第5ターン
●教理の果てに
■野田松之助 逝毛田B作 馬渕駒之進 島田介子
▲新潟
それまでの栄華が一瞬にして崩れ去る瞬間がある。急造の城は特に脆い。短期間で築き上げた想価会の基盤は、その根幹とであった政府からの信頼を失ったことで、その脆弱さを世に表した。
野田松之助軍需省次官が中心となって、内務省・大蔵省・陸軍省との合同対策本部を立ち上げた段階で、逝毛田B作は現状の危険性に気がついた。その事を知りえる程度には、想価会は政権中枢に関連を既に作っていたし、政権側からも意図的なリークがあった。
もっと密かに処理をしてくれれば教団としてもまだ納め様があったのだが、こうも大々的に想価会は怪しい団体だと訴えられれば多大な打撃をうける。必死で腹心の島田介子のいる雑誌「ウッシオ」や機関紙には西の陰謀論を張らせて批判をかわそうと試みたが、追及は収まりを見せない。ジワジワと想価会関係者が別件逮捕をされる中で、逝毛田は覚悟を決めて首を差し出すことを決めた。
「我々の中に西の謀略によって麻薬をばら撒く不心得な者がいたことを深くお詫びする。世間を騒がせ、なにより陛下のお心を痛めてしまったことを深く反省し、全会員に募金を呼びかけ、予算の1/3を政府の献金する。この浄財で、貧しい人々、お国のために戦い負傷した方々などの助けになれば幸いである」
内務省前に現れた逝毛田は直に放送局へと連行され、声明を発することになった。まずは深く沈痛な面持ちを浮かべ、涙ながらにお詫びを述べたのちに、低く響く声で噛締めるように言葉を続けた。
「私は御国の為を思ってこれまで活動を続けてきた。どうか心無い声に動かされずに粛々と国の指示に従って欲しい。この陰謀は薄汚い共産党と叛徒の首魁、井上成美が関わっている。思えば敵に与するイギリスは阿片で中国を植民地化した連中ではないか。20世紀の今、そうした野蛮な文化に染まった指導者が許されるだろうか!」
終わりの言葉は絶叫調に区切って、言葉の意味が浸透する間をとって、逝毛田は叩きつけるように西への攻撃的な言葉をたたみかける。
「西の悪逆なる独裁者を倒し、共産主義を根絶し、陛下の光輝のもとで輝ける日本民族の復興を果たそうでは無いか。我が想価会も、全てを投じてこの闘争に加わろう。今こそ、東と西は合体しなければならない!」
馬渕駒之進軍需大臣はパチパチパチと、やる気の無い拍手をひとり大臣室で叩いていた。言い訳と責任転嫁の弁としては見事だった。
「やっぱりやるじゃない」
内心では、これでこの作戦で流す血が少なくて済みそうだと、ほっと一息入れていた。もしも逝毛田が抗争を覚悟していたならば、想価会会員も合わせれば、流す血が千の単位で足りるかどうか―、という想定さえあったことを考えるならば、上出来というべきであろう。対策本部の野田に電話を入れる。
「ああ、まだ手を抜くな、資金の流れを徹底的に叩いて搾り取れ。元締めが独逸や露西亜であっても容赦はするな。それと薬物のルートもしっかり洗え。戦後に「陛下の野党」になるつもりならば、今のうちに徹底的に掃除と耐久訓練をやっておかんとな」
更なる対策を命じると、馬渕は能吏らしく頭を切り替えて、今回の寄付と資産没収で出るであろう臨時収入の利用方法と
今次攻勢による物資消費について考え始めていた。大掛かりな捜査も、戦場という迫る現実の前には些事に等しかった。
外国産の火薬と血で戦争を続けようとする帝国は、既に戦争の虜なのかもしれない。
●核心へ至る道
■桂言葉 穂村愛美 宮嶋シゲキ 仲村正憲 豪矢大介
▲新潟
「不肖・この宮嶋のカンがあんた等は怪しいと言っている」
東京のロシア料理店で宮嶋シゲキは豪矢大介に問い詰めていた。ガツガツと食べ続ける豪矢は聞いていないフリをする。
「あんた亡命者だろ?あんたの事は調べたんだ。そして今は…」
豪矢が遮る様にコンと机を小突くと、横にいた仲村正憲が宮嶋の分のシチュー皿を奪い取ると皿の端を齧り割って一気にシチューを流し込む。
「このボケ!」と豪矢はナカムラの皿を奪って頭に叩きつける。普通はこの奇行によって少々の追求は気勢を殺ぐことが出来たが、数々の修羅場を潜り抜けることを喜びとしてきた宮嶋はまったくと言っていいほど動じなかった。。
「あんた等、想価会内部にもぐりこんだ密偵なんだろ?獅子身中の虫、バッドカルマ。違うかい」
その言葉を聞いた途端に豪矢の顔から余裕が失われた。
「何故だ。何故コードネームまで解った?」
「何、あんた先の戦争の前に東京の学校を出たいただろう?書き捨ての文芸同人だからといっても、自分の書いたものの設定くらいは、覚えておいても罰はあたらんぞ、富士大輔君。…つまりは君が想価会に潜り込み、断罪記事を書いて内部を引っ掻き回しているのは事実な訳だな。憧れのスパイ生活はどうだい?」
豪矢は鎌にまんまと引っかかったわけだった。ウッシオで内部告発を多用した粛清事実の飛ばし記事を連発しており、それが一定の意図を有しているとなれば、いずれ勘のいいものに嗅ぎ付けられることは覚悟していたが、政府から徴募される前にこんな男に見破られるとは情けなかった。更に、洒落でつけたコードネームまで見抜かれて、驚かないほど豪矢は人生に長けてはいなかった。沈黙で宮嶋の言葉を肯定するしか出来なかった。
「で、君の情報と不肖宮嶋の情報を交換しようという訳だ。あんたはこんなことをするからには、想価会内部のことにはそれなりに詳しいだろう。不肖宮嶋は想価会内部のことはよく知らないが、想価会を窮地に陥れた薬物汚染の根源について、一つ心当たりがあるんだ。どうかね?」
豪矢はしぶしぶ頷いて情報を聞くや否や、横のナカムラを蹴飛ばして、
「お前、今すぐ逝ってこい」という視線で睨み付けた。
反抗的な態度で渋っていたナカムラも「お前、新婚の俺の身になにかあったらどうするつもりだ」と
豪矢に凄まれると、ナカムラは逆らえず、関東行きの列車へと駆け込むことになるのだった。
☆
大宮病院に久々の不審者が現れた。偶然にも、間隙を抜いて空かずの間を開きかけた男は
首筋をそっとなでる冷たい感触を味わった。
「やだなあ、その中には『だれもいませんよ』」
悲鳴を挙げる間を残さず男は倒れた。 血が間欠的に、止め処なく吹き上げている。
「センセー、そろそろ限界じゃないですかね」
「…うん、そろそろこの成果を解き放ってどこか遠くへ行くのもいいかも」
穂村愛美から重量感のある大きな黒い鞄を受け取った桂言葉は、いっそう深い闇を封じた扉を開け放った。
●祈り
■井深大 アレクサンドル・アンデルセン
▲新潟
硬く手を結び、一心に祈る。
戦時下にあっても、井深大はクリスチャンとしての義務である日曜のミサを欠かさない。
創価会の事実上の壊滅によって、表立って彼の信仰を批判する声は聞こえなくなったが、陰口が絶えたという訳ではない。戦時下の大日本帝国において、天皇以外への忠誠を口にすることは常に勇気と忍耐を必要とする。
そうしたマイノリティーにも、唯一の安らぎをもたらすべき教会であったが、残念なことに教会の周囲は喧騒に包まれている。先の戦闘で、北陸防空圏が崩壊し、新潟にも敵爆撃機の接近が懸念されたため、新潟市下では急ピッチで防空壕や街の不燃化作業が進められている。井深自身が先日、会社の工場に対して防空対策を指示したばかりだ。
先の大戦で、あまりにも無為に失われた人命の事が思い起こされる。それを防ぐために、今日まで技術者として、自分のできる限りの努力を重ねてきた。反面、その技術が敵側の人命を奪うという事実は、井深を苛んでいた。ただ人でしかない井深は神の前に、それを懺悔することしかできない。しかし同時に、自らが設計した兵器が十全に機能を発揮することを、神に祈っているのだから、人の業とは奇怪なものだ。
祈りを終えた井深は、何時から居たのか傍らに眼鏡をかけた大柄の白人が、彼同様に祈りをささげていることに気がついた。相手も井深の様子に気づいたのか、ニコリと頬を笑んで言った。
「異教徒に神罰を、信徒には恩寵を、そして我に先駆けの誉れを。エイメン」
祈り続ける大男が、そっと共感の言葉を述べたのだろうと受け取った井深は、静謐な佇まいで祈り続ける大男にそっと黙礼をして教会を出ることにした。
男は井深が立ち去ってしばらくした後にスクッと立ち上がり、壊れたレコード板のように高らかに笑って言った。
「そう、我は神罰の地上代行人。待っていろ、ドクトレス。貴様は既に人でなしだ。私の相手にふさわしい、久々の大戦争だ。我らが作りし秘蹟を持ち逃がしたりするものか」
男の名はアレクサンドル・アンデルセン。本来はロシア軍司令部の監視をするハズであったが、「日本へと流出した精神誘導薬」の回収を、ベリアからじきじきに命じられた。敵はこれまで数々の修羅場を踏み越えており、リビングデッドのような私兵を持つ女医と聞いていた。
●願い
■盛田昭夫 楳澤三郎
▲新潟空港
盛田昭夫はドイツ・ロシア義勇軍の爆撃機に搭載する対艦ミサイルの最終調整の為に、新潟空港で技術者を総動員しての作業に当たっていた。
「お久しぶりです」
かつて、盛田に苦言を呈した整備員、楳澤三郎が声をかける。
「ああ、確か、君は」
「この前は無礼を申し上げました。あなた方のお陰で通信系統もすごく便利になりましたし、こうして今日、千発を越える対艦誘導弾を揃える事ができたのです」
盛田は恥ずかしげにその褒め言葉を受け止めた。確かに今日此処に十分な量の対艦ミサイルを揃えることができたのは、彼が地道に開発と生産を請け負ってきたからであるが、それは同時にある後悔も伴っている。
「もう少し早ければ、ここで作業をしている爆撃機は日本のものだっただろう。褒められるのは有難いけれど、うれしがってばかりもいられんよ」
「それでは褒めるのは、ここの機械がきちんと動いてからにします」
盛田の顔に苦味が混じった。実験は繰り返したとはいえ、実践で運用されたことの無い兵器が、十全に動くかどうかは未知数である。
「…動くはずだ。動かなかったら、日本は終わりだ」
願望と悲痛さを込めて盛田は言った。
同盟軍に役立たずの兵器を持たせて、敵艦隊上空まで行かせたとなってはただでは済まない。そして、この対艦ミサイルを除けば、今の枢軸軍に敵艦隊を撃破する術は無いと言っていい。
「まあまぁ、あまり硬くならずに。どうです、一筆?」
と楳澤は硯と筆を差し出す
「何だね?」
「願掛けみたいなものです、欧州じゃ爆弾にあだ名を書くらしいですよ。何か一筆力の入る言葉でも書いたらどうです?」
盛田は少し考えた後に「魔砲」と書き入れた。
「魔弾よりは、格上だろう?」
盛田は呆れ顔の楳澤に笑みかけた。弾に黒々と描かれた当て字が、えもいわれぬ禍々しさと頼もしさを感じさせた。
●終幕の幕上げ
■後藤考志
▲新潟
後藤孝志大日本帝国首相は、官邸に山本五十六航空作戦本部長を迎えていた
「わざわざのご足労痛み入ります、山本元帥」
「いえいえ、首相閣下のお呼び立てを断るわけにはいきますまい。
それに、お気遣いは結構、誰が誰に命令できるかははっきり示さねばいけません」
暗にわかっていない者が多すぎる、という批判を籠めて山本五十六は言った。
「ありがとうございます、しかし、先人に敬意を評することはお許しください。貴方に居丈高に接するのはそれはそれで気が重い」
山本はそれを受け、てまんざらでもない笑みを浮かべた後に声色を落とした。
「それで、目処は立っておるのですか。われらが『空軍』はあと一月か二月くらいは暴れてご覧にいれるでしょうが、そのあとの保証は全くありません。有体に言ってアメリカを相手に、それ以上戦い続けることは不可能です」
「随分と率直になられましたな」
「昔、井上君に言いたいことは言えるうちにと教わりましたよ、それに今の私は、守るべき伝統を有しているような組織に所属しているわけではない」
「羨ましい事です、私など大日本帝国という歴史に押しつぶされそうでしてね、国防軍将校を好きなだけ怒鳴りつけられる何処かの国の総統が、羨ましく感じることがよくあります」
「なあに、大日本帝国などと言っても、たかが3代100年にも満たぬ伝統です、気にするほどのことでもありますまい」
後藤は似たような言葉を、いつか聞いた様な気がして記憶を辿った、馬渕軍需大臣の言葉であった。全く持って自分を支えようとする連中というのは、どうしてこうも不敵な性質なのだろうか。或いは類は友を呼ぶということなのかもしれない。
「例えば、国内で救世軍の創設が可能ならば、同様の手段で空軍を設立することも可能…ということではないですか。彼方此方と確執を起こしていた統合航空作戦本部ですが、ようやく一つのまとまりになってきました。馬渕大臣の手筈で、補給は軍需省によって統括されております。つまり、現段階で陸海軍の既存の組織から切り離されても空軍には大した問題は生じません。
名分は事実の後についてくるものです。陸軍は逝毛田叩きにいそしんでいますから、ここは彼をエサと割り切って、逮捕まで引っ張る間に我々は事実を先行させればよい。空軍に限らず、実戦部隊は皆、限界を知っています。何かあれば、貴方につきますよ。雑音は気にしないことです。大臣には部隊の指揮権はないですから」
後藤は山本の励ましを受けて手の内を明かした
「既にその点には自信があるのです。勅は既に我に有ります、あとはハイトリヒをねじ伏せ、ベリアを出し抜き、井上を震え上がらせて説き伏せるだけ、実に単純です」
言葉にしただけで、それが容易でないことは明らかだったが、後藤は言い切った。
「さあ、お終いをはじめましょう」
●香港へ
■遠田賢 ハンス・オスター イワン・コーネフ
▲ベルリン
「日本といたしましては、早期に戦争を終結させるべく、講和を視野にいれた休戦会議を香港で開催したいと考えております」
遠田賢駐独大使は東日本が西と交渉をしていた事を明かし、ドイツ外務省を通じて、この会議へのドイツの協力を求めるためにカナリス外務大臣との会見に臨んでいた。
「気侭に戦争を始めて見て、言うことはそれか」
大臣の横に控えていたハンス・オスター次官があからさまに侮蔑の表情を浮かべて言った。
「わが国に何をしろというのか、わが国は交戦当事国ではない。また、日本と連合国の間で起きている戦争について仲裁の為に介入する気も無いし、当面はわが国の誰にも介入させるつもりは無い、つまりはその会議の成功については全くノータッチということだ」
表向きの辛辣な言い方とは対照的に、介入しないという方針はオスターを始め外務省が最大限に努力した結果である。停戦協議となれば、現在義勇軍のトップを握っているSSが介入し、何をされるか判った物ではない。
交渉権を捨て去ってまで、国内を押さえ込む事を優先したのだった。オスターの思考では会議を始めるなどと言っても、所詮は所詮日本人など、理性にも勇気にも欠けた連中のする事だから、せいぜい友好的な雰囲気を演出するくらいには役に立つという判断だった。
オスターが様々な意味で日本を侮っていたと気づかされるのには、まだ少しの時間が必要となる。
遠田もドイツ国内の政局の機微は心得ている。あっさりと受け流して、交渉の本題を告げる。
「ドイツの立場は了解しました。もう一つお願いがあります」
オスターは渋面を浮かべたが、カナリスは面白げに頷いた。
「ドイツ太平洋艦隊が近く演習に出るはずですが、わが国を表敬訪問していただけませんかな?大湊あたりはいかがでしょうか」
予想通りの言葉にオスターは声を荒げて反論した。
「そうやって、義勇軍化して自分の手駒にしようというのだろう。自分の艦隊の補充のつもりか知らんが…」
「まぁ、待ちたまえ。空軍だけに手柄を立てられては海軍も黙ってはおれんだろうよ、幸い勝負が出来る数ではある。総統に相談してみよう」
カナリスはオスターの荒声を遮った。海軍提督としての本能というべき部分が騒いでいるのだろうか、既に規定事項のように艦隊の日本派遣について言明した。
力強いカナリスの言葉遣いに遠田は安堵を覚えた。これならばデーニッツ総統も拒否はできないだろう。
「ありがとうございます」
「ただし、そう…我々は未来についても考える必要があると思う」
カナリスは遠田の緊張がほぐれたのを見定めたように突きつけた。
「海軍が恒久的に活動するためには基地が必要だ…例えば室蘭のような大規模な造船施設は貴国一国の固有財産とするにはもったいないと思わないかね?他にも、貴国の艦載機技術がわが国と共有されれば、より優れた海軍を我々は持てるのではないだろうか」
カナリスは遠慮なく要求を述べた。ドイツの次期空母には日本の艦載機技術は必要不可欠であるし、大型艦の造船力にも限りがある以上、世界最大級のドッグは喉から手が出るほど欲しい。それを日本から買い付けるのではなく、管理権ごと手に入れられれば、提督総統デーニッツにとっては最大のアピールとなるだろう。
「無論只で使わせろなどとは言わんよ、そうだな。貴国では現在大変戦闘機が不足していると聞く。タンク社には増加試作で作った超音速戦闘機がたしか40機ほど余っていたかな。それを無償提供してもよいが、どうかね?」
遠田は一瞬返事に窮したが、はっきりと言った。
「それが、しかるべき手続きと正当な報酬を伴わないものであれば、拒否いたします」
思わぬ返答に驚くカナリスらに、本国からもたらされた極秘のカードを切る。
「ところで、一つ報告を忘れておりましたが、わが国で例の教団の捜査をしていると、どうもメンゲレの尻尾のような者が暗躍しておるようでして、これが万が一にもドイツとの関わりがあっては大変なことになりますな。ことに人種融合などというような題目を最近強調なさる方々にとっては」
カナリスが遠田の言葉に即応できない間に、オスターは記憶の中を辿って遠田の言葉に該当する存在を導く。ドイツ外務省の諜報力は、オスター自らが国防軍情報部から引き抜いて作り挙げた代物で、その腕は長い。
「ふぅむ、実に大変だ」
頭の中で計算を終えたオスターが答え、カナリスに進言した。
「大臣、これは事によるとドイツの国益や『帝国』中央に居座る人物にまで関わります。是非とも穏便に我々の手によって処理されねばなりません」
帝国中央の人物がハイトリヒをさしていることは明白だった。日本で、後ろ暗くかつ人種差別的な陰謀がたくらまれている判明すれば、ドイツは周辺諸国の信頼を失ってしまう。そうした事実は闇に葬るべき存在だ。そして、自らがその証拠を握ってしまえば、その陰謀企図者に対しては圧倒的優位に立つことができる。
「…なるほど、情報提供に感謝する。」
「いえいえ、唯の雑談ですよ。興味がおありでしたら、 今後新しい事実を掴み次第、報告を差し上げましょう」
遠田は軽く受け流した。日本国内の捜査権は言うまでも無く日本にある。証拠を握って恩に着せる算段は済ませてある。
「成る程…そうだな。面白い話のお礼として、先の超音速戦闘機はすぐに空輸で納入させよう。ああ、基地での運用についても、人員をつけるから問題ない」
遠田はその答えにニコニコと一礼をして退出の挨拶を述べた。
「猿め!大局を読めもしない癖に、姦計だけは得意か」
オスターは閉じられた扉を罵った。
「オスター、『運用人員』への手配を頼む。一週間以内で日本へ着けろ。準備はいいか」
カナリスはオスターに冷厳な声で命じた。政敵の死命とドイツの国益を他国に委ねる訳にはいかない。
「外務省情報部は常に最高の状態で命令をお待ちしております」
☆
「はぁ…私がねぇ」
イワン・コーネフは渡された数枚の書類を眺めていた。
書類はロシア書式の義勇軍参加志願書と
ルドル・フォン・シュトロハイム義勇軍総司令官名の入った命令書と
ベリア総統から渡されたロシア連邦外交方針という名の書類。
ドイツ外務省によって会議参加権を奪われたSSと
戦後へ影響力を確保したいロシアが結託し、義勇軍総体の名義で代表者を出すことにした。
そこで白羽の矢が立ったのが、高位にあって日本で暇そうなロシア将校であるイワン・セーロフであった。
彼を義勇軍に引き入れ、総司令官代理の名前で停戦会議へと引っ張り出そうというのだ。
「少々、目立ちすぎたか」
自業自得と言えばそれまでである。海軍作戦への介入や秘書付の司令官への不信を公言し続ければ、いつかはこうなる。
揮下の中隊も取り上げられて、関東方面の特別任務へと派遣されてしまった。内容はコーネフにも知らされていない。
コーネフの予備的作戦研究の結果として、皮肉にも、現段階でロシアは日本を征服できる能力を欠いている。
という判断が下されていた。当然の話ではある。
そんな余力があるならば、もっと朝鮮や日本に軍を派遣して、アメリカを押し返している。
ベリアの要求はコーネフの失敗を狙っているかのようにハードルの高いものであった。
1、長期消耗戦に持ち込み、物資輸出先としての日本を確保する事
2、戦後、日本の負担において枢要地域への陸軍駐屯を行う事
3、津軽海峡の航行を制する海軍拠点を確保する事
4、東日本に将来的な有事の指揮権を独露枢軸に委ねさせる事
5、日本技術の枢軸との共用化を更に推進する事
6、ロシアへの優遇関税など、戦後通商の優位を確立する事
一方でシュトロハイムから届けられた要求書も非常に高いハードルであった
1、停戦ラインは日本の事前協議を廃し、現戦線に基づくものとするべし
2、佐渡に独空軍の駐留を認めさせるべし
3、米軍駐留は極力沖縄に限定するべし
「要するにまとめずにぶっ壊せといいたいのかな」
一度は覚悟を決めて政治的将校を演じたコーネフだったが、こういうことになるなら戦車師団でも率いていた方がよかったかなと思い始めるのであった。
●密告
■貝塚修
▲大阪
極東戦争に対して日本人はどのように考えているのだろうか、本誌は日本国防省の高官のインタヴューに成功した。
―日本は通称クレイジーラインに拠って抗戦するつもりなのか、防戦の自信は?
「磐石だよ、大臣がそういうんだから間違いない。
敵が二倍までならばね。そうじゃない場合?それを私の口から言わせるのかね」
―仮に大阪が危機に陥った場合には、名古屋のような焦土作戦を行う準備があるのか?
「まさか、福岡再遷都計画?一切ない、絶対にない。日本国の戦争準備を買いかぶりすぎじゃないかね。そんな計画があればそもそも最初の後退でやっているよ」
―先ほどの言葉と矛盾しているが?
「失礼だな君は。戦意の旺盛さでは我らは彼らに決して劣るところはないよ。質や量のみが戦闘の帰趨を決するものではないということをきちんと勉強したまえ」
―つまりはクレイジーラインが抜かれても撃破の見込みはあるということか?
「そりゃ戦局というものはどう転ぶか判ったものではないから、万一に備えての計画を用意することはあるさ、否定はせんよ。だが、知っていたとしても外国記者さんに明かす訳にはいかんのは判っているだろう」
―ところで、現在の日本国についてどう思っておられますか
「まず戦争を終わらせてから立て直すべきは教育だ。新制の学制にして以来、大局を見ることのできる人間が育たなくなった。荒れた共学校などに娘を預けることができるかね?私は娘には英国で学ばせることにした。こういう状況を無くすべく努力すべきだろう」
―本日はありがとうございました。
前後で矛盾する発言を繰り返すこと様子から、高官にはどことなく自信がないような感じを受けた。また、明確な証拠もなく不安をかき消そうとするよう前大戦以来の牢固な精神主義が跋扈する日本国国防軍には、来るドイツ軍の攻勢は厳しいものとなるであろう。大阪が再び戦場となったときに更に悲劇を重ねるような無様を晒さなければいいのだが。
(Dairy New York 大東則光 ※日系カナダ人記者)
●いま、転換を!
