第4ターン
●男は持続力
■ニキータ・セルゲーイェヴィチ・フルシチョフ
▲オムスク
古参の共産党員にして、ロシア政界にかなりの影響力を誇るフルシチョフであっても、オムスクのベリア執務室を訪れるのは苦手であった。行く度にベリアの変態趣味につきあわされるのだ。時に理解を超えた演出を行うこともあり、そういった場合の愛想をどうするかはロシアにおいて重要な社交スキルである。
さて、今回はどんな目に遭うやらとオムスクへと呼び出しを食らったフルシチョフは覚悟を決めて大統領府の扉を開いた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
ずらっと廊下両端に並んだ秘書たちが、ビクトリア朝の女給服に身を包んで一斉にお辞儀をする。また、こんどはいかにもブルジョワ風だなと、元共産党員らしい捉え方にフルシチョフは内心苦笑する。共産党なんてもうロシアには存在しないのに。
メイド服のお辞儀の列の中、ベリアの執務室へと向かう。第二の政治委員と言える彼女たちはフルシチョフにとっては皆政敵と言っても良い。全くいい気分はしなかった。
「どうかね?」
メイド服姿の秘書が持ってきたやたらに乳臭い紅茶を勧めながらベリアは聞いてきた。
「すばらしい演出と教育です」
形式どおりの褒め言葉を告げる。正直な話、素朴を旨とするフルシチョフにはなにが楽しいのか解らなかったのだが。
「そうだろう、この文化を東洋に広める日が楽しみだよ」
ベリアは夢見るように語る。
「総統におかれましては東洋に並々ならぬご関心があるようですな」
「うん、心境の変化か最近は黒い髪もいいと思うようになってきてね。ところで変化といえば最近、私は男は持続力が肝心だと思うようになってきてね」
また下世話な話を延々と聞かされる為に、わざわざ呼びつけられたのかと悟ったフルシチョフは不満を皮肉の形にした。
「閣下は既に早撃ちの名手であらせられます」
ベリアは途端に不機嫌な面持ちになって弁明を言った。
「装弾数が違うのだから、それで合理的なのだよ」
ああ、そうだろうよ。フルシチョフは並んでいたメイドの数を思い出していた。途中で数を数えるのが馬鹿馬鹿しくなってやめた。
「私が言いたいのは戦争の話なんだよ。君も少々早撃ちじゃないかい」
ベリアは下世話な話をする口調のままにフルシチョフの対応を責めた。とかく人をいたぶるときは嬉しそうな男だ。
「日本でも戦線の固定化に成功したんだろ。このまま戦争がダラダラと続いてくれたほうが経済も上手く回るし、軍も余計なことを考えない。君も後片付けをするよりもっと楽しい時間を長く過ごさないかい?男は持続力だよ」
つまり、ロシア総統閣下は極東での戦争がより長く続くことをお望みということですか。
「しかし、ドイツは早く片付けたがっているようですが…」
「ああ、外務省と陸軍はね。だが親衛隊は違う。現状がダラダラ続くことで極東への影響力を確保し、連合を消耗させるつもりだ。そう…少なくともあと2年くらいはやるつもりじゃないかね。欧州諸国も大西洋から連合軍が少なくなるのは歓迎だし、デーニッツは基本的に海に浮かんでいる船の数でしか国力を理解できない男だからな。この際に欧州統合海軍でも作るつもりではないかな」
「つまり、我々は現状が続く限りはこの戦争を続けると?」
うん、そのつもり。君も戦後の準備をするのはいいけど、まずは戦争に集中してはどうだろう?ああ、人手が足りないというなら秘書をつけようか?ああ、間に合っている?それは残念だ。それじゃあ、またね。
フルシチョフは帰路で廊下に控えるメイドの数を視線だけで数えながら言葉を反芻していた。あの野郎、抜け目だけはないからな、長期戦になっても取り立ての予定はちゃんと算段しているんだろうな。あるいはここに黒髪のメイドが何ダースか追加されるのかな。ああ、ろくでもない。
●野望への第一歩
■イワン・コーネフ
▲室蘭
ロシア軍上級大将イワン・コーネフは大日本帝国最北の海軍鎮台の室蘭を訪れていた。日本海軍からもウラジオストック軍港の視察を行った前歴がある為、形式的な機密保持に極めてやかましい海軍でも無碍に断ることは出来ない。
「ほう…これがあの大空母を生み出したドッグですか…ウラジオストクにもあなた方の技術力の欠片は残されていますが、これを見るとまだまだ我々ロシア人は海の上では適わないことを思い知らされますな」
付き添いの若い海軍士官の眉が僅かに引きつるのをコーネフは見逃さなかった。彼ら大日本帝国海軍の最深部と言っていい場所を強欲なロシア人に褒められるのは、痴漢に下着の柄を褒められるようなものだ。快からざるものがあるのだろう。
第二次大戦後、日本が世界の三分の一を席巻した泡のような時代に築かれた室蘭港は、空母「播磨」を始めとして多くの軍艦を海へと送り出し、ウラジオストクに築かれた港とあわせ、日本海軍に北洋の恒久の支配を約束するかに見えた。しかし、惨めに連合艦隊が敗北し、日本が二つになって大日本帝国からは舟遊びをするゆとりは失われた。今の室蘭は最後尾に位置する基地として、羽を休める艦のゆりかごとなっている。
コーネフは作戦研究として積極的に北海道の地理や生産力を調べまわっていた。コーネフ自身はもっと前線への指示を行おうとしたが、やんわりと秘書ネットワークを通じてジューコフの指揮権を犯すこと事について忠告を受けたので、前線への関与は立ち消えになった。
ロシアにおいては、政治的将校であらんとする事は非常な危険を伴う。ソ連からおなじみの政治将校が自分の職務に賭けて軍将校の政治行動をチェックしているし、秘書軍団は自分の「ご主人様」の権利が侵される事には敏感である。逆説的では有るが、秘書がつくような「有能な軍人」は自分の権限について、ベリア以外の者からは自由でいられる事が多いのだ。
そういった意味でコーネフの発言は危険な水域に達していた。千島の事実上の領土化や北海道開発へのロシア資本の投資を訴えることは、いかに上級大将といえども一介の軍人の範疇を超えている。正規のルートであげた提言についてはベリアへ届く過程のどこかで「無かったこと」になっていた。
一方で政治将校からの報告、秘書グループからの調査という形式ではベリアの目に入っているらしい。コーネフには提言の一部にあった「予備的作戦研究」への着手が下命された。万が一、北海道で「敵」と戦うことになった場合に備えて、地理や産業、住民の状況について日本政府の協力を得ながらの調査を始める名分が立ったのである。
コーネフは日本の新聞づてで知ったことだが、千島列島が現状でロシアの占領下にある事についての確認が外務省を通じて得られたらしい。これは、現在アメリカの支配下にある沖縄と同じく「領有権を放棄した訳ではないが、現状で支配している勢力が自国ではないことを事実として確認する」という事である。将来の返還に含みを持たせつつも、千島をロシアが実効支配できるという点で戦争以後も日本に大して大きな外交カードとなるだろう。
コーネフは一連の動きから、ベリアが自分の提言については表向きは無視を決め込み、利用できる部分は自分の手柄として使う腹だと察した。コーネフが都合のいい駒である内は提言は通るだろう。しかし、何か都合の悪い話がでれば、途端にそれまでは無視してきた提言を理由にして潰されるだろう。それでもいいか、という達観をコーネフは抱いていた。自分はロシアに使える軍人なのだ。ロシアの為に役立てるならば、駒としての役目を果たすべきだ。コーネフは世界最大規模の工廠を舐めるように見回して決心を固めていた。ベリアからの指令には「予備作戦研究」で敵とすべき勢力については記述されていなかった。
●未だ見ぬ楽園
■グリゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン エリツィン
▲ウラジオストク
英国の手引きでロシア(といっても現在のロシアとは地理的にはほぼシベリアなのだが)へと帰還を果たしたラスプーチンは深い悩みに襲われていた。
無論、ロシアに帰ってこのかた、毎日怪しい人影を見るとか、妙に料理からアーモンドの甘酸っぱい香りがしたことがあるとか、そういった小さな事ではない。偉大なる人物というものはそうした細かいことで悩んだりはしないものだ。彼が悩んでいるのはロシアの地の平和についてである。ソヴィエトが崩壊して十年、ロシアの地にもそれなりに平穏が戻ったとはいえ、血生臭い事件は頻発している。
ラスプーチンは深い黙考の末に最も単純な解決策を思いついた。そうだ、要するに武器があるからいけないのだ。ロシアから武器をなくせば、人々の心には内から平和の城塞が築かれるに違いない。運がこの男に味方をした。世界宗教大会でラスプーチンの内側へと熱い迸りを放った東方の友人、逝毛田B作からの手紙が届いたのである。
通訳が下手だったせいか、拙いロシア語で『資金はすべて持つから武器を出来る限り送って欲しい』
とのみ綴っており、手付金として地方政府の月間予算程度の金額が振り込み通知が届いた。
逝毛田がどうやってこれだけの金を手にしたかは知らないが、あの小僧がビッグになったものだといつぞやの思い出にふけりながら、どうやって実現するかをその灰色の頭脳で考え始める。
武器ならばまずは警察か、軍は定数やら管理が厳しいが、警察ならば定数以外にも押収した武器とかたくさん持っているはずだ。札びらを見せて横流しさせようか。ええと、確かこの地方の管理者はっと…パラパラと行政職員名簿を捲っていると見知った名前があった。
!おお、之は正に神が私に味方しているのだ。
☆
「弟子1号!出世したものだな」
真昼間から仕事場に乗り込んできたかつての師匠にエリツィンは迷惑していた。ようやく、党の指導を受けて、こうしてまっとうな職にありついたというのに。
「しかし、お前のような奴が警察の事務屋か、ロシアには10以上の数を数えられる奴がよほど不足しているのだな」
このラスプーチン、まさに言いたい放題である。
「…で、本日はどういったご用件ですか、ラスプーチンさん」
厭そうに距離を置いた呼称でかつての師匠に要件を伺う。
「何!簡単なことだ、ちょっとばかり銃を日本にセールスするだけだ。金は出すから分けてくれんかね?」
あまりにもあけすけに大声で頼むので、エリツィンは溜息を漏らした。ロシアに生きる以上友人に便宜を図ることは珍しくは無いが、こうも公明正大に朗々と横流しを訴える莫迦がどこにいるというのだ。すぐに上司が飛んできた。
「おい!」
上司である丸々と太ったハゲ頭の男がラスプーチンの服を締め上げながら聞いてきた。
「で、貴様。どれくらいだせるんだ?」
ラスプーチンの示した額はその上司でさえ目玉を飛び出すものであったので、直に電話で更に上へと伝えられた。リベートを上納することでハゲ上司の評価は更に上がるだろう。
ラスプーチンの目論見は見事に当たった。この月にロシア中の市場からトカレフやマカロフといった拳銃が消え、一般人には高値の華になった、武器の多くは日本へと渡ったと言われる。しかし、公式な数字においてロシアから消えた銃と日本が輸入した銃には3倍の開きがあり、その行方の多くは不明である。
●農場
■桂言葉・穂村愛美
▲大宮
「…ですから夜間迎撃にはアントシアニン錠剤を飲ませて、視力をあげることで対応できるんです」
桂言葉は航空本部の将校に錠剤の解説をしていた。最近夜間爆撃で被害軽減を図っている敵空軍への対抗手段として、依然目に頼った迎撃を続けねばならない東日本空軍の状況を、少しでも良くしようと欧米文献にまで当たって開発した特効薬だ。素材も元は茄子や黒大豆であり、生産に科学的苦労が少ない点においても優れた自信作である。
「はぁ、ありがとうございます」
女医からテキパキと説明を受けた将校は複雑な説明に面食らっているのか生返事を返した。
「この薬の生産には大規模な専用の畑が必要です。将校さんのお力でこちらでもっと捕虜や不法入国者などの労働力を使えるようにできませんでしょうか」
薬のビンを渡しながら将校の手をとり、グイと躰へと近づける。男には抗えなくなる場面が存在する。無論課せられた義務による抑制はあっても、理性と自己利益の範囲内で楽しめる事から逃れられるものはいない。
「努力してみよう」
将校は応えた。鼻の下は延びきっている。
☆
ばしゃばしゃばしゃ
アルコールで徹底的に手を洗い、男の甲が当たった胸元を掻き毟る。雌である自分がたまらなく汚らわしくて仕方が無かった。むかつきを押さえきれない。
LSDの自己投薬について自分は大丈夫という自信はあった。しかし、どうにも漠然とした不安から一旦停止することを試みている。かつてはこうした時に気分を紛らわすことが出来たのに、いざそれが無くなってからというもの、どうにも自分が不安定で仕方ない。
忌まわしい記憶が蘇り、おぞましい手が全身を撫で回しているかのような不快さが駆け巡る。ぬめった舌が首筋を這って上がり、耳たぶの裏側を舐め取る感覚を呼び起こされ、全身に鳥肌をたてる。
既に汚れた身なら、もっと汚すしかない。あの時のように、血飛沫で染まった肌を恐れて穢れた手が離れるほどに。そして汚れた舌を叩き切って地面に踏みつけてやる。
電話を取って腹心の看護婦、穂村愛美を呼び出す。
「穂村さん、今死にそうな奴か死んでも構わない奴を見繕ってくれない?『手術』したいの、今すぐに」
「またですかぁ、もう死にそうな人は全部『手術』しちゃいましたよぉ?ああ、この人ならいいですかね、生きのいい不法入国者です。人売りで何人も犯っちゃってますね」
「いいわぁ、素敵ねぇ。直に準備して」
電話の向こうで言葉は壊れたように高笑いを続けていた。穂村は電話を置き、カルテに「手術中の事故にて死亡」と書き入れた。
●絶望は身を浸す
■馬渕駒之進
▲新潟
軍需大臣、馬渕駒之進の朝は早い。絶えず省庁・地域を越えて飛び回ることで、どうにかきわどいところで統制経済を回し続ける馬渕にとって、朝は邪魔が入らずに書類と格闘できる貴重な時間なのだ。
軍需大臣の机につくや、昨日の間に山と詰まれた書類に片端から読み解いて決済をしていく。夜勤の食堂職員が日課となった朝食を置いていく。戦況の悪化で最早、鰻など食べている贅沢は許されない。なにより、節約を訴える馬渕が贅沢をしていては示しがつかない。
当初はドイツ軍の戦闘糧食であるマッシュポテトを置いていたのだが、作業中に食べにくい事や腹にたまらない事から、馬渕じきじきに料理人へと注文をつけて、マッシュポテトを成型して油で揚げたポテトフライを開発させた。ちなみに馬渕揚げとして前線でも人気の糧食となっている。
軍需輸送の民間化、航空指揮本部への軍需省の一部部門の移管による空軍行政の一本化、奪還なった中部地域復興計画の策定、想価会への予算措置と対策とやるべきこと、やらなければならないことは腐るほどにあった。馬渕揚げを一握り口へ放り込んで租借しながら目を通しては問題がないかを点検していく。
その中で一つの書類が目に留まった。想価会への連絡役として派遣している立花雪堯からの想価会予算に関する報告であった。
「想価会は規模に比して異常とも言える潤沢な資金を有しており、現在の補助金規模では内部へと食い込んだ調査ができない。現在資金経路を調査中であるが、詳細は未だ不明である。洗浄の線練度からみてもなんらかの裏の収入ないし、黒幕が存在すると考えるべきである」
口の中のポテトを飲み込むまで報告書を熟慮しつつ、馬渕は結論を下した。これは俺が片手間でできる範疇の仕事ではない。本件は以後次官にまかせると走り書きをして次官用の引継ぎ袋へと放り込むと、次の書類とポテトへと手を伸ばす。
租借する間に更に3通の書類を決裁しつつ、馬渕は澱のように溜まっていく絶望が身を浸していることを感じていた。
あらゆる数字が大日本帝国は財政的にも、労働人口的にも壊れつつあることを示していた。もし、今すぐ戦争を止めたとしても国力が本格的に回復するのは今のベビーブーム世代が労働人口として数えられる時代だろう。少なくともあと10年を耐え忍ばねばならない。もしも、この先も戦争が続いたならば?戦野が広がり子供達の未来が失われたら?
