第6ターン
●混迷の中で
■井上成美/白州次郎
▲大阪 11月1日
「現内閣を可能な限り維持、大阪を死守した後で敵を押し返す」
井上成美の一言で大阪の混迷は収拾に向って一つの方向を打ち出された。
仰ぐべき指示を見失いつつあった西日本はその言葉によって再び動き出した。
石橋内閣は民主党の離脱によって、自由・共産の2党による連立内閣へと緊急改造を施した。そして石橋の病状と当面は三木武夫を副首相に任命して任務を代行することを発表した。
そして同時に発表された大阪防衛司令官の武本利勝と近畿防衛総兵站監の貝塚修という人事が、より敏感に大阪の人々を刺激した。良くも悪くも軍人然とした武本が指揮を執る限りは、開戦の時のように成す統べなく大阪を明け渡すような事はするまいし、悪名高らかな貝塚に至っては、次は大阪で焦土作戦をとりかねない。皮肉なことに、大阪近郊に、大規模な畏怖すべき友軍が存在していることが、混乱を押さえ込む要因となっていた。
☆
「まぁ、君、アレだね。こんなやり方ではこの国が長く続くとは思えんがね」
友軍の存在によって混乱を押さえ込んでいる状況を岸信介はそう語った。
「だからと言って今、政争を繰り広げる事が許されるのですか。イギリスもアメリカも、そろそろ戦争から足を抜きたがっているような時期に、日本の国論がフラフラしていることがどれほどの損失か、あなたほどの方ならお分かりでしょう」
民主党の説得のフィクサーとして、財界から白州次郎が狩り出されていた。
「負け続け、誇りを失ったままで講和すれば飲み込まれるだけだ。誇り高く生きようとする国民の声を、全ての政党が無視するような政治を後世に残すことはできない」
「ではあくまで、講和への流れには反対するという事ですか」
「違う、この講和にはもっと改善すべき面がある。そういう事だ。それにわが党は乗るわけにはいかん。君の言い分はもう一度、大政翼賛会を作れと言っているようなもんだ。それこそ、この国は先の敗戦から何一つ学んでいなかったと後の世にナニされるよ」
のらりくらりと、不明瞭に白州の要求をかわす岸に堪りかねて白州は吐き捨てた。
「つまりあんたは、俺ならもっと上手く出来たと言い張りたい為に、ここで反対するってえのか、どうしようもないな」
「やんちゃに言ってしまえばそういうことだ。言いたいことはそれだけか」
「覚えてろ、あんたには絶対票を入れてやらねえから」
「それは残念だ。次の選挙の時までに考え直してくれることを願うよ」
白州は御大への説得を諦め、自共連立を更に固めるために
民主党議員や無所属議員へ積極的に離反工作を実施し、民主党の批判力を押さえ込んだ。
その間、岸はのらりくらりとした批評じみた態度を崩さず。政権はどうにか一時の平穏を確保することができたのだった。
●帝国の決断
■馬渕/後藤
▲新潟 11月1日
「これより戦争指導会議を開く。外交に関する案件を話し合いたい。
現在の逼迫した国際情勢に鑑み、各人の忌憚無き意見をきかせてもらいたい」
形式どおりの首相の開会の言葉で会議は始まった。
「では私の案から提出させていただこう」
専管の外相から現在のドイツは終戦に傾きつつあること、アメリカ情勢も現政権の内にこの戦争を片付けた方がよいと考えていることから、香港での停戦会議への参加を促す案が提示された。
「軍需大臣はどう思うかね?」
視線で同意を求められた海軍大臣は敢えて、自分の意見を留保して馬渕へと発言を求めた。
「突然のご氏名だね」
馬渕はそういって、一息落ち着けて自分の見解を述べた。
「外務大臣と同じ意見です」
既に数理を以っての説得は之までに尽くしてきた。此処で下される決定は最早合理を超えた確信によって成されるものだ。一々の言葉は不要だった。
「陸軍としては、現段階で話に乗るのは反対である。現在の包囲殲滅の好機にそうした動きは望ましくない、交渉によって作戦上の譲歩を引き出されてはかなわん」
陸軍は軍としての統帥から明確にそう述べた。現在琵琶湖畔で行われている大包囲戦の決着を見なければ陸軍の本意は果たせないだろう。彼らは勝ちつつあるのだ、たとえそれが一時の幻想にせよ。
「…私からは何も言うべきことは無い」
海軍大臣はそう言ったきり押し黙った。陸軍とは対照的にこの時期、海軍はその栄華を失いつつあった。
「それでは決を採りたいと思う。香港の停戦会議へと出席するべきだと思う者は挙手をお願いする」
それぞれの発言が一巡したことを確認して、後藤は言った。
挙手は四つだった。
「1、2、3、…4人もか」
後藤は決断を下す。
「ふむ、それでは私が直々に香港へと向かい、交渉に当たることとする。尚、交渉開始は作戦上の理由及び各国の政情を鑑みつつ、戦場の安定化を試みた後とする。本日はご苦労。各員、明日の帝国の為に職分において最善を尽くすように」
●宿痾
■桂言葉/穂村愛美
▲大宮 11月1日
切欠は、只の平凡な殺人事件だった。
大宮の病院で当直交代に来た医師が、当直室で白衣を着た女性の惨殺体を発見した事から全ては坂を転がり落ちるように加速度を付けて動き始めた。
すぐさま情報は警察に伝えられ、近隣の警官が動員されて捜査が開始されることと成った。
大日本帝国において未だに車は貴重品である。必然、自転車やサイドカーなどでやって来る近隣の警官たちが現場を確保してという形となる。
野次馬らを出して現場を押さえようとしていた段階で、事態は悪化した。以前にもこの病院は共産党による惨禍があったせいで自衛用の武器が保管されている。
公式には、戦争神経症のある傷病兵が緊迫した状況に錯乱して、武器庫をこじ開けて警官に発砲したことで集団的錯乱が発生し、警官隊を敵と誤認して交戦したとのみ記録されている。
あまりにも異常の、異形の、異様の集団が、整然と銃列を組んでいた。体に銃を埋め込んだ者がいる。銀色の牙を付けた者がいる。半身だけ肥大した筋肉を持つ者がいる。そして誰もが、爛々と焦点のずれた充血した瞳を持っていた。
拳銃で対抗を試みた警官も居たが、それは無意味だった。彼ら異形は軍用の突撃銃を持っていたし、既に拳銃弾如きに痛痒を感じる体ではなかった。次々と病院に飲まれるように警官の数は減っていく、そして病院からは善良なる患者たちが死に物狂いで逃げ出していた。そしてその中にも錯乱した者が居たことで混乱に拍車をかけていた。
この段階で大宮に注目している集団は事態の急迫に気づき、それぞれの立場で動かざるを得なくなった。最初に事態に対応したのは偶然浦和で訓練中のロシア義勇部隊の一個中隊であった。
現場は病院から脱走者の確保と病院の鎮圧で混乱しきっていた。
そこに車列で乗り付けた大柄のラテン系ロシア人は明快な理由で自分たちの存在意義を定義した。
「我々はぁ、日本の『内戦』にぃ助太刀するためぇに此処に来たのだぁ。かかる内乱を我々が刈り取る事に何の問題があろうかぁ。哀れなぁ、反逆者とそのクリーチャーどもに神罰を!総員、突撃ぃ!」
彼らロシア人はなぜか銀色に煌びやかに磨かれた銃を構えて、銃撃をものともせず病院内部へと突入していった。
☆
「首尾は?」
「良好です」
短い問いに短い答え。よくお互いを信用すればこそだ。
桂言葉は変装のために肩口に切った髪をそっとかきあげた。
相棒、穂村愛美は通信機から現在の状況を探り当てていた。
彼女の罠にロシア人は乗ったようだ。
遠く、爆音が響いてくる。ありったけの爆薬を時限性で仕込んでおいた彼女の牙城が消し飛んだ音だ。
証拠ともども全て消し去るには十分だった。
彼女の下に重厚なエンジン音が近づいてくる。
メルセデス・ベンツ 770グローサー。
ヒトラーも愛好した超高級車を駆って現れたのは逝毛田B作であった。
「乗れ」
忌々しげに後部座席の扉が開かれる。
「全く忌々しい」
嫌悪の情を隠さずに逝毛田は乗り込んできた女たちに吐き捨てた。
「え?お前らのせいでまたドサ周りからやり直しだぞ、ドイツの陰謀だか何だかしらんが臭いことしやがって。ね?こういうけしからん乳をして、私の秘書に偽装して脱走?けしからん、実にけしからんよ」
横に座る言葉のあまりにも目を引く乳に、思わず手を伸ばしかける逝毛田に前の助手席から静止の声がかけられる。
「先生!その毒婦なんかに気を許したらいけません」
逝毛田はあわてて手を口元に押しやって伸びた鼻を押さえて応じた。
「フン、全くだ。ドイツの肉人形め。自分でも自覚が無かった?ハイドリヒに騙された?我が教団に毒を撒き散らしておいて、嘘八百もたいがいにして欲しいものだ」
「嘘じゃありません!私は!」
逝毛田はその声を手をかざして遮った。真面目ぶって言葉を封じる。
「ああ、わかったとも、だが証拠は無かろう?当然だとも、ノコノコひっかかる隙の多い薄ら莫迦に情報を与える者に謀略家の資格は無い。この世界に生きる以上、隙があることはそれだけで罪と心得るべきだ。まぁ、小型の蓄音機に偉い人の声でも残れるような機械でもあれば、また違うかも判らんがね」
「ええ、ですから私を生かして、私を必要としている人に渡さねば成らないでしょう、せいぜい馬丁として働いたらどうですか?じゃないと貴方も明日はないのでしょ」
「ああ、だから忌々しいさ。このベンツがドイツ大使館の払い下げだとか、この後ろ暗い話をわが国の上層部があらかじめ把握していただとか、この世は忌々しい話ばかりだ」
●陰謀の序曲
■エルンスト・ジーメンス/逝毛田B作
▲新潟・ドイツ大使館 11月2日
日本における戦闘の流動化と外交の動きを探るために、
多くの海外高官・報道関係者が新潟へ入る中にはジーメンス商会支配人代行エルンスト・ジーメンスの姿もあった。
表向きは日本への戦争資材売りつけであり、日本財界の長らと料亭での会合に出たり、ときおり大使館の警備について口を挟んだりするのみであった。口さがない外交筋からは「若君の戦争見物旅行」と揶揄されていた。彼の真の役割が明らかにされるのは、ずっと後になってからのことである。
「流石に、今の貴様らをドイツ大使館に入れるわけにはいかんからな」
新潟市内の料亭でジーメンスは逝毛田と連れ立った二人の女を招きいれていた。連日の料亭通いで、和食好きという印象を植え付けていたためにジーメンスが料亭にいることへの違和感は薄らいでいた。
招き入れられた逝毛田は、値踏みするように視線を上から下まで一往復して女たちを顎で指して問うた。
「本当に、これでよろしいんでしょうな」
日本語を解しないジーメンスであったが、その言葉が何を尋ねているかを察して応えた。
「安心しろ」
逝毛田の傍に控えていた巨乳の女の通訳を聞いて、逝毛田は大きく頷いた。
「私も危うく貴国の反動分子に操られそうだったので、どうにも疑り深くなっていかんですな、失礼した」
「君は我が国に重要な貢献をしている。日本も我が国も、若い力によって世の中が動かされるべき時代だ。私は極東に得がたい友人を得たと思っている」
ジーメンスの言葉を聞いて逝毛田は眉をしかめて抗議した。
「少し勘違いをされては困るのだが、私はドイツの為にこの女を引き渡すのでは無い。この女の身に同情もしていない。これが最も高く売れる相手に売っているだけだ。些か身勝手の自覚はあるが、私はこれでも愛国者なのだ。SSの狗になるのも、ドイツ外務省の狗になるのも御免だ」
不快な表情を浮かべながら、横の桂言葉がこれを伝えると、ジーメンスは逝毛田に握手を求めて大袈裟に逝毛田の手を振りながら言った。
「それでこそ、だ。私は商人かつ愛国者だ。気が合うじゃないか。ジーメンスとして利益に適う限りの協力を約束しよう。そして――」
後半の部分は言葉に向けられたものだった。
「貴女も大変いい選択肢をなされた。今日は貴女が活躍できる世界を自分で作る最初の日となるでしょう」
逝毛田から桂女医と穂村看護婦を預かったジーメンスは、一目散にドイツ大使館へと駆け込んで保護の手続きを開始した。当日、大使館ではジーメンスによって各駐在武官を含めて、皇帝派の影は事前に排除されていた。
●短期決算
■ハンス・オスター
▲ベルリン 11月2日
「…そうか、確保したか」
ハンス・オスターはジーメンスからの報告を直に聞いた。日本は既に深夜であるが、ドイツにとっては昼の執務時間にあたる。その足で、訪香港に向けて官僚からレクチャーを受けているカナリス大臣のところへ滑り込む。
「大臣、未来圏より良き知らせです」
カナリスは顔をほころばせた。
「これで、あの男を過去のものに出来るだろうか」
オスターは少し思慮を巡らせた。無理だろう、外交的な重要事の片手間ではあの巧妙な男の存在を抹消することは出来ない。なにより、徹底して追い詰めた場合のリアクションが予想できない。泥仕合覚悟で政争に持ち込んだり、あるいは極東戦線で武装SSがなんらかの行動に出るかもしれない。なにせ、極東に展開している部隊は実質的にSSの指揮下にあるようなものだ。そしてドイツにとっては日本など駒の一つでしかない。
「なにぶん時勢が時勢ですので、難しいかと。しばらくはこちらに口出しを控えさせる事と、いくつかの妥協を引き出せれば十分でしょう」
カナリスは心底悔しそうに品の無い罵倒語を吐いた後に言った。
「外交会議のせいで私が直接指弾できないのが残念だが、追求は任せる。少なくとも私が香港で、連中の介入で不快な思いをしなくて済む位には痛めつけてくれ」
「了解いたしました、なに、一発ぶちこんでおきましょう」
「心強いね」
☆
ハンス・オスターの訪問をハイトリヒは能面で迎えた。
「いらっしゃい」
「日本の件でご相談にあがりました」
「私は陛下の御意向どおりに、カナリス大臣が香港に向う事を決めた席でそう言ったはずだ」
「あなたの影響力下にある部隊に同じことが守らせられるのならば、わざわざご相談になど上がりません。現地では長期戦に向けた物資準備をしているという情報もありますが」
事実、ジーメンス経由で物資の調達情報もオスターの所にはあった。常に最悪に備えるという意味で軍人らしくはあったが、戦争の早期終結が前提の行動にしては行き過ぎて国庫支出を増やしつつあった。
「成る程、それはいい情報をありがとう、陛下の御意志を徹底するように心がけよう」
「それは貴方の職分についても同じでありましょう」
言葉尻を捉えてオスターは本題に切り込んだ。
「言いたいことがあるならば、明確に願いたい」
「貴方の機関の本質は、内国の安全を守る事と欧州の平和的統合の推進という建前になっているはずです。けして極東で人体実験をする事がその任務範疇とは思えません」
「我々の業務は、非常に多岐に渡っており、私はその件については知覚していない」
「…まぁ、その事はよろしいとして、本件を総統閣下にご報告申し上げた所、SSは本分に徹するようにと強くおっしゃっておられました」
「そのことは知っている。それで?」
「三つ、長官にご協力願いたい事があります。一つ、極東の人体実験の件は我々に処理を一任する事。二つ、極東義勇軍の香港会議に関する全面協力。三つ、対外情報の確保について外務省情報部の優位の確立。如何ですか」
ハイトリヒは突きつけた条件を前にしばし考えて、オスターを直視して応えた
「よろしかろう。但し、国内諜報における我々の優位も確認してもらう。そしてSS隊員募集とそれに付随する情報収集は今後も継続するものとする」
「元よりそれは承知の事、それではこちらの合意書にサインを、一通は外務省保管用、一通がそちら、一通は総統保管用です」
自分が出す要求まで見透かされていた事に、ハイトリヒは初めて苦い顔を浮かべた。そして、其々の書面を確認すると、その中の一通に訂正線を入れ、FuhrerをKaiserと書き直した上で署名をした。今度ばかりは不利に追い込まれたが、決して屈しないハイトリヒの意志がそこに滲んでいた。
●空へ…
■萩野社 立花雪音
▲新潟 11月3日
「『誰もが自分を知っているというのは一体どういう感じなのでしょう。有名人の生活を貴方は一体どう感じいらっしゃるの』」
待ち合わせで相手が読んでいた、使い古された本のタイトルを見た雪音は、その一節を諳んじて見せた。
「『どう、だって。別になにも感じないな。気にしたことも無い。多分、このどちらかじゃないかな。君が僕を有名人だと大げさに考えているか、それとも有名人なんてそもそもなんでもない事なのか』」
萩野の返答は、雪音の期待通り主人公の科白であった。萩野は目下、その華々しい経歴と日本唯一の超音速戦闘機部隊の長として、苦闘を強いられている大日本帝国「空軍」が売り出し中の英雄であった。それを今や官製の偶像になりつつある雪音と喋らせて話題を浚おうという企画が報道官によって、セットされていた。
「チェーホフ、かもめ、ですか。珍しいですね。軍人さんでそういう物を読んでいる人は」
雪音の指摘に、萩野はいささかの照れ混じりの込み入った表情を見せた。
「君たちの年頃で『かもめ』を諳んじられるのも珍しいと思うが。演劇でもやっていたかい?」
雪音は形の良い胸を心持ち反らして言った。
「女学生の興味の赴くところというのは文学・恋愛と相場は決まっています」
「それは良いことだ。青春とはそうして浪費されるべきだと思うよ」
萩野は至極あたりまえの幸せを、誇らしく語った目の前の少女に微笑みを向けた。
「随分と古くなっていますけど、何か思い出でも?」
「ああ、友人に演劇狂の奴が居てね。昔まだ予科に居たころに地元の祭りで一度、劇をやろうかというような話があった」
「萩野さんはどの役を演じられたんですか」
「いやぁ、男所帯だからねぇ…実は女装をしてニーナをやれという話だった」
雪音は目の前の、中年を迎えつつある男の女装姿を想像してカラカラと明るく笑った。
「それは災難でしたね、上手く出来ましたか?」
「いや、それが、劇の前に戦争でそれどころではなくなってね。大陸での戦だったから、まだ前の戦争よりも余裕はあったはずだけども、当時は航空兵の消耗が予想以上に激しかったせいか、僕らも腕のいいのはドンドン前線に送ってね。…お陰様で今日まで面倒を抱えているというわけだ」
萩野はそう言うと、あわてて続きの言葉を押し殺した。英雄が軍の批判を行うことは許されない。
「大丈夫ですよ。まずい部分は乗せませんから」
雪音はそっと萩野の箍を外した。その澄みやかな声が萩野の口を滑らかにした。その声で自分の行いを認めてもらう事には逆らい難い心地よさがあった。
「ああ、そこで運と勘の足りない奴は次々死んだ。この本を呉れた男もその一人だった。それは今もこの国で続けられていることだ。満足な訓練も施さないまま戦空へと送り出す。『戦争だ、仕方ない』と言って交代もさせずに。もっと戦死者は減らせるはずだ」
その声には憤りが混じっていた。無論、戦場においてミスが存在しない事はない。ただ、萩野の長年の経験は、この国にはまだ航空戦の専門家が足りないと訴えていた。
「それ以前に、祖国統一の為とやらには、一滴の血も必要なんてないはずだ。ただ経済を国家という枷にはめ続けることさえ止めてしまえば」
萩野はそのあとに彼の心の中にある本当の理想についてそっと付け足した。
その言葉は、後に彼の航空に捧げた人生を纏めた記録が出版される際の末尾に記されることと成る。
☆
立花雪音の語る言葉が枢軸軍戦意高揚に偏っていようとも、彼女の澄んだ声と繊妍な容姿とに魅せられる者は西側にも多い。
西日本第5戦闘機大隊樋口慶二少尉の場合、雪音には別段興味はない。彼の目を惹き付けたのは、あくまでも記事の内容である。
ドイツから緊急に提供された新型機に、機体を失いつつも生き延びた凄腕を日露両国から集めた、首都新潟を守る精鋭部隊、萩野航空戦闘団(奇妙な名前だが、ドイツかぶれが『戦闘団』という言葉を使いたがったのだろう……と樋口は勝手に納得した)のレポート。
東日本「空軍」の健在と枢軸同盟の強固な結束をアピールする報道の、どこまでが事実でどこからがプロパガンダかは分からない。だが少なくとも、「目に入った輸送機に夢中になって、失敗した」と冗談めかして語ったその隊長、萩野社が、先に阿賀野を落とした光電2型のパイロットであることは間違いなかった。萩野の言葉は当事者しか知り得ぬ状況と完全に一致していたし、該当する時期に落とされた輸送機の事例は他にない。
その場を去らせず討ち取ったつもりだったが、生き延びていたとは。
「……あの状況でなお、生きていたのか」
畏怖すら込めて、樋口は呟く。
阿賀野を落とし、戦局を大きく動かした男。個人の技量は元より、必要があれば出撃する闘志(一軍の将たる者は戦陣に出るべきではないが、例外のない定跡はない。必要な時と場所に必要な駒を起用するのが指揮官の務めであり、それは自分自身とて例外ではない)、機会に恵まれる運、チャンスを逃さない決断力を併せ持った指揮官。
それが、東でまだ生きている。上層部への憤懣、裏返せば「自分ならもっとうまくやれる」という体制内改革の志を抱いて。
「……機会があれば、今度こそ仕留めなければ、将来の西日本にとって大きな脅威になるだろうな」
尤も、広い大空で目指す一機と都合良く遭遇する機会が、そうしょっちゅう訪れるわけもない。まずは、目の前の問題をこなしていくことだった。そうすれば、いずれ向こうから出てこざるを得なくなるだろうから。
●ほろびざるもの
▲横井庄一
■東、伊丹
そのトラックが伊丹空港に姿を現したのは、11月2日の早朝ことだった。ごく普通の軍用トラック(と言っても、民間のものの色が違っているだけだが)の運転席では、民間のコートに身を包んだ一人の中年男がハンドルを握っていた。
「はい、ちょっと停まって」
空港直前には、簡単な柵で道路を仕切っただけの検問があった。眠たそうな目をした若い兵士が、トラックを止めて中をのぞき込む。
外に出た男は、何か書類を渡しながら、空港の建物を鋭い目つきで眺めた。書類をめくっていた兵士が、小首をかしげる。
「うーん、何か変だなあ。ちょっと待ってて貰っていいですか?」
そう言って。兵士は仲間を手招きする。無言で、兵士をにらみ返す男。さすがに、兵士がいごごちが悪そうな感じになった時、突然にやり…と男が破顔した。そうすると、意外と人なつっこそうな感じになる。
「ほい、これ」
男は、自然なしぐさで、コートを脱いで兵士に渡し、帽子を取り出して被る。コートの下から現れたのは、大日本帝国陸軍の下士官の制服だった。
呆然とする兵士を尻目に、男…横井庄一准尉は、さっと運転席に乗り込んで、トラックを起動させる。柵を蹴散らし、トラックが前進を開始した。
「ま、待てっ!」
ようやく我に返った兵士が声をかけるが、もちろん届かない。駆けつけてきた他の兵士たちと一緒に、彼は手にした小銃を走り去ろうとするトラックに向けて乱射した。
偶然なのか幸運なのか、そのうちの一発がトラックのタイヤを貫いた。トラックは体勢を崩し、横転する。横井は運転席から投げ出された。
トラックの二台から木箱が崩れ落ち、壊れた木箱の中には軍用の爆弾が詰まっているのが見える。
「滅びゆくものの為に…」
低くうめいた横井は身を起こし、運転席に手を伸ばした。そこには荷台に有線で繋いだ起爆装置が転がっていた。彼の脳裏に、出発前に猪狩大佐とかわした水杯の光景がフラッシュバックする。
スイッチを押そうとした彼の目に、トラックの向こうで呆然とこちらを見つめる少女の姿が目に入った。井戸端で歯を磨いていたのか、歯ブラシを手に持ったままだ。
しばらく少女を見つめていた彼は、ふっと息を吐いて起爆装置から手を外す。検問の兵隊が駆けつけて来た時、彼は気を失っていた。
※そのまま収攬された横井だが、大日本帝国の軍服を着ていたため、かろうじて銃殺を免れ、戦後の何年かを収容所ですごす。西日本に帰化して釈放された彼は、輜重兵で培ったノウハウを生かして運輸会社を設立、宅配サービスで成功を収め、「白犬ムサシの宅急便」は同業の代名詞ともなった。
●守護者
■五島喜一 貝塚修
▲大阪 11月3日
「もう少し総理が言うことを聞いてくれていたらなぁ」
首都警察旅団筆頭指揮権者として、事実上、大阪に展開する治安部隊のトップに任ぜられた五島喜一は寂しげにつぶやいた。
「何、頼りない顔をしているんですか、士気に触ります」
横に控えるは理事官の婦警だった。再び大阪に迫った危機に際して、緊急動員がかかった組織では、普段の役職ではとても考えられない人事が容易に通っていた。
「こういうときは慌てるともっとまずいんだよ」
その意味で、五島は混迷を迎えれば迎えるほどに際立つある種の才能を有していた。伊丹襲撃未遂や狙撃事件で、不備が明らかになった大阪の治安維持を一手に預かった五島は、他の不正規部隊との連携を持ってこれにあたり、警備網の整備を急いでいた。
「敵の一部部隊が大阪に浸透しつつあるが、大阪防衛軍には強い圧力はかかっていない」
五島は言った。
「要するに大阪に入った敵は時間稼ぎだ。敵の狙いは…」
☆
「…伊勢への打通、琵琶湖畔の我の包囲だな」
敵の機動を見た貝塚修はうなった。幸か不幸か、彼の努力のほとんどが無為に終わりそうであったからである。近畿防衛兵站幹として、久方ぶりの軍務についた貝塚は、生き生きと大阪の防衛と民政状況の改善へと手を打っていた。沖合いには使い潰した駆逐艦を着岸して砲台とし、士官学校生徒まで緊急動員しての急速な防衛旅団(それは兵でなく、銃をもった人間の群れに過ぎないが)を推し進めていた。
そうした判断を固めつつあった時、伝令が部屋へと駆け込んできた。
「大臣より、命令!『可及的速やかに京都へ逆襲。発生する損害にかまわず、二週間以内に京都ど奪回せよ』とのことです」
貝塚は不機嫌そうにその言葉を聴いた。
「…大臣は軍政の責任者だ。軍令を出しうる立場に無い」
「…?」
「状況から考えて、正規兵のみでは力押しにするには都市攻略の兵数が足りるまい」
「はぁ?」
「つまり、この『命令』を武本将軍に伝えれば、当然彼は現在使える兵力を全て京都に投ぜざるを得なくなるだろう。連度未熟な緊急動員兵も含めてな。未熟な兵を投入した市街戦がどうなるかは…まぁ先の戦争を知る人間に言うまでもあるまい」
貝塚の言葉に周囲が聞き入っていた。
「よって、関西の民政に責任を持つ者として「献策」する。『武本将軍は手持ち兵力をもって速やかに京都方面へ進出すべし。なお、緊急動員部隊は兵站幹預かりとす』」
あからさまな大臣の意見を無視した「献策」に浮き足立った周囲に貝塚は言った。
「ふン、これがシビリアン・コントロールということだ。京都が落ちなかった場合の不利益は全て私の責任だ。君、なにより秩序は大切なのだ」
●Fight for right.