■五島喜一
▲大阪
「方針の転換…ですか」
本部長からの呼び出されて、五島喜一は首都の治安政策についての新しい指示をうけた。
「要は、『落とし』や。まずは一発かましてから優しゅうすると」
「成る程、実はそういうこともあろうかと、私も腹案を用意していまして」
本部長はニヤリと片頬を上げて笑った。
「ええ?まるで技術屋みたいなことをするね、君は」
「いえいえ、アメリカで見聞したのですが、コミュニティーリレーションと言いまして要は地域社会との良好な関係作りをして犯罪を未然に防ぐというものでして…」
「つまりは隣組か」
「我々がやったらそうなってしまうでしょうな、コミュニティーリレーションはそういった集団主義的なものではありません。もうすこし、柔らかな、そう…巡回以上統制未満で我々の活動に理解を求めていくようなやり方です」
「ようわからんな」
「ええ、我々のような帝国印の教育を受けた人間はどうにも時代感覚とやらについていくだけの柔軟性を失っております。よって現場にも中枢にも新しい人を中心に据える必要があります」
「具体的には?」
「
女性管理職を、公安総務課長に欲しい」
「…君は正気かね、警部は係長ポストだ。そして公安総務課長は警視正ポスト、例えば君のような者でないとつけない。我が国で女性の任用が始まったのが建国の混乱が収まった1949年、大学卒業のキャリアが生まれたのが1953年…言いたいことは解るね?たかが小娘の警部には本部の主要課長をやらせようなどとはいくらなんでも暴論だよ」
「しかし…」
「まぁ、課長補佐くらいにはできる。そこいらで手を打とうや」
「…わかりました。ついこの前まで我が国が帝国の一部であったことを忘れていたようです」
「全くやね、大阪に大学を作るだけで相当な無茶をやらかしているからあちこちに歪みが出ているから」
「しかし、まぁ、これからの産業社会を支えるためには、高度な知識が欠かせませんからその内には役に立つのではないですかね」
「ま、いらん愚痴やがな。ほな、わしみたいな古い人間にはようわからんから、後は君に任せる、よろしゅう」
●遅すぎた願い事を
■マクセル・ビアリストック
▲ロンドン
マクセル・ビアリストックの税金対策として、チャリティーでロンドンである劇の幕が上がった。
一流どころの役者を揃えたその劇の名は「長官ハートルヒの憂鬱」と題せられている。
「遠い、遠い未来、遥か彼方の別の銀河での話……多分」と告げて始まったその劇は
辺境の同盟国へ介入しなければならなくなった国のある要人の苦悩を描いていた。
それが何処にあるのかも知らないような島国に、その国の要人は誰も彼もが幾多の若者の血を注ぎ込もうとする。
誰に聞いても、誰に聞いても、その戦争がおかしいと言う者はいない。
その戦争から皆が自分の利益を引き出せると信じきっているのだった。
自分が手柄を独占しようと、他人の介入を妨害しようと殴り合いを演じてまで、戦争を求め続ける周囲を見て
ハートルヒは自分が狂っているのではないのかと疑い始める。
遂には直接、ハートルヒの国が参戦することが検討され始めると、
ハートルヒは一人、戦争に反対したために、かつて自分が作った政治犯収容の為の特殊地下牢へと監禁されてしまう。
ハートルヒは地下牢からその国を眺め続ける。
皆が勝てる、勝てると騒いでいるうちに戦火は拡大し、ラストは大帝ゲーニッツが「あの兵器」を使う命令を発して
轟音と閃光を受けて誰も動かなくなった中で一人、地下で生き残ったハートルヒが、
「Liebe und Frieden」と囁やいて、狂ってしまった世界を嘆いて終わる。
マクセルの意図通り、この演劇は非常な議論を呼び起こした。核の惨禍を見世物にした事、暗に戦争を続ける国(勿論英国もその中に入る)を批判した事、そしてハートルヒ…ハイドリヒを平和主義者として描いたこと。批判は更なる興味を巻き起こし、話題は広がりを見せたが、余りの事に英国は全体主義の称揚にあたるとして、マクセルを国外追放とした。その後、マクセルは膨大な赤字と批判を撒き散らしながら、興行を許可する国を転々とするようになっていった。
●紅茶の時間
■キム・キニスン/白州次郎
▲神戸
芦屋に位置する白州邸は高級な邸宅らしく数奇な運命を背負っている。
白州次郎が育った屋敷を取り戻したのは二度目となる。
一度は父の事業の失敗、二度は東日本軍の侵攻による。第三次世界大戦勃発寸前に東京の危機を察知した白州は、人の手に渡っていた生家の一部を買い戻した。この事が彼を戦後日本の担い手へと上らせることを可能とした。
仮に、町田あたりに屋敷を構えようとしていれば、米軍上陸に伴って行われた砲爆撃に巻き込まれて、運が悪ければ死んでいただろう。芦屋を選んだことで、西日本で貴重な英語でタンカの切れる男としてGHQとの折衝を重ね、経済人としての成功をも手にした。
再び自らの屋敷に戻った白州は日本経済の円滑な運用を実現すべく、政官財労の間を飛び回っていた。そうした白州の下を訪れる一人の英国人が居た。
「ご立派なお屋敷で」
聊かのやっかみを込めて、連合王国在日大使館一等書記官キム・キニスンは屋敷を褒めた。
「いやいや、私の子供のころに比べれば随分と寂しくなりました。高貴な人を迎える場合に、失礼になってはいかんと今準備していたところです」
英国風にミルクをたっぷりと入れた紅茶とスコーンで出迎えた白州は、誰もが羨む豪邸について実にあっさりと言い放った。キニスンは紅茶に口をつける。アッサムの香り、英国が失ってしまった苦味が口に広がる。
「それは、有難い。久しく口に出来なかった味のようだ」
スコーンを口に含んで懐かしむように噛み締める。完璧な英国流、これほどの英国らしさ今に伝えている家が、どれほどあるだろうか。キニスンは遠い祖国の事にしばし思いを馳せた後に敢えてぶっきらぼうに言った。
「それで、あなたには残念なお知らせがある。貴方と友人が支援した劇団が問題を起こした」
「ほう?」
「ハイドリヒを平和主義と賞賛する演劇を行った。反ナチズム法違反で国外追放が決定した。こうした団体をなぜ支援したのか、貴方の存念を伺いたい」
「さて、友人の誘いに乗っただけで演目まで把握するほど暇ではないから」
「この戦争を終わらせるためには、ハイドリヒをどうにかしないといけない。敵国から擁護されれば、ドイツ国内での居心地が良くなる訳は無いでしょうな」
キニスンは言った、謀略としての筋は悪くありませんな。
白州はいたずらがばれた子供のような顔をした。彼が出資をしたのは確かに友人の話に乗っただけなのだが、その後の情勢を見れば、彼の友人が政治的な意図を持った行動をしたのは明らかだった。一杯食わされた白州としては、友人の背後に見える大英帝国の影には気を配るようになっていた。
「そういう貴方だって、ハイドリヒの失脚工作は御盛んなのでは?周辺諸国で欧州にもっと構うべきと世論を誘導して揺さぶりをかけたとか」
英国が中心になって、イタリア・スペインといった国々で欧州復興を優先すべきという風を作るように工作を始めていた。白州はそれを極東から把握している稀有な男であった。
キニスンはゆっくりと紅茶を飲んで間を保った。この男になら少々腹を割って話す価値はありそうだと算段する。
「いやいや、失敗でした。各国はドイツが極東で消耗して欲しいと思っている。その方が来るべき欧州帝国で、自分の地位が上がるだろうと」
「ドイツ外務省も低脳な連中だが、無能ではない。敢えて動揺を抑えてまでドイツ支持に走る各国元首の意図ぐらいは読む。そしてそれが総統の耳に入れば…」
「ええ、ハイドリヒの動きを押さえ込むことくらいはできるかもしれません」
「まだ駒不足だな。疑惑が3つも揃えば動きを封じれるのだが」
「次の手を考える必要があるようですな」
紅茶の時間はまだ長くなりそうだった。
●暗闘
■宮本顕治
▲大日本帝国某所
陸軍、内務省など広範な範囲からの敵意を一身に受けて、創価会は崩壊しつつあった。辛うじて今は逮捕を免れているものの、帝国が一斉捜査に投入した警官数は2万人を超え、創価会の武闘派・過激派の無力化に成功した。
逝毛田逮捕は時間の問題という不穏な噂が流れている一方、それまでの帝国への貢献から軽い処分で片付けられるのではないかという噂もある。
生涯の敵と一度は決めた男の、没落を宮本賢治は大日本帝国領内で聞いた。肥大化して国家を敵に回す恐ろしさを改めて感じざるを得なかった。同じことが日本国でいつ共産党に行われないとも限らない。
一方でこの事で、一時的にではあるが、貧困対策や共産党にたいする警戒がおろそかになっていた隙を突いて、宮本はそれまで創価会が地盤とした層へ更なる浸透を図っていった。
「手駒として育てた逝毛田を切り捨てることで、自分への批判を逸らすとは後藤もなかなか食えない男だ。これは連れ帰るべきはあの男になるかもしれんな、気は進まんが…」
もう一つ、逝毛田関連の情報を集めていて、かれにとって無視出来ない話があった。彼が挑んで苦い経験を積んだあの病院の件だ。
「コミンテルンと創価会に騙されたかと思ったが、薬物バラマキの拠点だったとは、大宮の例の病院、やはり後ろ暗い所があったか。さて、後ろ盾は誰だろうか、SSか、ロシア情報部か、あるいはCIAかMI6か…誰も彼も動機がありすぎて困る。こちらの真相究明にかかるか、それとも当初の予定通り…」
状況に引きずり回されているような気がしないでもないが、宮本の指導によって、東に今後の活動の種が振りまかれた事は間違いない。
●硫黄島deパンジャン
■ネヴィル・シュート・ノーウェイ
▲硫黄島
ネヴィル・シュート・ノーウェイは硫黄島を訪れていた。上陸逆襲用のパンジャンドラムを硫黄島へ設置するためである。東軍が師団を前線から引き抜いたという情報が流れ、上陸準備ではないかと判断された。そして、現状において、上陸戦を行う価値がある有力な目標と西の司令部が判断した硫黄島の援護のために、C3と英国艦隊本隊が東海方面支援と掛け持ちで東海近海に展開していた。硫黄島には英国空挺部隊が配置についている。
「全く、日本人の図々しさは異常」
空挺団司令はお前が言うなという言葉をかろうじて飲み込んだ。 ネヴィルは国防省高官への便宜供与を通じて英国の市場を再びアジアへと展開しようとしていた。
「お陰で日本市場に英国兵器が食い込める余地が出来たではないですか」
「まぁねぇ、自由陣営で最良の戦車はわが国のものだし、いろいろと苦労はしたがね、何で私が大学の推薦状までかかねばならんのか」
「それであれは何です」
「パンジャンドラムだ」
「パンジャンドラムとは何のことですか?」
「広域制圧兵器だ」
「え、広域制圧兵器?」
「うん。広域制圧兵器だ。敵全員に大ダメージを与える。」
「…で、そのパンジャンドラムは我が戦闘部隊において何のメリットがあるとお考えですか?」
「うん。敵が襲って来ても守れる」
「なるほど、それは大切なものですね」
結果として、東軍は硫黄島へ攻めてこず、今回、ネヴィルの措置は無為に終わる。しかし、英国を一度は世界帝国に押し上げた妙なチャレンジ精神だけは失われていないことをこの島にも刻み込んだのである。
●香港会議
■高木惣吉
▲香港
英国領香港は英国に残された数少ない植民地である。
目下の所、その安全は中国大陸の混乱と英国の軍事力によって保たれている。
そこに集められた極東有事の当事者達の会議は外交事項にも関わらず、
各国代表の殆どが軍人によって占められていたという特異な外交会議であった。
多分に各国の国内的政治状況の反映であり、
現段階ではあくまで外交上の問題である「講和」ではなく、
純軍事的な問題としての「停戦」を話し合う場として
各国がこの会議を扱う意思を示すものであった。
会議は最初から荒れた。
多彩な罵倒表現を持つ言語で相手を罵り合う南北朝鮮の代表、
勝手に終戦の話を作った事を批判するイワン・コーネフ義勇軍代表、
話し合いの場を設けながら侵攻をやめない東日本を批難するアメリカ代表、
一日目は碌に纏まりもなく各国が相手を批難するだけで空しく時間が浪費された。
代表団の中に居たある職業外交官は、この一日を指して「子供の口喧嘩ほどの価値も無い」とコメントを残した。
翌日からはこれに反省をした高木惣吉日本国全権の提案で、
まずは戦争当事国の間で、対立点を明らかにする為の話し合いを行い、
各国はオブザーバーとしてそれに意見を付す形へと変えられた。
その上で明らかになった東西の対立点は三つであった。
1、停戦ライン及び領土
西日本「桑名〜関が原〜敦賀に至る線を両者の勢力境と規定し、そこから両30キロメートルにわたる非武装地帯を設定」
東日本「停戦ラインは現在の戦線で実施する。但し、以後の交渉余地を排除はしない。
西日本の主張するラインで非武装地帯60キロを設定するのは、
濃尾平野と福井平野の防備を放棄せよと命じているに等しく中立的で無い」
2、捕虜及び民間人の取り扱い
西日本「人道上の観点から、捕虜の帰国拒否者並びに戦時難民はわが国が保護する」
東日本「捕虜の帰国拒否は国際法違反である。軍によって拉致された民間人を補償付で全員返還すること」
3、外国軍の戦後駐留
西日本「日本にとって米国の駐留は絶対条件、貴国に安全保障上の不安があるならば、ドイツに駐留してもらってはどうか」
東日本「日本本土への外国軍の駐留は認めがたい。沖縄等に限定すべきである」
3については各国の付言が添えられている
米「わが国は日本国の安全を守る為にあらゆる努力を成す」
露「我が軍は大日本帝国駐留の用意あり、駐留地は佐渡、大湊、室蘭、富士等を想定中である」
韓「日本はともかく、朝鮮への枢軸軍駐留は断固拒否する」
朝「日本はともかく、韓国への米軍駐留は断固拒否する」
現状では、事実上の講和会議に成りつつあるこの会議の優位は東側にあった。
この三点について合意が出来なければ、交渉はデッドロックに陥るが、その間に不利が積み重なるのは西のほうだ。
西側はこの会議を講和会議へと持ち込み、最終決定を元首、大臣クラスへと持ち上げる方式を主張した。
先の三点については現場代表では責任を負いかねるという形で、やり過ごし、首脳会談によって打開を図る手に賭けた。
英国代表がその匠の外交を以って、拗れた話を具体化するために、会談形式について一つの提案をした。
中立的立場の国を調停者として招いた、首脳級会談を実施しようという事だった。
日本列島についてはカナリス独外務大臣を調停者とする ダレス、後藤、石橋の4者会談、
朝鮮半島についてはイーデン英首相を調停者とする、ベリア、李、金の4首脳会談が想定された。
両朝鮮はこの提案を承知した。日本の相手が外相級であるのに。朝鮮は元首級であることに面子が満たされたらしい。
高木は局面打開のためにはこの提案を受け入れる手もあるかと考え、本国へと連絡を入れた。
高木は交渉の条件が根本から覆えりかない状況が日本で起きている事をまだ知らない。
●軍議
■加藤健夫、モンティナ・マックス、イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ
▲浜松
どれほどいがみ合っていようと、共に戦うのであれば意志のすり合わせが欠かせない。義勇空軍のモンティナ・マックス少将とイヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブ少将、航空作戦本部次長の加藤健夫中将が顔を揃えたのは、そういう理由だった(山本五十六は、将来『日本空軍』のトップになることが予定されている加藤に箔をつけるため、ハイレベル会合には自分は出て来ない。なお、実務レベル会合の場合は、「前田俊夫がしゃしゃり出ると、何を口走るか分かったものではない」という至極もっともな理由で、中央指揮所司令官猪口力平少将が出ることになる)。ただの部隊指揮官として扱うには無理があるアドルフ・ガーランド上級大将も、オブザーバーとして……実質は議長同然で……列席している。
とは言え、相談する余地は余りない。
状況は、はっきりしている。陸上部隊による湖西回廊打通の前提として、日本海から西側海軍の脅威を退けることである。これに失敗した場合、補給線が海から脅かされるため、進撃自体ができない。
ではどうするか。
「日本海軍の突入と合わせて、義勇空軍は敵機動部隊の一時から四時の方向にかけて、空対艦誘導弾による飽和攻撃をかける。妨害を減殺するため、並行してドイツ軍の一部と日本軍とが内陸部でも航空攻勢を仕掛け、敵基地航空隊を可能な限り拘束する……それで良いかな?」
葉巻をくゆらせて、ガーランドが言う。
加藤は頷き、マックスは我関せず。そして、コジェドゥーブは疑問を示した。
「佐渡からでは、護衛機の航続距離に不安がありますね」
小松と富山の潰滅により、枢軸側は出撃拠点を東に移さざるを得なかった。小牧や各務原で運用できる限界を超えているのである。無理矢理な復旧作業が進められているが、完了を待っている時間はない。
現在のところ、ロシアは佐渡、ドイツは主に浜松へ駐屯している。いずれも、想定戦場を若狭湾の西寄り海域とすれば、爆撃機はともかく一部の戦闘機は往復するには辛い。ドイツは、航続距離の短いMe1110などは滋賀方面に投入するだけの話だが、ロシアはそうはいかない。
当然の疑問に対し、ミルクと砂糖たっぷりのココアを啜りながら、マックスが言ってのける。チェシャ猫の笑いを浮かべたままで、事もなげに。
「大した問題じゃない。対策は三つもある。一つ、燃料切れで日本海に不時着した後、泳いで戻る。二つ、空戦後に残った僅かな、恐らく満足に回避運動ができない程度の燃料で、敵制空圏を横断して各務原に降りる。三つ、護衛なしで出撃する。好きなのを選んでくれたまえ」
「っ……」
絞め殺してやりたい衝動を、コジェドゥーブは意志の力で強引にねじ伏せた。
それと見て、ガーランドが言葉を添える。
「この戦争で、ロシアは得をし過ぎている。少しは損もしないと、独露関係は悪化するぞ。それをベリアが望んでいるとは思えないな」
空対艦・空対空誘導弾など、ロシアの技術ではまだ当分開発できる筈のものではない。それをまんまと手に入れてしまっている。他にも、千島列島その他の権益確保など。トランジスタ以外に取り立てて得るものがなかったドイツとは比べ物にならない。
ロシアとしては、ドイツへの言い訳になる程度の代償を払わなければならない。そしてそれは、人命の値打ちをゼロと計算するベリア式の損得基準では、兵士を死なせることが一番安く上がる。
陸戦で、よりにもよって「ドイツを戦わせてロシアは後ろ」という政治的にやってはいけないことをする以上、空軍が犠牲になる他はない。
(ジューコフの馬鹿め! 政治のせいなどという言い訳は、政治に付き合ってから言え!)
心中で罵って……まあ、名前からして「ナチスの戦車は世界一ィィィィ!」と叫んで突撃するしか芸のなさそうな相手に、「先陣は是非ロシアにお任せを」と求めても無駄であろうとは理解できるが……、次の質問をする。
「攻撃距離は?」
「私は、海には出ないので決定権はないが。敵艦隊にギリギリ届けば問題ないのではないかな。後々の地上支援に備えて、戦力を維持せねばなるまい」
「決定権はない」と言いつつ、ガーランドの口調は、相談ではない。
今度は、マックスが渋面になる。
折角の面白い「出し物」なのに、腰の引けた攻撃に止めねばならない。徹底的にやることができない。マックスにとっては、全く不本意な話だった。
逆に、航続距離を横目で睨みながらの戦闘を下令せねばならないコジェドゥーブにとっては、深入りせずに済めば済むほど幸いである。
「……これで、方針は決定かな?」
確認すると、ガーランドは葉巻を灰皿に放り込んで立ち上がり、敬礼してみせた。
「部隊指揮官として、諸君の作戦指揮が優れたものであることを期待する」
●出師準備
■ウラジオストック
▲ギュンター=ヘスラー
義勇空軍を投入した攻勢発動と同時に、消耗が予想される東日本海軍を支援するため、独露極東艦隊も出撃の準備が進められていた。実際に義勇艦隊として戦闘に投入されるかどうかは、外交交渉がいまだ継続中のため未定だが、作戦行動のための準備は一朝一夕に完成するものではない。
そんなある日、援日義勇艦隊司令官ギュンター=ヘスラー中将の元に、二人の提督が離任と着任の挨拶にやってきた。
離任者は、極東艦隊司令官ハンスマイヤー中将。ヘスラーよりやや年上の、無能ではないがどこか神経の細さを感じさせる男で、有事向きの指揮官とは言い難いように思われた。彼は明日を以って予備役に編入される。昨日ヘスラーに極東艦隊の状態を報告したのが最後の仕事だった。
そして着任者は後任の新司令官レヴィンスキー中将だった。ヘスラーより一回り以上年長で、一次大戦以来の古参。デーニッツ政権下で、かつての遅れを取り戻すように昇進を重ねた男だ。元々は砲術畑の男で、新技術にさほど明るいわけではないが、その戦意は折り紙つきといわれている。
「私の父は皇帝陛下の東洋艦隊におりましてな、なかなか感慨深いものです」
皇帝陛下か、変われば変わるものだな、ヘスラーは思った。
「あなたの艦隊はもうごらんになりましたか? なかなかのものですよ」
「楽しみにしております。もはや水上戦力の中核は空母に移ったとは言え、私のような人間にとって戦艦と言うのは特別なものなのです。或いは、政治的にも」
「極東艦隊は今月中に、東日本の大湊に向かって頂きます。私も便乗することになりますが、理由はまあお説の通り政治向きのの話でして」
「心得ました」
●レガシー・オブ・エンパイア
■ヒュー=トマス=ジェフリーズ
▲神戸
「いい港だ」
掃海も済み、ようやくその本領を発揮し始めた神戸港まで、護衛船団と共に入港したヒュー=トマス=ジェフリーズは神戸港をそう評価した。ジェフリーズはそこで一人のアメリカ人と一人の日本人と会う事になっていた。
海運会社シーランド社長マルコム・マクリーンと日本港湾労働振興財団阪神支部長 岡口和夫である。
彼らの話の主題は世界の艦船の積荷を規格化することで、陸海運輸を直結し、物流のボトルネックだった積み下ろしの時間を短縮することにあった。
彼らは後に世界の物流史において、世界最大の船会社と世界最大のコンテナ港のドンとしてその名を不動の物とすることになる。
その後見を英国が努めた事は今日のコンテナの標準規格が世界的に「帝国基準」と呼ばれる事にその名残を残している。
ジェフリーズは、想価会をボクサーリベリオンセカンド(第二次義和団の乱)と位置づけて、そのアンチキャンペーンを行おうとしていたが、悪いイメージを貼り付けた想価会が、あっけなく東日本当局によって制圧されてしまったことで、イメージ戦略は全体として空回りに終わってしまった。これがもう少し中立的立場を維持していれば、逆に東の宗教弾圧とキャンペーンを張ることも出来たのだが。救世軍と東日本政府との分断策もその逝毛田の失脚のせいで失敗となった。後藤首相をはじめとする丁寧な対応によって、救世軍と東日本の関係は友好的といってよい状態に終止している。
短い補給を受けて、英国艦隊は二手に分かれて日本海と太平洋へと進み行く、敵の上陸準備が報じられる今、硫黄島の警戒を無視するわけにはいかなかった。そして、高い対潜能力を有する英国艦隊はどこからもひっぱりだこだった。
●後の兵士たちのために
■藤堂明
▲佐世保
「艦長、最後の便船が出ますが、何かございますか」
「ああ、これを出しておいてくれ」
A戦艦部隊所属戦艦<尾張>艦長藤堂明大佐は大小数通の封書を若い士官に手渡した。
「お疲れのようですが、お休みになられてはいかがですか」
「いや、大丈夫だ。少しばかり根を詰めすぎたな」
藤堂はここの所、公私に渡り書き記した記録を整理していた。この戦争における戦訓、かねてからの研究、そうしたものを纏めて、形にしておこうと考えたのだ。
この戦争の先がある程度――急速な祖国統一は難しい――見えた以上、西日本国家としていかなる海軍力を整備すべきなのか。戦前の研究会で、必ずしも公式ではないテーマとして扱われていた問題が、彼の中で急速に頭をもたげて来ていたのである。
「10・4・10・10艦隊計画」、対空誘導弾駆逐艦10隻、軽空母4隻、汎用駆逐艦10隻、護衛駆逐艦10隻からなる自分の構想を、彼は仮にそう呼んだ。限られたリソースを、これからますますその重要性を増すであろう防空、対潜能力に振り向け、本土近海とシーレーンの防衛を一義とする。海軍の戦力バランスを悪化させるであろう大型空母などの強引な整備は行わない。彼の愛する戦艦も無論お払い箱だ。
面白みなどなかった。だがいまさら漸減邀撃用の艦隊を整備するわけには行かない。祖国は2度の戦争でそれを学んでいた。
各所に提出されたこの私案は、彼と考えを同じくする者達によって具体化と改良が加えられた。そして発案者が誰であるか忘れ去られた後も、海軍ドクトリンに大きな影響を及ぼすことになるのである。
●醜き盾
■貝塚武男、阿部俊雄
▲聯合艦隊司令部
二人の提督が真新しい階級章を着けて立っていた。
第三艦隊司令長官貝塚武男大将(最先任艦隊司令長官)と第一艦隊司令長官阿部俊雄中将だ。
「それでは征って参ります」
聯合艦隊司令長官がその鬼瓦を苦渋に歪めながら応じる。
「君には苦労を掛けるな。本来なら私が陣頭指揮を執るべきなのだろうが……」
今回の作戦は聯合艦隊の総力を投入した作戦だった。それゆえ、GF長官が直率するという案も出たのだが……。
「いえ、長官には今後もGFを指導して頂かなくてはなりません」
貝塚は目の前の男の陣頭指揮に反対し、自身のGF長官就任も辞退した。
「長官は私の意見を容れて下さいました。艦隊戦力を可能な限り保全して、機会あるまで反撃能力を保持するという案を。突き上げも相当なものだったはずです」
「当たり前だ……華々しいだけの決戦と一時的な勝利など意味がない。まして門外漢の介入で無駄な犠牲を出すなど、耐えられないことだ」
「私は自分が行ってきた作戦指導に自信を持っています。そしてそれを主導した以上、最後には現場で責任を取る覚悟です。この階級章はそのために頂きました」
GFに大将はこの場の二人しかいない、最先任艦隊司令長官の現場における権限とはそういうものだった。
「貝塚大将の努力を決して無駄にはしません。誓って目標を完遂いたします」
阿部が言った。常々積極策を主張してた彼の目は、悲壮感よりもむしろ働き場所を得た使命感を感じさせた。GF長官は視線を転じた。
「君には、或いは難しい選択を強いることになるかもしれない。情報が不足するであろう状況で、矛盾するかもしれない目標が設定されているからな」
「はい、最善を尽くします。」
「これだけは言っておく、気負うな、責任は全て私にあるのだ。私の命令を遂行する限り、君を責め立てするものは私が許さん」
「有難うございます」
その日、第3艦隊旗艦<播磨>に2旒の旗が掲げられた。一つは大将旗、そしてもう一つは帝国海軍の栄光を体現する4色の旗、Z旗だった。
●第2次山陰沖海戦〜絶望の空を越えて〜
■貝塚武男、葵角名、有賀幸作、土方龍、藤堂明、パトリシア・エドウィナ・ヴィクトリア
▲日本海
大きく迂回して北から山陰を目指す大日本帝国海軍第三、第二艦隊。
第三艦隊旗艦<播磨>の弾薬庫では、銀星のパイロット達が、自分の抱えていくべき爆弾に思い思いの言葉を書き入れていた。
『破邪顕正』『闘魂炸裂』『至誠通天』『誓殺米賊』といった定番もの。西の優勢を認めてしまっているのが物悲しい『盛者必衰』『驕者不久』。文句の付けようはないが激しく間違っている『東方不敗』。
とは言え、しっくり来る四文字言葉は限られる。途中で、ネタが尽きた。
「あと、何かあるか?」
「そうだなあ……」
彼らが首をひねっているところに現れたのは、貝塚武男だった。周囲を見渡す。
「面白いことをしていると聞いて来て見れば。肝心な言葉がまだ出て来ていないじゃないか」
言うと、手近な兵から筆を取り上げ、おもむろに書き込む。
『上官横暴』と。
たちまち湧き起こる爆笑。その渦は、瞬く間に<播磨>全艦を呑み込んだ。
生還を期し得ない出撃を前にして、戦士達の心が一つになった瞬間であった。
葵角名らの第501偵察飛行隊は、第511戦略偵察戦隊と共に山陰沖の索敵に当たっている。だが、葵機の対艦レーダーが敵主力を確認しないうちに、対空レーダーの方は向かって来る機影を捕らえた。振り切ることは不可能ではない。しかし、それをすれば燃料を大量に消費してしまう。新潟に帰り着けなくなる。
「どうします?」
後席に座る通信員の問い。以前にもあった状況。その時何と答えたか、忘れたわけではない。だからこそ、今回は、葵は聞き返した。
「心残りはないか? 俺は、今日という今日だけは、退くつもりはない。燃料切れで不時着することは覚悟の上だ」
敵艦隊の位置が分かるだけでも、攻撃は可能である。だが、「西日本海軍か米海軍か」「護衛艦艇の質と量」「それを何重に配しているのか」等、情報は幾らあっても足りる ということはない。
そして、これから行われようとしているのは、後がない決戦である。数え切れない人間の運命が掛かっている。たった二人のそれと引き換えにできるものではない。
偵察員は、即答した。
「お付き合いしますよ」
「ようし。行くぞ!」
偵察終了後、燃料切れで能登半島沖に着水し、ヘリによって救助された葵らは、
「一生分の運を使い切ったな」
と述懐する(実際には葵の運はまだ少し残っていたが、それはまた別の話)。
そして、殆んどの偵察機乗りは葵ほどの幸運も技量も持たなかった。
しかし、彼らの殉難は序曲に過ぎない。これから始まる戦闘は、通常兵器での殴り合いとしては余りにも多くの死者をばら撒くことになる。
☆
索敵に力を入れたのは、東側だけではない。僅か4ヵ月前に痛い目を見たのと同じ場所で、同じ相手に、同じ奇襲を許すつもりは西側にはなかった。
結果的に、両艦隊が互いの所在を突き止めたのはほぼ同時だった。
そして両指揮官は、その激しさによって歴史に残ることになる決断を下す。
<凛鳳>に将旗を掲げるC統合任務部隊第3群司令官有賀幸作中将はこう言った。
「直ちに攻撃隊を出せ。発艦後は艦隊も最大戦速で前進。攻撃隊を迎えに行く」
「艦隊上げて、ですか?」
参謀長が聞き返した。発見された以上、攻撃を受ける前に艦隊を移動させて敵を振り回すのは定石である。だがそれは母艦ごと突撃することではない。
有賀は苦い笑みを浮かべて、しかし明快に説明する。
「そうだ。相手はあの貝塚だぞ。堅実な用兵で知られた奴が仕掛けてくるからには、既に我が方が不利なのだ。逆転するには少しでも距離を詰めて攻撃を反復し、叩き潰すことだ。独露空軍が出て来るまでに貝塚を各個撃破する、それ以外に勝機はない。
本当なら空母と足の速いフネだけで行きたいところだが、主役である戦艦を置いていくと防空が成立しないからな。俺もそこまで無謀じゃない」
戦艦が防空戦闘の主役。その意味するところは、本来艦隊防空に割くべき戦闘機を減らして制空に叩き込む、ということである。
だが驚くべきことに、貝塚の命令はもっと苛烈なものだった。
「偵察機には接敵を続けさせろ。だが攻撃隊はまだ出すな。義勇空軍と連携できなければ、我々が必要とする戦果は上げられない。なお、二航戦を含む全ての艦は、一航戦の盾となれ。相手は闘将を以って鳴る有賀先輩だ。肉を切らせて骨を断つ……いや、骨まで斬られる覚悟がなければ太刀打ちできん。そもそも、艦隊の潰滅は最初から覚悟の上だ」
あらん限りの力で殴りに行く有賀。足を止めて殴られるに任せ、カウンターを狙う貝塚。
この後、僅かな時間に、東艦隊は三次に及ぶ空対艦ミサイル攻撃を受けることになる。
若狭湾上空で早期警戒に当たっていた富嶽電探が大型機を含む多数の接近を知らせたのは、有賀が結果的には最後となる攻撃隊を発艦させた直後だった。
「……間に合わなかったか」
絞り出すように言う有賀の表情は、第四次川中島合戦において、武田信玄に死の淵を覗かせながら敵主力の到着により長蛇を逸した上杉政虎(謙信)のそれを彷彿とさせた。
あと一息というところまで追い詰めながら、各個撃破は水泡に帰した。そればかりか、挟撃を受ける立場に追い込まれた。無念や痛恨などというありふれた言葉で表現できる悔しさではない。
だが、この事態も予期していなかったわけではない。
元々、「ミサイルを撃たれる前に爆撃機を叩き落す」べく、防空隊を(艦隊上空に張り付けるのではなく)若狭湾に差し向けている。舞鶴や守山からの戦闘機隊もこれに加わる。艦隊直掩は、岩国から飛来したスーパーセイバーに任せる。
発射されてしまったら、艦隊防空システムに託すまで。誘導ミサイルとて、ジェット機の何倍もの超高速で突っ込んで来るわけでもなければ、回避行動を取るでもない。アメリカ流のシステム防空を以ってすれば、落とせないものでは決してない。
対空砲火で落とし尽くせる限界を超えた飽和攻撃でも、成功と決まったわけではない。チャフによって目標から逸れることもある。動作不良で飛びもせず海に落ちるものや、命中しても不発に終わるものは必ず出る。一発直撃するだけで沈没するような駆逐艦に十発も二十発も命中する可能性だって否定できない。
更に、C統合任務部隊第3群の東側――ミサイルの多くが飛んでくる方向に、戦艦多数を保有するA統合任務部隊が、各空母の前衛として立ち塞がっている。その中でも<尾張>と<ニューハンプシャー>の強靭さはとりわけ高い。数発、数十発とミサイルを被弾しても、容易に沈むことはない筈だった。彼女たちがその巨体でミサイルを引きつけてくれれば、艦隊全体へのダメージを抑えることが出来る。
今までの戦闘で、東艦隊にはそれなりの打撃を与えた筈である。これからの攻撃をある程度の被害で食い止めることができれば痛み分けである。そして痛み分けとは即ち、余力を残している連合軍の勝ちに等しい。
有賀は、まだ諦めてはいなかった。
(厳しいな)
貝塚は戦況表示板を眺めながら、誰にも聞こえぬよう呟いた。防空戦の経過を眺めている。もっとも、いまだ人力に頼るその表示速度は、残念ながら状況の変化に対応し切れているとは言いがたい。
空母が全滅するようなことはないだろうが、果たして直ぐに動ける艦がどの程度残るだろうか。いや、むしろ逆に考えるべきかもしれない。機体がろくに残らないのだから、例え廃艦同然でもよいから1隻でも多く沈没を免れ、艦艇乗員たちが生還することを願うべきだろう。
<播磨>がその巨体を震わせる、回避運動だ。その船体規模に比して非常にスムーズな回頭速度は日本帝国の艦艇設計技術の高さを証明しているが、乗り組んでいる者にとってはじれったいほどにゆっくりと感じられる。
「総員、衝撃に備えよ!」
誰かの絶叫の次の瞬間、<播磨>を轟音と振動が襲った。
(ミサイル、複数同時か!?)