今の馬渕には、暗い想像を無理矢理にも今の作業に熱中することで隅へと追いやるよりなかった。
●希望は天を覆う
■野田松之助 後藤孝志
▲新潟
中小の運輸業を統合して、後方における軍需輸送を担う帝國運輸機構を設立するのにかかりきりだった野田松之助はひとまず立ち上げを終えたことで、報告を上げに軍需省へと登庁したが、既に馬渕の姿は無かった。今日の日程と野田の為すべき仕事の記された封筒が机の上においてある。最近の馬渕は極力野田との接触を避けるようにしている。
既に以心伝心が成立している以上、一緒に危難に巻き込まれて軍需省のトップが絶滅するよりも、リスクの分散を図るという合理性を煎じ詰めたような行動だったが、野田としては幼馴染のアニキを傍で支えられないことに一抹の寂しさを感じざるを得ない
馬渕の残した書類と日程を確認する。ふむ、あの立花か、とことん数奇な話だ。電話をとって変わらぬだみ声を発する
「オイ、監査課の立花は来とるか?ああ?廊下で寝とる?たたき起こして想価会関連の資料持って今すぐに大臣室に来いと言え」
10分ほどして立花は大臣室へと現れた。ソツのない官僚らしく先ほどまで寝ていたようなそぶりはおくびにも表さない。
「応、まあ座れや」
大臣用の椅子にどっかりと居座っている野田の態度にも、慣れた様子で正面に椅子を引っ張って来て座る。他の役所であればお互いの無礼に怒号が飛びかねない態度だが、形式よりも効率を最優先する馬渕の軍需省では当然以下の態度とされる。
「想価会の件ですが、正直な話。少し大きな話になりそうですよ。今のところ物資の出入りやなにかから、彼らの予算を推計してみたんですけど」
「なんじゃあこりゃあ。これ、年間にしたら下手な県の総生産より多いのじゃないか」
「ええ、そうなんですよ。いくら信者が熱心に寄付をしているからといっても最近の彼らは異常すぎます。」
「…これだけの予算を動かせるとなると大国の諜報部の浸透くらいしか考えられんのではないか?」
「それなんですが、もうひとつ可能性を考えたんですよ。あまりにも素っ頓狂で自分でも笑いそうになりましたが」
「何だ?」
「アメリカのネイション・オブ・ブッダをはじめとして最近新興宗教が世界的に流行しているわけですが、その多くが資金を麻薬、正確には化学合成の薬物を売却することで得ています。また、薬物を併用しての洗脳によって熱烈な支持者を獲得しています」
「実に、どこかの団体に良く似ているな」
「ええ、これは逝毛田本人が自覚しているかどうかはわかりませんが、そういった国際的かつ宗教的な薬物シンジゲート団体の存在を否定できないのです」
「流石にそう言い切られては、イタリアから異端審問官でも呼んで来るべき話に聞こえるがね」
「確か、君の細君は女医だったな」
「ええ、それがなにか」
「娘さんもよくやっている。君の一家は十分に国家に奉仕している。君には少し家族水入らずでの休息が与えられるべきだと思う」
「はぁ…やはり、怪しい妄想にふけったりして、疲れていますかね」
「ああ、妻子とも休めるように手配してやるから温泉にでも漬かって来い。」
それ、と野田は休暇届用の書類を放り出す。書類にメモが添えてあった。
「近く想価会と薬物ルートに手入れをする、報復がありうるから妻子としばらく身を隠せ」
軍需省にも多くの非常勤職員が入るようになり、必ずしも防諜の意味で万全ではない。流石に大臣室に盗聴器はなかろうが、こういった方が気分が出るという程度のくだらない演出ではある。立花に事態の急迫性に思い至せるには十分な演出だった。
「私も官僚です。このくらいで…」
「自分の使命感に人を巻き込むな。これは命令だ」
「わかりました、全力で休まさせていただきます」
「何、君が返ってくる頃にこの椅子が残っているかどうかは知らんよ、無論、物理的な意味でだが」
北陸方面の航空戦が厳しくなっている現状では、次の爆撃先は新潟と予測するのは自然な話だ。
「別に構いませんよ、この業界では法は物理に優先することになっていますから」
面白い野郎だ。この件が片付いたら局長に引っ張ってもいいかもしれんな、野田はこっそりと省内の人事評価について計算をし直していた。
☆
軍需省で想価会に対するカウンターインテリジェンスが動き出す一方、後藤孝志首相は首相官邸内で吊るし上げにあっていた。陸海の軍部大臣からは元々空軍の独立を推し進める態度について不満が出ていた。それが今回の事件で噴火するに至ったのである。
軍部大臣が怒り心頭に達したのは「東日本救世軍の設立」であった、本来は慈善に特化した組織にするはずが、同時に想価会に自衛武器の保持を許したために、国内では「後藤親衛隊」の設立と受け止められた。明治以来、武力の独占を持ってこの国を守護していたと自負する国軍にとっては、許しがたい暴挙であった。挙句にそれが天皇を大元帥とする新軍となっては、不敬罪での告発を画策する若手集団も登場し、政軍関係に昭和に始めに戻ったような緊張関係を生み出していた。
「まぁまぁ、名古屋で活動を始めた本場英国の救世軍を見てもわかるとおり、慈善団体ですし。彼らの貢献は国際的にも良い方向で…」
仲裁に入った外務大臣の言葉を陸軍大臣がさえぎる
「黙れ。恐れ多くも天子様の軍隊に得体の知れない私兵を付け加えるとは何事か。返答によっては陸軍は今後の協力を断る!」
「あー、海軍としても、支援してくれるドイツやロシアの意向を無視して、宥和政策に走るような惰弱な政権運営を続けるようであれば、貴方を支え続けることはできない」
要は、ドイツの継戦派に焚き付けられて、文句の付けやすい所を狙ってきたという話ではないか。後藤はステレオで批難を繰り返す両大臣へ半ば侮蔑の状さえ抱いた。 前任者の引継ぎで大臣をやっている彼らに、自分個人への忠誠は期待できないのは元よりわかっていたが、馬鹿馬鹿しいことを起点に国論を曲げようというならば、容赦は不要だ。
「宜しい。諸君が私についてこれないというのであれば、諸君を大臣職から解任する」
「首相、貴方に解任の権限はありません」
「陛下に君達を解任するように上奏する。救世軍創設も全ては陛下の認証を受けた政策である。これを拒むならば君達は賊軍だ」
「正気か!戦争中に国を割るつもりか」
「国を割るのは賊の貴様らではないか!この莫迦者どもが。今一度御威光に傷をつけるようなことがあってみろ。この国はしまいだぞ。私も君達も帝も圧制主義者として大阪の薄汚れた連中の歴史に刻まれるだけではないか。現実をみろ、この国はこの先生きのこるだけで精一杯なのだ。利用できるものは全て使え、下らない見得を捨てろ。体裁などまず自分が生き残った後で考えればいいことではないか」
後藤は一気にまくし立てて反論をねじ伏せた。陛下という権威と劣勢という現実を前にしてはこれ以上の追求は難しかった。
「我々は陛下の軍隊だ。もしも陛下に害となることがあった場合は重大な決意を以ってあたることになるだろう」
「国際的支援無くして日本は存立し得ない。その事を忘れないで欲しい。ここは海からも近い。枢軸を裏切る事になれば火の海になるかもしれませんからな」
こう言い捨てて二人の軍部大臣は出て行った。ヤレヤレ。これは次はクーデターか艦砲射撃だな。いい加減仲良くやるというのも限界を感じてはいたが、ここで地が見えてしまうとはやはり甘かったかな。後藤は大きく溜息を吐いた。
「で?海軍の言うとおりドイツはまだやる気かい」
「外務省や陸軍はなんとかまとめようと頑張っているようですが、いかんせん、纏まりと手筈の洗練さに欠けています」
「デーニッツはどっちにでも転べるように両方を飼いならしているのだろうよ。今ならばまだ我が国の意向を通す余地もある。要は話を先に纏めてしまえばいいだけの事だ。
今の内に私が国内をねじ伏せて講和に持ち込まないことには、あと何年かは独露の思惑通り、国土をボロボロになるまで戦争することになりそうだな。突き詰めてやれば勝つ自信はあるが、勝っても30年は苦労するだろうさ」
「でしょうな。やはり、ここは早期に停戦を実現させなくては」
「まぁ、相手がある。どう突付けばよいかは大変難しいところだが、こちらも北陸反攻は大変厳しいが出来くなったわけではない。どうにかしてこの厄介事を解きほぐさないといかんさ」
後藤はまた大きく息を吐いた。救世軍という前例の持つ意味が重くのしかかっていた。
●ウォークマン
■井深大 盛田昭夫
▲仙台
井深大と盛田昭夫は、東北各地へと立てられた新工場を手分けして回っていた。既に技術的な革新は二人の努力の賜物でひとまずの停滞に陥っているので、今は徹底した効率性を追及することで誘導弾の生産力を挙げるべき場面と判断したからである。
無論、常に成果と革新を求める彼ららしい新機軸はその間も推し進められている。背負い式の通信機の改良に努め、盛田の発案でウォークマンと名づけられた新型通信機が、指揮の末端までいきわたるべく売り込みが始まっている。
仙台工場で偶々二人の行動が一致する機会があった。戦場や空襲の都合で直に予定を組み替えなければならないし、以前にも増して多忙となった為に最近は機会が減っていた。
「井深さん、ここももうちょっと警備を固めたほうがいいよ」
盛田は井深に進言した。
「あまり無駄なことはしたくないんだが…何かまずい情報でも入ったかい」
「農村部で共産党の影響がじんわりと増しています。政府の中途半端な農地政策への批判が利いている様です、軽いテロ事件くらいならおきてもおかしくはありません。…それにどうもロシアの銃が日本に大量に横流しで入っているようです。最初は想価会の自己防衛用として輸入が許可されたようですが、ロシア人は大雑把ですから」
「…銃社会か、怖いね。暴動で人が大勢死ぬ世の中になる」
「ええ、くれぐれも気をつけてください。我々は恨まれていますし」
「そんな話を聞くと、前線の部隊のほうがよほど心安らかに過ごせる気がするよ。戦線は安定しているし、後ろから撃たれる心配はしなくてよさそうだからね」
●亡命
■左藤大輔 仲村正憲 島田介子
▲岐阜
左藤大輔は東から流れてくる電波を拾ったラジオを聞きながら仲村に尋ねた。
「なぁ、どうしてこの国はこんなことになっちまったのかなぁ」
四国、近畿と転戦を重ねてきた歴戦の小隊長が妙に元気が無い事に仲村は気がついていた。拳を振るわない左藤というのも気味が悪いと思え始めているのだから慣れというのは恐ろしいものだ。
「全部アカの連中の陰謀なんでさぁ」
敢えて頭の悪い回答を返してみた。筋金入りの反共主義者である左藤をからかっての言葉だが、いつものように拳が返ってくることは無かった。
「そうかもしれんなぁ…お前は頭がいいなあ」
左藤は相変わらず煮え切らない言葉を返した。明らかに異常な姿であったが、疲れているのだろうと察して仲村は押し黙ることにした。何も好んで殴られているわけでは無い。
その夜左藤は突然、それまでの無気力が嘘のように将校斥候に出るといい始めた。ボートに乗って敵陣深く侵入しての斥候という冒険的な計画に誰もが反対をしたが、左藤は強引に仲村を引っ張ってボートに乗せると「根性試しだ。さっさと漕げ」と言って夜の川中へと消えていった。
西軍将校としての左藤大輔と仲村正憲の記録は此処で終わる。―9月13日夜、将校斥候に出て行方不明。前後の様子から亡命の疑いが強く疑われたが、その事は公式記録には残っていない。兵に愛された小隊長に国家が送る最後の名誉であった。
☆
島田介子は悩んでいた。想価会の急速な拡大に組織が追いついていないのだ。それは彼女がなし崩し的に所属するようになった機関紙部門でも同じだった。
これまで逝毛田の言葉を転載するだけで済んでいたが、読者の拡大によってそれ以外の情報も盛り込む必要性が出てきた。しかし、目玉となるべき戦場を描くルポタージュを書く才能を持った人間などいなかった。戦場慣れした男など今は全て軍に取られている。
いつぞやのカメラマン、こちらに引き込んでおけばよかったと今更悔いていたが、時は既に遅し。どこからか戦場ずれして迫力と人間味にあふれる戦記ものを書いてくれる男でもあらわれないかしら、少々の見栄えは気にしないから。
そんなことを考えていると、編集部のドアが開いて固太りの男が入ってきた。雰囲気から極最近まで戦場の匂いをかいでいたことが伺えた。知らず知らずの内に人の纏う空気を敏感に感じ取れるようになった事に驚きつつ島田は男に駆け寄った。
「どうされました?」
「いえね、こっちにくれば仕事を紹介してくれると聞いたモンでね」
「失礼ですが、お名前を聞いて宜しいでしょうか」
「ええ、豪矢大介といいます」
「あなた、戦争モノを書くことはできるかしら」
●廃都
■立花雪音 宮嶋シゲキ
▲名古屋
かつて、中京として栄えた街は一面の廃墟に変わり、廃墟の上にはあらゆる悲劇の見本市が開かれていた。家を失った老人、親を見失った子供、子供を亡くした母親、腕を失った男…
ちらほらとバラックが立ち並び、前線部隊への補給を急ぐトラックから時折バラバラと申し訳なさ気に菓子がばら撒かれる。兵隊の休憩所が設けられた場所の近くでは残された女達が生き残る術として煤けた春を奉げている。
目を背けたくなる光景の中を立花雪音を乗せたバスは走る。名古屋の放送局を再建し、そこから西へも届くように放送を行う為だ。
「辛ければ、眼をつぶって下を向いていてもいい」隣に控えるマネージャー真壁六郎がそっと言う。
「いえ、私はこれを伝えなければならないんです。だから…」
雪音はそれ以上は言葉を継げなかった。
真壁は少しでも明るい方向へと雪音の視線を向けることで気を紛らわせようと市街に新しく建ち始めた仮設住宅へと目を指した。
「ほら、ああやって。ちゃんと対策をしているんだ。僕らは決して見捨てないし、人は瓦礫の中からだって立ち上がることができるんだ。僕の子供の頃の東京だって、こんな光景だった。でもそんな中からだって…」
早口で復興のすばらしさを伝えようとする真壁の声は次第に
小さくなっていった
「だからって…壊していいわけなんかないじゃない」
静かに雪音は言った。その声に申し訳ないように車中は沈黙が訪れた。戦禍を知っている大人が戦端を開いて、悲しい思いをする子供を作る現実に耐えるには他のやり方がなかったのだ。
名古屋からの雪音の声は大阪でも良く聞き取れた。
無事を知らせる子供からの言葉、連行された夫を案じる言葉、大阪政府への怨鎖の言葉、助けてくれた救世軍への感謝の言葉…一つ一つが日本各地へと届いていた。
彼女の伝える家族への言葉に一喜一憂する西側の被連行者、西側政府への疑問を新たにする者、名古屋の惨状に涙する者、思いは様々であったが、そろって最後に皆の中にわだかまるのは、なぜこのような戦争をしなければならないのかという疑念であった。
☆
宮嶋シゲキも突撃するジャーナリストとして最も報道がアツい現場である名古屋を訪れていた。積極的に現場に入って現場で被害者と同じ生活をしながら写真を撮り、話を聞いて回っていた。
――こうして現場に入り浸って取材中をしている中で、宮嶋にはギモンが生まれていたのである。なぜ想価会は物資統制化の日本でこうも手厚い支援ができるのだろうか、連中は。何処へ行っても支援の中心に想価会が居座っとる。いくらお上が認めた宗教とは行ってもこれはやりすぎや。この謎によりツッコンで調べてみたら面白いモンが見れそうや、と勘が告げとる。待て次号!
●惨禍の代償
■貝塚修 吉見健三
▲大阪
政庁が大阪へと復帰したことで、 これまで軍組織と幸運にも逃げ延びた個人によって政府が運営されていた状況を
再び文官行政組織によって統括するべく、 東側占領地域に取り残された者や捕虜から解放された者を大阪へと呼び戻しての組織再編が進んでいた。
「彼らから言わせれば、我々福岡組、 悪名高き国防官僚閥とは真っ先に大阪から逃げ出した卑怯者だそうだ。
流石、時局も読めずに国家の危難を支えることもできない連中は言う事が違う。今政争を引き起こす愚がわからんとはな」
中部軍政局長を解任された(というよりも撤退で職分そのものが消失した)貝塚修は大阪で
吉見健三の愚痴を聞かされる羽目になった。
吉見は汚れ役とはいえ一足飛びに局長になった貝塚に対してもあくまで後輩として接している。
「私に局長が務まる時代の方が例外です。馬鹿どもを気にしても仕方がありません」
吉見は苦笑いを浮かべて言った。
「守るべきは官僚としての道理(年功序列)だね、浅ましいものだ。ああ、そうそう。細かいことは人事から言われるだろうが、君の次の役職ね、技術本部付け参事官だそうだ。電子兵器関連だとさ」
「それはまた、電波な所へ」
「不満かね?」
「まさか、刑務所の中じゃないだけマシですよ」
貝塚は不敵に言い放った。彼を銃殺すべしという意見さえ世には出ているが、そうした些事を気にかけるような男ではない。官界においては身内の権勢さえ高ければ雑音など聞かずに済む。
「随分と甘ったれたことをするものだよ、人事もさっさと刑務所にぶち込んだ方が楽なものを」
吉見は厭そうに言った。貝塚のせいで国防省が負った原罪はけして軽いものではない。吉見とてその面倒の余波を受けている。しかし貝塚が続けた言葉は感謝の言葉だった。
「ご尽力感謝致します」
「何のことだね」
吉見は心の中を覗き込まれたような不快さを露骨に顔に浮かべていた。
「いえね、他に私を庇い立てするような人も思いつかないですから」
言葉とは裏腹に吉見は貝塚の仕事の巧みさは認めていた。有能でなければ、名古屋を文字通り地図から消すことなど出来はしない。それを見透かして礼を言う貝塚に吉見は目を細めてあごをしゃくった、早く出て行けこの疫病神め。と視線が告げていた。
●祝宴
■白州次郎 井上成美 パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリア
▲神戸
目下の戦乱とは無縁の一夜の宴が開かれていた。東軍に差し押さえられていた資産を回収した白州次郎が私財をはたいて開いた「白州邸奪還記念パーティー」であった。戦時の陰鬱な気分を吹き飛ばすように可能な限りの贅を尽くしての会には政軍財の要人から子供まで多くの人たちが詰め掛けていた。
「本日このような会を開けましたことは、誠に我が国軍の勇戦と米英をはじめとする国際社会の援助によるものです。ささやかながら皆様へのねぎらいも兼ねてこのたびの戦勝をお祝いしようと考える次第です。お忙しい人々を呼びたてて酒盛りをするとは戦時下に不謹慎と言われるかもしれませんが、私の金をどう使おうが私の勝手です。これこそが私たちが自由主義の世界に属していることの証です。未だ厳しい状況にあるわが国ですが、本日限りはひとまずの喜びを分かち合って下さい」
白州の挨拶が終わると音頭にしたがって乾杯の声が一斉に上げられる。ぞろぞろと要人が挨拶を重ねるような無粋はしない。食事へと群がる者、人脈を築こうと喋り続ける者、バーカウンターへ向かう飲んだくれ。
自侭に動き回る客人の中でも人の中核となる者がある。 客人の中でもひときわ注目を浴びているのは井上成美首相代行である。首相職は石橋外遊中の留守預かりとはいえ、実質的にこの難局の中で国家を動かしてきたのが誰かは皆が知っている。
元々理知的で容赦のない性格から、粘り気を帯びた政財界の人的な関係に取り組むのは不向きと思われていたが、大阪を奪還してからはこうした集まりにも積極的に顔を出すようになっている。今日も楽しげなそぶりは全く無く、自らが構築した防衛線「クレージーライン」の鉄壁さや今後の見通しの暗さを再三説いて回っている。
同僚の野坂労相からは「ブルジョワ的贅沢に目覚めた」と批判されるところであるが、議会に確たる基盤を持たない井上はこうした形で少しずつ、日本再分割による早期講和持論を広めるように動いている。
白州は、こんな場でも職務に勤しむ井上について哀れみを抱きながら客人の顔ぶれを見て回っていた。要職にある人々に本人を含めて3人分の招待券を配った。自派の子分を引き連れてくるもの、家族を連れてくるもの、縁もないものに抽選で譲渡したもの。配り方には自ずから個性が出る。その中に妙齢の海軍礼装に身を包んだ白人女性を見つけた。
「失礼、あなたはマウントバッテン卿の御令嬢ではありませんか」
「良くご存知で」
ノーストリリア艦長パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリアは礼節に乗っ取って白州に挨拶に挨拶を交わした。
「関東撤退の勇敢なる女性艦長の活躍は聞き及んでおります」
「それは光栄です」
それからしばし昔の英国について話しこむ二人に井上が割って入ってきた。井上も英語には不自由をしない。
白州はそっと「閣下、人が口説いているのを横取りするとは無粋やね」と日本語で井上を茶化すと
パトリシアはクスリと白州に笑みかけた。
「聞くだけなら少々、覚えたのよ。何処で悪口を言われるか解らないものね」
「私も艦を率いている頃はよく兵の悪口を聞いたものです」井上は楽しそうに言った。
「まぁ、アドミラル井上はどのような艦長でいらしたのですか」
井上は普段の厳しい顔つきを緩めて海軍時代の話を始めていた。パーティーでは人柄が出る。
白州は井上の笑んだ顔を見ながら改めて思っていた。
●業を負って
■野坂参三
▲大阪解放区
武器持ったまま解放を祝う市民の中に野坂参三は在った。前の戦争でも解放の中心となった大阪の声は熱い。しかも今度は軍に依存せずに自らを解放したと彼らは信じている。血の気が多くなるのも当然であった。
「同志諸君の活躍は革命史に刻まれる偉業であった
(歓声により30秒中断)
同志諸君!我々は此処に偉大なる実績をあげた。
しかし、未だソヴィエト設立の時期には至っていない
より多くの共感を!より多くの勝利を!より多くの繁栄を!