■阿賀野守、柚木浩太
▲伊丹
重傷にもめげず伊丹基地から防空戦の指揮を執る……組織図上の責任者と実際の指導者とが乖離することを好まない米軍の強い推挙により、今までくっついていた「実質的に」という枕詞は外された……阿賀野守少将(昇進)は、『特徴的な丸眼鏡と団子鼻をした、ベレー帽が似合いそうな』軍医の制止を一蹴した。
「馬鹿野郎、今無茶をせず、いつ無茶をするんだ……ああ、医者の目の前で言うことじゃないんだろうけどね。すまない。だが、無茶せざるを得ないんだ。少し動けずにいると、好き勝手やらかしてくれる者がいるのでね」
例えば、守山の対空ミサイル陣地の人員を、『空軍歩兵連隊』として使用するという。
笑えない話である。彼らは、地対空ミサイルという「精密工業製品」を扱う「技術者」である。「兵士」ではない。無論、そのほとんどは、「日本がまだ一つだった頃に」軍事教練を受けているから、銃は撃てるが……それ以上ではない。
消耗した部隊の補充要員にするというならまだ分かる。だが、弱兵だけを一まとめにして部隊を編成し、戦線に置いたら、敵に突破口を与えるようなものである。それのみならず、蹂躙された彼らの敗残兵が雪崩れ込む事で他の部隊も指揮統制を混乱させ、全軍を潰走に追い込むことになる。まして、遅滞戦闘になど用いようものなら……。
上層部の誰かが、空軍が頑張っていることを示すため『だけ』に、実用性は度外視でごり押ししたのだろう。阿賀野にしてみれば、こんなことがまかり通るようでは、とてもではないがおちおち寝ていられない。
言葉では阿賀野の意志を変えられないことを悟った軍医は、ため息をついた。
「肋骨が折れているんです。物理的な衝撃を受けると、心臓や肺に突き刺さることが考えられます。そのことだけは覚えておいて下さい」
「安静は心がけよう」
防空戦闘指揮所司令という厳めしい肩書きがついた阿賀野だが、直属部隊として第1戦闘爆撃機大隊を抱えていることには代わりない。
そして、対地攻撃を割り当てられている彼らにとって、状況は頭を抱えたいものだった。
「関ヶ原打通、もしくは姉川を渡河して、湖東南下。伊勢平野席捲。更に、湖南の東進と、1号線での鈴鹿越え。敵の攻勢軸は、以上五本だ。どれか一つで良いから大突破に成功すれば、包囲は成る。
逆に言えば、こちらはその全てを阻止しなければならないということだ。少なくとも、主力を脱出させ、反撃態勢を整えるまでの間は」
だが、幾らなんでも、五正面作戦をやって勝てるほどの力はない。
「となれば、兵力を分散するのではなく、危うい戦線に集中投入して火を消して回る……ということですな」
第1戦闘爆撃機大隊、柚木浩太中尉が、結論を先取りする。
「了解しました」
●ほういかんせい
▲ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ、八原博道
■東西、滋賀〜四日市
京都に展開しているロシア義勇軍に、出撃命令が下ったのは、10月も末になってからだった。
“貴軍ハ速ヤカニ前進シ、大津ヨリ四日市方面ニ突破。現地軍ト合流シ、敵軍ヲ包囲殲滅スル一助トナセ”
その文面を読んだロシア義勇軍の司令官、ゲオルギー・コンスタンチノヴィチ・ジューコフ大将は猛獣を思わせるそのいかつい顔に、どう猛な笑顔を刻み込んだ。
「やっと来たか」
と、彼は口に出したりはしなかった。戦略予備として待機している以上、最後の一撃を与える役目は彼と、彼の率いるロシア軍にまわってくる。ジューコフは、その待ち時間を無駄にするような無能な将官ではない。
彼は、ただちに部下に命令を下す。副官に問われて、彼は答えた。
「ここから先に必要なのは、速度、速度、そう、速度なのだ」
☆
ジューコフの命令に答えて、ロシア義勇軍は直ちに移動を開始する。二日間の夜間移動で大津に移動、体勢を整えた彼らは一心不乱に湖南を駆け抜けた。国道一号線では西日本軍も、東軍の攻勢に備えて第10師団を鈴鹿峠に派遣していたため、彼らの攻勢は一時、そこで頓挫する。
しかし、これあるを予想して道路状況を確認し、地図を準備し、各部隊に現地をよく知る、その地出身の日本人兵士と通訳を配置する…というジューコフの周到さには敵わない。第二悌団をシフトした露軍は御在所山を突破。菰野方面から四日市になだれ込むこととなる。
もともと、ロシア軍は下士官も徴兵されてきている「時限士官」なので、戦場における戦術行動に限界がある。それをカバーするためにロシア軍がドクトリンとして採用したのが、周到な準備を持って「兵士=車輌を走らせる」縦深戦略だった。ジューコフの取った作戦は、自軍の欠点と利点を最大限活用したものと言えた。極論すれば、兵隊がトラックを降りて戦闘しないですめばロシア軍の勝ちなのだ。…と言いつつ、最後は歩兵の出番なのだが。
四日市で挟撃された西日本軍は奮戦し、滋賀方面の自軍の撤退を支援したが、最終的にジューコフは予備の戦車師団を投入。損害を顧みず、吶喊につぐ吶喊でこれを粉砕した。
西日本の史書は、「ロシア義勇軍の執念と気迫が包囲を完成させた」と記す。世界の軍事史家は、「ジューコフの周到さと果断さが、この時発揮された」と記す。ジューコフ自身の回想録では、この時の突進は、彼のもっとも華やかな成功の一つ、と記録されている。
☆
東日本軍が、滋賀での包囲を完遂するべく発起した攻勢を受け止めることになったのは、西日本の第2方面軍だった。この時、第2方面軍は湖北から関ヶ原から四日市から、そして西からの枢軸義勇軍の四方からの攻撃を受けることとなる。
しかし、方面軍司令官の八原博道中将は、この時少しも慌てたようには見えなかった。もともと、冷徹を持ってなる男ではあるが、10月の東日本軍の攻勢が本格化した時点で、すでに『覚悟完了』していたと言えなくはない。
「我々が今為しえる、そして為さねばならないことは何か、それを考えれば、自ずと答えは明らかだ」
慌てふためく幕僚に向かって、彼は一喝する。
「第2方面軍が、もっとも重視する任務は何か?」
睨まれて、顔面蒼白になったもっとも若い幕僚が答える。
「に、逃げ出すことでありますか?」
一世に周囲から向けられた視線に、彼は縮こまる。しかし、八原は我が意を得たり、と頷いた。
「その通り。包囲網を自力で食い破れない以上、まずは出来る限り逃げ出すことだ。そのためには、逃げ道を確保すること。これがもっとも重要となる…反撃の時が来るまでは」
彼は、机の上の一点を指さす。
「四日市から亀山へのラインを確保し、ここから自軍を西に流し込む、これしかないだろう。このラインを全力で維持しつつ、湖北、関ヶ原は全力で撤退。これしかない」
「出来るのでしょうか、撤退が」
乾いた声で、参謀が問いを発する。どこまでも冷徹な声で、八原は答えた。
「するしかない。奇策はない。我々は、出来ることを出来る限り行うだけだ。ただちに準備を開始し、命令を可能な限り急いで発令せよ」
幕僚たちは一瞬固まり、そして散っていった。
☆
「敵は機甲師団一個、機械化歩兵師団二個。対するこちらは僅か一個師団。無謀を通り越しているな」
言葉とは裏腹に、ロシア義勇軍の矢面に立つ第三師団長島津由継は、豪胆な笑いを浮かべている。本来、彼は亀山への移動を打診されていたのだが、本人の要望もあって、最初に敵の重圧を受ける四日市方面での防衛戦を担当することになった。
包囲のためには、最終的に友軍と握手しなければならないから、目的地が確定できる。ならば、進撃ルートも特定できる。空からの索敵ができるならば、尚更である。
進撃ルートを特定できること。それは即ち、機動力に勝る相手への待ち伏せが可能になる、唯一のケース。そして、電撃戦は、側面からの攻撃を気にせずに突進できるからこそ成立する。
「勝つ必要はない。一撃入れるだけで良い。それだけで、敵は全速で突進するわけにいかなくなる。時間稼ぎという目的は、それで果たせる」
彼の言葉は、じきに実現することとなる。
☆
結局、八原たちの作戦指揮は、かなりの成功を収める。東日本軍、ついでロシア義勇軍の激しい攻撃を凌ぎながら、多くの師団が回廊を通って奈良・大阪に撤退することに成功したからだ。
四日市方面で奮戦した西日本師団は、甚大な損害と引き替えに、多くの味方部隊を救い、五日間の激闘の末、亀山方面、津方面に後退した。彼らは、任務を果たしたのだ。
しかし、同様に奮戦した第1師団と第2師団(湖北方面部隊)は、その結果として湖南に取り残され…実際は、残り少ない資材をかき集めた確信犯的行為として…水口丘陵に築かれた陣地に後退し、その地の部隊と合流し、包囲されたまま持久することとなる。
※ジューコフは、その後も「ロージナの名において」、世界各地に派遣され、軍人としての成功を収めた。ロシア内の政争にも距離を置き、元帥・国防相として重きを為した。ただ、祖国を守る大戦争において、その手腕を発揮することはついになかった。
そのこと自体は、ロシアにとっては幸いなことだったのかも知れないが。
※八原博道は、戦後も軍に残った。軍政畑へ転じ、参謀総長、国防次官を経て、63歳の時に二代目の統合幕僚会議議長に就任。2期4年を務め陸軍大将で退役。その後は国防族の一人として政界入りを望まれたが、「私は戦争を効率よく進める以外に能のない人間だ。政治という建設的な場に身を置く資格はないよ」と、皮肉を込めたコメントを残して固辞。以後は戦史史料の編纂作業に携わり1982年に79歳で病没した。
●じかんをかせげ
▲吉田隆一
■東、関ヶ原
「早い、何て早さだ」
大日本帝国近衛師団の歩兵連隊長、吉田隆一大佐は呆れたように呟いた。
彼は10月攻勢?いわゆるアイゼンハンマー作戦、日本名「鉄槌」を完遂し、敵軍の包囲を成し遂げるべく、関ヶ原で攻勢の指揮を執っていた。
10月中は停滞し、彼の占領した関ヶ原の陣地での小規模な殴り合いはあったが、それは関ヶ原に築かれた西日本軍の堅陣を証明する出来事、と言っていい。
11月に入り、体勢を整え直した大日本帝国軍と枢軸同盟軍は、滋賀での包囲網を完成すべく、大津から四日市に対しての第二次攻勢を発起した。主力は温存されていたロシア義勇軍。同時に、湖北と関ヶ原、そして四日市の部隊にも、敵軍を拘束すべく攻撃命令が下されたのだった。
吉田は、先月の戦いで十二分に敵陣の固さを承知している。山岳突破をもってしても、伊吹山にかけて山中の配置を整え直した敵軍を迂回して後方に回り込むのは難しい。上層部の選んだ方法は、正面攻撃だった。
甚大な損害を覚悟しなくてはならない。心を重くしながら、吉田は準備を整えた。砲兵隊を配置し直し、部隊を配置し、全力を持って殴りかかった…はずなのだが、暗に相違して、最初の敵陣は「からっぽ」だった。包囲を察知し、速攻で撤退を開始したのだろう。
「追撃しましょう」
副官が吉田に進言する。
「もちろんだ。だが…」
「だが?」
聞き返した副官に言い聞かせるように、吉田は続けた。
「完全に撤退していることは、恐らくあり得ない。時間稼ぎの部隊…薩摩で言うところの『捨てがまり』が、どこかにいるはずだ。恐らく、火力を発揮できる丘、山に集結しているのではないか」
松尾山のように、だが…そう彼が指さした山は、まさにその通り、退却支援部隊が籠もっていた。
ここで必要なのは時間だ。そう心に決めた吉田は、損害を顧みずこれを攻撃。結果として、大日本帝国軍が西日本の予想より早く関ヶ原を突破したため、一部の部隊は湖南に向かって移動、包囲されながらも水口丘陵に陣取ることとなる。
※戦後、吉田隆一は将官に昇進し、近衛師団の師団長や陸軍士官学校の教官、ドイツ本国の武官などを務めた。戦争中に得た人脈をもとに、ドイツ式のシステムを帝国陸軍に導入することに熱心だった、との証言が残されている。
退官後は故郷に帰り、農業にいそしんだ…と伝えられている。
●らいばる
▲ルドル・フォン・シュトロハイム、武本利勝
■東西、京都方面
ルドル・フォン・シュトロハイムSS大将は、現在日本に展開している枢軸義勇軍の総司令官として活動している。主力は本来、大日本帝国軍のはずだが、陸戦、特に先月発動された「アイゼンハンマー作戦」は、その主力が義勇軍であることもあって、作戦を事実上総覧していると言っていい立場だった。
そのシュトロハイムは、作戦の第二段…四日市への突破、滋賀の包囲網形成…を発令した。戦況は決して悪くはなかったが、彼の表情は険しいままだった。
「物資の再配置はすすんでいるか?」
幕僚に彼は短く質問する。彼は有能なスタッフを好む。スタッフは、彼の言葉と、その裏に秘められた意図を理解し、素早く、そして手短に答える能力が要求された。
「可能な限り、ガソリン、弾薬の優先順位で、丹波と滋賀に移送させています。鉄道が中心です」
シュトロハイムは頷く。彼と同格の国防軍将官、フォン・モーントシュタインから、「海空の問題が生じた時、敦賀に集積された物資が空襲を受けるのではないか」との指摘を受け、彼は可能な限りの分散配置を指令していた。
「まずは、双方とも全力で殴り合えるのは半月…」
それでも、彼は完全に物資を救えるとは思っていない。滋賀の敵軍も、戦闘で消耗していることを考えると、双方共に動ける期間はそう長くはないだろう。
鋼鉄製ではないのか、と時に言われるほど表情の硬い彼だが、今眉ははっきりと判るほどひそめられていた。
「こちらの包囲網が完成したとしても、滋賀の敵軍全部は難しい。となれば、残る期間を活用するとなれば、限定攻勢。解囲と政治的効果を見込むとすれば、敵の主攻軸は…」
彼の眉が広がり、微かに唇に微笑みが浮かぶ。左手で、彼は顎をなでた。
「ふむ、成果は挙げた。どのみち、敵を完全に押さえ込めないとなれば、どこで線を引くか、どのラインで軍を退かせるか…がポイントとなるわけだな」
そんな彼を、押さえた、そして緊張した表情で幕僚が見つめている。
「モーントシュタイン大将とシライシ大将に連絡を取れ。敵の攻勢と、それに対処する方策を相談する」
「敵の攻勢、ですか?」
「そうだ。彼らは必ず来る。おろらくは、ここへ」
そう言って、彼は卓上の地図を指さす。そこにはローマ字で“Kyouto”と記載されている都市があった。
「まあ、どこまで我々が拘るか、かだな」
☆
シュトロハイムが前線の枢軸軍の中心なら、連合軍の前線の中心は、大日本国陸軍、第一方面軍司令官、武本利勝中将だっただろう。
第2方面軍司令官の八原博道中将も冷静な指揮と同盟軍との巧みな融和で、第3方面軍司令官の高橋兼良中将もその人格とねばり強い指揮で、それぞれ令名のある将官だったが、開戦から現在までの指揮統率、そして次第に関わるようになった全体の作戦策定への視点の確かさから言っても、この時期、武本がシュトロハイムのライバルだったと言っていい。
その彼の司令部は、敵の第二次攻勢を受けた時から活況を呈していた。武本はシュトロハイムとは違って、どちらかと言えば教師気質で厳しいところもあるが、幕僚の優れたところを延ばすことに長じていた、という違いもある。
枢軸軍の第二段作戦は、先月の攻勢と違って連合軍には「織り込み済み」の発動だった。むしろ、もっとも恐れていた「大阪突進」ではなかっただけに、安堵の気持ちもどこかに混じっていたも知れない。何しろ、無理に無理を重ねて、大阪防衛部隊をひねり出していたくらいだったのだから(結果として、民間人や学生などを動員した大阪防衛部隊は、そのほとんどが戦闘に参加せずに終わる)。
「本来、水口に集結するはずだった機動打撃群は、予定を変更して上野に集結しつつある旨、第3方面軍から連絡がありました」
情報参謀が、武本に報告する。彼は頷きながら、ペンを走らせてメモを取っていた。
「海軍からの連絡では、明日敵軍に対する日本海での行動を開始する、ということです。それから…」
参謀は、少し口ごもった。
「参謀本部からは、反攻作戦の主攻軸は、やはり京都にすべし、とのことです」
ペンを走らせている手を留め、少し口を歪めて、武本は参謀に確認した。
「やはり、包囲網完成は防げそうもない?」
「敵の攻勢は尋常一様のものではなく、完全に防ぐことは難しい、と第2方面軍から連絡が来ています」
武本は天井を振り仰ぎ、しばらくはその姿勢を崩さない。
「反撃は行わなくてはならない。被包囲部隊が発生したなら、それを救わなくてはならないから、だ」
ようやく姿勢を戻し、彼は息を吐くと、言葉を続けた。
「政治的な要請はともかく、その場合、敵軍を後方からすっぱり裁ち落とす…というたぐいの攻撃は、現時点では不可能だ。海空戦のショックと補給停滞を利用して、敵の包囲網を解囲しないとなると…」
彼は、部屋に待機していた通信参謀に声をかける。
「第3方面軍、そして連合軍の各司令部に連絡をしてくれ。今後のことで、ご相談があります…とね」
やはり、焦点はここになるのか。そう呟いて、武本は手にした鉛筆で、こつこつと机の上を叩いた。そこに置かれた地図には、こう記入されていた。“京都”、と。
※フォン・シュトロハイムは、戦後も武装SS…のちの欧州親衛軍…でも戦功をあげ、昇進を重ねた。いつまでも容色と体格の衰えない彼には、のちに「サイボーグ」というあだ名が奉られる。彼がその長大な生涯を戦士として終えた時、国家は彼に元帥位を贈るが、それを彼が喜んだのかどうかは、定かではない。
※武本利勝は、戦後もしばらくは軍に留まった。しかし、彼の名声を利用しようとする政治的な行動に辟易して、初代の統合参謀本部長を最後に、潔く退役する。その後は防衛大学の教授などを務めながら、戦史書の執筆、回想録の執筆を精力的に行っている。
●Might is right.