貝塚は指揮官座席から投げ出されつつ、一瞬のうちに思考を進めた。そして次の瞬間に身体を貫く激痛が襲い、彼の意識は闇へと落ちた。
☆
<凛鳳>CICに陣取る有賀は、無言で艦対空レーダーのPPIスコープを見ていた。艦隊司令官の仕事は、余計な口出しではない。状況を冷静に見極め、必要な決断を下すことにある。有賀はそんな鬱陶しい役目など引き受けたくなかった生粋の武人であるだけに、何が為すべきことで何がそうでないかは理解していた。
今、電子の目が有賀に示してくれる状況は三つ。一つは義勇空軍が損害を出しながらもミサイルを発射して一目散に離脱したこと。二つ目は襲来した東艦載機をスーパーセイバーが痛撃したこと。そして最後の一つは、それでも東艦載機はミサイルを撃たず、かつ前進をやめようとはしないことだった。
(波状攻撃か……流石に貝塚、厄介なことをやって来る)
東海軍の行動は、有賀にとって理解できないものではなかった。確かに義勇空軍の攻撃に合わせて北からも誘導弾攻撃をかければ、より安全に戦果を拡大することができる。だがミサイルは目標を選別することができない。護衛艦艇にばかり命中して肝心の空母は無傷という結果に終わる恐れがある。確実に空母へ撃ち込もうと思えば、浜松沖のように肉薄して発射せねばならない。そのために義勇空軍の攻撃に乗じて接近し、タイミングをずらして攻撃する。面白みはないがそれだけに防ぎづらい手法だった。一つ間違うと各個撃破を喰らうが。
(我慢しきれずに、過早に撃ってくれればしめたものなのだが。流石に貝塚とその部下だけのことはある。……そうだな、まず20キロ圏辺りで予備攻撃を掛けて輪形陣を崩す、そこを突いて突入し、総力で叩く……といったところか。浜松沖と同じだ)
有賀の読みは正鵠を射ていたが、しかし致命的なまでに間違っていた。
貝塚の切り札は、遠距離攻撃が可能だが目標を選別できず、一撃必殺の威力もない対艦誘導弾ではなかったのである。
C統合任務部隊第3群戦艦部隊戦艦<大和>艦長土方龍少将は、ミサイルの接近を前に決断した。
「空母を守れ……両舷全速!」
「艦長、それは!」
「本艦は、空母直衛としてここにいるのだ。義務を果たす、それだけだ」
熱気を凝縮したが如き言葉で副長の反対をねじ伏せながらも、土方は決して理性を曇らせてはいない。
「ミサイルが多過ぎる、どのみち被害は避けられない。そして敵艦載機は今なおミサイルを撃ってはいない。その迎撃のためには小型艦艇を多数失うよりも、<大和>一隻で済ませる方が良いだろう」
C3水上戦闘部隊と共に空母群の東側に陣取るA艦隊。<尾張>艦長藤堂明大佐も、土方と同じ判断を下していた。
「レーダー出力最大」
それはパッシブ・レーダー誘導と推定される敵ミサイルを吸引するための命令だった。
「心配するな。ミサイルで戦艦を沈めた事例は存在せん。落ち着いて応急処置をしている限り、十分耐えられる」
(まあ、沈まないだけかもしれないがな)
藤堂は自分がかつて研究会で作成したレジュメの一節を思い返した。戦艦をミサイルで沈めるのは難しいが、戦力を低下させることは出来る。そしてそれで十分であり、対抗して戦艦を持ち出す必要はない。
だが今は、その沈まないだけのデカブツが役に立つ。水上にその姿をとどめている限り、ミサイルを幾らでも引っ掛けることが出来る。やれやれ、最後のご奉公としては、何とも素敵じゃないか。
盾にならんとする者がいるならば、槍にならんとする者もまた存在する。
定位置を外れ、英軽空母<トライアンフ>の前に立ち塞がるべく波を蹴立てる軽巡<シェフィールド>に対応し、英第1駆逐隊もその配置を切り替えつつあった。
盾として差し出すべき巨大な船体を持たず、そして排水量に比して大きな防空力を持つ駆逐艦たちは、過剰なまでの暴力の行使に同じ暴力で立ち塞がろうとしてるのだ。
駆逐艦<ノーストリリア>艦長パトリシア=エドウィナ=ヴィクトリア少佐は思案した。駆逐艦は僅かなミサイルで簡単にその能力を失ってしまう。たった1発をその身で受け止めたために、より多くを迎撃できる力を失ってしまいかねないのだ。ならば自ずと、戦艦や巡洋艦とは違う戦い方があるはずだった。
「さあ、全弾撃ち落とすわよ。泣き言は聞かない。私はチャレンジもしないで最善の結果を諦めるつもりなんて更々ないの。神の振る気まぐれなサイコロに頼る気はないけど、諦めたら僅かな可能性さえゼロになるわ。大丈夫。ヴィクトリア(ローマ神話における勝利の女神『ウィクトーリア』の英国式発音)はね、ひねくれ者なの。すがり付いて助けを求める者は袖にするけど、彼女に頼らず自分のベストを尽くす人間には微笑むのよ。私が言うんだから間違いないわ」
瞬間、CICの全員が、名前だけでなく実績においてもまさに「ヴィクトリア」であり続けてきた自分達の艦長に視線を向け……心の底から納得し、唱和した。
「イエス、マム!」
それを受け、婉然たる笑みを浮かべたウィクトーリアの化身は、すらりとした人差し指を天空へと突き上げ、歌うように宣言する。
「オーケイ。レッツ、ショータイム!」
藤堂の考えの正しさを証明するかのように、対艦ミサイルで沈んだ「戦艦」はついに無かった。しかし「巡洋戦艦」<春日>、即ち<アラスカ>級「大型巡洋艦」は、新時代の暴風雨に耐えられなかった。
その長大な船体に無数のミサイルを受けて火達磨となった<春日>は、次の瞬間大爆発を起こして転覆していったのだった。合衆国海軍は無数の改良が加えられた同艦を戦艦と同等に扱い、それゆえに世界最強の水上打撃任務群――A戦艦部隊に編入していたのだが、基礎的な防御力の低さをとうとう克服できなかったのである。
この事例は戦艦<ニューハンプシャー>のたどった運命と対になり、ミサイル対戦艦と言うテーマにおいて、後の研究者たちに議論の種を提供することになる。
そして同時に、藤堂のもう一つの考えも正しかった。ミサイルは戦艦群に致命傷を与えることは無かったが、高射火器その他の柔らかなものを次々と吹き飛ばしてしまっていたのだ。
五〇に満たぬ低空で突進してきた銀星は、目標手前で高度を一気に五〇〇まで上げた。そこから、緩降下を開始。
ミサイルを前提とした機動ではありえない。
爆撃も、通常ならばこの高度ではありえない。貫通力が低下するし、爆弾自体も信管が機能せず不発に終わることが多いからだ。それは即ち、通常の爆弾ではないことを意味している。
これこそが貝塚の切り札。名付けて武蔵弾。または百六十番。
その名の通り<武蔵><信濃>の四十六サンチ砲弾を改造した、千六百キロ爆弾。これなら文字通り鉄壁の装甲を持つ改大鳳級だろうと、ダメージコントロールに優れたエセックス級だろうと、問題なく海底に送ってやれる。
無論こんな爆弾のお化けを抱えれば運動性は低下する。それで艦隊輪形陣に斬り込んでいくのは、自殺行為以外の何者でもない。
だがそれなら、輪形陣を崩せばいい。
独露義勇空軍からの対艦ミサイル飽和攻撃。そこから立ち直れぬうちの、流星改によるミサイル攻撃。貝塚にとってはその全てが露払いに過ぎなかったのである。
対艦ミサイル飽和攻撃が成立した時点で、艦攻や艦爆が命を賭けて突入する時代は終わった。終わった筈だった。だから誰もが――有賀さえもが――予想していなかった。
だが、貝塚は時の歯車を逆に回して見せた。
対艦ミサイル飽和攻撃を利用して、緩降下爆撃で勝負をかける。それは、滅亡の運命を知ってなお抗い続ける大日本帝国海軍の掉尾を飾るに、もっとも相応しい情景であった。使用される爆弾が大艦巨砲のなれの果てとあれば、尚更に。
西日本海軍が未だに育成している、往時ほどではないが化け物じみた見張員たちによって、敵機が吊り下げている爆弾が大きすぎること、そしていかにも動きが鈍いことが報告された。
土方にはその正体が推察できた。
「これが……敵の決め手か」
土方は呻いた。
有人機とその爆弾は、投影面積に騙されて戦艦へと反れてはくれない。ミサイルを大分食い止めはしたが、無傷なものなど1隻も残っていない空母群がこれに耐えられるのか。いや、そもそも攻撃を吸収するなどと言う余裕もなく、戦艦も空母もやられてしまうのではないか。
一瞬頭をよぎった迷いを振り払う、栓のないことだ。
「全艦集結! 反転針路180! 空母群の前に出る。腕に自身のあるものは小銃を持って甲板に立っても良い、1機でも多く叩き落せ。敵の動きは鈍いぞ!」
そして僚艦にも警告を出した。例え空母が残り1隻となったとしても、彼らはまだ諦めるつもりはなかった。
最後の矢が連合軍艦隊に止めを刺さんとしていた頃、東軍第3艦隊も死闘の中にあった。
空襲は収まったが、乗員たちは命中したミサイルによる火災と浸水を相手に不利な戦いを強いられ、一部は緩慢な死へと向かいつつあったのだ。
今まさに巨大な空母が大きく左舷に傾き、沈もうとしている。最後の最後まで敵の攻撃に耐え抜き、艦の維持に努めてきたが、もはやそれも限界に達したようだった。徹底抗戦の代価として、乗員の脱出は難しいだろう。
一度は収まりかけた火災が再び勢いを増し、大小の爆発を起こしながらついに甲板が海面に接触する。同時に我を忘れた兵たちが次々と海へと飛び込んで行く。
大日本帝国海軍の至宝と謳われた空母の、それが最後の姿だった。生存者のうち最上級者は少佐だった。
「格納庫火災、止まりません!」
「艦尾より浸水再開、限界です!」
「このままでは弾薬庫に火が回ります!」
悲鳴のような報告に淡々と指示を出しながら、<凛鳳>艦長は半ば無感情に艦内電話を切った。被害状況を記したボードを睨み、副長に電話をした後で有賀のほうに向き直った。
「司令官、残念ながら本艦はこれまでのようです」
「そうか」
軽空母<千代田><トライアンフ>の2隻は先のミサイル攻撃で既にその姿はなかった。米空母<ヴァレー=フォージ>も例の化け物じみた大型爆弾を受けてから連絡がつかない。しかし<瑞鶴>と<生駒>はまだ生きている。
「急ぎ、他の艦へお移り下さい」
「分かった、と言いたいところだが、兵の退艦が先だ」
「しかし、本艦はもう……」
いつ何時沈むかも分かりません、と言う言葉を艦長は辛うじて飲み込んだ。
「<大和>と<瑞鶴>にそれぞれ任務群と空母部隊の指揮を執るように伝えろ、あの幸運艦どもなら大丈夫だ」
戦艦<尾張>の船体を揺るがす衝撃は艦尾甲板で発生した。
「第3砲塔被弾! ターレットリングが破損、旋回不能です!」
「左舷より敵編隊来ます!」
藤堂は露天艦橋に立っていた。動きの鈍い爆撃機と戦うのなら露天艦橋にいたほうがやりやすい、そう考えたのだった。無論そこに少なからぬ見栄が混じっていたことも事実であろうが。
今のところその策はある程度成功しているようだった。被弾は1発だけ、それも砲塔直撃貫通ではなく、辛うじて艦の中心軸から逸れたため大事には至っていない。ただでさえ数が少ない主砲の1基が使えないのは残念だが。
(戦艦なんぞをわざわざ狙いに来るとは、まさか空母が全部やられたと言うのか? それとも他に理由があるのか?)
しかし考えを進める余裕は与えられない。
「敵編隊、本艦後方を通過!」
「……やつら、<ニューハンプシャー>を狙う気か!」
戦後の或る研究者は、<大和>級と<紀伊>級を最強の戦艦、そして<モンタナ>級を最良の戦艦と呼んだ。主砲一発辺りの貫通力と直接的な装甲の厚さと言う、戦艦を戦艦たらしめている要素以外、軍艦としてのバランスのよさでは<モンタナ>級は日本戦艦を凌駕していたと言ってよい。
しかし今の<ニューハンプシャー>は満身創痍だった。<紀伊>級を17メートル上回る船体に物を言わせ、大量のミサイルを吸収していたからだ。速力も旋回性も落ちている。<尾張>よりも組み易しと見たのだろう。
「ホチ、主砲対空射撃急げ!」
藤堂は叫んだ。砲術長がブザーを押し込むと直ちに全艦に警報が出され、予め定められた者達は遮蔽物に逃げ込む。右舷に向けられた第2砲塔の51センチ砲2門が仰角を取った。
「テーッ!」
砲術長がトリガーを引き、次の瞬間赤黒いものが砲口から飛び出した。「尾張」と「ニューハンプシャー」の中間上空で炸裂し、よろばう様に飛んでいた銀星が木の葉のように吹き飛ばされる。貴重な、しかし無力な勝利と言えた。
結局、<ニューハンプシャー>を助けることは出来なかった。個艦防空能力をほぼ喪失した同艦に、敵機は波状的に襲い掛かって武蔵弾を命中させ、そのうち1発が第2砲塔を直角に貫通。優秀な合衆国海軍のダメージコントロールも限界を迎えており、弾薬庫誘爆によって大爆発を起こし、艦首を突き立てながら轟沈していった。
「二航戦より報告、<笠置>は健在、<阿蘇>も辛うじて回航可能とのことです」
「<大淀>より入電、『我、応急修理完了セリ、戦闘航海可能』」
通信士が報告する。
「ご苦労、下がってよい」
艦長が応じた。
「覚悟はしていたとは言え、あの艦が沈むとは……」
戦況表示板を眺めやる。今までの戦闘が走馬灯のように思い出された。
「水雷戦隊に、可能な限りの生存者を収容するよう伝えてくれ。少しでも多くの兵を拾ってやらねば」
赤色灯の点る<播磨>CICに貝塚の声が響いた。額の包帯には血が滲み、骨折した腕は痛々しく吊られているが、休む気にはなれなかった。攻撃隊の第1陣を出迎えるため、甲板へと上がる。
空母<翔鶴>が艦尾のみを突き出している姿は、まるで帝国海軍の落日を象徴するような光景だった。しかし兎にも角にも彼らの作戦は成功し、そして彼と艦隊の多くは生き残ったのだ。貝塚は今はただ、それに感謝していた。
水平線の辺りで、<ヴァレー=フォージ>がその巨体を海中に沈めてゆく中、<凛鳳>の退艦作業が行われていた。司令官自らが残留して艦内放送で冷静な行動を呼びかけ、将兵たちは混乱の中にも奇妙な秩序を保ってボートに移乗して行った。
<ヴァレー=フォージ>が完全に姿を没した頃、格納庫甲板から艦首上甲板にかけて大爆発が発生する。この時点で既に乗員の過半が脱出に成功していた。更にその7分後、空母<凛鳳>沈没。
海戦後の調査で、波間に漂う司令官を見た、と証言する者が多くいたが、収容された乗組員の中に有賀幸作中将の姿はなかった。彼が如何に兵に愛されていたかを物語っていると言えよう。
●イオージマ・ステーション
■小笠原沖
▲ヒュー=トマス=ジェフリーズ、ブータニア=ニューブリック=ゴッドール、メイフライ・メイフィールド
Z統合任務部隊司令長官ヒュー=トマス=ジェフリーズ少将は最近体調を崩していた、軍医以外にもたちの悪い咳を隠し切れなくなっている。それでも職務を怠る気などさらさらない彼は、旗艦としている防空巡洋艦<ハーマイオニー>艦橋に詰めていた。
そこに血相を変えた通信士官が飛び込んでくると、ジェフリーズは軽い叱責口調で落ち着くよう嗜めた。
「山陰沖に展開した友軍が――」
これ以上はないほどの悲報であった。連合軍艦隊は枢軸軍の対艦ミサイル飽和攻撃を受けて壊乱し、今なお追撃を受けつつあると言う。参加していた英艦隊は、軽巡洋艦<シェフィールド>が対艦ミサイルの最初の犠牲となって爆沈、軽空母<トライアンフ>も総員退艦、駆逐艦にも少なくない被害が出ていると言う。
息を飲む音がした次の瞬間、ジェフリーズがくぐもった呻き声を上げ、うずくまった。透明な液体が艦橋の床を汚す。
「長官! おい、軍医を呼べ! 急げ!」
「騒ぐな!」
かすれた叫びを上げ、再びうずくまる。参謀たちが上官の身体を横たえ、介抱する。
「この程度のことで騒ぐな……兵を不安にさせてはならんぞ」
対艦攻撃の訓練を兼ねた哨戒飛行から戻った第893海軍管制(実験)飛行隊長兼英空母航空群分任航空指揮官メイフライ・メイフィールド中佐も部下から悲報を聞かされた。
「……ああ、被害報告は良い。複数方位からの同時ミサイル攻撃は自分も考えたことだ、やられたらどうなるかも解っている。そんなことより、だ。 ……彼らは勇敢に戦ったのかね?」
「はい。歴史上の誰よりも」
「ならば良い」
山陰の方を向くと、メイフィールドは完璧な敬礼を送った。
「ならば、残された者がするべきことは一つだ。灰色狼の始末は、我々の手でつけてやる」
<インディファティガブル>艦長ブータニア=ニューブリック=ゴッドール大佐もまた、戦死者たちに敬意をささげた後、黙々と自身の義務を果たし続けていた。
敵の主力が山陰に向けられてはいても、少数によるゲリラ的襲撃がないとは限らない。大敗を喫した今だからこそ、目の前の任務を完璧に果たすべきだ。動揺する部下に対してゴッドールはそう語った。
「今は耐えろ、復仇の機会は必ず来る。今は持ち場を守るのだ」
●第2次山陰沖海戦〜失われた勝利を求めて〜
■阿部俊雄、土方龍、藤堂明
▲山陰沖
第2次山陰沖海戦はいまだ幕を閉じてはいなかった。
阿部俊雄中将は第3艦隊第9戦隊司令官であった頃から、その積極性と戦意で知られていた。それゆえに慎重な用兵を旨とする貝塚と意見が別れることも多かった。しかし、いまや二人の意思は統一され、その作戦は成功しつつある。阿部の使命はその総仕上げだった。
東軍第1艦隊は、山陰沖の連合軍艦隊の海域へ向けて突入を開始した。敵艦隊の混乱を利して戦果を拡張、あわよくば空母部隊を捕捉するのだ。第1次山陰沖海戦の傷がいえた第1艦隊は全艦が投入されていた。
そしてそれを察知した連合軍は、水上戦闘可能な艦艇を掻き集めて迎撃し、空母部隊を何としても脱出させる決意を固めたのである。
「ひどいもんですな」
戦艦<尾張>艦長藤堂明大佐は隊内電話に向けて言った。
彼の論評の対象は、今まさに集結しつつある連合軍水上打撃任務群だった。A統合任務部隊を中心に、他の艦隊からも健在な艦艇を借り出している。それでも無傷の艦は、特に大型艦においては殆どいなかった。いうまでもなく、彼の艦もその「ひどいもん」の内だ。
「さて、どうすりゃいい?」
「何言ってるんですか。それは私が聞きたいですよ、土方少将」
電話の相手――C3戦艦部隊指揮官兼<大和>艦長土方龍少将は不審げに先を促した。
「A艦隊の艦は私が引っ張ってきましたが、この場の最上級者はあなたです。<ニューハンプシャー>に乗っていたウチのガイギャックス中将も、そちらの有賀中将も行方不明なんですから、あなたがこの残存艦隊の指揮官なんですよ」
東軍第1艦隊は<武蔵><信濃><長門><日向>を中心に、一路敵艦隊の中核へ向けて突進を継続していた。
阿部はここへ来て、難しい決断を迫られていた。つまり、どこまで戦うのか、ということだ。何もせず引き上げるのは論外だが、ただただ突っ込み続けるわけには行かない。
ミサイルでは艦艇は簡単には沈まない以上、隻数だけならば連合軍艦隊はこちらを上回っている。こちらが好き勝手が出来るのは、連中が混乱している間だけなのだ。一度統制を取り戻したならば、怒り狂った敵艦隊に袋叩きにされてしまう。
幾らなんでも、数ヶ月単位で作戦復帰が出来ない空母と引き換えに、1個水上打撃艦隊を使い潰すのは効率が悪すぎる。そもそもこの後、若狭湾岸での艦砲支援を陸軍に約束しているし、そうでなくても本当に全艦隊を失ってしまったら、祖国の未来はなくなってしまう。
いや、止そう。もしかしたらあっさり残存艦隊を蹴散らして空母を仕留められるかも知れないじゃないか。まずは連中の迎撃を突破するのが先だ。
東へ向かう第1艦隊を遮るように連合軍艦隊は出現した。反航戦では逃げられると考え、寄せ集めとは思えない見事な運動で変針、同航戦の態勢に入る。
連合軍は<尾張><大和><ミズーリ><ケンタッキー>の順で単縦陣を組む。
「よいか、ここで我々が相打ちとなって全滅しても、後に残された味方がきっと勝利をもたらしてくれる。祖国のため、統一を待ちわびる一億国民のため、総員奮励努力し、誓って敵を撃滅せよ! 撃ち方はじめ!!」
連合軍戦艦は1〜4番艦まで、それぞれ対応する番号の敵戦艦に対して射撃を開始した。沈める必要はない、追撃を諦めさせればそれで良いのだ。
「いいな? 予定通り敵1番艦に射撃を集中せよ。打ち方始め!」
連合軍の発砲を見て、すぐさま阿部の号令が下る。10秒以内に第1艦隊戦艦群は主砲を放った。阿部の作戦は、傷ついているであろう敵戦艦を1隻ずつ狙い撃ちにし、順番に短時間で戦闘能力を奪おうと言うものだ。
両軍の砲戦は続いたが、暫くは互いに致命傷を相手に与えることは出来なかった。
連合軍が善戦している理由は艦の配置にあった。本来は指揮官である土方が座乗する<大和>が先頭に立つべきであったが、各艦とも損傷していることを考慮し、藤堂が<尾張>を先頭に立てることを提案したのである。そのため、第1艦隊の砲弾は堅牢なヴァイタルパートを持つ<尾張>に吸い込まれていったのだった。
藤堂の言葉は再び現実となった、沈まないだけのデカブツが役に立つ。
水雷戦隊同士の交戦もほぼ互角に進んでいる。終に阿部は方針を変更した、各艦はそれぞれ対応する番号の敵艦を射撃せよ。
徐々に距離が詰まる中、大きな損害を出す艦が出始めた。<ミズーリ>が<長門>の射撃を受けて第2砲塔が沈黙、<日向>は<ケンタッキー>の射撃を受けて艦尾が廃艦同然になっている。合衆国戦艦は特にミサイルによる電子関係への損害が激しく、射撃精度が低下していたが、それを発射速度で補っていた。
そして最も接近した1番艦同士で破局が発生した。<尾張>の砲弾が<武蔵>に命中してマストを無残に倒壊させたのだ。そしてその<武蔵>の反撃により<尾張>は半身不随に陥る。
<尾張>は予定にない変針、第1艦隊への接近を開始した。これが舵機損傷による結果なのか、それとも藤堂大佐の独断であったのかはいまだ解明されていない。だが、これが捨て身の阻止行動と言う形になったのは紛れもない事実である。
一気に距離を詰める<尾張>の前部主砲4門が<武蔵>に向けて咆哮する。<大和><信濃>も互いの砲戦をやめ、1番艦を支援すべく砲を指向し、射撃を開始する。
幾度目とも知れなくなった<尾張>の射撃が<武蔵>を貫き、第3砲塔を貫通、沈黙させた。そして大規模な浸水を巻き起こし、<武蔵>は針路を逸らし始める。そして次の瞬間、<尾張>の姿はまばゆい閃光に包まれた。
<武蔵>か<信濃>のいずれかのものであることは間違いない砲弾が、対51センチ防御を施された<尾張>のヴァイタルパートを貫通、弾薬庫を誘爆させたのである。<尾張>の8万トンの巨体は海上に跳ね上がり、次の瞬間真っ二つに折れた。人間、機械、さまざまなものを撒き散らしながら、艦首と艦尾があさっての位置へ着水する。火災、黒煙、蒸気を噴出す船体は、急速に海面下に没し始める。
しかし<武蔵>艦内は歓声一つ上がらなかった。<尾張>の最後の一撃は彼女に勝利の喜びなど忘れさせるほどの損害を与えていたからだ。
そして最後の転機が訪れた。両軍のレーダーに新たな艦影が出現したのである。それは応急修理を終えて戦闘航海が可能になった<甲斐>以下の水上部隊だった。
この時、<日向>の姿は既に海上になかった。彼女は20年以上も新しい<ケンタッキー>を相手に何恥じることない戦いぶりを見せ、大破に相当する損害を与えた後、敗れ去っていた。
(よし、まだやれる)
土方は思った。<ミズーリ>も<ケンタッキー>はかなり危ないが、<大和><甲斐>が生きていれば、手負いの<武蔵>に<信濃><長門>を相手に出来る、そう、少なくとも相撃ちまでは……。
「よし、<甲斐>に通信、針路――」
阿部は決断した。これ以上損害を出すわけには行かない。
西日本最強の戦艦<尾張>を撃沈した、こちらが失ったのは<日向>1隻。政治的成果として、これで満足すべきなのだろう。軍事的成果としては……やむをえまい、あれだけの攻撃を加えてなお、連合軍艦隊はここまでの抵抗を見せるのだ。これ以上を望むのは不可能だ。あの新たな水上部隊の状態は不明だが、仮にあれも撃破出来たとして、その後さらに空母部隊に突入できるとは思えない。
「諸君、よくやってくれた。本作戦はこれにて終了とする。艦長、面舵一杯、敵艦隊と距離を取れ」
「長官、まだやれます! せめてこの海域の敵を――」
「いや」
なるほど、貝塚長官の気持ちが今になって分かった気がするな。立場は人を変えるものだ。戦隊司令官は常に勇敢であれば良い。しかし艦隊司令長官は違う、三菱の番頭のような算盤勘定もしなければならない。
「諸君らをここで失うわけには行かない。我々には次の任務が待っているのだ」
「帰ってくれたか」
土方は遠ざかっていくレーダーの光点を見つめた。追撃の余力などあるはずもない。
それより急ぎ生存者の救助をしなければ……<尾張>は多分駄目だろうが、他にも巡洋艦や駆逐艦が何隻も喰われている。もし出来るならば、<日向>の連中も助けてやりたい、この戦争もいつかは終わるのだから――。
「<ミズーリ>より入電、『我、損害復旧の見込みなし、総員退艦発令す』」
「前のときみたいに空母が無事だったら、工作艦でも呼んで回航できたかもしれないが、今回は無理だろうな。承知した、生存者収容の用意あり、と伝えろ」
「<ケンタッキー>は何とかなるそうです。こっちを手伝う余裕はないみたいですが」
作業指揮が一段落ついた土方は甲板に上がり、先ほどまで<尾張>の残骸が漂っていた辺りを眺め、帽子を脱いだ。
●Uボートエース
■山陰沖
▲アルベルト=エントラース、ギュンター=フランク
独第1潜水群所属U−17水測員長ギュンター=フランク中尉は笑みを浮かべた。
ウラジオで整備補給にこき使われた後、出撃前日まで上陸を許されたためだろうか、いつになく血色が良い。
だがしかし、彼が上機嫌なのはそれが理由ではない。
「間違いありません、例の大物です」
U−17艦長アルベルト=エントラース大尉もまた笑みで答えた。
「よし……喰うぞ」
航空機とその母艦、駆逐艦の多くを失い、西軍艦隊の戦力は大きく低下していた。それは対潜能力においても例外ではない。先月の鉄壁のような警戒態勢が嘘のようであった。
U−17は目標の右舷前方に展開し、最適のタイミングを待つ。今すぐ逃げ出すべきではないか、実はこちらは発見されているのではないか、戦闘中のサブマリナーが常に感じる疑念を振り払い、エントラースは時計とチャートと水測報告に神経を集中する。
「1番から4番、発射!」
身の毛もよだつような音を立て、4本の牙――誘導魚雷が放たれた。後は祈るのみ。
「急速潜航!」
永遠にも思える数十秒の後、爆発音が彼らの耳に到達した。
C統合任務部隊第3群所属空母「生駒」に命中した魚雷は2本だった。本来の彼女であれば、耐え抜き得る損害だ。
だがその時の「生駒」は本来の能力を全く発揮できない状態だった。彼女自身も、乗り組む将兵も、傷つき、疲れ切っていた。そして魚雷は最悪の場所――艦底部で炸裂したのである。浸水に次ぐ浸水に、応急能力はその限界をあっさりと迎えた。
空母「生駒」沈没、この海戦で最後に失われた連合軍艦艇である。
この時を以って、第2次山陰沖海戦は実質的に終了した。
●海上砲台
■若狭湾
▲阿部俊雄
しかし、未だ戦い続けている者達もいた。東軍第一艦隊は、若狭湾岸の陸軍を支援すべく航海を続けている。だが。
「やはり、駄目か」
第1艦隊司令長官阿部俊雄中将は無念そうに呻いた。
<武蔵>は決死の突撃を仕掛けてきた<尾張>によって致命的な損害を受けていた。浸水量は刻一刻と増大し、排水は全く間に合わない。それでも連合軍が態勢を立て直す前に引き上げようと、可能な限りの速力で離脱してきたのだ。
このままでは沿岸で艦砲射撃どころか、新潟まで持っていけるかも怪しい。いや、持って行けたとしても、いつ何時沈没するか分からない7万トンの鉄塊を、港口に入れるのは危険が大き過ぎはしまいか?