我々はまず確固たる地位をこの国の中で築かねばならない。
新潟政権を粉砕し、日本人民の中に我々の理想を浸透させねばならない。
諸君の中には大阪解放で手を血に染めた者もいよう、
諸君らは罪に怯える必要は無い。
守るべきものの為に戦ったものは罪を背負うべきではない。
全ては君達に銃を取らせてしまった私が背負うべき業なのだ。
引き続き武器を取って闘いたい者は武器を掲げよう。
後方で彼らを支える者は武器を下ろそう。
武器を下ろしても恥じることはない。
銃後という戦列へと加わるのだ。
恥じるべきは守るべき場もないのに徒に武器を持つ輩だ。
私闘のために銃を取る者は
私は共産党員としても日本国国務大臣としても容赦しない。
さあ、道を選べ!自分がどちらの戦場へ赴くのか。
今が決断の時だ」
ガヤガヤと今後を相談する声、打ち鳴らされる空砲、武器を下ろす音が続いた。結局武器を掲げたのは2000人ほどの人数だった。
事前に経団連との根回しによって、彼らを社会に引き戻す場所を確保したのが効いたおかげか、必要にして十分な手勢が残ったことに野坂はひそかに喝采した。これ以上多ければ養うのが大変だ。少なければいざというときに頼りきれない。これだけいればSOS旅団へ組み込んでもオツリが来る。更に、数多くの共産党シンパがこの後の軍の臨時動員計画で、大阪在留の予備師団として動員されることを考えれば、野坂は実力で大阪を制圧する環境が整ったことになる。既に野坂の反対派に回りそうな一匹狼らは公安に売り渡してある。野坂の国務大臣としての実績は政財官の皆が認める所となっている。今、革命政治家としての野坂の視野は限りなく開けていた。
●ユーゲント
■宮本顕治
▲長野県某村
宮本顕治は想価会の浸透著しい都市部を離れ、想価会の強引な宗教主義に潜在的反発を抱いている農村へと分け入って支持を広げていた。中国の理論家、毛沢東も言うではないか「農村が都市を包囲する」と。もっとも中国の統一が成らざる今、未だに未完の理論ではあるが。
農業株式会社化の矛盾を突く宣伝工作を地道に行って、小作・地主・当局に互いへの不信の芽を作ったのちに、それぞれの過激派を煽って対立を先鋭化させることで、面白いように農村の混迷が始まった。本来であれば調停をすべき村のまとめ役が戦争で欠けている事も相俟って、燎原の火のように共産党は支持を広げつつあった。
そんな中で、長野県某地に想価会が大規模な施設を建造するという噂を聞きつけた宮本はその周辺で聞き込みを命じた。そうしたところいきなり銃撃を受けて多くの部下を失うことになった。僅かに帰ってきた部下の話を総合すると、想価会が孤児を集めて未来の兵士とすべく訓練する施設を建造中という結論に至った。
宮本は逝毛田の手法にヒトラーユーゲントにも匹敵するおぞましさを感じた。既に周囲に武装した会員を配置する周到さといい、生かしておけば必ずや日本と革命に大きな災いをもたらす存在になろう。少なくとも自分が死ぬ前には逝毛田を葬って置かねば安心して死ぬことさえ出来そうに無い。何かの間違いで自分の葬式に逝毛田の弔電が読み上げられる光景が目に浮かんだ。
広がった支持をどう使えばよいか、逝毛田の「信濃御殿」を睨みながら宮本は思案していた。
●発狂時代
■マクセル・ビアリストック
▲ロサンゼルス
マクセル・ビアストリックは35歳、若きメディア界の寵児である。先の戦争には情報将校として情宣活動に従事、その経歴を生かして演劇界・放送界に作った人脈を通して芸能プロデューサーへと転進。反独を煽り立てる技術に関しては業界有数の手腕を持っており、政界にも人脈を有している。
そのマクセルをして狂気の祭典と呼ばせたイベントが幕を開けた。並べられたのは武器や軍服、外には目玉商品として非武装化された戦闘機や戦車まで用意されている。次々とそれらが競りにかけられる。商品を運ぶのは短く切り詰めて脚を露にしたSS風の服を着たブロンド美女達。
西日本で鹵獲した武器を本土で売り捌いて西日本への義捐金を募ろうというマクセルの試みは当たったようだ。普段は後ろめたいナチの装備を堂々と買えるという名目が好事家たちを動かしていた。中にサクラとして入っているハリウッドスターたちが、目玉商品を大金をはたいて買う光景は憧れとなって更なる投機を生む。
マクセル本人はこの光景を見ることは無かった。「動き出した企画に興味は無い」と言い捨てるとハリウッドへ向かっていた。極東戦争の報道班を追加して戦争映画を作るのだという。
会場の熱狂にある取材記者はマクセルが行政を説得する際に放った言葉を思い出していた。
「狂った時代だ。誰にも変えることは出来んさ、なら企画の方を時代に合わせにゃならんのさ」
●首都警
■五島喜一
▲大阪
アメリカでの手柄を持って日本へと帰国した五島喜一を待っていたのは、奪還した首都大阪の治安を回復する任務であった。
共産党、ヤクザ、そして中部からの難民、東軍の残兵と様々なツケを溜め込んで「戦場より酷い」と言われた状況で治安責任者になるのは失敗前提の左遷人事かといぶかしんでいたが、すぐにそうではないとわかった。誰にも手をつけようがないほどになってしまったから、自分より他に任せられる人間がいなかったのだった。
五島は防諜のプロや各地の機動隊から次々と人員を引き抜き、「首都圏治安警察」(蔑称クビポリ)を整備し、共産党の協力、ヤクザとの一時的な協定、一般市民の渋々の同意を経てどうにか大阪の平穏を表面的に確保することに成功した。
もっとも、白昼に死体を見ることはなくなったというレベルの話であって、夜中一人で歩いたら全く保証はできないというのが現実であったが、第三次大戦からこの方、戦乱と混迷に慣れ親しんでいる大阪都民にとっては「概ね平和」と呼称できる程度であった。
五島は確保した武器は軍に回さず、後の特殊重機動隊の編制の為に警察自前で保全をしていたが、その目録には驚かされていた。重砲やら手製の戦車やらまで混じっている。工場で製造中のものを持ち出したらしい。
一方、重兵器はそれなりに集まったが、小銃や拳銃といったモノについては未だに集まりが良くない。共産党系は割合素直に武器を差し出したのに対して、一般都民の間ではまだまだ隠し持っていると考えたほうがよかった。五島は更に成果を求める上層部にいつもの木で鼻をくくったような態度でこう言ったという。
「安定した政権があって初めて民衆は武器を捨てるんです。もっと成果をあげて欲しいならば、まずは戦争に勝ってください」
●電波兵器
■貝塚修 ネヴィル・シュート・ノーウェイ
▲大阪
貝塚修技術本部付参事官は技術本部のペースになじめないでいた。彼が最優先事項と定めた対戦車誘導弾の開発についてさえ上手くは進まない。着任早々にあと何ヶ月開発にかかるかと聞いたら、最短であと五年と聞いて軽く眩暈を覚え、有線誘導に絞って5週間で開発しろと命令しても全くなしのつぶて。5ヶ月くらい猶予を頂いたらなんとか試作品をお見せできるかもしれませんとノンビリ言われ、火薬を詰める余地のない試作品計画を示された瞬間に貝塚はついにキレた。
「国難に対し、研究室に籠もっているのは許し難い。現場の空気を吸ってこい」
その場にいたもの全員が返答もなく一斉に席を立って職場を出て行った。
「最先端の科学者を兵隊に取る野蛮人」というレッテルを貼られてストライキを起こされ、上司不適格として解任申請を出された。元よりこの国で統制派の官僚の受けが良いわけはない。戦場であれば武力という有形力を背後に立てることもできたが、今はそれも無い。
対戦車ミサイルはどの国でも開発中の最先端技術であり、地上の複雑な地形に合わせての誘導や小型化についてはどの国も試行錯誤の段階であった。まだ開発を始めたばかりの日本の技術力で、この戦争中に完成させろというのは狂気の沙汰と周囲には受け止められた。5ヶ月で実験体を作るだけでも不眠不休の作業といくつもの技術的奇跡を必要としたであろうことは疑いない、他者の理解をせず、命令をすることに慣れた貝塚には遂にその現実を解することができなかった。
流石にこれ以上突っぱねれば自分の進退に関わると理解した貝塚は一人一人の家を回って謝罪行脚をして、技術的問題については一切口出しをしないという約束でようやく業務を再開することになった。
事務官としての能力を示し、どうにか計画の一年の前倒しができたが、どの道この戦争に間に合いそうにないと理解した貝塚は急速に仕事に興味を失っていった。職場では周囲のやる気を殺がない程度に仕事をこなす振りをしているだけで毎日を過ごすようになっていた。
☆
其処にやってきたのはやたらとテンションの高いイギリス人であった。
「やあやあ、日本の諸君こんにちーは」
「ええと、どちらさまで?」
「ぼく、ネヴィル・シュート・ノーウェイ。今日は合同誘導弾開発の協力の為に素敵な道具を持って来たよ」
余りに場違いなノリに誰もがツッコミを忘れた。ネヴィルは愉快そうにポケットから車輪に似たミニチュアを取り出して玩具を自慢する子供のように言った。
「じゃじゃ〜ん。テイク・コプターMk.I」
あまりの馬鹿馬鹿しさに皆が無視を始めたので、ネヴィルは目の前でボーッとしている上座に座っている人物に目をつけて名札をチェックする。
「貝塚クン、これはね。パンジャンドラムを横倒しにしてミサイルデコイに使うという画期的な発明なんだよ?」
貝塚は心底目を伏せなかった事を悔やみながら思った。この男何かに利用できないものか、少なくともこの退屈な現状から逃れる役に立ってくれればいいものを…
●奇妙なる一致
■遠田賢 ヒュー・トマス・ジェフリーズ
▲名古屋〜ベルリン
「どこにも似たようなことを考える奴はいるものだな」
英本国からの回答にジェフリーズは苦い顔をした。東洋艦隊司令長官は単に軍事的な役割のみを求められているわけではない。必要であれば政治的な判断を下し、自らの伝手を使ってそれを実行する場面もある。英国海軍の将校団は貴族的であるが、それには必要な措置を取るときに上流階級の人脈を利用できる強みも織り込まれている。
ジェフリーズはその意味で典型的な大英帝国海軍提督であった。単に戦術的な問題に留まらず、コモンウェルスのアジア政策全体について積極的に「政策」を実施していた。それが思わぬ軋轢や皮肉を生むこともある。
「見たまえ」と参謀に書類を読ませる。大英帝国海軍が再び七つの海に展開する日もあるかもしれない。そのときに状況を自分で判断できない士官にならぬように、ジェフリーズは自らの状況や判断をオープンにして参謀に司令長官のように考えさせる機会を多く取らせるように心がけている。
「けしからん話ですね」一本気な所のある参謀は言った。
「救世軍は英国にある組織だというのに、敵の支配下の名古屋を救援するとは利敵行為ではありませんか」
救世軍はメソジスト派の教会が作る慈善団体であり、呼称や編制を軍になぞらえて形成するという特徴を持つ。本戦争でも戦災民救済に活動をしている。
「ふぅん、では彼らがあからさまにわれわれ西側に肩入れしたら今後、枢軸陣営内部に彼らが足を踏み込むことが出来ると思うかね?その結果としてより多くの困窮者を助ける事ができなくなるかもしれないよ」
「だからと言って許されるものでは有りません、国家総力戦において敵国民を助ける行為は敵の国力回復を助ける利敵行為です。敵は全て殲滅対象であります」
まったく、ヤンキーの様な馬鹿が此処まで移ったかとジェフリーズは若い参謀に危うさを覚えた。
「違う。そんなことをいつもいつもやっていては金も人も足りない。敵は分断して統治するものだ。そして、そのためには現地を良く知らねばならない。つまりは合法的な偵察隊を内側へ送り込んでいるとは考えられないか」
「失礼ながら、時代が違います。核兵器のある時代にはそういった奇麗事ではいきませんよ」
ジェフリーズは前提がかみ合わない話に忠告を諦めた。次に殲滅戦争などやったら大英帝国などバラバラに消え去って合衆国の属領に編入されるに違いない。なにせ今のところ大英帝国には核兵器が無い。それとも合衆国に付き合ってこの星が無くなるまで戦争を続けるつもりかね、若いの。戦争は最悪を回避するために次善、三善まで手をうたねばいかんのだよ。
☆
遠田賢駐独東日本大使はどうにか本国からの司令を満たしたことに満足を覚えていた。救世軍を名古屋に展開して、国民救済にあてると共に、名古屋の惨状を世界に訴えるという首相直々の方針が来たのはいいものの、西側でも同時に救世軍へ「援軍要請」が出ていたために支持の奪い合いとなった。
遠田は直接ロンドンに飛んで、名古屋が現在最も国際的な注目度が高く、同時に救済を必要としている事を訴え、安全を東日本軍が直接に保証する事を約束して、どうにか支援を先んじて取り付けることができた。
前線からの間接的な要求を改めて吟味してからの作業になる英国に対して、トップダウンによる即断性が発揮された東日本が勝ったのである。
しかし、救世軍は内側に入り込んだ「トロイの木馬」でもあった。彼らが報道や報告で名古屋の事を伝えるという事は、その背後で動く東日本の中部地方の軍隊状況が筒抜けになるという事であった。また、想価会の積極的な活動への対抗心から「東の宗教的な非寛容性」が全世界へと流される。実際に想価会内部では新興流派にありがちなことに、他教に対しては非常に傲慢な気質が蔓延しており、誰もそれをとがめてはいなかった。
枢軸軍=悪という刷り込みに覆われている米国などでは、そうした報道を見て「こうなることを解っていて追撃した枢軸軍が悪い」「東日本は想価会による異教弾圧を許している」といった意見が散見されるようになった。
貧民救済という第一目標には成功したが、軍や想価会と外務省の軋轢が生まれた点や国際報道の視点からは敗北を喫した。
その背景にBBCを始めとする大手報道の首を押さえ込んだ英国の手腕が明らかになるのは後のことになる。
悪意が善意に纏われてやってくることもあれば、善意を悪意で覆い隠してしまうこともある。世界は偏見と誤解に満ちている。それを知らない者には事実から真実を作り上げることは出来ない。
● しょうりのほうさく
■服部卓四郎
▲東・新潟
「さて、これが我が帝国の実態と言う奴ですか」
どうしてこの男の発言は、いつも耳障りなんだろう。しかし、それでもこの男の発言を聞いてしまうのは、なぜなんだろう? ぼんやりと服部卓四郎は考えた。
服部の個室、即ち陸軍参謀総長の個室のテーブルに、その男、市川浩之はひょいと腰掛けて、無造作に片手でマッチを擦った。
部屋の中に紫煙が立ちこめて行く。
およそ、将官に対する佐官の態度…上司に対する部下の態度とは言えなかったが、服部を初めとして不思議と上司たちはそれを許した。
陸軍唯一の空挺師団の指揮官として、死線を何度もくぐり抜けてきた市川には、その経験に加えて、その態度を許容させる才能もあったからだ。
市川の発言は、陸軍・同盟軍がメインとなって立案した反攻作戦が、主として海軍の準備の都合で延期されたことを指している。伝統的な(どこの国でもそうだが)陸海軍の対立を揶揄しているのだ。
「まあしかし、準備期間を取る事自体は悪い事ではないでしょう。同盟空軍の増援も期待できそうですし。ただ、敵軍がどれだけ準備を整えてしまうかは、判りませんが」
服部は身じろぎして答えた。
「問題は、常に陸軍ではなく、空戦力にある…というわけかね?」
それに対しては、市川は肩をすくめただけで答えようとはしなかった。
「結局のところ、この戦争はどうなるのかね。そして、どうしたら良いのかね」
服部は、誰に聞かせるともなく呟いた。
「ここで踏ん張らなければ、何年も続くでしょう」
市川は、楽しそうに唇の端をつり上げた。
「どうしたら良いのでしょう? 答えは簡単です。殺す事ですよ」
服部の視線を受けて、市川はますます楽しそうに続けた。
「アメ公を引きずり出し、アメ公を蹂躙し、アメ公の死体をまき散らし、アメ公のしゃれこうべを戦野に晒す。これしかありません。ご存じかと思いますが、アメリカの大統領選挙は11月に行われます。それに合わせて、彼らがどんなに事に首を突っこんだか、教えてやることです」
服部はため息をついた。この男、市川や航空部隊の前田俊夫ら、新しい大日本帝国の指揮官たちは、どうしてこうなのだろう?
かつて、大日本帝国の軍人たちには、ロマンを弄ぶだけの余裕があった。良かれ悪しかれ、選良としての矜持があった。
今の軍人たちが秘めているのは、議論の余地のない正しさだ。そう、戦争を直視できる狂気と、それを使いこなすだけの平静さを同時に持ち得る、強さが彼らの特色だった。
何時にも渡る戦争だけが、彼らのような新たな「選良」を生み出せるのだな。服部はそう考えて、悲しそうに首を振ったのだった。
● さんしょうすい
■高橋兼良、武本利勝、八原博道
▲西・米原
「どうも、遅れまして」
そう言って大日本国陸軍・第3方面軍司令官、高橋兼良は襖を開けた。小振りだが調度の整った部屋には、すでに二人の軍人が杯をかたむけている。
「お疲れさまです」
「すいません、お先に始めています」
丁寧にそう答えたのは、第一方面軍司令官の武本利勝と、第二方面軍司令官の八原博道だった。大日本国の前線指揮官、それも令名を詠われた三人の将帥が、ここ米原の小さな料亭に集結していた。
「これが鮒寿司、というものですか」
面白いようなしかめっ面のような、不思議な表情で八原が皿の上の物体をつつく。川魚のなれ鮨は異臭を放っているが、武本は恐れずに口にそれを運んだ。そのまま、くぃっと杯をあおる。
「おお、酒の肴にすると、なかなかいけますな」
そう言いつつ、武本は今度はとっくりを手にとって、どうぞどうぞと言いつつ、高橋の杯に酒を注いだ。
「恐縮です」
高橋の表情は、最初はやや硬かった。作戦の打ち合わせなどで同席する事があったとはいえ、それほど親しくしてきたわけではない。まして、彼には将軍として活躍してきた武本、八原に対して緊張があった。しかし、武本はくったくなく、彼をもてなしたし、「冷徹氷の如し」と言われる八原も、二人には時折笑顔を見せた。どうやら、有能な将帥に対する尊敬の念は、しっかりと身内に秘めているようである。
彼らは、今月は激しい東側の攻勢を覚悟していた。陣地を構築し、予備を米原に集結させ、敦賀・関ヶ原の双方からの攻勢に対する機動防御の準備を整える。その上、武本は伊吹山を浸透突破しようとする敵に対しての準備まで整えていた(この準備は、のちに生きてくることとなる)。
しかし、恐れていた敵の攻勢は来なかった。そこに、三将帥が集う余裕が生まれた…というわけである。
「そう言えば、新師団の創設の件ですが」
ぽつり、と思い出したように高橋が口に上らせた話題は、新たに編成されることとなった2個師団のことだった。八原が、またしかめっ面に戻って答える。
「本当なら、前線の補充に使いたいところだね。そもそも、我が国はすでに動員限界だ。今考えることは、『手元の戦力を如何に活用するか』という点に尽きると思うのだが」
「まあまあ。いざとなったら動かせる単位が増えるのは、補給面の心配を除けば悪い事でもありませんよ」
苦笑しながら、武本がフォローする。高橋も苦笑を浮かべたが、何も答えなかった。
夜も更けるまで、三人の歓談は続いた。副官も交えずに行われたこの集まりで、三人の間で何が話し合われたのかは、参加者たちが何も喋らず、記録にも残していないため、後世には残っていない。そして、三将帥が再びこういう場で顔を合わせる事は、この戦争中にはついになかったのである…。
● けっせんのち
■フォン・シュトロハイム、フォン・モーントシュタイン、吉田隆一
▲東・岐阜
ドイツ製のヘリは、山頂に一団の男たちを降ろしていった。現在、航空戦は西側が大きなリードを持っているが、東側の航空移動を完全に阻害するほど、制空権を握っているわけでない。
以前は城の築かれていたその場所は、樹木がある程度切り払われ、見晴らしの良い場所となっている。日本人…吉田隆一大佐率いる、大日本帝国近衛師団の幕僚…と、外国人…ドイツ国防軍と、武装SSの幕僚…たちは、それぞれ双眼鏡をかかげ、あちこちを見回し始めた。秋晴れの天気は、そこににいるのが軍人たちでなければ、秋の行楽のようにさえ見えるほどだった。しかし、彼らは大日本帝国と、その同盟軍の主攻撃予定方面の偵察、という重要な任務でそこに降り立ったのだ。
「ふむ、あれが『天下分け目の戦い』の行われた場所ですか」
外国人の一人、ドイツ国防軍のフォン・モーントシュタイン大将は、双眼鏡を降ろしながら口を開いた。
「十万単位の軍が激突するには、狭いところだな」
答えたのは、黒と銀の華麗な制服に身を包んだ男…武装SSのフォン・シュトロハイム大将だった。
「歴史上、交通の結節点では、時代を超えて会戦が起こる事が多い。ここもその一つだ。広い狭いはその前では、二義的な価値であるに過ぎないよ」
「戦史も大事ですが、私は今の戦場を大事にしたいと思っているのです」
ごほん、と吉田が咳をして両者のやり取りを中断させる。
「しかし、重厚な陣地ですな。あれを攻撃しないといけないかと思うと、頭が痛いです」
ついでに、外国語が堪能なためにドイツの勢力争い、というか、反目に巻き込まれるのも、ますます頭が痛いです、とは吉田は言わなかった。
「戦術に正解は存在しない。完全無欠の防御陣地も存在しない。要は、投入できる戦力の量と、時間だ。現代では三次元的に考えなければならないがね。それに…」
「むしろ問題は、陣地を突破した後、ということですか」
後を引き取ったシュトロハイムを、片方の眉を上げたモーントシュタインが見つめる。
「その意味するところは?」
嫌みなほどに似合った仕草で、シュトロハイムが帽子を脱ぎ、髪をかき上げる。
「我々が突破、そして展進出来るかどうかでしょう。それには、後方に配置されている敵戦車師団、なかんずく米軍のそれが邪魔になりますな」
「強大な敵と戦うのは、武将の本懐ではないかね?」