■加藤健夫、モンティナ・マックス、イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ
▲小牧
物量の限界による苦悩は、東側でより色濃い。戦力を集中したとしても、同じ事をされたら負けるのである。
となれば、西側を分散させるか、あるいは敗北を承知の上で、損害に見合う成果を得られるようにするしかないのだが……
「作戦目的は包囲環を完成させ、滋賀方面の敵を封じ込めて叩きのめすこと、そして敦賀方面だけでなく四日市方面からも補給路……いざという場合の退路を繋ぐことです。となれば、四日市を目指すロシア軍の支援に全力を投じるべきだと考えますが」
正論ではあるが、ロシアの都合が前面に出た意見をイヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ少将が唱える。
それを、モンティナ・マックス少将は冷たく突き放す。
「ロシアだけでそうしたまえ。戦争を終わらせる為なら、敵首都大阪への無差別爆撃をするべきだ。それによって、我々が『本気』だと分からせ、講和を急がせることが期待できる」
これは、ドイツの意図とマックスの趣味が混じっている。
「……日本としましては、ある程度の戦力を割いて叩くべき敵の脱出を阻止しておかなければ、包囲環を完成させても意味がないと考えます」
東日本航空作戦本部次長の加藤健夫中将が言う。コジェドゥーブの肩を持ったかに見えて、これまた、西日本の戦力を減らしておきたい、東日本の思惑。
「それに、対都市無差別爆撃をしてしまったら、それ以上の手札は核しかありません。敵が譲歩せず、より高圧的な恫喝で返してきたら、どうやって戦争を終わらせるのですか?」
「向こうがその気になるまで、都市を焼き払い続けるだけだ。その程度の覚悟もなしにアメリカに喧嘩を売ったのかね?」
(……どの意見も一理ある。戦力が充分なら、全部採用される価値があるが……)
アドルフ・ガーランド上級大将が、心底疲れ切った顔で、こめかみを押さえた。
そこへ、状況を変える報告が入る。
米軍の戦略爆撃機による、伊勢湾機雷散布。
その意味が分からない人間は、ここにはいない。静まり返った中で、
「……こちらで封鎖する手間が省けたのは、よしとしよう。東洋には背水の陣という言葉があるそうだが、背後の海を封鎖してしまうことは何と言うのだろうね?」
表情を引きつらせたガーランドが軽口を叩いてみせるが、誰も笑わない。
西側は、四日市その他の戦いに双方の海軍が干渉することをシャットアウトした。これは、若狭湾に全海軍戦力を投入することを意味する。全力を若狭に投じるからこそ、東日本海軍がこちらに現れても構わないように手を打ってきたのである。
となれば。
「……大阪爆撃は不可能だ。対艦飽和攻撃を仕掛けるまで、大型爆撃機は温存されなければならない。無論、それだけでは『飽和』状態を作り出せないから、その時は地上支援を中止して対艦戦に全力を投じる」
マックスが、苦々しく宣告する。
「戦略爆撃に頼れない以上、四日市への支援に絞らざるを得ませんな。まあ、こちらが集結すれば敵空軍も集結するから、間接的に他の戦線への空爆も減らせる筈。後は、陸軍部隊の健闘を期待ましょう」
加藤の発言に、コジェドゥーブが無言で頷く。
「では、その方向で。制空権は無理だが、敵側の地上支援を妨害する程度は何とかやってみよう」
飛行服姿のガーランドが、席を立った。
……そして、戦いは動き出す。
●そは散り行く桜の如く
■貝塚武男 阿部俊雄
▲東日本海軍・聯合艦隊司令部
次は無いかもしれない。連合軍の反攻が始まってからと言うもの、東日本海軍の士官たちは常にその言葉を飲み込みながら戦ってきた。今のところそれは現実になってはいなかったが、それは将来を保障するものではない。
軍令部次長神重徳中将の説明を聞き、聯合艦隊司令部作戦室は沈鬱な空気に包まれた。陸軍の突破と包囲、連合軍の反撃、ならば海軍が果たすべき役割は――。
「出来る出来ない、ではありませんな」
第1艦隊司令長官阿部俊雄中将は思い起こすように口にした。
再度の飽和攻撃、そして戦艦部隊の突入、艦砲による地上支援、或いは敵のそれの妨害。奇襲と言う要素は失われ、攻撃の規模は前回に遠く及ばない。それでも彼らに与えられた選択肢はこれしかなかった。
「1度は神風を吹かせることが出来たのです、もう1度出来ないとは限りますまい」
それが半ば空しい望みであることは、彼自身が知っていた。
「やっていただけますか」
神は普段の彼らしからぬ態度で阿部に頭を下げ、上座で沈黙している男に向き直った。小沢治三郎大将に代わる聯合艦隊司令長官兼第3艦隊司令長官貝塚武男大将だ。
「陸サンの苦労を思えば、否も応もありますまい」
●前動続行
■アーレイ=アルバート=バーク 土方龍 加藤源五
▲鹿児島
「了解した、それでは」
C統合任務部隊第2群司令官アーレイ=アルバート=バーク中将がそう答えると、西日本海軍軍令部総長草鹿任一大将からの電話は切れた。
作戦方針に変更無し、先日の会議の席上で彼らは同じ結論に達した。従来の方針通りに艦隊を集中投入し、敵を押し切るべし。明快な方針だった。
単純だが、重大な決断だと言ってよい。日本戦線における可動艦艇の大部分を投入するこの作戦は、失敗すれば取り返しがつかない。だが、枢軸軍には前回と同じ規模の飽和攻撃をかける力はもはや無いと判断した彼らは躊躇わなかった。艦艇を集中し、全体の防御力を向上して損害を抑え、返す刀で敵に止めを刺すのだ。
「護衛作戦のほうはおおむね問題ありません」
第一地方隊司令加藤源五大佐が言った。
「潜水艦については十分対応できるでしょう。問題は太平洋に水上艦隊が投入された場合ですが、英艦隊が踏みとどまって見せると言っています。その間に商船の退避と増援投入が可能でしょう」
「さて、私は長崎へ戻ります」
新設のD統合任務部隊司令官土方龍中将が席を立った。前回の海戦で壊滅的な打撃をこうむったC統合任務部隊第3群、すなわち西日本海軍の残存兵力に加え、連合軍水上打撃部隊の主力が彼の指揮下にある。
これは純粋な軍事上の問題に加え、政治的な意味も存在した。多数の艦艇を失った西日本に対し、合衆国が示した信頼の現われなのだった。無論そこには、土方の戦意と能力に対する高い評価も影響している。
●本務
■糸川星人 ヒュー=トマス=ジェフリーズ ブータニア=ニューブリック=ゴッドール パトリシア=エドウィナ=ヴィクトリア
▲南海沖
「なに、華がない? 商船有ってこそのネイビーだ。我らは、盾となるためにこそ存在する」
隊内電話の向こうの同期生――艦隊参謀に向けて、装甲空母<インディファティガブル>艦長ブータニア=ニューブリック=ゴッドール代将は言った。
Z統合任務部隊――英極東艦隊は南海沖にあって船団護衛に当たっていた。連合軍艦隊の主力は引き続き日本海方面に投入されるが、続発する商船被害を抑える必要に駆られてのことだった。当初懸念された東日本海軍水上部隊の来襲こそ無いが、その任務の重要性は微塵も減じることはない。
「問題は無いな? ゴッドール君」
司令官ヒュー=トマス=ジェフリーズ少将が電話口に出る。口調はいつもと変わらないが、病のせいか声色にはいつもの張りが無い。彼自身は気が進まなかったが周囲の説得により、日常業務や戦闘指揮の詳細は次席指揮官のゴッドールに委ねている。
「はい、狼どもは遠巻きにしております」
「敵潜離れます」
「増速、針路120」
対潜戦副調整官座乗艦たる駆逐艦<ノーストリリア>は艦長パトリシア=エドウィナ=ヴィクトリア少佐の号令の下、艦首で波を切り裂いた。
ヴィクトリアの思案も上層部と似たようなものだった。対ミサイル防御用パンジャンドラムなど用意してはいるが、使わないで済むに越したことは無い。太平洋はその名の通りの平和とは行かないまでも、それなりの平穏を保っているようだった。
伊号第208潜水艦は深海に息を潜めていた。
「厳しいな」
3日前、船団からはぐれたと思しき中型輸送船を攻撃したが、果たして仕留められたかどうか確認できなかった。最適位置につく前に哨戒機に追い回され、いい加減な調定で魚雷を発射せざるを得なかったからだ。おそらく戦隊のほかの艦も、たいした釣果には恵まれていないだろう。
そして今もまた、頭上を牧羊犬が走り回っている。
糸川は電池の残量を見やった。全く心許ない数値を示している。
「全く、息継ぎのことさえ考えなくて良ければ、この商売は最高なんだがな」
ちなみに数年後、彼の願望は現実のものとなった。
陸に上がるのを拒み、最前線で潜水艦に乗り続けた彼は、亜号第6潜水艦――東日本海軍最初の攻撃原潜の艦長に任じられたのである。
●クリーグスマリーネ
■ギュンター=ヘスラー 矢追純一
▲ウラジオストック 義勇艦隊司令部
「それでは失礼いたします」
東日本海軍造船士官矢追純一大佐が興奮を隠しえない調子で退室した。
技術交流の一環として派遣されてきた男で、当初は借りてきた猫のように大人しかった。しかしこちらの技術に触れるにつれて化けの皮がはがれ、今ではエキセントリックな発想と言動で、ウラジオストックでも有名人である。彼は後に見事な手腕を振るってドイツの技術協力を取り付け、東日本で最初の攻撃原潜を完成させるのだが、この当時の人間にはとても信じられまい。
もっとも、退役後の彼は宇宙に取り付かれ、空飛ぶ円盤に関するカルトな研究で一般にも有名になるのだから、人間の本質というのはそうそう変わるものではないのだろう。
「では、義勇艦隊への編入は行わない、ということで宜しいのですな?」
ドイツ極東艦隊司令官オットー=アイゼンバルト=フォン=レヴィンスキー中将は言った。
「ただし、北海道沖で哨戒を行って室蘭に入港し、「圧力」をかけ続けると」
日独で条件が折り合わず、極東艦隊の戦闘参加は見送られた。しかしそれでも極東艦隊の行動が鈍るわけではない。
「はい、連合軍の北上は少しでも食い止めていただきたい。またそのためにも、将来的には東日本に艦隊を駐留させたいですからな」
義勇艦隊司令官ギュンター=ヘスラー中将は答えた。
「我々もそう簡単に退く訳にはいかないのですよ。この国の海と大地は既に数多の同胞の血を吸っているのでね」
彼は戦後昇進し、ヴォルフガング=リュート上級大将の後任として海軍総司令官に就任する。80年代半ばの退任まで政界の惑星として総統待望論をささやかれ続けるも、それを一貫して否定し続けた軍部非政治閥の代表的な人物であった。目の前の男の息子、ヴァルター=フリードリヒ=フォン=レヴィンスキー元帥に職を譲った後は、政争から守り切った娘たち――カール=デーニッツ総統の孫たちやその子供に囲まれ、穏やかな余生を送ったという。
●第3次山陰沖海戦
■葵角名 太田幸之助 メイフライ=メイフィールド
▲日本海
第501偵察飛行隊長。葵角名は、その肩書きにもう何の意味も見出していなかった。
葵と共に景雲改を駆って第二次山陰沖海戦の勝利に貢献した者達は、ほとんどが未帰還となっている。後方要員や資機材は、前線に持っていかれた。隊としての実態は、もはや存在しない。
今の葵は、第552戦略偵察戦隊のアドバイザーのようなものである。
「偵察機の数が少ないのを不安に思っているだろうが、今回は詳細な事前情報は必要でない。
先の戦いの結果から、敵が現時点で投入可能な戦力は推し量れる。それに、今回の攻撃は空対艦ミサイル飽和攻撃に限るのだから、敵の位置だけ分かれば仕掛けられる。
重要なのは、飽和攻撃後の混乱に乗じて、戦果を確認することだ。それによって、次の手を考えられる」
それに続く、
(……そんなものがあるのかは知らないが)
という言葉は、あえて呑み込む。飽和攻撃が成功しようとしまいと、その後に残っているカードは艦隊決戦しかない。それを切るか否かの選択だけである。
尤も、葵が黙っていても、皆気付いているようではあった。
どこか投げやりな搭乗員達を見て、葵は何とか士気を鼓舞しなければと思った。そこで言った。
「やる気の出る話をしようか。これからは、高高度で無人機を飛ばして、人間は地上でその成果を分析するだけ……という時代になる。君達は、この世で最後の偵察機乗りだ。
そして、この戦争で間違いなく最後の……ひょっとしたら人類の歴史でも最後になるかも知れない、大規模水上戦の一翼を担う。
さあ、歴史に名を刻んで来い」
先の海戦でその力を示した対艦ミサイル飽和攻撃だが、米軍相手にどこまで通用するかとなると、今一つ心許ない。
米軍の飽和点は、日英のそれより高い。邀撃機の量も、防空システムの完成度も、個艦レベルでの対空能力も、ダメージコントロール能力も、大きく違う。それに引き換え、こちらの攻撃機数は大きく減少している。
せめて、一機でも多くがミサイルを発射できるよう、充分な護衛戦闘機を付けたい。
が。
(よくぞ半減で済んだ、と言うべきかな)
東日本第105戦闘飛行隊、太田幸之助大尉の感想は、正直だった。
鈴鹿航空決戦は、陸軍の突破を成功させるという戦略目的を達成した以上、東の「惨敗では」なかった。極めて限定された空域(いっそ、「点」と呼んだ方が相応しい)ででも数的優位を築く……物量の差からいけばそれすら無理な願いだが、神はある程度(前田俊夫という非常識なファクターによって数の方を増やすという荒業ではあるが)聞き入れたようではあった。
だが、限界というものがある。本来なら作戦継続を諦めねばならない痛手を負うことまでは避けられなかった。
それでも、対艦攻撃はやらねばならない。ここで退けば、北陸方面の連絡線はシャットアウトされ、湖南経由のものに限定されてしまう。当然、敵の爆撃を集中されることになる。それでは、北陸からだけの連絡で京都に突出した先月の状況と変わらない。突破した意味がなくなるのである。
尤も、やったところで米艦隊を撃滅するのは不可能とすれば、ここはあえて戦力を温存する選択肢もあろう。だが、航空作戦本部中央指揮所司令官が猪口力平少将である限り、それはない。特攻を命じられないだけまだマシだった。
「二度あることは三度ある」。「三度目の正直」。
無論、第893海軍管制(実験)飛行隊長兼英空母航空群分任航空指揮官メイフライ・メイフィールド中佐は、後者を実現させる為にここに来ている。
麾下戦力は、ガネット通常型6機、AEW型2機。その大半は、第二次山陰沖海戦にて散った<トライアンフ>航空隊の生き残りである。
<トライアンフ>航空隊は、決して無為に敗北したのではない。東日本艦隊へのミサイル攻撃を成功させ、その間に帰るべき母艦を失ったものの、放棄されていた美保への強行着陸(その時、舞鶴はパニック状態、他の基地へは航続距離の問題で辿り着けなかった)によって生き延びたのである。義務の半分ほどは果たしている。
そして再び、この海に来ている。果たせなかった残り半分を、今度こそ果たす為に。
だから、メイフィールドは指揮官として、恥ずかしくない成果を彼らに上げさせてやるつもりだった。絶対に。
爆撃機と潜水艦に対する『目』の役割。それが、メイフィールド達の果たすべき、義務
●バック・ハンド・ブロー
■アーレイ=アルバート=バーク アルバート=ハミルトン
▲C統合任務部隊
C統合任務部隊第2群第1駆逐隊は艦隊外周に踏み止まっていた。護衛任務を終えて、艦隊主力に合流した直後に始まった敵の攻勢だが、その統制の取れた編隊運動に疲労の色は感じられない。次々と流し込まれるミサイルに、必死で、だがしかし秩序を保って対処していた。
「よし、耐え切れるぞ!」
駆逐隊司令アルバート=ハミルトン大佐は前回の海戦のレポートを思い出した。敵の規模はそれより遥かに小さく、こちらは攻撃を予期した重厚な布陣だ、負けるはずが無い。
味方の艦隊主力へ向かうミサイルを、無数の火線が包み込む。
のちに教官職に就き、対潜作戦の研究でその名を残した彼だが、この防空戦闘の興奮を終生忘れることは無かった。
攻撃は突然のように終了した。
誰もが気づかぬうちに、無数に感じられたミサイルはその全てが目標に命中し、或いは墜落していた。
「勝ったな」
バークは呟いた。
「<アンティータム>、飛行甲板使用不能、現在消火作業中」
「<カボット>、誘爆の恐れあり」
「<カンザスシティ>、火災発生」
損害が報告されて来る。無視し得ない損害、だが前回より遥かに少ない損害だった。
「損傷艦艇に伝えろ、艦および将兵の保全を最優先せよ、だ」
「司令官」
航空参謀が書類を手渡した。攻撃隊の編成だ。
「了解した、大型空母が無事だったのは大きいな。目標は予定通りだ、すぐに始めてくれ給え」
「司令官」
続いて通信参謀がやってきた。彼には後方に控えるD統合任務部隊への通信文を起草させてあった。
「うむ、これで良かろう。ああ、最後に――」
笑みを浮かべたバークの言葉に、通信参謀は素早くペンを構える。
「――追伸。29ノットで急行せよ。ビッグYは何処にありや、我らはそれを知らんと欲す」
●我らは退かず
■貝塚武男 阿部俊雄
▲聯合艦隊
「これ以上は何もしてやれんな……」
貝塚はシチュエーションボードを悲痛な面持ちで眺めた。彼の艦隊に然したる危険は迫っていない、安堵すべき状況に思える。
だがそれこそが問題なのだった。強大な戦力を持つ敵艦隊が、彼の艦隊以外に狙うものと言えばただひとつ、阿部の第1艦隊だけだった。
「航空参謀、直掩の機体をもう少し回してやる事は出来ないか?」
難題を振られた中佐はしばらく考え込んでから首を振った。
「残念ですが、難しいと思われます」
「そうか」
貝塚は呻くように言った。
作戦中止、即時反転の文字が貝塚の脳裏をよぎった。
「<高千穂>被弾、火災発生!」
「<浜風>、通信途絶!」
第1艦隊司令部――戦艦<信濃>CICは喧騒に満ちていた。その中で阿部は一種超然とした表情のまま、シチュエーションボードを見つめていた。
突入は容易ではないと思っていたが、まさかこれほどの攻撃を受けるとは、阿部は思った。本来ならば、飽和攻撃で敵空母をそぎ落とし、その航空戦力の少なからぬ部分は第3艦隊――何しろ空母部隊なのだ――に向かい、何とか対応できる程度の攻撃がこちらに回ってくると予想されていた。だがいささか楽観的に過ぎたようだ。
彼らは知らないことだが、連合軍の狙いは最初から戦艦部隊に絞られていた。独露極東艦隊の参戦を警戒したこともあり、バークは第1艦隊を全力で叩くように命じていたのだ。無論その戦力は彼らの対応できる規模ではない。
このままではこの<信濃>さえ危ない、何とか艦隊の体裁を保って、若狭湾岸にたどり着きたいものだが――。
「ミサイル多数、本艦に接近!」
「<高千穂>、突出します!」
ミサイルの一部が進路を変え、側面をさらした巡洋戦艦に向かっていく。
「砲術、<高千穂>を援護せよ!」
艦長の叫びが鼓膜を叩くが、劇的な効果をあげることは無い。そして轟音がCICにも到達した。
数十秒後、<高千穂>のレーダー反応は2つに分かれた。
損害は無論これだけではなかった。旗艦の危機を救うべく、巡洋艦、駆逐艦が次々とその身をミサイルに晒す。或るものは海上に停止し、また或るものは既にその姿を消している。極限状況において、東日本海軍は「向こう側」の同族に勝るとも劣らぬ勇気を持っていることを証明して見せた。
言うまでも無く、その勇気は自暴自棄によるものではない。彼ら任務は、湾岸の友軍を支援すること、迫り来る敵水上艦隊に一撃を加えることだった。そして航空戦力、ミサイル戦力を使い果たした今、僅かでもその可能性を有するものは、唯一つ戦艦<信濃>のみであったからだ。
しかしそれでも<信濃>へのミサイルを完全に防ぐことは出来ず、中破に近い損害が発生していた。
先ほどの喧騒とは打って変わって沈痛な空気に包まれたCICに、第3艦隊旗艦<播磨>からの通信が届けられた。作戦続行不可能とあらば、直ちに後退に移られたし、可能な限りの支援の用意あり。GF司令部はこちらの状況を把握している、つまりは半ば撤退命令のようなものだった。
そしてさらなる凶報が舞い込んだ、有力な敵水上部隊が接近中。
「諸君、ここまで良く頑張ってくれた。もはや作戦の続行は容易ではない。将兵の犠牲を考えるならば、後退も止むを得ないかもしれない。だが、我が艦隊はいまだ戦闘力を残している」
阿部が搾り出すように言うと、<信濃>艦長が一歩前に進み出た。
「あの<尾張>に出来たことが本艦に出来ないとは言えますまい。長官、一太刀浴びせ、陸の連中の負担を少しばかり軽くする程度ならば、或いは可能かもしれません」
阿部は、ありがとう、とうなずいた。
「私はあえて、貝塚長官とは違う決断をしたいと思う」
●ヴィクトリー=アット=シー
■土方龍 伊藤祥 阿部俊雄
▲若狭湾
ビッグY――戦艦<大和>以下、D統合任務部隊を基幹とする水上打撃艦隊は若狭湾に進入し、仇敵と相対した。
数に劣る東日本第1艦隊はさらに多くの艦が黒煙を吹き上げており、土方艦隊との力の差は歴然であった。それでも、彼らは抵抗の意思をはっきりと示している。土方は叫んだ。
「全艦砲撃用意、砲弾が尽きるまで、怒りを込めて打ち尽くせ!」
「打ち方始め!」
副長から繰り上がった<大和>艦長山南大佐の号令とともに、3隻の戦艦――<大和><モンタナ><オハイオ>が咆哮する。<大和><モンタナ>が<信濃>を、<オハイオ>が<穂高>を狙う。そして両軍の補助艦部隊も急速に距離を詰めていく。
それから後は、全く一方的な戦いが繰り広げられた。
2隻の砲撃に晒されていた<信濃>は、<大和>の第1砲塔を沈黙させたのを最後に命中弾を得られなくなった。そして<穂高>を瞬く間に撃破した<オハイオ>がその矛先を巡らせると、<信濃>は主砲戦能力を失っていく。史上最後の水雷突撃を実施した水雷戦隊も、連合軍の巡洋艦部隊、駆逐艦部隊の前に壊滅した。
「長官、残念ながら本艦ももう限界のようです、退艦を」
羅針盤に体を括り付けながら、<信濃>艦長が言った。
「いや、私も残らせてもらうよ。二度も旗艦を捨てたくはないのでな」
阿部はどこか安らかな表情で答えた。
戦闘は残敵相当の段階に入り、東日本艦艇の大半は自衛戦闘を行いつつ離脱を図っていた。
だが<信濃>はいまだ沈んでいなかった。主砲どころか副砲さえ完全に沈黙していたが、のろのろとこちらに向かってくる。再三の降伏勧告にも応答は無く、<山百合>以下駆逐艦4隻に指令が下った、目標を雷撃せよ。
「テーッ!」
<山百合>艦長伊藤祥中佐は右手を振り下ろした。駆逐艦乗りとしては夢に見た瞬間と言えなくも無いが、生まれて初めての戦艦への雷撃が撃破された戦艦の処分とは。たまたま水上戦闘が続けて起きているとは言え、やはり時代は変わったのだな。
「漂流者の救助を急げ、私は艦橋に上がる」
火炎と黒煙を吹き上げながらようやく沈みつつある<信濃>を、土方は感情を殺した顔で見つめていた。
ふむ、やはり戦艦と言うのは、艦の中心核――弾火薬庫か喫水線の下側を打ち抜かない限り、沈まないものなのだな。前回のような挺身作戦は何度もやりたくないが、ミサイルを引き付けて大きな船体で吸収すると言うのは、何かで応用できるかも知れない。まあ、防空システムの整備が先だろうが――。