「長官、残念ながら本艦の命脈は尽きました。この上は、最後の花道を頂きたくあります」
「何だと?」
「本艦を若狭湾岸に座礁させ、砲台として陸軍の作戦を支援するのです。ただ海に沈められるよりは、<武蔵>も本望でしょう」
阿部は黙考した。
「よろしい。二戦隊司令伝えろ、代わって艦隊の指揮を執れ、とな」
「いえ、長官は<信濃>にお移り下さい」
「馬鹿な、未だ生きている旗艦を見捨てて行けと言うのか」
「我々は破れたのではありません、長官には未だ率いるべき艦隊が残っています。どうか<武蔵>は小官にお任せください」
「短い間だったが、良い艦だった」
阿部は下ろされる中将旗を見上げて呟いた。傍らの艦長を振り返る。
「艦長、艦を失ったとて、死んではならんぞ。座礁する場所は舞鶴の東、友軍の勢力圏だ。支援も要請しておく、必ず生きて戻れよ」
座礁した<武蔵>、そして遊弋する<信濃><長門>の艦砲射撃が、連合軍兵士の頭上に降り注いだ。
そして、全弾を打ち尽くした艦長と砲術科員たちは、万歳三唱ののち総員退艦、戦艦<武蔵>は自爆し、永久に失われた。
●火事場泥棒
■佐世保
▲アーレイ=アルバート=バーク、アルバート=ハミルトン、加藤源五、伊藤祥子
当然のことながら、定例の連絡会議は沈鬱な空気に包まれていた。山陰沖の大損害は、連合軍将兵の精神、その許容度を大きく越えていた。
しかしそれでも、次の戦いに向けた方策は練られねばならない。
C統合任務部隊第2群司令官アーレイ=アルバート=バーク中将が発言した。
「我が軍は総戦力の3分の1を作戦不能とされたが、それでも現有兵力で大きな優位に立っている。件の飽和攻撃は何度も気軽に出来るものではない。損害は甚大だったが、戦略的状況が逆転したわけではない」
道理ではあった。全軍に対する比率で言えば、東日本海軍の今回の損害も凄まじいものである。
「しかしながら、司令官。情報部及び哨戒潜水艦からの報告によれば、独露極東艦隊が大湊に入港し、戦列に加わったと聞きます。この影響は……」
第1駆逐隊司令アルバート=ハミルトン大佐が疑問を投げかける。バーク中将は資料を示しながら答える。
「義勇艦隊に編入されるかどうかは未だ決まっていないらしい。だがその戦力にしたところで、無論無視は出来ないにせよ、戦局をひっくり返すほどのものではない。何か奇手や、政治的な術策を使ってくれば別だが……」
続いて山陰沖から辛くも生還した駆逐艦<白百合>艦長伊藤祥中佐が発言する。
「東海沖その他で多発していた商船被害は、船舶の航行を抑える事である程度改善されたと聞きますが、それが長続きするでしょうか」
短期的には船舶の喪失を抑えることで問題は先延ばしできるにせよ、いずれは物資の不足から輸送の強化が必要になる。それまでに護衛計画を確立しなくて大丈夫なのか。伊藤はそう言っていた。
「敵潜水艦の跳梁は、我が管区においても深刻です」
第一地方隊司令加藤源五大佐が発言する。
彼も山陰沖に出撃し、護衛作戦を担当する予定だったのだが、あの海戦でそれどころではなくなってしまった。
「日本海の艦隊が一掃されてしまった時に、敵潜が大量に侵入した。今のところ――」
その時、若い大尉が電文綴りを手に飛び込んできた
「司令!」
「何事か?」
「V1と思しきミサイルが3発、佐世保港内に着弾しました! 港湾施設に被害が出ているようです!」
「分かった、私も直ぐそっちへ行く。各哨戒部隊にこのことを伝えろ! それから損害の集計を急がせろ」
加藤は大尉を下がらせ、一同に向けていった。
「対馬方面の防備は万全とは言えません。おそらくこちらの混乱を好機と見て侵入した、敵潜水空母によるミサイル攻撃でしょう。物理的な被害は今回は未だ小さいでしょうが、余り続くようでは内外の不安も高まります」
●1、攻勢発起
■白石海斗
▲一〇月五日 敦賀
黄昏の闇の中に、無数の野獣が蠢いている。
この日の夕暮れ、今床町に進出した北陸方面軍司令部の天幕の外で、大日本帝国陸軍北陸方面軍司令官、白石海斗大将が思ったことはそれだった。
臨時とはいえ、大将の任を与えられた男として、彼はそれを強く思っていた。なにしろ、この数キロの幅もないこの町の山林には、一個装甲師団以上の兵力が群れているのだ。彼らは息遣いだけを町中に響かせながら、静かに、しかし確かな戦意を滾らせながらその姿を闇と地形に潜ましている。いや、それだけではない。なにしろこの北陸には--
「作戦発動まで、あと五分ですな」
彼とともに天幕の外に出ていた参謀たちの一人がドイツ製の時計を見ながらそう呟いた。
彼は夕暮れの空を見上げていた。部隊に徹底した灯火管制が行われているため--というよりは、敵の爆撃で民家のほとんどが破壊されたため、地上の光は少なく、空には夕闇と星空が広がっている。まるで、北海道の原野のような空だ。
白石は思った。つまりは、それほどまでにこの国の荒廃は広がったということか。白石はむず痒い気分を覚えていた。
参謀が続ける。
「これを、最後の戦いにしたいものですね」
「必ずそうしてみせる。いや、そうしなければならない、我々が」
白石は全身のむず痒さを切り離すように力を込めて答えた。
「すでに、俺たちの仕事の大半は終わっている。だが、だからといって決断が必要な事態が起こらないとも限らない」
「攻勢準備はすべて整っています。少なくとも、今のところは、すべて予定通りです」
別の参謀が告げた。
「彼らの、勇戦に期待しましょう」
「攻勢発起まで、あと一〇秒」
副官の一人が突然口を挟んだ。
「五、四、三、二……今!」
刹那、天幕から報告が達する。
「関ヶ原に展開する六個師団の砲兵隊、射撃開始しました!」
「北陸・東海方面から夜間攻撃機隊、出撃開始」
「桑名の三個師団も同様!」
「こちらも……始まります!」
その言葉が響き渡った瞬間、東方の山影からどろどろと腹に響く連続した音響が響き渡り始めた。それがなんであるかは疑問の余地はない。音響は、衝撃を伴った地鳴りとなって彼らの足元を揺する。
夕闇の中、幾多の砲声と、それを伴いながら西方へと飛翔していく榴弾の群れ。関ヶ原と違い、規模の小さい陽動的な砲撃にもかかわらず、闇と夕闇が混ざり合っていた空は今、多数の照明弾によって極彩色に彩られている。まるで、この世の終わりの始まりであるかのように。
地鳴りは、いまだ続いている。
「始まった」
誰かが、呆然とした口調で呟いた--予定通りの情景であるにもかかわらず。
「始まっちまった。天下分け目の戦いが」
白石は思った。そうだ。始まりだ。これは俺たちのターンの始まりだ。
これまでの数ヶ月間、俺たちは苦難を重ねてここまで来た。山口の橋頭堡からたたき出され、一度は全面崩壊の危機に陥りながらも、今こうして反攻を開始するところまでこぎつけた。この一戦で、大日本帝国が日本全土を解放することはできない。もう、この国にそんな力は残されていない。しかし、この戦いで流す血によって、戦争を止めることは出来るかもしれない。もちろん、流されるべきは--西の裏切りものどもの血と、米帝どもの血だ。
そうだ、我々は勝利するために反攻を開始するのだ。決して負けるためではない!
「各軍団、ならびに各師団司令部に通達。俺の名前でかまわないよ」
白石は、いつもの居酒屋の店主のような口ぶりで、ニヤリとしてそう呟いた。
「皇国の興廃この一戦にあり。各員、死力を尽くして奮戦すべし。なんとなれば、破壊の鉄槌は敵の頭上に下されん! そうだ、京都へ行こう!」
白石がそう告げる間にも、新たな報告が入る。
「関ヶ原の敵砲兵、対砲兵射撃を開始!」
かくして、大日本帝国(東日本)、および独露の義勇総軍による反攻作戦、「鉄槌」(ドイツ側名称、「アイゼンハンマー」)は開始された。
東日本軍はこの時点で、作戦の目標を明確に定めていた。すなわち、作戦目的は敵の戦争計画の破壊、すなわち戦争遂行能力の損失。作戦目標は敵野戦軍の撃滅。そして、そのための手段は、京都突入による敵戦力の包囲だ。
各々の指揮官にはそれぞれの思惑があったものの、目的と目標の明確さ、そしてその遂行のための戦力集中は見事なものだった。少なくとも戦いが開始されたこの瞬間、東側はそうした攻勢側のイニシヤティブを完全に掌握していた。ある意味で、これから始まる二週間の戦いの結果は、この時点で決定していたのかもしれない。
戦いは、両軍が数ヶ月の対峙の末、ついに「本気」の殴りあいが開始された関ヶ原の戦いが最初の焦点となろうとしていた。
東側は、「鉄槌」攻勢の第一段階として、関ヶ原の前面に布陣していた六個歩兵師団による関ヶ原の西側陣地帯への薄暮強襲を開始していたのだ。
●2、関ヶ原強襲
■八原博道
▲一〇月六日 関ヶ原
陣地における防御戦闘とは、その言葉の印象に反して、決して固定化されたものであない。
確かに、陣地での戦いは、陣地に敵が取り付くまでは、防御側優位の原則が働く。単純にいって、こっちは陣地に篭っているのに対し、あっちは丸見え。射撃し放題。だからこそ敵は迫撃砲やら野砲やらで陣地の歩兵の頭を上げられないようにするのだが……そうであるとしても、生身の人間が陣地に突撃しなければ陣地が奪えないことに代わりはない。過去の数々の戦闘により、火力がどのような意味を持つか十分に理解している二つの日本軍であってさえもそうした原則からは逃れられない。
しかし、一度、敵の歩兵が陣地に取り付いてしまえば、あとは完全に流動的となる。要するに「文字通り」殴り合いをする距離で戦うことになるからだ。そして、たいていの場合、敵は数的優位を確保した上で(大隊ないし連隊規模で)強襲を仕掛けてくる。守りぬけるかは、陣地に篭る部隊(たいていは中隊規模だ)の奮戦に賭けるしかない。もし奪われたのならば、自軍は予備で逆襲を仕掛けるか、そのまま味方が敗走し、敵に陣地を奪われるのを見ているしかない。
今のところ、関ヶ原における陣地戦は、熾烈ではあるものの、流動的とはなっていない。関ヶ原から長浜にかけて、西側の五個師団の構築した何重にも渡る陣地線は、東側六個師団の強襲を受けなながらも、耐え続けている。いくつかの中隊陣地は潰され、侵食されたが、そのたびに東側の歩兵部隊に大損害を与え、戦力の再編を強要していた。
もちろん、そうして作り出した時間を利用して、西側の各師団は予備の連隊や、敗走した人員を(無理やり)ひとまとめにした集成中隊を予備陣地に押し込み、再び陣地に布陣させていた。
東側は、そうして延々と構築される陣地帯--その中の三分の一は、「敵がいると見せかけ、強襲の準備をする時間を無駄に使用させるため」の偽装陣地--をひとつひとつ潰しながらも、そうした成果を挙げるたびに、兵力と士気と、そして時間を磨耗していっているようだった。当初、東側優位で開始された砲兵同士の砲撃戦も、一〇月六日の夜明けと同時に、ほぼ互角の様相となっていた。砲兵の数そのものは東側が優勢であったものの、西側の陣地砲撃に忙殺され、その効率を下げていたのだった。これに対して西側の砲兵は、突撃する各歩兵連隊や東側砲兵に対して榴弾を叩きつけ、大きな破砕効果を生み出していた。それでも互角であるのは、東側が限定的な制空権を握り、西側砲兵が絶え間ない移動を強いられていたからだった。
要するに、関ヶ原は、四〇〇年前の戦いとは反対に、西側の優位下で進行していた。東側は堅固な陣地帯に対して、ただ犠牲を出し続けている。いまや伊吹山の丘陵や関ヶ原の関は、東側の兵士たちの死体で埋め尽くされ、焦土の上を赤黒く染めている。
戦線の後方、米原の町に置かれた西日本陸軍の第2方面軍司令部でも、そうした事実は把握されていた。
前線からは混乱を伴った不明確は情報がひっきりなしに届けられ彼らを混乱させていたが、すくなくとも、前線の五個師団が負けてはいないのは事実らしかった。将兵たちが体力を削って作り上げた関ヶ原の多数の陣地帯は、その堅固な地形とあいまって、東側の突破をまったく許してはいない--。
「だからこそ、この攻勢が陽動だと判断するんですか?」
司令部の作戦室で、参謀の一人が尋ねた。噛み付くような口調だ。
「しかし、そんなことが……」
「あるはずがない、というならば、君は明日からここに来なくていい」
第2方面軍司令官、八原博通中将が細めの顔に表情を浮かべないまま答えた。事実上の叱責を受けたその参謀はそのまま黙り込んだ。八原はその性格と来歴から、想像力のない人間にはとことん容赦がない。
とはいえ、八原にとって、現状が意外であることも事実だった。
彼の指揮する第2方面軍は、敦賀から桑名にかけて展開する西日本の三個方面軍のうち、最大の兵力を預けられていた。すなわち、関ヶ原に展開する歩兵五個師団、そして、米原や大垣に布陣するアメリカ第21師団と英連邦連合師団を主力とする兵力だ。これらの兵力は、おもに関ヶ原を中心とする陣地帯に収容され、敵を迎え撃つ態勢を固めていた。
西側は、この第2方面軍と、北陸の敦賀から長浜の線に展開する第1方面軍を戦線前面に配置するとともに、予備兵力の第3方面軍を彦根・八幡・桑名方面に配置、敵が敦賀、もしくは関ヶ原を突破した際のと押さえとしていた。第3方面軍には、西側が持つほとんどの戦車・騎兵師団が集中さえていた。まさに、機動予備と称するに相応しい戦力だ。また、この第3方面軍もまた、琵琶湖東岸に三重にもわたる陣地帯を構築、関ヶ原から京都・大阪方面への突破を防ぐ障壁としていた。
要するに、西側の防御態勢は、関ヶ原〜琵琶湖東岸にかけては、「鉄壁」というに相応しいものとなっていた。これは、太平洋戦争で幾多の防御戦を指揮し、自らではどうしようもない理由で敗北を続けた八原や、これまでの撤退戦で絶妙な指揮によって西日本軍を破滅のふちから救ってきた第1方面軍司令官、武本利勝中将の努力の結晶だった。入魂ともいってよい。
そして、「鉄壁」の関ヶ原陣地帯は今、その努力に相応しい奮戦を見せている。関ヶ原前面の東側は、全力をあげた攻勢を仕掛けながらも、早々と頓挫の危機に陥りつつある。実際には、東側はこうした事態を予測、未然に防止するために近衛師団の各連隊を分割、夜間浸透突破を図っていたが--いずれも西側の陣地帯にぶつかり、頓挫の憂き目にあっていた。
だが、だからこそ八原は疑問を抱いていた。敵は、「本当に」全力でこの関ヶ原を抜こうとしているのか? もしかして陽動ではないのか?
「確かに、敵の狙いが判然としないことは事実ですね」
参謀の一人が言った。
「ですが、今の状態で出来ることがないのも事実です。現状でも、関ヶ原では殴り合いが続いています。もしかすると、ある程度関ヶ原の歩兵師団を弱らせた後に、敵は装甲部隊による突破を開始するのかもしれません。
また、日本海では、東側の機動部隊が出撃、こちらに艦隊決戦を挑もうとしている可能性があるとのことです。この戦いの結末をみてから、敵は本格的な攻勢に打って出るのかもしれません。こちら側の機動部隊が敗北する可能性は皆無ですが……彼らはそう思ってはいないのかもしれません。
どのみち、現状の我々は、耐えることだけを考えるべきでしょう」
「第1方面軍の状況は」
八原は厳しい表情で尋ねた。
第1方面軍戦区もまた、第2方面軍の布陣する関ヶ原方面と同時に、陣地帯が広域に渡って展開していた。
関ヶ原と比べればその縦深は深くないが、それでもある程度の耐久力を持っている。
「こちらと同様に敵の強襲が繰り返されています。やはり、突破を許してはいません。
少なくとも、現状で我々は優位を確立しています。このまま戦いが続けば、いずれどこかで敵の突破が行われたとしても、どうにかなるはずです」
「そうだな」
八原はしぶしぶながら頷いた。内心の懸念はともかく、現実的にはそのとおりに思えたからだ。
今のところ、第1方面軍の戦線が平穏な以上、現状のまま戦い続けるほかない。
第3方面軍を動かすにしても、敵が新たな動きを見せてからでしか不可能だ。軍隊とは、そう簡単に自らが篭った場所から動かせるものではない。
八原がそう思う間にも、北方からは無数の砲声が響き渡っている。
関ヶ原での殴りあいは、現在進行形で行われている。今この瞬間にも、5個の歩兵師団は、血を流しながらも敵の強襲を耐え凌いでいるのだ。
「第3方面軍には、二個師団の機動打撃兵力を関ヶ原に送ってくれと伝えてくれ」
八原は命じた。
「それだけあれば、この関ヶ原の守りは、どんあことがあろうとも万全となる」
このとき、八原は、実は正しい答えを導き出していた。そう、東側は日本海における艦隊決戦の行方を見定めながら、ある一点での突破のチャンスを伺っていたのだ。
しかし、西側がその事実を確信したのは、翌々日--日本海での艦隊決戦が終了し、西側の機動部隊が撤退に追い込まれた直後のことだった。
この戦いにおける西側最初のカタストロフィは、八原たちの力が及ばぬところで引き起こされていたのだ。そして、その余波は瞬時に八原たちに襲い掛かった。
「……第1方面軍司令部より、緊急電!」
翌々日の早朝、依然として激闘が続く関ヶ原の戦況を、混乱の中で見守っていた第2方面軍司令部に、伝令の一人が駆け込む。
「敵は、我が戦区にて突破戦闘を開始した模様!」
●3、穿たれた城砦
■武本利勝
▲一〇月八日 長浜
東日本軍の第七戦車師団に所属するとある少尉の回想によれば、その日に行われた突破攻勢は
「やってやれないこともないけど、本当にやれるものなのか?」
というものだった。
彼の感想は、東側がこの日開始した新たな攻勢の様相を端的に示していた。
当初、関ヶ原の第2方面軍戦区と同様に、両軍の激しい陣地の争奪戦が行われていた敦賀の第1方面軍戦区、そこで東側は、突如として新たな増援、機甲兵力を投入し、突破を開始していたからだ。
つまり、東側は、
・ 両軍の陣地を巡る争奪戦が行われているという混乱的な状況で新たな機甲兵力を投入すれば、前線で大混乱が発生する
・ 陣地を潰さなければ道路を打通できない
という二つの危険を完全に無視し、強引に突破をなしとげようとしたのだった。確かに「やってやれない」ことではないが、通常は損害が大きすぎて、「本当には実行に移せない」類の戦術だ(その実相を簡単に記すと、陣地からの射撃が降り注ぐ街道を、複数の戦車悌団がなりふり構わず突進していくような光景となる)。
だが、東側は、それを本当に開始してしまった。
彼らはある程度の犠牲を出しながらも、この滅茶苦茶な戦術行動に突破の成功を賭けたのだ。
そして今、彼らの頭上に敵機はいない。敵機動部隊の撤退とそれに伴う混乱いう事態によって「一時的な制空権の空白」が敦賀上空に生じていたのだ。
東日本陸軍は、海空軍がその血でもって生み出したチャンスを、やはりその血でもってモノにしようとしていた。
東側の強引な突破攻勢が開始されたその日、第1方面軍司令部は、長浜に置かれていた。彼方から砲声がひっきりなしに聞こえてきているのは、米原の第2方面軍司令部と同様だ。
しかし、彼らを取り巻く戦況は今、第2方面軍とは比べ物にならないほど逼迫したものとなっている。
「すでに、敦賀の国道27号線沿いの第八師団の前線は突破されています」
参謀の一人が口にした。
「第8師団の各連隊の陣地は健在ですが、一個戦車師団による強引な機甲突破を受け、後方を遮断されたも同然です。
これに対して、賤ヶ岳方面の第1師団、第2師団は、同様に敵の一個機動歩兵師団の突破を受けながらも、師団長命令で予備陣地に撤収、依然として大規模な突破を許していません。
現在、敦賀では、第8師団は事前の計画通り、陣地の固守を選択、後続する敵の隊列に砲火を向けて侵攻を妨害していますが、敵の砲兵が第27号線沿いに集中して砲火を浴びせているため、あまり上手く言っていません。これまでに第27号線の突破に成功したのは、二個師団相当の兵力と思われます」
「つまり、敵の本当の狙いは琵琶湖北方の突破だったということか」
第2方面軍指揮官、武本利勝中将は苦虫を潰したような表情を浮かべていた。いつもは柔和な、ともすれば優しい教師のような顔つきは、今は前線指揮官そのものというべき、厳しいものとなっている。
「確かに、敦賀を突破すれば、舞鶴方の第5海兵師団の展開する第二線陣地しか障壁は存在しない、いや、その手前の琵琶湖西岸から丹波高地に侵入してしまえば、関ヶ原と琵琶湖東岸の陣地帯を大きく迂回して京都と大津に侵攻することができる。そうなれば、第1方面軍は袋のネズミ。東の奴らめ、考えたな」
「問題はそれだけではありません」
作戦幕僚の一人が言った。
「現在、第1、第2師団が粘っている賤ヶ岳が突破されでもしたら、関ヶ原の第1方面軍はまるごと包囲されることになります。もちろん、そうした場合に備えて、我々の第6師団が今津に、第3方面軍が琵琶湖東岸に展開しているのですが……」
「つまり、機動打撃で、その双方を食い止めなければならない、ということだな」
武本は重苦しい気分で呟いた。
要するに、自分の第1方面軍は、事実上その力を失いつつあるということだ。指揮下の主力の三個師団は、敵に突破されるか、予備の陣地に追い詰められている。あとは、第3方面軍の反撃が成功することを期待するほかない。
それにしても、敵があんな強引な(ムチャな)戦術で突破を仕掛けてくるとは思わなかった。だが、実際に敵はその戦術を用い、27号線の突破に成功してしまった。敵が突破を開始して、現状のような状況となるのに、数時間しか経過していない。山岳地帯を戦車師団が突破できないというのはあくまで概念に過ぎなかったというべきか。畜生、予備の第101師団と第102師団の前線到着が間に合っていれば、もうすこし粘れただろうに。ないものねだりであることはわかっているが……。
「ともかく、我々のなすべきことはこの三つだ。第一に、第6師団をマキノ町〜今津に布陣させ、敵の琵琶湖西岸への進出を防ぐ。第二に、第8師団に小浜方面への撤退を、第5海兵師団に同方面への進出を命じ、敵の丹波高地進出を阻止する。そして第三に、第3方面軍に機動打撃兵力の琵琶湖両岸への派遣を要請する。この状況だ。第3方面軍としても全力を前線に派遣することはできないだろうが、二個師団相当ならば可能なはずだ」
「典型的な……逐次投入ですね」
誰かが呟いた。武本は一瞬だけ目をむいたが、大きく溜息を吐いて自分を諌める。声の主は、現実を要約しただけなのだ。事実、第3方面軍はすでに関ヶ原方面に二個師団を送っている。第3方面軍から見れば、敵の多方向への攻勢に対し、戦力を分派している状況に他ならない。
「だが、やってもらわなければ困る」
武本は毅然として言い放った。
「少なくとも、これで敵の進撃を、いずれの方面でもストップさせられるはずなんだ」
しかし武本は、寸分の安堵も抱けなかった。彼には疑念があったからだ。
東側は、関ヶ原の防御態勢が鉄壁であること、これに対して、敦賀の防御が脆いことを見越して、今回の攻勢を仕掛けてきた。つまり、俺たちが機動予備を後方に置き、いざという場合の反撃を画策していることを予想しているはずだ。
そんな敵が、この反撃をいなす方法を考えることなく、攻勢を開始したとは思えない。
敵はまだ、奥の手を残しているのか?
●4、伏兵動く
■高橋兼良
▲一〇月八日 近江八幡
武本の推測もまた正しかった。
東側は、敵の機動予備による反撃を粉砕するための手を打っていた。それは半ば奇跡のような成果であったが、彼らの執念が現実に打ち勝ったがゆえに成果でもあった。
第2方面軍戦区の関ヶ原では依然として陣地の争奪が続き、第1方面軍戦区では、敦賀が突破され、賤ヶ岳がさらなる重圧を受けつつあったとき、機動反撃を担当する第3方面軍が最初に移動を開始させたのは、米原に布陣していたアメリカ第8師団だった。
すでにこのとき、第3方面軍は第7戦車師団と第1騎兵師団を関ヶ原に派遣していたが、すでに移動を完了している手前、賤ヶ岳に派遣することは無理だった。
アメリカ第8師団は隊列を組んで米原から長浜へと行軍を開始した。この日、前述したとおり琵琶湖周辺の制空権は空白状態にあり、空襲の心配はなかった。その当然といえば当然の判断が、彼らの災厄の発端となった。
長浜市に彼らが侵入したとたん、アメリカ第8師団は東側がもぐりこませていたと思われる分隊単位の斥候と接触した。しかし彼らは気にすることなく市街(といってもすでに廃墟だが)を通過しようとした。
アメリカ第8師団の隊列に、次々に巨大な爆発が発生したのは次の瞬間だった。爆発は連鎖的に発生し、戦車やトラックといった車両を次々に吹き飛ばしていく。その火力の規模は、砲兵射撃の比ではない。廃墟と化していた長浜に、彼らが身を隠すべき塹壕はなかった。彼らの切り札とも言うべきM4シャーマン大隊も、一撃で全車両を吹き飛ばされ、天高く持ち上げられる。
業火の饗宴は五分ほど続けられたが、その間にアメリカ第8師団は戦力の四割を失って後退を強いられることになった。行軍の途上であったことがその損害の最大の理由だった。そしてその事実は、第1および第2師団の賤ヶ岳保持が不可能となったことを意味していた。
近江八幡に置かれた第3方面軍司令部では、アメリカ第8師団の悲鳴のような状況報告が届いていた。
一方、第1方面軍からは、第1・第2師団の賤ヶ岳からの撤退と、第8・第5海兵師団の小浜からの撤退という二つの凶報が届けられていた。いずれも、敵の強大な火力によって、防御陣地が半ば無力化された結果だった。敵は、アメリカ第8師団を破砕したのと同規模の火力の支援を受け、これらの陣地を突破したのだった。
「艦砲射撃、だとぉ……!」
第3方面軍司令官の高橋兼良中将はそう呻くように呟いて戦況図を睨んだ。彼の視線は、若狭湾沿岸に設けられた監視所から届けられた報告にもとづき、戦況図の若狭湾の区画に新たに描かれた敵兵力に向けられていた。
「奴ら、そのために戦艦群を若狭湾に突入させたというのか」
「おそらくは」
参謀の一人がそう答えた。それ以外、答えようのない状況だった。
アメリカ第8師団の行軍を阻止し、さらには賤ヶ岳と小浜から西側の師団をたたき出したのは若狭湾への突入に成功した東日本海軍の戦艦群だった。機動部隊決戦にかろうじて勝利した東側は、そのまま武蔵や信濃をはじめとする戦艦群を若狭湾に突進させ、陸軍と協力して艦砲射撃を敢行したのだ。確かに、若狭湾の沖合いの戦艦が居座れば、その半径三〇キロから四〇キロ圏内は、主砲射撃の火力制圧圏内となる。それは西側の誰でもわかる理屈であり、誰もが想定できる話だ。しかし、それを東側が「本当に」やってしまうとは、誰も予想していなかった。
つまり、敵戦艦が若狭湾に居座っている限り、琵琶湖周辺と丹波高地以北は、そこにこちらがわが陣地を構える限り、艦砲射撃で叩かれてしまうことになる。いや、制空権や砲弾の残数の問題もあるから、その効果が持続するのは今日一日程度だろう。しかし、それでも第3方面軍の作戦構想--予備兵力による機動防御を妨害するのには十分な時間だ。敵は、こちらの動きが取れないうちに、丹波高地方面、もしくは琵琶湖西岸沿いに進撃し、京都へ突き進むことが可能となる。少なくとも、それを可能とするだけの戦力が、敦賀からなだれ込んでくるだろう。
「どうしますか」
誰かが尋ねた。選択肢には限りがあった。少なくとも第1、第2師団は、賤ヶ岳からたたき出されても、関ヶ原に布陣する第2方面軍が長浜前面に構築した陣地に収容できる。また、小浜からたたき出された第5海兵師団と(二度の陣地戦でボロ雑巾のようになった)第8師団は、舞鶴以西に撤退させ、敵のこれ以上の西進を防がせるほかやり方はない。
問題は琵琶湖西岸だった。現在、そこには第6師団がマキノ町に布陣しているだけだった。敵が京都への突進を目指すのならば、第6師団の突破を図るに違いない。しかし今、そこは敵戦艦群の火力圏内にある。だが、兵力を派遣しなければ、第6師団は持ちこたえられない可能性がある。
今、西側にとって最大の問題は、西側がどれほどの戦力を北陸に配置して、敦賀から突破させようとしているかが不明な点なのだ。状況から察するに、東側はほとんどの機甲兵力を敦賀から琵琶湖西方になだれ込ませている可能性すらある。もしそうであれば、第6師団は単独ではとても持ちこたえられない。第6師団が崩壊すれば、京都へは琵琶湖西岸を南下するだけでたどり着ける。
しかし、第6師団を支援するために、琵琶湖西岸に増援を送り込んでも、艦砲射撃で叩かれる危険がある。そして、そこに戦力を置いても、丹波高地からの迂回を防ぎとめられるわけではない。いずれ北側から大きく旋回され、無力化される可能性すらあった。
もちろん、この状況で、機動予備の全力を琵琶湖東岸からは動かせない。状況が流動的に過ぎ、敵がどこから新手の増援を繰り出すかわからない以上、うかつに出せば全面崩壊の危機さえある。
要するに、第6師団に固守を命じ、機動予備の一部を送り出して時間を稼がせるか、それとも第6師団に撤退を命じ、琵琶湖西岸を明け渡すか。二者択一だった。
「イギリス近衛戦車旅団を、第6師団の支援にまわす旨を、第1方面軍司令部に伝えろ。敵の艦砲射撃をかわすために夜間行軍となり、到着は若干遅れることになるだろうがな」
高橋は命じた。闘将でもなく、臆病でもない彼は、あえて現状維持を望んだのだった。
少なくとも、第6師団の戦力を増強して琵琶湖西岸を防御し、敵に丹波高地の迂回という面倒を背負い込ませれば、京都を守るための新たな手を打てる。第6師団はマキノ町や今津町、安曇川町といった連続した緊要地形に防御陣地を築いている。段階的に撤退すれば、敵の包囲を受けることなく、敵の琵琶湖への時間を稼げるはずだ
高橋の判断は、正誤を含んでいた。
●5、死と破壊の奔流
■ルドル・フォン・シュトロハイム 佐世保海
▲一〇月九日 琵琶湖東岸
敦賀から小浜に至る国道27号線は、いまや東側の主要な進撃路と化していた。福井に集結していた東側の各師団が、限定的な制空権の下、次々に敦賀市を通過、琵琶湖西岸へとなだれ込んでいる。
その先鋒となっているのは、ドイツ第一SS装甲師団「LAH(アドルフ・ヒトラー連隊旗)」だった。この東側最強、いや枢軸陣営最強ともいうべき戦力を持つ装甲集団は緒戦の突破で損害を負い、一時的に後方に下がっている第七戦車師団を混乱の中で追い抜き、小浜を突破、舞鶴に撤退する敵の海兵師団を追わず、162号線にスイッチして丹波山中を駆け抜けている。
七号戦車レーヴェを主力とする各装甲連隊は、良好な可動率を維持したまま、何ものにも邪魔されぬまま、京都に向けて大きく迂回するかたちで突進しつつある。舞鶴を第5海兵師団にまかせ、綾部へとボロボロになりながら撤退を続ける第8師団に、彼らを止める力も意思もない。
これに続く形で、第一四歩兵師団、第一六歩兵師団が、27号線から162号線を用いて丹波山中へと足を踏み入れつつあった。彼らはSS第一装甲師団の打通が成功した後、舞鶴前面と丹波に布陣、西方からの反撃に対する障壁となることを求められていた。彼らが同地に布陣している限り、丹波山中の街道は東側にとっての安全な補給路となる。