「出来れば、楽に勝ちたいものです。そう言う意味では、私は武士(ユンカー)とは言えません」
シュトロハイムの答えを聞いたモーントシュタインは、破顔一笑した。
「それならば、私も武士(ユンカー)ではないな。お互い、プロでありたいものだ」
傍ではらはらしていた吉田は、ほっと胸をなで下ろす。モーントシュタインは吉田の前では紳士だったが、武装SSに対しては、彼に似合わず含むところがあったらしい。しかし、個人としてはシュトロハイムの事を認めたようである。まあ、吉田としても、同盟軍の将軍がつかみ合いでもされた日には、割ってはいるのも大変なので、その方がありがたいのだが。
「陣地の突破には、歩兵の山岳浸透が必要でしょうか…」
吉田の問いかけに、モーントシュタインが答えた。
「そう言えば、君の部隊はその訓練をしていたか。正面攻撃だけではなく、もちろんその攻撃も必要になるだろう。君の部隊にも、山岳師団がいたはずだね」
「ええ。福井の部隊は、移動準備を完了しています。国防軍の部隊も先遣部隊が到着しつつありますな」
頷いたモーントシュタインも、吉田らも、すでに山岳浸透で東西の戦いが始まっていることを、未だ知らない。
● いぶきのたたかい
■猪狩長一、エルネスト・デ・ラ・セルナ、小野田寛郎、加藤友安、銀狐、グンナー・ガースラント、佐世保海、島田庄一、浪川武蔵、堀川狼
▲東西・伊吹山
「ふーむ、無事に帰ってこれるかな?」
東日本陸軍で、戦闘団“泉”を率いている猪狩長一大佐は、滅多なことで自分の感情を人に見せることはない。部下を怒鳴りつけることはあっても、それはいわば演技だった。そんな彼も、気心の知れた部下には、本音を見せることもある。砲兵部隊の指揮官、加藤友安中佐(昇進)は、猪狩にとってそんな数少ない部下の一人だった。
「小野田さんのことですから、あんまり心配いらないでしょう。今回は偵察行動ですし」
いざとなれば、彼らが追跡を受けていても、こちらの砲兵で支援できますしね、と加藤は付け加えた。
今月、東日本は計画されていた大規模攻勢を一時中止したが、猪狩はそれにもめげず、二つの作戦を部下に命じていた。一つは、敵に撃墜された味方パイロットの回収作戦。もう一つは、小野田寛郎少佐(日にちをおいて、2階級昇進)率いる特殊部隊「月光」の、山岳浸透偵察作戦である。
大規模攻勢が主として海軍の理由で中止されたとはいえ、発動に向けての準備は進んでいる。陸軍としては、敵の堅陣を突破するための情報収集を行う必要があった。猪狩は、そのための偵察を小野田大佐に命じたのだ。その目標は、伊吹山。
標高1337メートルの伊吹山は、琵琶湖東岸を見下ろす絶好の観測ポイントであるだけでなく、濃尾平野では寒風を「伊吹おろし」と称するように、関ヶ原から西濃にかけての観測ポイントでもあった。陣地構築を終え、予備師団の配置も終わっている西日本軍を攻撃する際。いざとなったら歩兵による山岳浸透突破で、敵への迂回行動を取らなくてはならない東日本軍としては、是非とも踏破しておかなくてはならない山だったのだ。
猪狩は、「月光」の兵士たちが消えていった山々を猪狩は唇を歪めたまま、無言で見つめていた。
西日本軍…いや、連合軍に所属する共産系旅団、「SOS団」の大隊長、エルネスト・デ・ラ・セルナは肩をすくめた。
「いやまあ、頑張っておられますよ。ただ、何というか、致命的に…」
「慣れてない、ということか?」
SOS旅団長、グンナー・ガースラント大佐は後を引き取った。
「何しろ、長い間一匹狼を続けてお見えでしたからね。いきなり、正規軍の参謀をやると言われましても。まして、あんな団体を率いてきたのでは」
デ・ラ・セルナは付け加えた。
彼らが話題にしているのは、「銀狐」と呼ばれる、現在旅団の参謀格として活動している女性のことだった。軍の中で、女性であることは、実はあまり大きな問題ではなかった。問題になっているのは、彼女が大阪で蜂起した人民軍の一部を率いて合流してきたことにある。
まあ、もともと「寄せ集め」のSOS旅団である。民間人を再訓練して吸収するのはお手のもの…ではあるのだが、言葉の壁があり、そして「何で俺たちが、西日本政府の失策の尻ぬぐいをしなくてはならないんだ?」という至極当然の疑問と反発が、旅団内にはあった。
そして何より、銀狐は致命的に組織への適応性がなかった。頭も良い、事務処理能力もある、対人関係を築く能力にも不足していない、軍事的な教育度も高い。だが、そもそも「軍という組織になじめる」のあれば、どこかの組織に所属して、一匹狼など続けたりはしていなかっただろう。こればかりは、彼女にも、そして周囲にも、どうにもこうにも出来ない問題だったのだ。
二人が頭を悩ませていた時、俄にテントの周囲が騒がしくなった。銃声も聞こえ始める。どうした、と声を上げる前に、入り口から兵士が飛び込んできた。
「東日本軍が現れました!」
「この伊吹山にか?!」
デ・ラ・セルナがうめいた。彼らは、東日本の山岳突破を警戒して伊吹山に配置されていたのだが、敵の大規模侵攻が中止になった現在、本当に来るのは予想外だったのだ。
「銀狐に、兵を率いて迎撃させろ」
ガースラントの声が響く。
「はっ!?」
「どのみち、彼女には参謀業務は無理だ。それならば、戦士としての能力を発揮させてやるべきだろう」
はっ、再び返事をしたデ・ラ・セルナは、敬礼して飛び出していった…。
「ホントに来やがるとは!」
迎撃命令を出しながら、西日本軍の連隊長、佐世保海は毒づいた。彼の上官、第一方面軍司令官の武宮は、東日本軍の山岳浸透を予測し、伊吹山中に多数の円周陣地を築かせていた。本当に来るのかいな。そんな兵士の疑問をよそに、今日、彼らはやってきたのである。規模からして、小部隊ではあるようだが…。
「お、姉ちゃん、やるねえ」
佐世保は、感心した声を上げる。外国人部隊(SOS旅団)の一部隊が、陣地から巧みに射撃と前進を繰り返しつつ、敵を押し返しにかかったのだ。中には、部隊指揮官らしい黒い長髪の女性の姿も見える。
「女…? 日本人…?」
びっくりして佐世保は首をふったのだった。
参謀としてはともかく、さすがに戦士としては銀狐は熟練していた。塹壕に身を隠して敵を伺い、どうやら小部隊らしいと見極めをつけると、後方に連絡、迫撃砲の支援を受けながら反撃を開始。射撃を巧みに敵の潜んでいる地点を集中させ、一瞬の敵のひるみを見逃さず、突撃でこれを潰走させる。
場数をふっているだけあって、突撃前に冗談を飛ばし、味方兵士(元人民軍)の緊張をほぐしたり、突撃の際は自ら先頭に立って士気を鼓舞したり(もちろん、実際は敵が後退にかかっていて、自分の危険が少ないことも計算済みだ)、達者なものである。
敵の後退を見て、銀狐は戦果を拡大すべく、追撃にかかろうとしたがこれには旅団本部からのストップがかかった。山岳戦に長けた部隊が、それを引き継ぐ…というのである。
彼女は味方をまとめて、陣にもどった。多少の負傷者以外は、戦死者などは出なかった。歓声が彼女を出迎える。どうやら、旅団参謀としては居場所がなくなりそうな銀狐にとっては、皮肉に聞こえる歓声ではあったが。
「俺が殿だ。まず、兵を引き上げさせろ」
男は、部下に命じた。はっと部下、島田庄一は短く答える。すでに敵陣から彼らは離れつつあったが、必ず敵の追撃があるだろう。
しかし、先ほどの戦闘は、東日本軍の特殊部隊「月光」指揮官、小野田寛郎にとっては、大変に不本意なものだった。偵察行動が基本の特殊部隊にとって、敵陣に対して攻撃を仕掛ける必要は、微塵もない。
それがそうなってしまったのは、敵の哨戒部隊と接触した彼の部下が、「口封じ」のためにそれを追撃。予想していなかった敵陣に遭遇し、望んでいなかった戦闘が起こってしまった…という流れだった。そもそも、訓練された特殊部隊は陣地攻撃で消耗させていいものでない。機会を捉えて、さっさと小野田が撤退を命じたのは当然と言えるだろう。
それにしても、と小野田は思った。確かに、あれだけの陣地群を伊吹山に西日本軍が構築していたのは、全く予想外だった。よほど、注意深い司令官が敵にいるな。なかなかに、楽はさせて貰えない。
ひょい、とくぼみを渡る時に、小野田が頭を下げた。その一瞬の隙をつくように、銃声が轟く。小野田の頭上を弾丸が走り抜けていった。
「ちっ」
東日本軍の「月光」部隊を追撃にかかっていたのは、西日本軍の第634特殊部隊だった。と言っても、もともと懲罰部隊に配置されていた浪川武蔵が配属されていたことからも判るように、西日本において特殊部隊はまだ継子扱いだ。むしろ、「特殊な活躍をした連中を収容させる部隊」という意味合いが強い。
逆に言えば、第634特殊部隊には、良く言えば一芸に秀でた兵士が多い…ということになる。浪川武蔵二等兵は。そんな中でも潜入と狙撃を得意とするプロフェッショナル? だった。もともとは賞金稼ぎあがりなのだが…。
彼は、ぴゅーっと口笛を低く吹く。同じく、口笛で答えがあると、浪川が狙撃した相手(士官らしい)にナイフ片手の浪川の相棒、堀川狼が躍りかかった。二段構えの攻撃だったのだ。
襲われた小野田は、狙撃の後の、間髪を入れない白兵戦に、完璧な冷静さで応じた。逆に、組み合っている間には、狙撃はない。時間がかかれば、味方の兵士が騒ぎを聞きつけて戻ってくる。部下を直接訓練してきた彼には、確信があった。
素手で、巨大なナイフ(グルカナイフというらしい)を巧みにつき、なぐ堀川に対処した小野田は、微かに体を動かしただけでそれをかわして行く。いらだった敵の動きが大ぶりになってきたところを見計らい、素早く足払い。ここでとどめを刺してしまうと、かえって狙撃を受けるかも知れないので、組み討ちに持ち込み、相手の関節を固めようとする。
さすがに、堀川もナイフを捨て、今度は手足を使って強引に体勢を入れ替え、小野田の上に馬乗りになる。小野田の体格が小さいこともあって、強引な格闘には堀川に一日の長があった。
拳を振り上げた堀川だが、今度はその彼を銃弾がかすめた。小野田の予想通り、彼の部下たちが戻ってきたのだ。諦めた堀川は、浪川の援護射撃の元、さっと身を翻す。
「兵士としては、なかなかやるな。部下に欲しいものだ」
身を起こした小野田は、苦笑しながら埃をはたいた。遠くから、微かに声が聞こえる。敵の追撃は続いているようだ。小野田らの戦いは、まだ終わらない。
最後に、小野田たち特殊部隊「月光」を救ったのは、加藤友安率いる砲兵部隊だった。月光が追撃戦を受けている…という報告を受けた加藤は、すばやく人力で動かせる迫撃砲、野砲、重機関銃、はては20インチ奮進砲! まで投入して、山地からの援護射撃を行ったのだ。
常識を遙かに超える山地での砲撃を受け、驚いた西日本部隊は撤退していった。
「どうも、すんずれいしました〜」
加藤の訛り丸出しの挨拶が、彼らの後を追って行く。こうして、伊吹山を巡る、小さいが激しい戦いは、幕を閉じた。
●きゅうしゅつさくせん
■白石海斗、瀬島龍三、横井庄一
▲東・若狭湾
その男は、北陸の海を漂っていた。8月に入り、西日本と連合軍が発起した「北陸における航空基地殲滅作戦」は、西側が全力をあげた作戦ではないにもかかわらず、決戦に向けて戦力温存を図る方向に転じた大日本帝国、引いては枢軸空軍の北陸派遣部隊に、大きな損害を与えていた。
若いロシア人のパイロットは、そんな中でも果敢に出撃し、何機かの連合軍機に損害を与えたが、結局は愛機を撃墜されることとなった。ソ連時代に比べて、さすがにパイロットの保護策も向上しており、彼には救命胴衣が与えられている。これがなかったら、彼は海に漂うことも出来なかっただろう。何しろ、ロシアの大地で育った彼は、水を浴びたことはあっても、泳いだことはなかったのだったから。
しかし、もう何時間漂っているのだろうか。はたして、味方は救出に来てくれるのだろうか。まだ9月の強い日差しに意識を失いかけた彼の耳に、機械音が響いてきた…。
「大丈夫ですかぁ?」
回転するローターの轟音に負けない声で、たどたどしいロシア語を叫んだのは、戦闘団“泉”に所属している、横井庄一准尉(昇進)だった。彼は、知り合いのパイロットから聞いた話をもとに、今月、北陸における「パイロット救出システム」の立ち上げを上層部に進言していた。
幸い、“泉”の猪狩大佐が彼の知り合いだったことも効を奏し、いろいろなところを巻き込みながら、このシステムが立ち上がった…というわけである。
「ふむ、帰ってきましたな」
丘の裾野に儲けられた司令部から、急造の滑走路(と言っても、ヘリ用なのでただの広場だが)に降り立とうとしているヘリを見ていたのは、北陸方面軍司令官の白石海斗大将だ。大将? 枢軸軍の義勇軍司令官がほとんど大将のため、主として命令系統の問題もあって、戦時昇進で白石は大将に任命されている。戦争が終わったら、また中将にもどるのだが。この『昇進』について、本人は「仕事ばっかり増えて、ちっとも身にならない」とこぼしていた…と伝えられている。
それはさておき。隣に立った、黒と銀の制服を着た日本人が答えた。
「まあ、今は敵機も頻繁に飛んでこないとはいえ、命がけなのは確かですし」
ヘリを手配した男、武装SS日本人旅団“葉鍵”の指揮官、瀬島龍三である。ヘリの他にも高速艇が準備されており、それなりに活躍しているが、即応性と速度はヘリに及ばない。
着陸したヘリに、医者や衛生兵に混じって、民間人らしい一団やカメラを構えた軍服の一団が殺到して行く。
「何にしても、これも絆の一つになって欲しいものです」
丁寧な口調で、白石は瀬島に答えた。日本を離れた同盟宗主国の日本人部隊の指揮官である、瀬島に対する感情はその口調には微塵も籠もっていない。元来、白石は豪放だが、あまり胸にものをため込む性格ではなかった。
瀬島は、こういうことに目端の利く士官らしく、あれこれと救出プランに協力していた。白石も、その辺りは抜かりがなく、外国の新聞記者、宣伝部隊などを呼んで義勇軍の士官が救出されれば最大限それを宣伝し、大日本帝国と枢軸諸国の世論形成にも余念がない。
実際問題、義勇軍と折衝し、お願いし、あるいは命令しなければならない白石としては、少しでも義勇軍と自軍が仲良くなって欲しい、という切実な願いが籠もっていたのも、確かなことであった。
●せんしゃしょうこう
■青山京太郎、ジョージ・スミス・パットン三世、ジョン・ハンニバル・スミス、ダニエル宮城、渡良瀬祐介
▲西・木之本
いや一体、この二人はどうなっているのだろう? 大日本国の戦車将校、青山京太郎は首を捻りながら思った。彼の目の前には、連合軍でも一、二を争う有名な「戦車将軍」、ジョージ・スミス・パットン三世と渡良瀬祐介(共に少将)が座っている。パットンが…と言うより、彼の隣に常に侍っている執事のような士官、ジョン・ハンニバル・スミスが気を使ったのだろう、通訳として米軍の日系二世将校、ダニエル宮城が来ているが、顔から汗を滝のように流しながら懸命に務めているのだが…。
まあ、そんなことが問題ではないみたいだなあ、と青山は思った。
卓を挟んだ二人は、誠に対照的な態度だった。パットン三世がひたすら喋りまくり、ぶすっとした渡良瀬が、腕を組んだままひたすら黙っている…という構図である。
もともとは、敵の攻勢があった場合の調整のための会談だった。現在、連合の戦車師団は戦線後方にあって、敵の攻勢で味方陣地が突破された時の予備…バックハンドブロウの拳…として、戦線の後方に配置されている。しかし、敵の攻勢は敦賀から行われるのか? 関ヶ原に突入してくるのか? あるいは桑名にやってくるのか? それによって、各戦線に配置されている予備兵力(主として戦車師団)を動かさなくてはならない。
敵の部隊…と言っても、東日本軍ではなく敵義勇部隊…の一部が岐阜に進出しつつあるようだが、関ヶ原に連合軍を押し込んで渡河を敢行、あるいは南下で桑名〜鈴鹿を抜かれないとは言えないのだ。
もっとも近い位置(米原から敦賀)で、三〇キロほどの行程ではあるのだが、逆に機動余地のない土地の貧弱な道路に大量の部隊が殺到した場合、激しい渋滞が起こったり、さらにひどい混乱が起こる可能性があった。そのための事前協議…のはずだったのだが。
どうして、こんなことになってしまったのだろう? どちらかと言えば、パットン三世の軽いノリに真面目な渡良瀬がついて行けず、次第にイライラを募らせて…という感じなのだが。
思いにふけっていた青山が、はっと気が付いた時、何と二人は楽しそうに談笑していた。英語と日本語で、通じてなさそうなのだが。あれ? いったい何が?? 慌てて、青山はダニエルに尋ねてみた。
「ええ、お話しが、昔の話になったら、途端に意気投合されて…」
たどたどしい日本語で、ダニエルは答えた。
「昔話?」
「はい。何でも、戦車師団がまともに編成されていなかった頃のお話しのようです」
…要は、昔「戦車なんか、歩兵にくっついて援護射撃していればいいんだ!」と放言していたあれこれの上司の悪口で盛り上がっているのね。やれやれ、まったく。青山は肩をすくめた。彼の視界に、ハンニバルも同様に肩をすくめているのが目に入った。
●ずぶぬれしんぷ
■アレクサンドル・アンデルセン、ゲルハルト・スターム
▲東・飛騨
いや、皆も知っているように、俺は移動の時は自分でハンドルを握るようにしている。あの日は、土砂降りの雨だった。移動途中の…確か、ヒダという小さい街だった。
そんな中で、道路に背の高い神父が立っていたんだ。金髪で、ロシア軍の軍用コート。帽子は被っていなかったが、胸に十字架。確か、丸眼鏡をかけていたっけ。
何でも、ロシア義勇軍の従軍神父が、部隊にはぐれて困っています…ということだった。確かに、ロシア訛りだったしな。可哀想に思って、後ろに乗っけてやったのさ。
無愛想な感じの割りには、結構喋った。笑いもした。で、山道にさしかかったんで、運転に集中していて、ふっと後ろを確認してみたら、誰もいない。シートがびしょぬれになっていて、なぜか東日本軍の正式拳銃が落ちていたよ。
ぞっとしたんだけど、どうしようもないから、全力で山を越えて部隊の駐留地まで走っていった…って訳だよ。え、師団長、顔が真っ青でしたよ、って? そりゃ、生きてる人間だったら何とでもなるけど、それ系じゃあねえ。そうそう、そう言えばいなくなる前に「パヨネット」って言葉を聞いた気がするな。何で「銃剣なのかなあ」と思ったのを覚えているよ、うん。
●ファニー・ウォー・アット・シー
■藤堂明 アルバート・ハミルトン 糸川星人 アーレイ・アルバート・バーク
▲若狭湾/山陰沖
6隻の戦艦が見事な単縦陣を組んで航行している。合衆国が4隻、西日本が2隻だ。A統合任務部隊戦艦部隊を中核とした水上打撃戦任務群である。大艦巨砲主義者ならずとも何がしかの感動を覚える光景であるが、その次の瞬間に彼女たちは戦列を崩し始めた。
「予想通りとは言え、やはり仕掛けては来ないか」
A戦艦部隊『尾張』艦長藤堂明大佐はいささか眠たげに呟いた。
若狭湾東部に遊弋していた東日本第1艦隊に対応すべく、出撃の戦艦を集結させていた連合軍だが、不利を悟った敵は交戦を前にして後退して行った。沖合いでの警戒に指定されたものを除き、戦艦群はこれから地上支援に向かう。華々しい艦隊決戦よりよほど重要な任務ではあったが、一抹の落胆を感じないと言えば嘘になる。おそらく、戦艦同士の戦いがありえる戦争は、これが最後になるであろうからだ。
C統合任務部隊第2群駆逐艦部隊第1駆逐隊司令アルバート・ハミルトン海軍大佐は仮眠を取ることにした。山陰沖に展開する空母の護衛を担当する第1駆逐隊だが、現在のところ艦隊に対する脅威は認められない。東日本軍機はもとより、潜水艦の影も感じられないのだ。
山陰沖海戦の再現を警戒し、若狭湾の友軍を突破した敵艦隊の来襲も想定していた。水上艦隊にエアカヴァーを提供するためにある程度機動部隊を東に出していたため、いざとなったら空母の盾となって迎え撃つつもりであったが、幸いにして杞憂だったようだ。
「空母部隊は我が軍の生命線だからな。常に今回と同じ態勢で望めればよいが、そうも行くまいか」
「ハチどもめ、しつこいな」
東日本海軍第4艦隊第4潜水戦隊所属『伊208』艦長糸川星人海軍少佐はいまいましそうに呻いた。
『伊208』は戦隊僚艦と共に若狭湾海域に投入されていたが、その活動は全く不活発なものだった。海空一体の連合軍の対潜作戦がフル稼働しているのだから、それも当然と言える。
日本海での潜水艦作戦は非効率であるとして、糸川は太平洋への集中投入を主張した。だが、日本海方面での阻害を目指しているのだろうか、上層部はそれを却下して第4潜水戦隊を若狭湾に差し向けたのである。第1艦隊が後退を余儀なくされた以上、この投入も無意味とはいえまい。だが『伊206』に限らず、他の艦も酷い目にあっているのではないか。
母港への帰投後、彼は自らの懸念の正しさを痛感する。
C統合任務部隊第2群司令官アーレイ・アルバート・バーク海軍中将は満足していた。
3個艦隊総掛かりの日本海作戦は全く予定通りだ。阻害を図る東日本海軍を押し返し、湾岸における航空戦もその圧倒的な戦力によって順調に推移している。
「前はにらみ合いになった。それならばそれ以上の数でもって、目的のために押し切らせてもらう」
アメリカ人らしい直截的な、そして確固たる決意でバークはひとりごちた。
「願掛けに持ち込ませた英国人の玩具だが、使わずに済むならそれに越したことは無いからな」
通信士官がペーパーを持って入室して来る。受け取ったバークは一瞥して眉を顰めた。
●ウォルフパック再び
■ギュンター・ヘスラー 矢追順一 アルベルト・エントラース ギュンター・フランク
▲ウラジオストック
「素晴らしいじゃないか」
ドイツ海軍義勇艦隊司令官ギュンター・ヘスラー海軍中将は数日振りの吉報に満面の笑みを浮かべた。東海沖に派遣された東日本潜水艦が、超大型タンカー『むつ』撃沈を始めとする大きな戦果を上げたのだ。