思考を弄ぶことで精神の安定を取り戻した土方は瞑目した。同胞たちに抱いていたさまざまな感情が氷解していくようだった。
そして彼は再び義務を果たすため――救助の指揮を執るために、CICへと降りる階段を踏んだ。
●狼たちのの家路
■アルベルト=エントラース ギュンター=フランク
▲若狭湾
アルベルト=エントラース少佐の率いる義勇艦隊所属潜水艦U−17は、独露潜水艦隊の僚艦とともに若狭湾に展開していた。最後の海上反撃が失敗に終わったことは既に知らされている。
とは言え、彼らの任務に大きな変化はない。引き続き若狭湾に展開して敵艦隊を攻撃、その地上支援を妨害せよ。
「地上じゃ義勇軍の連中が死に物狂いで戦っている。連中を少しでも助けてやるんだ、いいな!」
エントラースの檄を受けた乗組員の士気は高く、確認戦果こそ得られないものの、数度にわたって連合軍艦隊と接触している。敵の優勢は覆しがたいが、その行動の自由を縛っていることは間違いない。
しかし、日増しに連合軍の対潜作戦の態勢は整い、多数の潜水艦を投入したこの作戦も効果は薄くなってくる。さらに魚雷も底をつきかけていた。自衛戦闘も考慮に入れれば、この襲撃が最後になるだろう。
水測員長ギュンター=フランク少尉が報告した。
「針路、変わらず」
「よし……、テーッ!」
例によって、背筋の凍るような圧搾空気の音と共に誘導魚雷が放たれた。
「急速潜航、離脱するぞ!」
停戦発効後、U−17はウラジオストックに無事帰投した。
後日、同海域における重巡洋艦<バーミンガム>の沈没が確認され、空母<生駒>撃沈とあわせて、エントラースへの騎士十字章授与が発表された。
●決戦へ
■大宮宗一郎、楳澤三郎
▲各務原
「員数外の予備機で穴埋めして、定数48機全ての出動が可能。不調の機体も、数時間内に整備が完了する見込み……凄い話だ。楳さんのおかげだな」
東日本第105戦闘飛行隊大宮宗一郎少佐が、手放しで褒めちぎる。局所的な数的優位を築いて戦うのが流儀の大宮にとって、出撃機が多いことほど嬉しいことはない。まして、稼働率百パーセントなど、通常は……いわんや東日本では……あり得ない。
楳さんと呼ばれた整備班長、楳澤三郎は、破顔しつつも手を振って否定する。
「礼は整備員の皆に言ってやって下さい。俺一人の力など、大したものじゃありません」
実際、楳澤は神でも魔法使いでもない。修理不能な損傷機から部品をかき集めるなど、「できることを全てやり遂げた」だけである。それこそが、一番難しいことなのだが。
「ああ、それと、充分な人員と資材をかき集めてくれた大隊長殿にもですな。あの人に引き抜かれなければ、俺はここにはいませんや」
先月左遷されて……もとい、赴任して来た、新しい第105戦闘飛行隊長。「元」航空作戦本部首席参謀、前田俊夫大佐。
諦めてやるつもりなど更々ない前田は、あれこれと手を回して、人材と物資を掻っ攫っていた。楳澤も、それに応じた一人である。と言うよりもむしろ、「戦後の立場など知ったことか。軍にいられなくなったら、自動車整備工場でも興すまでだ。いや、それでいられなくなるような軍なら、こっちから願い下げだ」と腹を括り、積極的に乗った。
死者がどんどん増えていく悪戦を傍観しているか、少しでも前線戦力を増やしてやることで結果的に兵の命を救う道を望むか……楳澤が搭乗員の側に立つ人間である以上、何度やり直せるとしても答えの変わらない選択だった。
「まあ、あの人としては、好きなように暴れられる戦力を整えたかっただけでしょうが。どんな悪人でも、狂人でも、兵を無駄死にさせずに勝とうとする指揮官はいい指揮官ですよ」
「そうだな。人間としては好きになれそうもないが、その点だけは信頼に値する。少なくとも、片道出撃を命じるような人じゃない」
大宮の言葉の裏には、第二次山陰沖海戦におけるロシア戦闘機の片道出撃がある。どれだけの戦果と引き換えであろうと、許すつもりはなかった。そこまでしなければならないような戦いを始めた者達を。己だけでは生き延びることすらできない、この国の、自らの無力さを……。
やがて、大宮が離陸する順番が回って来る。
「ちゃんと生きて還って来て下さいよ。機体がどんなに壊れていても、戻って来てくれさえすれば、必ず直しますからね」
「分かっているさ。敵を一番落とす奴が最強じゃない、最後まで生き残る奴が一番強いんだ」
楳澤の餞の言葉に対して、飽くことなく部下に説き続けてきた台詞でもって大宮は答えた。どうにもならない物量の差をまたしても味わうことになるであろう、自らに言い聞かせるように。
●めいおうせいはつどう
▲フリッツ・フォン・モーントシュタイン、タイアス=ボンバ
■東西、京都滋賀方面
「義勇軍総司令官とのお話は、いかがでした?」
入り口の幕を開けて入ってきたフォン・モーントシュタイン?ドイツ国防軍司令官・大将?に声をかけたのは、麾下の機甲師団の師団長、ゲルハルト・スターム少将だった。彼はモーントシュタインの直接のスタッフではなかったが、彼から信頼を寄せられ、この異国の地で、何かにつけて相談を受けている。
「今後の展開の話だよ。予想通り…」
「敵の攻勢予測についてですね」
後をさっと引き取ったスタームに、モーントシュタインは笑顔を向けた。
「そう。おそらく、包囲中の敵の解囲、そして政治的な目標の両方を成立させる地点として、キョウトに来るのではないか、と言う話だったよ」
「で、我々はどうすれば宜しいのでしょうか?」
やれやれ、という感じでモーントシュタインはパイプ椅子に腰掛けた。戦場の勇将も、会議は苦手らしい。多くの将官が接収した宿舎で生活している中、平然と一般兵士と同じテント生活をしているのも、彼らしいと言えば彼らしかった。
「一つには、コナンの完全な打通だ」
モーントシュタインは、煙草に火をつけた。
「ミナクチ丘陵に籠もっている敵軍を殲滅する必要はないが、今のところ、後退するにしても何にしても、コセイやタンバの山道だけ、と言うのはいざというときに困る。それを打通することが一つ」
モーントシュタインは煙草を吸って、煙を吐き出す。
「今ひとつは、コナンの防衛だ。キョウト方面は日本軍が担当するが、コナンは基本的に我々が担当する」
義勇SSや日本軍の戦闘団が協力してくれる予定だがね、彼がそう続けた時、通信参謀が天幕に駆け込んできた。
「大変です。ニホンカイで東西の艦隊が激突。東日本の艦隊が、ほぼ全滅したという一報が入りました! それに呼応するかのように、フシミ方面の敵軍が活動を開始したとのことです!!」
モーントシュタインは、来たか、と嘆いて席を立った。彼の表情から、笑顔はすでに消えていた。
☆
「やっと俺たちの出番が来たぞ」
タイアス=ボンバ第1騎兵師団長の台詞を聞いて、いや、私たちはつい先月、敵軍と死闘を繰り広げていたんじゃなかったでしたっけ、と、彼の参謀クリス・ペレーロは思わず口に出しそうになった。いやはや、有能な将官という者は、戦場ではこうでなくてはならないのだろうか。
「冥王星」作戦。10月以降、やられっぱなしだった連合軍の一大反攻作戦。先月の枢軸軍の作戦を見習ったわけではないが、海空戦力も全力を挙げて敵を討つ。陸軍の目標は、京都の奪回と湖南で包囲されている味方部隊の救出だ。
先月の戦闘で激しく消耗し、しかも今月に入ってから敵軍に滋賀の包囲を完成されている連合軍だが、海空の戦力、特に航空戦力の優勢は、「圧倒的」と言っていいレベルに達しつつある。
また、陸戦力も、敵軍の攻勢が一段落した現在(大阪への突進がなかった現在)、急速に再編と再配置を行い、一度限りなら、限定攻勢を行い得る…と上層部は判断した。
その対象となるのは京都。政治的な目標であるのは確かだが、この方面の交通の要所でもあり、京都を奪回して大津から瀬田にかけて突破を果たせば、孤立している味方部隊を救出することも出来る。必ずしも、政治的だけとは言えない、逆に限られた攻勢しか行い得ない連合軍としては、かなり妥当な目標だったと言えるだろう。
「さあ、行くぞ」
帽子を被ってペレーロは彼の後に続いた。
「もはや、東に兵はいない! ファシストどもに屈する謂われは、すでにない!!」
との言葉で締めくくられるボンバのこの時の演説は、「東に兵なし」演説として後世に残っている。
いや、師団長の貴方が、わざわざ戦車に乗って先頭に立たなくても…と思いつつ、理性とは関係ないことだからこそ、麾下の兵士を鼓舞する事柄もあることを、ペレーロも知っていた。
結果として、ボンバ率いる第1騎兵師団は、京都再入場の一番槍を果たし、さらに大津への道を開く、と言う戦果をあげるのである。
※モーントシュタインは、帰国後も軍に残った。戦場の勇将として知られるようになった彼だが、帰国後はこの戦争の研究に没頭。電撃戦をより発展させた「エアランドバトル」構想を発表、その後の軍の発展に大きく寄与することになる。
※タイアス=ボンバは、帰国後は対戦車戦力としての戦闘ヘリの開発を主張。その開発が軌道に乗ったのちはペレーロと共に軍を退役。軍人を教育する一環としてのシミュレーション・ゲームの開発に関わり、その始祖の一人として名前を知られる。
のち、孫と共にウォーボードゲーム会社を設立している。
●けいはんしんはもえているか
▲浪川武蔵、小野田寛郎
■東西、京都大阪方面
京都は、再び、いや三度燃えていた。地元では「先の戦争と言えば、応仁の乱」と言われる千年の王城の地は…実際には信長前後の争乱、あるいは幕末の争乱があるのだが…、この戦争が始まってから、三度目の大火に見舞われていた。
「また京都かよ」
とは、浪川武蔵は口にしなかった。むしろ、出身地で土地勘がある分、彼のような特殊部隊の人間にとっては、ありがたい、と言っていいのかも知れない。その土地が戦場になっていることに対しては、彼は何も語らなかった。
浪川が無言で振り向くと、小声で高性能通信機と話していた堀川狼が、微かに頷いた。彼は手にしたスイッチに力を込める。遠くで爆音が鳴り響く。彼にとっては、狙撃と同じように手慣れた行動…橋梁爆破だ。
大阪に向けての攻勢が発動されず、滋賀での東日本軍の包囲形成が一段落したこと、そして連合軍の海空戦力の大反撃が成功し、敦賀と、そこに集積されていた物資が焼き払われたことを確認して(実際は分散集積されていたので、完全ではなかったのだが)、連合軍の陸戦での反攻作戦が開始された。目標は京都、そして大津にかけてを奪還し、包囲されている自軍部隊を救出すること。
現在、京都南方?伏見方面から、武本中将率いる第1方面軍と、米戦車師団が京都に向けて攻勢を開始している。
その先鋒として、浪川らは再び京都に潜入。主として、敵の混乱を誘うための暗殺、爆破を行っていた。橋梁爆破も、敵の撤退阻止の一環として行ったものだ。
「今回は、あいつらは出てこないのか?」
浪川は堀川に小声で話しかける。あいつら、東日本軍の特殊部隊「月光」のことだ。特殊部隊が活用されることになったこの戦争では、本来は珍しいはずの特殊部隊同士の戦闘もしばしば起こっている。どちらかと言えば、浪川のようなあぶれ者の特殊技能者を集めた大日本国の特殊部隊と、軍人のゲリラ戦、対ゲリラ戦部隊の発展系の東日本軍の「月光」は、本来かなり性格が違うはずなのだが、何度も刃を交えるうちに、次第にお互いの影響を受けるようになっている。浪川らも、「月光」の集団戦にはヒットエンドランのチーム戦で挑むつもりだったのだが、彼らは京都に姿を現さなかったのだった。
☆
その小野田寛郎たちは、そのころ、大阪に潜入していた。軍事的な混乱ではなく、政治的な混乱を惹起する。それも、前線に近く、巻き込まれる恐怖があり、様々な理由で混乱しやすい大阪を狙う…というのが、上層部の判断だった。
「何で俺たちが」
と言う気持ちが、小野田にはある。もともと、彼の考えていた部隊は、山野に起き伏し、長躯敵中で偵察活動を行ったり、後方の拠点を襲撃したりする、挺身隊を想定していた。彼が若い頃に耳にし、憧れていた日露戦争の時の建川挺身斥候隊の歩兵版と言ってもいい。
それが、何の因果か、大都市での破壊工作。本来は、こういう任務は第5列がやるべきだと思うのだが、第二次大戦時の空母部隊が便利づかいされたように、使い出のある有能な部隊の宿命と言えるのかも知れない。
島田庄一軍曹が、静かに彼に注意を促した。微かに頷いて、小野田は手にしたライフルの引き金を引く。軽い音共に、警護の中心にいた人物の隣にあった車のガラスが破裂する。
混乱をよそに、悠々と彼らはその場を離れた。
「いいのですか、暗殺されなくても」
島田が、小野田に聞いた。
「いいのさ。『暗殺される』『暗殺部隊が潜入している』というだけで、大阪は混乱する。まだまだ、いろいろと仕掛けて行くしな」
小野田は不適な笑いを浮かべた。
「ありがたいことに、あちらの特殊部隊は京都に行っているらしい。今のうちに、せいざい点数を稼がせてもらうさ」
今度は、あちら関係への襲撃かな? 頬を指でさっとなでながら、小野田は島田に語りかける。彼らの仕事は、まだ始まったばかりだった。
※浪川武蔵は、戦後に京都で行った敵兵虐殺(貴重品をかすめた敵兵士を、降伏したにもかかわらず射殺したこと)の罪を問われて、再び懲罰部隊に送り込まれた。しかし、人生七転び八起き。戦場で彼の見せた働きを評価する人たちの力で、再び特殊部隊に戻り、冷戦中もあれこれと「表に出せない」任務に従事したようである。
その一端が、うさぎを擬人化したミリタリ系コミックで明かされている…という噂が西側にあるが、真相は不明である。
※小野田寛郎は、戦後は特殊部隊「月光」の確立と規模拡大に尽くし、「特殊部隊の父」として、世界戦史に、その名を留めた。退役後は北海道で農場を経営しつつ、子供たちの教育に努めている。どうやら、彼の教師指向は本物だったようである。
●それぞれのたたかい
▲加藤友安、ジョージ・スミス・パットン3世
■東西、京都滋賀方面
比叡山から見ると、夜になっても京都は赤く燃えていた。市街戦があったとは言え、先月、大日本帝国軍が奪回した時は、ここまでの炎上はしなかった。それは、東西両軍がいかに激しく、そこで市街戦を行っているか、という証明であった。
「これで僕も、松永弾正以上の大悪人…と呼ばれるのかな」
鼻の上にずり落ちた丸眼鏡を元の位置に戻しながら、加藤友安少佐は呟いた。戦闘団“泉”の砲兵隊指揮官であるはずの加藤は、その有能さを買われて、事実上北陸方面軍直轄の砲兵部隊指揮官として活躍している。本人に言わせれば、「働かされている」だそうなのだが。
11月に入ってからの彼の任務は、最初は舞鶴航空基地への砲撃命令をこなすこと。その後は、ただちに移動を命じられ、鉄道などを活用して彼が布陣したのは琵琶湖西岸、そして砲撃対象は京都だった。
11月中旬、西日本軍の限定攻勢が始まり、京都にそれが指向されると、京都北方、湖西での陣地構築の時間を稼ぐため、大日本帝国軍は積極的に京都での市街戦を敵軍に挑む。
そして、加藤率いる砲撃隊は、情け容赦なく京都に砲撃を開始する。千年の遺産よりも、一人でも自軍の兵士を救うために。
「あんたらも…いや、僕らもか。好きかも知れないな、戦争が」
そう言いつつ、彼はもうすぐ戦争が小休止することも確信している。手にした気象予報図によれば、低気圧と寒気団のせめぎ合いよる荒天と降雪が間もなくやって来るはずだったからだ。
☆
「こら、気を緩めたらイカンぞ!」
だれた姿勢で銃に寄りかかっていた歩哨は、一瞬身を固くする。声のした方に視線を送った彼は、文字通り飛び上がって姿勢をただした。彼に警告を発した男こそ下士官だったが、その後ろには師団長、ジョージ・スミス・パットン3世少将が立っていたからだ。
「は、はっ」
慌てて敬礼する若い兵士をじろりと睨んだのは、下士官…事実上、パットン3世の執事役、ジョン・ハンニバル・スミス…の方だった。
「後方で再編成中だからといって、全くたるんどる!」
師団長自らの視察? に居合わせるなんて、何て俺は不幸なんだ。兵士は心の中で叫んだ。
「まあまあ、そんなに怒らなくても」
割って入ったのは、師団長自らだった。
「しかし将軍…」
まあまあと何回も繰り返しながら、パットン3世は、兵士に語りかける。
「俺たちは確かに後方で再編成だが、それは俺たちが最後の切り札になることもある…ってことだ。あれこれ、敵の部隊もごそごそ活動しているみたいだしな。切り札になる連中がゆっくり休めるように、今あんたに頑張って貰えると助かるんだよ」
兵士が恥ずかしさに顔を赤らめるのを見て、パットン3世は踵を返し、駐屯地から出掛けようとする。
「あの…サー、どちらにお出かけで?」
「偵察だよ」
と言うのがパットン3世の答えだった。
「敵が来るといかんから、回りを見てくるのさ」
この兵士は、生涯この時のことを語り続けた、と言われている。
※加藤友安は戦争が終わると、さっさと退役。猪狩らと趣味が高じたバンドを結成。時代ゆえに紆余曲折あるが成功する。それを足がかりに議員にまで上りつめ、大日本帝国の宇宙開発族として活躍することとなる。
※パットン3世は、戦後も軍に残った。騎兵に始まる戦車閥の巨頭として知られる一方、日本での経験から対戦車ヘリに始まる対戦車兵器の開発にも熱心だった。退役後は、パットン戦車博物館の名物オヤジとしてその名を残す。
●しとう
▲高橋兼良、猪狩長一、瀬島龍三、渡良瀬祐介
■東西、京都滋賀方面
高橋兼良は、大日本国陸軍に奉職している。現在は、中将として第3方面軍司令官を務める身だ。司令部の外から、兵士たちの歓声が聞こえてきた。
高橋の率いる第3方面軍は、日米英の戦車師団を集結させた、「機動打撃群」として扱われている。本来は滋賀における機動防御に使われる予定だった…実際に、そのように戦った…のだが、東日本軍の発動したアイゼンハンマー作戦では、戦力の集中に目的を果たすことが出来ず、現在は上野に集結している。
彼に、そして第3方面軍に与えられた目的は京都方面の敵を駆逐すること。すでに、麾下の米第1騎兵師団などを投入した京都奪還は激闘を繰り広げながらもある程度の成功を収めている。第1騎兵師団は甚大な損害を出しながらも、大津までを奪回した。
しかし、さらに東…瀬田から向こうは、独機甲師団が分厚い陣をしき、さらにその奥に閉じこめられた味方部隊の救出は、まだ敵わなかった。
高橋は敵包囲を解囲し、味方部隊を救出すべく、出撃命令を麾下の部隊に命じようとしていた。その前に、兵士たちへの少しでも慰安を与えたい…と言うことで、米女優が部隊を慰問していた。外から聞こえる嬌声は、それによるものだ。
「兵士たちは、楽しんでいるようですな」
参謀長が話しかけるが、高橋は頷くだけで返事をしない。もともと寡黙な男だったが、先月の戦いから、彼の口数は一層少なくなった。任務を果たせなかった思い、一言の非難もしない同僚たちへの想い、そして再び任務を与えられた重圧。それらが重なり合って、彼の口を重くしているのだろう。
やがてショーが終わり、高橋たちは司令部を出て兵士たちの前に出た。女優たちを護衛している日系兵士…ダニエル宮城…が、彼らに敬礼する。高橋たちも、見事な敬礼を返した。
高橋は、参謀長らが兵士たちを激励した後、壇上に立った。重い口を、彼は開く。
「彼方には」
彼は、ここで言葉を切った。重苦しい沈黙があたりを覆った。
「向こうには、我々の助けを待っている同士たちがいる。強大な敵が待ちかまえているはずだが、私は、君たちがそれを成し遂げることが出来ると信じている」
高橋は、彼方を指さした。
「行こう、彼らのもとへと!」
一瞬の沈黙の後、兵士たちの歓声が爆発した。確かに、それは女優たちへのものより大きかったのである。
☆
連合軍の第3方面軍が発動した攻勢は、激烈なものとなった。最初は米21師団を先頭にした反撃は瞬く間に信楽に進出。信楽を防御していた東日本の第十一師団は後退を余儀なくされる。
さらに休むことなく阿蘇教導師団が東日本軍の戦線に叩きつけられ、水口まで彼らは道を切り開いた。本来、水口にいた東日本の第七師団は三重の突破に参加していたため、この方面の防衛を担当していたのは、丹波から転出してきた戦闘団“泉”と、義勇SS師団“葉鍵”だった。
最前線で指揮を執る“泉”の猪狩長一大佐のもとにやってきたのは、“葉鍵”の瀬島龍三准将だった。
「こんなところまで、ご苦労様なことですなぁ!!」
力一杯、猪狩は叫んだ。しかし、瀬島は顔をしかめて聞き返す仕草をする。彼らの潜んでいる塹壕の周囲では、敵軍の砲撃がまさに炸裂しているところだった。この効力射が終われば、戦車の支援を受けた歩兵の突撃があるはずだ。
猪狩は首をふって、もう一度繰り返した。
「何、指揮官としては当然のことだよっ!」
瀬島も大声で怒鳴り返す。
「どのみち、どこまで持つのか、見極めなければならんしなあぁ!」
本来、“泉”も“葉鍵”も、どちらかと言えば規模も兵装も、重装備とは言えない。この時代では、アメリカ以外ではまだ珍しい完全装甲化(車輌化)されていることで、本来は機動力の発揮を期待されている部隊だった。歴戦を経て兵士の経験は練り込まれ、敵軍の激しい攻撃も陣地戦で受け止めるだけの技量を有しているが、正規の歩兵師団でも長時間は耐えられない敵の攻勢を、どこまで耐えられるのか。耐えないといけないのか。瀬島は、それを自分の目で確かめに来ていたのだ。
ふっと炸裂していた砲撃がやんだ。猪狩と瀬島は、顔を見合わせる。そろそろと、猪狩が砲兵用の双眼鏡を、上に差し上げた。一瞬固まったのち、猪狩は無言で瀬島に双眼鏡を譲る。それをのぞき込んだ彼の目に見慣れぬ敵戦車が飛び込んできた。
☆
「突撃! 突撃! 突撃あるのみ!」
と言う心境だった…と、のちに回想録「戦車長」に渡良瀬祐介は記す。補充や練度の問題などから、本来この攻勢に参加しないはずだった、大日本帝国・第7師団の師団長だった人物である。大阪方面の防衛戦を担当するはずだった第7師団は、敵の主攻軸が大阪ではないことが確認された後、米8師団と交替して
最後になって日米の第7師団がそれぞれ戦線に投入されたのは、その戦力に重戦車(M48やM26)が編入されていることも、大きな理由だった。その機動力を期待されて…というより、戦線の様相から、歩兵支援の突破力を期待されてのことだった。
「敵の反撃を気にするな! あいつらの目をこちらに引きつけるのが、一番の目的だ!」
事前に第7師団の重戦車大隊長、青山京太郎に叱咤された通り、丘の稜線を走りながら、重戦車は敵の攻撃を跳ね返しつつ、敵陣にその主砲をたたき込む。砲兵の支援、そして重戦車の支援を受けた歩兵が敵陣に取り付き、銃剣を日にきらめかせながら塹壕に突入して行く。
彼方で、別の砲煙が上がった。水口丘陵に包囲されていた大日本国部隊が、味方部隊が接近してきたのを見て、最後の攻撃を…包囲網からの脱出を、開始したのだ。
ぼろぼろになった兵士たちが、よろめきながら砲煙の中から姿を現す。駆け寄った味方兵士が、肩を貸す。あたりに散らばっている死体も、同じ日本人のはずなのだが、そんなことに思いやる余裕は、その時の彼らにはない。
「ご苦労様でした」
渡良瀬のその言葉を聞いた時、歓喜の涙が被包囲部隊を指揮していた師団長の頬を伝って落ちていった。