丹波山中の安全がこの二個師団で確保された後は、さらに彼らに続き、ドイツ第四装甲師団や第九装甲擲弾兵師団、そしてリューシカ戦車師団を始めとする主力の機甲兵力が駆け抜け、京都へと突進を図る計画となっている。162号線を美山町まで打通してしまえば、京都から大津にかけて複数の路線を用いて進撃が可能となる。
一方、より京都までの距離が近い、琵琶湖西岸の街道を用いた侵攻は、第一SS装甲師団に次いで敦賀を突破した第六SS山岳師団、そして161号線を用いて賤ヶ岳からマキノ町に転進した第二機動歩兵師団に任されていた。彼らは、マキノ町に敵一個師団が布陣していることを知っていたが、それでも構うことなく、同師団への攻撃準備を開始していた。
また、この他にも、長浜付近では第一師団と第一八師団が、賤ヶ岳から撤退した敵二個師団の追撃に掛かっていたし、敦賀には東側のなけなしの予備兵力、第一九師団および第一、第二海軍陸戦隊が布陣していた。
もちろん、彼らの後方からは、前述した数個の装甲/装甲擲弾兵/戦車が、次々に敦賀から京都に向けて移動を開始しつつあった。
今、東日本の各師団は、敦賀という決壊地を利用して、奔流のように琵琶湖西岸に侵攻しつつあった。
それは、主力のほとんどを琵琶湖東岸に向けてしまっている西側にとって、全面包囲の恐れさえある事態だった。
「この調子でいけば」
第一SS装甲師団とともに小浜に進出した東側義勇軍司令部。そこで、総司令官の副官が呟いた。
「第一SS装甲師団は、数日で京都に突入できる見込みですね」
「そうあってほしいが、どうかな」
義勇軍総司令官、ルドル・フォン・シュトロハイムSS大将が呟いた。彼の視線は、先ほど更新されたばかりの戦況図に目が向けられている。
今、敦賀を突破し、琵琶湖西岸へと進出しているのは、162号線を突き進む第一SS装甲師団と、舞鶴前面に到着したばかりの第一四歩兵師団、現在進行形で小浜を通過しつつある第一六歩兵師団、そしてマキノ町を北から攻める第二機動歩兵師団、西から攻める第六SS山岳歩兵師団の五個師団だった。敦賀からの突破を果たす予定の戦力の三分の一に過ぎない。
「たとえ第一SS装甲師団が京都へ王手をかけたとしても、それではこの作戦の目標は達成できない。丹波山中の街道は進撃路には使えるだろうが、補給路に用いるにはいささか苦しい。やはり、京都を奪うためには--」
「琵琶湖西岸の、161号線および36号線が不可欠、ですか」
「そうだ。この二つの国道を制圧して初めて、我々は琵琶湖の南方に主力を叩き込める」
「つまり、マキノ町に展開する敵をどう撃滅するかが鍵となる、ということですね」
「もちろん、手は打ってある」
シュトロハイムは鼻で笑うように答えた。
「そのために、賤ヶ岳で血を流したばかりの第二機動歩兵師団をシライシから借りたのだ。あとは--」
そういってシュトロハイムは、皮肉に口をゆがめた。
「わざわざノルウェーから、地球の反対側に連れてきたんだ。彼らの奮戦には期待を寄せたいところだな」
マキノ町に布陣する第6師団の防御戦闘は、一〇月九日の早朝から開始された。マキノ町に北方から伸びる161号線、西方から延びる8号線を巡り、各陣地からの激しい射撃が開始される。第6師団は戦力の大半を、両国道を制圧できる場所に設けた陣地群に収容していた。
第6師団の第13連隊長、佐世保海中佐に任された区画は、8号線に立ちはだかるように琵琶湖の北岸から北に延びるマキノ追坂峠付近だった。彼は指揮下の各中隊をこの峠に配置して、敵の接近を防ごうとしていた。第6師団はもともと熊本出身の師団であり、日本が二つに分断された後も、精強師団のひとつとされていた。
連隊司令部は塹壕の一角に設けられていた。そこで佐世保は各中隊の防御線を見守っていた。敵は機動歩兵師団のようだったが、どうやらこれまでの戦いで消耗しており、その攻勢撃退は容易のように思われた。実際、彼の連隊は敵の攻撃開始から、二度も強襲をはじき返していた。
これならいける。ひっきりなしに響く銃撃を耳にしながら、佐世保は思っていた。このまま戦いが続き、補給され確保されるのならば、何日だってここで耐え続けられる。マキノ町は山岳に囲まれた緊要地形の中に納まっている要所だ。簡単に落ちるはずがない。それに、後方からは--、増援のイギリス戦車旅団が駆けつけているって話だ--。
と、そのとき、師団司令部から無線が入電した。佐世保は受話器を握り、その内容を聞く。佐世保は師団長命令を聞いた瞬間、唖然としながら答えていた。
「撤退ですって!? そんな、防御戦はいまのところ優位に--」
「残念ながらそうもいかんのだ」師団長は切迫した口調で答えた。
「後方の303号線から、SSに所属すると思われる一個山岳連隊が強襲を仕掛けている。急ぎ今津の第二陣地に撤退する。急げ。敵は我々を包囲するつもりだぞ!」
それは、西側の琵琶湖西岸の防御体勢の崩壊を意味する出来事であると同時に、シュトロハイムの作戦計画が完全に成功したことを意味する出来事でもあった。
彼は、第6師団をマキノ町からたたき出すために、山岳突破を得意とする第六SS山岳師団を同方面に27号線から303号線に迂回させるかたちで派遣、東方から浸透を仕掛け、マキノ西方の陣地を無力化しようとしたのだ。この機動により、第6師団は包囲を避けるために今津町へと撤退するほかなかった。
しかし、今津町の第二陣地に撤退した後が、第6師団にとっての本当の試練の始まりだった。翌日、第六SS山岳師団は、303号線から、琵琶湖の東岸沿いを南北に走る367号線をも素早く制圧、マキノ町を落としたのと同様のやり方で、今津町の側面を衝いたからだ。この段階で、イギリス近衛戦車旅団も今津に布陣、第6師団の収容支援に当たったが、事態が飲み込めていなかった彼らは再び第六SS山岳師団の背後への浸透を受け、最後の予備陣地のある安曇川町へとなすところなく撤退を強制された。
この段階で第六SS山岳軍団の疲労もピークに達し、攻勢を停止せざるをえなかったが、東側にとってそれは望みうる最善の結果だった。第6師団の二度の撤退によって琵琶湖西岸の半分を制圧することに成功しただけでなく、そうすることで琵琶湖東岸への砲兵射撃も可能となったからだ。実際、東側はすぐさま軍直轄の砲兵を投入、琵琶湖南岸の守山航空基地への砲撃を開始し、これを破砕した。この打撃により、西側の航空基地群は一気に大阪周辺にまで押し下げられることになった。
しかし、その直後に発生した事態と比べれば、まだまだ事態は生易しかった。
第6師団とイギリス近衛戦車旅団が安曇川町へと三度の布陣を果たした一〇月一一日、その背後では、一六二号線を一直線に突破してきた第一SS装甲師団が、ついに京都へと突入を開始たからだった。
琵琶湖西岸の西側部隊はすべて包囲された。この数日後、彼らはほとんどの戦力を残したまま、再び367号線を迂回して蓬莱山に浸透した第六SS山岳師団に降伏することになった。
そして、第一SS装甲師団の京都突入により、「鉄槌」作戦は、最初の頂点に達しようとしていた。
●6、天王山
■ジョージ・スミス・パットンlll世 瀬島龍三
▲一〇月一四日 大津
第一SS装甲師団の京都突入は、第3方面軍としてもやむを得ない結果だった。この度の戦闘で、そのほとんどが廃墟と化しているとはいえ、京都市街を戦場としている限り、敵に複数の国道を用いて包囲される危険があった。また、そもそも度重なる混乱によって出撃開始が送れ、第一SS装甲師団が京都を制圧した段階で、琵琶湖南岸へと移動を開始していたのはアメリカ第7機甲師団のみだった。その他の部隊は、いまだ出撃準備が整わないか、渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなっていた。第3方面軍としても、まさか敵が自分たちを素通りして、京都を目指すとは思ってもいなかった。この点、完全に東側の計画勝ちだった。
しかし、それでも第7機甲師団は、一〇月一二日に大津へと到着、防御態勢に移行した。彼らは京都を奪われたとしても、大津の防衛にさえ成功したのならば、大阪方面との連絡を遮断されることはないと考えていた。また、これと前後して、亀岡および城陽市に第82空挺師団および第102師団が到着、「がら空き」だった京都〜大阪方面の穴を埋めた。
もちろん、東側にこの時点で大阪方面への侵攻を図る意思はなかった。「鉄槌」作戦は、こうした状況を作り出した後、多数の機甲戦力を大津・亀山方面に流し込み、西側の兵力を包囲することが目的だったからだ。第一SS装甲師団は、大阪方面の動きを半ば察知しながらも、大津への攻勢準備を開始した
一一月一四日――この日、はやくも後続の第九装甲師団と第一装甲師団、そして再編を完了した東の第七戦車師団が敦賀を抜け、京都への移動を開始していた――、第一SS装甲師団による大津への攻勢が開始された。完全に、市街戦を覚悟しての強襲だった。彼らは大津そのものを戦場とすることで、琵琶湖東岸と大阪方面の連絡線を遮断することも狙いに含んでいた。
大津での戦いは、機甲兵力同士が接触したことによって、戦車同士の格闘戦ともいうべき戦況となった。アメリカ第7戦車師団、ドイツ第一SS装甲師団はともに市街地を歩兵で制圧するという戦術を用いず、機甲兵力による突破を目指したからだ。このため、京都同様に廃墟と化していた大津のいたるところで、小隊から中隊規模での戦車部隊同士での一騎打ちが展開されることになった。
戦いの開始から半日がすぎた一〇月一四日夜半となっても、大津市街ではやむことのなく砲声が響いていた。その音響は、第7戦車師団の司令部がおかれた大津の滋賀県長でも聞き取れた。
戦況は、ほぼ互角の兵力同士での戦いにあるにもかかわらず、第7戦車師団が劣勢だった。市街地での防御戦闘といえば、たいていの場合、防御側の優位となる――というのが定説だったが、現実は違っていた。第一SS装甲師団は、過去の東部戦線での戦訓の影響からか、市街戦に長けていたからだ。また、夜間となっても、彼らの強襲が停止しないことも問題だった。ドイツ人たちは、ヴァンパイアを始めとする赤外線暗視装置を活用し、第7戦車師団に夜襲を仕掛けていた。このため、第7戦車師団は、夜間にもかかわらず、次第に戦線を収縮せざるを得ない状況に陥っている。
第7戦車師団の師団長、ジョージ・スミス・パットンlll世少将は、そうした状況が克明に反映されていく戦況図を苦々しげに見つめていた。彼は自分の師団を、できれば機動打撃の先鋒として用いたかった。それが、パットンの名を告ぐ自分にとって相応しい戦い方だと思っていたからだ。敵の攻勢の横っ面にビンタをかます闘将。まさしく第二のパットンに相応しい。
しかし、彼の眼前に横たわる現実は過酷だった。第7戦車師団は今、市街戦という不慣れな戦いを行い、独力で大津を確保しなければならない。後続の師団群が大津に展開するのはあと2日。それまでの時間を稼がなければならない。しかし、この調子ではそれも怪しいのではないか。
「くそったれめ」
パットンは呟いた。まさか、こんな場所で俺の師団が戦うことになるとは。
「師団長! まずいです」
幕僚の一人が報告した。
「B戦闘団の守る大谷方面が、敵の夜間浸透で突破されつつあります。このままでは、市街地中心に敵の侵攻を許します!」
「予備のC戦闘団を向けろ!」
パットンは怒鳴った。彼は、自らの師団をAからCの戦闘団に分割し、大津西北の別所と、東方の大谷方面にAとBの戦闘団を貼り付けて遅滞戦闘を命じていた。これまでの戦闘の焦点は、大津の市街地と直接繋がる別所方面のA戦闘団による防御戦だったが、どうやら敵はそれを見越して、側面にあたるB戦闘団の戦区での夜間浸透突破を本命としていたらしい。
彼の命令に従い、大津市街で待機していたC戦闘団は大谷方面への移動を開始した。
その報告が届けられ、師団幕僚が安堵した直後――いきなり師団司令部は激震に襲われた。県庁が砲撃を受けたのだ。
「なんだ!? なにが起こっている!?」
「いますぐ退避してください!」
誰かが叫んだ。
「敵はもう、この県庁に迫っています! 大谷方面の夜間浸透は囮だったんです! 敵は市街地を潜り抜けて、すでに市街に侵入しています!」
敵の予備兵力を他の方面に引き剥がし、本命を襲う――というありきたりの作戦は、現状に関する限り、完全に成功していた。
「こういうとき、日本人であることは便利なもんだな」
瀬島龍三准将は思わず呟いていた。しかし、彼の周囲にその言葉を聞き取った人間は少ない。今、彼の周囲では、大津市街に浸透突破を果たした彼の手勢、武装SS義勇擲弾兵旅団「葉鍵」が戦闘を繰り広げていた。おかげで、至極控えめにいって、彼の周りは混乱のきわみに達している。奇襲が成功しているからか、浸透突破が順調に進展しているのが救いだった。
「いざというばあい、そうすることで逃げ散ることは可能なんだから」
「そうなる前に、勝つことを考えませんと」
彼に従う中隊長の一人が不敵に呟いた。
「我々は捕虜になればそれで終わりなんですから、そうでしょう、准将?」
「道理だ。だからこそ、こうやって危険な橋も渡らないといけないんだが」
周囲を見回した後、瀬島はいった。彼方には、すでに彼の指揮する旅団の一個大隊の強襲を受けている県庁が赤く燃えている光景がある。
「どうやら、上手く行きそうだな」
今回の作戦における「葉鍵」旅団の役割は、第一SS装甲師団の支援だった。シュトロハイムは事前に突破の先鋒となるこの師団が、市街戦に巻き込まれたり、山中で立ち往生することを見越して、「葉鍵」旅団を支援に回していた。旅団規模の歩兵がいれば、いざというばあい、夜間における浸透突破で状況を打開できる可能性が生まれる。シュトロハイムは、自分たちに絶対的な制空権がもたらされることはありえないと判断し、夜間における浸透突破をこの作戦で重視していた。第六師団の抵抗を破砕した、第六SS山岳師団の機動もそうした考えに基づいたものだ。もちろん、彼はそうした戦術を可能とするだけの訓練を、事前に施していた。
「葉鍵」旅団による大津市街への浸透突破も、その成果だった。もっとも、この戦術に関しては、旅団長の瀬島の意向が強く働いていた。彼は、この戦いの成否を巡る大津市街の戦いで、県庁に一番乗りし、屋上に日独露三国の旗を掲げることを望んでいたのだ。ただただ、枢軸陣営の威光と、自らの旅団の力を示すために。
彼のもくろみは今のところ成功しつつある。おそらく、敵の師団司令部はもぬけの殻だろうが……このチャンスに乗じて第一SS装甲師団も前進するだろうから、これで大津市街の北半分はこちらのものとなる。残りの区域は第一SS装甲師団が血を流して奪ってくれればいい。
第一SS装甲師団は、その後の数日間で、瀬島の予想よりもはるかに大きな戦果をあげた。枢軸陣営最強の装甲師団として卓越した戦術能力を持っていた彼らは、一〇月一七日までに第7戦車師団を大津からの撤退に追い込み、さらなる追撃を行ったからだ。この追撃戦で第7戦車師団は少なくない損害を追いながら草津・近江八幡方面へと押し込まれることになった。
しかし、第一SS装甲師団にも災厄が降りかかっていた。アメリカ第7戦車師団の追撃戦の最終段階で、彼らは瀬田川を渡河、南草津へとさらに進撃を図ったが――そこにはアメリカ第8師団と西日本の第7戦車師団、そして第21師団が展開していた。アメリカ第7戦車師団が稼いだ時間によって、彼らは同地に陣地構築を終え、防御体勢を固めていたのだ。第一SS装甲師団は瀬田川を渡河した瞬間にこの三個師団の猛反撃を受け、瀬田川の橋頭堡の確保に全力を投ずるほかなくなってしまった。第一SS装甲師団は、ついに限界に達したのだった。
だが、大津を奪われたことにより、琵琶湖東岸に展開する西側10個師団以上が東側の包囲下に陥ったことは紛れもない事実だった。補給は亀山方面経由で繋がっていたが、それでも危機的状況には変わりがなかった。瀬田川東岸に展開した西側の第3方面軍も、すぐさま解囲を行えるだけの力はなかったからだ。
彼らは、大津撤退と時を同じくして、京都には東側の第四装甲師団、第九装甲擲弾兵師団、そして東日本の第七戦車師団が続々と到着しつつあることを知っていた。
●7、追撃戦
■フリッツ・フォン・モーントシュタイン
▲一〇月一九日 草津
東側の作戦方針は、徹頭徹尾、明快だった。
彼らは、京都に到着した三個の機甲兵力を、やろうと思えば可能であった大阪方面への突破には用いず、草津・近江八幡方面への圧迫と、307号線を用いた甲賀への侵攻に用いたのだった。「鉄槌」作戦の作戦目的は、敵戦力の撃滅。ならば、敵の完全包囲を狙える亀山を狙うべき――単純明快ながら、筋の通った方針だった。
一方、西側はこの時点で完全な混乱に陥っていた。京都に大兵力が到着したことは理解していたが、それが大阪突破用の兵力なのか、亀山への侵攻をはかる兵力なのか、はたまた別の作戦に用いるための兵力なのか、予想していなかったからだ。このため彼らの初動は遅れ、第七戦車師団が16号線を用いて、甲賀に侵攻を開始する事態を事態を見過ごすことになった。
第3方面軍は第七戦車師団の先鋒が雲井に到着した段階で、自らが握っていた最後の機動予備のひとつ、「阿蘇」教導団を竜王・日野方面に投入し、第7戦車師団が右フックをかますように琵琶湖東岸を狙うことを阻止したが、それでも亀山方面に危機が迫りつつあることは事実だった。第7戦車師団が確保しつつある甲賀一体から亀山は、国道一号線で直接繋がっている。
そして、西側への追撃は、瀬田川でも開始されていた。後方に下がった第一SS装甲師団に代わり、新たに布陣した第四装甲師団と第九装甲擲弾兵師団による攻勢が、瀬田橋頭堡から開始されたのだった。
東側の狙いは、瀬田川から一〇キロ北方の守山だった。守山まで西側を後退させることに成功すれば、国道一号線を甲賀から繋げられる。そうなれば、亀山へとさらなる戦力を繰り出し、西側の完全包囲を成し遂げられる。
第四装甲師団と第九装甲擲弾兵師団による攻勢は、初動から激闘となって展開された。瀬田を中心とする、北に向かうに連れて広がっていく地形に西側が布陣していたのに対し、東側は狭い地域から出撃しなければならなかったからだ。これは、瀬田に展開する西側の三個師団に、この戦いで久方ぶりの戦術的優位を与えていた。
東側二個師団の指揮を取っていたのは、義勇総軍の機甲軍指揮官、フリッツ・フォン・モーントシュタイン大将だった。彼は大津の県警本部(こちらも「葉鍵」旅団が確保した)に司令部を置いていた。
戦況は互角だった。二個の師団は市街地を潜り抜けるように強襲を仕掛けていたが、敵三個師団の突破にはなかなか繋がらない。しかし、それでもドイツ人たちは卓越した戦術能力を駆使し、ゆっくりとだが、敵を北へと押している。
「ふたりの師団長には、無理はするなと伝えてある」
司令部でモーントシュタインが言った。進撃速度の遅さを危惧した参謀の一人への言葉だった。
「我々の目的は敵の撃滅だ。そのためには、亀山への打通を成し遂げればいい。この攻勢は、あくまで敵の予備兵力の吸引を目的にしているのだから。あくまで守山の奪取は、作戦目標に過ぎない」
(果たして、その方針がどこまで堅持できるか、が問題なのだが)
モーントシュタインは心の中で呟いた。彼は国防軍将校として常識的な戦術判断を常に是とする指揮官であり、今回の「鉄槌」作戦に、あまり疑問をはさむつもりはない。
しかし、このまま状況が進んだ場合のことには、不安を抱いているのも事実だった。そう、東側は、後続する師団群を京都に布陣させさえすれば「やろうと思えば」大阪への突破も可能となるのだ。もちろん、大阪への突破は、前述した「鉄槌」作戦の作戦目標に合致しない。大阪へ突破しても、敵野戦軍の撃滅が成功するかどうかは微妙なところだからだ。
しかし、大阪への突破が成功し、大阪を落とすことが成功すれば、それはすなわち戦争の終結にさえ直結する。西側は大阪という策源地を失えば、前線を大きく後退せざるを得ない状況に陥るからだ。そして、名古屋に続き、大阪まで奪還に失敗すれば……もはや西側は戦争を続けられなくなる可能性が大きい。どれほど軍事力で優越していても、民意が戦争継続を許さないだろう。特にアメリカ合衆国の市民が。
つまり、東側には今、ふたつの選択肢があるということになる。これから来る増援を用いて大阪に侵攻するか、それとも亀山への突破を目指すか。どちらを成し遂げるにしても、戦力の集中は必要だろう。
(どちらになるとしても)
モーントシュタインは思っていた。そう、どちらになるとしても、この一撃で戦争を終わらせなければならないということだ。
上層部がどう考えているにしろ、これ以上、国防軍の力が極東でそがれるわけには行かない。
結局、同日午後までに第四装甲師団と第九装甲擲弾兵師団は敵を草津まで押し込んだものの、それ以上の進撃は激しい抵抗によって不可能となった。西側としても、守山を奪われれば一号線を奪われ、亀山にさらなる危険が迫ることを理解していたからだ。
以後、草津方面の戦いは、両軍の対峙に終始することになる。
●8、遠き黎明
■ゲオルギー・ジューコフ、渡良瀬祐介、青山京太郎
▲一〇月二〇日〜二三日 戦況全般
ドイツ国防軍二個師団による攻撃の終焉は、事実上、「鉄槌」作戦第一段階の終焉でもあった。この二個師団が攻勢の停止を受けて瀬田を中心とした防御陣地の構築を開始した一〇月二〇日からの4日間で、大規模な戦闘には繋がらないものの、戦況を大きく揺るがす複数の事態が発生していた。
まず、京都方面では、草津を巡る戦いが完了したその日から、東側の増援第二陣、ロシア義勇軍の三個師団と、琵琶湖西岸で戦っていた第六SS山岳師団・第二機動歩兵師団の5個師団が続々と到着を開始していた。彼らは、そのまま京都周辺に展開、次なる攻勢準備を開始した。大阪に向かうにしろ亀山に向かうにしろ、京都で準備をするのがもっとも位置的に適していた。
「ロシア人の我々が、京都に入城か」
増援第二陣の先鋒として入城した「リューシカ」戦車師団の隊列を眺めながら、ゲオルギー・ジューコフ中将は呟いていた。彼は現在、ロシア義勇軍の三個師団の指揮を預かっている。
「皮肉だな。できれば、五〇年ほどまえに実現したかった」
「それはさすがに無理というものです」
「リューシカ」師団の師団長が笑いながら答えた。彼はジューコフの言葉をジョークと解していた。
「ですが、皮肉であることは確かです。ドイツに一度国土を蹂躙された身とはいえ、こうして我々が日本の古都を進むというのは。なんというか、一〇年まえでは考えられませんね」
「今の東日本は、我々の一〇年前より悪い状況だな」
ジューコフは溜息をつくように呟いた。
「国家戦略を考えず、その場の空気だけで決断を下す政治指導者。現地指揮官の作戦を改悪する政治的事情。苦労するのは前線の指揮官のみ。いまだスターリン時代なみだな、この国は」
「ですが、我々はそんな国を助けなければならない」
師団長が後を継いだ。
「不愉快な現実ですが、耐えなければならないのではないでしょうか。私のような立場の人間が口にすべきことではないかもしれませんが」
「そうだな。だからこそ、我々はここに来た」
ジューコフは頷いた。
「そうだ。我々は勝つために、ここに来たのだ。感傷に浸るためではないな。皮肉だろうがなんだろうが、我々は我々のなすべきことを行う。それが、祖国の再興つながるのならば」
ジューコフが呟く合間にも、T54を始めとする戦車群が、京都に向かう山間の国道を轟音を立てながら進んでいく。「リューシカ」戦車師団は、極東ロシア軍の中でも最精鋭の師団なのだ。おそらく、欧州最強を謳われる第一SS装甲師団と一対一で戦っても、互角の戦いができるはず。
その我々が、次なる戦いの主役になるのだ。
ジューコフはなんとはなしにそう心に刻みながら、野太いディーゼルの重低音を耳にしていた。
一方、亀山方面でも新たな戦いが開始されていた。前述した東側の第七戦車師団が甲賀市に侵攻、水口へと迫りつつあったからだ。
これに対し、西側は「阿蘇」教導団を水口に向けて遅滞防御を命じた。これによって「阿蘇」教導団は、第七戦車師団の水口占領を数日間遅らせることに成功した。しかし水口が奪われたことにより、第七戦車師団が一号線を制圧し、亀山への道を開いたことも事実だった。第七戦車師団はつかれきっていたためにそれ以上の進撃は不可能だったが、後続部隊が甲賀に布陣すれば、亀山が奪われる可能性は拡大する。
その亀山では、西側の新たな動きを象徴する光景が展開していた。
「本当にこれでいいんですかね?」
西日本の第7戦車師団に所属する重戦車大隊、その大隊小隊の車両の中で、砲手が尋ねた。
「せっかく新型の戦車を配備してもらったってのに、琵琶湖から逃げていくなんて」
「どうしようもない。それが上からの命令なんだから」
大隊長の青山京太郎少佐が答えた。といっても、その口ぶりは、あくまで指揮官としての対応だといわんばかりのものだった。彼もまた、自分が何故亀山を進んでいるのか、疑問を抱いていたからだ。
草津の戦線を安定させた西の第7戦車師団に、戦線を再編が完了したアメリカ第7戦車師団と後退し、自身は亀山経由で大阪方面に向かうよう命じられたのは、昨日午前のことだった。要するに、第3方面軍は第7戦車師団を、限定的な包囲から離脱させ、大阪を守るための戦力として再配置しようと考えたのだ。
第3方面軍は、第7戦車師団に続き、同じく草津の第21師団と、桑名のイギリス連邦連合師団も前線から離脱させ、大阪方面に配置するつもりだった。なお、大阪方面の部隊の指揮は、長浜から撤退した第2方面軍に預けられる予定になっている。
この措置に、離脱を命じられた各師団の師団長たちは真っ向から反発した。
「理解できません。目の前に敵がいるのに、大阪に逃げ出せというのは。これでは、この戦いは負けだといっているようなものではないですか!」
「負けだ。少なくとも現状では負けている」
第7戦車師団の司令官、渡良瀬祐介少将の言葉に、第3方面軍司令官の高橋は答えた。
「もはや我々は戦場の主導権を失っている。いまや敵は京都・大津に戦力を集結させ、大阪と亀山のどちらかに攻勢を継続させようとしている。残念ながら、前線を支えるだけで精一杯となっている我々に、これを事前に阻止するだけの力はない。敵が再編を整えているうちに、できるだけ琵琶湖東岸の包囲網から戦力を逃し、大阪・亀山方面へと移動させる。もし、亀山を失えば、関ヶ原の第1方面軍だけでなく、四日市方面の師団群も失われる。そして、もし大阪を失えば……我々はこの戦争を失う。どちらにしろ最悪の結末だ」
「しかし、それでは……」
「そうだ。君たちには、我々を救う役割が押し付けられることになる。敵が亀山に侵攻すればこれを迎え撃ち、後続する我々の退路を確保する。敵が大阪に侵攻を目指すのならば、これを死守する。将兵たちを救うには、このいずれかしか手段はない。
君の師団は、大阪方面で唯一の戦車師団となるだろう。つまり、我々の最後の切り札だ。切り札は切り札として使うべきだろう?」
渡良瀬は言葉なく頷き、敬礼を掲げた。もはや彼に、それ以外に示すべき動作はなかった。高橋はあれこれ述べたものの、その言葉は一言に要約できたからだ。
あとは頼む、と。
そうした会話が繰り広げられてから二四時間後の情景の中に、青山はいた。
彼らは今、大阪に向かう部隊の先鋒として、幾多の国道を用いて亀山に到着、そこからは25号線を用いて南下を続ける予定だった。すでに亀山には、桑名から引き抜かれた第12師団が布陣、その防御を担当している。第7戦車師団のあとには、第3方面軍の命令通り、イギリス連邦連合師団と第21師団が続く予定だった。もちろん、敵の攻勢に間に合うかどうかはわからない。
青山は揺れる車両の中で、苦い思いを味わっていた。この亀山の数十キロ西方の甲賀市には、東日本軍の精鋭、第七戦車師団がいる。できれば、同じ師団ナンバーを持つ奴らと手合わせしたい。しかし今、俺たちはその敵を素通りして、大阪に向かわなければならない。そうしなければ、大阪が蹂躙されてしまう危険さえある。
だが--暗い話ばかりではない。
「だが、おそらく次の戦いこそが、俺たちにとっての正念場ってことは事実だ」
青山は努めて明るい口調で言った。
「敵がどこに来るにしろ、第7戦車師団は切り札だ。たぶん、次こそは俺たちの大隊の力が試されることになるだろう。もしかすると、この--」
と、言って、青山は自身が座乗する車両に拳をこつんとあてた。
「この新型戦車が俺たちに配備されたのも、そんな運命ゆえなのかもしれないな」
第7戦車師団の重戦車大隊が装備する車両、それはM48パットン中戦車と呼ばれる新型車両だった。青山の率いる重戦車大隊は、この西側最強のジャガーノートを従えているのだ。
彼らの実力は、ほどなく試されることだろう。
●9、青空
■タイ・ボンバ
▲一〇月二四日 彦根
第1騎兵師団の師団長、タイ・ボンバ少将にとって、これまでの戦いは不完全燃焼じみたものに感じられていた。第3方面軍の指揮下にある第1騎兵師団は、戦いの序盤、関ヶ原の第1方面軍の支援に向かった後、そのままそこでの固守に終止することになったからだ。敦賀の第2方面軍の戦線が崩壊した後、関ヶ原の戦況もまた危機的状況(おもに士気が原因となり)に陥ったが、第1騎兵師団の派遣した各戦闘団の見事な立ち回りにより、戦線が突破されることだけは防いでいた。なお、東側は一昨日、関ヶ原の戦況が優位に転換したことを利用してか、桑名方面でも攻勢を開始、同地に展開する西側部隊を四日市に撤退させていた。
もっとも、そうした事情は、ボンバにとって興味のないことだった。彼は図上演習を好みとする一風変わった指揮官だったが、だからといって自分の師団がこうして後方(そう、関ヶ原はもはや「後方」なのだ)におかれていることに満足感を覚えなかった。彼は派手な電撃戦を行うのが大好きなのだった。それなのに、これまでの戦いは……ボンバは思っていた。まぁ、今のところはなすべきことをなすのみ。いずれ今回の戦いに関して執筆する機会はあるだろうから、そこで不満をぶちまけるとしよう。
この日、第1騎兵師団は一時的に彦根に下がり、戦力の再編を行っていた。関ヶ原の戦況は、ここ数日、東側の息切れによってなんとか互角となっていた。第一騎兵師団はその隙に後方に下がり、行動の自由を確保していたのだった。今、西側の兵力のほとんどは、敦賀における戦線崩壊、丹波方面からの撤退、大津の陥落、そして甲賀・水口の損失(早朝、「阿蘇」教導団の撤退が確認された)により、琵琶湖東岸〜関ヶ原〜四日市の三角地帯に孤立する状況となっている。その外側にいるのは、舞鶴や綾部、京都南方に展開する5個師団程度のみ。これらの指揮は今のところ長浜から撤退した第1方面軍が指揮を引き継いでいる。上層部では、この孤立遅滞を「鈴鹿包囲陣(スズカ・ポケット)」と呼び始めたという噂も聞こえている。