「貴国の技術協力あってのことです」
所用でウラジオを訪れていた東日本海軍大湊海軍工廠潜水艦担当矢追順一海軍大佐は、それでも自身と喜びを隠せない表情で応じた。
ここのところヘスラーは本国との折衝に掛かり切りになっていた。連合軍の反攻に対応し、潜水艦隊の作戦制限を解除を訴えたのだ。若狭湾岸における東日本の苦境はそれを後押ししており、好感触を得ていた。そこにこの戦果だ。
「本国も、潜水艦作戦拡大の意義を一層認識するだろう」
ヘスラーは矢追と同道していた東日本海軍の軍令部参謀に言った。
「気のせいか、いつもより騒がしいな」
ドイツ第1潜水群『U−17』艦長アルベルト・エントラース海軍大尉は青々とした顎を撫でながら、あたりの岸壁を見回した。ドイツとロシア両方の潜水艦が接岸するそこは、まさに戦場のような喧騒だった。
「やっぱり噂は本当らしいですな」
『U−17』水測員長ギュンター・フランク海軍中尉がくたびれた表情で答えた。例によって艦長に便利使いされており、まともに上陸許可も貰えていないようだ。
「俺たちとイワンが全力を投入するって話か? 太平洋じゃ日本人のボートがひと暴れしたらしいが」
「東日本自体の旗色は大分悪いようですから、こちらもぼちぼち本腰を入れるんでしょう」
ロシア潜水艦隊に訓辞が発せられたのはその翌週のことだった。
●沈黙の艦隊
■阿部俊雄 貝塚武男
▲東日本・聯合艦隊司令部
聯合艦隊司令部作戦室は沈黙に支配されていた。山陰沖における「勝利」に沸いた日が遥か昔のようだ。
無理も無い話ではある。あれ以来、東日本海軍は目に見える戦果を挙げられないでいるのだ。連合軍の攻勢に対してある程度の艦隊を差し向け、阻止を図る素振りを見せつつ、フェータルな衝突を避けて後退する、その繰り返しだった。そして今日、連合軍の海空戦力の前にまたも後退を強いられた第1艦隊が帰投した。平素は精力に満ち溢れた1F長官も、自慢のヒトラー髭に張りが無い。
無論、道理があってのことだ。例えGFが全力で殴り掛かっても、良くて一方面の敵と相撃ちにしかならない。連合軍は無人の海に予備の艦隊を投入して、この戦争を終わらせようとするだろう。敵の反攻の前に何もしない訳にはいかないが、彼らの行動の自由は余りにも小さい。
「反撃すべきです」
第3艦隊第9戦隊司令官阿部俊雄海軍少将が力強く言った。空母部隊護衛の任にある彼だが、常々積極的な作戦を提案し続けてきた。
「GF全力に同盟国空軍を合し、連合軍艦隊に乾坤一擲の空襲を仕掛けるのです。そこに1艦隊を突入させればさらに大きな戦果を得ることも出来るでしょう。山陰沖海戦を、僥倖ではなく戦力の集中で再現するのです」
出席者たちが唸った。魅力的な案であることは誰もが認めざるを得ない。
「このままズルズルと後退を続けては手遅れになります。連合軍、つまりは合衆国軍に出血を強いるしか、この戦争を休戦に持ち込む手立ては無いはずです」
GF参謀長が声を潜めながら口を挟んだ。
「義勇軍のほうから、我々の戦意を疑う声が出ているとの話もある。今までは曲がりなりにも空母部隊を張り付けてきたが、それすら中止するのかと」
「フネは海に浮いているだけで消耗するのだ。戦車や航空機と変わらんのが理解できないのか」
第3艦隊司令長官貝塚武男海軍中将が珍しく不快さを滲ませる。
「ここのところ3艦隊は出ずっぱりだった。乗ってるこっちは機関がいつ故障するか、冷や汗ものだったと言うのに」
「まあその件については軍令部のほうで対応するでしょう、納得願えるかは分かりませんがね」
「阿部少将の作戦は確かに成算はあるが、成功したとしてどうなるのだ? もし合衆国が根を上げなければ、我々は丸腰になってしまうのではないか」
貝塚は最先任艦隊司令長官として前線の指揮を執ってきた。それゆえ自軍に二の矢が存在しないことを痛感している。
「我が潜水艦隊は東海沖で戦果を上げ、義勇潜水艦隊の増勢も見込まれる。これらを中心に抵抗を続けつつ、艦隊主力を保全して休戦への材料にすべきではないのか。乾坤一擲の作戦を軽々に発動するのは賛成できない」
彼の主張はつまりは現存艦隊主義だった。可能な限り出撃を続けると言う点で一般とは異なる印象を受けるが、損害を受ける戦闘を避けるという意味では同一だ。
「諸君らの見解は了解した」
GF長官が重々しく言った。
「我々はひとまず、艦隊を良好な状態にすることに尽力しよう。どのような戦略を採るにせよ、それだけは常に必要だ。事は外交にも関わってくる。可能な限り艦隊を保全し、情勢次第で決戦を挑むしかあるまい」
玉虫色の結論、受身の戦略、そう批判されるべきなのかも知れなかった。だが誰も口には出さない。彼らに与えられた選択肢は余りに少なく、万全の策など無いことはこの場の全員が了解していたからだった。
散会後、貝塚と阿部だけが残され、GF長官と相対した。
鬼瓦と綽名された風貌にさえ深い憔悴の色が感じられたのは、二人の気のせいばかりでは無いだろう。
「貝塚君、私の後を継ぐ気は無いか? 君が総大将で阿部君が切っ先となれば、悪く無い戦が出来ると思うのだが」
既に実戦指揮は君に任せている事でもあるしな。まあ考えておいてくれ、話はそれだけだ。GF長官は退出を促した。
●オーシャン・ネイヴィー
■加藤源五、有賀幸作、土方龍、伊藤祥、
ブータニア・ニューブリック・ゴッドール、パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリア、メイフライ・メイフィールド
▲佐世保
日本海の作戦に参加していない連合軍艦隊は佐世保に入港していた。具体的には西日本海軍からなるC統合任務部隊第3群と英国海軍からなるZ統合任務部隊だ。彼女たちはローテーションに従って整備に入っている。
連合軍の艦隊運用は、陸軍が反攻を仕掛ける地域に対して常時確実に大兵力を展開することを主眼としている。そのため、保有艦艇を非常に頻繁に整備に回してイレギュラーな戦力の脱落を防ぎ、前線に出す艦艇は常に集中運用していた。その成果は確実に上がっていると言える。東日本海軍に反撃の切っ掛けを与えずに後退を強い、若狭湾岸における航空戦では圧倒的優勢を確保している。だが、そのしわ寄せと言うものも当然存在する。
「艦隊運用の方針を改めるべきかも知れんな」
指揮官会合の席上、C統合任務部隊第3群司令官有賀幸作海軍中将は報告書を穴が開くほど読み返したが、喪失船舶のリストがそれで縮むわけでもない。
「派手にやられたようですね」
C統合任務部隊第3群戦艦部隊戦艦『大和』艦長土方龍海軍少将が難しい表情で応じる。
東海沖における超大型タンカー『むつ』以下輸送船舶多数の喪失、大きな痛手である。これまでの損害とあわせ、国内の生産力にも影響が出ているようだ。この事態を放置すれば損失は拡大し、いずれ致命的な事態にもなりかねない。
「以前より商船に被害が出ていた東海沖から、駆逐艦が引き上げてしまいましたからな」
C統合任務部隊第3群駆逐艦部隊第1駆逐隊駆逐艦『山百合』艦長伊藤祥海軍中佐が応じる。
「加藤君、どう思うかね」
有賀は同席していた西日本海軍第一地方隊司令加藤源五海軍大佐に意見を求めた。加藤は対潜機雷堰、対潜哨戒機部隊の整備に携わっており、対潜作戦の第一人者と見做されている。
「既存の機体に加え、現在戦力化が進んでおります新星対潜型も実戦に参加すれば、敵潜の跳梁をある程度抑えることは出来るでしょう。若狭湾での対潜戦闘はそれを証明しています」
しかしながら、と加藤は言葉を濁した。
「哨戒機の数も能力も有限である以上、フネをある程度は回すべき、ですか」
「戦艦部隊としては随伴艦が削られるのは痛いが、海軍の本務を考えれば、検討しなければなりますまいな」
連合軍は艦隊を前線に集中し、反攻の過程で目覚しい成果を上げてきた。だがそれに伴う弊害が、ここへきて船団護衛の弱体化という形で表面化している。今後の方針を如何にすべきか、彼らの手腕が問われていた。
メイフライ・メイフィールドは、演習の成果に満足していた。
予想されていたことではあるが、ガネットAEWの機動性では、対空ミサイルを回避できなかった。
だが、それでいいのだ。「撃たれる前に、排除しなければならない」とはっきり確かめられたのだから。
失敗することによって、『これはダメだった』という資料が増えていく。膨大な失敗例と数少ない成功例を生み出し、その中から応用できるものを探し、組み合わせて、また同じプロセスを繰り返す。そうやって大英帝国は発展してきた。
失敗を恐れる臆病さは、ジョンブルにはない。昔も、今も、これからも。
Z統合任務部隊は電子戦兵器の調整を兼ねて、電子欺瞞作戦『サーベラス』を実施していた。重航空母艦『インディファティガブル』艦長ブータニア・ニューブリック・ゴッドール海軍大佐、第1駆逐隊駆逐艦『ノーストリリア』艦長パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリア海軍少佐の音頭取りである。
この作戦は手隙の通信機材と人員を用い、同じく手隙なほかの部隊と共同、台風の情報や対応、損害に関する偽電やジョークの電文を大量に振りまくと言うものだ。これによって敵の情報を少しでも攪乱しようと言うのである。
「バカ歩き省に登庁せよ」
「SPAM! SPAM! SPAM!」
「審問官よりペットショップ、審問官よりペットショップ。死んだ小鳥を交換せよ」
「至急! 至急! 世界一面白いジョークの使用許可を求む!」
「ペットショップより審問官。小鳥は死んでいない。繰り返す、小鳥は死んでいない」
「わたしは軍人じゃなくてキコリになりたかったのよ」
東日本軍は全くの劣勢で既に後退に移っており、その中でこの欺瞞がどれほどの意味を持ちえたかは定かではない。一ついえるのは、同盟国将兵に英国文化ここにありを示すことが出来た、と言う事である。
●情報という名の爆弾
■阿賀野守、柚木浩太
▲守山
西日本空軍では、東が攻勢に出るものと想定し、迎撃準備を整えていた。その内容は、見事なものであった。
が。意に反して、今月も枢軸側は動かなかった。この場合は、ローテーションを組んで嫌がらせ程度の爆撃を加えることになっていたが、全ての部隊が毎度出撃するわけではない。ミサイル対策の講習や、補給と整備の手配などすることは勿論あるが、それとて年中無休二十四時間営業ではない。
手持ち無沙汰。それが、西日本第一戦闘爆撃大隊の偽らざる現実であった。
だから、柚木浩太中尉や、大隊長の阿賀野守大佐のように、暇潰しの雑談に興じる者もいる。
「隊長殿、最近流行の下らない噂をご存知ですか?」
「どれのことだ? 共産革命や井上国防相によるクーデターの件か? 逆に、首相が大粛清に踏み切るという噂か? 米軍と武本中将が反共政権設立を企んでいるという話か? 八原中将が東に内応しているという奴か? 大阪事件このかた、聞き飽きている」
「いえ、隊長殿と一部の青年将校による、井上閥官僚群暗殺計画が発覚したそうです」
流石に目を丸くした阿賀野だが、すぐに破顔一笑した。
「……情報が漏れたか。となると、予定を早めねばならんな」
勿論、全くの事実無根だからこそ言える、過激な冗談である。
だが、噂そのものには、下らないと一蹴できないだけの説得力はあった。
武本や八原の裏切りを想像させる怪文書が発見されていたから……ではない。炸薬と信管を抜いて代わりに解読できる程度の……つまり、現用でない……暗号による通信文を入れた爆弾などという珍妙な手法で東が送りつけて来たものなど、誰も信じなかった。そのような手段で連絡を取るわけがないからである(不発弾を、「連絡用かもしれない」といちいち調べていたら目立ってしょうがないし、第一危ない)。中には、「本当に内応しているのを隠す為の猿芝居ではないか」「何故、武本と八原なのか。何故、高橋ではないのか」と疑う者もいたが。
東が何をしようとしまいと関係ない。そもそも西の内側が荒れているのである。
石橋首相以下の議会制民主主義勢力と、井上国防相ら官僚群の関係は、修復が不可能ではないとしても困難なものになっている。五・一五事件前夜の状況に近い。誰も口にはしないだけの話である。
そして、その間隙を縫って力を伸ばした共産党も、信用の対象ではない。武器をばらまいた張本人が、今度は武装解除しましたなどと言っても、誰が信じるか。自分達のコントロールを離れた部分を粛清し、本体は地下に潜らせたのだろうと冷ややかに見るだけである。
そもそも、武装解除しようにも、動乱を経た今となっては誰が何をどれだけ持っているのか把握するのは不可能である。となれば、(命がけで暴れるだけの報酬を受け取ったわけでもないのに)一度貰ったものを返せと言われて素直に返す大阪人がどれだけいるというのか。また、山田組に限らず、手に入れた武器を捨てるヤクザがあるものか。一部だけ返して残りは隠匿するのがオチである。
「武装解除に応じず大阪に居残る『秩序破壊集団』の、予算人員の許す限り最大限の規模にて摘発・殲滅」「その際は厳重な報道管制」という警察官僚の検挙方針が、事態を更に悪くする。
誰が武装解除に素直に応じ、誰が一部だけ引き渡して残りを隠匿したのか、見分けはつかない。となれば、この方針が行き着く先は、「大阪市民全員を容疑者扱いして、残らず家宅捜索する」ことになる。武装解除に従った真面目な市民は、さぞや立腹するであろう。そして、そんな騒ぎを、報道規制しきれるわけがない。かえって反感を膨らませる。
要するに、共産党と共に非現実的な暴挙を繰り返す官僚勢力が、議会、それ以上に国民の怒りを買っているということである。
この混乱を憂慮する余り、
「選民思想に凝り固まった官僚と共産党を滅ぼさねば、この戦争に勝っても日本に未来はない」
とまで公言する者は、決して少なくない。
皮肉なことに、民主主義を守ろうとする者が、非常手段を是認するようになっている。西日本は今や、そういう国になってしまったのである。このような状況下では、「西日本は専制国家で自分達は特権階級だと勘違いしている連中」に対して最後の手段を選択したり、絶望して東に走ったりするのは必ずしもあり得ないことではない。現に、前線部隊では、士官ともあろう者が亡命する事件が起こっていた。
無論、本気でクーデターが計画されているのなら、簡単に情報が漏洩する筈もない。
暴挙が重なった結果として自然発生したデマなのか。東側の撹乱工作なのか。何らかの真実を覆い隠す為にクーデター勢力が流した欺瞞情報なのか。答えは未だ、闇の中にある。
●湖(うみ)を血に染めて・序章
■モンティナ・マックス、イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ
▲小松
この時期、東日本では意見の相違があった。攻勢に出るのか、否か。
総兵力でも補給効率でも劣る枢軸側は、先手を取り続けなければじわじわと押し込まれる。しかし、不利な側が攻勢に出るのは極めてリスキーなのも確かである。
後世の歴史家は、こう評している。
「独露義勇軍、特に空軍は、補給の難を味わい尽くしているが故に、短期決戦を望んだ。対して東日本海軍は、不用意に消耗し尽くしてしまったら、米軍を安心させてしまうのでかえって講和を遠のかせると考えた」
と。
その評が真実かは分からない(当時は、かつての上層部について『無能者が判断を誤った』という言葉を書き残せる時代ではなかったからだ。事実がどうだったとしても、『どちらにも一理あった』ことにするしかない)。東日本海軍は攻勢に同意せず、戦い続けてきた機動部隊を整備のため後方に下げた。それだけが事実である。
「敗北主義者は相手にするだけ時間の無駄だ。付き合う義理はない」
義勇空軍司令部では、またしても爆撃にお預けを食わされたモンティナ・マックスが嘯いていた。
ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブも同感だったが、マックスと違ってそれを口にするほど無遠慮ではない。無言で先を促す。
「我々の戦力で為し得ること、為すべきことを考えると、選択肢はそう多くない」
その後、数分にわたるマックスの独演会を聞き終えて、コジェドゥーブは確認する。
「了解しましたが、ドイツ空軍は動かないのですか」
「当然だ。理由は三つ。第一に、この戦域において本作戦に最も適した機材を投入できるのはロシアだ。第二に、劣等民族にはゲルマン人の盾になって死ぬ義務がある。第三に、切り札は最後まで残しておくものだ」
SS。レイシズムの権化にして戦闘のプロフェッショナル。その二つの本性を二つながらに露わにして、マックスは言い切った。薄笑いを崩さずに。
「異論がなければ、任務を遂行したまえ」
「勿論です」
異論など、今更ない。そう扱われると分かっていて、コジェドゥーブと彼の国はナチに尻尾を振ったのである。矜持など、とうに捨てた。その日を生きるために。
砂を噛むような思いをして。し続けて。それでも、そうすることで守れる未来があるならば、
●湖(うみ)を血に染めて・前編
■萩野社、大宮宗一郎、太田幸之助
▲琵琶湖
「こういう場合、ドイツでは『俺のケツをなめろ』という」
北陸全域の航空戦を管掌する富山航空戦闘指揮所を、そして富山基地そのものを、実質的に支配する前田俊夫大佐は、今日ばかりは、地顔だと言われても信じてしまいそうに馴染んだ嘲笑は浮かべていなかった。
代わりに見せているのは、憤怒。
加藤健夫航空作戦本部次長が発案し、モンティナ・マックスが纏め上げた琵琶湖機雷散布。これが成功すれば、琵琶湖の水運を遮断して、敵の輸送能力に打撃を与えられる。
そのために、まず日本軍がクレイジーラインへの偵察を強行する。邀撃機を引きつけておいて、ロシア機が低空侵攻し、機雷を撒いて帰って来る……
今、前田に呼び付けられているのは、その計画に荷担している面々であった。
「はっきり言う。この作戦は無茶だ。戦果は上がるだろうが、出さなくても良い犠牲を出すことになる。ただでさえ空母機の支援がなくなったこの時期に、だ。
確かに、敵陣地の偵察は必要だ。肝心の機雷散布についても、小回りの利かない大型爆撃機ばかりのドイツではなくロシアが担当するのは理にかなっている。しかし。
起伏の激しい日本で低空進入だと? レーダーはごまかせるかも知れんが、その代わり事故が発生するぞ。気付かなかったとは言わせん」
第105戦闘飛行隊第3中隊長大宮宗一郎少佐がうなだれる。山間部での低空飛行は、かつて自分が思いつき、そして部下の太田幸之助大尉に「安全を考えれば避けるべき」と諌められていたことだったからである。
「そもそも、琵琶湖に侵入するには、どこかで敵陣地線を越えねばならん。その際、命中率はともかく対空砲火を浴びることになる。それ以前の問題として、必ず目視される。それでは、レーダーをごまかしても意味がないだろう」
勿論、普通なら、クレイジーラインで発見されたとしても迎撃機が上がるまでに琵琶湖に殺到できる。しかし、守山に基地がある状況では違う。西側からすれば、前線に近過ぎる守山基地自体を守るため、奇襲に備えて戦闘機を滞空させておかねばならないからである(燃料が幾らあっても足りない、馬鹿げた話であるが)。
恐らく、待ち伏せされる。少なくとも、帰途では確実に打ちのめされる。それを避ける為には、守山を叩いておくしかない。だが、この作戦では、それが計画されているわけでも可能なわけでもなかった。
「そして、何より。貴様達に下された命令は、防空の筈だ。それをどう拡大解釈したら、琵琶湖機雷散布の支援という話になる?」
これについては、責められるべきは現場の人間ではないが。
「……まあいい。勝手に行くのであれば、勝手にすればいい。帰って来ない部下達を指折り数えたいのなら、な。解散」
と命じておいて、ふと思い出したように付け足す。
「ああ荻野、貴様は残れ」
☆
第156戦闘戦隊長の萩野社中佐と二人だけになった前田は、がらりと話題を変えた。
「町で会った女を、基地で働かせてやりたいとのことだったな」
「はっ」
そのこと自体は、荻野が願い出た通りであるので、短く肯定を示す。
どう考えても、前田が管掌すべきことではない筈だが。しかし、前田以外の誰が決めることでもないような気はした。
ともあれ、前田は、あくまでも冷淡に言い放つ。
「結論から言おう。駄目だ。身元不確かな人間を、軍事施設に出入りさせるわけにはいかない」
「不確かではありません。身寄りの者を戦災で失っただけです」
「と、主張しているだけだろう。証明しようのないことだ。関係者がいないのをいいことに、本人を殺して入れ代わったスパイでないとも言い切れない」
「しかし、身寄りの者がいないまま、路頭に迷わせるわけにはいきません」
「そんな人間は幾らでもいる。これからも増える。戦争をするとはそういうことだ。一人だけ特別扱いはできない」
「しかし」
反射的に異を唱えて、しかしそれ以上何を言えばいいのか荻野は思いつかなかった。前田が正しいのは、荻野も頭では分かっている。
前田はため息をつくと、半ば揶揄するように問いかける。
「随分頑固だが、惚れでもしたか? 貴様には妻も娘もいる筈だったが」
「そういうことではありません。年恰好が娘に似ていたもので、気になるだけです」
「それだけでここまで入れ込むか。下らん」
一笑に付すと、前田は、「話は終わりだ」と手ぶりで示した。
「労働力を戦場に取られている今、後方では働き口がないでもあるまい。本当に心配するなら、その方向で面倒を見てやるんだな。
……ここは遠からず戦場になる。空母機を投入することで辛うじて持ちこたえていた戦線だ、空母が抜けたら当然崩壊する。そして恐らく、琵琶湖機雷散布は、その時期を早める結果になる筈だ」
それは、前田には珍しい、善意からの忠告であるように荻野には聞こえた。
そして、前田が危惧する中、琵琶湖機雷散布は決行された。
●めでたし
■我妻由乃
▲ウラジオストク〜富山〜?