※高橋兼良は、戦後も軍に残った。官僚として切れ味鋭い…という評判こそなかったが、人格者としての彼は経歴を重ね、八原の後に統合幕僚会議議長を襲った。
退役後は、この当時を経験した軍人らしく政治への道を断り、戦友会の活動に一生を捧げている。
※猪狩長一は、結局撤退に成功し、生き延びた。戦後退役した彼は、コミックバンド「ザ・ドリフターズ」を結成。一世を風靡する。TV、ラジオの電波を通じて、西日本にも絶大な人気を博した。バンドの「発展的解消」後は、渋い演技派俳優として名を残した。代表作は「踊る一大最前線」の下士官役。
※瀬島龍一は、戦後は日本駐留のSSの長として、隠然たる権力をふるい、蛇蝎の如く一部勢力からは嫌われた。SS元帥になることは出来なかったが、上級大将で退役。民間軍事会社を設立し、欧州でもその名を轟かすこととなる。
※渡良瀬祐介は、日本陸軍の立て直しに奔走し、大将で退役。その後は熊本で一介の代用教員を務めた。93歳で死去するが、朦朧とした意識の中で、滋賀の地名を口にし、最後は「京都へ!」と呟いた…と伝えられている。その最後まで、彼は戦野を駆け抜けた。
●暴力のかく美しき世に住みてひねもす歌ふ我が子守うた
■荻野社
▲小松
「よう、遅かったな……と言いたいが、最前線に来るのは少し早いんじゃないか? まだ戦争は終わっていないぞ」
前線での劣勢を受けて、ついに新潟防空のくびきから解き放たれた萩野社と彼の戦闘団を出迎えたのは、相も変わらぬ前田俊夫の歪んだ笑みと、皮肉な物言いであった。
対して萩野は、率直に言い切る。
「死ななくていい若年者を死なせない為に」
「その為に英雄を危険に晒す気は、新潟の連中にはないだろうに」
「そのようですね、おかげで随分手間取りました」
信念の為に、妨害をねじ伏せて来た……何の衒いもなくそう言い切られて、前田は一瞬だけ目を丸くした。そして、柄にもなく微笑を浮かべる。
「ならば貴様は、戦友だ。
……大体の話は聞いていると思うが、状況を説明する。
するべきことはただ一つ、敵の地上支援の妨害だ。これに失敗して空を完全に明け渡したら、撤退が瞬く間に潰走に変わる。
こちらの戦力は各務原や富山などに散っている。とりあえず、今この基地で戦闘可能な部隊は、貴様のと、辛うじて俺のところだけだ。ガーランドの実験航空団もある程度数を残しているが、墜落機の回収または爆破が済み次第、後方に行くことになるらしい。これはまあ、仕方がないな。これ以上出撃させても、損害に見合う戦果は期待できん上に、撃墜されて機体が敵の手に渡る可能性がある。質の優越によってアメリカの物量に対抗しているドイツとしては、最新鋭機を押収・分析されることは死活問題だから、終わりの見えた戦争で『ウルクハイ』を喪失の危険に晒すことはできないだろう。終戦を望んだ当の我々が、文句を言っても通らん。
……尤も、武装SSの敗退を望んで、故意に支援を打ち切ったのかも知れんな。ガーランドはそこまでするほど悪辣ではないと思うが、疑われても仕方ないくらい状況が出来過ぎているのは事実だ」
武装SS(無論、ロシア軍に関しても然り)がどれだけの戦果を得ていようとも、最終的に惨敗を喫すれば帳消し……とまではいかないが、大きく割り引かれることになる。途中で手を引いたことを皇帝派から利敵行為として糾弾されても、「期待に添えなくて悪いが、私はそのような陰謀家ではない。国家的要求に従ったまでだ」と言えば済んでしまう。陰謀譚としては、いかにもありそうな物語である。
「……笑えない話ですね」
萩野が頬を引きつらせた。
「全くだ。
ともあれ、こちらの戦力はそれだけ。増援はない。雪に閉ざされた東北や北海道の防空部隊を呼び寄せようにも、整備の手間を考えると急には無理だ。それでなくとも、後方には航空戦力しか存在しないところへ持ってきて、例の病院がらみのドタバタで、抜けるものも抜けなくなっている。これ以上手薄にしたら、火事場泥棒が出かねん」
「……戦闘機だけ残しておいたところで、何が出来ると言うんです? 攻撃機がなければ、阻止は出来ませんよ」
萩野のそれは、質問ではない。だから前田も、直接答えるよりも雄弁な返事をする。
「さあな。常識に囚われた人間には思い付かない方法だろうさ。想像はつくがね」
その声音は、遮るものなき滑走路を吹き抜ける寒風よりもなお陰惨だった。
「……とまあ、そんなところだ。要するに、死んで来いということだろう。俺が一度見捨てた小松が死に場所だという、なかなか面白い筋書きだ。無論、面白いからといって死んでやるつもりはないがな」
「ええ。あと少し持ちこたえれば、向こうも休戦を望んで来ます」
十一月も半ばとなると、北陸はもう秋とは言い難い。冬将軍という天の味方が現れる時期が近付いていた。
●バビロンまでは何マイル?
■スタンリー・T・サイラス、モンティナ・マックス
▲沖縄
焦土と化した中部日本を、今日も大陸間爆撃機が荒らして回る。
「どいつもこいつも、他人の国だと思って好き放題しやがって。戦争は自分の国でやれ!」
名もなき市民が上げる怨嗟の声は、大空には届かない。
京都奪回を目的に枢軸軍兵站線への戦略爆撃を行う、ロード・オブ・バビロン作戦。太平洋方軍戦略爆撃航空団司令スタンリー・T・サイラス中将らしい、洒落の利いたネーミングである。
バビロン。マザーグースにも歌われるくらいの、遠隔地の代名詞。バベルの塔やバビロン捕囚などによって、キリスト教勢力からは『災いなるかな』と名指しされた魔都。そして、征服王アレクサンドロスが居を構えた一時期は、世界の(あるいは、世界を相手に戦う者達の)中心ですらあった。これほど、アメリカ人が抱く日本のイメージに相応しい名はない。
戦略爆撃を行っているのは、西側だけではない。
この世には、敗北必至の状況を前にして、「何者かを打ち倒しに来たものは、何者かに打ち倒されなければばならぬ」と強がりでなく言える者が存在する。第三次山陰沖海戦により西側の航空優勢は覆しようがないものになっていたが、モンティナ・マックスは戦いを止めようとはしなかった。むしろ、以前より攻撃的になっている。
西側地上部隊の前進を、交通インフラの粉砕という手段で阻止する為に。そして、撃墜された『ウルクハイ』の残骸を、西側に渡らないよう処分する為に。
敵制空権下での精密爆撃は困難だから、搭載量が大きい戦略爆撃機を集中投入して、目標周辺を広範囲無差別に焼き払う。ある程度は撃墜されるが、目的は達成できる……過激にして、かつ合理的である。
有能で、しかも結果に関心がなく闘争そのものを愉しむ人格破綻者は、敵からすれば決して投了しないファイターに他ならない。
(奴から戦力をもぎ取らない限り、戦争は終わらない)
戦略爆撃の応酬の結果、こちらの進撃にも必要な交通インフラが破壊され過ぎて、陸戦で思うような戦果を挙げられなかった今となっては、サイラスにとって、それはもう、確信ではなく物理法則だった。
そして、長引けば冬が来る。中部日本の冬はそう異常に厳しくはないが、寒さに免疫が出来ているロシア人とやり合う舞台としては全力で遠慮しなければならないものであることには変わりない。
だからこそ休戦交渉が急がれているのだが、必ずしも成立する保証はない。その観点からも、駄目押しの戦果が欲しい。
かくて、日本戦争のフィナーレを飾る、小牧航空決戦の幕は上がる。
●いのち断たるるおのれは言はずことづては虹よりも彩(あや)にやさしかりにき
■スタンリー・T・サイラス、ジョゼフ・ラインハート、大宮宗一郎、萩野社、樋口慶二
▲小牧
平和を作る為の戦い、小牧基地強襲。作戦目的は、枢軸空軍の潰滅。
小松でドイツ義勇空軍の戦略爆撃機隊を粉砕できればそれでよし。無論、枢軸側としては、それは許容できる事態ではないから、全力で迎撃して来るだろう。そこで航空撃滅戦が生起する。仮に、彼らが脇目も振らずに逃げ出したとしたら、それはそれで枢軸地上部隊に決定的な一撃を見舞う機会が生まれる……というシンプルな仕組みである。
だが、ただ一人、不満を唱える者がいた。サイラスが片腕とも頼む、第1戦略爆撃大隊ジョゼフ・ラインハート大尉である。
ただし、作戦の内容に異を唱えるわけではない。ラインハートの不満は、『平和を作る為』という根本的な一点にあった。
「何故、終わらせなければならないのですか。これは、勝てる戦争です。政治屋どもが逃げ腰なら、軍人がやるべきです」
「若いな。狂気は、囚われるものではないぞ。磨いて牙にするものだ」
前大戦における核攻撃によって文字通り消滅した妹の敵を討つ為に戦っているラインハートにとって、ここまで来て休戦と言われても、支持できるものではない。そして、その感情も、勝てる戦争だという判断も、サイラスには納得できないものではなかった。それでも、立場というものを築き上げているサイラスは、ラインハートほど奔放には発言できない。
「かつて、日本の軍人は、そういうことを言って独断専行し、国土を三分の一にまですり減らしたのだ。奴らの場合は、勝てるかどうかの見極めもつかなかったわけだが。お世辞にも無能とは呼べない連中と同列に扱われたいのか?」
「それを言う相手は、核戦争のリスクに怯えて軍事的合理性のない決断で兵を無駄死にさせる政治屋でしょう。怖い者知らずと、臆病者。両極は相似します」
全くその通りではあった。だからこそサイラスは、ドイツが核を使用した場合の報復計画を自分の判断と責任で立案せざるを得なかったのである。
それでも、権限という武器を持つサイラスは、それを放棄することを前提にした行動はできない。
「……話は終わりだ。作戦に従えないなら、来なくていいぞ」
「出撃はしますよ。ナチを叩く機会を捨てたいわけじゃありません」
「よし。私も一緒に出る」
そして、続ける。
「さっきも言ったが、お前は若い。自らの狂気を弄ぶことを覚えるまでは死ぬな」
(……私がそうしているようにな)
ポケットの中では、原爆症で亡くなったサイラスの妻子の写真が、今日も変わらず微笑んでいる。
……もう、変わることのない笑顔。増えることのない写真。
「間合いが遠いぞ、素人め」
サイドワインダーが放たれた瞬間には、大宮宗一郎は安堵していた。
誘導弾といっても、技術的限界からまだまだ必中には程遠い。加えて、ミサイルというものはその細長い形状のせいで物理的に小回りが利かない。適切な機動によって振り切ることは不可能ではない。
だから、必中を期すには距離を詰めて(それでも、機銃はアウトレンジできるが)撃たなければならない。そして、その距離感については、やはり枢軸側に一日の長があった。次々に本土から新手を繰り出して来るアメリカと、連戦が続く枢軸側では、(疲労度を代償とする)実戦経験に差があるのは道理である。
だが、この『最後の決戦』において、枢軸側が主張出来る要素と言えば、それくらいしかなかった。
その事実が生み出すものは、勇者の如く倒れること以上を目的に設定できない、「数的不利を顧みず正面から決戦したらどうなるか」の典型例。壮烈なる葬列……と駄洒落たくなるような。
その只中で、樋口慶二と萩野社は邂逅した。
震電改と光電3型。機体性能では勝負にならない。正面から立ち向かうことによってのみ、チャンスが生まれる。いや、相手に余計なチャンスを与えずに済むと言うべきか。亜音速が当然の時代において、正対して突き進むとなれば、銃撃している時間などないからである。
樋口は、それをした。互いに真っ向から突っ込む、大空のチキンレース。
だが、萩野には、空対空特攻をするつもりなど微塵もない。スピードを全く落とさず左旋回。
針路を270°変えた萩野の眼前を、直進のままの樋口機が側面を曝して行き過ぎた。すかさず、その背後を取る。
一旦離脱して敵をやり過ごし位置をセットし直すことから、英語圏ではオフセット・ヘッドオン・パスと呼ばれる機動である。
(そうだ、それでいい。満点の答案だ)
胸中で呟きながら、樋口もまた、フルスロットルのまま左旋回しつつ急降下する。
ディフェンシブ・スパイラル。背後を取られた際の常識的な離脱方法の一つ。故に、萩野も深く疑わず、当然にそれを追尾する。
(素晴らしい。全くもって満点だよ。だが、満点の取り方は一つしかないから、予測できる。気の毒にな、次はもっと無能に生まれて来い!)
樋口は一気にスロットルを絞った。
降下途中での急減速により、失われる高度は当然小さくなる。そして、光電3型のずば抜けた機動性ゆえに、加速度がつき過ぎていた萩野は、この機動に対処し切れなかった。刹那の間に降下し過ぎて、上と背後を明け渡す。
スパイラル・ダイブ戦術。速度で勝る相手を飛び出させ、自分から背後を曝すように仕向ける裏技。
無論、背後を取られたといっても、光電3型をもってすれば一瞬で振り切れる。だが、常人ならともかく樋口にとっては、一瞬で事足りた。
……何がいけなかったのか。サバイバビリティを強みとする萩野にとって、光電3型のような、「勝ちに行った」機体は良い相棒ではなかったからか。背後を守る僚機なしでも、「日露合同部隊の」隊長という立場上、出撃を繰り返さざるを得なかったからか。短期間で飛燕改から光電3型まで乗り換えを繰り返したことが勘を鈍らせたのか。
第三次大戦によって、大日本帝国は航空戦を指揮できる数少ない人物のほとんどを失った。ある者は戦陣に散った。ある者は国家解体に等しい講和に反対して討伐された。ある者は腹を切り、そして大半の者は、特攻を強制した輩への憎悪を胸に抱いて西へと走った。
にも関わらず、ただ妻子の為だけにあえて斜陽の国に踏み止まり、黄昏の中で目映いばかりに輝いていた巨星が、ついに落ちた。
木枯らしが、晩秋の濃尾平野を吹きすさぶ日のことであった。
●劫火に消ゆ
■モンティナ・マックス
▲小牧
話は少し遡り、航空決戦開始寸前。
「私一人を相手に、ご大層な軍勢だ。そんなに私の死が心待ちなら、よろしい、そろそろ君達アメリカ人を恐怖から解放してやろう。
さあ来い、モンティナ・マックスが相手をしてやる」
米軍の統制を崩したのは、小牧基地から投げかけられたその言葉だった。大人しく護衛されているべき爆撃機が我先に突撃を始める。コンバットボックスもへったくれもあったものではない。
「……憎まれてみるものだ」
自分がいかに『米軍の喰い付きが良い餌』であるかを再確認したマックスは、冷然と嘯いた。
しかし、米軍を嵌める代償として、脱出する時間的余裕はない。そして、航空決戦で勝てなかった時点で、爆撃を防ぐ方法もなくなった。
その中で、無線はマックスの言葉を流し続ける。今度は、味方に向けて。
「我々は、為すべきことを全てやったか? まだ何かすることが残っていないか?
……昔は、敗軍の将は毒を呷ったものだ。
さあ突撃だ。きっと楽しいぞ、凄く」
やがて、爆撃は始まった。
生存者の中にマックスはなく、それらしい焼死体も、ついに発見されなかった。その為、誰もが「生きていられる筈がない」と思いつつも、奴ならばまさか……という理屈抜きの疑惑を捨てきれなかった。大宮病院事件(超人兵士を作り出す研究の筈が、当事者すら事態を把握できないほどに暴走した挙げ句、人の世に存在すべきでないクリーチャーの群れを残した『最後の大隊』計画の名が知られるようになるのは、ずっと後である)の後では、尚更である。
死すらも似合わぬ人外の存在は、こうして人間の歴史から退場した。
モンティナ・マックス。戦闘時行方不明という公式記録と、「炎の中で『ワルキューレの騎行』を奏でていた」「悪魔が出てきて地獄に連れて行くのを見た」「いや、悪魔を従えて地獄に帰って行ったのだ」「国家に制約されずに好き勝手な破壊を行う為、偽者を使って死を装い、姿を消したのだ」などといった噂だけが残っている。
●へんしゅうのーと
▲銀狐、ガースランド
■西、高島
ノート:高島強襲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
高島強襲における大日本帝国の評価について 編集
疑義のあった高島強襲の大日本帝国側の評価についてですが、戦史叢書1954?55のP302の部分に、「SOS旅団の琵琶湖を渡っての奇襲は壊滅するまでの時間は短かったが、京都方面の補給線に重大な影響を与えた」とありますので、削除された部分を復活させました。PANDA 2007年6月24日(木)01:10(UTC)
ガースラントの脱出について
詳細はヴィリー・ブラントの項目を見ていただきたいのですが、本人の回想録によれば、彼は「とある人物」の手によって、無理矢理脱出させられた、と明記しています。「他者の手による強制的な脱出」の部分の削除は早急ではないでしょうか。Denoh 2006年12月15日(水)18:45(UTC)
ヴィリー・ブラント、及び彼が公開している「ゼーラント社会主義共和国」の公式サイト、確認しました。何というか、想像を絶する所のある経歴ですね(汗)。それはともかく、削除されたところは復活させておきました。PANDA 2006年12月15日(水)22:12C)
銀狐の信憑性について
銀狐が実在した人物かどうかは、その項目ですでに議論が存在します。日本語ではまだ翻訳されていませんが、複数の人物に関する回想録に言及があるようですので、実在したと考えて宜しいかと。Adom 2008年7月5日(火)12:24(UTC)
え?、立喰師だったって言うのはともかく、キューバ革命に参加しただとか、バートランド・ラッセルの愛人だったとか、メイド喫茶のオーナーだとか、実在の人物って言う方が無理でしょ(笑)。lain 2008年7月5日(火)18:10(UTC)
余計なお世話だ。ノー・パサラン! ロザリタ・ワシミネ 2008年7月5日(火)22:32(UTC)
●アメリカの選択
■マクセル・ビアリストック
▲アメリカ
当初の予想以上の激戦となったアメリカ大統領選挙は、共和党ニクソンの勝利に終わった。結局米軍主力が無事で、大阪も陥落しないと解った時、多くのアメリカ人にとって極東というのは遠い何処かの話でしか無くなったのである。
それよりは(南部にしがらみが少ない分)国内の積極的な改革を推し進められそうなニクソンを選ぶというのがアメリカ大衆の意見であった。
この結果と日本戦線における一時的膠着を受けて世界は一斉に動き始める。
その結果はマクセルにとっては聊か不本意ではあった。戦争というショウを盛り上げるために働いた彼にとって無関心は尤も応える。更にそれによって講和の話が予想以上に急速に盛り上がったことで、日本へ俳優派遣などの予定も大幅に予定が狂っていた。その対応で行くはずだった日本出張もキャンセルしてアメリカ本土に残らざるを得なくなってしまったほどだ。
そのお陰か彼は別の機会を手にする。
「私に?」
NYのオフィスへと連絡が入ったのは大統領が決まってから3日ほどしてからの事、次期共和党政権は業界の寵児にして問題児に政府ポストを提示してきたのである。情報宣伝担当の国務省ポストであった。
「光栄ですが、お断りさせていただきます」
それまでどちらかといえば「うさんくさい職業」であった演劇プロデューサーが、こうした役職に登用されるほどに認知されたことは、内心で喜んでいた。しかし、マクセルはそのオファーを断り、より手堅い者の名前をいくらか示した。
「俺みたいな愉快な人間に務まるわけねぇじゃねえか」
電話を切った後にそう言ってショウは続くよ、世界がある限り。と嘯きながら
マクセルは夜のブロードウェイへと駆け出していった。
※彼は生涯、演劇業へその才能を使い尽くした。自分の経験を元にしたへっぽこプロデューサーがひょんな事から世界を動かしてしまう「プロデューサーズ」等の代表作を残す。
●前哨
■盛田/キニスン
▲香港
世界中から要人の集まる会議において、ホスト国の準備は非常に忙しいものがある。周辺の国から応援の人員が借り出されることもしばしばである。キム・キニスンもその一人だった。
アンチロシアプロパガンダにも一定の成果を収めたせいで、キニスンはアジアにおける情報のスペシャリストとして、意識をされ始めていた。英国は彼に香港会場の安全確保を命じた。
「東日本から妙な男が来ている?」
「はぁ、なんでも自称、トランジスタラジオのセールスマンと言っておりまして、通信機を各国関係者や報道に配っているとか」
「盗聴機の仕込みの可能性があるな。分解は?」
「それが、技術スパイ防止の為に禁止されておりまして…」
「連合側は受け取りを拒否するように命じろ、外交を扱うものが通信を相手側に依存するなど非常識極まりない」
盛田昭夫は目論見がほとんど達成されない事に苛立ちを覚えた。香港会議で小型化に成功した通信機器の利便性を各国に知らしめて、戦後の売り上げにつなげようと思っていたのだが、どの国も通信機器の受け取りを拒否したのである。これは外交的には当然といってよい扱いではあったが、その背景に東日本政府に対して根強い不信感が各国間に残っている事を盛田に知らしめた。
「モノを売ろうと思ったら、まずはその国に対しての信頼感が欠かせんな…一つ勉強になった。ひとつ顔つなぎだけでもしておくか」
盛田は今回の直接の成功を諦めて、一介のビジネスマンとして各国への人脈つなぎへ傾注することとなる。この時の経験が彼の会社を多国籍企業へと発展させていくことに繋がるのだが、それは後の話となる。
●香港停戦会議
■後藤/高木
▲香港
香港で後藤を出迎えたのは独逸外相カナリス、米国務長官ダレス、英国宰相イーデン、ロシア総統ベリアという早々たる面々であった。会議開催の火付け役であった後藤は戦況を戦時の宰相として最後まで、戦争指導を行っていた為に最後の現地入りとなっていた。
「遅れて申し訳ない、私が最後ですか?」
その場の全員が解する英語で後藤は問うた。
「いいや、あと一人主賓が残っている」
ホストのイーデン首相が答えた。戦時だけに各国とも機密保持には厳格で、ぎりぎりまで出席者も出席時間もわからないという状況の会議ならではだった。
「来たようだな」
カナリス外相が遠目をして言った。ジェット機2機に護衛された旅客機が接近中だった。
「遅ぅなりましたなぁ」
旅客機から降り立った石橋湛山日本国首相は、しっかりとした足取りでテロップを降りてきて関西弁で挨拶した。
「お加減が悪いと側聞したのですが、回復されたのですか」
流石に驚いた後藤が問うと石橋は楽しそうに答えた。
「半月ほど休んだし、少々、口が悪くなっただけですんどるわ。誰かが私の回復を祈ってくれたお陰様ということかもしれんね。大体、会議始める前に格負けしたら話にもならへん」
石橋は格別の回復をもって香港へと出てきた。幸いにも国内的な調整、庶務といった事を、三木首相代行以下の各官に押し付けて、休むことができたおかげとも言えた。内政的な紛争も共産党が内閣支持を打ち出したまま、沈黙しているお陰で一息つくことが出来ている。
石橋が話し合いの立場を固めた事に、後藤はいくらかの安堵を覚えつつも、不屈の石橋の様子に厄介な交渉相手になるという直感を感じていた。
☆
後藤が切り出す。
まずは停戦線ですな。現状の線でも構わないが少し入り組みすぎている。 ここは福井・滋賀・愛知以東をわが国とする事で承知願いたい。 非武装地域は停戦線から東西に5km、計10kmということでどうか。
少し待ってくれ、高木君、それで軍事的にはどうか?