第1騎兵師団は、その中でも数少ない(上野に展開しているイギリス連邦連合師団や、大阪に向かって亀山付近を移動中の第21師団を除いて)、前線の敵と相対していない予備戦力という立場となっているのだった。この後、第1騎兵師団が鈴鹿包囲陣に止まるか、それとも亀山経由で脱出を選択するかは、上の判断次第といえた。
と、ボンバは上空から、聞き慣れない轟音が響いたのを聞いた。いや、それは彼の間違いだった。聞きなれていないのではない、久しく聞いていなかったのだった。
ボンバは頭上に広がる青空を見上げた。そこには、関ヶ原への直協支援に赴く、幾多のレシプロ機編隊の姿があった。ボンバは心ひそかに口をゆがめた。その光景が意味するところを、彼は察していたからだ。
制空権が、西側の手に戻りつつあるという事実を。
●つみかさね
■服部卓四郎
▲東・新潟
「政治に従属する軍事、軍事に従属する軍人、そして死。兵隊さんは辛い稼業ですな」
「その作戦を立案しているのは君たちだ。関係ないような言いぐさは、それに従って行動する兵士たちに失礼ではないかね?」
相変わらず、市川浩之の言動は過激で挑発的だが、服部卓四郎もようやく彼の扱いになれてきた。要は、彼に過剰に気を使わなければ良いのである。最近、服部は市川にばんばん突っ込みを入れ返すようにしていた。
市川は、服部の問いには答えず、煙草の煙を噴き上げながら会話を続ける。
「まあしかし、海軍さん、義勇軍さんがその気になってくれたのはありがたいことです。正直、我々の力だけでは何ともならないですからね。
“陸軍が勝つためには航空戦に勝たねばならず”
“艦隊の艦砲射撃の支援を受けねばならず”
“航空戦に勝つためには海戦で敵空母を叩かなければならず”
“そのためには義勇空軍の噴進弾攻撃が成功しなくてはならず”。
全く、幾つ前提があるのでしょう? 一体全体、こんなに“ねばならない”が多い作戦が成功するのやら、ですな」
「しかし、それが…陸海空、一体となって作戦を遂行するのが、現代戦というものなんじゃないのかね? 陸軍は陸軍、航空は航空、海軍は海軍だけの戦争を戦うのではなく」
少々驚いたらしく、市川の片眉がつり上がった。
「全く、その通りです」
平凡な答えにも、彼の驚きが隠されていたのかもしれない。
「これからは、すべからく“そう言う戦争”を戦わなくてはならないわけだ。一時の協力ではなく。この帝国が生き延びることが出来たら、改革…まあ、維新でも良いが…が必要になる。君たちの仕事は、戦争が終わっても終わらないのだな」
市川は、机の上の日本地図を見下ろし、地名を声に出しながら、それをなぞった。
「湖北、湖西、そして大津。押して、迂回して、また押して…ということになりますか。敵主力の撃破と簡単に言いますが、この地形でどこまで達成できるのか、ですね」
「それが、私たちが望んだ戦いの姿、ということだ。そこから、成果を挙げて、どれだけの兵士たちが帰ってこれるのか。こさせるのか。それこそが、今の、本当の君たちの仕事だろう? 戻りたまえ。君たちの戦場へ」
市川は、満開の笑みを浮かべた。それは、服部が始めて目にするものだったのかも知れない。さっと彼は敬礼した。
「承りました。市川、仕事に戻ります!」
部屋から出て行く彼を見ながら、服部はまた、指揮官の孤独に戻っていった。彼の望んだ孤独の中へ。
●ぜんいんしゅうごう
■猪狩長一&横井庄一
▲東・敦賀
「酷いことになっていますね」
双眼鏡を猪狩に返しながら、横井庄一は呟いた。二ヶ月に渡って構築されてきた西側の防御陣地の壁は厚く、取り付いた東日本部隊の攻撃は、遅々として進まなかった。東日本軍、そしてその義勇軍は戦車など機甲戦力において西側を凌いでいるが、陣地攻略は歩兵の力に頼らねばならない。戦車そのものは、陣地攻撃に活躍していても、だ。そしてそれこそが、西側の意図した戦いだった。
一介の輜重兵に過ぎない横井だが、その才能を買われて時々猪狩ら上司から、直接命令…依頼を受けることがある。この日、彼は作戦中の輸送活動について、「自分の知識を上層部に披瀝する」ように命じられていたのだった。
「判っていたことだ。そして、策はある」
力強く猪狩長一…戦闘団“泉”指揮官は答えた。時として指揮官は自分の信じていないことでも、部下に信じさせなければならない役目を負う。ただ、海陸空一体となった攻略策、突破案が東側に存在したのも事実だった。
本来、戦闘団“泉”は第三師団、即ち歩兵師団から抽出された部隊なのだが、その戦歴を鑑みて、完全機械化(車両化)が為されていたため、小振りながら装甲部隊として扱われ、陣地突破後の挺身戦力として待機している。猪狩は、その時期を自らの目で確認するため、前線に来ていたのだった。
やがて前線視察から後方の待機所に戻った猪狩の前には、戦闘団の面々が整列していた。指揮官の訓辞の時間である。既に夜なのだが、西側の航空優勢を覆していない現在、陸軍の移動時間は夜がメインとなる。猪狩の短い訓辞が始まった。
「全員集合!」
「おぃーっす」
「声が小さい。もう一度!!」
…とても軍隊とは思えないやり取りだが、開戦当初の快進撃から苦難の撤退、再編成まで、苦楽を共にした「仲間」たちである。猪狩と部下には、これがピッタリはまっているのだった。
☆
猪狩率いる戦闘団“泉”は、こののち海軍の支援を受けた小浜突破、京都突入の一翼を担い、義勇軍と轡を並べて活躍した。規模が旅団と小さいため、この月の最後には丹波方面に進出し、敵師団と相対する形となる。
横井庄一は自らハンドルを握り、行きは補給物資を積んで、帰りは負傷兵を後送し、夜間無灯火で丹波山中を突っ走る…という無茶を何度もやり遂げた。そのため、彼の運転で命を救われた枢軸の兵士たちからは、「ナハトライデル」の異名で呼ばれることとなる。
●嗚呼、さんざめく名もなき星達よ
■加藤健夫、猪口力平、樋口慶二、阿賀野守
▲守山
日本列島は陽の光に見放されていた。伊勢におわします太陽神が日本人同士の争いを見かねて天岩戸にお隠れ遊ばしたから……では無論なく、単なる秋の長雨である。
太陽をフレア代わりにする空対空誘導弾対策の常套手段が使えず、しかも飛行機が使えないほどの荒天でもない。泥にまみれて戦う歩兵以外にとっては、まことに戦争日和といえた。
十月五日、枢軸軍は攻勢を開始した。光電とMe262HG3が濁流の如くになだれ込み、残存機を文字通り全てかき集めた七式襲撃機が続く。そして、地上軍の進撃。彼らは明らかに関ヶ原陣地帯への強襲を企図していた。
この決戦のために、加藤健夫は訓練途上の部隊まで投入している。既存部隊から人員を引き抜いて小隊長クラスに配置することで練度の底上げはしたが、それでも実戦投入は控えたいレベルである。
しかし、もう時間切れである。この攻撃を成功させなければ、東日本に未来はない。それが、大局的には助攻でしかない関ヶ原方面の支援であるのはもどかしいが、こちらに敵戦力を拘束できねば、湖西回廊打通は成り立たない。無論、艦隊決戦についても同断である。
西日本第5戦闘機大隊樋口慶二少尉が必殺の間合いで放った筈の30ミリ機銃の掃射を、しかし、Me1110ウルクハイは西側の戦闘機では考えられないほどの旋回性能によって避けきってみせた。
だが、それも樋口には想定内である。
「なるほど、情報通り非常識な機動性だ。だが、それと知っていれば、驚くほどではない」
かねてより情報収集に注いできた努力が、今この時、樋口に(勿論、部下達にも)余裕を与えてくれていた。
第二次・第三次の大戦を始めとする幾度もの軍事衝突から、米独は戦闘機のあり方について別々のドクトリンを導き出した。
アメリカはドッグファイトという発想を捨て、戦闘爆撃機(より正確には万能機)として使える大型でハイパワーな機体を求めた。対して、本質的に戦術空軍であるドイツは、格闘戦能力を突き詰めた。ウルクハイは現時点におけるその到達点である。最強を定冠詞とするのは、東側の誇大宣伝でも西側の被害妄想でもない。
そのことを樋口は知っている。知っていれば、立ち向かう方法も研究できる。性能の大差、それがどうした。人が作りしものに完璧はない。こちらの長所を活かして敵の短所を突けば、それなりの戦いができる。
具体的には、早期警戒の徹底。一撃離脱。ドッグファイトをしない。一対一など問題外。要するに、局地戦闘機である震電改のルールを突き詰めることだった。
それがウルクハイの長所である格闘性能を封殺する結果になる。そして、ドイツ機の弱点は、小型・軽量化を図る代償として犠牲にされた航続距離にある。ウルクハイも例外ではない。迎撃戦闘で用いてこそ光り輝くが、侵攻任務においては戦場に長居はできない。
震電改の航続距離はもっと短いが、基地上空での戦いである。ウルクハイが引き揚げねばならなくなるまでの僅かな時間、持ちこたえるだけとあれば充分こと足りる。
樋口達は、確実に航空優勢を築いていた。
十月七日。両軍の艦隊が激突することになるこの日も、関ヶ原方面を主戦場とする空戦は続いていた。
「こちらの基地航空隊を拘束して艦隊直掩をさせない、か。納得できる行動だ。納得できる行動だが、守山が機能している限り、我々の優位は崩せないよ」
西側の防空プランを事実上練り上げた第1戦闘爆撃機大隊長阿賀野守大佐が、余裕すら滲ませて呟く。
東側がクレイジーラインをどこで越えても、守山からの邀撃機が対応している間に、後方から主力が到達する……阿賀野のシナリオ通り、守山・舞鶴を始め各地に展開する戦闘機は枢軸空軍を跳ね除けていた。戦闘機を優先して上げねばならないため第2攻撃機大隊を出す余裕はなくなったが、艦隊攻撃の役目は第1攻撃機大隊に肩代わりさせる。
枢軸軍機の数は予想より多かったものの、元より多少のことは織り込み済みである。局面は阿賀野が支配していた。海上に差し向けられるだけの余力を残している程度には。
「損耗度については了解した。しかし、別命あるまで、現任務を続行せよ」
前線部隊からの度重なる悲鳴に、東日本航空作戦本部中央指揮所司令官猪口力平少将はそう答え続けた。
ファイタースイープ。それが無理なら内陸部への拘束。いずれにせよ、日本海から敵戦闘機をある程度排除できない限り、命を賭けてまで戦う理由も意志もない義勇軍が、満足な攻撃を行うとは期待できない。である以上、損害を度外視して戦い続ける他はない。
かつて特攻を命じた側の存在である猪口にとって、決死ではあるが必死ではない作戦を続けることに迷いはなかった。
●嗚呼、砕け散る運命の星達よ
■スタンリー・T・サイラス、ジョゼフ・ラインハート、荻野社、樋口慶二、阿賀野守、柚木浩太
▲守山
十月八日、敦賀からの攻勢を発起した枢軸軍主力は、のっけから痛撃を受けた。
西側は、機甲戦力で優越する枢軸側に野戦をさせるつもりはなかった。空軍を以って解答としたのである。
天空から叩き付けられた2.75インチロケット弾が、八号戦車レオパルトの砲塔を打ち砕き、炎上させる。レオパルトは地上最強のユニットであるが、空からの攻撃に対する脆弱性では、他国の現用戦車とさして代わるところはない。
「ここは通行止めだぜ。俺達がいる限りはな!」
第1戦闘爆撃機大隊、柚木浩太中尉が吠えた。
アメリカ第1戦略爆撃大隊、ジョゼフ・ラインハート大尉(昇進)は、後方兵站を叩いている。戦略爆撃機で直接地上支援はできない。
「こういう時は、直接ドイツ人を叩ける戦術爆撃機の方が良いな」
実際、ラインハートは、この任務に当たって「ナッツ!」と吐き捨てている。ラインハートは、ナチという名の、生きている限り不幸をばら撒き続ける致死性の病原体を焼却するために爆撃機に乗っているのだから。
だが、そこにドイツ人がいるならば話は別である。ただ焼くより、補給が途絶えて身動き取れないところを焼く方が良い。
太平洋方軍戦略爆撃航空団司令、スタンリー・T・サイラス中将の作戦目的は、爆撃そのものではない。
爆撃機を餌にした、敵戦闘機の誘出撃滅である。
戦略爆撃で決着をつけるには、敵戦闘機が邪魔になる。だから、こちらに有利な戦場で始末しておき、後日勝負を掛ける。もし、敵戦闘機が出てこなかった場合は、空爆で敵地上軍を撃破し、戦争を終えられるであろう……という二段構えの作戦である。
サイラスが付けた作戦名は、「ゴルゴーン」。その由来は、目を合わせたものを石に変える怪物の名。そしてそれが故の、最強の魔よけの名。
初日、西側空軍は、制空権を持たない枢軸軍をほとんど前進させなかった。しかし、彼らが夜間浸透によって陣地帯に取り付くと、誤爆の恐れにより空からの殲滅戦は不可能になる。だが、この事態もまた、阿賀野守の読み筋にあった。
「爆撃」が困難という状況を作り出した枢軸陣営の努力を嘲うかのように、西側は独立第1攻撃機中隊を投入する。
その装備機は、畢方試作型。対地「銃撃」を専門とする、ガンシップの実戦デビューであった。
制空権下で人間を攻撃すること以外には使えない機体。だが、阿賀野は、まさしくその状況で使用して見せたのである。
M1919
を4挺という武装は、航空機相手には豆鉄砲でしかない。だが、人間相手なら充分である。そして、制空権を持たない枢軸側は、これを有効に排除することができない。
米陸軍古馴染みの肉切り包丁が、存分に歩兵を切り刻んだ。
前線からの報告に、阿賀野は満足げに頷く。
「やはり、使えるな。決定力には欠けるが……まあ、機体の性質から行くと、あまり重火力を持たせても意味がないかも知れん。
いずれにせよ、武装を控えめにした間に合わせの試作機が、少数でここまでやれるならば、今後に期待できるというものだ」
この実戦データは、即座に日米共同のガンシッププロジェクトへと反映されることになる。
西日本空軍にとって、戦況は奇妙なものであった。
負けている筈はない。それにも関わらず、圧力は減ずるどころか増す一方である。
全ては、守山が前線に近過ぎることに起因する。それは制空権確保に極めて有益だが、裏返せば、枢軸陸軍にとって手の届く位置にあることを意味する。そして、守山を要とすることで実現した現在の優勢は、その守山を失えばオセロのように覆ってしまう。危険極まりない。
だが、彼らには自信があった。守山から作戦を行う限り、枢軸軍を満足に前進させることはない。よって、守山に危険は及ばない、と。阿賀野が事態の展開を予測して用意しておいた対策が見事に機能していたが故に、彼らは現状を楽観していた。
……当の阿賀野を除いては。
予測の範疇であることは、予定通りであることを意味しない。そして、阿賀野とスタンリーの目的は、枢軸空軍を誘出撃滅することにあった。枢軸軍の動きに対応して撃退することではない。
後の先を取る筈が、後手を引かされているのである。だが、阿賀野以外は、イニシアティブを握られてしまっていることに気付いていなかった。
「うろたえるな、この距離での砲撃など、そうそう当たるものではない。それにだ、こちらに砲撃が向けば、それだけ陸戦での火力比が有利になる。
日本人の喧嘩には無関係なイギリス人までが突貫しているのだ。逃げ惑って恥ずかしくないのか」
枢軸陸軍による守山基地直接砲撃が始まっても、阿賀野は後退論を一喝するほどに強気だった。
「大体、気軽に撤退などできるものではないぞ。燃料・弾薬・交換部品といった資機材、整備兵などの人員……簡単には動かせん。パイロットは飛行機を飛ばすことはできるが、飛べる状態に保つことは、パイロットだけではできない」
だが、樋口慶二も引かない。
「後退させねばならないのは、飛行機と人員だけです」
飛行隊を稼動させるのに必要な後方兵站は、莫大なものである。尋常な精神で手放せるものではない。だが、アメリカが味方である西日本は、シーレーンさえ機能していれば、物資を放棄しても簡単にまた入手できる。
「それにしても、百人単位のことではないのだぞ。制空権は我が方にあるからいいようなものの、移動させるのに、どれだけの車両と時間が要ると思うんだ」
「ならば、阿賀野大佐だけでも脱出なさって下さい。大佐はこれからの日本国空軍になくてはならぬ方です」
「阿賀野、気にすることはない。最後まで残るのは基地司令たる俺の役目だ。貴様は部下のために死んでいい立場ではない。部下の陰に隠れてでも、置き去りにしてでも生き残り、その犠牲の上に未来を作る義務のある人間だ」
日本がまだ一つだった頃、敢闘精神と無謀の区別がつかない馬鹿の命令に対して「司令官の意向はよくわかりました。今度こそ再び還らぬ覚悟で突撃して参ります。ただし、母艦着艦がやっとできるくらいの若年者はかわいそうだから残してください」と言い放った経歴を持つ人物が、横から口を添えた。
「俺が、ロマンに満ち溢れた英雄的行動に逃避して、現実から目をそらしているとでも思うのか。守山はこの戦いの天王山だ、ここを維持するのが勝利への早道だと言っているのだ。後退よりも、敵砲兵の排除を……」
「てい」
会話を終わらせたのは、柚木のその一言……正確には、それと同時に放たれた水平チョップだった。
背後から首筋を打たれた阿賀野は、白目を剥いて昏倒する。
「さあ、今のうちです。しばらくは気付かないと思いますが、さっさと輸送機に乗せて徳島にでも送り届けてしまいましょう」
上官への暴行による営倉行き……最悪、軍刑務所送りも覚悟して、しかし、柚木は晴れ晴れと言ってのけた。
だが、柚木は……いや、阿賀野に後退を勧めた全員が、自らの判断が破局を招いたと悔やむことになる。
☆
東日本は、物資が潤沢というわけではない。使い切ってしまったら、補給は覚束ない。少なくとも、西側のそれほどは得られない。
第156戦闘戦隊長、荻野社中佐は、それを承知した上で、以後の部隊運営に支障が出ることも覚悟して、この「アイゼンハンマー」攻勢のために最高の稼働率を保ちにかかっている。
それは、前田俊夫が小松・富山もろとも多くの物資を放棄して、機体とパイロットを救ったのと同じ。この作戦の間だけ保てば良く、そしてこの一戦に勝てなければ、もはや後に戦力を残していようといまいと無意味だという判断に他ならない。背水の陣である。
そして、その覚悟は、吉と出た。
一時的局地的にでも航空優勢を得るための近道として、地上軍の砲撃と呼応して、もう何度目か数えるのが面倒になった守山基地制圧に向かった荻野の視野の片隅に、普段の空戦ではお目にかかれない機体が写った。
C-119輸送機。
直感が、「落とせ!」と叫んだ。(この状況で離陸させなければならない輸送機だ。何……あるいは誰……を運んでいるにせよ、重要であるに違いない)という判断は、その後から付いて来た。
アフターバーナーを全開にして一気に距離を詰め、持ち合わせた『ウロボロス』を全弾発射する。
……しかし、命中の瞬間を荻野が見ることはなかった。「撃墜すること」よりも「撃墜されないこと」に長けた自らのスキルに背を向け、あまつさえ乱戦下にあってただ一機の目標に執着した代償を、荻野もまた支払わねばならなかったのである。
30ミリ機銃が直撃したと理解する暇もあらばこそ、荻野が駆る光電2型の右主翼が折れ飛んだ。もう、荻野に許された目標は、「死なないように落ちる」ことしかなかった。
ただしその時、西日本空軍にとって掛け替えのない至宝……阿賀野守を乗せたC-119もまた、墜落コースをたどっていた。
山本五十六と樋端久利雄と淵田美津夫を足して三を掛けたような阿賀野といえども、人類の限界は超えられない。搭乗する輸送機を撃墜されて無事でいられるような不可思議の肉体を持っているわけではなかった。
命を取り留めたのが既に奇跡であり、指揮を執り続けることはとてもできなかった。
阿賀野の遭難は、西日本空軍に深刻な混乱をもたらした。
守山放棄後、どこに、どのような手順で後退するのか、西側は周知徹底できていなかったのである。とりあえず手近なところへと避難したまでは良かったが、その結果受け入れキャパシティを超えてしまった基地は、作戦遂行能力を一時的に失った。
そして、その隙を、枢軸軍は逃さなかった。
●ほうげき
■加藤知安
▲東・今津周辺
夜の暗闇に紛れて、ボートは静かに湖にこぎ出した。雲が厚く月の光が湖面を照らすこともない。その中、多数のボート…筏も混じっているようだ…は、琵琶湖西岸を離れ始めた。東日本軍に気が付かれないように、皆手漕ぎだ。
月初め、猛烈な攻勢によって今津周辺まで押し込まれた西の第6師団だが、それはそれで予定通り。後方に構築された陣地を持って敵攻勢を支えていた。これまた予定通り、機動打撃群からの援軍(英連邦戦車旅団)も駆けつけてくる。激戦だが順調な戦いは、東側機甲師団が迂回して丹波山中を突破、京都に突入したことで一変する。
そう、彼らは山岳と琵琶湖に挟まれた狭い地域に、包囲されてしまったのである。周囲には山岳戦闘に長けたSS山岳師団が布陣し、山中の撤退も不可能。彼らが最後に選択したのは、琵琶湖を渡って撤退する道だった。
「…哀れな」
夜間用の双眼鏡を覗いていた戦闘団“泉”の砲兵隊長、加藤知安は呟いた。もっとも、“泉”そのものは丹波方面に転進しているのだが、加藤と彼の率いる部隊は一時的に引き抜かれ、琵琶湖をまたいだ南岸への砲撃に参加していた。
10月の大攻勢、「アイゼンハンマー」が始まって以来、加藤たちは席の温まる暇もなく働いている。開始直後の西側陣地への砲撃戦、海軍の艦砲射撃のための観測への協力、そして琵琶湖南岸〜なかんずく敵航空機地への砲撃戦。この度の攻勢は、突破がなるまで狭い地域での殴り合いが激しかったこともあり、またドイツ・ロシアの部隊、特にロシアが過剰なまでの砲兵を抱え、これを活用すべく努力したことから、一層加藤らの存在が重要だった…と言える。
加藤が挙げた手を振り下ろすと、発射音と共に琵琶湖の湖上が、発光弾によって照らし出された。多数のボートが、黒々とした湖面に浮いている。
「撃て」
短く加藤は命令する。無数に聞こえる轟音が響き、湖面に向かって砲弾が撃ち込まれた。細かい命令を出す気にならないほど簡単な、それは虐殺だった。
「やりきれないな」
加藤が再び呟いた時、湖面に浮かんでいる多数のボートは、あるものは燃え、あるものは沈んでいた。何か他の動くもの、動かないものも湖面に見える。
こうして、包囲下にあった西日本の第6師団、そして英連邦戦車旅団は壊滅したのだった。
●ねずみときつねのせんそう
■小野田寛郎・浪川武蔵・ダニエル宮城
▲東西・京都
千年の王城の地、京都。地元の人間が「前の戦争」と言えば応仁の乱、と言われる地だが、幕末動乱の変は除くとしても、すでにこの戦争の序盤、東日本軍の攻勢の最中に占領されており、「前の戦争と言わず、この戦争」となっている。
その都は、動乱の中にあった。東日本軍の大攻勢が始まった10月、それに先んじて侵入した特殊部隊“月光”が活動を開始したのだ。
彼ら東側の特殊部隊の任務は、本来は敵陣の中へ長駆しての偵察活動であり、破壊工作・暗殺などを司っているわけでなかった。それが京都に潜入しての活動となったのは、作戦的な迂回を行う際に京都が進撃路の一つの焦点になること、また少しでの西側の目を機動戦による迂回からそらす必要があったこと、序盤の攻勢においてなるべく敵軍を混乱させる必要があったこと…などがあげらる。
「理由はどうであれ、オレが引っ張り出されることになるのは許せんなあ」
ライフルの照準器をのぞき込みながら、西日本軍の第634特務部隊の浪川武蔵は一人ごちた。高いところの少ない京都だが、彼は寺社の塔にのぼることでそれを解決し、狙撃手として戦っていた。
浪川の所属する西側の特務部隊は、伊吹山で戦うつもりだった。しかし、東側の“月光”あらわるとの報を聞いた上層部から、駆けつけてこれを迎撃、撃破するように命令されたのである。
米空軍との連携プランも、琵琶湖を利用するはずだった脱出プランも、これでおじゃんだ。全く貧乏くじだぜ…と思いつつ、そのために用意した高性能通信機はそれなりに役に立っている。彼は静かに引き金を引いた。物陰からあたりをうかがっていた東日本軍の兵士が、また一人倒れる。
「またか」
と、小野田寛郎は言わなかった。“月光”指揮官の彼にも、手塩にかけて育ててきた部下が、姿のないスナイパーや格闘に優れた西日本軍の兵士たちに倒されるのは身を切られるより辛かった。しかし、彼の構想には特殊能力には特殊能力で…という考えは、今はない。組織当初はともかく、訓練された『チーム』を手に入れた彼らの対応策は、『情報と組織力による封じ込め』だ。
「探すな、相手にするな」
と声には出さず、小野田は合図する。後方の
島田庄一がうなずき、背負っている通信機に話しかける。用心深く動き出した彼らは、やがて大路の辻で米兵らしい兵士を発見。一瞬の隙を突き、部下が取り押さえた彼に、小野田が拳銃を突きつけた。
「?」
米兵の姿をした彼は、どうみても黄色人種…日本人の顔立ちをしていた。声に出さずに動揺する部下に言い聞かせるように、小野田は小さな声で男に語りかけた。
「日系人か?」
頷くのもやっとの男…ダニエル宮城に一撃を加え、気絶させると、小野田は無言で合図してその場を離れる。
「宜しいのですか?」
との島田の問いに、小野田は答えた。
「かまわん。彼には彼の祖国、そして志があるのだろう」
こうして、静かに“月光”は浪川が三次元を支配する地域から離脱していった。
もともと、“月光”の目的は京都の大破壊ではない。いずれ、味方部隊がその地を通過するのである。混乱と情報、そして味方の挙動から敵の目をそらせれば十分なのだ。浪川たち特務部隊の活躍にもかかわらず、今回、小野田らはその目的を達成することに成功した。
やがて、京都は再び東日本軍に蹂躙されることとなる。
●あんやこうろ
■吉田隆一
▲東・関ヶ原
深夜にもかかわらず、関ヶ原北方の山地では、激しい戦いが起こっていた。
月初めに開始された東側の猛烈な正面攻撃…歩兵によるそれ…は、遅々として進んでいない。この地、関ヶ原においては双方の兵力が拮抗しているため、防衛陣地を磨き上げていた西日本軍に一日の長があった。それに対し、東日本軍は虎の子たる近衛師団を投入。こちらも、何ヶ月にも渡って、山岳浸透突破、それもドイツの装備の支給を受けて夜間戦の訓練を積んでいる。
彼らの攻撃は奏効し、一時関ヶ原の西側陣地は、北方のそれを占領された。
しかし、最初の混乱から立ち直った西日本軍は、ためらわずに歩兵部隊を奪回に投入。
かろうじて近衛師団を山地に押し返す。近衛師団も諦めず、執拗に夜間攻撃を繰り返した。ここに、短い期間ながら、激しい戦闘が行われていた。
「諦めるな。こちらが苦しい時は敵も苦しい。下がったら、そこで終わりだぞ」
闇の中で、近衛師団の歩兵連隊長、吉田隆一は部下を励ました。暗闇の中で、ぎらぎらとした目だけが、彼の方を向いている。彼の言葉そのものは平凡だったかも知れないが、こういう極限の時、人がすがるのはやはり「人」だ。兵士の狂気の目つきの中には、それでも彼に対する信頼があった。
しかし、吉田は知っている。この近衛師団の攻撃そのものが、敦賀から行われる主攻撃のための、陽動であることを。それを知っていて、なお部下に死地に赴くことを命じなくてはならない。もちろん、単なる無駄死にでなく、なるべく死者を減らし、成果をあげるべく、吉田は最前線で努力していた。
その努力そのものが、「陽動戦」の成功を一層確実にする。吉田の苦悩はそんな矛盾を抱えていたが、もともとプラグマティックな彼は、行動でそれを覆そうとしていた。
「着剣!」
カチャカチャと何かを取り付ける、小さな金属音があたりに響く。微かに呼吸の荒くなった気配がする。やがて、雄叫びと共に彼らは斜面を下っていった…。
吉田は負傷したが、この時の戦闘で近衛師団は再び西側の陣地の占拠に成功する。それは、この月が終わるまで再奪還されることはなかった。
●ひのあたるばしょ
■グンナー・ガースランド、エルネスト・デ・ラ・セルナ
▲西・北勢
SOS旅団。共産主義者による国際旅団(と一般には解釈されている)。彼らは、数々の政治的困難を乗り越えて、日本の戦野に立った。先月より伊吹山に駐屯し、攻勢を開始した東日本軍との死闘を繰り広げていた〜と言っても、敵が伊吹山を指向してこなかったので、規模としては小さかったが〜彼らに、一つの命令が下った。
「ヨッカイチ方面ですか?」
エルネスト・デ・ラ・セルナ少佐、“シモン・ボリバル”大隊長は尋ね返した。眉をひそめているのは、記憶力の良い彼も、とっさには地名からその場所を思い出すのに時間がかかるせいだろう。何しろ、ここは彼らにとって外国なのだ。
「そうだ」
短く旅団長のグンナー・ガースランド大佐は答えた。
「確か、クワナの西方にある都市ですな。なぜ我々がそこに?」
「東側の、この方面の主攻はセキガハラだが、主力がセキガハラに押し込まれたために、彼らに機動の余地が生じた。キソサンセンを渡河してクワナに対して攻撃をかける一方、一部の部隊がセキガハラからクワナに向かって南下を開始しているらしい」
「なるほど。このままではクワナが包囲される」
「そう。そして、ヨッカイチからカメヤマに敵が進出すれば、我々、シガに展開する部隊の南方の連絡路が絶たれることになる。可能な限り速やかに移動し、これを防げ…というのが、我々旅団と第3師団に下った命令だ」
不適にデ・ラ・セルナは笑った。
「我々に必要なものは、スピードということですか。ようやく表舞台ですね」
「その通り。善は急げだ。直ちに、車両を集めて出発だ!」
敬礼し、少佐はテントを飛び出して行く。やがてガースランドの『今こそ共産主義者は明日の未来に向かって立たねばならぬ時であると! SOS旅団と民主主義陣営に栄光あれ!』という激励の演説に送られて出発したSOS旅団は、北勢の道路を東日本軍と競うように一気に南下。
四日市東に撤退した桑名守備隊に協力し、東日本軍の輜重隊などに執拗な遊撃戦を展開。これの行動を攪乱し、味方部隊が到着し展開するまでの時間を稼ぐことに成功する。それは、彼らがようやく日の当たる場所に出ることが出来た、その証だった。
●ひのあたらないばしょ
■アレクサンドル・アンデルセン、銀狐
▲東西・北勢
彼女が、その男の気配を感じたのは、指揮所のテントの中だった。彼女〜銀狐と呼ばれるSOS大隊指揮官、兼参謀〜は、テント入り口で警戒している兵士たちに軽く敬礼して、何気なくその場を離れる。女性の彼女は、いろいろと男性兵士と同じく出来ないこともあるので、彼らも彼女が1人で行動すること自体は気にしていない。
山中の陣地、人目の付かないところへはすぐに移動できる。それを待っていたかのように、微かだった殺気が勢いを増し、彼女にまとわりついた。銀狐がそれに呼応するように、うちにためた気迫をあらわにすると、たちまち銃剣が何本も飛んでくる。
身を捻って一部をかわしつつ、さらに彼女を追ってたたき込まれる銃剣を、とっさに拾った木の棒でたたき落とす。十本以上を無効とした時、 その男は姿を現した。
木陰から幽霊のように音もなく出てきた長身の男は、丸眼鏡に軍用コート、金髪を短く苅ってまるで教師のような雰囲気を漂わせていた。