上海での仕事を終えた退役将軍は我妻由乃を連れて中国を北上し、ロシア領へと入った。未だに日本海はロシア船籍の船にとっては波立たぬバスタブである。正規の手段としては最も安全な帰国ルートであろう。無論、日本海に西の潜水艦の進出が確認されている以上誤沈の可能性はあるが、それゆえに西側の通商破壊は慎重なものになっている。
予備役大将はそこで由乃の船便を手配すると「自分はここでやることがある」と言って、ロシアに残った。由乃が何をするのかと問うたら、恥ずかしそうに言った「モンゴルに行って第二のジンギスカンになるのさ」由乃はその笑皺にいくらかの苦味を見いだしていた。
「最後まで面倒を見てやれんですまないが、なに、俺もお前もここまで生きてこれたんだ、何とかなる。いざとなったら陸軍の士官を頼れ。見る眼がないと多少の厭な思いはするが、飯には困らん」
そう言い残して、船に乗り込む由乃を見送った予備役将軍の姿は孫を送るかのように寂しげだった。
☆
どうして陸軍士官という人種の男は、いつもこういう不器用な別れを告げるのだろう。と後方への切符を持たせて別れを告げる萩野社を前にして、由乃は思っていた。
「こっちが関東行きの切符と駄賃。それと、これは筑波の家の場所と若菜への手紙だ。住家に困ったら頼りなさい。若菜は出来た嫁だ、窮屈な思いはするかもしれんが、面倒は見てくれるだろう」
かれらは用件を告げて、希望を持たせて現実に耐えさせようとばかりする。明日にでも死にそうな諦観した目で。最後の印象がこれでは、一生張り詰めて生きなけけば申し訳ないような気がしてしまうじゃない、卑怯だ。恋は笑ってするものだ。
「妾の面倒を見るなんて、確かに出来た嫁よね〜」
由乃は片頬に笑窪を浮かべておちょくった。
「―っ」
予想外の言葉に面食らう社であった。嫁と若くして結婚した社は女のこの手の冗談に慣れていない。前田にからかわれるのはともかくとして、娘のような年の少女にまで言われると、言葉を失ってしまう。
「いいのよ、将軍から戦闘機乗りまで誑かしたアバズレが突然家に来たら傷つくでしょ?大丈夫、資格とって看護婦だって、トラック運転手だってこなして自分で生きていくんだから」
「君は強い子だ。でも自分をアバズレだなんて言っちゃだめだ。本当に自分をそう思っているなら、夜に好きな男の呼んで泣いたりはしない」
「―」
今度は由乃が頬を染める番だった。
「この御時世、関東に帰ったからといって、見つかるかどうかは解らんが…見つかるといいな」
後方送致になると決まったときに、行きたい場所を関東と答えた理由を見透かされていた事が恥ずかしかった。そして、最後まで現実を突きつける言い方しかできない社がたまらなく面白かった。―ならば、
社の頬に唇を当てる。
「少しは嘘も覚えないと。悲しませる事になるわよ『あなた』」
カラカラと歳相応の黄色い声で由乃は笑った。社もようやく由乃の言わんとすることがわかったのだろう。
「そうだな、絶対に見つかるさ、そして二人は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし」
「そそそそ、あなたの大活躍で日本は統一されて、世界は平和になりました。めでたし、めでたし」
二人の間に笑いが交わされた。我妻由乃が軍人に助けられるのは、押しつぶされそうな絶望の中で夢を失わない者の特権なのかもしれない。たとえ、ありえないような夢であっても、夢見ないことは起こらない。夢想で現実に眼をつぶるのは愚かであるが、夢を見ずに現実に向き合い続けられるほどに大抵の人は強くは無い。
●湖(うみ)を血に染めて・後編
■萩野社、大宮宗一郎、樋口慶二
▲琵琶湖
「恐らく我々は純国産戦闘機を駆って実戦に立つ最後の搭乗員だ。その栄誉を汚さぬような戦いを演じよう」
第5戦闘機大隊の樋口慶二少尉は、最前線の守山に投入されることが決まってから、同僚や部下達にそう言うことが多くなったという。
実際、後方では、烈風改がセイバーに置き換えられている(要らなくなった烈風改は米国経由でタイとインドネシアに供与され、「東南アジア油田地帯確保とマラッカ海峡封鎖を以って極東における燃料面での圧倒的優位を確保する」という自由陣営の大戦略……これは満州で油田が発見されたために覆ることになるのだが、それはまだ先の話……を支える一助となるが、それは余談である)。彼らが駆る震電改も、そう遠くない未来に退役する。そして、戦争で疲弊した西日本に、後継機を自主開発する国力はない。力を取り戻すには、何年ではなく何世代の単位で時間が必要だろう。
だが、未来のことなど樋口にはどうでも良かった。自分達が「最後の」搭乗員になる。これ以上一人も欠けることなく、戦い抜く……それだけが大切だった。
戦いは、まず光電によるクレイジーライン強行偵察から始まった。
戦闘機でもって偵察するなど馬鹿げている……ガンカメラがあるとは言え、事実上、レーダー探知範囲・地対空ミサイル基地の位置等を「撃たれてみることで確かめる」に等しい、犠牲を前提にしたものであるからだ……が、他に方法がないのである。本職の偵察機は、日本海と太平洋に出払っている。高高度を飛べる爆撃機は、管制機に改造されるか、二度と飛ぶことの叶わぬ残骸に成り果てている。
勿論、多少の予備はある。あるが、それをここで消耗したら決戦ができなくなってしまう。防空に特化した東日本の、それが現実であった。侵攻作戦となれば、無力に近い。元より、防空に特化したからこそここまで生き延びられたことも事実であるが。
「タリホー!」
景気の良い声が無線機の向こうから聞こえて来る。
ターキーシュートとはとても言えないが……何せ、ターキーどころか、着いたばかりの米軍など比べ物にならぬ場数を踏んできた猛者揃いである……、西側は楽な戦いを繰り広げていた。
反攻に転じて以来、西側空軍は常にキルレシオで優位に立ってきた。にもかかわらず攻めきれなかったのは、迎撃側である枢軸軍は滞空可能時間その他で優勢であったこと、そして、落としても落としてもパイロットが脱出してまた立ち向かって来るからである。だが、それもここまで。
今度の戦場は、こちらの支配地域になる。戦力的に優勢な側が後の先を取れるならば、不利な側がそうする場合の比ではない。付け加えれば、落とされても復帰できる権利を、こちらが行使できる番である。この安心感があるとないとではかなり大きい。
「……それにしても、脆い。いや、違うな。戦うでもなく逃げるでもなく、中途半端なんだ。どういうことだ?」
樋口が疑問を感じている頃、大宮宗一郎は苦虫を噛み潰していた。
本当は、敵が来たらすぐに逃げたかった。いや、自分は良い。部下達には、
「偵察は情報持って帰るのが役目だ。敵が来たら迷わず逃げろよ」
と言ってやりたかった。
だが、それはできない。
何故なら、これは偵察であると同時に、琵琶湖機雷散布のための陽動だからである。簡単に引き下がるわけにはいかない。そう何度も突入するのは危険過ぎるという現実は、二重の任務という最も忌むべきことを東日本軍に強要していた。
とは言え、それで簡単に落とされる大宮ではない。数で勝る西側の攻撃を、巧みに回避している。伊達や酔狂でAAMを載せず、身軽で来たわけではない。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
ここでどれだけの時間を稼げるかが作戦全体の鍵になることを、そしてそれ以上に、自分が苦労した分だけ部下達の戦いが楽になることを理解している大宮は、安全に生還できるぎりぎりまで敵を引き付けておくつもりだった。
『ウロボロス』に狙われた震電改が、太陽に逃げ込んで振り切る。
萩野社にとっては、それも予想のうちである。一機を離脱させるだけでも、とりあえずの苦境は凌げる。
撃墜するのではなく、撃墜されない状況を作り出す。部下を直接守ることはできなくても、少しでも多くの敵を引き受けて、戦い易い状況を作ってやる……生き残ることにかけては一流と定評のある萩野にとっては、手馴れた「堅い」戦い方だった。
(爆撃機の突入予定時間まで、あと少し。この調子なら生き延びられるな。俺が死んだら、あの娘に持たせた手紙が遺書になるな……それにしても、前田参謀の奥方は、あの娘くらいの年回りだった筈だが。よくあそこまで突き放して考えられるものだ)
爆撃隊に対して湖東から噴煙が延びてくる。西側が要所へと配置を始めた地対空ミサイルの陣地だと萩野は見当をつけた。
今回は距離があるからそれほど回避は難しくないが、ミサイル陣地で固めた空港などを襲うような場合や奇襲で撃たれた場合はかなりの脅威となるだろう。これ以上、考え事をする余裕はなさそうだった。
マックスの作戦意図は、図に当たった。
機雷散布により、琵琶湖の水運は完全にではないにせよ断ち切られた。西側の防空体制も確かめられた。投入戦力からすれば、充分な戦果と言える。
日露の犠牲は小さいものではなかったが、それはドイツにとっては二の次にして良いことである。
……ここまでで終わるのならば、の話であったが。
●敗走
■葵角名、加藤健夫、猪口力平
▲新潟
「……何の真似だ、これは」
『それ』を最初に発見した葵角名は、呆然とした。
戦艦の役割が艦隊防空と対地砲撃に切り替わって久しい。だが、今この瞬間、葵の眼下にあるのは。
空母の護衛という役回りから解き放たれ、それどころか、航空機にこそ自らを護衛させた鋼鉄の巨獣の群れ。強力と評するにはあまりに巨大な、水上打撃部隊だった。
葵の急報に、航空作戦本部は騒然となる。
「……上陸作戦はないな」
もし後方への上陸を考えているならば、陸路でも前進して挟撃しなければならない……加藤健夫航空作戦本部次長は、当然にそう判断した。
「とすると、彼らの目的は何だと思う?」
「莫妄想(妄想することなかれ)」
話を振られた航空作戦本部中央指揮所司令官、猪口力平少将は、あっさりと切り捨てる。
莫妄想。元は「まくもうぞう」と読み、『雑念に囚われるな』程度の意味だが、転じて『考えるより先に行動せよ』というニュアンスで使われるようになった。決して、「『角田×山口萌え』とか言うな」という意味ではない。
「今は、戦艦にものを言わせるつもりでいることだけしか判りません。
敦賀か、小松基地か。あるいは、そう見せてこちらの海軍を引っ張り出すつもりか。いずれにせよ、断定できるだけの情報がない今の段階で、幾ら考えても仕方ありません。考えるべきは、向こうの出方ではなく、我々がどうすべきかです」
戦力で劣る東側が受け身に回ってはいけない……猪口の目は、そう言っていた。そしてそれは、加藤も、義勇空軍も、認識を同じゅうしていた。ならば。
……だが。
「小松は早いうちに放棄しなければならないだろう。大和級や改大和級の砲撃には耐えられない。敵の狙いは小松ではないのかも知れないが、希望的観測にすがるべきではない」
無責任であると同時に客観的な評論家じみた口調で、山本五十六航空作戦本部長が言った。
東日本航空隊は、まともな対艦攻撃能力を持たない。防空に特化したことは下関から追い立てられる東日本を延命させた妙薬であったが、副作用も強い劇薬だったのである。枢軸陣営全体で見ても、東日本海軍主力が戦列を離れている今、敵艦隊を排除するのは難しい。
「問題は、富山だが……」
山本はそこまでしか言えなかった。他の者も、聞かなかった。
丁度そのタイミングで入って来た、新たな、それも予想の外どころか真逆の至急報は、彼らを驚愕させるに充分だったのである。
「富山航空戦闘指揮所隷下人員の、速やかなる受け入れ準備を望む」
前田俊夫が叩き付けたそれは、小松・富山一帯を放棄することの、『許可』を求めたものではない。『事後承諾』要求だった。
「何故、命令を待たず富山を放棄した。これは敵前逃亡だ」
「自分はあくまでも航空作戦本部首席参謀であって、いつまでも富山にいる方が問題なのですが……それはそれとして。
敵前逃亡とは人聞きの悪い。危険回避ですよ。一箇所に戦力をまとめるのは、攻防共に有利ですが、万一の場合に全滅の恐れもある。先の戦争で、いきなり空母機動部隊主力を失った時に思い知った筈でしょう。ロシア人も、小松の義勇空軍司令部による一元指揮だけで充分なのに、人員を割って富山に独自の指揮所を置いているでしょう。似たようなものです」
当然ながら到着早々呼び出された前田は、唸り声を上げる犬の如き形相で詰問する加藤を前にして、平然と言ってのけた。
「防空態勢に穴を開けることが、義勇軍を置き去りにすることが、危険回避だと言うのか!」
「どの道、小松は放棄しなければならないでしょう。富山も、空母機の支援抜きでは維持しきれないと判断しました。どうせ守りきれない基地なら、下手に踏みとどまるよりもさっさと逃げた方が得策です。
そのことは、敵艦隊の情報と合わせて、通達はしました。それでどうするかは、彼らが決めることです。
結局、足手まといになる襲撃機と対潜哨戒機は自分が引き連れて後送しましたが、戦意旺盛な義勇軍と勇猛果敢なる我が国の戦闘機部隊は、残って防戦しておりますよ。彼らの望み通りに」
しゃあしゃあと言う前田の表情に、変わったところはない。
だが、彼らは、前田が言うように『残った』のではない。「散々強硬論を主張した手前、戦わずして後退すれば敗北主義として粛清されるため」、「独露人を置き去りにすることが道義的にも政治的にも許されないため」、『残らざるを得なかった』のである。それを承知の上で、しかもそれを利用して、自分の戦略に必要なユニットだけをリスク分散の名目で避難させておいて、この態度である。
加藤は、怒るのを通り越して、眼前の男の正気すら疑った。だが、同時に、有能であることは認めざるを得なかった。
「……で、これからどうするつもりだ」
「とりあえず、独露義勇軍が納得するまで戦って撤退して来るのを待ちます。半分も生還できれば上々というのが自分の観測ですがね。その後は、聞くだけ野暮と言うもの」
前田は、心底楽しそうに笑うと、続けた。
「アメリカ人を殺します。長期戦ではアメリカに勝てない以上、我々の目的は早期講和よりありません。逆に、アメリカさえ脱落させれば、後はどうにでもなる。そして、アメリカを講和に応じさせる道は、西日本に勝利することではありません。アメリカ人を殺すことです。一人でも多く」
「継戦による犠牲と徹底抗戦の意思をちらつかせる事で休戦が成るなら、それが最上だよ。華々しいだけの決戦など、できればやりたくないな」
前田の台頭を快く思わない……尤も、今回の富山放棄により危険度はかなり低下したが……山本がやんわりと窘めるが、元より山本自身それが可能だとは思っていない。
「彼らがそれだけで完全勝利をあきらめるほど軟弱ならば、先の戦争は起きなかった筈ですし、この戦もとうに終わっているでしょうな」
冷厳な反論を受けて、肩をすくめた。
「具体的にはどうする?」
これは、実際に航空作戦を司る猪口。
「色々、色々です。例えば、守りを固めて米軍に出血を強要し続けるというのも、あり得ない手段ではないですね。少なくとも、闇雲に暴れて海空の戦力を摩滅させるよりは現実的です。たとえ勝っても、戦力再建に時間を取られている間は、敵は輸送船団を襲われるリスクを考えなくて良くなります。また、我に倍する損害を与えたとしても、再建に要する時間はアメリカの方が短いのは今更言うまでもないでしょう。
確実に言えることは、一発殴られたら百発殴り返さないと気が済まない連中を講和に傾けるには、小さな勝利は無意味どころか有害だということです。やるのなら、徹底的にぶちのめす。それが不可能なら、膠着状態を作り上げた上で、外交で顔を立ててやって『名誉ある撤退』をさせる。ただ、この場合には、お土産が要りますな。例えば、占領地の一部撤退を条件にするなら、まず占領地を確保しなければならない」
「いずれを目指すにしても、その気になればハワイでもどこでも攻撃できる空母機動部隊が大きくものを言いそうだな。
まあ、海軍出身の僕には身贔屓があるのかも知れんが。少なくとも、ドイツ人やロシア人の海軍観よりはスタンダードだと思う」
山本の冗談に、一同はようやく笑った。
ただ、心の底から安心して笑うには、戦争を終わらせなければならない。
……そして勿論その前に、前田が置き去りにして来た面々を収容しなければならなかったが。
●決戦への道
■スタンリー・T・サイラス、ジョゼフ・ラインハート
▲岩国
全面侵攻を想定して備えていた虚を突き、少数機による低空侵攻という小技でもって琵琶湖機雷散布を成し遂げた東軍。
それに対し、西側に小細工はない。オーバーキルという表現がぴったりな物量で押しまくるのみ。標的は、小松・富山基地。目的は、出撃拠点自体を消し去ること。
その判断が正しかったことは、炎上している富山基地の惨状が示している。夜明けを待たずして、「基地」ではなく「かつて基地だった焼け野原」と名称が改まるのは疑いない。ポスト・ワシントン条約戦艦が大挙して押し寄せた小松に至っては、クレーターだらけの更地と成り果てた。
「燃えろよ燃えろよ、炎よ燃えろ! いいドイツ人は死んだドイツ人だけだ!」
待ちに待った爆撃行とその成功に、第1戦略爆撃大隊所属ジョゼフ・ラインハート中尉は狂喜して喚き散らした(厳密には、今焼かれているのはロシア軍だが、アメリカ人にとってはどちらも似たようなものである)。止めるクルーはいない。皆、盛り上がっている。
太平洋方軍戦略爆撃航空団司令、スタンリー・T・サイラス中将は、現状に満足していた。
戦争は優勢に進んでいる。消耗した空母機の補充も、F9F-6クーガーやA3Dスカイウォーリアへの更新を含めて行われるし、新規の増援部隊もやって来る。
戦後を見据えたガンシップ・プロジェクトも順調である(尤も、残念ながら、サイラスの力は影響していない。政治的な動きを好むサイラスはそれなりの人脈を持つが、「所属する戦略空軍を中心に、多少」程度のものでしかない。戦略空軍とは無関係な対ゲリラ戦関連まで左右できるレベルのものではない)。
核の脅威が大きくなるにつれ、この日本戦争のように主要国が直接干戈を交える機会は減るに違いない。地域紛争においては、対ゲリラ戦を主眼とするガンシップは、強力だが高価で整備も面倒な主力爆撃機よりも有益であろうと見られている。C-130ハーキュリーズと入れ代わりに退役し始めたばかりのC-119フライング・ボックスカーが供されているのも、米国政府の期待が大きいからに他ならない。
将来的にはハーキュリーズのガンシップ型も作られるであろうが、無論それは遠い未来の話。世界一の生産力を誇るアメリカといえども、限界はある。輸送機としてさえまだ充分な数は揃っていないのに、未だ試行錯誤の段階であるガンシップに注ぎ込めるわけもない。
ともあれ、この戦争においても、そして戦後も、アメリカの……そして勿論、その中の自分も……栄光は傷付けられることはないとサイラスは見ていた。
が。
☆
岩国に到着したB-47ストラトフォートレスとB-36ピースメーカー。カーチス・ルメイ大将が、朝鮮戦線との兼ね合いを考慮しつつ与えてくれた予備戦力。
それは実にありがたいことである。ただし、同時に届けられたルメイの私信に、こう書かれていなければ。
「お前も男なら、新潟を焼いてみろ。そのための戦力は手配してやった」
と。
ルメイの意図は明白だった。戦略空軍として、目に見える成果を上げること。戦略爆撃機を、不得意な地上支援ではなく、本来の姿で用いることで。
セクショナリズムだけでそれを言うのではない。
民主主義国であるアメリカは、犠牲者が増大すると政権が揺らぐ。有利な条件で講和できれば、そうする方が良い。しかし、現在の戦線は、「東日本を」「押し返した」だけに過ぎず「枢軸陣営に」「勝利した」わけではない。しかもそれすら、関東を失っている。このままでの講和など、国民は納得しない。
何かデモンストレーションが要る。また、戦後を考えると、枢軸陣営で唯一まともな海軍を持つ東日本には、当分立ち直れぬほどのダメージを負ってもらいたい。
首都新潟を灰燼に帰すことは、その両方を満たす。あまり勝ち過ぎると主戦論が台頭して講和が遠のくかも知れないが、そうなったところで戦略空軍に害はない。
「要するに、戦略空軍にとっては、私のしたことは功績ではないのか」
「オフコース」
サイラスのそれは独り言だったが、居合わせたラインハートが突き放して答える。彼にとって、サイラスの首が飛ぼうと飛ぶまいと関係ない。だから、その評価は非常に客観的である。
「しかし、新潟は遠いな。適当な都市を幾つか焼き払う方が現実的か」
「他の方法もありますよ。彼らが琵琶湖でしたことを、日本海全域でやればいい。それで東日本という国は終わりです。東日本海軍を潰滅させても結果は同じですが」
「それは迂遠だな。成果が上がる頃には、私は更迭されている」
しばしの沈黙の後、決然として言う。
「分かった。本格的に一戦交えれば良いんだな。やってやる!」
「承知。できれば、爆撃目標はドイツ人のいるところにして頂けると嬉しいですな」
米軍最大の敵は米国民である、という。少なくとも、決戦を強いられるサイラスにとっては、それはジョークではなく現実であった。
