあります。焦る必要もないと思いますが」
 パットンの進言にマッカーサーはつまらなそうにコーンパイプを噛んだ。

 空気がよどみ始めたのを見て、デーニッツが口を挟んだ。
「差し出がましいですが、少し欲張りが過ぎるのではないですか」
 カニンガムもこれに続いた。
「もう、海軍の仕事は艦砲射撃支援と船団護衛だけでよいのですし、アメリカの師団を 全て欧州へと投入するのも現実的ではないでしょう。我々は連合国ですそれぞれの役割分担が大事かと」
「まずは全力で次の上陸作戦を成功させるべく尽力しましょう。連合国が総力を上げれば 第一陣として20数個の師団をドイツ北西部へと殴りこませることができます。これが決定的な役割を果たせるように なんとしてでもこれを護衛しなければなりません」
 欧州陣の指摘に対して、キングが毒づいた。
「そもそもさぁ…敵が固めていることがわかりきっている方面に攻め込む必要あるの? 別にフランスに上げて西から攻勢かけるなり、デンマークの半島から攻め上がるなり、他の手があるだろう」
「方針は既に定まっているのです」
「それくらいなんとかできる作戦運用力はあるだろう。そうでなくては咄嗟のデンマーク上陸など出来ない」
 キングの悪態に、困惑する欧州陣。またしても固まりそうな会議にイライラを募らせたアーノルドが癇癪を起こす
「いいから、さっさと何をやってどこを目指すかをハッキリさせよう。そのためにここに雁首揃えたんだろう?」
 やれやれ、アメリカの連中との話合いは疲れるな、カニンガムはその後の会議の苦労を思い、重たい息を吐いた。

第三国外交データ

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