「『全ての不義に鉄槌を』、か。共産主義者のテロリストから自由主義者の犬とは、遠くに来たものだな女狐?」
「共産主義者の走狗から、今は独裁者の走狗になった奴にそんなことは言われたくないわね。“銃剣大尉”」
どっちでも似たようなものだけど、とは、銀狐は声に出さなかった。
“銃剣大尉”と呼ばれた男、アレクサンドル・アンデルセンは、くかかかか…と異様な笑い声を低く響かせた。
「所詮我らは似たもの同士。とはいえ、お互いいなくなってしまった方が良い時もある」
「近親憎悪って奴? 愛の告白よりはマシだけど」
話ながら、じりっ、じりっと2人は位置をかえて行く。銀狐の返事を聞いて、今度は声もなくアンデルセンは笑った。再び、どこから出てくるのか…と思うほどの銃剣が銀狐を襲う。今度は、木の棒で払い落としつつ彼女は引き抜いた拳銃で応酬する…が、当たっているはずなのにアンデルセンは倒れない。
「知っているぞ。臭う、臭う。陰謀の臭いがぷんぷんとな。困窮する西日本に食い込み、恩を売る。すでに共産党は合法化されている。政府内では、官僚と議会の間が険悪だ。世の中が乱れれば乱れるほど、つけ込む隙が増すからな」
「そう言うあんたは、西側の兵器を集め、東側に横流し。ついでに、あれこれ裏のルートを東西に開こうとしているそうじゃない!」
アンデルセンは答えない。笑みが慈父のように深くなっただけだ。銃剣を目の前で組み合わせ、祈るように彼は口を開いた。
「良く知っているな。だが忘れるな、お前たちには常に闇から目が光っていることをな」
そう言い置いて、彼は再び幽霊のように木立に消えていった。
「…うっとうしい」
そう答えながら、銀狐は銃をしまった。芝居かかった襲撃だが、本当に隙があれば彼女を倒し、戦況に寄与する。それが無理でも、彼女の背景にかまをかけてみる。最終的に何も引き出せなくても、いつかの時のために、顔を繋いでおく。アンデルセンがこの段階で姿を現した意図を、彼女はほぼ正確に推察していた。
この世界の住人は、彼女も含めて食えない奴らばかりである。
●危機の大阪
■永山時雄/吉見健三
「想定する中で最悪というところだな」
大阪城跡に築かれている国防省を訪れた永山時雄経団連国防委員に吉見健三は現在の状況を端的に纏めた。陸軍主力が敵軍によってほぼ包囲下にあり、自前の海軍はほぼ消滅といっていい大損害を受け、首都大阪に再び陥落の危機が迫るとなれば、最悪というよりない。
「我々の補給策源たる阪神地域から主力が切り離されることが想定内とは、心強いお言葉です」
永山はかつて政治的権威を背景に通産省を牛耳った時代の名残で、官界には顔が広い。官僚としては先輩にあたる吉見にも痛烈に皮肉が言えるだけの関係はある。
…とはいえ、「通産省」という新しい役所で帝国時代の商工省の名残を払うための戦いをしたことは、未だにそれなりの勢力を持つ統制型官僚族のドン、民主党代表岸信介をはじめとする多くの政敵も作ってはいる。
「いやいや、手厳しいね。産業界の動揺は?」
「それなりに。労使交渉だけでも苦労しているというのに、余計な心配のタネを増やさんでいただきたい。折角京都奪回の折にした文化財保護がまた無駄になってしまった」
せめて、文句のひとつも出さねば、やりきれない。
「前と違う点がひとつある」
吉見は言った。
「我々にはアメリカがついている、潤沢な航空支援、強大な海軍力が味方だ。もう一度、脇腹を思い切り殴りつけてやる」
M48パットン戦車のライセンスを取りにアメリカまで交渉に行った吉見は、今なお強大な、アメリカの工業力を目にして、その力については信仰にも似た信頼を寄せるようになった。
「日米の民主党が聞いたら喜びそうな言葉ですな、戦争経済を知らぬ者の言葉だ。我々は一刻も早く、経済再建にかからねばならないというのに」
「経済が破綻して滅びた国と他国軍によって滅ぼされた国とどちらが多いのかを考えれば、違う答えがある。まあ、それは信念の違いだろうが」
そう言い捨てて、吉見は決定的な政論の討議を避けた。
「全く、共産党がようやく夢から現実に降りてきたと思えば、次は民主党…要望あるところに政党が寄るのはしかたがないがね、まだ政権の望みが無い共産党の方が可愛げがあった。あるいは強硬論は連中にまかせた方がまだマシだったかも、下手に強硬派がまとめようと余計にややこしい話になってしまう」
「自由党が4、民主党が3、共産党が2.5。切り崩しで自由党から1割5分の脱落者を出すか、継続戦争内閣として共産党と組めばわからんな」
「そらまぁ、今政権から出ておいた方が戦後は楽でしょうよ。戦後なんてものがあるならば。の話ですが」
「よくわからんことだし。一官僚の私がとやかく言うことでもない。せいぜい、仕事のしやすい上司が持てるよう祈るだけさ。それに、要は勝てば問題ないということだろう?」
「しかし、彼らにはドイツとロシアがついている。連中の最新鋭戦車、レオパルド、T54、十五式といった強力な戦車の前に肝心の陸は勝てるのですか?」
「せめてもう少し前から地対地対戦車ミサイル弾の研究がスタートしていたらなぁ、技術は蓄積されるものだ。金だけではどうにもならんところがどうしてもある」
「まぁ、開発を続ければ、戦後に連中の戦車の売り上げを減らせるかもしれません。そういえば、あなたが推進した例の襲撃機それなりに使えるみたいですね」
「ああ、小回りの利く機体の方が便利なこともある」
「…どうせならそれに乗せるのはどうでしょうか、上からの攻撃なら弾頭も少量で済みますし、敵戦車兵を驚かすくらいには使えるのじゃないですかね」
この時の永山の言葉が後の攻撃ヘリへと発展する低速の地上攻撃機種の元祖という向きもある。それが妥当かどうかはともかく、枢軸の強力な戦車に対して一つの対抗策が与えられた瞬間であった。
●祝杯
■馬渕駒之進/野田松之助
▲新潟
久々に馬渕と会った野田は、元より痩せ型の馬渕の体が更に一回り小さくなったように見えた。三カ国分の補給を外国の支援に頼りながら維持するという荒行を一人で完遂するのは、鬼と悪魔と妖怪と同時に取引をするようなものだ。
馬渕は、取っておきの一本を空けて枢軸の勝利を祝った。
「死に水にと思っていたが、忙しすぎて呑む暇さえ無いなら置いておくだけ無駄だ」
そう言って銘酒「将門」を開けた馬渕は杯を一気に流し込む。反逆者の名を記した銘酒を飲み込んで、御濠から用意させた鯉で作った鯉こくを啜る有様は、非道く冒涜的で、奇妙なほどに今の馬渕に似合っていた。
「流石にお前も少し痩せたか、ともかくも想価会の平穏な無力化に成功してよかった、おめでとう」
「ええ、少々。それにしても、ウッシオに描かれるような悪人が居るとしたら、貴方のような人なのでしょうね」
「何を言うか、栄養と休養は用兵の基本だ。上に立つものがそれを理解できないような国は滅んだほうがいい」
肉が削げた分だけ、言葉の鋭利さも増したのか、馬渕は容易に国家の滅亡を口にした。
「まぁ、それが解る大臣がいたお陰か意外と楽に勝てましたな」
「ああ、勝った。だが、それだけだ。戦場で勝てば戦争が終わると考えているような奴がまた跋扈するだけだ」
馬渕は野田の追従を苛立たしげに突き放した
「勝たねば次はありませんでした。少し言葉が過ぎますよ」
「確かに今日は昨日より少しマシ、それは間違いなくいい事だ。戦場で勝ち、諸国でも講和の機運は高まっている」
「ええ、明日のことを考えられる今日というのは幸せなものですよ」
「…勅もある、力もある、時流にも乗った。余程の下手を打たねば、後藤首相は講和を成り立たせるだろう。拒む筋は無い。土地、人、外国軍で我が国が譲歩すれば、戦争は明日にでも終わる」
「何が問題なんです?」
「戦後にこれほどの権力が振るえる地位は二度と生まれえないという事さ、今のうちに片付けは終えておかんとな」
●義理と勇気と
■イワン・セーロフ/ギュンター・ヘスラー/後藤孝志/立花雪音/我妻由乃
▲大湊
大日本帝国海軍が自らの身を捨てて行った一大決戦によって、宿敵の日本海軍は事実上消滅した。しかし、帝国海軍もC3統合艦隊との航空海戦とA統合艦隊との砲戦によって、半身不随の大損害を受けてしまった。大湊軍港に於いても日本海での勝利に町中が沸き立ったが、一夜の乱痴気騒ぎの後に町は重苦しい不安に覆われていた。
海軍とその関係者が多くを占める大湊では、帝国海軍がその機能を失った事の価値を皆が知っていた。もしも、まだ太平洋側に残っている米国艦隊(C1及びC2統合艦隊)が跳梁した時、帝国は食い止める能力が無い。枢軸空軍の飽和ミサイル攻撃に再び頼ることも出来ようが、強力な防空力を持つアメリカ艦隊にどこまで有効な手段かは解らない。なにより、船なき港ほど寂しいものはない。
大湊を母港としていた第三艦隊はあれ以来帰ってきていない。かつての欺瞞に満ちていた頃の大本営発表が思い出された。(現実には、播磨の補修や安全、「その他の理由」の為に大湊が意図的に空けられていたのだが)
そうした空気の中、立花一家は町外れの海軍御用達の温泉宿に長逗留していた。突然休みを貰ったと言って、大湊へと連れてこられた時は、ついに役所を首にでもなったのかと立花雪音は心配したものだったが、父母に宛がわれた別室で忙しそうに送られてくる書面をチェックしたり、あちこちとどことも知れぬ所へ電話をしているのを見ると何か特殊な事情があるのだろうと、今のうちに羽を伸ばしておこうと温泉浸りの日々を送っていた。
長らくいたせいで、海軍訛りの男どもに声をかけられる事も多くなったが、その度に父が駆けつけて、相手の耳元で何事か囁くと相手が青くなって逃げ出すという事が繰り返された為にそのうち、声をかける勇気が有る者は少なくなった。
そして暇を持て余し始めた頃に、雪音にもようやく仕事が追いかけてきた。どうやら余りに長いこと番組を休んでいたため、西側では不味い事をしゃべって謀殺されたのではという話まで出てきた為、雪音を放送に戻して安心を取り戻さねばならないという事だった。
やる事の無い雪音が父に相談すると、父は「そうだな、もう情勢も落ち着きつつあるし…」と考えながら呟いていると部屋の電話が鳴った。父は雪音に断って電話にでた。
「あ、野田次官ですか、はぁ、早く娘を放送に戻せ?いや、しかし、はぁ、士気が下がってしょうがない?」
電話の主は要件だけをダミ声でぶっきらぼうに告げるとブツリと電話を切った。
父はヤレヤレとばかりに溜息を吐いておどけた。
「聞いての通りだ。軍需次官殿はお前の声を聞かないと夜も眠れないだとさ」
結局、情勢を鑑みて雪音の番組は大湊からの中継で届けられることになった。その鈴を転がすような声を聞いた聴衆は安堵し、彼女の声を通じて語られる人々の思いを噛み締めた。
その一つの事例を挙げてみよう。
「萩野家居候、我妻由乃から。この空の続く場所にいるあなたへ
いろいろあったけど、私は元気です。あなたは今何処にいますか?」
行き先も知らない片思いの彼の為に出した手紙であった。恐らく、その声が届く場所にはいないと知りつつも、諦めきれない執念の籠もった言葉だった。その声は本人さえも思わない形で、思わぬ相手に届いていたのだが。
10月も押し迫った頃、帝国海軍の艦艇が去って、寂しげな空気を漂わせる大湊に、緊迫感めいたものが漂い始めたことに雪音は気づいた。報道関係もどこか忙しさを増し、父母も一層忙しく、口が固くなったようであった。立花家では仕事の話はしないのが通例となっていたが、ふと母が「大宮にあなたを関わらせないで本当によかった」としみじみと呟いた言葉が雪音の心に残っていた。具体的にどういうことかは、奇妙におぞましさを感じてそれ以上尋ねることはできなかったが。
大湊が騒がしい理由は後藤首相の視察があるからと雪音は知らされた。そして、首相視察の報道を雪音が担当すると一方的に伝えられた。軍艦のない軍港に何を視察に来るのかしらと雪音は訝しんだが、事前に大規模な報道準備をするということは何かしら帝国にとってはいい事があるに違いないと直感した。それが人々にとって悲しいことでないといいのだけど、と名古屋の光景を思い返して雪音は願っていた。
後藤孝志首相の大湊視察の日、雪音は素直に大湊へと現れた黒鋼の戦艦に歓声を上げた。大和級にも劣らない艦体を誇る船が二隻、先導して港に姿を現す。武蔵が失われた今、大湊にこれほどの威容を誇る船が二隻現れるのは即ち―ドイツ太平洋艦隊旗艦、バルバロッサとロシア太平洋艦隊旗艦、エカテリーナが揃って大日本帝国へとやってきたのだった。雪音のすっごく大きいとか固そうとかいう黄色い声が「誤って」中継された後に、サッと雪音に原稿が渡される。
「失礼しました。ここ大湊には、ドイツ・ロシアの太平洋艦隊が親善の為に訪れています。両艦隊は日本海での大演習を終え、士気軒昂、練度十分。大日本帝国に友好を示すと共に、その威容はもの言わぬ激励を大湊市民へと送っています。首相の後藤さんはこれを歓迎するために大湊を訪問し、両艦隊を率いてやってきたドイツ海軍司令官で中将のギュンター・ヘスラーさんならびに同行のロシア極東軍総司令官で上級大将のイワン・セーロフさんと会談する模様です…」
☆
「ようこそいらっしゃいました。戦時下で満足なおもてなしも出来ませんが、どうぞ演習の疲れを癒して行って下さい」
後藤の型どおりの挨拶をヘスラーは撥ね付けた。
「お世辞は不要だ。直ちに実際の話にとりかかりたい。ここには『私が』指揮できる船は全て連れてきた。全てはドイツの貴重な財産である。だがしかし所詮は鹵獲艦と旧式艦の集合体に過ぎない…とも言える。これで何かができるならそれは悪い賭けではない」
言下にヘスラーの指揮外(総統勅命に司令される核潜水艦)の存在を仄めかしながら、ヘスラーは枢軸艦隊の義勇軍化について示唆した。
同行しているセーロフはその言葉に眉を潜めた。ドイツにとっては、別に失っても本国艦隊が残る以上、チップの一つでしかないが、バルト海と黒海、それに北極海枢要部を失ったロシアにとって、太平洋艦隊は唯一無二の最精鋭艦隊なのだ。
「貴国の海軍は既に半壊状態と認識している。力が必要かね?後藤首相、代価次第では、我々はこの艦隊の構成員を『日本への義憤を滾らせるように指導する』許可をそれぞれの総統から頂いている」
後藤は表情を変えずに条件について尋ねた。本来なら補給物資の一つも運び込んで欲しいものだが、只で日本本土まで貴重な艦隊を寄越しただけでもちょっとした奇跡だ。甘い考えを捨て、弱みを見せないように顔に力を込める。
ヘスラーは後藤の視線を軽く逸らして言った。
「まあ、聞いてはいるだろうが、ドイツに室蘭港を、ロシアにここ大湊港を暫くの間、貸してくれというだけの事だ。そうだな、まずはせいぜい30年ほどだ、是によって、我が艦隊の将兵たちも、日本がかけがえの無い国という認識を、確かに出来ると思う」
セーロフが黙って油揚げを浚われた顔をしながら頷いた。ロシアが血を流しても結局は一番上手い餌はドイツが持って行く。弱さゆえの屈辱に今は甘んずるよりない。
「さあ、後藤首相、あなたはどうされる?我々も永遠にここに居るわけにはいかないのだ。速やかにご返答を頂きたい」
●肉食獣たちの歓談
■ニキータ・セルゲーイェヴィチ・フルシチョフ
▲ウラジオストク
「何だって皆して、俺にばかりややこしい話を押し付けるんだ」
部下が持ってきたドイツからの抗議文に苛立ったフルシチョフは靴を脱いで机に叩き付けた。
「只でさえ、極東軍総司令官のセーロフが舟遊びのために大湊まで出ているお陰で俺は糞忙しいというのに、何でこういうものを持って来るんだ。オムスクで処理すべき案件だろうが」
フルシチョフのボヤキは止まらない。ロシアが日本に対して行う要求案を提出した辺りから、ドイツの圧力とロシア総統府の板ばさみに会って仕事が思うように捗らない。荒れ狂うフルシチョフに、不幸にも声をかけなければならない者が居た。
「恐れながら、お電話が入りました」
フルシチョフは持っていた靴を投げつけて誰だ!と問うた
「ハイドリヒ独逸親衛隊長官ですが」
ハイドリヒとの直接対話は臨むところであったが、あまりの場の悪さに苦々しい思いがこみ上げた。奴め、抗議文が届く時間を見計らって連絡してきやがったに違いない。あいも変わらず細かい奴だ。
電話を持ってきた部下に通訳を命じると、フルシチョフは電話を取った。
「フルシチョフです」
「いかんよ、部下は大切に扱わんと」
八つ当たりの癖を見透かされた事は癪に障ったが、ここで怒り出せば相手の思う壺だ。嫌味の一つでも言って切り上げるつもりで、既に政治権力から遠ざかったある高名な男の名を出した。
「ははっ、ところでマンシュタイン元帥はお元気ですかな?」
「クリミア半島あたりで、過去の栄光に浸って、回想録でも書いているのじゃないか。そちらこそ、チュイコフ将軍はお元気か」
「さて、カムチャッカ半島あたりで自然に囲まれて暮らしているのじゃないか」
その後それぞれ5名ほど、彼らが消し去った才能について確認しあう寒々しい会話の後に本題へと入った。
「少々、現場が張り切っているようだ。まあ、戦は勝つに越したことはないが」
「それで?今のうちに戦勝ケーキの切り方でも考えるのですか」
「まぁね、空軍の反動連中が前線拠点として佐渡が欲しいだとか、いろいろややこしいことを言い始めているし、貴国ばかりが利益を得ることにいろいろと疑問の声が上がっている」
「軍は佐渡を共用で独露空軍、室蘭を独海軍に、長岡あたりに日本SSを置いて、我々が富士裾野に戦車隊、大湊に露海軍…というところでどうでしょうか」
「まぁ、概ね問題ない。その他の事については、我が国は最恵国待遇であるという事を確認してもらえばそれでよい。とはいえ、日本がなんと言うかで、また調整の必要があろうがね、精々励むことだ」
「で、何時まで戦争をやるつもりか貴方の存念を確認させてください」
「此処まできたら極東から米軍を追い落とすまで…といいたい所なのだが、なかなかそうも言ってられんようだ。皇帝陛下のご威光には敵うべきも無い」
ハイドリヒはいつもと変わらぬ口調で自らの苦境を語った。各国と結託しての、欧州統合による権力獲得や。自由主義からのラブコールを受け続けているという事が、ハイドリヒの政治的影響力をゆるやかに侵食し始めていた。
とはいえ、現時点で戦争を止めたところで、今回の武功一番は先頭で突破に成功したSSだ。総統の不信を買ってまで戦争遂行を訴える必要は、もはやハイドリヒには無い。
「ベリア総統や各首脳には別の意志があると思うが」
「心配ない、それなりの義理は果たす。ところでだ、ロシアの一部の部隊が日本でなにやらままごとをしようとしていると側聞した」
「さて、存じ上げません」
「そうかね、知らないならば仕方が無い。私の方でもなんとか解決を模索するとしよう。私は常に欧州全体の未来を考えていることを忘れないで欲しいな」
「そうですか、良く解りませんが、うまく解決するといいですね」
「ありがとう、それでは貴国にも幸多からんことを、世界に更なる愉快を、欧州万歳」
切られた電話の受話器をフルシチョフは叩き付けた。
「ウラルより東の何処が欧州なのか説明して見やがれ、金髪の野獣め」
…私にも知らされない、ベリア勅命でハイドリヒも関わる話となると相当のヤマが隠されているに違いない。そう、例えば、『味方を裏から潰すような計画』だとか、『それが明かされれば国際的な信用に大きく関わる後ろ暗い案件』だとか、『大量破壊を撒き散らす兵器』だとか。まぁ、それが何であるにしろ私が関わるべき話ではないか、今は兎も角、ロシア的怠惰によって積み上げられた書類を片付けるべきだ。詰らない話だが、これを片付けなければロシアという国家が機能不全に陥るのだから。
●戦争はなおも続く
■大宮宗一郎、太田幸之助、他たくさん
▲あちこち
「太田、伯父上から葉書が届いているぞ。『長岡の伯父上』からだ」
東日本第105戦闘飛行隊太田幸之助大尉は、直属上官の大宮宗一郎少佐にそう声を掛けられた。
一瞬だけ太田の眼光が、空中で敵と渡り合う時のそれになり、すぐ元に戻る。対する大宮は、あくまでも平常通りでいる。
「俺の方での検閲は済ませた。早く読んでやれ」
手渡された葉書には、時候の挨拶に続いてこうあった。
『ご母堂の病状、心労の因が離れたれば、小康状態に候。帰るには及ばざれども、この段、念のため知らせ置き候』
(依然、警戒の要あり……か)
二人は視線だけで頷き合った。
モンティナ・マックスは、損失機数グラフを眺めてぼんやり考える。
この一ヶ月での損耗は、マックスの思考パターンでは大したことはない。単純計算すれば全滅までにもう一度やれるだけの戦力は残ったのである。補充も来ることだし、地上軍による守山航空基地制圧や対艦ミサイル飽和攻撃といった珍しい出し物の見物料としては、全く問題ない。
ただ、ここらが潮時だという意見も本国では強くなっている。
飽和攻撃、新鋭機、誘導弾と、実戦データを採っておくべきものは一通り試せた。ドイツ軍の精強さは世界に示せたから、枢軸諸国が勘違いして米英に寝返る心配もしばらく不要。また、戦後、アメリカは日韓の政治・経済・軍事あらゆるレベルでの復興支援にリソースを注ぎ込まねばならない。対してドイツは、アメリカと対峙していく役はロシアに押し付ければ良く、復興は当事者に任せておくだけだから懐は痛まない。総じて悪くない結果と言える……という論理である。
休戦か、継戦か。
マックスにはどちらでもいい。次の戦争を楽しむために、次の次の戦争を楽しむために、一旦切り上げるのも悪くはない。だが、それが次の戦争のために良いとは限らない。そもそも、まだこの戦争を楽しみ尽くしてはいない。対都市無差別爆撃など、やりたいことは幾らでもある。アメリカ相手の消耗戦というのも、どれほど酷いことになるか想像が着かず、実に興味深い。日本人が聞いたら真っ青になるだろう考えだが、あいにくとマックスにとって戦争とは「勝つのが楽しい、負けたら楽しくない」という種類のものではない。そうでなければ、守山の二の舞になる危険もある各務原に司令部を置いたりはしない。いや、各務原どころか、小松に舞い戻ろうとすらしていたのである。辛うじてクレーターを埋める程度には復旧しつつあったところでまた粉砕されたので、その話は沙汰止みになったが。
(さて、どうする)
テーブルに置かれたココアは、いつの間にか冷めていた。
☆
萩野社が山中から救助されたのは墜落から6日が過ぎた頃だった。
さすがの萩野も山中で衰弱していたが、偶々傍らに墜落した航空機の通信機が
生きていたために、一緒に救助されるという幸運によって
どうにか生き残ることが出来たのだった。
既に戦闘中行方不明で死亡に準じた扱いを受けていた為に、
同行者の肩に支えられて生還した事は現場に驚きをもって受けいれられた。
基地に帰還した時、ちょうどラジオからは雪音の声に乗せて由乃の言葉が届けられていた。
「返事を書かなきゃな」
本人にとっては、意図せざる呼びかけとなった自家の居候と妻への返事の書き出しを考えていた所に、厭な顔が現れた。
「若妻に自称女学生、次は金髪の女パイロットと二人で遭難か、萩野、貴様は艶本の主人公にでもなったつもりか?」
狂相めいた顔つきを浮かべる前田俊夫大佐であった。萩野に肩を貸している女の体にも些かの緊張が走ったのが感じられた。前田には空気を棘にする雰囲気がある。
「貴様が落ちたせいで、この俺まで前線へと借り出される羽目になったじゃないか、どうしてくれる?」
「その前に私の部隊の状況について聞きたいのですが」
「ああ、半壊に陥ったので他の部隊との統合を検討中だ」
前田の遠慮ない言葉に萩野は怒りを覚えた。俺の部下を殺しておいて、もう少し言い方という物があるだろう。
「それと、そこのロシア人、お前の部隊もほぼ壊滅状態だな。パイロットは何人か生き残っているが、機体はほとんど喪失した」
すらすらと流麗なロシア語で前田は言った。萩野はロシア語を嗜まなかったが、傍らの女性の表情で全てを理解していた。
「まぁ、こうなると政治的にも大問題な訳だ。こういうときに責任を被るのは最も立場が弱く、敵の多い人間、つまりは俺だ。そして適材適所を弁えぬこの国らしい措置をとったということだな」
両頬を奇妙に吊り上げて前田は哂った。
「そうそう、どうやらドイツから光電の最新型が日本に40機ばかり輸出されるそうだ。しかし、今国内で余っているパイロットなんていうのは、死に損なったロシア人やお前のような幸運に恵まれた奴、あとは空母から投げ出された不運な奴くらいのものだ」
前田の回りくどい言い方に萩野の苛立ちは募った。
「何が言いたいんです、大佐殿」
陸軍式の呼称に従って階級に殿をつけて先を促す。前田が飯を食ってきた海軍式では、階級に殿をつけるのは侮辱や揶揄の意味を持つ。
「ああ、我々としても。ロシア人を見殺しにしたと言われては大変だ。そこで、この機体を優先的に機体を失ったロシア人に割り振る。そして、日露友好の為にも両軍が一緒の精鋭部隊を作って、活躍してもらうというのがよかろう。貴様はその指揮官に適していると思わんか?主人公殿。
遙か欧州から運ばれてきた新鋭機を駆って、圧倒的敵の優勢下にある酷薄の戦空を行くエリート揃いの部隊の指揮官、実にこう、物語として綺麗だ。ああ、もしもの時は嫁と娘と愛人は全部俺が貰ってやるから安心しろ」
前田の左頬を痛烈な萩野の拳が打ち付けた。この男に不快にさせられる事は度々あったが、今回ばかりは我慢の限界だった。
「何だ、元気じゃないか。いつまでも女の肩にしがみついてないで戦え。まぁ、機体が届く迄は休むしかできんのだから気力を養っておけ、ああ、ロシア語はできるか?出来ないならそこの女から教わっておけ、貴様は日露合同部隊の指揮官だからな」
そう言い捨てると前田は息を荒げている萩野に尻を向けて、自らの翼へと向かって行った。懲罰の意味という事もあるが、既に前線を離れて久しい大佐を最前線に出すほどに、今の帝国空軍は切羽詰っているのもまた事実だった。
前田は体に無理のかからぬ食べ物を萩野に出すよう従兵に命じて、機上の人となった。この戦乱の中で少なくとも物資はそれなりにあるらしい。決して好きには成れない奴だが、その存在は貴重だと萩野は認識せざるを得なかった。
☆
イヴァーン・ヌィクィートヴィチ・コジェドゥーブの手駒は、激減していた。対艦飽和攻撃自体は成功したが、航続距離不足という馬鹿げた……しかも、やる前から解っていた……理由で自滅させた戦力が大き過ぎる。普通ならこれ以上の交戦に耐えられるものではない爆撃機の損耗率が、まだましに見えた。
確かに、佐渡から隠岐諸島沖まで飛び、能登半島の適当なところで降りるだけなら充分可能であった。しかし、飽和攻撃は、一方向だけから仕掛けるものではない。佐渡・隠岐間を直線で飛べる隊は良いが、別の突入軸を使用する隊は、その分余計な距離を飛ばねばならない。更に言えば、突入タイミングを合わせるための加減速により、燃料を余分に消耗してしまう。
結局、無理押しで投入されたMig17は、ほとんどが日本海に呑まれた。陸地への不時着に成功した機体も多くが修理不能なまでに破損した。生き残ったのは一桁に過ぎない。搭乗員の被害はロシア海軍による人道的保護もあって、それより若干ましだが、大差はない。
ロシアは、ドイツへの言い訳……そして東日本への貸し……とするためだけに、戦死者を欲し、彼らを殺したのである。そして、彼らがそれに従った理由は、命令に従えば死ぬのは自分だけだが、逆らえば家族の命もないという現実。
そのことを、死を強制する役目を負わされたコジェドゥーブはどう思っているのか。ミステリアスなアルカイック・スマイルの下に隠された本音は、透けて来ない。
そんなコジェドゥーブの上で、秘書が囁く。
「お兄様、休戦会議は何としてもまとめなくてはいけないで〜すの〜。戦争なんて、お金が余って他にすることがなくなってからすればいいで〜すの〜。経済活性化のための戦争するには、今のロシアは外敵が多すぎるで〜すの〜」
固有名詞を避けた「外敵」とはどこのことか、と問い返す必要はない。名指しできないのと全く同じ理由で、ドイツを敵だと思っていないロシア人は……少なくとも、祖国がかつて世界征服ゲームのプレイヤーの座から脱落したことを知っており、再びリングに上がる日を夢見る者ならば……存在しない。
間延びした語尾と、『お兄様』という対人呼称(本作に登場するキャラクターに血縁関係はありません)と、十八歳以上という注意書きを付すのが白々しい容姿とには似つかわしくない知性を持つ(ロシア人とて、全員がウォッカで脳をやられたイワンの馬鹿というわけではない)彼女の言は、ベリアを始めとする強硬派への明確な批判であった。
元より、引っ掛けに決まっている言葉にうかうかと同意を示して密告されるほど、コジェドゥーブは阿呆ではない。だが、それが正論であることは間違いなかった。
戦争で得をするには、外交によって都合のいい時期と条件で終わらせることが不可欠である。しかし、ドイツに頭を押さえられているロシアに外交の自由はない。
そして、ドイツがロシアの利益に配慮してくれるわけもない。ドーヴァー海峡を挟んで英米と対峙しているドイツにとって、背後のロシアが必要以上の力を持つことは歓迎し難いのである。それでなくとも、ナチとスラブ民族は相容れない。
ドイツも休戦に向いている、このタイミングで戦争を終わらせるのが得策な筈である。とは言え、ベリアの意向に逆らって戦争を止められるのか。そもそも、コジェドゥーブの力で、何ができて何ができないのか。
(さて、どうすべきか)
コジェドゥーブは脳をそのために使用しつつも、なだらかな曲面にあってそれだけが僅かに自己主張しているピンク色の頂に指先を伸ばし、弄ぶ。
つまらぬ作業だが、倫理観(あるいは無駄撃ちするなと叫ぶ種族維持本能)を意志の力で抑え込んで毎夜行なければ、秘書を不快にさせて、どのように讒言されるか分かったものではない。ロシアとは全く面倒な国であった。
☆
元より、義勇軍だけではない。東日本もまた、基地航空戦力を大いにすり減らした。と言うよりも、独露の爆撃機が負うべき損害まで担当している。
空母機の支援も、もうない。
戦術爆撃のセオリーは、五百キロ程度の爆弾を用い、地球の丸みの陰に隠れる低空で接近、レーダーに引っかかる辺りで急上昇して対空火器を振り切り、一転して急降下……とされる。それが、爆撃される前に撃墜されるリスクが一番小さいのである。
だが、千六百キロ爆弾を用いてとなると、それは不可能である。故に、緩上昇緩降下とせざるを得ず、結果として被害も甚大であった。
光輝ある大日本帝国海軍機動部隊は、引き裂かれた自らの半身と共に、潰滅したのである。
講和とは、戦力の均衡によって成り立つ。しかし、(少なくとも空における)東日本の戦力は、「西日本に対する」大戦果と引き換えに消耗してしまった。「アメリカとの」間には均衡は望むべくもない。これでアメリカに矛を収めさせることは、可能なのか?