石橋は控えていた高木惣吉に尋ねた。領土を削られる側としては、鷹揚に返事はできない。
こちらは桑名が、あちらは大津がその中に入りますな。 事実上、湖西には軍は入れなくなるでしょう。
なお京都ならびに名古屋の市街地にはかかりません。
なら構わない、東日本の提案に同意する。
次に捕虜返還ならびに拉致被害者問題だが、わが国は兵士ならびに国民保全の義務があるからして――
ところで私は貴国の国民なのやろか?確か本籍は山梨やし、最終居住地は秋田のままになっとるはずやろうけど。
私を強制的に送還して貴国で歓迎してくれるもんかいな?
…それとこれとは話が違う、貴方は自ら望んで西へ渡ったのであり――
切欠は常に突然なもんや。貴国の「浚われた」人の中にだってそういう人が居るかもしれないやろ。わが国は自由を最大限尊重することを国是としている。
では、返さないというつもりか。
何もそこまでは言うつもりは無いのや。兵士は国際法に基づき全員返還する。
民間人については原則全員返還するけども、亡命希望者には特別な措置を認めていただきたいのや。
…了解した。ただし第三国による検証団体の設置を要請する。
それで構わんよ。
拉致に関わった者の国際的な処罰を行いたい。
当時愛知・岐阜全域はわが国の占領下にあったのや。故にこの時の一切の犯罪については日本国法が適用される。日本国内の手続きによって処罰を確定する。
仕方ない。わが国の国民感情に配慮した厳正な処罰を期待する。
私がそれを約束することは出来ん。司法権は独立しとるからな。
戯言だった。聞き流してくれると有難い。
最後に外国軍についてだが―
それについては我が国より提案がある。
ダレスが発言する。
わが陣営は地上部隊の展開を沖縄、長崎県のみとし、その他に航空基地は岩国に限る。貴国もそれに見合ったものにするのはどうか?
カナリスが応じる
わが陣営は部隊を北海道、宮城県のみに展開し、その他に航空基地は佐渡に限る。これでよいかな?
よろしかろう、尚米英日韓では北東アジア条約機構を結成し、共同防衛関係を築くが異論ないか?
貴国らの内政的問題に干渉するつもりは無い。
大国同士が話しをまとめた末に石橋は確認をした。
そういうことで東サンは異論あらへんか?
特に申し上げるべきことは無い、承知した。
領土・捕虜・外国軍という主要な論争が首脳合意によって決着がつくと、非常に短い時間で香港停戦条約は各国によって締結された。
各国の首脳はすぐさま自国へと帰っていく、彼らはこれを国内承認するという作業に取り組まねば成らない。どこかの窓際大臣と異なり、極東の片隅で遊んでいる暇は無いのだった。
別れ際、空港で石橋に握手を求めた後藤は素気無く断られた。
「握手は無しや。後藤さん、我々は話し合う事は出来た。けど、我々が築けた関係というのはそこまでや。握手はお互いの国を認め合える日までとっとこう」
「そうですな、お互いその日まで長生きをしましょう。我々の後進がそれを実現してくれることを祈って」
停戦によって一旦は止んだ戦争ではあったが、それは休戦であり、終戦ではない。国家承認、国交回復という重大な問題が二国に間には横たわっていた。
「達者でな、後藤さん」
「お元気で、石橋さん」
そういって彼らは別々の飛行機へと乗り込み、今や平和の空となった日本の空へ、二筋の飛行機雲を描きながら帰っていった。
●ほんぶんをつくす
▲服部卓四郎、白石海斗
■東、東京
「どうも、ご苦労様でした」
大日本帝国の陸軍参謀総長、服部卓四郎大将は、丁寧な言葉遣いで目の前に立つ男をねぎらった。木訥だが、目に力のある男…白石海斗は、戦時のみの臨時昇級とは言え、服部と同格の陸軍大将だったからだ。
もっとも、宣戦から事実上の停戦まで、最前線で戦い続けた指揮官としての経歴は、例え同格でなくても服部に敬意を抱かせるに十分だっただろう。
「いえ、結局は目的を十分に果たすことが出来ませんでしたし」
白石は気が重そうな口調で答えた。
「義勇軍の方々のお力をお借りしながら、敵軍の殲滅は敵いませんでした」
白石は、10月に発動された大日本帝国の限定攻勢で、帝国陸軍を代表する北陸方面軍司令官だった。結局、限定攻勢は一度は一部の敵軍を滋賀に包囲したものの、海空戦の影響を大きく受けて、最終的には京都を奪回され、ぎりぎりで解囲した敵軍は撤退に成功している。
もっとも、もともとは「敵軍の殲滅」よりも「敵軍の戦力減退」に作戦の重点を置いていた服部からすれば、自軍の損害はともかくとして、敵陸軍に甚大な損害を与え、さらに滋賀・丹波をほとんど制圧したままで停戦に持ち込めそうな現状からすれば、十二分に成果は上がっているのだが、白石は表情からすると、本当に「本分を尽くすことが出来なかった」と、そう思っているらしい。
「そんなことはありません。もともと、西の反撃が成功したのも、海空の戦闘の結果が影響していますし、貴官も、麾下の軍も、頑張り、そして結果を出していると、私は思います」
心から思っている言葉には真実が宿るのだろうか。白石は、微かに顔を綻ばせた。
「どうやら、貴官も貴族の仲間入り…ということになりそうですよ」
服部は、内示されている白石の爵位授与について口にした。白石の表情が、困った方に動く。
「爵位ですか。もともと私は代々、商家の生まれで…何とか、辞退できないでしょうか」
「陛下からの賜り物ですから、そうも行きますまい。」
それを聞いて、ますます困った顔になった白石を見て、服部は思わず笑い声をあげた。それは、彼にとって戦争が終わりかけている実感を伴った、初めての行為だったのかもしれない。
※服部卓四郎は、戦後は陸軍の顕職を歴任。市川浩之らの軍改革派を陰に陽に後援し、国防省の発足、統合参謀本部の発足などにあやかった…と言われている。
個人としては、しばしば過激な発言(軍統合がならないなら、この私が維新を起こす! など)で斯界を賑わすことで知られた男でもあった。
※白石海斗は、戦後は参議官となり、そうそうに一線から退いた。陸軍大将、勲二等、子爵にまで上りながら、退官後は一介の商家の主人(文房具屋「尺屋」)として静かに過ごした。
●シニアサーヴィス
■ヒュー=トマス=ジェフリーズ ブータニア=ニューブリック=ゴッドール パトリシア=エドウィナ=ヴィクトリア
▲ホーン岬
「ゴッドール君、我々は義務を果たすことができたのだろうか」
夜、人気のない<インディファティガブル>艦橋で、司令官席に座ったジェフリーズが小声で呟いた。
「義務、ですか」
「大英帝国に往時の栄光は最早ない、或いは今後衰えるばかりかもしれん。私はそれを少しでも食い止めようと思ったのだ。影響力を維持するために政治向きのことで走り回り、一時的とは言え過大な出兵を本国に要求した。そして何より、多くの兵を犠牲にした。それらを代償にして、私は義務を果たすことが出来たのだろうか」
ジェフリーズが再び倒れたのは日本海でのことだった。
第2次山陰沖海戦にて失われた、軽空母<トライアンフ>以下日英米海軍艦艇の乗組員を弔うため、本国への帰還の途上、英極東艦隊はあの海域に立ち寄ったのだ。
駆逐隊司令ヴィクトリア中佐が花束を投げ入れ、アメイジング・グレイスが演奏された。そして全ての儀式が終わると同時に、ジェフリーズは甲板に倒れたのである。艦隊の指揮権を次席のゴッドールが引き継ぎ、ジェフリーズは司令部と共に、居住性の良い<インディファティガブル>に移された。
とりあえず起き上がれるようになったジェフリーズは、艦橋で艦隊を眺めていることが多くなった。
「――閣下は間違いなく義務を果たされました、小官は確信いたします」
「兵に感謝しよう、私は満足だ」
椅子に腰掛けなおしたジェフリーズはその目を閉じ、そして二度と開くことはなかった。
ゴッドールは帰国後に電子戦畑の第一人者となり、後に艦自体のレーダー反射低減を主眼としたクローキング・シップ構想を推進する。さらに光学迷彩などというものにまで手を出し、日本で拾った捨て猫を膝に乗せて一席ぶつ彼の姿は、海軍省の名物になったという。
ヴィクトリアは英海軍初の女性将官となり、第三海軍卿まで上り詰めた。現在に至る商船隊の助成、日英共同開発の制海艦計画、アーセナルシップ計画などは、ジェフリーズの遺訓を受けた彼女の主導によるものである。
●ほうこく
■吾妻由乃
▲筑波
死亡通知が届いたのは、停戦が発表された直後の事であった。
夫の帰りを待つ妻の希望は、一瞬にして絶望の底へと叩き落された。
「ご苦労様でした」
気丈に役人を送り出すと、萩野若菜はその場で泣き崩れた。
悲痛な声に娘と世話をしていた由乃が駆けつける。
『萩野社さんは、11月18日、滋賀県上空の空戦にて名誉の戦死を遂げられました。謹んで弔意を申し上げます』
覚悟の堰を破って、由乃の目に涙がこみ上げてきた。しかし、由乃は懸命に声を押し殺した。―私が、彼女達以上に泣きはらすわけにはいかない。
そっと流れる涙をぬぐい。家を出て、母娘の嗚咽が止むのを待っていた。
葬式というのは生きた者の為に行われるというが、式の取り仕切りをやっている間、悲しみは一先ず考える間もなかった。萩野社の葬儀には、折しも終戦で軍人が暇になったこともあり、翼を並べた戦友、指導を受けた部下ら多くの者が駆けつけた。「萩野家預かりの親戚の孤児」として受付を行っている吾妻由乃に、ある者が声をかけた。
葬儀が終わりを告げた時、娘は母に聞いた。
「おねーえちゃん、何処?」
本来、その場に居るはずの由乃が消えている事の意味に若菜ははっとした。
香典は大丈夫だろうか、と。
受付で香典を監視しているのはなぜか、着物を着込んだ白人の女性だった。
「ああ、ヨメ様ですか。私はヘギーの副隊長の…」
片言の日本語で受け答えする女性の紹介を遮り、若菜は由乃の所在を訊いた。
「ユーノにこれ預かった」
『答えてくれた人がいました。今、会いに行きます』
母の剣幕にようやく追いついた娘がもう一度問う。
「ねー、おねーえちゃん、何処か行ったの?」
追いかけようか、とは思わなかった。本当に待ち人が来たのか、それとも居心地の悪さを感じて出て行ったのかはわからない。しかし、自らが進む道に地獄しかなくとも、彼女は進むべき道をたがえることは無いだろう。彼女を見ていた若菜はその強さを確信していた。
「お姉ちゃんは王子様に出会って行ってしまったの。
戦争に翻弄され続けた少女は、王子様と出会い幸せに暮しました。
めでたしめでたし」
せめて、そう信じることくらいは、この戦争に倦んだ国に生きる
私達にも許されているのではないだろうか?
●新たなる火種
■セーロフ フルシチョフ エリツィン ラスプーチン ハンス・オスター
▲オムスク
エリツィンは己の不明を今更ながら後悔した。上司から預かった仕事が、あのラスプーチンの監視となれば、人生を振り返りたくもなるものだ。まともな世界よ、さようなら。ステキな言葉が降りかかってくる日々よ、こんにちは。
そして、ラスプーチンは、と言えば…
「こんなお手紙をとっても親切な人からお金と一緒にもらったぞ」
『君の思想を露西亜だけに留める事は無理だろう。
君の力を自由と平等のために役立ててみてはどうだろうか?』
「あの…一体何をシタンデスカ」
「いざ、南国! 平和、独立、勝利をモットーに盛り上げに行くぞ。
万国の民族主義者よ、団結せよ!合言葉は『どぅ!』だ。さあ逝くぞ弟子一号」
☆
「厄介者をロシアから追い払えた事は歓迎すべきだが、将来が聊か不安になるな」
フルシチョフからラスプーチンの処理を聞いたセーロフはそう零した。
「ええ、中央アジアで我々にも跳ね返ってくる問題ですからな」
「だが、それ以上にドイツの広大な領土が不安定になれば…」
「それ以上は我々が、真のロシア人になってからの話としましょう」
☆
「かつての約束が違うようだが?」
独逸第三帝国外務大臣、ハンス・オスターはハイトリヒに低く凄んだ。
「あの有名なシベリア人とよく似た名前のポーランド人は、ポーランドの独立を画策している。これは純然たる国内問題だ。そしてラスプーチンなる男がロシアからいかなる行動を命ぜられているかは、両者の取り決めによって我々の関知することではなくなっているからな」
白々しくハイトリヒは肩をすくめた。
「ああ、独逸に来ていたら実に楽しく歓迎してやったものを、まさかラオスで独立運動を仕掛けるなんて、我々の管轄外だからなぁ。実に残念だ」
総統はしらけ気味の場をこう押さえた。
「まぁ、ロシアにはやらせておこう」
かくて次の火種は蒔かれた。その火種がいつ燃え盛るかはまだ誰もしらない。
●辞任
■石橋/井上/吉見
▲大阪
帰国した足で官邸入りして、久々の政務復帰を果たした石橋に井上は辞表を提出しようと面会を行った。
無言で懐に手を伸ばす井上に
「その必要は無いよ」と石橋は手をかざして押さえ込む。
どうにも習い性となってしまったようだ、とつい手をかざす自分の癖を自嘲って
石橋は自らの懐から辞任演説の原稿を取り出した。
「私が辞めればそれは必要が無いからな」
井上はその言葉を無感動に受け入れた。
自分もこの首相も、新たな時代を築くには既に疲れすぎることを知っていたからだった。
第三次大戦、日本戦争と祖国に降りかかる惨劇を、二度も防ぎえなかった無力感は二人ともに共有していた。
「共産党は早期の議会解散を主張しているし、どの道内閣は持たんよ。
停戦の成立を前提に皆は動き始めていたからな。議会は解散する。まぁ婆を引いたのは我が党だけということやね」
「首相はどうされる御積りで?」
「政治はもう辞めだ。三木君や石田君に後は全て任せる。これからはやりたいことだけやって、長生きをすると決めたんだ」
「お疲れ様でした」
「ご苦労だった」
☆
「君まで辞める筋合いはなかろう。
君の言い出した日英米共同開発の戦車計画も、対戦車ヘリの開発もまだ始まったばかりだというのに」
吉見国防省副局長もまた次官に辞表を提出していた。
「まぁ、このままだとあまりに将来が不安ですので」
「オイオイ、例の件は全て貝塚の単独犯ということになっている。君には累は及ばんよ」
次官に対して、吉見は見下した視線を覗かせて言った。
「そんな事ではなく、次の政権にもこの国の国防が解っている人が居なければなりません」
次官は吉見に嫌悪の念を剥き出しにして吐き捨てた。
「…なるほど、よく解った。何も言うべきことは無い、勝手にしろ」
吉見は次官の言葉を聊かも気にせず、回れ右をして次官室を後にした。
終戦間際の混乱は吉見にある決意をさせていた。
●ドキュメント
■宮嶋シゲキ
▲新潟
今日は絶賛復興中の名古屋の様子をお届けしよう。
さて、不肖宮嶋、こちらで帰ってきた来た人達に西側の様子を取材しているのだが、これが案外と悪くない待遇であったそうな。
わが国では極悪人扱いの貝塚修であるが、京都での損害についてはその市街破壊への配慮から国民兵の投入を阻止したり、あれで配慮をした節が見られる。
その姿からは非情を装った小心さが見えてきそうだ。
名古屋も町の損害はひどいものだが、人命の損害率はかつてシベリアや朝鮮から引き上げた日本人よりはかなり少なかったそうな。
そして、飯と寝る所だけは与えてくれた西の生活と、住家も満足に与えてくれない故郷の生活を見たとき、名古屋の市民たちは何を思うだろうか。
●解任
■後藤/馬渕
▲新潟
「政府としてはこの戦争に特段の功をあげた陸海大臣に対して叙勲の願いを出すこととする」
後藤の言葉に、閣議の席で満足げに頷く両大臣に馬渕は嫌悪感を覚えた。最低でも子爵、覚えがよければ伯爵だろうという声もあがっている。見境もなく戦争をはじめ、馬渕の足を引っ張ること数知れない彼らのみが評価される事は釈然としない。そもそも勝ったと言い切れない戦争で爵位が乱発されるようならば、これをまねする莫迦が沸きかねない。
「叙勲の暁には、より国政を広く見る立場に就いてご助言をお願いすることになると思う。宜しくお願い申し上げる」
後藤はそう言って頭を下げて、彼らが去った後の内閣改造について語った。
「それで馬渕君、君は次の内閣で外すことになった」
後藤の言葉はあまりにも平易だった。ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべつつ陸軍大臣が皮肉を言う。
「復興もろくに出来ないような大臣は務まらんよ、早々に去れ」
「後任は新潟市長の田中角栄君を当てることとする」
「…若すぎやしませんか」
馬渕は呆然とした声で辛うじて批判を口にした
「新潟の防空体制作りで非常なる功績を挙げている。構想力もある。駄目ならまた代えればいい。今は戦時ではないのだから」
政治の常と心得てはいたが、口惜しさが募り、閣議の後で馬渕は後藤に詰め寄った。
なぜ自分は叙勲も大臣の椅子も追われねばならないのか。
「私は君を首相にしたいと思っている。君の王朝ではなく、な」
「ならば、なぜ今、軍需省から引き剥がすのです」
「君に軍需省を任せれば、確かに君は効率よく働くだろう。
しかし、それでは君が首相になるころには、
擦り切れ、更に人の恨みを買い、君の言うことしか出来ない取り巻きばかりになってしまう。
それは首相ではない、唯の独裁者だ」
「…つまりは少し頭冷やせと」
「華族の戸主は衆議院の被選挙権が無い。君は華族ではない。そういうことだ」
「貴方に、首相の席は勝ち取るものだ。と言う資格があるかはともかく、趣旨は理解しました」
「うん、この戦争で我が国には三つの課題が残された。軍制改革・他国の干渉・西との国交だ。
一つは私でケリをつけ、一つには着手する。残りを片付けるのは君を置いて無い。期待しているよ」
そう言って後藤は静かに頷くと、馬渕に退出を促した。
馬渕が去った部屋で後藤はそっと一人ごちた。
「…君が残っていたら軍部改革なんてできるものか、ミスター軍需省」
●産業人たち
■井深・白州・永山
▲阿蘇
白州次郎は停戦終結と同時に、財界から身を引いた。
石橋や井上同様に自分の国を襲った惨禍を防ぎえなかった己を処すると共に、
くだらない政争を引き起こした民主党に、 戦後の復興を委ねたこの国に対して失望を覚えたからだった。
政治中心にアクセスの便利な三田の邸宅を人手に渡し、
阿蘇への引越しを決めたのは、その決心の固さをあらわしていた。
「ここなら、要塞の中に逃げ込めば、しばらくは生きられるからな」
という白州の言葉が妻の随想に残されている。
田舎暮らしの馴染んだ白州の家にも時折、客はやってくる。
中でもにぎやかなのは、九州の炭鉱屋の一家だった。
第三次大戦の頃からの知己であるし、既に第一線から退いた白州にとって
数少ない情報の提供源であった。 そして数少ない子供連れの客でもあった。
その子供が大人たちが会話している横で、熱心に本を読んでいたのをある時
白州が目に留めた事が、日本国に新たな産業を作る大きな力となっていく。
「なぁ、坊主。その漫画ってやつは、そんなに面白いのか」
☆
石橋政権の要職についていた者の多くは、彼ら同様に隠遁するか
野党人として出直した。
吉見は政治家に転進し、岸民主党政権下で防衛政務次官に就任した。
防衛大臣の急死によって補充で防衛大臣に就任。
一期を務めたが、官僚との衝突を引き起こして辞任し、
後に白州の設立した日本副文化財団理事に就任。
間際の言葉は「見えるぞ、日本が世界を燃やし尽くす日が」だったという。
当時は元防衛大臣の核保有願望かと一部で騒がれたが、後世に別の解釈を生んで議論を呼んでいる。
☆
永山は経済界へと残り、日本の産業復興に尽くした。
後に映像記録媒体で西日本の押すVHSと東日本のβの戦争が起きた時、
永山は経済界一体となって、白州の遺産を含め、
あらゆるコンテンツを増やす戦略に出て優位にたったという。
☆
井深は戦後は内閣から離れ、盛田と共に電子機器を扱う会社を正式に立ち上げる。その品質は次第に世界へと認められるようになった。
彼の会社は積極的に西側との規格競争を引き起こすことで有名であり、
どの規格を使うかで、陣営が決まると言われるほどの影響力を発揮した。
●腹心たちの戦後
■野田/遠田
▲新潟
「オスターに先を越されたか…」
カナリス外相は独レンテン銀行総裁へと栄転し、ドイツ経済界への浸透をはかる事になった。
後任には当然に腹心のハンス・オスターが任命された。
遠田としてはよく知った人間が外交責任者として、政権で重きを成してくれることは有りがたかったが、
そのお陰で気苦労の多いドイツ大使が長く続きそうだというのは、いささか気の重い話であった。
遠田の予想は当たり、結局、後藤政権を通して遠田は駐ドイツ大使に留り、