……その割には、楽しげであったが。
●ザ・ガーランド・サーカス
■モンティナ・マックス、イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ、楳澤三郎、葵角名
▲新潟
小松・富山の基地は、下士官兵のみならず佐官級にまで大量の死者を出して消滅した。だが、「ありとあらゆる戦争行動が大好きだ」と公言し、艦砲射撃を体験したいがために最後まで小松に残ったと言ってもあながち的外れではない、筋金も鳴り物も年季も気合も入った異常者……本人にそれを言うと、「何を今更! 二十年ほど言うのが遅いぞ!」だの「ありがたいことに私の狂気は君達の神が証明してくれるわけだ。では、君達の神の正気は誰が証明してくれるのかね?」だのと嘲られるだけだが……モンティナ・マックスは、生きていた。他にも、イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブなど、義勇空軍司令部を機能させるには充分なだけの人員は生き残っている。
とは言え、頭が生きているだけでは、戦争はできない。
部隊との連絡を回復するために、彼らが陸路で新潟まで戻って来た時には、着陸すべき基地を潰された時点で一足先に脱出した部下達は、補充機を受け入れて部隊再編に入っていた。
その指揮をしていたダンディな口髭を蓄えた伊達男は、到着したマックスらに嫌みったらしく笑いかける。
「遅かったな。司令部と連絡が取れない間、敗残兵を放っておくのは無駄だから、とりあえず再建に手を着けておいたぞ」
お前達の負け戦の尻拭いをしてやったのだ……きつい皮肉だが、マックスは動じない。
「これはこれは。ご苦労ですな、ガラント大臣」
「ガーランドだ」
本来なら、こんなところで飛行服を着ているべきではない男……アドルフ・ガーランドは、葉巻の吸い口を噛み潰して後、訂正を入れる。
「大臣自らこのようなところにおられてよろしいのですか?」
「確かに、私は補充機を引率して来たのでも、義勇軍司令部に入るものでもない。増援部隊を率いて来たのだ。そして部隊は、まだウラジオストックにいる。となれば当然、そっちにいるべきところではあるな。
だが、私がでしゃばる他に収拾が着かない状況を見かねて、足を伸ばした。それだけのことに過ぎんよ。用は済んだから戻るさ。
ベルリンのことなら、代理を置いてきた。戦時下での航空大臣など、部隊移動の書類に決裁印を捺すだけの閑職だ、心配は要らんさ。航空機生産計画の調整が必要とされるほどの長期戦でもないしな」
「米軍を欧州正面から引き剥がして、遠い極東で消耗させるために『やらせた』戦争ではないですかな。長引かせることも、戦争目的の一部ですぞ」
マックスの言葉は、『皇帝派』の政戦略そのもの。
「ドイツが消耗しては意味がない」
だから、戦後の権力争いで不利にならない程度の戦果を上げたら、さっさと終わらせたい……こちらは、『総統派』の論理。
「だから、終わらせに来た」
誰もが尊大と評するが、誰からも自信過剰とは呼ばれない男が言い放つ。
「ならばお伺いしましょう。勝機はいくらですかな。千に一つか。万に一つか。億か兆か京か」
「たとえ那由多の果てにあろうとも、私には充分に過ぎる。実験航空隊……ガーランド・サーカスを舐めてもらっては困るよ」
腐っても鯛を地で行く、伝説のエクスペルテ(撃墜王)が……独ソ戦が長引けば、ガーランド程度の撃墜機数は珍しくも何ともなかったに違いないが……豪語する。その左肩で、上級大将の証たる鷲に鉤十字の階級章が燦然と煌いた。
そんなドイツ人を……と言うより、新潟に集結してきたドイツ機の大群を、醒めた眼差しで見つめる男達がいる。
「……やれやれ。光電系も元はドイツ機ですから、空母機以外は完全に独露が頼みになっちまいましたな。日本の将来を考えると、良くないことでしょうにね」
「仕方ないでしょう。明日を生き延びねば、未来はやってきませんよ」
「早いところ、終わらせないといけませんな」
絶望的な会話は、状況を端的に表している。
彼らの名は、楳澤三郎、葵角名という。
葵が歴史において脚光を浴びる立場にいないのは、力量が及ばないからではない。彼と彼が統べる偵察機が情報を得ても、それを活かす攻撃力が東日本にないだけのことである。それでは、戦場の霧を払う以上の活躍はなし得ない。
そして、葵のように「報われなくても腐らず、ベストを尽くす者」のことを、日本人はこう呼ぶ。
『匠』と。
寝食を忘れて吊下式機銃の開発に没頭し、ついに成し遂げた楳澤もその一人である。
彼もまた、努力が報われている人間ではない。吊下式機銃は、普段は機銃を装備しないものに、必要に応じて……この自由度が軍事的に極めて高ポイントである……それを持たせる。逆に言えば、最初から機銃を持つのが当たり前であるなら意味がない。
つまり、(機銃を持たないように設計された)新型機が開発されるまで、吊下式機銃は真価を発揮し得ない。そして、疲弊した東日本が新型機を開発できるのは何年先のことか。
そんな彼らが意気投合するのは、自然の成り行きというものである。
そして、歴史に棹差す船頭よりも、傍観する乗客の方が時代という激流の目指す先を正しく見通せることも、よくある。
●山多し
■ハンス・オスター
▲ベルリン
ハンス・オスターは精力的に各機関との調整に当たっていた。陸軍との交渉で決戦時期について打ち合わせをし、赤十字には大阪虐殺事件の調査を依頼し、宣伝省には日米離間の情宣について協議した。
その過程でどうにも関係者の反応が鈍い場面が多々あった。最初は日本政府の煮え切らない態度が影響しているのかと思い放置していたが、日に影に外務省・陸軍のラインとは異なる戦争観を抱いている人間の妨害が浮かび上がってきた。
今や、極東戦争の総指揮権を握ったハイトリヒ率いるSSであった。戦線が安定した頃から極東で消耗戦を行うつもりになったのか、決戦や講和の話となるとどうにも事がうまく運ばない。
確かにアメリカの(あくまでも平時としての)動員限界や西日本国内の政情が不安定化しつつあるなど時間がこちらに有利な要素を提供しつつはある。しかし、現状で戦争を弄ぶのがドイツにとってリスクがありすぎるようにオスターには思われた。
既にハイトリヒの方針は総統府まで伸びているようで、陸軍を通じて得た感触として、現地SS司令部にも戦力温存と現状維持を最優先する秘密の総統命令が下っているという噂を掴んだ。
純粋に作戦上の事であるし、陸軍のリーク意図や噂自体の真偽も知れないが、現地SS部隊が日本政府方針を不服にしていたことからも「ありそうな」話ではある。
ジーメンスを派遣して得られた感触として、今のところ連合国の政権は早期の停戦について一致した見解を示している。すなわち、さっさとこんなことは止めにして国内の問題に取り掛かりたいということだ。アメリカは人種融合、イギリスはコモンウェルスの統一維持という国内の至上命題がある。 とはいえ、彼らの態度が何時までも早期停戦に傾いているかは別だ。アメリカは例の如く激しやすい性質であるし、野党民主党は選挙を控え戦争を煽り立てている。イギリスもインドや中国での画策などの蠢きを見せており油断は出来ない。アジア地域の地図を塗り替えられる機会を得れば、すかさず勝負に出ることもあるだろう。
一方で枢軸はといえば、またしても第三次世界大戦同様に戦争特需で一人勝ちするつもりのベリア。目先の利益ばかりに敏感な国防軍やアメリカの目をアジアにそらせたいハイトリヒと一筋縄ではいかない連中が控えている。外務省の目指す講和を実現させる為に超えねばならない山はまだ多く、前途は多難であった。
●谷深し
■エルンスト・ジーメンス
▲シェフィールド
「ここにドイツ人を迎えるのは9年ぶりになるかね」
イングランド中部の産業都市の郊外にあるとある英国貴族の屋敷をエルンスト・ジーメンスは訪れていた。屋敷の主人は英国亡命政権に付き従い、第三次世界大戦の英国奪還でようやく我が家を取り戻したクチだ。
「ええ、英国にはこうして拵えのよい屋敷が残っていていいですな。ドイツ本国では誰かに焼き払われたお陰で滅多なものが残っていなくて」
ドイツ人にしてはよい切り返しに感心したのか、主人はわずかにいきった肩を落とした。
「戦争は不幸を量産します。英知を持ってこれを止める必要があるとは思いませんか」
ジーメンスの言葉に対して無感動に主人は言った。
「昔同じことを言ってきた鬱病患者がいてね。我々はドイツ人のそうした言葉には慎重に対応することにしているのだよ」
「恐れ多くも先の副総統閣下であられたあのお方ですか、無理も無い、ご安心下さい。私はそれほど大それたことは考えても無い」
「はて、君の立場が副総統よりも高いとは思えないのだがね?つまりは君の言葉には担保すべきものが何も無い。そんな人間を外交の駒にしようなどとはドイツ人の考えは理解しかねるね」
「ジーメンス商会の担保では足りぬと?」
「ああ、足らんね。つまりは私と君が出来るのはただの雑談だ」
「成る程、では雑談として申し上げましょう。いい加減アジア人の野蛮な戦争に我々が巻き込まれるのは止めたいものです。さっさと戦前の国境線に戻してお互いに軍を撤退させられないものですかね」
「ほぅ、ジーメンス商会としては『戦前の国境線』が妥当な停戦ラインだというわけか。大変に結構なことだ。しかしねぇ、両軍の撤退には納得しかねるよ」
「何故です?」
「戦前の日韓両国には外国軍が居ないからこそ戦争が起きた。違うかね?アジアの野蛮人には近代軍などというのは過ぎたる玩具だ。むしろ我々が管理責任を放棄したからこそ今日のような面倒が起きる。私は少なくとも一定期間は抑止力としての駐留が必要だと思う。出なければ優位に立った陣営がまたぞろ動き出すに違いない」
大英帝国の全盛期に青春時代をすごし、日本人によって一度植民地を奪われた主人にとっては東洋人とは猿の変種に他ならない。ある意味でナチス以上の差別主義を体にしみこませているのだ。
「雑談としては面白いですが、英国にそこまでの力があるのでしょうかね」
「現実としてはヤンキーの力を借りることになろうがね、抑止力としての外国軍の駐留の必要性を否定する向きはないよ。今の連合には」
「ならばドイツ軍が日本国内にいてもいいわけですな?」
「雑談としては面白いが、ドイツに極東で兵力を維持する力があるのかね」
二人はひとしきり笑ってお互いの限界を確認するとジーメンスは言った。
「日本の調停工作についてはご存知ですか」
「戦争するしか能の無い猿が、人の振りをしているに過ぎんよ。こちらとしては早く手を引けるならば喜ばしいが」
「そうですな、そのためには英国にも妥協をしていただきたいのですが。例えばオーストラリアにいる日本人捕虜について」
ジーメンスは英国政府が講和に際して有している切り札について言及した。ここでの譲歩を引き出すことが出来れば「雑談」としては大きな成果だ。
「ああ、大阪政府やら一部の外交官が人道上の理由からオーストラリアでの引き受けを計ったとかいう連中ね。馬鹿馬鹿しい話だ。建前として白豪主義をとることで、辛うじてブリテッシュらしさを保とうとしているオーストラリア人が聞けば怒り出すに決まっている。別に日本に追い返せるならそれが東だろうと西だろうと知ったことではない…というのが英国社会のコンセンサスだ。そんなことは直接大阪にねじ込んでもらいたいものだ。我々は決まったとおりに引き渡すだけだ」
雑談の成果を確認したジーメンスは紅茶の例を述べて切り上げる旨を告げた。これでイギリスの早期講和論と捕虜解放についての指針をリークすることで日英の離間を誘うことができるだろう。
今日は有意義な時間でした、いやいやこちらこそ。と型どおりに述べた後に席を辞した。
しかし、帰国したジーメンスを待ち受けていたのは厳しい追求だった。戦前の国境線を停戦ラインとするべきと言った件がリークされ、関東を確保したものと思い込んでいる東日本政府からの厳重な抗議があった。
それは英国の継戦意志の弱さを確認した功績を帳消しにして余りあるものだった。政敵を抱えた人間にとって何より大切なのは得点よりも失点を防ぐ事である。既にジーメンスはドイツ国内での極東戦争をめぐる政争の渦中にあった。
●紛争
■高木惣吉
▲ワシントン
アメリカへと向かうDC6の機内は政府専用機だけあって快適なものであった。空での暗殺を恐れて一旦南へと抜けた後に一気にハワイを目指す機内で、高木惣吉は石橋首相にこれまでの交渉過程を説明していた。
「要は、今のラインで戦争は仕舞い。人はなるべく帰さない。そういうことやろ」
気怠い様に高木の説明を遮ると石橋は目を瞑る。
「報告は聞いとる。旅の途中くらいゆっくり寝かしてくれ」
そういって深く息を吸って何かを押し出すように吐き出すそぶりを数回繰り返して、穏やかな寝息を立て始めた。
高木はもどかしさを募らせていた。今回の首相訪米はこれまで彼が水面下で進めてきた講和工作の説明と戦後処理の方針を決める場になるはずである。その渦中にしては、やけにやる気がないような首相の態度には内心穏やかならないものがある。
国内での噂、国防省筋の官僚と首都へ復帰した議会勢力との対立や、軍部との関係悪化が石橋の態度の背景にあるのだろうか。
もしも問題の表面化があれば、西の国内は荒れる。西日本の政治的正当性であるリベラル性、大衆性。行政や軍を指揮する調整能力。政争を乗り切るタフさを兼ね備えた者として現段階において石橋に代わる存在はいない。
井上は議会人ではないから代行は出来ても後継にはなれない。野坂は国内外の共産党アレルギーから論外。他の議員に今のところ抜きん出た存在はいない。何より、軍官僚の不手際を庇い続ける形となった井上を大臣として庇いきれる政治力は持っていないだろう。
井上を抜きにして、関東を放棄して現状の線での講和という屈辱を受け入れられるかは不透明である。議会では勝利に気を大きくして中部地方の解放や関東再上陸を求める声が高まっている。
高木の中ではなんとしても早いうちに講和を実現せねばという焦りが生まれつつあった。
高木のそうした思いを知って知らずか暢気に寝入っている石橋について、恨むべきか自らを支えてくれることを感謝すべきなのかの判断を高木は保留することにして、自分も仮眠を獲ることに決めた。休めるときに休むのは士官の必須技能である。
☆
ハワイ・サンフランシスコで補給を受けながら、丸一日の旅をしてアメリカの政治的中枢ワシントンDCへとたどり着いた首脳団を出迎えたのは、執務に復帰したアメリカ大統領トマス・デューイと韓国・英国の外交団・軍人たちであった。
石橋を迎える人々の表情は様々であった。心からの笑顔で歓迎をするもの、苦りきった表情を浮かべるもの、怒りをこめて睨みつけるもの。前から英国・米国・韓国の順番である。その表情一つとっても面倒なことになりそうだと高木は直感した。
高木の予想通り会議は荒れた。冒頭の石橋の説明がいきなり遮られて中断した。
「第三次世界大戦の惨禍を省みるに、私は早期に戦争を終結させることが、アジアひいては世界の為と考えまして…」
駐米韓国大使が吼えた。
「勝手にわれら朝鮮民族を分断しておいて何が平和か!自分で望んで分断された日本と一緒にされるのはごめん蒙る」
声高に吠え立てる韓国大使を手で牽制しつつ、デューイ大統領も石橋の発言に苦言を呈した。
「その事は後で考えるとして、貴国は関東を放棄するという決断をしたようだが、関東はかつてわれわれの軍が自由をもたらした土地だ。貴国の主権の範囲内とはいえ、好きに切り売りされては私としても立場がない。この点についてどう考えているのか」
「失礼ですが、大統領。あなたが私以上に政治的に難しい立場に立つとは思えない。それに現実にこれ以上の地上兵力を用意できない我々が進んでも維持は困難で、奪取に意味は無い」
「まぁ、あなたがそういうならば結構だ。であるならば、今後貴国が今以上の領土を欲してもわが軍は支援できないがよろしいか」
「構わない。しかし、我が国の領土であった沖縄の返還については留保を付けさせてもらいたい。」
そのやりとりに危ういものを感じた高木が慌てて石橋へと耳打ちした。
「それと、このことは現在展開中の作戦において、戦術的に必要な土地を確保することを否定しないことも確認してもらいたい」
「よろしい、私もなるべく戦争をすみやかに終えたいという気持ちでは同じだ。貴国の負担によってそれが適えられるならば、感謝すべきなのだろう」
デューイの返答に石橋らは心中で肩を撫で下ろした。しかしその次の言葉は驚愕であった。
「それで、講和後のわが軍の帰還だが、できれば11月中には半分くらいの兵を帰国させて欲しいのだが」
予想だにしない言葉に日韓外交団の血の気が引いた。
「日米同盟は同時に経済・政治同盟であり、駐留米軍は絆の象徴だ。対米関係が良好なら大阪を失っても日本国は存続できる。逆は無い」
とっさに反論をしたのは大統領の英語をそのまま解した高木であった。ここで米軍が逃げに入ってしまえば、まとまるものも纏まらなくなる。
「この戦争は『勝利した』のだろう?防衛戦も堅固であるならば、長々と大部隊を駐留させて置く名分は無い。私としてはアジアに一定の抑止力を配置するのは必要だと思っているし、戦後も一定程度の部隊を残すつもりであるが、現状の部隊をそのまま残しておけば国民が納得しない」
デューイが高木の反論を撥ねつける様に切り返した。その場にいる人間全てが11月始めの大統領選挙の日程を思い返していたが、それを直接口に出して批難するのは余りにも品性に関わる為に誰も反論が出来ずにいた。
「…それは流石に現状のドイツ義勇軍の脅威を軽く見ているのではないかと」
額に皺を刻み込んで英国陸軍の制服を着た大佐が意見した。英国自体はなるべく早期にアジアの動乱を鎮めてしまいたいと考えているが、流石にこの危険な流れを放置はできない。そうした時に異見を述べる勇気を見せるのは古参の同盟国である英国の役割と割り切ったのだろう。
「しかし、だ。限られた戦力を何時までも極東のみに貼り付けておくわけにはいかない」
デューイは英国大佐の言葉を笑顔で受け止めた。アジアとのトレードオフで手薄になっている英国には反論することは出来ない。
「ならばせめて、敵軍に打撃を与えることで、脅威を除去すべきです」
どうにか自国が停戦の際に切り捨てられる流れを止めようと韓国大使が口を挟んだ。島国の日本と違い、陸続きの韓国は仮に撤退したとしても常にロシア軍の脅威を感じねばならない。要らぬ事を…と高木は心中で思ったが、動き出した流れには抗し得ない。
「そうだな、我々はすみやかに講和締結を目指すとともに、敵の脅威を除去しなければならない」
デューイはにこやかに宣言した。 まるで結論が最初から決まっていたかのように。
高木はこの会議の流れが仕組まれたものだということに気がついた。もしも共和党が負ければ、対外戦争により積極的な民主党が政権をとって戦争は長引くだろう。戦争を早期に終わらせるためには、この身勝手で合理的な介入主義者を支える必要がある。
アメリカの戦後の自国の負担を減らしつつ、11月6日の大統領選挙までに一時的な勝利という土産が欲しいということか。成る程、民主主義の為に流される血とやらは高潔なものですな、ミスタープレジデント。
●疑念
■逝毛田B作
▲長野
孤児保護施設建設の為に長野入りした逝毛田は意外なほどに自分が不人気なことに気づかされた。本来は東日の救世軍として名古屋の恒久的な人道支援で成果を挙げ、孤児の保護によって人々から敬意を払われる篤ある宗教家として迎えられるはずであった。 しかし現実には想価会は非常な警戒感を抱かれているのだ。
想価会自体は急速に拡大している。当初目標としていた会員100万人も達成した。とはいえ、その中には単に会の提供する便宜を受けるために登録したものや末端会員が自分の格をあげるために勝手に登録したものが大量に含まれている。会に絶対の忠誠を抱いている人間となるとようやく万のオーダーに達するかどうかというところだが。
会員数の膨張以上に想価会には資金が潤沢に流れてくる。政府からの支援、想価会会員との揉め事を避けるための企業からの礼金、膨大な会員のお布施といった形で流れ込む資金は想価会の活動を急速に活性化させている。ロシアからの武器密輸もその拡大路線に乗り、予想以上の結果となってしまった。慌てて関係筋に裏金を積んで合法的輸入に振り替えざるをえなかった。実際の所、大日本帝国の銃管理は(西のそれに比べても)それほどに厳しいものではない。軍関係者や好事家が個人で銃を輸入すること事態はよくある話である。
想価会に対して西の共産党が敵対的な発言を繰り返していることから、想価会会員の自衛意識は高い。ロシア側の手違いで予定よりも多く集まってしまった銃を大盤振る舞いした結果、銃を手にして強気になった姿勢が更に目に付くようになった。
また、聞きつけた噂によれば、軍放出品のピロポンや合成薬品を用いて、家族の一人の判断力を失わせてその一家丸ごと入信させてしまうといった悪辣な手段を用いる不届き者まで出ているという。