武人である加藤健夫には、見当もつかなかったし、自分が考えるべきことだとも思っていなかった。少しでも講和条件が有利になるよう、力の限り戦うのみ。
「政治のことは、首相や(山本)本部長に任せておけば良い。ただ最善を尽くす。兵士達が死に直面してなお貫いた道だ、俺に歩めぬ筈はない」
その瞳に、迷いはなかった。
☆
西日本空軍は、ようやく態勢を立て直した。立ち直ってみれば、枢軸地上軍を粉砕できるチャンスをパニックに陥ってみすみす見逃した自分達を恥じるしかないほどに、優勢はこちらにある。
そして、あの男が、地獄の入り口から帰って来る。
車椅子に乗り、右腕を吊り、顔の左半分を包帯で覆い、しかし右目の射抜くような眼光はそのままに。
「戦況は把握した。まだまだ想定の範囲内だ。さあ、勝ちに行くぞ」
病院を無理矢理抜け出して戦列に舞い戻った阿賀野守の檄に、第1攻撃機大隊は……いや、西日本空軍全体が歓呼した。
☆
「問題ない。我々は勝っている」
スタンリー・T・サイラスの分析はシンプルで豪快である。
「枢軸陸軍の前進など、一時の事象に過ぎない。彼らに、突進するだけの戦力はあっても、そうして出来上がった突出部の側面全てを防衛し続けられるほどの戦力はない筈だ。
決戦して勝てれば、余計な手間は一切かからん。それが無理なら、どこか一ヶ所で良いから反撃に成功すれば、突出部が丸ごと新潟から切り離され、全てが潰れるだろう」
西側の地上戦力がバックハンドブローに不足なら、その分は空軍が補えば良い。戦争にけりをつけに出る準備として、防御に回って枢軸空軍を消耗させることを意図していたサイラスは、それに成功している。一ヶ月もの時間を費やし、大きな代償を払いもしたが、仕掛けるには充分なだけの優位を築き上げられていた。
「果実は熟した。後は摘み取るだけだ」
そのための方法は何でも良い。成果さえ上げれば、誰も何も言えない。各軍のセクショナリズムなど、国益の前では……大統領と選挙民の前では、と言った方が良いかも知れないが……いかなる価値もないことを理解していない人間は、米軍の中枢にはいられない。
ただ、手段の選択において、サイラスは完全にフリーハンドを得ているわけではない。京都その他が制圧されている(市民ごと人質に取られている)状況でアメリカ側から無差別攻撃を行うのは、政治的にいかにもまずい。思ったほどの戦果は上げられなくても、精密爆撃に拘らざるを得ないのが民主主義縛りというものである。
尤も、勝手にでも始めてしまえば、追認されるではあろう。歯止めが外されれば、もう徹底的に叩き潰すしかないからである。
(さあ、どうしてやろうか)
最早、サイラスに堅実を心がける理由はない。勝利を目指すべき時であり、そのための条件も整っていた。
●強靭
■エルンスト・ジーメンス
▲北米、アメリカ合衆国
度々アメリカに入国して、裏手を使って外交交渉を持ちかけるジーメンスに対してはアメリカの当局は苦々しい気分を抱いていた。既にFBIやCIAはジーメンスを要注意人物に指定して、彼に関係した人間を洗い出している。
そんな事を全く意にも介せず、ジーメンスはアイルランド人脈を辿ってケネディ家への接近を進めていた。このたびの苦戦でアメリカでは共和党への批判が強まっており、一時は圧勝も噂されていたニクソンへの逆風は強まる一方である。ついに、あと一押しで逆転可能というような状況に至り、ジーメンスはアメリカ民主党が勝った時に備えて、交渉窓口を開設しようと試みていた。
ジーメンスは民主党が勝った場合、アメリカの世論に配慮しつつ、なし崩し的に終戦へと導く方法を辿っていた。このまま紛争の激化を招けば、再び核の応酬を引き起こしかねない。どうにか、その考え方を示した覚書をケネディ家に届ける事ができた。
その答えにまつわるエピソードはそれなりの満足をジーメンスに与えた。ジョゼフ・パトリック・ケネディJr候補は直にそのメモを丸めてゴミ箱へと放り込んだ後に、核戦争を恐れる弟のジョンに言った。「恐れるな、ケネディ家の男は常に強くなくてはならない。むろんアメリカも然りだ。このような話は今すべきではない。全ては我々が勝利してからだ」
このエピソードはケネディ候補の強靭な人柄を国内へ伝えたが、国外へは「我々が勝利」はケネディ家が政権を取ってからと解釈できる余地を残した。
そうした含みを残した事は、外交筋ではアメリカが局面打開の自信を失っている事を表していると受け取られた。
「たまには、軍やSSもいい仕事をするものだ」
ジーメンスはアメリカを離れる機の中で、英字新聞で戦況を読みながらそう呟いていた。
幸いというべきか、ジーメンスはケネディ家長男がその後に続けた言葉を知ることは無かった。
「なあ、ジョン、核を使う限定戦争というのも、この世に存在しうると思わないか?確かに我が国とドイツは核の先制不使用を誓ってはいるが、大日本帝国とそういう条約を締結したという話は聞いたことがないんだよ」
●官邸崩壊
■野坂参三 井上成美
▲大阪
海戦での大敗とクレイジーラインの崩壊の報を受けて、官邸を訪れた連立内閣の党首が二人。石橋を挟んで対峙していた。
二人して長州生まれだが、お互いを天敵と認識している。民主党の岸信介と共産党の野坂参三である。
「貴方は本戦の敗戦の責任もとらず、アメリカの民意を無視した講和を推し進めている。最早貴方に協力することは出来ない。民主党は全大臣を引き上げ、下野することに決めた」
これまでの野坂の必死の議会工作にも関わらず(或いはそれ故に逆効果となったと評価する歴史家もいるが)この時期に政変を招いた民主党に、野坂は遠慮なく罵声を浴びせかけた。
「戦時に内閣を政争に巻き込む貴方に政治家たる資格はない、たとえ貴方が下野しようが、我々は首相の決定に従う」
「君に政治家としての道を説かれる覚えは無い。今の状況で強いられた平和を甘受すれば、我々は未来を失う。それが、政治家のやることかね。それに君は主戦派の筆頭だったはずだがね?君の手下どもにどう言い訳をするつもりかね。私のところに沢山、君に失望したという声が集まっているよ」
ギリと歯をかみ締めて、野坂は岸を睨み付ける、確かに説明不足で方針を転換した為に失った支持者は多い。経営効率の点で労使交渉で経営側との妥協を重ねたこともある。反帝国主義の情念を一手に引き受けてこその支持を、岸に上手く掠め取られてしまった。
「…ご苦労でした、去る者は追いません。私は私の道をまっすぐに進みます」
搾り出すように石橋は言って口論を打ち切った。岸は気落ちした様子の石橋に向かって、アメリカでは継戦を主張するアメリカ民主党が勢力を盛り返していること、韓国の講和反対論、戦局は今が最悪の時期であること、そして連合の国力上、一旦この危地を逃れてもう一度押し返す事が可能であると、くどくどしく述べた後にわざとらしく別れの挨拶を言った。
「それでは、くれぐれも、お体にはお気をつけて」
開戦以来の苦労の色が深く刻み込まれた石橋に、岸はそう言い残して官邸を去った。
残された石橋の深い溜息を聞いて、非常に元気がない様子を危惧した野坂は励ましの言葉をかけた。
「気にする必要はありません。アメリカ民主党の盛り返しに調子に乗っているのでしょう。民主党の長老芦田均なんてアメリカに媚を売ることしか考えられない愚物です。心配は要りません、我々がお支えすれば十分。過半数は優にあります」
「ありがとうございます。貴方のような闘士を傍らに持てた事は私の生涯で最も誇るべきことです。後の事を相談したいので石田君を呼んでもいいですか」
野坂の許可を取って石橋は腹心の石田博英官房長官を呼び入れた。
政略よりも政策の人である石橋が、政党指導者として立っていられるのは、
石田の「詐欺的」とも呼べる政略手腕のお陰であり、石橋は政界入りする前からの付き合いがある石田に、全幅の信頼を置いている。
「岸が裏切った。臨時閣議を開く。政治嫌いの井上君は、巻き込みたくは無かったが、こうなっては仕方が無い、忙しいとゴネるやろうけど、呼んで。後の人事は君に任せる。速やかに埋めて欲しい」
一言一言を辛そうに区切りながら言い切って、閣議室へと一足先に移動しようと椅子から立ち上がりかけて、石橋首相はそのまま前へと崩れ落ちた。
☆
愛する海軍が再び壊滅し、心血を注いで築き上げた防御線を破られてなお、井上成美は冷徹に国防省で指揮を取り続けていた。
「今は連中を勝利に酔わせておけ、『我々』にはまだツウセットの艦隊が残っている。敵は大阪まで来る余力はない、延びきった所を横合いから殴ればいくらでも捌ききれる、目先にかまけて本質を見失ってはいかん」
浮き足立った防衛官僚達を叱咤し、作戦部にまで積極的に関与して危地を凌ごうとしていた。厳格な文民統制を要求する日本国の政治状況下にあって、井上のように早期講和という明確な目標を策定し、戦術に容喙できる能力を持つ軍政家は貴重な存在であった。故に井上の責任と権限は非常に大きい。
優秀な軍政家である一方で、井上は政争へ巻き込まれることは非常に嫌っていた。そうした者に伝えにくい事実を伝える役は事の重要性から言っても限られていた。事の重要性や機密性からも不幸にもそれを引き受けることになったのは石田官房長官しか居なかった。
政略家という人種は井上にとって話して楽しい相手ではない。石田が訪れて大臣室から人払いを願うと、渋面を浮かべて応じた。
「戦局がいつ動くか解らんのだから、手短にお願いしたい」
厭そうに仕事の手を止めずに井上は要件を尋ねた。
「ええ、重大な話です。先ほど、総理が御倒れになられました」
井上は筆を止めて石田に顔を向けた。
「政務は取ることができるだろうか」
「難しいでしょう。医者によると脳梗塞の疑いがあり、当面は安静第一、
短期間ならば、だましだましこなすことはできるでしょうが、
戦時の宰相として国を牽引するような力があるかと言えば…」
「片腕が動けば講和条約にサインできる。それで十分だ」
井上はピシリと言い切った。石橋が死ぬ前に戦争を終わらせるという確信に満ちた言葉だった。井上の戦争指導と工作によって既に下地は築かれている。あとは意志の貫徹があれば、停戦・講和は可能であると井上は認識していた。茨の道になるかもしれないが、傷だらけであっても、生きていれば立ち上がれる力が日本国にあると井上は信じていた。
「しかし、直前の会見で民主党が連立を離脱すると明言しました。彼らがこちらの指導力欠如を言い立てて、自由党内に手を突っ込んで主導権を握れば、彼らの政権ができる可能性があります。そうなれば強硬派を納得させるために、講和は一回りは遅くなるでしょう」
井上は苦い顔つきで考え込まざるを得なかった。
「…共産党は?残るのか」
「今のところ石橋総理を支えると言明していますが…彼らにとっても難しいところです。民主党と連立して継戦派連立を作るか、あるいは多数派工作で自前の内閣を作るかもしれません。予断を許さない状況です」
それは井上にとって悪夢だった。確かにアメリカがその気になれば、もう少しよい条件での講和も可能「かも」しれない。しかし、継戦派を含む彼らにそもそも講和を実現する能力があるのだろうか。どうせは勝てば適当に妥協した講和を結んでその功績を独占し、負ければ政府批判を巻き起こして、戦後の支持率増加を見込む腹だろう。政党人としては合理的であっても、日本国にそうした無駄を許す体力があるのだろうか。それに、他国に依存して国運を決めることは、仮に一時的な利益を得たとしても失われるものはそれ以上に大きい。
「で、君はどうするつもりか」
「『私は内閣の後継人事について一任されて』います。このまま共産党と総理を支えるか、あるいは後継候補として、自由党の三木武夫運輸相をたてることになるでしょう。共産党と世論が納得する人物となれば、経歴に汚点が無い彼の他に人が居るとは思えません…それでも首班が変われば、離反の名目は出来てしまいますが」
「ふぅん、確認するが、どちらにせよ私の立場はかわらんわけだね」
「ええ、その上でご相談します。大臣はどちらがよろしいと思いますか」
石橋の健康リスクを抱えても、その人物と業績に賭けるか、再編のリスクを負って新しい政権を作るか、似合わない選択を任された井上は不運を呪っていた。
第五ターン政治判定
東軍
生産力 | 330 | (5ターン初期生産力) |
陸軍消費量 | 257 | |
海軍生産 | 6 | 艦艇修復 |
航空機生産 | 28 | 光電(14)。光電2型(14) |
航空基地建設 | 6 | 富山・小松基地修復 |
開発費 | 10 | |
その他 | 23 | 国内治安維持特別予算(想価会調査費含む)(19)。富山・小松基地近辺インフラ復旧(2)。新潟市避難訓練&重防空壕設置費(2) |
・生産力343(+13)
滋賀西部及び京都市街の奪取 +5
戦力表集約ボーナス +5
運輸力の増強 +6
想価会捜査の為の混乱 -6
治安回復 +3
・貢献度47(-4)
香港会議の開催 +5
遠田=カナリス会談 +4
フルシチョフによる独露利権調整 +3
キム・キニスンによる分断工作 -1
枢軸太平洋艦隊の大湊来航 -5
援軍
ロシア義勇航空部隊増援
増援一個戦闘機大隊 約40機(-3)
ドイツ義勇航空部隊増援
緊急輸出 Ta183III 40機(-1)
義勇部隊補充機 約90機(-6)
西軍
生産力 | 327 | (5ターン初期生産力) |
陸軍消費量 | 226 | |
陸軍装備 | 20 | 日7Dおよび阿蘇教導団にM48を配備、5P×2 ならびに日第1師団、同第3師団の機械化に各5P |
海軍修理 | 4 | カボット2P、米駆逐艦(C2)1P、英駆逐艦(Z)1P |
海軍施設維持 | 4 | 対馬機雷堰維持費1P、琵琶湖掃海3P |
航空機生産 | 50 | 台風1P(6機)、新星5P(30機)、新星対潜型3P(18機)、旭光20P(60機)、彗光5P(20機)、富嶽16P(16機) |
航空基地建設 | 7 | 大和郡山市 |
兵器開発 | 3 | 対戦車ミサイル開発体制維持1P、ガンシップ開発体制継続2P |
工作費 | 6 | 情報収集、装備費など |
民需・工場建設 | 4 | 琵琶湖兵站化およびトラック運輸振興体制維持に各1P、 疎開企業向け融資2P、 |
ライセンス | 3 | M48国内自主生産ライン整備投資に3P |
・生産力325(-2)
滋賀西部及び京都市街の喪失 -12
戦力表集約ボーナス +5
労使関係の調整 +4
治安回復 +2
民需回復 +7
政情不安 -8
・貢献度64(+4)
香港会議の開催 +9
マクセル・ビアストリックによる演劇 +1
吉見の訪米と兵器開発協力 +4
日本国防省と英国産業界とのパイプ作り +2
M48ライセンス契約 -2
援軍
米軍増援250機弱(-10)
三個戦闘機大隊 約150機
一個戦闘爆撃大隊 約100機
一個海兵爆撃大隊 約50機
生産関連特筆事項
佐世保に潜水艦発射ミサイルが着弾、一部施設に損害有り
(港湾機能自体は維持)
航空基地の復旧
富山(小松の復旧は連合軍の後方拠点爆撃により失敗)
航空基地の損壊
守山
対空ミサイル陣地の損壊
守山、舞鶴、小浜、桑名
琵琶湖の掃海に成功
西日本がM46パットン戦車の生産ライセンスを取得
今回の主要な増援部隊
東軍
航空機約170機
西軍
航空機約240機
■10月5日
・東日本、関ヶ原に向けて攻勢開始。歩兵による正面攻撃に加え、近衛師団による夜間浸透突破を多用。西日本側は関ヶ原の陣地でこれに対抗。
■10月6日
・西日本の機動打撃群から、第7戦車師団(日)と第一騎兵師団(米)が関ヶ原に向かって移動開始。
・東日本海軍、それぞれの拠点を出航。それを察知した連合軍のC任務群、Z任務群も出撃する。
■10月7日
・東日本艦隊、C・Z任務群、それぞれ洋上集結して決戦場へ。
・東日本の義勇軍、全力出撃。
・双方の艦隊、相手の位置を確認。
・西日本の艦載機出撃後、東の義勇空軍によるミサイル飽和攻撃。各任務群、大打撃を受ける。
・更に、混乱する任務群に東日本の艦載機が突入。武蔵弾を用いて、空母に対する集中攻撃。
・東日本側も、任務群の艦載機による攻撃を受け、大きな損害を被る。
・東日本艦隊、水上砲撃部隊を分離。敵任務群に対し、突撃する。
・任務群側は損傷艦を後退させるべく、これを迎撃。戦艦による砲戦が行われる。
・西の任務群は、戦場を離脱。東日本は追撃を潜水艦隊に任せ、若狭湾に突入。以降、陸戦を艦砲射撃で支援することとなる。
■10月8日
・東の主攻撃、敦賀から始まる。湖北を西に突破するのと同時に、賤ヶ岳方面も南下を開始。西側は機動打撃群から第8師団(米)を賤ヶ岳方面に派遣するが、移動の列が延びきったところを艦砲射撃で攻撃され、進撃が停滞。
■10月9日
・西日本軍、歩兵による夜間攻撃を主とし、甚大な損害を被りながら艦砲射撃の支援を受けて、マキノを突破。今津・安曇川で西日本軍と対峙。
・武装SSの山岳歩兵師団、琵琶湖西岸へ山岳浸透突破。
■10月10日
・SS山岳師団の観測を受けて、東の義勇軍砲兵隊、琵琶湖南岸への砲撃開始。西側の守山航空基地、砲撃を受けて撤退開始。
・機動打撃群から、近衛戦車旅団(英)が今津に到着。
■10月11日
・西側の航空部隊が守山基地放棄で混乱しているのに乗じ、東側の義勇師団、艦砲射撃の傘の元に小浜への攻撃を開始。これを突破後、残存戦力を舞鶴方面に押し込みつつ、13日までに先鋒のSS第一装甲師団が京都進出。
■10月12日
・京都南方に、第82空挺師団(米)が到着。その後、第102師団も到着し、一週間のうちに東側の師団と膠着状態に。
■10月14日
・SS第一装甲師団、大津への攻勢を開始。第7戦車師団(米)との死闘となる。これを持って、今津の西側師団は事実上の包囲状態に。
■10月17日
・第7戦車師団(米)、甚大な損害を受け、ついに大津から撤退。SS第一装甲師団、大津から東に進撃するが、瀬田を渡ったところで待ちかまえた機動打撃群の熾烈な反撃を受け、頓挫。
■10月19日
・後退したSS装甲師団に代わり、国防軍の装甲師団、装甲擲弾兵師団が琵琶湖南岸に進出。24日までに、草津まで機動打撃群を圧迫。
■10月20日
・今津方面の西側部隊、琵琶湖を渡っての撤退を試みるが、東側の激しい砲撃を受けて事実上壊滅する。
・この頃までに、東側の一部部隊、舞鶴〜綾部〜丹波方面に進出し、西側部隊と対峙する。
■10月21日
・木曽三川地域の東日本軍、機動打撃群が引き返し、西日本軍が関ヶ原に押し込められたのを確認し、桑名に対する渡河攻撃を開始。また、一部戦力(機動歩兵師団)を関ヶ原から桑名に向けて南下させる。
■10月22日
・桑名の西日本軍、包囲されることを嫌って後退を開始。四日市東に布陣し、北勢、及び四日市方面への東日本軍の突破を防ぎつつ、交通路を確保。
■10月24日
・ 後方から移動してきた東日本戦車師団が迂回を開始し信楽まで進出。これを受け、機動打撃群司令は手元の戦車師団を大阪方面に転出する決心をする。
■10月27日
・東側の第七戦車師団、水口に進出。西側の第7戦車師団、大阪経由で山崎に先頭部隊が進出。
■10月31日
・上野まで転進した英連合師団が進出(移動中)。
第五ターン終了後、配置概要 (白地図提供 http://www.sekaichizu.jp/index.html)
凡例(一部の凡例を変更しました)
枢軸軍(赤)
近 近衛師団
1 第一師団
2 第二師団
3 戦闘団“泉”
5 第五師団
6 第六師団
7 第七師団
10 第十師団
11 第十一師団
14 第十四師団
15 第十五師団
16 第十六師団
17 第十七師団
18 第十八師団
19 第十九師団
76 第七十六師団
M 第一海軍陸戦隊・第二海軍陸戦隊
Lf 葉鍵旅団
RuT リューシカ戦車師団
Ru1 トーニア狙撃兵師団
Ru2 モーリァ狙撃兵師団
Roz ローゼン空挺師団
Ge4 第四装甲師団(独)
Ge9 第九装甲擲弾兵師団(独)
SS1 第一SS装甲師団
SS6 第六SS山岳師団
連合軍凡例(青)
1 第1師団
2 第2師団
3 第3師団
4 第4師団
5 第5師団
7 第7師団
8 第8師団
10 第10師団
11 第11師団
12 第12師団
101 第101師団
102 第102師団
Aso 阿蘇教導団
Us1 米第1騎兵師団
Us8 米第8師団
Us21 米第21師団
Us5 米海兵第5師団
Us7 米第7戦車師団
Us82 米第82空挺師団
En 英連邦連合師団
EnA 英空挺旅団
SOS SOS旅団
■陸戦担当マスターより
最初に、今回は私の多忙&体調不良により、リア執筆に助っ人を召喚する事になりました。ほぼ半分のキャラクターをその方に担当していただいています。誰がどちらのパートを担当したのかは秘密です…って、読めば判りますか(笑)。
第5ターンは、東日本軍&枢軸義勇軍の「こん身の一撃」が炸裂しました。その分、海陸空のすり合わせ、組み立てが大変だったのですが、こういう苦労は大歓迎です。
リアにもありますが、東側は総力を一点に集中した反面、「海戦に勝って空戦を優勢にして、それでようやく陸戦が勝負に出られる」という難しさがありました。結果がどうなったかは、読まれた通りです。
その一方で、東日本軍の前進は、激しい損耗と引き替えになっています。包囲網を完成させる、大阪に吶喊する、あるいは撤退する。様々な選択肢を選ぶ事は、まだ可能ですが、自軍の限界についてよく考えることが必要となるでしょう。
西日本軍は、特に陸戦は大変な逆境となりました。しかし、海軍戦力が本当に壊滅したわけではないこと、航空戦力はある程度の優勢を確保していること、陸戦では完全な包囲が完成しているわけではないこと&激戦に参加していない部隊の消耗はそれほどでもないこと、などの明るい面もあります。
陸戦に限って言えば、完全撤退を目指す他にも、京都方面への逆襲、敦賀の奪回などの作戦も行い得ますが、「やった後にどうなるか」を考えると、自然と選択肢は限られるかもしれません。
なお、舞鶴の航空基地は東日本軍・砲兵部隊の射程距離内に入っていますので、次ターン(11月)から使用不可能な判定となります。航空基地の移動など、どうかご注意下さい。
マスターとしては、次ターンで戦争が終わらなくても一向に構いません。それが「世界の選択」であるならば。それはそれとして、皆さんの最終アクションを楽しみにしています。
次回、「この戦争が終わったら、キャラクターはどうしたいか」を一言書いていただけるとありがたいです。アクション補足に含めなくても構いません。
■海戦担当マスターより
文章リアクションが遅れておりまして申し訳ありません。
可能な限り早く公開いたしますので、今しばらくお待ち下さい。
さて、今回は枢軸軍が乾坤一擲の反撃に出ました。
対艦ミサイル飽和攻撃、大型徹甲爆弾攻撃、戦艦部隊突撃、ウルフパック、ロマンですね。
これによって山陰沖に展開していた連合軍艦隊は壊滅的な打撃を被り、作戦能力を失いました。。
しかしこれは連合軍海軍の半分にも満たない数です。
政治的な影響は小さくありませんが、連合軍は決して戦争を失ったわけではないのです。
枢軸軍は大戦果を上げましたが、この勝利をもう一度実現できるかと言うと……?
状況は大きく動いておりますが、決着はいまだついておりません。
最後の勝利に向けて、お付き合いいただければ幸いです。
・艦隊改編、PC移動について
以前にも申し上げましたとおり、これらは自由に行っていただいて構いません。
艦隊の損害などで遊び駒になってしまいそうな艦艇やPCは、適宜組み換え可能です。
PCの階級が足らない時も、1〜2階級程度ならば昇進扱いにします。
もちろん現在の持ち場でベストを尽くす、と言うのも正しいプレイの仕方です。
・義勇艦隊について
潜水艦隊については全ての制限を解除します。
独5個、露3個の全ユニットを自由に運用して構いません。
空母を含む水上艦隊については政治状況次第となります。
義勇艦隊編入の合意が成立したならば、
こちらも完全に自由に運用してください。
■空戦担当マスターより
「戦争なんてお金が余って他にすることなくなってからすればいいで〜すの〜」
「楽なもの、簡単に浸透できる政策でなければ今の国民に実行なんかできないで〜すの〜。ほっといたら勝手に分裂して暗黒時代突入なのが見え見えで〜すの〜」
「お兄さまの最大の弱点は理想が先走りしすぎて『この国はもう終わりだ』という現実を認められないことですの〜。滅びを自覚しないと再建なんてできないですの」
あえて出典は伏せます。
今回は仕事の都合で充分な執筆時間が取れず、勢いだけを頼みに書き進めた結果、いつもより余計に戦闘描写が薄く、ネタ部分で筆が滑っております。穴があったら入りたい限り。
海上における東の勝因は、戦力を集中したことと、MSP投入を含む一連のアクションでそれをうまく活用したことです。例えば、索敵にMSPを使っていなければ、艦隊機動で翻弄するアクションだった西海軍は完全には捕捉されず、従って正面から殴り倒すしかないと覚悟を決めて艦隊決戦に応じる展開にはなりませんでした。その場合、戦力を集めても空振りに終わっていました。
特に貝塚さんが(GF長官に就任して後方にいれば安全なのにあえて出撃するという)明確な死にフラグを立ててまで勝ちに来られたのは重要でした。無論、義勇空軍の飽和攻撃も不可欠ですが、喫水線下にはまず命中しないミサイルだけでは大型艦を撃沈するところまではなかなかいきません(加えて、ルール違反によるペナルティ……本ゲームでは基地一つあたり運用能力の上限は三百機前後、それ以上はペナルティがかかるとQ&Aにある筈です。偶然にも、今ターンは東西ともこのペナルティに大きく足を引っ張られました……も差し引くと、決定打としては不足でした)。また、自らが生き残ることを考えた超低空爆撃をしていたら、フォークランド戦争でそうだったように、安全装置が解除される前に着弾してしまいほとんどが不発弾になったでしょう。
陸上においては、判定としては「空戦自体は西側有利だったのだが、砲撃により守山基地が制圧され、他の幾つかの基地も守山からの避難機で運用能力オーバーフローを起こして機能麻痺した結果、戦闘を続けられなくなった」ということです。ただそう書くだけではドラマがつまらないので、「何故オーバーフローを起こすような事態が発生したのか」を創作してみました。
……そっちで文字数を使い過ぎて、攻撃側の荻野さんと護衛の樋口さんによる対決シーンがなくなったのは無念の極みです。
さて、いよいよ最終回です。状況はリアをご覧になれば判ると思いますが、しかし結果はまだ確定していません。頑張って下さい。
戦後のことについても書くのも大歓迎です。戦争が終わるのか、終わるとしても生き残れるのかについては保証しかねますが。
名古屋的道化師でした。
>加藤健夫さん
陸軍の参謀総長や海軍の軍令部総長に対応する役職名を考えて下さい。お任せします。
……勿論、展開次第では、次ターンの空軍創設まで行き着けなかったり(むしろ、僅か6ターンでここまで持って来れた方が凄いです)、そもそも戦死してしまったりする可能性はありますが。
>阿賀野守さん
演出で重傷になって頂きました。あまり無理をなさると、やばいかもです。
>大宮宗一郎さん、太田幸之助さん
本当のところ、葉書の差出人と内容がどんなものかは、ご承知の通りです。
この件について追加でアクションを書く必要はありません。次ターン、急に「病状」が悪化した場合は、自動的に対応します。逆に何もなければ、それだけのことです。
■政治外交及び民事担当マスターより
軍事的決勝点を設定する際に、われわれは先ず第一に、世界の最も基本的な災いの多くが、純軍事的手段によっては解決されないということを認識する必要がある。(マシュー・リッジウェイ『朝鮮戦争』より)
さて、軍は大きく動きました。戦術的勝利はそれだけで戦争の勝利を意味しません。
勝利をどう生かすか、勝利を具体的な形にする際に、何に価値をおくのかは政治的な直感と交渉力が問われる場面です。
厳しい状況ですが、どうかキャラクターを幸せな明日へと導いてください。
シナリオの一部で「臨場感を凌駕してリアルに於いて反映実現される、有質量の全ての結果」が
発生している場面がありますが、あまり深く考えないように。熊が死んでロシアに政変が起こるようなものです。
目標を見失った人はその謎に挑むのもよいでしょう。
・停戦/講和について
人、土地、外国軍の扱いについて両日本の合意があれば、それが基礎となります。
その基礎実現の為に雑音をどう捌くか、そう考えれば光明は見えるはずです。
誰がどう言おうが、日本は日本人の物なのです。