室蘭基地の独露駐留問題、経済関係、兵器共同開発といった問題にとりくみ、
利害衝突点の多い日独関係を、円滑に保つよう細心の注意を払った。
遠田は後に後藤の後任者によって外務大臣へと任命される。
その時の交渉役として遠田の名前は世に記憶されることとなる。
野田松之助も又、軍需省に残った。
当初は抵抗したが、田中の説得に従って、軍需省の解体に取り組む事となる。
権益の多くを軍需省は失うことになり、後の国防省設立の助走となったが、
野田はその過程を逆手にとって、各官庁に気脈の通じた部下を送り込むことに成功し、
軍人の退官後のポスト配分権を獲得し、官界に多大な影響力を持つことになる。
後に無所任大臣として入閣し、「影の国防大臣」と呼ばれた。
馬渕の最大の政治的ライバルへと成長した田中の政治生命を断った
「ハインケル事件」暴露の影には野田の暗躍を指摘する声もある。
●栄誉
■アーレイ=アルバート=バーク 土方龍
▲1963年 日本国議会議事堂
前合衆国海軍作戦本部長アーレイ=アルバート=バーク退役大将は議長に一礼した。正面に向き直り、彼を推薦した二人の男、元日本国海軍軍令部総長草鹿任一退役大将、日本国海軍防衛艦隊司令長官土方龍大将の姿を視界の隅に捉える。
日本戦線における功績を評価され、帰国後のバークは海軍作戦本部長に抜擢された。対艦ミサイル飽和攻撃を実地に体験した彼は統合防空システム開発を推進し、それは後にタイフォンシステムとして結実するが、現在のところそれは道半ばである。3期に渡る本部長職を経て退役したバークは、懐かしい名前の手紙を受け取った。あの戦争での活躍と海軍再建への尽力を称えて、勲章を贈ろうと言う話があるがどうだろうか。
二つ返事でそれを了承したバークは、正式の通知を待って再び日本の土を踏んだ。かつての敵国からの感謝と賞賛の証を、彼は他のどの勲章よりも貴重なものとして受け取った。96年に彼が死去したときに遺言によってその棺に入れられていたものは、日本国議会自由勲章と、日本で手に入れた『エリア88』なる漫画本だけだったという。
土方は停戦後、海軍兵学校校長、海軍軍令部次長を経て現職に、実質的には停戦当時と同じ地位に戻ってきた。彼が育成した士官たち、そして計画した艦艇によって、西日本海軍は再び蘇りつつある。あの戦争以降に海兵に入校したものたちが現場の主力となり、モスボール化が決まった戦艦<大和>に代わり、<冬月>型を始めとする新型艦群がその姿を現しているのだ。
海軍の建設、再建とは数十年のスパンが必要なものであり、土方が現役のうちに全てを終えることはできない。その点はバークと同じだだろう。
彼らは常に正しかったわけではない。しかし、ベストを尽くしたことを否定するものは誰もいなかった。
●ある晴れた日の事
■貝塚修
▲大阪
10年あまりの歳月を経て、貝塚修は久しぶりに大阪の市街を充てなく歩いていた。
町並みは彼が此処を守ろうとした町並みから、大きく変わっていた。
かろうじて、場所が解るのは通りの名前のみで、
大通りに立ち並びつつある高層ビルディングが、町の印象をどこか遠くの国のように思わせる。
ビルの合間に見る空は、刑務所の塀の中と同じように狭苦しく見えた。
ひところと変わらぬ煙った薄曇、阪神工業地帯の活況の余波である。
――
国家がスケープゴートを必要としている、と自覚した貝塚は出頭し、
名古屋における命令は全て貝塚の一存であったとして処理された。
数え切れないほどの罪名が彼に科せられた。
貝塚は一切の言い訳を行わず粛然と罪を被ったが、自首による減刑でどうにか死刑は免れていた。
大赦を言い渡され、唐突に娑婆へ放り出された貝塚には行くあては無かった。
かつての家族の行く先は知らされていない。
彼の身も使命感に燃える中堅官僚から、初老を間近に控えた、くたびれたただの男に成り果てていた。
――変わるものだ。
全てが過去に押し流されている事を感じざるを得なかった。
テレビでは二人の老人がにこやかに握手を交わしていた――
●瓦礫の山の中、小さな輝きをいつか
■大勢
▲世界各地
航空本部総長、空軍大将。それが、大日本帝国空軍の発足による、加藤健夫の新しい肩書き。
「……困ったな。私は、政治は苦手なんだが」
「それで良いのですよ、今は。空軍を独立させ、更に陸・海軍省や軍需庁を纏めて国防省にしてしまうなどという大鉈が振るわれようとしている時に、何もしない方がいいです」
山本五十六が航空戦力損耗の責任を一人で背負って官を辞した後、いつの間にか祭り上げられていた加藤のぼやきを、祭り上げた側の猪口力平が軽く流した。
軍令の加藤、軍政の猪口。このコンビによって、揺籃期の帝国空軍は統率されていくことになる。
☆
「統一できなかったのは、痛かったな。おかげで、いつ果てるとも分からぬ軍拡競争をせねばならん。だが、戦いが永遠に続くのなら、永遠に勝ち続けるだけだ」
衆目の一致するところ最適な人材として、航空幕僚統監部に引っ張られた阿賀野守は、第1戦闘爆撃機大隊離任に当たり、最も信頼する部下である柚木浩太にそう漏らしたと伝えられる。
そして、新しい戦場で阿賀野は、寿命を削って自らの言葉を実践した。防空網整備。軍令組織整備。機体更新。その為の予算獲得。言葉にすれば容易いが、そのいずれもが、本来なら一人で可能な仕事ではない。
東西国交正常化があと一年遅ければ、過労死していただろう……最終的に航空幕僚長まで務め上げて退役した阿賀野は、晩年に取材を受けた時、笑ってそう答えている。
柚木は航空団司令で退役する。学歴偏重国家にあって、叩き上げとしては出世した方と言えよう。
☆
アメリカ戦略空軍は、空軍の一部ではあるが、核兵器を運用可能であるが故に作戦指揮権が事実上独立している(この特権は後に失われ、組織自体も戦略航空軍団と改称される)。
それを牛耳るカーチス・ルメイは、第五空軍司令官へと栄転するスタンリー・T・サイラスに、心底不快げに吐き捨てた。
「全く。俺が有能だと思う奴は、どいつもこいつも空軍に戻りやがる。何故もっと戦略爆撃を楽しもうとせんのだ」
「……どうにも、気が抜けてしまいましたもので。エネルギーのいる仕事は、若い者に任せますよ」
遠い目をして、サイラスは言う。それは、やり遂げた男の顔だった。
「ジョゼフ・ラインハートという男がいます。今は一介の大尉ですが、いずれ、私などよりずっと、国家と戦略空軍に貢献してくれますよ」
「覚えておこう」
この会話から、ラインハートの出世は始まる。そして、B1の開発に関わり、歴史に名を残すことになるのだが、それはまた別の話。
☆
「情報の量だけあっても仕方がない。分析が大事なんだ」
偵察機部隊が事実上存在しなくなった東日本で、葵角名は開き直ったかのように情報処理能力向上に打ち込んだ。
そして、自動管制組織……レーダー基地や早期警戒機の情報を総合してスクランブルをかける、防空管制ネットワーク……の構築に大きく貢献するのだが、それはまだ先の話。
☆
本人の筑波戦闘航空団時代からの日記などをベースに、荻野社の人生を纏めた一冊の本がある。タイトルは、『群青の空を越えて』(西日本では『幻想の河を越えて』)。
著者は彼の妻である萩野若菜(ただし、「実際は彼の戦友達が多数共著したが、その全員が、印税を彼女と娘に渡す為に名前を伏せた」とするのが定説になっている)。
ともあれ、「俺達は、何の為に戦い続けているのでしょう?」という同じ文章で書き始められ、結ばれるその本は、伝記文学としては吉川英治の『宮本武蔵』以来のベストセラーとなる。そして、その末尾に書かれた、(何の為に戦っているのかを忘れてしまうから、戦争が終わらないんじゃないか? 目的を達する為の戦いではなく、戦いの為の戦いに変質していないか?)という根本的な疑問と、遠い理想……武力ではなく経済によって東西日本のみならず世界を一つにするという壮大な夢は、統一を求める人々に(時に意図的な曲解をされつつも)大きな影響力を持つことになる。
「生きて隊を束ね、死して国を纏めた」……後世のある歴史家は、萩野をそう評した。
☆
楳澤三郎が軍を退いて興した整備工場は、Me1112(MiG21)以降で採用された吊下式機銃の特許権料によって、自らがメーカーへ発展していく。やがて、社名は楳澤技研工業と変わり、「世界のウメザワ」とまで呼ばれるようになるが、楳澤は生涯一機械屋であり続けた。
☆
当時の軍関係者で実業界に回ったのは、楳澤だけではない。
VHSとベータの争いに限らず、国交正常化以前は(多くの場合それ以後も)、東西間での経済競争において著作権問題など頭から無視された。世界で最も模倣と改良に長けた民族が、ルール無用の盗作合戦をしたことが、科学技術を大きく発展させた……と、ある歴史家は皮肉を込めて語る。
その一例として、名古屋市西区在住の正村竹一氏が発明した、「庶民の娯楽」に関する技術がある。名を、パチンコという。
樋口慶二は退役後、そのメーカーであるサミー工業株式会社に転じた。1999年6月25日、退職。最終階級常務取締役。
☆
平和な空を多くの人に味わってもらいたい……大宮宗一郎は、その思いで退役し、民間航空に転じた。そして、東西国交正常化後、直航便のパイロットとして、最初に大阪の土を踏んだ東日本人となる。
「生きていればこそ、新しい時代も見られる。それにしても、大阪へ直航できる時代が来るとは思わなかったな。願わくば、俺の生きている間に、『国内線』になって欲しいものだ。戦争なんかなしに」
それは、大宮の、いや、戦い続けた全ての人の、心からの祈りだった。
☆
帰国したイヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブは、「航続距離重視・ミサイル重視」、そして核保有によるドイツからの自立を目指した軍制改革に携わる。
ロシアの現状を鑑みて四半世紀という長いスパンを与えられたその計画は、決して実現不可能な絵空事ではなかった。
その為には、今はベリヤに、その死後はフルシチョフ、その次は……という具合に権力者へ追従していく必要があるだろうが、コジェドゥーブにとっては構わない話である。
どのみち、本質的に『良き共産主義者なウクライナ人』であるコジェドゥーブは、黒く染まったウラル以東で生きていく為には自分を偽る必要がある。偽る度合いが少し増えるだけのことだった。
コジェドゥーブがアルカイック・スマイルの仮面を脱ぎ捨てる日は、まだまだ遠い。
☆
戦訓分析に没頭していた太田幸之助は、気が付いた時には、有為な戦術指揮官として欠かせぬ存在となっていた。
彼は、発足した次点で既に深刻な人材不足に陥ってしまっていた東日本空軍を、長きに渡って支え続けることになる。
●鎮魂
■貝塚武男
▲若狭湾岸
それは奇怪な鉄の塊だった。だがしかし、その往時の姿を知らぬものはいなかった。
かつて戦艦<武蔵>と呼ばれたそれを、貝塚武男は見上げた。彼の戦友がかつて乗り組み、放棄した艦だった。そしてその戦友は遥か沖合いに、この鉄塊の妹と共に沈んでいる。
或いは、戦友と彼の立場は逆であったかもしれなかった。賽の目ひとつで、自分が日本海で倒れていたかもしれない。
貝塚は瞑目した。義務を果たして散っていった男とその部下の為に、そして力及ばす助けられなかった兵士たちの為に、彼は祈った。
●海の家系
■藤堂進
▲1996年 日本海
「<有幸丸>?」
戦艦<大和>艦長藤堂進大佐は驚いたような顔をした。
「ああ、古いコンテナ船ですな。なんでも船会社に、あの有賀幸作提督の戦友がいたんだとか」
オペレーターの答えに藤堂は、ふん、とうなずいた。
「分かってるだろうが、一応こっちに近づかないように言ってやれ」
藤堂はその船のことを知らなかったのではなかった。有賀幸作は彼の父藤堂明と同じ、第2次山陰沖海戦で戦死した著名な軍人であり、生前の二人は交流もあったから、まんざら赤の他人と言うわけではない。もっとも、直接会ったことはなかったが。
「いつもどおりの定期便だな」
モニターを睨んだ藤堂は言った。
画面には演習を繰り広げる独露極東艦隊の艦艇、航空機が多数表示されており、挑発の一歩手前の行動を取り続けている。彼らの任務はその監視だった。
「<バルバロッサ>か。俺が言うのもなんだが、<大和>やこいつがまだ現役と言うのが信じられんよ」
藤堂明の立案による10・4・10・10艦隊計画は完成し、現在は第二世代の代艦が就役しつつあったが、その過程で無数の修正が加えられていた。
その最大のものが戦艦の復活であった。モスボールされていた<大和><甲斐>が地上支援に有用との理由で現役に復帰、さらにタイフォンシステムの導入によって、打たれ強い防空システムのプラットフォームとして近代化改装が為されたのである。このあたりの事情はドイツ側も同じであるらしく、戦艦<バルバロッサ>も<大和>のように、往時とはかけ離れた姿となっている。
「そういえば、あのフネの艦長は例のレヴィンスキー家の人間らしいですな。貴族階級とか言うやつですかね?」
オペレーターが茶化すように、独海軍総司令官の家名を挙げた。
「おいおい」
藤堂はにやりと笑った。
「確かにここ数代軍人ばかりだが、明治のころの俺の家ははただの貧乏士族だったよ。血は争えないってだけさ」
その血も俺で終わりだろうと、藤堂は思った。大学に通う彼の娘は宇宙飛行士になりたいと言って、いつの間にかアメリカ留学の算段を取り付けてしまった。藤堂は驚きと喜びを持ってそれを受け入れた。
「変針予定地点です」
「やってくれ、予定通りに」
数度の改装を経ても変わらない操艦性の良さを発揮しつつ、<大和>は針路を西へと転じた。
一週間後、演習とその監視は何事もなく終了、僅かに高まった緊張は緩和された。各国政府は声明を発し、自らの立場と、衝突を望まない旨の意思を婉曲に表現して見せる。
藤堂は小さな満足感と共に、妻と飼い犬の待つ呉の家へと急いだ。
●えんでぃんぐ
■たくさん
▲東西、世界中、時間軸もいろいろ
キューバは、ラテン系の多い土地だ。だから朝は遅いように思われているが、朝市はさすがに早い。そこを、一人の老人が歩いていた。
白い髪に白い髯。葉巻を加えた老人は、周囲の尊敬を受けているらしい。元気でざっくばらんな売り子の叔母ちゃんたちも、彼には明るいが丁寧な挨拶をしている。
「エル・チェ!」
彼を呼ぶ声と共に、少女が駆け寄ってきた。まだ幼い彼女を、老人は葉巻をさっと消して、満面の笑みと共に抱き上げる。
抱き上げたところで、彼女の目に店頭に置かれたTVが目に入った。異国の…黄色人種と思しい男たちが何か演奏しているが、彼女には良く判らない。そのエキゾチックな衣装と歌が、彼女の注意を引きつけただけだ。
「あれは、なに?」
彼女の指さしたTVを見て、老人は懐かしさで顔を一杯にした。
「ああ、日本(ヤーパン)のバンドだよ」
「日本?」
「そう、東洋の島国さ。島といっても、このキューバより大きいけどね」
「へぇ?、エル・チェは行ったことあるの?」
「あるともさ。勇敢な戦士たちと、そこで戦ったこともある」
そう言って、エル・チェと呼ばれた男…チェ・ゲバラという名前で知られるキューバ革命の英雄、のちには大統領も務めたことのある男…は、少女を肩に乗せて、歩き出した。
「懐かしいなあ。あの時は、大変だったんだよ…」
TV画面からは、男たちのうたっている歌が聞こえてくる。
“ばばんばばんばんばん”
☆
“ばばんばばんばんばん”
口元をへの字に曲げて、ジューコフ国防相はラジオを聞いていた。さっきまで忙しく手を動かして行っていた書類仕事も、いつしか手が終わっている。
彼の秘書は、いつも不思議に思っていた。厳格で徹底的に無能者を嫌う上司は、なぜいつもこの時間だけ、短波ラジオで仕事中なのに異国のバンドの番組を聞くのか? 彼が日本で以前戦ったことがあるのと、関係があるのか?
じろっとジューコフに睨まれて、慌てて彼女は仕事に戻った。
☆
“ばばんばばんばんばん”
「いや、この壺は良いものですよ」
アルカイックな、としか他国人には表現のしようがない笑顔を浮かべながら、瀬島龍三…背広を着て、如何にも有能なビジネスマン風に装っているが、目の鋭さがそれを裏切っているかも知れない…は、白い優雅な壺を差し出した。
広大なテーブルの向こうに座っている、黒と銀の華麗な制服に身を固めた男…フォン・シュトロハイムSS元帥は、ふん、と一つ鼻を鳴らす。テーブルの上に置かれているらしい小さなTVから、何やら歌が流れてきているが、瀬島からはその画面は見ることは出来なかった。
「また壺かね。たまには絵画とかも見てみたいものだ。ジャクチュウとかな」
そう言いながら、まんざらでもなさそうな表情で、シュトロハイムは壺を軽くはじく。ちーんと住んだ小さな音が、部屋に響いた。
「うむ、この壺は良いものだ」
眉筋一つ動かさず、シュトロハイムはそう呟いた。
☆
“ばばんばばんばんばん”
強いケンタッキーの日差しの中で、油まみれのつなぎを来た老人が、巨大な倉庫の中でごそごそと何か作業をしている。どうやら、第一次大戦で使われた戦車の整備をしているようだ。砲身からつり下げられたラジオから、歌が倉庫に響いている。
「やれやれ。もうちょっとで、爺さんの使ったこの戦車、動けるように出来そうなんだけどなあ」
この戦車博物館の有名館長、パットン3世は、顔に油が付くのも構わず、手にした布で汗をふいた。
☆
“良い湯だな あははん”
ちょうどその歌詞がスピーカーからかかった時、服部卓四郎は露天風呂に入っていた。軍を退いても右系の論客、いや黒幕として知られる彼も、家庭に戻れば一介の好々爺だ。息子たちに連れられて、家族旅行で青森の温泉に来ているのである。
「ふう」
ざばっと湯をすくって顔を洗った彼は、気持ちよさそうに息を吐いた。
☆
“湯気が天井からぽたりと背中に”
同様に、銭湯でその歌詞を聴いていた者がいる。白石海斗、現在は一介の文房具屋の親爺…は、脱衣所で服を脱ぎながら、TVの画面でうたっている男たちを見た。
「猪狩さんたちも、すっかり有名になったねえ」
元部下たち、という感覚がないのも、白石らしい。
☆
“冷てえな あははん”
ラジオからその音が響いた時、部屋の中は熱気が満ちあふれていた。
袖をまくった何人もの白人の男たちが、手書きらしい紙の地図と、その上に何やら書き込まれた小さな紙のチップを並べて、真剣にそれに見入っている。
「とりゃ!」
気合いと共に老人がダイスを振った。カップの中で乾いた音をたてたそれは、やがて6と5の面を上にして停まった。
「ジーザス…」
老人…タイアス=ボンバは天を仰いで嘆く。
「爺ちゃん、これで投了かい?」
青年がボンバににやにやしながら、話しかけた。
「何の、まだまだこれからじゃ。儂は日本戦線でもじゃなあ…」
ウォーボードゲームの試験プレイはまだまだ続く。
☆
“冷てえな あははん”
職員室は、昼休み、食事時だった。手にしたお茶をすする手を止めて、先生…渡良瀬という名の国語教師は、教頭の机に置かれたラジオから響く歌に耳を傾ける。
『東の番組を視聴しても、何の咎めも受けないとは、良い時代になったものだ』
そんな彼の思いは、声に出されることはない。わずかに、彼の目尻がつり上がっている程度だろう。
「渡良瀬せんせ?い。放課後の練習のことなんですがぁ?」
生徒たちの声が職員室に響き、彼はそちらの方に向き直った。
☆
“ここは琵琶湖の 雄琴の湯”
横井庄一は、運転していたトラックを道ばたに止めて、お弁当を使っていた。会社の社長になった後も、彼は時々ハンドルを握ることを忘れない。道楽に付き合わされる部下は大変だったのだが。
車のラジオから流れる歌に、彼は口元を綻ばせた。
「この人たちねえ、昔の仲間だったんだよ。まあ、向こうは結構お偉いさんだったから、仲間と言うより上司と言った方がいいのかもしれないけどねえ」
☆
“お風呂入ったか?”
ラジオから、彼にとっては騒々しい楽曲が聞こえてくる。
テーブルの上には、あれこれの書類が山積みになっている。特殊部隊と言っても、平時は(いや、戦時でもだが)書類仕事から逃れられるわけではない。男…大日本国陸軍、特殊部隊隊長の浪川武蔵は、お役所仕事と戦っていた。正直、こんな戦いだったら、黒部山中で東日本の追撃を受けている方がまだマシだ。
「まったく、こんなことなら、除隊すれば良かった」
彼はそう口にするが、戦争が終わっても、無頼な彼でさえ捨てきれない「絆」という奴が、あれこれと出来てしまっていたのだ。
「まったく、うるさい音楽だ」
そう言いながら、彼はラジオを切ろうとはしなかった。
☆
“歯磨いたか?”