逝毛田の教団は国家を思うことから結成されたはずが、いつしか国家を内側から食いつぶそうとしていた。単に規模が拡大するだけならばこれほどの惨禍は引き起こさなかっただろう。薬物や銃の普及、それを支える不自然なまでに巨大な予算が教団そのものの性質を変質させようとしていた。
逝毛田は教団の拡大とともに、急速に展開する組織の肥大化を統制する力を失いつつあった。目前に迫った共産党の脅威、末端の先鋭化、軍部との対立の明確化という状況に対して有効な手はまだない。これまでは信者が増えるならば細かい事は言ってられなかったが、これから更に教団を存続発展させていくためには、一度内側の暗い部分にも光を当て、必要ならば血を流してでも綺麗に見せることも必要になる。情熱的な青年宗教家でしかなかった逝毛田は、これから自分がしなければならない事に滅入っていた。しかし、ここで上手く立ち回らねば朝敵として消されていった多くの新興宗教家たちの列に名を連ねることになろう。そうなるつもりだけは逝毛田には毛頭なかった。
●そうだん
■イワン・セーロフ、ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ
▲東・新潟
ロシア極東軍総司令官のイワン・セーロフ上級大将は、今月新潟を訪れていった。形の上ではロシア義勇軍に関係ない立場だが、実際は事実上の「上官」、そして兵站担当である。もちろん、大日本帝国政府は、全力をあげて彼を歓迎しようとしたが、セーロフは実際の会議がない場合のそれを、ほとんど断った。
彼にしてみれば、「戦うべき時に戦わない、モノのわかっていない国の虚飾につきあうのはまっぴら」というのが本音だったが、髪はぼさぼさ、よれよれの軍用コートを着たやぶにらみのキーロフに、「いやあ、私、そういう華やかな場所が苦手でして…」と言われると、日本政府も何となく納得してしまったのは確かだった。
「結局のところ、問題になるのは航空兵力という訳か?」
「は、そうなります」
キーロフの問いに答えたのは、ロシア抗米救日義勇軍副司令官、ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ大将だった。こちらはあごの張った、いかにも有能そうな軍人である。
「陸軍戦力は、枢軸軍の増援もあって充実しております。現在は、対空偽装を施した陣地に籠もっている状態で、情けないと言えば情けないですが。敵の航空攻撃は、陸戦力に対しては損害をほとんど与えておりません。その一方で、東日本空軍が戦力温存策をとったためと、空母が後方に下がったこともあって、北陸方面の航空戦力は酷い有様です」
ジューコフは、苦い表情で答えた。
「ふむ、現在の航空機では、夜間の戦闘はともかく、夜間の対地攻撃はほとんど不可能。ゆえに、第二次大戦同様、制空権を握っても、陸軍の動きを完全には破砕できない。その一方で、局地的にでも制空権を握らなければ、有効な攻勢を取ることは難しい。そうだな?」
はっ、とジューコフは短く答える。
「まったく、これで成果を上げろと言われると困ってしまうが、戻ったら少しでも空軍を回せるように努力してみよう」
キーロフは首をふった。
「冬も来る。10月に何かできるかどうかで、この戦争の帰趨が決まりそうだな」
「東日本政府と軍に、そのつもりがあれば、ですが」
ジューコフはますます顔をしかめたのだった。
●情勢分析
■H.A.R.“キム”キニスン
▲福岡
キニスンは未だに大阪入りをせずに福岡からの情勢分析に努めていた。大阪は些か政治的に騒々しすぎる。未だ健在な英国情報のネットワークとの連絡をするならば、九州の方が動かしやすいと判断したキニスンは引越し元の片付けと万一のバックアップと称して福岡の仮公館へと残っていた。
まずはロシアへと帰ったラスプーチンの件の報告書をしたためる。独裁国家の中のことは調べにくいが、どうやら平和運動としてロシアからの銃追放運動を起こして活発に動いているようだ。その銃の流れ先が東日本をはじめアジア諸国であることを考えれば、紛争を世界へ売りさばいているに等しいのだが、いかに日本の宗教団体のバックアップがあろうが胡乱な僧がそれほどの影響力を発揮できるとは考えにくい。
ロシア国家、あるいはその中の有力な勢力がなんらかの意図を持って銃をばら撒いていると考えたほうがよいだろう。一連の流れから考えれば、ラスプーチンはロシアのエージェントとして、西側を批判する為の誘いをしていたのかもしれない。と仮説を提示してレポートの一枚目を終える。
ラスプーチンの顔を思い出して頭が痛くなったキニスンは本命のレポートに手を付ける。
枢軸諸国の継戦能力・攻勢可能性について
ドイツ陸軍二個師団の揚陸によって枢軸陣営が日本で維持できる戦力は上限に達したと判断できる。航空戦力についても米独の相対的な国力格差と補給維持の観点から現状の規模を維持するのに苦労をすることになるであろう。つまり今後は戦力上は連合優勢へと傾いていくことになり、枢軸の攻勢時期の限界は迫りつつある。
一方、今月の北陸方面での航空撃滅戦によって、敵軍主力が位置する北陸の情勢は我が方有利となっている。 枢軸軍がこれを回復するには相当の困難が付きまとうであろう。あるいは戦線の再整理を行う可能性もある。枢軸軍は今月という絶好の機会に航空戦力の集中に失敗した。一方で過剰なまでの陸上兵力の集中にはどうにか成功している。戦線の一端に兵力を集中することで、作戦上の幅は狭まっているが、局地的な優位を生かした行動は可能である。今後の作戦運用については我々の優位なる点を理解すると同時に、追い詰められた枢軸軍が発揮する凶暴性について留意すべきであろう。
と書いた後でキニスンは「とはいえ、持久戦になったらどちらが先に倒れることやら」と呟いた。
現状、日本はガソリンを撒いた家の上で火花を散らせてチャンバラをやっているような危うさだ。どちらかが切り伏せるのか、それとも家に火花が引火してしまうのかわからない。火事になるならば、対岸から見るよりも自分好みの色に炎を染め上げたいものだが。
●売国
■永山時雄
▲鹿児島
「どいつもこいつも…日本は西も東も売国奴だらけだ」
永山時雄が英字の経済新聞を丸めて屑篭へと叩き込んだ。北方領土(日本国はロシアに対して南千島の領有権の主張を続けている。国交の無い枢軸諸国には国家とさえ認識されていないから黙殺されているが)や北海道に東へ食料供給の為を行うための缶詰工場が建設される事がロシア財界人のコメント付で書かれていた。善意の押し売りによって東はロシア・ドイツによって経済的に乗っ取られつつあるというのが永山の認識だった。
そして、それを全く批判できない自分が情けない。西はアメリカの支援なくしては存続さえ危ぶまれる状況だ。関西へと帰った白州に代わり、九州へと強制連行された人員をどうにか仕事を与えて、少しでも国内の安定と生産力向上に努めているが、砂上に楼閣を作るような危うさから抜け出せないでいる。
アメリカからの特別融資は打ち切られたとはいえ、未だに軍需物資の多くは沖縄の米軍基地から供給されているのだ。
西でも石橋の帰国で伝えられたアメリカの都合によって、我が国の軍を動かさねばならないというような議論が高まっている。動かすにしてもやり様はあるであろうし、動かさなくても結果が伴えばそれでアメリカは満足するだろう。そうした知恵を使わずに、徒に血を流して傷を深くすることばかりを論じる連中にはうんざりする。
永山のやり場のない怒りは一つの結論に達した。
「こんなつまらん奴らの為に、どうして日本人が殺しあわねばならんのだ」
自分が勢い任せに放った言葉に永山は驚いていた。あまりの現実の馬鹿馬鹿しさに脱力してしまう。喚いて現実がマシになるわけではない。堅実な現実を確実に重ねる事こそがよい明日を迎える術のはずだ。永山時雄は経済人であって、革命家ではない。空想に耽るほど若くも無い。その彼をして、そう言わせたその言葉こそ一億の日本人の代弁だった。
第四ターン政治判定
東軍
生産力 | 311 | (4ターン初期生産力) |
陸軍消費量 | 237 | |
陸軍動員 | 0 | |
陸軍装備 | 0 | |
海軍生産 | 0 | |
海軍修理 | 4 | |
航空機生産 | 32 | 光電2型に32(96機) |
航空基地建設 | 0 | |
施設補修 | 6 | 小牧・各務原の航空基地を復旧 |
民需・工場建設 | 24 | 関東主要道路拡張に2。中京地区復旧に11。トラックの集中生産に5。ドライバー短期集中大量育成に5。東日本版救世軍(仮)維持費に1 |
開発費 | 8 | ミサイル技術促進、通信機開発(総戦力のカウントミスの為、削減) |
0 |
・生産力330(+19)
中京地域奪回(愛知・岐阜) +1
盛田昭夫 生産の効率化 +2
桂言葉 傷病兵の回復 +1
野坂参三 東日本でのパルチザン活動活発化 -5
馬渕駒之進 交通網再編による生産効率化 +4
後藤考志 中京地域の再建(救世軍など) +2
イワン・コーネフ ロシア資本による北方開発 +1
戦力表集約ボーナス +5
工場建設 +8
・貢献度51(±0)
エルンスト・ジーメンス -2
交渉中の失言
(「戦前の領土へ」の文言が関東奪還をめざす東日本やドイツ主流派から批判)
ニキータ・セルゲーイェビッチ・フルシチョフ +5
日露の協力体制形成
グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチン +1
日本への救援物資輸出
イワン・コーネフ +6
北方領土の権益確定
遠田賢 +1
対独外交(日本の外交方針の表明)
逝毛田B作 +4
国際的協力をしながらの人道復興
増援
独逸義勇陸軍2個師団(-6)
露西亜義勇航空隊(-4)
増援一個爆撃大隊
各隊への補充機
合計約100機
独逸義勇航空隊(-5)
ガーランド実験航空団
増援一個爆撃大隊
各部隊への補充機
合計約120機
西軍
生産力 | 369 | (4ターン初期生産力) |
陸軍消費量 | 206 | |
陸軍動員 | 32 | 2個師団+補充12ポイント |
陸軍装備 | 2 | 634特務部隊用特殊装備 |
海軍生産 | 0 | |
海軍補修 | 9 | 甲斐3P、綾瀬2P、米駆逐艦(C2)・英駆逐艦(Z)・日駆逐艦(C3)・米潜水艦各1P |
海軍施設維持 | 1 | 対馬機雷堰維持費 |
航空機生産 | 46 | 旭光×75(25P)、烈風改夜戦×40(5P)、新星対潜型×30(6P)、台風×30(5P)、電光×30(5P) |
航空基地建設 | 0 | |
対空陣地建設 | 15 | 大阪、八尾、彦根 |
施設補修 | 0 | |
装備開発 | 44 | 空対空/空対艦ミサイル開発各10P、対戦車ミサイル15P、畢方開発9P |
関東ゲリラ支援 | 1 | |
民需・工場建設 | 13 | 疎開企業向け特別融資5P、難民支援2P、国内治安強化(特に大阪に於ける過激派処理)4P、琵琶湖運輸およびトラック運輸維持振興に合わせて2P |
・生産力327(-42)
中京地方の喪失 -3
戦力表集約ボーナス +5
陸軍動員 -32
米国特別融資の終了 -10
五島喜一 大阪の治安回復 +3
白州次郎 経団連による産業再生 +2
銀狐 治安回復・党員の社会復帰 +1
民間復興 +4
通商破壊 -4
琵琶湖機雷封鎖 -2
政情不安 -6
・貢献度60(+7)
ハンス・オスター -4
日米離間工作
エルンスト・ジーメンス -3
英国の継戦意思が弱いことを確認
井上成美 +8
高木惣吉 +2
日米首脳会談の実現
マクセル・ビアストリック +6
アメリカの戦意向上
トマス・ジェフリーズ +9
救世軍による名古屋情勢の報道
米軍増援(-11)
空母艦載機 補充 約130機
戦略爆撃機 増援二個大隊
戦術空軍 増援一個大隊
合計約240機
生産関連特筆事項
損壊した施設
航空基地
小松/富山
琵琶湖交通網が機雷封鎖
琵琶湖の機雷封鎖解除には3ポイントの生産値投入が必要
ミサイル開発状況
西軍
対戦車ミサイル開発は一年の迅速化に成功(完成見込みまであと4年)
空対空ミサイルの本格運用開始
空対艦ミサイルの実用化(爆撃5の機体以上で運用可能)
今回の主要な増援部隊
東軍
独逸第四装甲師団
独逸第九装甲擲弾兵師団
航空機約220機
西軍
航空機約240機
戦闘概況
■9月3日
・大本営における激論の末、東日本の大攻勢は1ヶ月延期に。主として海軍の艦船整備の都合による。
■9月5日
・西日本の1個師団、大津経由で賤ヶ岳に到着。
・西日本、大阪と広島で新規師団の緊急招集に着手。
■9月7日
・東日本軍、名古屋を再占領。暫時、関ヶ原〜木曽三川に向かって移動開始。
■9月7日
・西日本の1個師団、関ヶ原から米原に布陣。以降、10日までに最終的に5個師団が米原に到着。
■9月8日
・東近衛師団、岐阜に到着。
■9月12日
・西日本の1個師団、神戸から伊吹山中に移動。多数の円周陣地の構築を開始する。
■9月14日
・東日本の2個師団、弥富、津島に到着。木曽三川で西軍と対峙しながら、陣地構築を開始する。
■9月15日
・東日本の師団、岐阜羽島に到着。20日にかけて次々に3個師団が布陣、陣地構築を開始。
・ドイツ空挺師団、各務原へ移動完了。
■9月17日
・ドイツ国防軍の義勇師団、新潟に到着。順次移動を開始する。
■9月19日
・伊吹山中で、東日本軍と西日本軍が接触、戦闘が行われる。以降、9月末まで、湖東の山中で、断続的な戦闘が続く。
■9月20日
・ドイツ義勇軍、一部部隊が岐阜に到着。
第四ターン終了後、配置概観(白地図提供 http://www.sekaichizu.jp/index.html)
赤字=東軍
青字=西軍
US=米国
Br=英連邦
Ge=独逸第三帝国
Ru=露西亜連邦
無地=東西日本
M=海兵(軍の所属反映であって海兵師団全てにMを付けているわけではない)
T=戦車師団(名称反映であって戦車師団全てにTを付けているわけではない)
C=騎兵師団
数字=師団番号
B=旅団
R=師団
東軍凡例(一部の凡例を変更しました)
LK 武装SS義勇旅団「葉鍵」
Roz 独空軍義勇降下猟兵師団「ローゼン」
MR1 海軍第一陸戦隊
MR2 海軍第二陸戦隊
R3 旧第三師団戦闘団「泉」
SS1 第一SS装甲師団「ライプシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー」
SS6 第六SS山岳師団「ノルト」
Ge4 第4装甲師団
Ge9 第9装甲擲弾兵師団
RuT 露義勇親衛戦車師団「リューシカ」
Ru1 露義勇機械化狙撃兵師団「トーニア」
Ru2 露義勇機械化狙撃兵師団「モーリァ」
西軍凡例
Aso 阿蘇教導団
Br 英連邦連合師団
BrAB 英近衛戦車旅団
BrTB 英空挺旅団
US82A 米第82空挺師団
US1C
米第一騎兵師団
USM 米第5海兵師団
■陸戦担当マスターより
・今回も、また辛いリアクション執筆でした。大規模な戦闘が起こらなかったのは前回と一緒ですが、
さすがに2回連続になると…。
何が辛かったのか、というと、「リアクションを、アクション〜そしてアクション判定〜から乖離して
創造しないといけないところが出てくる」ところでした。
状況説明リアクションも誉められたことではありませんが、
次回に向けて「書けること、書けないこと」との兼ね合いもあって、
キャラクターによってはマスターの創作エピソードとしないといけなくなったところがあります。
プレイヤーの皆さんは、いわば「戦争をするために」アクションしていただいているわけですから、
状況とは言え大規模戦闘がないことだけでも心苦しいところ、
全然アクションに関係ないリアを読まされるのはどんなお気持ちなのでしょうか。
考えただけで、申し訳なく、一時はリアクションなしにしようか…と思ったほどです。
それでも何とか、他のマスター方の頑張りに励まされ、形にすることが出来ました。
読んでいて面白くないなあ、と思った方がお見えになりましたら、誠に申し訳ありません。
・西日本軍は、周囲の雑音(笑)に惑わされず、腹を決めましょう。ここが踏ん張りどころです。
・東日本軍は、やる時は陸海空、全てをあげて挑みましょう。やる時はやるところを、ぜひ見せて下さい。
今回、西日本軍で師団増設のアクションがでておりますが、
陸戦マスターとしては、人口的な問題で、西日本、東日本共に、そろそろ動員限界であると判断しました。
よって、陸軍の補充に関するルールを改定し、
以後は師団増設・補充アクションは「不可」とさせていただきますので、その点ご了承下さい。
なお、アクションがなくても、傷病兵の回復等、マスター側で適切と思われる補充は、少ないですが適宜行われています。
■海軍担当マスターより
ゲームもいよいよ中盤から終盤に差し掛かってまいりました。最後の勝利を目指して、皆様の頑張りに期待しております。
さて、今回は日本海における連合軍の攻勢、そして両軍にそれぞれ浮かび上がった課題がメインになっております。
日本海については、連合軍の大戦力による優越に尽きると思います。空母が離脱した東日本軍は付け入る隙を見出せませんでした。ですが、とうとうドイツ・ロシア義勇潜水艦隊が本格的に動き出します。これが今後の戦況にどう影響を与えるのか、或いは与えないのかが注目されます。
両軍に浮かび上がった課題については、艦艇整備中の皆様に戦況をさらって頂きました。どちらも問題を抱えつつ、それを解決できる「かもしれない」カードは配ったつもりでありますが、はてさてどうなりますでしょうか。
>ドイツ・ロシア義勇艦隊について
次回より、ドイツ潜水艦ユニットのうち任意の4個を指定して自由に作戦させることが出来ます。指定がなかった1個については従来どおりマスター判断で動きます。またこれに加えて、ロシア潜水艦全3ユニットも自由に作戦させることが出来ます。
>西日本沿岸部隊について
ご指摘の修理艦艇の分を修正致しました。こちらの表記ミスでした、申し訳ありません。
部隊名称と国籍については、戦力表の説明をご確認下さい。
それでは、第5ターンでお会いしましょう。
■空戦担当マスターより
東の敗因は、リアに明記した通り、空母が抜けた穴を埋められなかったことに尽きます。
少数機による低空進入は事故の危険も高いものの面白いとは思いましたが、
それでどうにかなる戦力差ではありませんでした。
空戦は数を集める以外に勝ち方がないので、PBMや仮想戦記には向きませんね。
盛り上げようと思ったら、ヒコーキ野郎どもの人間ドラマを書くしかない
(『幻翼の栄光』とか、『紅蓮の翼』とか、『火鼠狩り』辺りがそうですね。
元より、私にそのレベルのものが書けるとは思っておりませんが)。
とは言え、一部の方に思いっきり割を食わせてしまっているのは申し訳ない限り。
私では、キャラを立たせるだけで精一杯です。
>独露義勇軍の皆さん
到着した増援部隊は、5ターン開始時点から戦闘参加可能です。
演出でああ書きましたが、ルール上は通常の義勇軍部隊と変わりません。
>スタンリー・T・サイラスさん
演出でああ書きましたが、手段は対都市爆撃でなくても構いません。
明瞭な戦果さえ上がればアメリカ政府的にはオーケーです。
>新星対潜型について
対潜作戦に必要な各種の探知機材を搭載するため、
能力値は、生産性6 戦闘3 爆撃4となります。
ただし、これは対地任務に用いる場合です。対潜に使うとボーナスが付きます。
>地対空誘導弾について
ミサイルの性能や、発射台が何基据え付けられているかによって変わってきますが、
一つの対空ミサイル陣地帯は、機を得れば一個戦闘機大隊に匹敵する戦闘力を発揮します。
名古屋的道化師でした。
■政治外交及び民事担当マスターより
まずは戦力表の集計にご協力いただきまして誠に感謝申し上げます。
おかげで私の作業量がかなり削減でき、いつもより長めに書かせていただいております。
さて、いよいよ後半戦。
だいぶ、東西ともに国家の足元はかなりゆるくなっております、順調に見えても一歩先は闇。
外交関係も錯綜しております。別にマスターは戦争を終わらせる義務はないですよ?
期せずして厳しい状況に置かれた方も多かろうと思いますが、
人生、自分の生き方さえ予定通りになるとは限りません。
ましてやプレイヤーの意図を間接反映するだけのキャラクターですから、
いつも自分の思い通りになるわけはありません。
あまり先読みばかりしても空振りになるかもしれませんが、
対症療法に徹していいると乗り遅れます。
人の言うことを聞きすぎれば場に流されますし、
手前勝手に喋れば誰も話を聞いてくれません。
とかく世の中ままならないものです。ままならないなりに残り二回、機会を逃さずに楽しんでください。
>増援について
増援は原則としてターンの戦闘判定後に追加されるため、
戦力判定に反映される増援が呼べるのは次回が最後となります。