扉を開けて、その老人は店の中に姿を見せた。何故か肩の上にウサギを乗せた老人に、ヴィクトリア朝使用人の姿をした少女たちが、一斉に頭を下げて挨拶をする。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
それを見て笑顔を深めた老人が部屋の中を見回すと、同じく老人2人がテーブルについていた。その一人、八原博道が片手にティーカップを持ったまま、リラックスした仕草でもう一方の手を挙げて、老人に挨拶する。座っていたもう一人の老人、高橋兼良は、ケーキを切っていた手を止めて、自分のいるところが微妙になじめないのか、少し固い動作で頭を下げた。
三人…かつての方面軍司令官たち…が席に着いたのを、奥の方から年齢不詳の美女が、妖艶な微笑を浮かべながら見つめていた。
「お久しぶりです」
ウサギを肩に乗せた老人は、慣れた手つきで椅子を引くと席に座る。スピーカーから、バンドの演奏が流れていた。
☆
“また来週!!”
ドイツ国防軍。体勢が変わっても、防人たちは国を守る使命を放棄したりはしない。今日も、その一環として、平原の一角で実戦さながらの訓練が繰り広げられている。
その男…ゲルハルト・スターム陸軍大将…は、天幕の中に入ってきた。泥だらけになったコートを脱ごうともせず、同様に泥だらけのブーツもふかせようとはしない。ここは、彼にとっては戦場なのだ。そもそも、大将ともあろう者が、演習で泥だらけになっているあたりに、彼の生き方が透けて見えるのだが。
彼はつかつかと、通信機器が置いてあるあたりに近づいていった。何事なのだろうか、席についている通信兵たちに緊張が走る。
スタームは彼らを気にすることなく、とある機器の前に立ち、スイッチを入れ、そのダイヤルを回し始めた。その機器…ラジオから、異国の言葉らしい音が流れ出し、やがてそれはバンドの演奏と歌となった。
真面目な顔をして、スタームはそれに聴き入っている。部屋の中にいる人間たちは、誰も一言も発しなかった。
やがて演奏が終わると、彼はスイッチを切った。
「すまなかったな。戦友が出ていたのでね」
それだけ口にすると、スタームは部屋を出て行った。沈黙は、なお部屋の中に漂っている。スタームの口の端には、微かな微笑みが浮かんでいた
第六ターン政治判定
東軍
生産力 | 343 | |
陸軍消費量 | 257 | |
海軍修復 | 16 | 中破以上の日独露艦艇を修復 |
施設補修 | 3 | 小松航空基地を復旧 |
開発費 | 10 | 技術開発 |
その他 | 57 | 治安回復活動(20)道路整備(20)土木・工作機械導入の輸入・ライセンス生産(17) |
・生産力351(+8)
京都失陥 -5
産業復興 +13
・貢献度55(+8)
停戦の実現 +4
大宮事件の解決 +1
義勇艦隊の宿営 +3
西軍
生産力 | 325 | |
陸軍消費量 | 238 | 5T末211+臨編3個旅団3個連隊 |
陸軍装備 | 28 | 臨編3個旅団3個連隊分の装備生産につき装備喪失師団ルールを援用して換算し16P、 SOS旅団の火力強化及び大阪民兵旅団用の市街戦装備に6P(師団重装備化ルール適用)、 瀬田川方面等河川突破を伴う主攻・助攻部隊の渡河装備補充・強化につき7P |
海軍生産 | 2 | 弾薬補給艦への集積と(掃海を主任務とする)フロッグマン部隊の編成(いずれも若狭方面にて活用) |
航空機生産 | 22 | 旭光×36(12P)、新星×30(5P)、台風×18(3P)、電光×12(2P) |
施設維持 | 2 | 対馬機雷堰維持費 |
施設補修 | 7 | 佐世保(ロケット攻撃被弾補修)、 高松(泥縄突貫修復工事工期短縮のため倍の6Pを投入、復旧を急ぎながらだましだまし運用) |
関東 ゲリラ支援 |
5 | |
研究開発 | 4 | 対戦車ミサイル開発研究体制維持1P、ガンシップ研究開発体制維持1P、対戦車ヘリ開発着手2P |
工場建設 | 2 | トラック運輸振興および残存琵琶湖交通路の維持 |
その他 | 15 | 上記以外の現場での部隊臨時編制、施設破棄、治安維持、首都機能疎開(最悪の場合)その他一切の、アクション時に予想し得ない事態に対応するための費用の発生に対する手当て。なお、余剰が出た場合には復興支援に回し、なお余剰ある場合は工場建設費とする。 |
・生産力333(+8)
京都奪回 +3
産業復興 +5
・貢献度70(+6)
共和党政権の継続 +3
停戦の実現 +4
北東アジア条約機構(NEATO)の成立 +1
石橋自由党政権の終焉 -2
11月概況
・11月1日
東軍の機動突破開始。目標は、「滋賀における包囲網を完成し、敵軍を殲滅すること。かつ、湖南における撤退路を確保すること」。京都の露義勇軍を中心として、四日市方面への進撃。同時に、湖東、関ヶ原方面でも東軍の攻勢開始。
国道1号線方面の攻勢は鈴鹿峠で西第10師団に防がれるが、迂回によって菰野方面に突破。しかし、山岳突破を果たした東軍を、西軍はその出口を囲むようにして迎撃。その先端を叩く形で時間を稼ぐ。東からの攻勢には、急造した陣地防御で対応。
湖東、関ヶ原では準備されていた陣地を活用して西軍は撤退しつつ、かなり効率的な防衛戦を行うが、焦点たる四日市方面では東西の挟撃を防いで回廊を維持しつつ戦闘を行わなくてはならず、苦闘が続く。
ロシア義勇軍は損害を顧みず波状攻撃を行って、最終的には西軍の防衛戦を粉砕する。
その後数日、四日市周辺の西軍部隊は第2方面軍の指揮下で徹底的に交戦。包囲網形成を遅らせる。
・11月5日
東軍の包囲網完成。四日市周辺で奮戦していた西側部隊は、粘りに粘ったが甚大な損害を受けて津方面にかろうじて撤退。取り残された…あえて残った西側第二方面軍残存部隊(ほぼ2.5個師団・主として湖北から移動)は、土性骨を据えて、湖南の陣地(水口丘陵)に集結。撤退部隊の補給物資も抱え込んで防衛戦を続行する。
しかし、包囲網完成前に関ヶ原周辺の西軍部隊は、回廊を通って大部分撤退に成功。大阪方面で再編成…する暇もなく、京都方面に再配置。西側の機動打撃群は、本来の集結予定地水口ではなく、上野に集結。
大津方面の独国防軍部隊も、大津方面への陣地構築を行いつつ湖南で東方面に攻勢を行い、関ヶ原までの打通を完了。
・11月6日
米大統領選挙、共和党ニクソンの勝利に終わる。
西軍海空軍による、日本海における大攻勢開始。東軍もこれを迎撃。
・11月8日
東軍の海軍部隊、事実上の戦力消失。敦賀への空爆、艦砲射撃開始。東軍一部部隊は、あらかじめ物資集積の分散配置を行っていたため、致命傷ではないが、大規模な攻勢は行うことが難しい体勢に。
・11月9日
西軍の京都〜大津奪回、包囲部隊救出のための最後の大攻勢(冥王星作戦)開始。山崎方面からの第1方面軍の歩兵部隊の強襲と、上野に集結していた第3方面軍の機甲部隊の大津への突破攻撃が同時に開始。
もともと、京都南部の防衛適地(山崎と宇治の東西)は西軍が確保していたので、東軍は防衛ラインを京都盆地〜市街地に引かねばならず、事態は最初から京都盆地で市街戦に。
東軍は、補給の問題もあり、京都では湖西・北方の山岳地帯での陣地構築の時間稼ぎのための遅滞戦闘を行いつつ、湖南で包囲部隊に攻撃を開始。
・11月10日
米第7戦車師団を投入した大津奪回作戦、東軍が抵抗せず後退したため、あっさりと成功。しかし、以後の東方への攻撃は、瀬田以東を独国防軍が陣地化し、「みっしりと」防衛戦を張っていたため頓挫。停戦までの西軍の渡河、突破はこの方面ではならず。
同日夜、大津から船艇移動で、西側のSOS旅団が奇襲を敢行。ある程度の成果をあげた後、14日に事実上全滅する。
・11月11日
被包囲部隊の救出を目指した上野からの攻勢で、米第21師団の信楽攻撃が成功。守備していた東第十一師団は後退。米第21師団がこれと相対している間に、続々と西軍の機動打撃群が滋賀を目指す形に。
・11月12日
水口に布陣していた東軍部隊(武装SS山岳師団、武装SS“葉鍵”、戦闘団“泉”)を、西軍の阿蘇教導師団がかろうじて駆逐。双方損害を出しつつ、さらに西軍は日第7戦車師団を、被包囲部隊の解囲に投入。
・11月14日
西軍、水口丘陵の被包囲部隊と手を繋ぐ。包囲、解囲さる。同日、京都で戦闘していた東部隊は、これを放棄して湖北〜丹波の山岳陣地に撤退した。
最終的には、
「東側は、湖北を通って北陸、湖南を通って東海へ」
「西側は、大損害をこうむりながらも京都・大津奪回に成功。被包囲部隊は、南側に突破を図って、救出部隊と合流。脱出に成功」
という結果に。
・11月15日
大規模な陸戦の終結。停戦交渉活発化
・11月20日
香港4者会談開始。
・11月23日
停戦成立
マスター賞
最後にマスターによる各賞及び投票による
最優秀プレイヤーと最優秀キャラクターをお知らせします。
・マスター賞
「がんばりましたで賞」
受賞者 高橋兼良
世の中、頑張っても、本人は悪くなくても、上手く行かない…ということがあります。
高橋司令官は決してアクションが悪いわけではないのですが、
状況で辛い結果が続いてしまい、マスターとしても申し訳ないやら。でも、判定は覆せませんし(汗)。
最後はそれなりの結果が出たかと思いますので、ご勘弁を。
「ノーベル平和賞」
受賞者 後藤考志
ノルウェー議会はノーベル平和賞を後藤孝志に授与する事を決定した。
ドイツ人以外の受賞者は第二次世界大戦以降で初となる。
「勝手に他人の死亡フラグを立てるのは止めま賞」
受賞者「abe][(阿部俊雄)」
アクションに「貝塚提督の銅像を見に行く」と書くのは反則だと思います(笑)。いやまあ確かにマスター一同が事あるごとに、貝塚は死ぬ貝塚は死ぬ、と言い続けたのもどうかと思いますが。実際には立場が逆になってしまい、積極策を主張し続けていた阿部提督らしいラストになったと思うのですが、いかがなものでしょうか。
「最凶イロモノ賞」
受賞者 ヤンデレーズのお二人(桂言葉・穂村愛美)
大宮病院という何でもやれるギミックを持ちながら、首尾一貫してネタに終始したスピリッツに乾杯です。
マスターによるMVP投票は10点を各マスターの裁量で配分する事とした。
最優秀プレイヤー賞
得票点1
・ねむい(ネヴィル・シュート・ノーウェイ)
最初から最後まで、ネタで頑張りました。ぱんじゃんどらーむ!
・宮木(横井庄一)
軽妙洒脱な解説で、自分のアクションを面白く読ませてくれました。
ついん(大宮宗一郎)
「いのちをだいじに」という当初の目標をぶれることなく貫き通し、ついには物語の締めに値するアクションを掛けた数少ないうちの一人となった点に敬意を表して。
影人(樋口慶二)
旧式機でよく頑張って下さいました。プレイヤー賞かキャラクター賞かで迷いましたが、こちらで。
スカイバニラ(サイラス&ラインハート)
国内世論に手足を縛られるハンディキャップ(米軍の物量はそれ自体がチートなので、そのくらいで丁度なのですが)を背負いながら、よくぞ頑張って成果を上げて下さいました。
UME(楳澤三郎)
サブキャラとは言え、整備士に突っ込んで来る人がいるとは予想外でした。負けました。こういった一味違う発送は大好きです。尤も、見せ場らしい見せ場がないまま終わってしまいましたが……こんなところに目を付けるほどの人であれば、予期しておられたと思います。
得票点2
七師三等兵(貝塚修)
真のヒロイズムは冷厳なリアリズムの中にこそある、そんなアクションでした。地獄のような、しかし合理的な命令の数々は、あの世界の史家の間でも(今回の戦争が体験ではなく歴史に変わるまでは)ひどく評価が分かれることになるでしょう。
スカイバニラ(サライス&ラインハート)
前半のミスをまとめて後半の航空優勢の確保で取り返しました。
有坂葉流(フルシチョフ&セーロフ)
後方担当として成すべき仕事をしっかりこなしていました。
独露の増援が上限近く来たのは彼の存在が大きいです。
chin(加藤健男)
つらい状況の中で最後まで戦い抜きました。
武人として悪くなかったと思います。だからこそ、武人らしからぬ空軍創立系アクションは正直どうかと思ったのですが、それを最後まで通して形にするところまで漕ぎ着けたのはお見事です。
得票点3
安藤竜水(井上成美)
政治家不在の西日本で、簡潔にして的確にまとめアクションを出し続けたので。
老人会(後藤首相)
東日本の代表として、これまた的確に政治・外交のアクションを出し続けたので。
邪夢(阿賀野守)
完璧でした。優れたアクションで「有能な軍人」というキャラクターを作り上げた……それ以外の形容を私は知りません。
村田ほくと(アーレイ=アルバート=バーク)
この方の作戦指導を一言で表せば「ぶれない」と言うことになるでしょうか。輸送船団が危ないよ、飽和攻撃がまた来るよ、との脅し文句をスパッと割り切り、大兵力を日本海に展開し続ける方針を堅持しました。そのことによるデメリットも無論皆無ではないわけですが、枢軸海軍に大局をひっくり返す隙を与える事は、一貫してありませんでした。
得票点4
call50(馬渕&野田)
見事に薄氷の上を渡りきった手腕はすばらしいものがありました。
航空軍の再編や補給の維持はこの人なしには出来なかったでしょう。
得票点5
すめるしゅ(服部卓四郎&立花雪音)
東の陸戦総指揮とけなげなロールプレイの両立が素晴らしかったです。
陸戦と言うのは海空戦に比べるとより多くのファクターが絡み合うもので、戦っている当人でさえ勝ってるのか負けているのか分かりづらいものですが、この方はそのあたりの見極めが非常に上手かったと思います。
この人が参加しなかったら、東日本の陸戦はどうなっていたか判らないかも。
壬生狼(貝塚武男)
誰もが二度と起きない奇跡だと思っていた山陰沖海戦を、もう一度やって見せた手腕を高く評価します。
まともに戦ったら一戦でおしまい、東日本海軍はそんな軍隊です(でした)。それを抑止力として機能させつつ、上手くタイミングを計って殴りつけると言う難しい役割を、見事に果たされたと思います。対艦ミサイル飽和攻撃+武蔵弾投下は、本ゲーム海戦シーンのクライマックスと言えるでしょう。
没台詞「俺、この作戦が終わったら、GF長官になるんだ」
キャラクター投票
得票点1
加藤知安 猪狩長一
見事なエピローグでした、以上! それ以外に余計な説明を付け加える必要がありません。
モンティナ・マックス
このキャラを持ってきたアイデアの勝利という意味ではプレイヤー賞の方かも知れませんが。ともあれ、いかす悪役、ありがとうございました。悪役なしにドラマはあり得ませんから、元ネタからして存分に暴れさせられるキャラは貴重でした。とは申せ、元ネタを優先し過ぎたのは反省点の一つです。喜んで頂けたなら良いのですが。
得票点2
武本利勝 八原博道
西日本の方面軍司令官。最初から二人三脚で、西日本の作戦をリード。マスター個人としては、特に武本が印象に残る。それぞれ2ポイント
フォン・シュトロハイム ジューコフ
苦み走った独義勇軍司令官。ジューコフと共に、非常に「この時の作戦にはこれ!」というツボをついた計画を提出していた。
こちらもそれぞれ、
“31ノット”バーグ
米海軍司令官として、事実上連合海軍を騒乱。特に第6ターンには、第5ターンの損害に引くことなく、日本海での決戦に貢献した。
逝毛田B作
イロモノと思わせる設定ながら、非常に実直にアクションをかけられていました。
山高ければ谷深しではあったのですが。
五島喜一
サブキャラながら必要とされる場所に必要な時に居ました。
白洲次郎(寄星蟲)
民間人のアクションと言うのは、ともすればお行儀良すぎて面白くなくなり、欲を出すとマスターもプレイヤーも大変になるものですが、彼については史実での活躍をダブらせて、興味深く眺めておりました。
瀬島龍三
よりによってこいつを入れるか、と思いました(笑)。機会主義者の真骨頂を存分に発揮した彼は、ある意味でこの世界の日本の悲劇を、喜劇的に象徴しているのかもしれません。
得票点3
馬渕駒之進
キャラ立ち、陣営への貢献ともにトップクラスでした。
貝塚武夫
超劣勢の東日本海軍を率いて2回の勝利を収めた幸運に。
葵角名
偵察機乗りという地道な、そして不可欠な役回りをきっちり演じて下さいました。第二次山陰沖海戦の立役者を一人だけ挙げるなら、私は葵さんを推します。ただ、私のドラマ作りが拙いからでもありますが、大規模戦闘が起きないと見せ場がないのですよね。その点、不運だったと思います。
ヒュー=トマス=ジェフリーズ
PC大所帯の英極東艦隊を率いつつ、軍事に政治にと走り回る姿が印象的で、いかにも外地の英国士官らしかったと思います。出来ることをやりきって、燃え尽きてくれました。
没台詞「ポーツマスか、何もかもみな懐かしい」
ギュンター=ヘスラー
こちらも軍事と政治の境目のキャラクターですが、打って変わって地道に淡々とした仕事振りが印象的でした。今後はおそらく史実のセルゲイ=ゴルシコフのような存在になるでしょう。義父上と共に空母に名前が残るかもしれません。
得票点4
萩野社
兵站に配慮して戦えるという点では荻野さんか阿賀野さんか、というレベルでした。そして、MSPを使ってまで討ち取るアクションが来たのは、全ターン通じて荻野さんただ一人でした。敵方からそこまで高く評価されたことを誇りにして下さい。
■陸戦担当マスターより
やっと、終わりました。申し訳ない、マスター個人としては、思ったより大変だった…という一言に尽きます。ちょっと疲れました…。
・全体の感想として。正直、当初考えていたより、皆さん「息が合っていた」と思います。もちろん、マスターの見えないところで、摺り合わせの苦労がお有りになったかとは思いますが。
もちろん相手のあることですから、「結果としては有効でなかったアクション」はありますが、故意にしても意図しないことにしても、自陣営の足を引っ張るようなアクションはほとんどありませんでした。まあ、それを狙って、あまり「二項対立」以外の要素は混じってこないように設定してみたのではありますが…。
・陣営としては、キャラクターの薄いところ、厚いところはどうしても出てきます。例えば、東日本では、当初陸軍の方面軍指揮官クラスのキャラクターが大変不足していました。でも、中盤からは同盟軍関係の指揮官クラスが充実したりで、やはり「やってみない判らない」ところがありますね。
西日本では、最後まで政治家のキャラクターがいなかったのが、少し辛かったかも知れません。その代わり、海陸関係の指揮官は、日米英ともに非常に充実していたなあ…と思います。
・作戦面で見れば、当初はもう少し広い範囲で…具体的には関東・中部日本方面への戦線拡大…の戦闘が行われるかなあ、と思っておりました。
戦線があまり拡大しなかったのは、主として西日本軍の方針によります。しかしこうやって振り返ってみると、全体の流れとしては、こちらの方がありそうな…というか、こちらしか考えられない気がしてくるのが不思議ですね(笑)。やはり、こういうのも「積み重ね」なのでしょうか。
東日本は、後半の反撃はマスターによって予告されているとはいえ、随分と辛かったと思います。もちろん、アクションの結果によっては「全然反撃に手も届きませんでした」という結果もあり得たので、やはりこれも「積み重ね」によるものと言えるでしょう。
・私は、個々のアクション、プレイヤーについての講評はしたくありません。すでに毎ターン毎ターン、アクションの判定とリアクションの作成で、その部分は行われている、と思うからです。
特別印象に残ったプレイヤーさんとキャラクターについては、マスター投票で触れてみたいと思います。
・最後に、お手伝いしていただいたマスターの方々、本当にありがとうございました。去年の後半から、私の精神的、体力的な不調でご迷惑をお掛けしたことを、あらためてお詫び申し上げます。
また、ご参加いただいたプレイヤーの方々も、どうもありがとうございました。またどこかの戦場で、今度は戦友としてお会いしたいと思っています。
■海戦担当マスターより
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。殊に海軍PCの皆様、常にワンテンポ遅い私の仕事に耐えてしていただき、感謝しております。
プレイヤー経験も浅いままのマスター参加で、至らぬところもあったかと思いますが、楽しんでいただけたならば幸いであります。少なくとも私は常に――勿論締め切り前後を除いて――皆様のアクションで楽しませていただきました。
またどこかでご一緒いたしましょう。ああやっぱり自分で戦争がしたい。
■空戦担当マスターより
「合格だ。上を見ればきりがねえけど、制御に余裕があるくらい完璧な構成だ」(秋田禎信『魔術士オーフェンはぐれ旅』)
「今日この時をもって、貴様らはウジ虫を卒業する。貴様らは、海兵隊員だ」(『ぴくせるまりたん』をご存知の方は、徳永愛さんの声をイメージして下さい)。
……私に好意的な評価をされると薄気味が悪いとおっしゃる方は、こちらで。
「真田殿、わしはそなただから文句をつけておる(中略)並みの男がやったことなら、よくやったと褒めておるわ」(井沢元彦『信濃戦雲録』)
全6ターンお疲れ様でした。皆さん、きっちりレベルアップされましたね。正直なところ、「なるほど、そう来るのか!」と感嘆したことも、度々ありました。
散々偉そうに語って見せた私も、所詮は素人。知識量も文章力も、内田弘樹先生のようなプロには遠く及びません。何とか形ばかりは取り繕えたのは、皆さんのアクションのおかげに他なりません。とりわけ、米軍の圧倒的な物量を前にしても前向きに戦いを挑む枢軸側の皆さんの姿勢がなければ、物語は崩壊していたでしょう。
本当にありがとうございました。
それでは、また、いつかどこかで。
■民政担当マスターより
初めてのマスター業もどうにかこうにか、
ゴールのテープを切ることが出来たようです。
企画段階から考えると一年余り、プレイヤーの皆様の魅力あるアクションのお陰です。
荒いルールながらもどうにかゲームとして成り立ったのは
各生産プレイヤーの采配によるところが非常に大でした。
私の悪文・穴だらけのルールに、お付き合いいただいたことに感謝いたします。
アクション総評として、ちゃんと戦争を終わってよかったです。
そして、マスター視点だと若干じれったい感じもありましたが、
陣営総体として「大失敗」が無かった事で、非常に運営上の困難が軽減されました。
それではまた、ご縁があれば。